推しの子 × 見える子ちゃん   作:サイレン

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アイ「呪術廻戦終わるってマ?」
みこ「マジらしいです」
アイ「【推しの子】ももう終わるよね?」
みこ「終わりますね」
アイ「そんな……これから一体、何を楽しみに生きていけばっ!」
みこ「…………」
アイ「っていう高度な幽霊ジョークを思い付いたんだけど、どうかな?」
みこ「絶対にアクアさんたちの前でやらないでください」
アイ「すごい不評!? はーい」

アイ「落書展開!」

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みこ「自由だなぁ……」

※約11000文字




嵐の後の

 

 

 どうしてこんなことになってしまったんだろう。

 布団に包まって体の震えを抑えながら、黒川あかねはぎゅっと目を瞑る。

 

 出演中の番組で失敗した。

 言葉にすればそれだけだが、あかねを取り巻く環境は大きく変わった。

 地獄だ。

 ネットに広がるのは誹謗中傷。あることないこと好き放題書かれて、ひたすらにあかねを責める。

 悪いことをした自覚はある。

 やらかした自覚もある。

 

 それでも、これほどまでに否定されなければいけないのだろうか。

 

 そんなふうに嘆いていても、世界は何も変わらない。

 何かしないといけないのに、何をすればいいのか分からない。

 見なければいいのに、もう炎上が収まっているかもとSNSを開き、心に傷を負う。

 家族に相談はできなかった。大丈夫と気を張って、自らの殻に閉じこもる。

 

 堕ちるのは一瞬で、あとは飽きるまで叩かれて消えるだけ。

 

 悲惨な未来が予想できるころには、あかねは思考能力のほとんどを失っていた。

 精神的に追い詰められたのも原因だが、見える者が見ればあかねの背後に真っ黒な炎を見ただろう。

 顔色は青を超えて真っ白で、生気が感じられない。

 ただ生きているだけのような状態のあかねは、鈍った思考でメッセージを見た。

 そこに記載された文言が、単純かつ生命に関わる内容だったのがいけなかった。

 

 ──ごはん

 ──たべる

 

 生きていくうえで無くてはならない要素であったがために、あかねはろくに考えることなく返事を書いた。真面目で律儀なあかねの性格によって「返信する」という結果につながったのは、不幸中の幸いと言えるだろう。

 暴風雨の中、いつも利用しているコンビニで普段からよく買うものを無意識で購入し、いつも通るルートで家までの道を歩く。

 歩道橋の上、強風にあおられ傘に引っ張られ、バランスを崩してあかねは転ぶ。

 咄嗟に突いた膝は傷つき、痛みが脳を訴える。

 その痛みが一時的に、あかねに思考を取り戻させた。

 

「もう、疲れた」

 

 最悪のタイミングだったと言っていい。

 比較的高所にいたことが災いし、あかねは鈍い動きでありながら、躊躇うことなく歩道橋の手すりの上に立ち上がった。

 生きることに疲れた。

 もう、何も考えたくない。

 

 虚ろな目であかねが空に足を踏み出そうとしたまさにその瞬間。

 

 ──虚式「茈」

 

 突如として、あかねに巣くっていた靄が晴れた。

 

「……え?」

 

 あまりにも急な出来事にあかねは固まった。

 硬直したまま、車が流れていく眼下の景色をあかねは眺める。

 思考がクリアになろうとも、状況は変わっていない。

 このまま絶望したまま生きたくない。考えたくない。

 

 アイが生んだのはこの刹那の時間であったが、これがあかねの命運を分けたのだ。

 

 ぐいっ、とあかねは腹部に手を回され背後に引っ張られる。

 落ちる体は誰かの上に乗るように尻もちを突き、後ろから優しく抱き留められた。

 最近ずっと誹謗中傷に当てられていたあかねは、誰かも分からない人に捕まった現状に恐怖が湧く。

 

「い、いやぁ! 離してっ!!」

「落ち着けあかねっ! 俺だ、アクアだっ!」

「……えっ、アクアくん?」

 

