ぼっち「my new gearで20万溶かしたらお母さんに怒られた」   作:ぼ喜多スキー

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誤字報告感謝です。


(2)諦めない

 ファン2号は美大生である。

 映像学科に通っている、普通の女子大生だ。

 綺麗なものが好き。可愛いものが好き。年頃なのでオシャレも好き。

 そんな彼女がファッション雑誌のあるコーナーに足を向けるのは当然のことで、10代女性に人気のあるセ○ンティーンを手に取るのは必然と言っても良かった。

 

「……ゑ!?」

 

 果たしてその表紙には、15歳の――7ヶ月前まで中学生だったとは思えない理不尽で我儘な肢体を涼しげな春物ワンピースで包みこんだ女子高生ギタリスト、後藤ひとりの姿があった。

 可愛い。とんでもなく可愛い。輝く笑顔が眼球を貫いて脳髄に直撃する。あの台風の日に見た、にちゃあ、としか表現出来そうにない笑顔(?)とはまるで違う本物の笑顔。良く似た双子か、そっくりさんと言われた方が納得出来そうだけど、分かる。分かってしまう。ライブ中に魅せた、獰猛な光を湛えた彼女本人だと。

 自然に笑った彼女は、こんなにも可愛い。

 だがしかし、これはマズいぞ。大変だ!

 

「後藤ひとりが世界に見つかってしまった!」

 

 瞳をガチなものへと変化させ、写真を分析する。これは自然光だ。スタジオで撮った写真じゃない。一見すると花畑のようだけど、違う。芝生の上に造花を撒き散らしている。11月の屋外で安価に春の花畑を演出するにはこれしかない。ファッション誌は季節を先取りする都合上、真冬に春の写真を撮ったりする。天気と相談になるけど、このイメージで撮るなら屋外で撮影するのがベストだろう。寒さに震えることになるモデルには悪いけれど、この表情からすると気にしていなさそうだ。そう、そこだ。表情だ。結束バンドのリーダーであるジカちゃんの話によれば、ひとりちゃんは極度の人見知りとネガティヴ思考で、滅多に笑顔を見せないと言う。なのに、この満面の笑みはどうだ。マイナスの感情など最初からカケラも持ってませんとでも言うかのような、純度100%のエンジェルスマイル。寒さを気にしない、緊張もない、むしろ信頼すら見せている。これは、カメラマンの腕が相当高いことを意味している。被写体が笑わないから笑顔の写真が撮れないなどと言うプロカメラマンはいない。そんなのは三流以下だ。プロ失格だ。どれだけ相手が無愛想でも、陰キャでも、巧みな話術で笑顔を引き出してしまう魔法を使い、被写体の魅力を最大限に、いやそれ以上に引き出して写真に収めてこそプロなのだ。自分も美大の映像学科に通っているからこそ分かる。このモデル、後藤ひとりとカメラマンの間には、何物にも代え難い絶対の信頼関係があるのだと。え?ひとりちゃんとカメラマンが?おい待てこのカメラマンはどこの何奴だ。男だったらただじゃ置かない。もっと良い写真を撮りたいんだけど、この後どう?とか言ったりしてないだろうな!?

 

「えと、カメラマンの名前は――後藤美智代?」

 

 なんだ親子かよ。

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 喜多郁代からのロインで後藤ひとりの復帰が月末、遅くとも来月初旬になることを知った虹夏とリョウは、そっと胸を撫で下ろした。

 このまま復帰出来ずにバンド解散になったらどうしようとキモを冷やしていたところだったので、ようやく息が出来るようになった心地だった。

 虹夏はあの日my new gearを誤魔化していれば、いや楽器屋に走る彼女を止めるか、せめて一緒に行っていればと自分を責めたし、想像を絶する制裁の内容を知ったリョウも、珍しく落ち込んでいた。

 人付き合いの経験が極端に少ないひとりは、純粋培養の箱入り娘と言っても過言ではない。まるで孵化したばかりで卵の殻を頭に乗せたままのヒヨコのような少女だ。迂闊なことを言えば明後日の方向に暴走する可能性が高いのは、よく考えてみたら当然だった。後からmy new gearは怖いんだよ、などと言うくらいなら、最初から教えない方が平和だったに決まってる。

 

「今後はぼっちちゃんに変なことを吹き込まないように注意すること!」

 

 数少ない癒しを失った星歌がマジギレするのも無理はない。合掌。

 ちなみに仲の良い同性の親友でギターコンビだったらちょっと過激なハグくらい当然と教え込んだ喜多郁代は確信犯である。バレなきゃよかろうなのだ。

 

 閑話休題。

 

「取り敢えず、クリスマスライブには参加出来そうだね」

「うん。そこは一安心だ。ところでぼっちは読モやってるらしいけど、物販で写真扱っても大丈夫なのかな?権利とか」

「どうだろ?相手はセ○ンティーンにモデルを派遣するような事務所だし、そこのとこ厳しいかも?」

「残念。絶対売れる金の卵なのに」

 

