──空飛ぶ百鬼夜行が、いきなり元の岩とかに戻って落下していった。
当然ながら、キングギドラに乗っていた僕も落下する。そして、これまた当然ながらハーヴェストがすぐに足場になってくれた。
ハーヴェストは、落下した岩とかも受け止めて邪魔にならない場所に置いてくれている。これで落下物事故の心配はなくなった。
《本体、注入した生命力が尽きた》
ハーヴェストが百鬼夜行が岩とかに戻った理由を教えてくれた。
なるほど。物体を生物に変質出来るといっても時間制限があるんだ。そして、変質した生物も本当の命を持つ存在ではなく、ロボットみたいなものだと何となく理解できた。
まあ、それもそうか。
物体から生命を創り出すなんて、人の身に余る奇跡だ。個性がどれほどレベルアップしても手が届かない領域だと思う。
無機体を一時的に、生物を模した有機体に変質できるだけでも破格な能力だ。
しかも、自由に命令できるのだから文句なんて付けようがない。
あれ?
具体的な命令ってしてたかな。
《本体、変質後は本体のふんわりとした思考を読み取って行動してた。クレイジー・ダイヤモンドと同じ》
そうなんだ!
うんうん。クレイジー・ダイヤモンドの新能力で創り出したんだから、子は親に似るってやつだね。
新能力について理解が深まったけど、僕を乗せてくれてたキングギドラまで消えちゃったから、ここからは梅雨ちゃんがいる場所まで自力で移動しなきゃいけない。
うーん。ちょっと遠いかな。
見せたかった百鬼夜行は消えちゃったし、こんな街中だと隠れて百鬼夜行を創ることも難しいよね。
那歩島に戻るにしてもキングギドラがいないと大変だし、寮に帰っても今日は一人ぼっちだ。
うん。今日はもう自宅に帰ろう。
僕はスマホを取り出すと、真幌ちゃんに事情を説明してから自宅へと向かった。
*
「おかえり、重清。今日は泊まれるのか?」
自宅に帰ると、玄関口でカイナお姉さんが出迎えてくれた。ママとエリちゃんは留守みたいだ。この時間だと買い物かな。
「ただいま、カイナお姉さん。今日も綺麗だね」
出迎えてくれたカイナお姉さんにハグをすると、ふわりと彼女の匂いに包まれる。
ギュッと腕に力を込めると、押し返してくる確かな弾力と温もりに、デヘヘと笑みが漏れた。
「おいこら。玄関口で抱き締めるな。せめて扉を閉めてからにしろ」
照れ屋さんなカイナお姉さんの言葉に従い、クレイジー・ダイヤモンドを具現化して扉を閉めてもらう。
「元気そうで安心したよ。何も変わりはない?」
「あのな。先週末も会っただろ。そうそう何か起こったりしねぇよ。重清は心配性だな」
扉を閉めると、僕のハグから逃げようと身を捩っていたカイナお姉さんは普通にハグを受け入れてくれた。
ハグをしながら微妙なところをさり気なく触ってしまったけど、大らかなカイナお姉さんは怒ったりしなかった。
「――チッ、どうやら本気で勘違いをしているみてぇだから言っておく。お前だから大目にみてやってるんだ。他の野郎なら撃ってるぞ」
女の勘なのだろう。僕の考えを読んだカイナお姉さんは舌打ち混じりにそう言った。
──この瞬間、僕は大らかな女性という言葉が、彼女を侮辱するものだと気付いた。
「当たり前だ。誰彼構わず触らせて平気なわけねぇだろ。お前は私の――いや、その、まぁアレだ。おとうと……そう、弟だな! 私の弟みたいなもんだから特別に許してやってるんだよ。だから、間違っても私を尻軽だと思うんじゃねぇぞ」
そう言って、彼女は照れたように顔を背けた。
カイナお姉さんのその態度で確信した。
女の子はみんな純情可憐な乙女なんだ!
