ぼっち「my new gearで20万溶かしたらお母さんに怒られた」   作:ぼ喜多スキー

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(3)教室の真ん中で愛を囁く

 佐藤愛子はフリーのライターだ。

 本当はロッキンやギタマガなんかのギター雑誌を扱う編集者になりたかったけど、学もコネもない彼女にはハードルが高かった。

 今はバンド批評サイトで適当なネタ記事を書いて日銭を稼ぐ日々。意欲的なバンドがあれば全力で応援するつもりではあるけれど、そう言うガチ勢はなかなかいない。

 先日もノルマをこなすために文化祭ライブでダイブをかました女子高生がいるバンドを取材に行ったのだけど、バンドメンバーがトラブルを起こして活動を休止しているそうで、流れてしまった。

 

「ギターヒーローさん、最近また変わったわね」

 

 先月から活動を再開した超凄腕高校生ギタリスト、ギターヒーローは、もともとプロでも通用するレベルだったのに、ここ数週間で更に成長している。

 音の深み、いや、艶が増した、とでも言おうか。彼女は高い技術を持っているものの、曲によってテンションの乗り具合にブレがあるのが欠点だった。特にラブソング系を苦手としているようで、上手いことは上手いけど、上っ面だけのようだったのだけど。

 

「こんな甘く切ない表現を出来るようになったのね」

 

 季節は冬。当然、リクエスト曲はクリスマスソングが多くなる。いつもなら技術をひけらかすかのようなゴリゴリのロック調アレンジを入れるところを、曲のテーマに忠実でありながらも原曲音源すら霞ませるほど深みを増したアレンジが施されている。

 こんな演奏をされたらオリジナル側、つまりプロの立つ背がないと同情してしまいそうだ。

 そう感じたのは愛子だけではなかったようで、コメント欄はオリジナルファンvsギターヒーローファンの戦場になっていた。

 純粋に音を楽しめないもんかね、と溜息をこぼしつつ動画を閉じる。

 

 この時、彼女は気付かなかった。もしくは、大したことではないと気にしなかった。

 演奏レベルの上昇に気を取られていて、ギターヒーローが着ている服が特徴的なピンクのジャージから、何処にでも売っていそうなトレーナーとカーゴパンツに変わっていたこと。そして投稿者プロフィールの内容が変わっていたことに。

 

『今まで嘘ついててごめんなさい。本当は恋人いない歴イコール年齢の陰キャです』

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 いつもの如く男子生徒全員が席を外し、女子だらけになっている1年5組の教室は、2人の女子を中心に静まり返っていた。

 意図的なものではない。人はあまりに非常識な出来事を目にすると、自然と言葉を失ってしまうものなので。言ってしまえばそれは、嵐の前の静けさのようなものだった。

 一同、ガン見である。

 片やクラスの人気者、喜多郁代。片や最近になって読モをしていることが明らかになった元陰キャ女子、後藤ひとり。

 2人がお互いを憎からず――いや、両片思いなことは周知の事実だったけれど、タチは喜多、ネコは後藤と言う認識がガチだった。それが今この瞬間に逆転してしまったのだから、さぁ大変。

 いつものように椅子に座った後藤の膝の上に座った喜多は、さぁ今日もハグするわよ!となった瞬間、唇を奪われたのでした。

 

「――っ」

 

 声にならない声を上げて離れようとする喜多と、抱きしめて離さない後藤。

 10秒か、それとも20秒か。

 時間を忘れて、固唾を飲んで見守るクラスメイト。しかしその手には現代女子高生の必須アイテムであるスマホが構えられていて、しっかりと動画が撮られていた。

 なぜ動画なのか?

 写真だとシャッター音がしちゃうからだ。

 当然の配慮である。

 そうして、録画時間が48秒を超えたところで、ようやく後藤は唇を離した。

 ちゅぽん、と音がした。

 

「喜多さん」

「……」

 

 うっとりとした声で囁く後藤に対して、喜多の意識は完全に飛んでいた。1分前には挑発的な笑みを浮かべていた顔は、今は真っ赤に染まっていて、目の焦点は合っていない。息は絶え絶えで、しかし確かな熱と湿気がこもっていた。エロかった。

 ちなみに一番近くで目撃してしまったさっつーはと言うと、熱に当てられながらも健気にスマホを構えていた。もちろん動画は撮っている。4年も腐れ縁が続いている親友の記念を残さねば、と思っていたかは定かではないけれど、後に彼女がクラスメイトたちから「良い仕事をした」と絶賛されたことをここに記す。