 わざとらしく大袈裟に溜息をついてみせるリョウに、コイツも調子戻ってきたなと、虹夏は苦笑した。

 クールな自由人に見えて実は繊細で小心者のリョウがここ最近寝不足だったのは、間違いなく今回のことが原因だろう。きっとぼっちちゃんに同情してるんだ。借金出来なくなったからではないはずだ。

 自分自身も自己嫌悪で死にたくなったけど、絶対戻ってきます!と言って頑張っているぼっちちゃんの手前、リーダーが凹んだままでいるワケにもいかない。失敗は繰り返さないための教訓にすべきで、囚われたままでいてはならない。

 それに、悪いことばかりではないので。

 ぼっちちゃんが読モで活躍出来るようになったと言うことは、人目を浴びることへの耐性ついたと言うことじゃないか?と虹夏は推察した。

 だとすれば、ステージで本当の――ギターヒーローの実力を発揮出来るようになるのも、そう遠い話ではなくなるはずだ。

 もしかしてぼっちちゃんのお母さんはそこまで考えてのことなのかな?だとしたら母親って凄い。

 でも、ならば、尚更やっておかなければならないことがある。

 

「よっし、ぼっちちゃんが復帰したときに備えて練習しよう!もっともっと上手くなって、ぼっちちゃんをビックリさせてやるんだ!」

「どうしたの急に」

「急じゃないよ。練習して無駄になることなんてないんだから。ほら、リョウも!」

「はいはい」

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 全く知られていないならともかく、中途半端に知られているなら、全ての情報を遮断するのではなく、適度に放出した方がガス抜きになる。

 無神経な輩が『聞いたよ後藤さん、読モやってるんだって?お話し聞かせてよー!』なんて騒ぎ始めたら収拾が付かなくなる。なので核心はボカして、短期バイトしてるらしいよ!とメッセージを流すことにした。

 幸いなことに私のクラスではひとりちゃんがどんな子なのかが周知されてるし、さっつーがクギを刺しておいてくれたから、騒ぎが大きくなることは多分ない。万が一の時は私が守ってあげられるし、コトが起きたのが私のクラスで良かった、と思うことにする。

 元凶は私だからマッチポンプだけど、これがひとりちゃんのクラスで起きてたらシャレにならないことになってただろうから、まだマシよね。

 大体、ひとりちゃんもひとりちゃんなのよ。私にくらい読モやってるのを教えてくれてたって良かったのに、変に恥ずかしがっちゃってさ。

 どうせ雑誌が発売されたらバレるんだから……あ、もしかしてサプライズのつもりだったとか?

 でもなぁ。ひとりちゃんってサプライズ好きじゃないのよね。とあるマンガの感想なんだけど、誤解してギスギスするのが嫌なんだって。あのマンガは私もどうかと思ったな。恋人の誕生日を祝うのに彼氏がサプライズを企画するんだけど、ヒロインは彼氏が隠し事をしてるのを浮気と勘違いして、何日も泣いて過ごすの。ラストはちゃんと和解するんだけどね。読み物としてなら山あり谷ありでドキドキハラハラのロマンチック!って傍観者でいられるけど、リアルでやったら、それって彼女を泣かせてまでやる価値あるの?ってなるわ。だって辛い思いをするのも、させるのも嫌だもの。

 そこのところの感想は私もひとりちゃんも同じだったから、今回のことは単純に言うのを忘れてたとか、もう言ったと思い込んでたってところかもしれない。

 まぁ、許しませんけどね。

 お仕置き確定ですけどね。

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 ここ1ヶ月で、世界が何度も書き換えられた気がする。自分の中にある根幹がへし折られて、新しく作り直される。今までこうだと信じてきたもの、思い込んできたものが、なんの根拠もないことだと思い知らされたり、まるっきり逆だと諭されたりして、頭の中がぐちゃぐちゃになった。

 

 ぶっちゃけ私なんかに読者モデルが務まるなんて、これっぽっちも思ってなかった。どうせ溶けたり爆発したりで役に立たないんだって。

 当然、初日に散々迷惑をかけた。「陰キャにモデルなんて出来るワケない」「陰キャだから仕方ない」って逃げようとして、お母さんにバンドを続けられないのとモデルを我慢するのと、どっちが良い?と聞かれた。

 心臓が、握り潰されたかと思った。

 ずるい。そんなのずるい。

 私がどれだけ結束バンドを大切に思ってるか、知ってるのに。

 どうしてそんな、酷いこと言うの?

 

「そんなにバンドが大事なら、ちょっとくらい我慢出来るでしょう?」

「だって!」

「だって?」

「私なんかに、モデルなんて」

「他のお仕事なら出来るの?」

 

 他に出来る仕事なんて、ない。

 そんなのは、ここに来るまでに徹底的に分からされてる。

 

「あれもダメ。これもダメ。でもやりたいことは我慢しない。そんなことはお母さん許しませんよ?」

 

 分かってる。

 そんなことは分かってるんだ。

 言われるまでもない!