 暴れていたあかねは呆然と振り返り、そこにいたアクアと目が合う。

 心配と安堵が混ざったその目には慈愛が満ちていて、布越しに感じるアクアの温もりに不思議と気持ちが落ち着いた。

 

「ああ、間に合って良かった」

 

 心底安心したと、ぎゅっとあかねを抱きしめる力が強くなる。

 無防備なお腹に同世代の男子の腕が触れているのに、あかねに不快感はない。

 ずっと冷たく悲しい世界に浸っていたあかねにとって、この暖かさは離れがたいもので。

 

「ちょっと君たち! 何してるの!?」

 

 自分が仕出かしかけたことが大事だとあかねが気付いたのは、もう少しだけ後のことだった。

 

 

 

 

 閉じられた扉を貫くほどの大きな泣き声。

 警察署のとある部屋の前にある座椅子でその声を聞いていたアクアとみこは、ひと先ずの安堵を胸に一息ついていた。

 

「アクア、四谷さん!」

「黒川さんは……間に合ったのね」

「ああ。ギリギリだったけどな」

 

 駆け寄ってきたのは別行動をしていた壱護とミヤコ。

 二人とも部屋から漏れ聞こえる声があかねのものだと分かったのだろう。連絡は受けていたが、自ら確認したことで胸のつかえがとれたようだ。

 全員が慌てていたためレインコートの下もかなり濡れていた。アクアとみこは手持ちのハンカチが既にびしょびしょになっていたので、ミヤコは持参していたハンドタオルを二人に手渡す。

 

「しっかり拭いときなさい」

「ありがとう」

「ありがとうございます」

「うー、おなか減った」

「あっ」

 

 空中でどんより漂っているアイの思わず漏れたのだろう独り言を聞き、みこはミヤコへと向き直る。

 

「あの、ミヤコさん。さっきお伝えしたものは……」

「ええ、とりあえず適当に買ってきたわよ。壱護」

「ああ、こんなんで良かったのか?」

 

 壱護が持つコンビニのビニール袋の中身はおにぎりやサンドイッチ、シュークリームなどといった手軽に食べられるものがたんまりと入っていた。

 これを食べ尽くすのかとみこは今後の生活が少し憂鬱になったものの、人命救助に役立ったと思えば悔いはない。

 

「ありがとうございます。アイさん、代わりましょう。早い方がいいです」

「うっ、ごめんね。ありがとう、みこちゃん」

「えっ、今から代わるの?」

「はい、少しやり過ぎてしまったみたいで……」

「俺も一応聞いたけど、どうしても必要らしい」

「そう……」

 

 片手でこめかみを押さえるミヤコであったが、素人が下手に口出しして悪い結果になると困る。

 仕方なしに見届けることになったが、初めて憑依の瞬間を目撃した壱護にはやはり衝撃だったようだ。

 

 がくん、と落ちたみこの雰囲気が一変して、ある意味で親しみのある気配が降臨する。

 

「あー、おなか減った」

 

 ぱちりと瞬くのは、視線が吸い寄せられる星を宿した瞳。

 みことは異なる軽い口調に、感情溢れる表情。

 

 確かに亡くなったはずの星野アイが目の前に現れたことに、壱護は改めて驚愕して目を見開いた。

 

「すごいな……こうも変わるのか」

「社長、おにぎり頂戴!」

「お、おう」

 

 言われるがままに差し出したおにぎりをアイはひったくるように手に持ち、即座に包装を破り捨ててかぶりついた。

 ハムスターみたいにもぐもぐとするみこ(アイ)の姿は微笑ましくはあるのだが、色々な事情を知っているアクアとミヤコとしてはみこに対する申し訳無さで胸が痛い。

 穏やかにお喋りする状況でもないので無言のまま時は過ぎ、アイが恐ろしいスピードでおにぎり三つ、サンドイッチ二つを食べ終えたところでようやく大きく一息ついた。

 

「ふー、食べた食べた。とりあえずはこれでよし!」

「いやめっちゃ食ったな」

「はぁ……四谷さんになんてお詫びをすれば」

「やっぱり何か訳ありだったのか?」

「その説明は後でするわ」

 