 何故ならば、近くにいたからこそ、後藤の囁きをスマホのマイクが拾っていたからだ。

 後藤は喜多の耳元に唇をそっと這わせた後、小さく囁いた。

 

「好きです、喜多さん。大好きです。愛してます。ずっとずっとそばにいてください。私の全てをあなたに捧げます。私に出来る全てをかけて、あなたを支えます。だからどうか、あなたの人生を私にください」

 

 まさかの、告白を通り越してプロポーズだった。

 ちなみに意識が飛んでいた喜多は当然聞いていなかったので、後で改めて告白させたらしい。

 内容が同じだったかどうかは2人にしか分からないけれど、それを聞くのは野暮と言うものである。

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 この世の春とはまさに今この時であると言わんばかりにご機嫌なひとりちゃんと、ひとりちゃんに肩を借りないとまともに歩くことも出来ない私がSTARRYの扉を潜ったのは、告白された日の夕方のこと。

 この日だけで何回キスされたのか覚えてません……嘘です。13回です。キリが悪いので後7回と言うひとりちゃんを慌てて止めたので。

 ちなみにファーストキスはクラスの女子全員に見られていた上に動画も撮られていて、ロインでおめでとうのコメントと一緒に送られてきました。

 信じらんない。動画よ?動画!写真ですらない!

 写真なら良いってワケじゃないけど!

 トドメはさっつーで、プロポーズの言葉まで入った動画だった。

 「んっ」とか「ふっ」とか「くちゅっ」とか「ちゅぱっ」とか小さい音まで入ってて生々しいったらない。

 こんなのあったら捗っちゃうじゃない!

 明日どんな顔して教室に入れば良いの?

 みんなして寝不足の顔してる未来しか見えないんですけど!?

 

「もうお嫁に行けない!」

「私がもらいますので大丈夫です」

 

 はい、お約束。

 別にね。良いんだけどね。嬉しかったからね。

 でも!

 恥ずかしいの!

 初めてのキスなのに人に見せ付けるとかレベル高過ぎ!

 

 まぁ、良いわ。

 過ぎたことだし、予定がちょっと狂っただけで、結果は同じだもの。

 え、告白の答え?

 「はい」か「イエス」のどっちかじゃない?

 

 それより今の課題は、これから待っている先輩たちへの報告よね。

 今日はひとりちゃんの復帰を祝ってささやかなお茶会を開くことになってるんだけど。

 まぁ、当然そこには、私とひとりちゃんが付き合うことなりましたー。しかも結婚前提ですー。プロポーズもされましたー。なんて報告は含まれてない。含まれてなかった。それをぶっこんで来たひとりちゃんは祝福されると信じ切ってる。

 あ〜……どうしよ。

 もうひとりちゃんに全部投げちゃって良い?

 私のこと支えてくれるんだものね?

 いや、支えられるようになるって誓ったのは私もだけど。

 でもなんか、こういうのは違うって言うか。

 ここに来るまでに色々と話したんだけど、ひとりちゃんがやたらとリアルなことを言うものだから、ちょっとナーバスになってるのよね。

 マリッジブルーみたいな?

 え、早すぎない?今日のお昼に付き合い始めたばっかりなんですけど?

 なんかこう、もうちょっと甘い――あ、そんなこと言ったらところ構わずキスしてくる子でした。

 えぇい、このキス魔めっ!大好きっ!

 まぁ、不安がどうこう言ってもしょうがない。もうSTARRYに着いちゃったんだし、私も覚悟決めないとね。

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 ぼっちちゃん、奇麗になったなー。

 いや、普通にしてれば可愛い子だってことは知ってたけど、それが常態化するとは思ってもみなかった。

 普通にするのが常態化ってなんだ。

 

 私とリョウが座ってるテーブルの前でペコリと礼をしてから、ぼっちちゃんは焦茶色のベレー帽とボーダーマルチカラーのマフラーを外して、引っ詰めていた髪を解いた。赤いかんざし一本で纏められていたボリュームのある桜色のロングヘアが、ふわりと広がって、甘いヘアフレグランスの香りが緩やかに散っていく。

 続いて桃色のコートを脱ぐと、制服姿が晒される。女子高生なら当たり前なのに、ついこの前まではピンクのジャージを着てるのがデフォだったせいか、新鮮に感じる。何処がとは言わないけれど、無理矢理引き伸ばされて歪んだ上着が悲鳴を上げているように感じるのは気のせいか。気のせいだな。

