強いお酒を友達と飲んでいたら面白くなってきて書いたお話でした。

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でけぇシスターと写本する話

The old church bell will peal with joy Hurrah! Hurrah!

(古い教会に響く喜びの鐘、万歳!万歳!)

To welcome home our darling boy, Hurrah! Hurrah!

(愛する子を迎えるために、万歳!万歳!)

The village lads and lassies say with roses they will strew the way,

(村の若者と娘たちは言う、道に撒く薔薇の花を持って)

And we’ll all feel gay

(そして皆が笑顔になる)

When,

「Johnny comes marching home……」

 

 一筋の風が吹く。小高い丘の上に一人の男が立っていた。男の呟くような歌声は風に乗り、丘を下ってその先へ、小さな寂れた教会へと流れていった。

 

***

 

 一七八三年、アメリカ──。

 戦争は終わった。戦場から戻った者たちは様々な道へと歩んでいく。

 その、果て。片田舎のはずれ、もはや地図に載っているのかどうかすら怪しい小さな集落の舗装されていない道を、一人の男が歩いていた。

 顔に包帯を巻き、少し汚れた服を着ている男はそれだけで彼が戦場帰りだと言うことがわかった。

 と、男が道の途上にあった一軒の本屋の前で足を止める。

 

「ごめんください」

 

 店内に足を踏み入れ、声を放る。店の奥にいた人の良さそうな主人が客の来店に気づき、柔和に笑いかけた。

 

「おぁ、見ない顔だね。珍しい」

「この本を探してるんですが……知りませんかね」

 

 男はそう言って一枚の紙切れを店主に差し出した。店主はそれを受け取ると、眼鏡を押し上げてそれを確認する。

 

「あぁ……詩集だね。これまた珍しい本を探してる。どうしてこれを?」

「まぁ……色々ありまして。とにかく、ありますか」

 

 少し濁したような男の物言いに店主は少し間を置き、口を開く。

 

「あー……いや、たぶん置いてないね。そこの角に置いてなければ無い」

「そうですか……」

「まぁただ、教会の書庫にならないこともないんじゃないか」

「教会ですか」

「あぁ。ここから見えるだろ?あの丘の上にあるあれだよ」

 

 そう言って店主が窓の外を指し示す。見ると、確かにその先の小高い丘の上に教会があるのが見えた。

 

「あぁ、見えますね。なんというか……質素なやつ」

「何年か前になるか……司祭さんがどっか行っちまってね。シスターが一人で切り盛りしてる」

「それって大丈夫なんですか」

「こんな田舎の教会までちゃんと管理されないやね。いい加減なんだ」

 

 肩をすくめて言う店主に男は微妙な顔をする。

 

「あそこのシスターは本好きだからね。本が目当ての客ときたらもてなしてくれるだろうさ」

「はぁ」

 

 まぁとにかく行ってみるといいさ、と店主は男の背を押した。 

 

***

 

「ごめんください」

 

 それから十数分後。教会には思ったよりも早く着いた。男は先ほど書店でしたのと同じように、声を放った。

 

「……」

 

 しかし今度は返事が無い。もう一度声を放るが、それも返事が無かった。

 見ると、中には誰もいない。本当に管理がなされていないいい加減な教会なのだろうか。

 とにかく、一人で教会を切り盛りしているというシスターに会えないことにはどうにもならない。男は教会の外をまわり始める。

 

「ん?」

 

 と、教会の裏手で男の視界に一人の人間が映った。

 離れにある建物の前に、一人のシスターが腰をかけて本を読んでいる。恐らくあれが話にあったシスターだろう。

 

「あの」

 

 近づきながら声をかける。しかしシスターは返事をしない。黙ってページをめくるだけだった。

 

「あのー、」

 

 それでも答えない。

 

「もしもし!」

 

 ついにほとんど傍まで寄って声を張る。

 

「はっ!?い!」

 

 そこでやっとシスターが男に気づく。肩を震わせ、驚いたように少し上ずった声で返事を返した。

 