 溜め息を吐いたミヤコは心と頭を切り替えた。

 

「それで二人とも、一応詳しく説明してもらえるかしら」

 

 真剣な眼差しを受け、アクアとアイは状況整理に協力する。

 大通りに出た途端、みことアイが化け物の存在を感知したこと。

 あかねの居場所が歩道橋の上だと分かり、アクアが全力で駆け付けたこと。

 間一髪で飛び降りる寸前だったあかねをアクアが確保したが、警察に目撃されたのでここまで連行されたこと。

 

 説明を受けて本当に瀬戸際だったのだと理解し、壱護とミヤコは心底肝を冷やした。

 

「そうか。よくやったぞ、アクア、アイ。四谷さんにも御礼をしないとな」

「それについてはずっと頭を悩ませているが、後にしよう。それでだ、アイ」

「ん?」

 

 パクッ、とシュークリームを食べていたアイは急いでもぐもぐと口を動かす。

 質問する頃には片付いているだろうと思い、アクアは口を開いた。

 

「あかねに憑いてた悪霊はどうなったんだ?」

「うぐうぐ。んっ。それは心配しないで。私のオーラで消し飛ばしたから」

「特級だったんだろ。大丈夫だったのか?」

「まぁ本気出したからこうしてエネルギー補給する羽目になったけど、間違いなく祓ったよ」

 

 ただ、とアイは続ける。

 

「一時しのぎにはなったけど、根本をどうにかしないとまた憑りつかれちゃうかな」

「根本というと、今回の炎上そのものをってことか?」

「そう。じゃないとまたこうなるよ」

 

 アイの無慈悲ともいえる未来予想に、その場の三人は重苦しく黙り込む。

 炎上と一口で言っても色々ある。陰で悪事を働いてそれが明るみになるなどは分かりやすいが、無実なのに記者の悪意ある取り上げ方によって燃え上がるなんてことも珍しい話ではない。

 あかねの場合は実際に問題行為をした映像が世に出てしまっている。これをひっくり返すのは並大抵の努力や方法では実現できない。起死回生の一手を打つ必要があるだろう。

 加えて厄介なのは、たとえ沈静化しても炎上問題に終わりはないことだ。また何かしらがあった時に、掘り返す輩は必ず出てくる。

 アクアの中でアイデアが無いこともないが、どちらにせよある程度の時間が必要だ。

 

「アクア」

 

 さてどうするかと悩んでいるアクアに、アイがあっけらかんと告げた。

 

「2週間でなんとかしてね。頼んだよ」

 

 さも当然のように言われ、アクアは少し唖然とした。

 

「俺がなんとかできると思ってるのか?」

「うん。なにか考えてる顔してるもん。アクアは私の子で天才だからだいじょーぶ!」

「……はぁ。無茶ぶりがすぎるよ、母さん。だが、了解だ」

 

 やる気になったアクアを満足げに見つめて、アイはポイッとシュークリームを口に放り込む。

 自信ありげな親子のやり取りを見守っていた大人二人であったが、現実問題として立ちはだかる壁の大きさに頭を悩ませた。

 

「アクア、策があるんだな?」

「ああ、分の悪い賭けとは思わない」

「大事にするならちゃんと責任とりなさいよ」

「分かってる」

「それでアイ、2週間っていうのは何の目安なんだ?」

「あの子は今、私の残穢……じゃなくて、オーラの残り? みたいなのをまとってるんだ。今回みたいに特級レベルで悪意が絶え間なく降り積もるタイプでも、2週間は私のオーラがあの子を守ってくれると思う」

「逆に言うと、それ以上経つとまた精神に影響が出るのか」

 

 芳しくはないが、最悪でもない。

 2週間というのはギリギリではあるが、無理をすれば間に合わなくもない制限時間だった。

 

 アクアがやるべきこととスケジュールを頭の中で整理していると、がちゃ、と扉が開く音がする。

 同時、廊下の向こうから慌ただしい足音が響いてきた。

 駆け付けたのはメムを筆頭に、あかねを心配して集まった「今ガチ」のメインキャスト達である。

 