 爽やかなホワイトフローラルの制汗剤はヘアフレグランスとの相性を考えてあるんだろう、喧嘩することなく調和していた。え、冬に制汗剤?何処に――おっと気のせいだった。なにも問題ないな。防虫剤臭いとか言ってたのは何だったんだ。

 最後に伊達眼鏡を外して一息つくぼっちちゃん。以前は長い前髪が御簾になって隠していたけど、今は整った顔立ちが晒されてる。なんでも高級エステで磨かれてるらしい透明感のある肌艶は普通の女子高生では手が届かない逸品に仕上がっていて、無意識のうちに溢れる溜息を止めることが出来ない。

 おいおい何だこの生き物めちゃくちゃ色っぽいな。こんなのに当てられたら喜多ちゃんがヘロヘロになるのも頷ける。初めてのライブからこっち、喜多ちゃんがぼっちちゃんを意識するようになってたのは分かってたしね。2人がくっ付くのも時間の問題かな。

 バンド内での恋愛沙汰となると、拗れたときが大変だから、合理的に言えば止めた方が良いんだろうけど。でもこの2人の場合は変に妨害したら逆に燃え上がりそうだしね。つまりもう手遅れなのさ。だったら応援して上手く行くように手伝った方がバンドにとってプラスになるってこと。2人とも、幸せになるんだよ。

 と思ってたら、手遅れどころの話じゃなかった。

 

「え、付き合ってる?」

「はい。プロポーズしましたっ」

「高1でプロポーズとは、流石ぼっち。それでこそロックだ」

「ありがとうございます、えへへへへ」

 

 サムズアップするリョウに、照れ笑いのぼっちちゃん。ちなみに喜多ちゃんはテーブルに突っ伏して、ときどきビクンビクンと痙攣してる。

 面白いくらいポジションが逆転してるなぁ。

 おっと、私も言うこと言わないとね。

 

「ぼっちちゃん、喜多ちゃん、おめでとう!」

「ありがとうございます、虹夏ちゃん」

「ありがとうございます……良かった、先輩方が同性カップルに肯定的で、本当に良かったよぉ」

 

 あー、喜多ちゃん、そこ心配してたんだ。

 確かに海外じゃLGBTがどうとかで騒いでるものね。性差別がどうとか。

 私は別に、本人同士が好きならそれで良いじゃない?って思うけどさ。

 まぁ、法律がどうとか、親がどう反応するかとか、考えないといけないことは色々あるだろうけど。少なくとも私は2人の味方だ。もちろんリョウもね。

 喜多ちゃんはぼっちちゃんに抱きついて、と言うか胸に顔を埋めて、そのままくたぁ、と脱力しちゃった。

 本人は気付いてなかったのかもしれないけど、不安に圧し潰されそうだったのかもね。

 ぼっちちゃんは手慣れた様子で喜多ちゃんを自分の膝に乗せてハグ。喜多ちゃんはぼっちちゃんの首筋にカプっと食いついた。見なかったことにしたい。

 

「それで、今日から私も結束バンドに復帰するので、これからのバンド活動について――」

「その状態で真面目な話するの止めてくんない?」

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 グズる喜多ちゃんを無理矢理引っ剥がして、真面目な話をする。

 ぼっちちゃんの首筋がテカテカしてるのはこの際どうでも良い。

 

「で、今後のバンド活動だよね?」

「あ、はい。結束バンドが結成してから半年経ちました。実力はまだまだだって自覚してますけど、そろそろ外に向けたアピールを強めていく時期じゃないかって、お母さんが」

「なるほどー。って、あのお母さんが!?」

 

 会ったのは一回きりだけど、ぽやぽやしてて、ぼっちちゃんのお母さんだなーってのが納得できる優しい人だったっけ。

 まぁ、優しいだけじゃないのは、今回のぼっちちゃんへの制裁を見れば分かるんだけど。

 でもバンドの活動について、と言うか広報について口を出してくるとは思わなかったな。

 

「うちのお父さん、昔バンドやってたんですけど、その時にお母さんが色々とバックアップしてたみたいでして」

「なるほど、そう言う経験があるんだ」

「はい。あと、せっかく身近にバンド経験がある店長さんがいるんだから、もっと色々とアドバイスもらって、ちゃんとメジャーデビューに向けて頑張ってる姿勢を見せなさいって」

「たはーっ、キッツいなぁ。でも確かにその通りだね」

 

 そう言えば、初めて4人揃ってライブしようとしたときもお姉ちゃんに言われたんだった。ライブに出たいならオーディションを受けろって。

 あの時に反省したつもりだったけど、まだまだお姉ちゃんに甘える気分が抜けてないのかもしれない。

 このままじゃまた、仲良しバンドで終わっとけ、なんて言われちゃうかも。

 そうはさせるか!