「あ……」

「あの」

「あ、あぁ!すみません!はしたない所をお見せしました……!」

 

 慌ただしく本を閉じ、男を見上げる。しわ一つない修道服、清楚なベールで身を固めた姿は絵に描いたような敬虔な教徒といった出で立ち、ベールの下から覗く長い前髪で目は隠れており、少々陰気な印象を受ける。

 しかしそれより目を引いたのは身長だ。木箱に腰かけているこの状況で立っている男と少し視線の高さが近い。一八〇センチはありそうだ。

 

「あ、ようこそ……本日は何用でしょうか……」

「あぁ、えぇとこの本を探してまして……ここの書庫にならあるかもしれないと伺ったのですが」

 

 そう言って男は先ほどの紙切れをシスターに渡す。シスターは受け取った紙に目を通すと、少し考え込むように俯いた。

 

「……あ、はい。あります、これ」

「本当ですか」

「はい、えぇと……少し奥の方に……ご覧になりますか?」

「是非」

 

 そう言うとシスターはのっそり立ち上がり、男も後に続いた。

 こちらです、とシスターが扉を開くと、建物内部には立派な書庫が広がっていた。

 

「おぉ……」

「あ、確か……あの詩集ならあの奥に……あうっ!」

 

 小さな悲鳴が聞こえ、男が振り返る。そこには額を押さえてうずくまるシスターがいた。

 

「……ぶつけたんですか」

「……せ、背が高いので……」

 

 ***

 

「あ、そこです」

「えぇと……あぁあった。これです!」

 

 十分後。シスターの案内で男は本棚から一冊の本を手に取った。少し埃を被り、色褪せた表紙の詩集だった。

 

「良かった……なんとか見つかった……」

「あ、あの……何故、そちらの詩集を?」

「友人が……読んでましてね」

 

 男が語る。

 曰く、男は独立戦争に長く従軍した兵士だった。元々民兵だった男は戦争初期から戦場で戦っていたが、その中で一人の友人を得た。友は常にお気に入りの詩集を手に持ち、戦っていない時はいつも男や戦友たち、文字の読めない者たちに詩を読んで聞かせてくれていた。この詩集は、その友が持っていた思い出の詩集なのだ、と。

 

「……す、素敵な……方、ですね……その方とは、今はご一緒じゃ、ないんですか?」

「……死にました。半年前に」

「あ……そ、その……すみません!」

 

 シスターが勢いよく深々と頭を下げる。まるで地面に頭を打ち付けるかのような勢いだ。そんなシスターを前に、男は微妙に笑う。

 

「いえ、大丈夫です。もう気持ちの整理はついてますから……あいつ、この詩集はこのあたりで買ったと言っていて。ここにくれば見つかると思ったんですが、見立て通りでした」

「……あ、そう……です、か……」

 

 男が顔を上げ、改めてシスターと視線を合わせる。

 

「シスター、この詩集、写本させて貰えませんか」

「あ、はい!大丈夫です!やりましょう!」

 

 シスターの顔が明るくなる。そうしてまた男を連れ、窓際に置かれた机へと案内する。

 ──その途中、また頭をぶつけていた。

 

「あ、その……文字は、大丈夫ですか?」

「少ししか読めませんが……書き写すだけなら問題ありません」

 

 シスターと男が写本を始める。一編、また一編と書き写していく。

 

「……あ、あの」

「はい」

「詩、お好きなんですか?」

 

 男が少し視線を上げる。机の向こうで、シスターが上目遣いにこちらを見ている。

 

「そうですね……なんと言いますか。友人が好きなものだったから、という理由ですかね。戦いが終わって……正直、何をすればいいのかわからなくて。とりあえず、友人の思い出の品を、と考えて」

「あ、そうなんですね……!」

 

 シスターが微妙に笑う、前髪に隠れて瞳は見えないが、へにゃ、と力の抜けた笑い方だった。

 