「あかね!」

 

 アイの中で小悪魔の子という認識の鷲見ゆきのビンタがあかねに炸裂し、感動のハグというドラマみたいな現実を興味深げに眺めていたアイは、壱護に肩を叩かれて振り向いた。

 声を出さずにハンドサインで「ずらかるぞ」と指示される。個人的には未体験のリアル青春な場面を見ていたかったが、自分が爆弾であるという自覚もあるためすごすごと立ち去ろうとした。

 

「えっ!! あなたはもしかして、星谷アコさん!?」

「げっ(小声)」

 

 と思ったところで、一瞬にして正体がバレた。

 見破ったのは角の子ことメム。さっきあかね家の前でみことして会った時は全く気付かなったというのに、今は両手を胸の前で握って目を輝かせていた。

 

「え、星谷アコって」

「あっ、私知ってる! 少し前にバズってた動画!」

「それなら私も見た。絶対素人じゃないって思ってたけど……」

「苺プロ所属だったのか」

 

 こめかみを押さえている保護者を一瞥し、これはもうしょうがないと判断してアイはメムへと向き直った。

 

「私のこと知ってるの?」

「はいっ!! 私アイの大ファンで、星谷アコさんの動画はもう何回も観てます!」

「えー、そうなんだー。なんだか照れるなー」

 

 時を越えても、もう生きてすらいないのに、自分の大ファンが存在する。

 愛を知る前のアイだったら空気を読んだ返しを反射のように答えていただろうが、今は違う。

 きっとこれも初めての感情だろうが、誇らしいと思えた。アイドル冥利に尽きる、とも言う。

 

「それにしてもよく知ってるね。アイが活動してたのって、君が十歳くらいの時だと思うけど」

「あの、実は私アイドルになるのが夢だったんです。それでよく知ってると言いますか」

「なるほど、アイドル志望だったんだ。なら、これはサービスだよ」

 

 今もなお慕ってくれているファンに、アイはほんの少しだけでも想いを返したくなった。

 口角の角度まで意識された完璧な笑顔を被り、アイは右手を口元へ移動させてポースをとる。

 

「「「っ!」」」

 

 アイが一挙動構えただけで、周りの人間全員が息を呑んだ。

 

「あなたのアイドル、サインはB♪」

 

 ──ちゅっ

 

「応援ありがとう! メムちゃん!!」

「ぐはっ!?」

 

 アイ渾身のファンサービスはもはや暴力に近かったのか、あまりの破壊力にメムは思わずノックダウン。

 他の「今ガチ」メンバーも大なり小なりリアクションがあり、アクアはエアサイリウムを振らないよう自身を抑え付けるのに全身全霊を賭していたほどだ。

 

「このドアホ」

「いたっ! ちょっと、この体はもっと大事にして!!」

「ああもうやかましい。さっさと帰るぞ」

 

 もう取り返しが付かない状況だが、壱護は軽めのチョップをかました後にアイの首根っこを掴まえてこれ以上の迂闊な行動を縛る。

 

「悪いんだが、コイツについては他言無用で頼む。うちの秘蔵っ子でな」

「アクア、説得頼んだわよ」

「とんでもねーキラーパス」

「アクア―、がんばってねー」

 

 壱護にずるずると引きずられていくアイに追随してミヤコも去っていく。

 残されたアクアはふっ、と溜まっていた息を吐き出してあかねと向き合った。

 

「とりあえずうちのアレは置いておいて。あかね、これからどうしたい?」

 

 

 

 

 最近湿度が高い気がする。

 

 星野ルビーは訝しんだ。

 

 夏真っ盛りという意味での湿度もそうなのだが、ルビーが言いたいのはそっちではない。

 友人である寿みなみと不知火フリル。二人の湿度(意味深)が高い気がするのだ。

 補足するなら、兄であるアクアに向ける視線がどうにもしっとりしている。

 

 愚兄ことアクアは現在、「今からガチ恋始めます」という番組名の恋愛リアリティーショーに出演中。

 「今ガチ」の略称で若者を中心に人気を博しており、ルビーも兄の恋愛模様に至ってはいないけど青春的なナニカを複雑な気持ちで見守りつつ、みなみとの会話の話題として盛り上がっていた。