 

「私、まだみんなと上手く合わせられてませんけど、このままで終わりたくないです。もっと沢山のお客さんに結束バンドのロックを聴いてもらうためには、STARRYに閉じこもってるだけじゃダメなんだって、思い知りました」

「そっかー、ぼっちちゃんも成長してるんだね。読モやって度胸ついた?」

「ど、度胸って言うか、思い出したって言うか。始めてのライブのチケットを買ってもらう切っ掛けになったことなんですけど」

「あーっ!路上ライブ!」

「は、はいっ」

 

 そう言えば。あの台風ライブの時、純粋に結束バンドを見に来てくれたのは、ぼっちちゃんのチケットで来た3人だけだったんだ。

 私とリョウ、それと喜多ちゃんも、学校の友達にチケットを買ってもらったけど、台風のせいで来てくれなかった。それに文句を言うつもりは全然ないけど、台風の中でも来てくれた3人、それと結束バンド以外を見に来てたお客さんがいたことを考えると、義理でチケットを買ってもらうってのは、やっぱりダメだね。ちゃんと私たちのファンになってもらえるように頑張らないと。

 ライブハウスに来ていない人たちにも私たちを知ってもらおうって言うなら、路上ライブはとても良い提案だ。

 

「うん、やろう!路上ライブ!そっかー、そうだよ、ちゃんと成功例があるんだもん。良いことはどんどん真似してかないとね!」

「えー、ダルい……」

「そんなこと言わない!リョウだって前のバンドでは路上ライブしてたでしょ?」

「そうですよ、そもそも私がリョウ先輩のファンになったのも、路上ライブで見かけたからですし」

 

 お、喜多ちゃんが復活した。

 そうだねぇ、やっぱ喜多ちゃんはキラキラしてないと、こっちまで調子狂っちゃうよ。

 ん、でも、あれ?

 

「ねぇ、ぼっちちゃん。喜多ちゃんのリョウ狂いって、見てて大丈夫?」

「大丈夫じゃないですよ?」

「え?」

「え?」

「え?」

 

 あ、うん。そりゃそうだよね。

 喜多ちゃんもショック受けない!そんな場合じゃないでしょ!?

 

「あの、ひとりちゃん?」

「なんですか?」

「やっぱり、その、嫌?」

「ごめんなさい。我慢しようと思ってるんですけど、リョウさんが喜多さんを下の名前で呼んでるのとか、喜多さんがリョウさんをキラキラした目で見てるのとか、辛くて」

「ごめんなさいっ!」

 

 わ、これは修羅場?

 付き合って早々に?

 でもこれ、全面的に喜多ちゃんが悪いしなぁ。

 喜多ちゃんには自重してもらわないとね。

 あと。

 

「リョウ、これからは喜多ちゃんを下の名前で呼ぶの禁止ね。こういう些細なことの積み重ねがバンド解散のフラグになっちゃうんだから!」

「う、うん。分かった。ぼっち、ごめん」

「いえ、私こそ、心が狭くて申し訳ありません」

「いーや、これはぼっちちゃんが正しい!喜多ちゃんだって、もしもぼっちちゃんが自分以外を熱っぽく見てたら嫌な気分になるでしょ?」

「う、はい。そうですね。自重します」

 

 よし、これでリョウに貢いだりしなくなるよね。

 バンド内で爛れた関係とか、勘弁してよマジで。

 

「ふむ。そうなると郁……じゃない、喜多のことはどう呼ぼうか?『キタキタ』?」

「どうしてネタに走るかな。普通に喜多ちゃんで良いじゃない」

「いや、それは私のキャラじゃないと言うか。……うーん、喜多で良い?」

「はい、大丈夫です!」

 

 あ、ぼっちちゃんが嬉しそう。

 そうだよね、自分は恋人を下の名前で呼んでないのに、別のヤツが呼んでるなんて、許せないよね。

 ぼっちちゃん、そこは我慢するところじゃないんだよ。

 心が狭い?独占欲が強い?束縛しすぎ?違うでしょ。好きだからヤキモチ焼くんだよ。

 愛されてるね、喜多ちゃん?

 

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