「……い、いいですよ、詩は」

 

 少しして、再びシスターが口を開く。

 

「わ、私、人前で話すのが苦手で……こんなにおっきいのに、あ、いや……だからこそ、なんですけど。目立っちゃって……」

 

 ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

 

「でも、詩とか、本は……違います。これを書いたずっと昔の人と……お話するような、ものです。これなら、私でも、楽しくお話できます」

 

 男がシスターを見やると、しっかり視線を伏せて話している。心なしか小さく見えるその姿は、無理をして話しているのだな、ということがありありとわかった。

 

「なるほど……過去の人との会話。考えたこともなかった」

「あ、いや、えぇと、そんな風だったらいいな、って」

「いや、面白い考え方だと思います。そうだな、シスター、この詩、何遍か読んでもらえませんか」

「えっ!」

「最初は、詩集が手元に欲しい、くらいの考え方だったんですが、そう言われると内容もやっぱり気になってきまして……いいですか」

 

 照れくさそうに笑う男につられて、シスターも微妙に笑う。それならば、とシスターは詩集の適当なページを開き、少しつっかえながら、小さい声で詩を読み上げ始めた。

 一編。湖畔の人魚の失恋を詠った詩。

 一編。森をわたる風のせせらぎを詠った詩。

 一編。空の果てを目指す渡り鳥を詠った詩。

 いずれも独特の美しさがあった。教養のある者が聞けば、なるほど詩集としてまとめられるだけのものはある、そう思う出来だったのだろう。それを読み上げるシスターの声も、こころなしか少しずつ嬉しそうな響きを持っていく。

 

「……あ」

 

 それからしばらくして。不意にシスターが口を止める。

 

「あ、えっと。その」

 

 見ると、男が俯いている。ペンを握る手も止まっていた。

 

「あ、の。どうしました……?あ、ひょっとして、うるさかったですか……?」

「あぁ、いえ。そういうわけではなくて」

 

 男が少しだけ視線を上げ、言う。

 

「違ったんです」

「違った……?」

「全然違うんですよ、あいつが読んでくれた内容と」

「えっ……?」

「あいつが読んだ内容はもっと……前向きで、少し子どもっぽい詩だった。こんなに落ち着いた、静かな詩じゃなかった」

「ま、間違えたんでしょうか」

「いや、この詩集は間違いなくあいつが持ってた本でした。間違いない」

「じゃ、じゃあ、なん……で」

 

 シスターが聞くと、男が顔を上げる。不思議と、その顔は晴れやかだった。

 

「読めなかったんですよ、きっと、あいつも」

「え……」

「読めなかったけど、見栄を張って即興で詩を作ってたんだ。そもそもあいつが読んでくれた詩は何十篇もあった。こんなに薄い本にそんなに載っているわけない……本当に……馬鹿な……やつ……」

 

 その先は続かなかった。男の肩は震え、小さなすすり泣きが言葉の代わりに漏れ出していた。

 

「……」

 

 シスターが立ち上がり、男の傍へ歩み寄る。そして、ペンを握ったままの男の手に、やさしく自分の手を重ねた。

 

「……?」

「完成させましょう、写本」

 

 男が顔を上げる。男とシスターの視線がぶつかった。

 

「完成させて……今度は、あなたが読んであげるんです。お友達に……私もお手伝いします。絶対に、完成させましょう。させなきゃ……駄目なんです」

「……」

「それと……そのお友達の詩、覚えているものはありますか?それも加えましょう」

 

 不思議な感覚だった。前髪に遮られて見えなかった瞳が、今ははっきりとその視線を捉えられる。凛とした、弱弱しくも確固たる意思を持った瞳が、そこにあった。

 少しの沈黙の後、男が小さく頷く。それを見たシスターは優しく微笑むと、再び自分の椅子へと戻っていく。

 

「素敵なものを、作りましょうね」

 

 男が頷く。それに応えたシスターの笑顔は、慈愛に満ちていた。


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