 その「今ガチ」でついこの前、炎上問題が起きた。

 問題の渦中にあったあかねちゃんこと黒川あかねは自殺未遂を起こすまでに追い詰められ話題騒然となったが、アクアの活躍により炎上は沈静化。

 終わり良ければ総て良しとは言わないが、結果として幅広い世代における人気すらも決定づける出来事となった。

 

 ルビーにとっての問題はここから起きた。

 まず第一に、あかねの「今ガチ」における振る舞いについて。恐らくアクアの取り計らいなのだろうが、あかねがルビーにとって親しみの一言では到底片付けられない人物を模倣するようになったのだ。

 その人物とは、悲劇的な死を迎え、もはや伝説と謡われるアイドル「アイ」。

 完成度は実の娘であるルビーですら本物かと錯覚するほどであり、あかねは炎上から復帰後のたった1回の出演で注目をかっさらっていった。

 

 ここまでであればルビーに大きな影響は無かっただろう。無いわけではないが許容範囲内に収まっていたはずだ。

 流れが変わったのは、「今ガチ」に新たなカップリングが生まれたこと。

 これこそが問題の「アクあか」であり、週をまたぐごとにルビーの周りの湿度が高くなる原因であった。

 あかねは復帰してからアクアに積極的に絡むようになり、あろうことか二人がなんか良い雰囲気になってしまっているのだ。

 ルビーからすれば、疑似母と実兄の恋愛模様が全国放映されているのと同義な状況なわけで。

 なんなら亡くなったはずの母とはここ最近感動的な再会をして身近に感じちゃってるわけで。

 

 端的に言うと脳が破壊される。

 

 ただでさえ頭を抱えたい現状なのに、みなみが纏う雰囲気が日に日にしっとりしてきて下手に話題にもできない。

 

「お兄ちゃん、みなみちゃんとフリルちゃんに何したの!!」

 

 結果、ルビーはアクアを問い詰めることになった。

 

「何ってなんだよ?」

「知らないとは言わせないよ! 最近二人の様子がおかしいのには、お兄ちゃんが関わってるんでしょ!?」

「ここ最近は会ってすらねえけど?」

 

 身に覚えのない罪で詰められるのはアクアとしても遠慮したい。

 みなみとフリルに最近会っていないというのは本当なので、アクアとしては己の無実の証明は簡単だった。

 今日もまた妹に完勝してしまった、とアクアがそこから去ろうとしたその時。

 

「ふっふっふ、甘いよお兄ちゃん。いいや被告人!」

 

 不敵に笑うルビーが行く手を阻むように腕を組んで立っていた。

 

「こっちは弁護人を用意してるんだからね!!」

「それを言うなら検察官だろ。弁護人は被告人が用意するんだよクソバカ妹」

「細かいことうるさいなあ。さあ、やっちゃってください!」

 

 威勢のいいルビーの声を聞いて登場したのは、ここ最近ずっとお世話になっている大恩人。

 

「お邪魔します」

「ただいまー」

「みこちゃん、ママ。お兄ちゃんをぎゃふんと言わせちゃって!!」

「どんだけ迷惑をかけるつもりだお前!!」

 

 こんな悪ふざけにみこを引き込んだ事実に、アクアは割とガチでキレた。

 兄妹のいつものじゃれ合いならアクアも許したが、現在進行形で迷惑をかけているのに恩はもらい続けているみこを巻き込むのなら話は別だ。

 

「アクアさん、実は真面目な話なの」

「この流れで?」

 

 みこの鶴の一声によってアクアは冷静さを取り戻すが、疑問のとおりこの流れで真面目な話は想像しにくい。

 一体何事かとアクアが思考を巡らせていたところで、みこの意識ががっくりと落ちた。

 

「というわけで、ここからは私が説明するよ!」

「もっと遠慮してくれ頼むから……」

 