それは歳上のお姉さん達だって変わらない。
僕は
その事を申し訳なく思う気持ちと、恥ずかしくても受け入れてくれた事を嬉しく思う気持ちの、その両方を同時に覚えた。
うん。ここは素直に反省すべきだ。
僕は純情可憐なお姉さん達に恥ずかしい思いをさせていた。それに対して感謝の気持ちを持つべきだったんだ。
そして、大らかなお姉さんにつけ込んで、妙な真似をする男が現れないように警戒していたけど、真に警戒すべきだったのは、今まで警戒レベルが低かった歳下男子だったんだ。
だけど、気付いたからにはもう油断はしない。
大切なお姉さんに甘えて良いのは僕だけだ。
大切なお姉さんのモモに顔を埋めるのも、その匂いをクンクンしていいのも僕だけだ。
お姉さんと仲良くなって弟扱いしてもらおうだなんて、そんな不埒な考えをもつ歳下男子なんかを近付かせるものか。
大切なお姉さん達は絶対に守り通す。
復活ヒーロー重ちーの全力全開を見せてやるぞ!!
だから、カイナお姉さんも安心してね。
「いや、私は何を安心すればいいんだ? ったく、他の女にはそんな馬鹿話をするなよ。絶対に引かれるからな。それに妙な心配をしなくても、そいつが歳下だというだけで、お前以外の野郎に触らせるわけねぇだろ」
ううん。僕は反省したんだ。
油断も過信もしないよ。
それにカイナお姉さんも油断しないでね。
最近は、ませた小学生も多いからね。油断するとヒミコちゃんでもお尻を触られるんだ。
くそう。あのクソガキ共め!
何度、追いかけ回しても近付いてくるし、ジャイアントスイングを喰らわせても懲りないんだ。
「――あぁ、そういや初めて出会った時も小学生相手にジャイアントスイングをかましてたよな。ハァ、小学生男子相手に本気で焼き餅を焼くって、お前はどんだけだよ。まぁ、悪い気分にはならねぇけどな」
呆れて溜息を吐くカイナお姉さんだけど、ハグを続ける僕の額に軽くキスをしてくれた。
*
「それで、今日は雄英は休みなのか?」
外部には極秘の最終決戦だったから、事情を知らないカイナお姉さんに知ってる限りの事を伝えた。
「オール・フォー・ワンも年貢の納め時か。これも因果応報だな。多くの人達を苦しめた報いを受ける時が来たわけだ。──チッ、一発ぐらい喰らわせてやりたかったな」
その悔しさを感じる言葉で思い出した。
オール・フォー・ワンが、僕のカイナお姉さんを爆破した事をだ。
どうして忘れていたのだろう。
あの頃は確かにカイナお姉さんの恩赦をもらうのに忙しかった。恩赦をもらった後はホッとして気が抜けてしまった。
カイナお姉さんを家に迎えられて有頂天にもなっていた。
だけど、僕は覚えている。
カイナお姉さんがヒビ割れていく恐怖を。
カイナお姉さんが爆発した瞬間の絶望を。
結果的に助かったのは免罪符にはならない。
僕は決めた。
それは生まれて初めての――
「オール・フォー・ワンは、この手で殺す」
――本物の殺意だった。
ムギュウっと、カイナお姉さんに力一杯に抱き締められた。
「――物騒な事を口にするな。お前はミルコ特戦隊の重ちーだろ。お前達の前では悲劇も喜劇に変わる。それがミルコ特戦隊だろ」
苦しい程の力で、僕を抱き締めるカイナお姉さんの身体は微かに震えていた。
「お前は私の“光”なんだ。闇に沈んだ私を導いてくれた。そんなお前までが闇に染まらないでくれ。その手を汚す必要があるなら私が代わる。この両手は既に血に塗れている。お前が気にする必要などないからな」
大きなモモに顔が埋まって呼吸が出来ない。
うん。とてもピンチだ。
本気でピンチだ。
パンパンと、カイナお姉さんの背中をタップしてるのに気付いてくれない。
大きなモモに埋もれて大往生というのは、男の夢の一つではあるけど、今はまだその時では無いと思うんだ。
クレイジー・ダイヤモンドを具現化して、カイナお姉さんを引き剥がしてもら――いや、その前にやってみたい事がある。
この本気で窒息しそうな緊急事態なら、あとで冷静になったカイナお姉さんだってきっと許してくれるはずだ。
僕はゆっくりと両手を移動させる。
カイナお姉さんの服の中へと少しずつ入れていく。
ゴクリと喉が鳴った。
実はまだモモに直に触れたことが無いんだ。
ほら、僕って紳士だからね。
僕のヒミコちゃんにお願いすれば触らせてくれると思うけど。いざ、行動に移そうと考えたら――すっごく、恥ずかしい。
だって、どんな顔をして言えばいいの!?
