便利屋68に降り立つは、傍観者のゲマトリア 作:マスターBT
騒動の中心であるサンクトゥムタワーから離れ、彼らの乗っていたヘリも銃撃戦と共に青い空へ消えていき此処には静かさだけが残る──筈だった。
並行世界からの侵略者が身に付けていた仮面の壊れた一部から覗く口元には、確かな笑みが浮かび上がっており両手にショットガンを構えるセラの神秘は陽炎の様に立ち昇りユラユラと揺らめき、右目から零れ落ちる色彩の輝きがより一層に深く強まる。
そんなまるでゲームのラスボスが現実世界に現れた様な風格を放つ彼女に相対するホシノもまた、加減の一切なく戦える現状に普段の昼行灯とした姿はなく、鏡写しの様に持ち上げられた口角に、捕食者を連想させるオッドアイの瞳はヒロインを助けに来た勇者には見えない。
「私は増援が来る前に『先生』を連れ、此処を離れねばならん」
「不本意だけど此処に来た以上……させると思う?」
「いや?お前が私を見逃すなど、例え世界が滅びようともあり得んな」
「同時にお前がこのまま私に捕まるのも同じくらいあり得ない」
風が一段と強く吹いた。
街路樹の葉っぱを巻き上げたのか二人の間に緑色の葉っぱが通り過ぎていく──普段であれば、強い風だと長い髪を押える程度の二人であったが今、この瞬間は違う。
「「ッッ!!」」
開戦の合図だ。
セラが放つコインの散弾が、不規則に但し明確な破壊力を誇る回転と共に撃ち出されるが、キヴォトス最高の神秘を誇るホシノが構える堅牢な盾を前に甲高い金属音を響かせ、空中へと舞う。
コインの雨が降り注ぐ中、セラはホシノへと距離を詰めようと走り出すがそこへ盾に守られたショットガンの弾丸が襲う。
ホシノと違い、身を守る盾を持たないセラだが、得意とする神秘操作で足に神秘を集めるとコンクリートで固められた地面を砕き、ジグザグと素早い動きで掻い潜ると勢いそのままに、振り上げた足をホシノへと叩きつける。
「(速い……前より数段も動きに無駄がない)」
「ほぉ!!盾受けをするものだと思ったがな!!半歩下がるとはまさか、私に怯えたのかね?」
「誰がお前なんかに!!」
壁が迫る──何もない広い空間に突如、大きな壁が現れたとセラは錯覚する。
その正体はホシノの盾であり、所謂シールドバッシュという手法で叩きつけられた盾は暴風を裂き、それそのものが空間を押し出す圧と共にセラを弾き飛ばすがホシノの手に伝わる衝撃は軽い。
「のらりくらりと!!」
「私はお前ほど硬くないのでな!!」
自ら飛び退く事で衝撃を逃したセラは、空中で一回転し眼下のホシノを見据えると両手のショットガンの引き金を引き、フルオートで掃き出される弾丸とコインの雨が今度な暴風雨の如き力でホシノを襲う。
「このッッ」
リロードの時間稼ぎと分かっていても、盾を使う分機動力に劣るホシノは弾丸の雨を盾で防ぐしかなく後ろ足に重心を落とし衝撃を耐え抜く。
ガシャンという音共にセラがリロードを終えるのとほぼ同時に、次はホシノから仕掛けた。
盾の裏から銃身を覗かせ、一発放つ毎にセラの回避先を予測し当たらずとも彼女のスタミナを奪う策に出るがステップ回避の要領で、散弾の隙間を縫う様に避けるセラはホシノの策略通りにスタミナを消費することはなく、コインの込められたショットガンを構える。
「ッッ!!」
「小手先なら私も使えるんだよ?」
放つ刹那、ショットガンを盾にマウントし直したホシノは自由になった手で、セラのショットガンを持ち上げるとハンドガンで彼女の脇腹に二発弾を当てる事に成功する。
先手を取った勢いそのままに僅かに怯んだセラに追い打ちを仕掛けようとホシノが一歩、踏み出した刹那──カチリと軽い音が響きホシノが驚きと共に視線をもう一つのショットガンに向けると、そこには本来あるべき筈のドラムマガジンがセットされていなかった。
「どうした?足元が疎かだぞ」
ボンッ!!と音を立てて込められていた弾丸がホシノを襲い、彼女を怯ませるとセラはドラムマガジンの込められていないショットガンをまるでバットの様に使いホシノの胴体めがけて振り抜く。
「ぐっ!?」
身体をくの字に曲げるホシノの口から苦悶の声が漏れるが、その次の瞬間にはセラの腹に鋭い蹴りが放たれる。
「ぬぅ!!」
追撃を入れるつもりだったセラだが、的確に鳩尾を狙われタタラを踏むとその隙にホシノは距離を取り直し、盾とショットガンを構え直す。
完全に体勢を立て直したホシノを見つつ、セラも両方のショットガンのリロードを終えると再び、僅かな静けさが訪れる。
セラはキヴォトス最高の神秘を貫く為には兎に角、攻撃を続ける他になく、生半可な攻撃では寧ろホシノからの反撃を受ける為、全てに必殺の気持ちを込めて攻撃しなければならない。
それに対し、ホシノは単純なポテンシャルで押し通す事も出来るがそれをすれば自分も無傷とはいかず、傷を負えば負うほどに不利になるのは自分自身だと断言出来る狡猾な相手を前に対応を余儀なくされていた。