 一瞬目を離した隙に、みこの体を借りてアイが降臨していた。

 事前に話は付いていたのだろうが、亡くなったアイが当たり前のようにみこに憑依して目の前に現れるのは色々な意味で心臓に悪い。

 アクアの苦悩もなんのその、アイは二人を連れて部屋のソファに並んで座ることに。

 

「それで、真面目な話って?」

「その話の前に」

 

 アイはアクアの方へ手を出した。

 

「アクア、水晶の腕輪貸して」

「? ああ」

 

 手首に付けていた腕輪をアクアは取り外し、アイに手渡す。

 受け取ったアイはその腕輪を照明に透かすように見て、確信した。

 

「やっぱり、オーラの減りが早いね」

「なんだって?」

 

 アイは腕輪を両手で挟み、祈るように指を絡めて瞑目する。

 光り輝くオーラをアクアとルビーは視認できないが、どこか神聖な空気を感じて目を見開いた。

 時間にして十数秒、アイから厳かな気配が無くなっていく。

 

「はい、アクア。これでまたしばらくはもつよ」

「そ、そうか。ありがとう」

 

 少々動揺したままアクアは腕輪を受け取り、慣れたように手首に装着する。

 アイと同じように照明に透かして腕輪を見てみるが、アクアからすると違いが全く分からない。

 だが、気になることをアイが溢していたのは事実。

 

「それでアイ、オーラの減りが早いってのは」

「ママ! 私のは!」

「んー、ルビーのはまだ大丈夫っぽいね」

「なんかショック!?」

 

 空気をぶち壊す技術において追随を許さないルビーの振る舞い(素)によってアクアは出鼻をくじかれる。

 

「それって私がお兄ちゃんより芸能人レベルで負けてるってこと!?」

「ぴえよんさんの動画にちょっと出ただけの自称アイドルが何言ってやがる」

「はあ!? 自称じゃありませーん! ちゃんとアイドルになるんですぅー!」

「こーら、喧嘩しないの」

 

 アイは微笑ましい光景に苦笑した。

 

「まあ、ぶっちゃけ二人とも人気は全然だけどね。怨念に祟られるほどじゃないよ」

「すごいぶった切ってくるじゃん」

 

 芸能人としては大先輩でもあるアイの本音に叩き伏せられた子ども二人。

 流れが変わったことを察したアイは本題に移ることにした。

 

「それでアクアの腕輪だけど、ルビーと比べると明らかにオーラの減りが早いんだ」

「芸能人特有の嫉妬とかによるものではないんだろ?」

「そう。ズバリ言うと、ここでルビーの友達のおっぱいちゃんと涙黒子ちゃんが関わってくるんだ」

 

 酷い呼び方であるが、みなみとフリルのことだ。

 どうしてその二人が関わってくるのか。考えたがアクアには分からなかった。

 高校でルビーを伴って時々会うが、頻度でいえばいいとこ月に二回程度。

 目に見えないものに憑りつかれているのを可哀そうだと思う心はあるが、邪な思いは抱いていない。

 むしろ「何とかしてやりたいが何もできない自分」というトラウマを刺激されるので、かなり優しく接しているくらいだ。

 二人の傍にいると二次被害のようにオーラの減りが早くなるのなら話が分かるのだが、もしそうならルビーに影響が出ているだろう。

 

「うん、分からないな」

 

 堂々巡りの思考に諦めを付けて、アクアは首を傾げるにとどまった。

 アイとしては少しホッとした。霊能者とつながりがあるのだろうアクアが全部理解して実行していた場合、ルビーの言うとおり有罪判定でもおかしくなかったからだ。

 

「あくまで私の感覚で喋るけど、オーラはイメージとか想いが大事なんだ」

「イメージや想い?」

「そう。さっきその水晶にオーラを込めたけど、そのとき私はこう願った。アクアが無事でいられますように、あらゆる悪霊から身を守ってくれますようにって。そういうのが具体的であればあるほど、オーラはより輝くの」

 

 アクアは思わず腕輪を見た。

 母からの無償の愛が込められたそれにどこか気恥ずかしさを覚えるが、親の愛にはあまり恵まれなかった身からすると暖かさが勝る。

 頬に手を当てて気持ちを紛らわせるアクアを余所に、アイは話を続けた。

 