ちっちゃい頃から仲良しの女の子だよ!?
僕のことを頼りになる格好いい幼馴染だと思っているはずの可愛い女の子にこう言えばいいの!?
『デヘヘ、モモに直で触らせてよ。ねっ、ねっ、いいよね! 僕たち仲良しだもんね! 僕の未来のお嫁さんだもんね! 減るもんじゃないしいいよね! じゃあ、服を捲るね!』
ぬおー!!
そんな野郎はぶっ飛ばす!! って自分でも思うよ!!
ハァハァ、興奮しちゃった。
ククク。だけど今なら合法的に触れるんだ。
窒息しそうでパニクった歳下で弟扱いしている男の子の手が服の下に入り込んでも、優しいお姉さんが怒るわけがない。本当は恥ずかしくても涼しい顔をして流してくれるはずだ。
今こそ完全犯罪のチャンス――ううん、犯罪じゃなかった。完全合法のチャンスだ!!
さあっ、服の上からでもこんなに柔らかいんだ。直ならどんなに――
「――あ、すまない。苦しかったか?」
――僕は、魂からの絶望を味わった。
*
「――オール・フォー・ワンをそこまで個人的には憎んでいねぇよ。アイツとは取引をしただけだからな。その取引を破棄したのも私からだ。それに、“エアウォーク”は貰ったわけだからな。どっちかと言えば、私の方が得したな」
床をジタバタと転がって、早く行動に移さなかった事を後悔しまくったあと、冷静さを取り戻したカイナお姉さんと静かに会話を続けた。
「うん、僕も少し短絡的だったと思う。今は冷静になったよ」
大切な女の子が傷付くのを見るのは初めてだったわけじゃない。
ミルコ特戦隊でもヴィランとの実戦を何度も体験している。その度に傷付き、それを治してきたんだ。
それがカイナお姉さんの爆破では取り乱してしまったのには理由がある。
うん。爆破だったからだ。
ジョジョ世界で、ハーヴェストの本体だった人物の死因も爆破だった。
その人物と僕は無関係だけど、きっと同じスタンドのハーヴェスト繋がりで、彼の無念が僕にも流れて来たんだと思う。
爆破に関しては冷静さを失ってしまう傾向があった。
思えば、爆破の個性を持つ爆豪君のことも苦手に感じていた。
僕は感情に流され過ぎていたんだ。
これからは、もっとクールにいこう。
今こそ冷静沈着だったジョジョを見習おう。
あれ?
冷静沈着だったジョジョなんて居たかな?
短気で熱いジョジョは思い出せるけど、冷静沈着なジョジョ……うん! きっと忘れてるだけで居たはずだ!
「カイナお姉さん。ここは冷静沈着に一発だけお礼参りで撃っとこう。それで過去の遺恨は水に流そう」
これで良い。恨みを抱えて生きていくのは苦しいからね。
ところで、その一発はどうしようか?