 こうなったのは自分のせい。

 ほんのちょっと「いいね」がもらえる、たったそれだけの承認欲求のために20万もの大金を溶かしちゃったからだ。

 もう二度とあんなことしないから許してって謝ったけど、お母さんは許してくれなかった。

 罰則を幾つも付けられた。

 そして、20万を自力で稼ぐように言われた。

 ギターしかない私に、ギター以外で。

 

「ここで諦めちゃう?モデルも、バンドも、ギターも?」

「そんなの……」

 

 ここで諦めたら、本当になにもなくなっちゃう。

 お母さんはやると言ったらやる。

 バンドも辞めさせられるし、ギターも取り上げられる。

 ここで駄々を捏ねてれば、楽にはなれる。

 でもそうしたら、押し入れに閉じこもって、死ぬまで泣いて過ごすことになる。

 諦めたら、ほんの一瞬楽になって、その後に地獄の日々が待ってるんだ。

 ……それって、今と同じだ。

 20万溶かして、今こんなに辛いのに、ここで逃げたら、もっともっと辛いことが待ってるんだ。

 なのに、また諦めて逃げる?

 バンドを諦めようとした喜多さんを引き戻した私が?

 ここで諦めたら一生引き摺るって、そう言って説得した私が?

 そんなのダメだ。ダメに決まってる。

 ダメだって分かってるのに、人の目が怖い、体が震える、全身が冷や汗でびっしょりだ、頭が痛い、視界がぐるぐる回る、気持ち悪い、吐きそうだ――

 

 だけど。

 

「このままじゃ、嫌だ!」

 

 震える足を思いっきり床に叩きつける。

 痛みで意識がクリアになる。

 まだだ。まだ足りない。

 

「喜多さんを結束バンドに引き戻したのは私なのに、私が逃げる訳にはいかない!」

 

 両手で頬を張る。

 痛い。ビリビリする。

 でもまだ足りない。

 

「文化祭ライブで助けてもらったのに、まだ恩返し出来てない!もっと一緒にギターの練習したい!ライブだってもっと沢山一緒にしたい!おしゃべりだって、おでかけだって!もっともっともっともっと!一緒にいたい!……もっとじゃ足りない!ずっと!ずっと一緒がいい!」

 

 身体の奥で、何かが爆発したようだった。

 喜多さんと一緒にいたいって、ただそれだけのために産まれたモンスターが、幾万もの雷鳴を同時に轟かせたような産声をあげた。

 

「そう?なら、どうしよっか?」

「スタッフのみなさんに謝ってくる。許してもらえたら、今度こそちゃんとする」

「うん。お母さん、ひとりちゃんが頑張るなら全力で応援するからね」

 

 ――と、まぁ、そんなことがあったのが1ヶ月前のこと。

 今更だけど、これって洗脳じゃない?

 お母さん、説得するためよ〜とか言ってたけど、追い込み過ぎだよね?

 下手したら私、心が壊れてたかもしれない。

 まぁ、良いんだけどね?

 結果として、私はモデル業をちゃんと出来るようになって、喜多さんへの恋心を自覚した。

 最近は喜多さんが昼休みの度にハグしてくれて、幸せゲージがパンクしそうなほど満たされてる。モデルを頑張れてるのは、そのお陰でもあって、もうすぐノルマも達成出来そうだ。モデルの契約はもうしばらく続くそうだけど、来月にはバンドに復帰出来る。

 そうしたら、真っ先に喜多さんに報告しよう。迷惑をかけたのを謝って、一緒にギターの練習して、おしゃべりとか、おでかけもしたいな。

 お昼休みのハグは、これからもずっと続けて欲しい。許してくれるなら、逆に私からハグしたいかも?喜多さん、私のおっ◯いに沢山イタズラしてくるけど、私だってただ黙って受け入れてるままの子猫じゃないって、分かってもらわないとね?

 それに、今はハグだけで満足しちゃってるけど、本当はもっと先のこともしてみたい。キス、とか。えへへ。

 喜多さん、私がキスしたらどんな顔するかな。

 怒るかな?怒らないよね。

 きっと顔を真っ赤にして、涙目になって、ふるふる震えちゃうんだ。絶対可愛い。

 そうしたら、私はぎゅっと抱きしめて、耳元に囁くように言うつもり。喜多さん以外、誰にも聞こえないように。2人だけの秘密にするように。

 喜多さん、私、あなたのことが――

 

「火鳥さん、お願いしまーす!」

 

 あら、もう休憩終わっちゃった。

 妄想の続きはお仕事が終わってからにしよう。

 妄想で終わらせるつもりなんて、全然ないけど。

 

「はーい、いま行きまーす」

 

 ねぇ、喜多さん?

 私、あなたを諦める気は更々ないの。

 覚悟しといてね?

 

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