「ただ、私のオーラはやっぱり特別製でね。簡単に言うと、所有者のイメージとか想いもある程度反映できちゃうらしいんだ」

「所有者……つまり俺か」

「そっ。アクアはさ、あの二人に降り積もる怨念をなんとかしたいって思ったことない?」

「……かなり思ったことがあるな」

「それがオーラの減りが早い理由かな」

 

 なるほど、とアクアは理解した。

 ただでさえ霊能関係の知識は足りておらず、その上アイという特別で異端な幽霊が関わると常識が何の役にも立たない。

 要検証といきたいところだが、オーラが減るということはつまり、アイの出番が増えるということ。

 アイの様子から憑依にリスクはないのだろうが、今を生きるみこの時間をこれ以上削ることはアクアには許容できない。

 だが無意識に近い感情すら拾われるとなると、八方塞がりもいいところで。

 

「……ままならないな」

「ちょっと、何しんみりと終わらせようとしてんの? ここからが本題じゃん!」

「もうちょっと空気読め」

 

 これまでの流れを叩っ斬るかの如きルビーの指摘に、アクアはまともに取り合う気力が湧かない。

 話は終わったと言わんばかりの愚兄の態度に、ルビーはびしりと指を差す。

 

「ママ! この女誑しにビシッと言ってやって!」

「あはは。でもこうなっちゃったのは私のせいでもあるから、あまりアクアを責めちゃダメだよ?」

「え? なんで?」

 

 キョトンとするルビーは大変可愛らしいのだが、据わりが悪いアイは苦笑しか返せない。

 

「私があの二人の悪霊を祓った時、ルビーも一緒にいたでしょ?」

「うん。みなみちゃんとフリルちゃんの不調が急に治ったアレだよね?」

「そう。あの時きっと、二人はアクアがなんとかしてくれたんだと思っちゃったんだよ」

「「えっ」」

 

 異口同音に驚く子どもたちに、アイは当時を思い返しながら解説する。

 

「アクアあの時、二人に悪夢を見てるのかって聞いたでしょ。悪夢の内容も言ってたけど、たぶん大当たりだったんじゃないかな。それで二人は思っちゃったんだよ、自分たちを助けてくれたのはアクアだって」

「……」

「あれから数か月経ってるし、普通ならあの二人には悪霊が憑き始めてもおかしくないんだけど、この前見たときはきれいさっぱりだった。おかしいなーって思ったんだけど、定期的にアクアに会ったことで浄化されたんだろうね。二人もきっと、アクアに会うと不調が解消されると気付いてる」

「…………」

「今まで病院に行っても何をしてもどうにもならなかった不調を、アクアが治してくれた。しかもアクアは見返りを求めないで、むしろあの二人にはかなり優しくしてるんだって? そりゃもう女の子だったら好きになっちゃうよ!」

 

 たぶんだけど、とアイは付け加える。息子の恋バナが面白くなってきたのか気持ちニヤニヤしていた。

 だが、己の所業を客観的に解説されたアクアは顔を青くする。

 

「つまり俺は、母親の力を自分のものと勘違いさせた挙句、それを利用して妹の友達を惚れさせたってことか……?」

「ざっくりと言うとそうだね!」

「死にたくなってきた」

「有罪、有罪だよ!」

 

 ようやくルビーの訴えを理解したアクアは項垂れ、ここぞとばかりにルビーは責め立てる。

 

「情状酌量の余地は……?」

「アクあかを止めたらワンチャン」

「それは……無理だ。せっかく人気になったコンテンツを放り出すわけにはいかない」

 

 ここでアクアが不条理にあかねへの対応を変えれば、今度はアクアが炎上しかねない。

 ひいてはそれは、苺プロへの打撃となる。

 壱護という敏腕社長が戻ってきたとはいえ、一度付いた不名誉を挽回するのは困難。

 アイドルとして羽ばたくルビーにも波及する可能性もあるのだから。

 