カイナお姉さんの気が進まないのなら、機動戦士ヒーローの荷電粒子砲を撃ってくるよ。
「殺意満々じゃねぇか! ほら、落ち着きな。お礼参りなら自分でやるよ。あの気持ち悪い仮面にでもぶち込んでやるさ」
あまりやる気は無さそうなカイナお姉さんだったけど、やるとなったら本気を出してくれるはずだ。
オール・フォー・ワン。この世界のディオよ。大人しく牢獄で余生を過ごせば良いものを。脱獄してノコノコと出てくるとは愚かだな。
己の罪を悔いる殊勝さなどは求めない。驕り高ぶったその傲慢さを撃ち砕き、再び牢獄へと送り返すだけだ。
《本体、生命力を吸い尽くす?》
ううん。それは止めとく。
カイナお姉さんにバレたら悲しませちゃうもん。
*
ハーヴェストに教えてもらった。最終決戦では、それぞれ離れた三箇所に超常解放戦線の幹部をワープさせて捕える構えだ。
個性対策を施した雄英高校で、死柄木さん。
暴れても大丈夫な群訝山荘跡地で、オール・フォー・ワン。
火事対策のため海に囲まれた奥渡島で、狂乱の魔王。
それ以外の雑魚に関しては、僕らが考える必要はないだろう。
「狂乱の魔王もいるのか。そうか、奴は元はといえば、オール・フォー・ワンの配下だったな。どうりで、理不尽な個性持ちのはずだ。──重清。お礼参りは止めだ。私は狂乱の魔王を撃つ。あの個性は危険すぎる。狂乱の魔王はここで必ず仕留める!」
う、うん。そうだね。他人を裸踊りさせるのは酷いもんね。それは許せないよね。
「(チッ、街中なんかで裸踊りなんぞさせられて堪るか。そんな醜態を晒すぐらいならこの手を再び血に染めてやるよ)」
カイナお姉さんは静かに怒りのオーラを発していた。ただ、その怒りの裏には微かに怯えの気配を感じた。
(ハーヴェストよ。裸踊りは中止してね。なんだか、裸踊りをさせてるのが僕だってバレだら酷い目に合いそうな予感がするんだ)
《了解です。即座に中止します》
狂乱の魔王は、公安委員会からデッドオアアライブで捕縛命令が出てるからね。多分、カイナお姉さんが撃っても問題視はされないと思う。
まあ、念の為に公安委員長のお姉さんに電話しておこう。
──すごく弾んだ声で応援された。
*
僕とカイナお姉さんは、二人とも空を歩けるんだ。その最高速度は全力疾走より速いと思う。
うん。つまり遠く離れた奥渡島へ行くのに、僕らの自力だと時間が掛かり過ぎるんだ。
キングギドラを創るのは目立つから却下だ。百鬼夜行の主と、僕は別人を装う必要があるからね。
モモちゃんが最終決戦に参加してなかったら、機動兵器に乗せてもらうんだけど、今は流石に無理だ。
空を見上げながらウンウンと悩んでいると、その空を悠々と飛んでいる大きなドラゴンの姿が目に映った。
よし、移動手段発見だ!