「ククッ……やはり簡単に落ちてはくれんか。小鳥遊ホシノ」
「お前に負けるほど弱いと思った?」
「いや?だからこそ──この力を使うだけの意味がある」
「ッッ!!」
セラの右目から放たれる光が強くなり、ホシノをもってしても悍ましさを感じる禍々しい神秘が溢れ出た次の瞬間──彼女の目の前からセラは消えていた。
「は?」
「──こっちだ」
背後から聞こえてきた声に振り向こうとするよりも早く、凄まじい衝撃がホシノの背中を襲いコインの弾丸が地面に散らばる。
並の神秘を持つ生徒であれば、この一撃で昏倒してもおかしくないものであったが彼女は耐え切るところか攻撃を受けた事でセラが何処にいるのか判断し、振り返る事なく自分の脇の下からショットガンを通し引き金を絞る。
だが、そんな彼女の目の前にセラは現れ、ホシノのオッドアイが驚愕に染まった。
「マジシャンかよお前」
「ククッ!!」
ホシノの顔面に容赦なく、フルオートショットガンが叩き込まれ彼女は仰反るとそのまま膝から崩れ落ちる。
完全に地面に背を預け、空を眺める様に倒れているホシノの姿は誰がどう見ても彼女が敗北し、セラが勝者になったことを告げているがセラの表情には一ミリも勝利を喜ぶ笑みは浮かんでおらず、視線も倒れたホシノに向けられたままだ。
「……下らぬ猿芝居は辞めたらどうだ?」
「……ちぇ、少しは油断してくれても良いのに、ね!!」
倒れた姿勢そのままに、ホシノは握っていた盾を勢いよくセラに向けて放り投げる。
“わぁ!?”
「おっと、ごめんね〜『先生』」
上体を逸らしたセラの上を通過した盾は、『先生』の近くの壁に突き刺さり悲鳴を上げさせる。
それに対し軽い声で謝罪をしたホシノの手には先ほどのハンドガンが握られており、フルオートと見間違う速度で指切りされた弾丸が体勢を戻しきっていないセラへと迫る。
「……」
が、ホシノの目の前で残像の様にセラの姿が消えると彼女の真横に現れ、コインのショットガンが放たれる。
盾を捨てた事で身軽になったホシノは急な攻撃であったが、見事に反応し射線上から身を退けると動いているとは思えない精密な動きで素早くハンドガンをリロードし、消えては現れるセラに向けて放ち続ける。
だが、一発もセラの身体を捉える事はなく虚空へ消えていき、都合──六度目の背後を取られた。
「暫く見ない間に、超能力を手に入れたんだねぇ」
「元々もっていたホルスの義眼が、複数の要因によって進化したものだ。ただ未来を見るよりも使い勝手が良くなったと思うだろう?」
「うへ。どんな理屈でワープしてるのさ」
「ふむ……小鳥遊ホシノ。お前は世界をどう捉える?」
後頭部に銃口を突きつけているにも関わらず、二人の声に平坦で何処か授業をしている様な気楽さがある。
「哲学?お前はそういうの好きそうだけど……おじさんにはそういう難しい話は分からないなぁ」
「自分から聞いておいてそれかね?まぁ良い。私にとって世界とは私の目で見て認識出来る範囲だ。今、この場に限って言えば私に認識出来る世界とはお前に銃口を突きつけ、『先生』が此方を小動物の様に見ているこの瞬間が私にとっての世界だ」
「……遠くで頑張ってるお前の仲間達が可哀想だねぇ」
「ククッ、今も彼女達は頑張ってくれている事は想像出来るとも。だが、それは私の想像でしかなく、目で見なければ現実とは限らない。言ってしまえば、彼女達がお前の仲間達とラーメンを食べている可能性も孕んでいるという訳だ」
「低確率すぎない?」
「私もそう思うとも。しかし、唯の個人にとって世界とはそんなものだ。見て分かる範囲が現実で、それ以外は想像。そして私はキヴォトスに戻るにあたり、世界に無理やり私という存在を認めさせ今、此処に立っている──であれば、世界の何処にも私が居て当然ではないかね?」
多くの神秘を取り込み、色彩の力を宿し全てを飲み込む黄昏を退けキヴォトスという世界に萬屋 セラという存在を認めさせた事で進化したホルスの義眼の新たな能力は一種の現実改変である。
視界内に限るが、指定したポイントに『萬屋 セラが居る』という結果を現実に上書きし側から見ればワープしたかの様に見える力。
「ある意味傲慢……だけど、キヴォトスに居たいという願いはお前らしいか」
「……ククッ、ではどうする小鳥遊ホシノ。講義の時間は終わりだ。私が得た力にお前はどの様に対抗する?」
ホシノの後頭部を小突く銃口は今にも発射されそうで、セラの声には楽しさが乗っているがこの場面でホシノを撃たないほど優しい存在ではない事を彼女は重々把握している。
「(どんだけキヴォトスが大好きなのさこいつは……まぁ、確かに消えては現れてを繰り返すこいつをすぐに仕留めるのは無理かな。でも、こいつが想像に過ぎなくても考え得る最悪を想定し備える奴なのはよく知っている)」
ホシノの手に握られているハンドガンがゆっくりと動き──その銃口が『先生』へと向けられる。
“え!?”