「でも、本当にしっとりしてるんだよ! もうなんか怖いくらいにはしっとりしてるんだよ! お兄ちゃんが責任取らないでどうするの?」

「無理なものは無理だ。二人はしばらく放っておくしかない」

「……ちなみにだけどお兄ちゃん」

「なんだ?」

 

 ルビーは割と本気のジト目でアクアを見据える。

 

「あかねちゃんのことはどう思ってるの?」

「仕事仲間だが」

「そういうのじゃなくて」

「何を思ってるのかはなんとなく分かるが、マジで恋愛感情はないぞ。女優としては天才だと思ってるが」

「じゃあ、みなみちゃんとフリルちゃんは?」

「可哀そうとかなんとかしてやりたいとかは思ったことあるが、異性としては別に。しいて言うなら、保護対象?」

「最低! 女の敵! アクア!」

「人の名前を悪魔みたいに言うな」

 

 ぎゃあぎゃあ言い合うアクアとルビー。

 微笑ましく見守っていたアイだが、ぐう、と鳴りそうなお腹を気合を入れて抑え込む。

 

「まあアクアのことはまた後にして、ママお腹減っちゃった。なにかない?」

「ちょうどカステラがあるな。切ってくる」

「アイスも併せたら最高だよ! ママはここにいて、私も行くー」

「わーい、ありがとー」

 

 二人の姿を見送って、アイはふわりと笑う。

 

「ありがとう、みこちゃん」

 

 アクアとルビーと話せたことで、アイの中で一区切りがつく。

 この後のことを思うと事態がどう転ぶか分からない。

 

 アイはみこのスマホを取り出して操作する。

 連絡ツールの一つをタップして表示し、ここ最近来た相手からのトーク欄を開いた。

 相手の名前は「神童ロム」。

 

──取引の件、色々と分かりました。今度お会いできますか?

 

 二つの決戦が近付いていることを、この時点のみことアイはまだ知らなかった。

 






おまけ:アクア視点

「てへっ⭐︎!」

 視線が引き寄せられた。

「ア……あかね?」

 アクアは思わず呼び間違いそうになった自分を抑え、劇的な変化を遂げたあかねを見詰める。
 真面目で、前に出られず、恋愛リアリティショー向けで無かった素のあかねとはもはや別人。
 瞳が持つ輝きは一番星のそれ。

「アクア、どしたの? 幽霊とか見たような顔して」

 だからこそ、その言葉にアクアはくすりと笑ってしまった。

「いや、何でもない。少し驚いただけだ」
「あかね、おかえり!」

 不思議そうな表情のあかねに、メムとゆきが駆け寄ってゆく。
 熊野ノブユキに森本ケンゴも集まって会話が進むが、その中心にいたのはあかねだった。
 キャストも、スタッフも、カメラマンでさえも、持っていかれた。

 その光景を見て、アクアは同じ事務所に所属することになった有馬かなの言葉を思い出す。

 徹底した役作り。
 与えられた役への深い考察と洞察。
 それらを完璧に演じきる天性のセンス。

 ──なるほど。これが天才、黒川あかねか。

 本来であれば、内心はもっと驚愕していたことだろう。
 表に出して狼狽えていたかもしれない。

 だが、そうはならなかった。
 アクアはもう、本物と再会していたから。

(まあ。どでかい愛情が無い分、こっちの方が接しやすいっていうのも皮肉なものだな)

 そんなこと思っていたのだが。

「アイには実は隠し子がいる、とか」
「星谷アコって何者なんだろう?」
「限りなくアイなのに、全然違う」
「星谷アコはアイを超えてる気がする」
「あれが素人なんて信じられない」
「もしかしたら、星谷アコが……?」
「アクアくんはどう思う?」

 というマシンガントークを受けて、アクアはこいつやべぇとあかねに色々な意味で怯えることになったのだが、それは別の話。


星野アイ
息子の恋のサポート()がうますぎる母親。
なお、干渉するつもりはこれっぽっちもない。

四谷みこ
出番が少ない裏で、毎日早朝ランニングをしている。
もう日課になり、健康的な毎日を送っている。
これはこれでと最近納得し始めた。

星野アクア
ハーレムメンバーが追加された。

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