*
「きゃっ、何事ッ!?」
空飛ぶドラゴン──リューキュウの大きな尻尾にしがみついた。
「リューキュウ、こんにちは!」
「ハァ、なんだ、重清君じゃない。はい、こんにちは。もう、急に尻尾に抱き付いたらダメよ。ビックリしちゃったじゃない」
リューキュウは尻尾にしがみついたのが僕だと分かると、気が抜けたように溜息を吐いた。
リューキュウとは、ネジレちゃんがインターンでお世話になっている関係もあって仲良くしてるんだ。
「相変わらず、艶があって綺麗な尻尾だね」
「ハイハイ、褒めてくれてありがとね。それより離れてくれるかしら。危ないとも思うし、何より貴方に抱き付かれていたらネジレが怒るわ」
「ネジレちゃんは心配性だもんね」
ネジレちゃんは、下級生の僕が危ないことをしたら本気で叱ってくれる面倒見の良い上級生のお姉さんだ。
もちろん、叱るだけじゃなくて凄く甘やかしてもくれる母性本能の強いお姉さんでもある。
そうそう、最初に出会ったときに“波紋”を彼女の身体に注いだんだけど、それで波紋に興味を持ってくれたんだ。
彼女の個性である“波動”とも相性が良くて、あれから波紋修行を一緒にしてるんだ。
「心配性ねえ。どちらかと言えば、焼き餅焼きだと言う方が正確だと思うわ」
「あはは、ネジレちゃんは子供っぽいとこがあるからね。後輩が他のヒーローに懐いてたら焼き餅を焼いちゃうかもね」
そんな子供っぽいとこも、彼女の魅力の一つだと思う。
『ねぇ 何で先輩の私じゃなくて、リューキュウに懐いてるの⁉︎ 不思議だね⁉︎ ねぇ 私知ってるよ。後輩は先輩とくっ付く方が良いんだよ。知ってた⁉︎』
こんな感じで、子供っぽく焼き餅を焼く姿が目に浮かぶ。
「うーん。どうも私の認識とは微妙にズレている気がするけど、若者の青春に余計な口出しは野暮よね。色々とすれ違って勘違いをしていっぱい悩むのが青春だもの。大人になれば全てが良い思い出になるわ。だから、大いに右往左往しなさい」
「うーん。よく意味は分かんないけど、右往左往はしたくないよ。リューキュウは意外と適当なこと言うよね」
「ふふ、ヒーローは命懸けの仕事だもの。それ以外は適当じゃないと神経が保たないわ。重清君も――と思ったけど、重清君はこれ以上なく適当に生きていたわね。そうね、貴方の場合はもう少し真面目に生きなさい。そうじゃないと、近い将来に間違いなく修羅場になるわよ」
「怖いこと言わないで!? もうっ、僕は品行方正な優等生だよ。日々を真面目に生きる事に関しては、僕の右に出る人はいないよ」
「ハイハイ。冗談はここまでにしましょう。今日はどうしたの? 何か用事があるのでしょう。それとも単に私とお喋りしたかっただけかしら?」
うん、挨拶がわりの軽口はこのぐらいにしておこう。
「うん、実はね。お願いがあるんだ」
僕は狂乱の魔王討伐の件について説明した。
──二つ返事で、奥渡島への移送を了承してくれた。
*
「済まないな。まるで、タクシーのような扱いをしてしまって」
「いいのよ。狂乱の魔王は、全ての女性の敵だもの。あのレディ・ナガンがその討伐に乗り出すというのなら、私は全面的にバッグアップするわ」
「私の事を知っているのか。――それでも、協力をしてくれるのか?」
「ふふ、重清君が貴女のために全力で動いた話は聞いているわ。重清君は女の子には激甘だけど、“外道”には容赦しないわ。過去の真実がどうだったのかは知らないけど、重清君は貴女に激甘だわ。それだけで十分なのよ。重清君を知る人間が、貴女に協力する理由としてはね」
「なるほど。重清は信用されているのだな」
「いえ、信用してるかどうかは別よ。言ったでしょう。重清君が容赦しないのは“外道”なのよ。ヴィランではないわ。言ってる意味分かるかしら?」
「――なるほど。重清は理解されているのだな。だがそれでよく、私に協力できるな?」