「うへ〜人質って動けるから使えるんだよねぇ。足でも撃って動き辛くすれば、お前も『先生』を庇って逃げるのが遅くなる。そうすればリンチを恐れて『先生』を置いていくかもしれない。本当は格好良くヒーローみたいに『先生』を助けられれば良かったんだけどねぇ〜」
分かりやすい脅しだとセラはホシノを見下ろす。
彼女に『先生』を撃つ事は出来ない、嫌いあってはいるが長い付き合いだそれくらいの事は分かる──だが、万に一つの可能性がセラの思考を縛る。
「じゃあごめんね『先生』」
もう少し考える時間があれば、冷静になれたかもしれない。
或いは、ホシノの表情を見ていれば明確な『嘘』に気がつき彼女を嘲笑う事が出来たのかもしれない。
いや、『先生』など盤上の駒に過ぎないと冷酷に捨てされればそもそもこんな簡単な引っ掛けに惑わされる事もなかっただろう。
だが、それは萬屋 セラにとっての死であり──『友』を見殺しにする選択は初めからない。
“うわぁっ!?”
「ククッ……空砲か」
不規則に世界の何処にでも現れる事が出来る相手を縛り付ける方法はとても単純で、その者が身を挺しても護りたいと思う相手を狙うことだった。
ホシノと『先生』の射線上に現れたセラは、ホシノが握っていたハンドガンが音だけを鳴らす空砲に終わった事に気が付き、ショットガンを放つがホシノはセラがやってみせた様に走り、弾丸を避けると落としていた自分のショットガンを拾い上げ素早くリロードする。
「お前なら『先生』を庇うって信じてたよ」
「随分と性格が悪くなったものだな小鳥遊ホシノ」
突き出した互いの銃口がすれ違い、放たれたセラの弾丸は身長差からホシノの顔を掠め浅い擦り傷を作るに終わるがホシノの弾丸はセラの腹部に全弾ヒットし、セラの身体がゆっくりと崩れ落ちた。
「……ぐっ、やはり単純な肉体性能では勝てんな」
「『先生』を連れてなきゃ届いたかもよ?」
「どうだかな……で、お前は我々を捕らえるのかね?」
戦いが終わり穏やかな時間がやってくるが、二人の耳にはしっかりと下からやってくる複数の足音が聞こえていた。
恐らく、彼女達の戦闘音を聞き取った何処かの生徒達が『先生』を捕らえるべくやって来たのだろう。
「お前が逃げ続けてるって事はそっちの方が都合良いんでしょ?……おじさんは疲れちゃったし、もう少しだけ此処で休んでいようかなぁ〜」
壁に突き刺さっている盾を引き抜き、ホシノはいつも通りの昼行灯とした空気に戻っていく。
それはセラ達を見逃すという事であり、此処にやってくるであろう追っ手の足止めを引き受けるつもりだ。
「ククッ、これは礼を弾まねばならんな。行くぞ『先生』」
“わっ、ホシノ詳しい事はあとで話すからね!!”
「うへ〜」
お姫様抱っこで持ち上げられた『先生』がセラと共にビルを降りて行くのを見送るホシノの表情は足止め係というなんの得もない事を引き受け、疲労感が滲んではいるものの、ゆったりとした笑顔が浮かべられており彼女が此処までの時間を楽しんでいた事は明らかであった。
そんな戦いの余韻に浸っているホシノの元へ階段を駆け上がって来た生徒達が現れる。
「ありゃ……思っていたより大物がお出ましだねぇ」
「小鳥遊ホシノ。『先生』は何処?」
「うへ〜そんな怖い顔で睨まないでよ〜ゲヘナの風紀委員長ちゃん」
アルの一撃により撃ち落とされていたゲヘナ風紀委員会委員長、空崎 ヒナの睨みを受けてふにゃふにゃした表情を浮かべ続けられるのはキヴォトスを探してもホシノぐらいであろう。
セラとの接点が少ないが故に、この騒動に振り回されている彼女に同情する気持ちはあるホシノだが、緩慢な動作で盾を構え直すとヒナ達、ゲヘナ風紀委員会を見据える。
「悪いけどこの先は通行禁止だよ」
「そう。じゃあ無理やり押し通る」
全ての騒動が終わるまで決着のつく事がない戦いが始まるのであった。
感想やここ好き待ってるぜ!!