「重清君が信用できるかは微妙だけど、重清君は信頼できるわ。少なくとも、後味の悪い思いだけはしないと信じられるもの。ウフフ、ただし、呆れかえる結果にはなるかもだけどね」
「本当に重清は理解されているのだな。――約束しよう。重清への信頼は汚さないとな。ただし、呆れさせることはあるかもな」
「重清君を知る人で、呆れた事のない人は居ないから安心して。だけど、最大の懸念があるのよね」
「最大の懸念だと?」
「重清君本人はヒミコちゃん一筋とか言ってるけど、実情を少しでも知る人間から言わせると――重清君、いつか刺されないかしら?」
「フフ、そこまで深刻な状況じゃない。心配は要らないさ」
*
リューキュウの尻尾に掴まって奥渡島までやって来た。
ここには、バーニンが配置されているんだ。
彼女には以前にハーヴェストを付けてからはそのままにしているから怪我の心配はいらないけど、狂乱の魔王の個性が心配だった。
そう、裸踊りのことだ。
狂乱の魔王はその個性で、他人に裸踊りを強制する恐るべきヴィランだ。
そして、女性からの怒りを一身に受けている。そんな大事になるなんて思いもしなかった。
だから、今日この場で何がなんでもその罪を償ってもらい、証拠隠滅を図ろうと思っている。
僕の大切なバーニンも裸踊りを強制される恐怖と戦いながら、ここに居るんだと思う。
一刻も早くその恐怖から解き放ってあげたい。
「私は狙撃位置に移動するが、重清はどうする?」
僕は前線に行くよ。
カイナお姉さんとは、ここで一旦お別れだね。
だって、普段は強気なお姉さんのバーニンが怯えてる姿はグッと来ると思うから、是非とも写真を撮りたいんだ。
「ナガン、大丈夫? 足元がふらついているわよ」
「いや、大丈夫だ。不意打ちだったから少しダメージを受けただけだ。この程度はいつものことだ。気にしないさ」
ククク、怯えるバーニンの前に颯爽と現れる僕。狂乱の魔王の攻撃を躱すためにバーニンをお姫様抱っこしたどさくさで、いつもより大胆に色々触ったとしても、今なら大目に見てもらえるはずだ。
「えーと。そうね。いつも通りみたいね。ねえ、本当に刃傷沙汰にはならないかしら?」
「……少なくとも、私は撃たない」
*
万が一のことを考えて、防御力の高いリューキュウを壁にしながら移動をする。
「いえ、この配置がベストだとは思うけど、重清君はまるで躊躇しないのね。もうその堂々とした態度が、一周回って寧ろ清々しく見えるわ」
トップヒーローのリューキュウに現場の判断と態度を褒められた。やっぱり僅かな時間でも僕の溢れんばかりの才能だと、トップヒーローなら察せるみたいだ。
「……ええ、そうね。もうそれでいいわ。それよりそろそろ接敵するわ。本気モードになるわよ」
リューキュウの雰囲気が変わった。
*
「バーニンは前に出ないでくれ!」
「黙れッ、覚悟は出来ている! 私が先陣を切るッ!」
「バーニンッ!?」
「おいおい、そんなに熱血すんなよ。もう俺はそんなにやる気はねぇんだ。適当に義理を果たしたら海外に高跳びする予定なんだよ。もう帰国予定も無ぇし、ここはプロレスで行こうぜ」
「なにッ!? いや、そうか。そうやって油断させるのが個性発動の条件なのか! ホークスは酔わせることで油断を引き出したのだな! 皆ッ、聞いた通りだ! 戦意を緩めるな!」
「了解だ!」
「いやいや、本気だって。あー、聞いちゃいねぇな。ハァ、よし。ダメ元で言ってみるか。聞いてくれッ!! 俺には他人を裸踊りさせる個性なんてねぇよ!! 全てはホークスの虚言だ!! 奴は自分の酒癖の悪さを俺に擦りつけた嘘吐き野郎なんだよッ!!」
「なにッ!? やっぱりそうなのか!」
*
――ジッと物陰に隠れて観察していたけど、今がチャンスだ!
ハーヴェストよ! 今叫んだ奴を裸踊りさせるんだ!
《了解です》
「ねえ、重清君。私を壁にするのは良いんだけど、尻尾を強く掴むのは止めてくれないかしら。意外とそこは敏感なのよ」
*
「クソッ、油断しちまった! 身体の自由を奪われ――バーニンッ、見ないでくれ!!」
「言われなくても見ない!!」
「卑怯だぞ! 狂乱の魔王!!」
「え? なんで裸踊りしてんの? そういう趣味か?」
「バーニンッ、だからお前は下がれって!」
「本当に下がってくれ! バーニンの裸踊りなんて見たら重ちーに殺されちまうよ!」
「優しい重清がそんな真似するか!!」
「男相手だと容赦無しだぞ、重ちーはよ!」
「そうだな。矢安宮ならバーニンを気にして殺しはしないと思う。恐らくは記憶を失わせる程度に抑えるだろう。それが何年分の記憶になるかは定かではないがな」
「流石は同級生だ! 重ちーを理解しているな!」
「ショートくんまで何言ってんだ! 重清は優しい奴だ!!」
「そうだな。確かに矢安宮は優しい男だ。親しい、いや、例えそれが初対面だとしても、矢安宮は全力で誰かを助けるために動ける男であることに間違いはない。(助ける相手は女子に限るが、冬美姉さんは助ける対象だから何も問題はないな)」
「流石はショートくんだな! 重清のことをよく分かっているな!」
「嘘だッ!」
「言い方が贔屓だぞ!」
「重ちーの話はどうでもいいんだよ! それよりどうしてそいつは裸踊りをしてんだ!」
「この状況でまだ油断を誘えると思っているのか! 狂乱の魔王ッ、我らをどこまで甘くみる気だッ!!」
「だからッ、バーニンは下がれって!」
*
よしっ、これで裸踊りは、完全に狂乱の魔王の仕業だと認識されたぞ!
「ねえ、重清君。頭に登ったら危ないわよ。落ちても知らないからね。――重清君が落ちて怪我したらネジレに私が怒られそうね。ねえ、私のために降りてくれないかしら?」
*
「チッ、コイツらは話にならねぇな。――そうだな。正体をバラす気はねぇが、焦凍には世の中の理不尽さってのを教えてやるか」
狂乱の魔王が、その名の通りの狂乱に身を任せる。突然立ち昇った炎は彼の身体をも焦がしながら収束していき、その圧縮された塊は一人のヒーローへと放たれた。
「──ッ!?」
それを前にして蒼白となるバーニン。己も炎系の個性だが、目の前に迫る“ソレ”は、いとも容易く己の炎ごと燃やす尽くすと確信した。
「クソッ、あの甘ったれを残して――」
絶望した彼女が最期に想ったのは――
「──もう大丈夫だよ、バーニン。どうしてかって? 僕が来たんだ。後は任せてね」
――その想いに、彼女は抱き締められていた。
*
「あら、重清君が消えちゃったわ。あ、向こうにいるわ。まあ、いつものことね」
*
「──撃つ」
*
──麗しき凶弾が、狂乱の魔王を穿った。
──Mt.レディと死柄木の戦いは続いています。
パチン、パチンと鳴り響く音は絶える事なく、戦いの激しさを物語ります。
──パチン
「そ、そろそろお互いにインターバルを――」
──パチン
「トイレ休憩は要るだ――」
──パチン
「うぅ、持病の癪が――」
──パチン
「病人相手にそれでもヒ――」
──パチン
「おやつタイムなら――」
──パチン
♡
Mt.レディを侮っていたと認めるのです。
感情を読ませない真顔でただ淡々と死柄木をパチンし続ける精神力は、若手ナンバーワンヒーローの呼び名に相応しいものです。
死柄木が致命的な個性の持ち主と知らなければ、間違いなくMt.レディは他のヒーローに止められていたでしょう。
それほどまでに壮絶なパチンの現場なのです。
これが重清くんの治癒による回復ならまだ現場の様相は違ったのです。
問答無用で“元通り”になるため、Mt.レディのパチンする両手も綺麗なままだった筈です。
だけど現実だと、パチン後の回復は死柄木の自己再生によります。
つまり、パチンによって漏れた“中身”が――
私の重清くんが認めたMt.レディ。
あなたは、誇り高き