もしも、ギャグ全開で理解不能な男がいたら。

 どのように物語は変わるのか。

 ※主人公は常人ではありません。決して真似できるとは思わないようにお願いします。

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 「一流の悲劇より、三流の喜劇」を楽しみたい方はどうぞ。

 ※この作品の主人公のモデルはぐらん〇るの今村〇平というキャラクターです。ですが似ているだけの別キャラとしてお考え下さい。


喜劇

「うおおお! アイ様〜! こっち見て下さ〜い!」

 

 突然だが、俺は転生者である。

 いやいきなりだな、と思ったか? ああ、前世の死因とか何してたんですかという質問には答えない。興味ない話だろう? だから少しは興味を持ってもらえる話をしよう。

 

 俺が転生者であるのは事実。そして転生のテンプレ、転生特典も勿論持っている。それは『イケメン』だ。転生する時に神様はいなかったが、今世の顔を見れば一目瞭然! 芸能人にいてもおかしくない美形として誕生した。俺はこれこそが転生特典だと言われるまでもなく理解した(誤解です)。

 

 小学校の時はバレンタインでクラス全員の女子からチョコを貰ったし、中学の時もそれで苦労した。嬉しい苦労というやつだがな!

 

 そんなこの世の全て――何も全てじゃない――を手に入れた俺が今、何をしているか。

 

「ああ! 斉藤くん今日も来てくれたんだね!」

 

「ボソボソ……(はい俺は佐藤です! それより今日のライブもサイコーでしたアイ様! とても可愛かったですし眩しかった……!)」

 

「ありがと~! また次もライブあるから来てね★」

 

「ボソボソ……(勿論です! グッズも全部買いますしチェキも撮らせてください! ……じゃあまた明日からも頑張れるように、その、いつものをお願いしてもよろしいでしょうか?)」

 

「はーい、じゃあ耳貸してね」

 

「ハ、ハイ」

 

「――佐竹くん、『愛してる』」

 

「―――――――尊死」

 

「はい時間でーす」

 

「ふふっ、じゃーね佐竹くん!」

 

 転生してから、ドルオタ活動にハマっています。

 

 は? と思ったお前達、舐めるなよ? 俺も前世はこういうものに興味はなかったし、なんなら金と時間の無駄だろと思っていた。違うんだよなぁ、その考え方からもうダメだったんだ。金? 推しに貢ぐことこそが幸福だから損じゃないだろ。時間? 推しとの時間が増えて嬉しいだけだが何か? ほら、こんなにも幸福になれる。ドルオタ活動とは、合法ドラッグなのだ(迷言)。

 

 そんな世の真理を知った俺の推しは、アイドルグループ『B小町』のアイ様だ。B小町の不動のセンター、最かわアイドル(捏造)、女性のなりたい顔ランキング1位(捏造)。様々な肩書きを持つ究極美少女、それがアイ様だ。最近までは活動休止していたのだが、喜ばしいことに1年後の今、また前のようにアイドル活動をしてくださっている!

 

「はぁ、今日のライブも最高だったな……おっと、アイ様の担当は俺だからな。グッズの広報もしておかねば」

 

 そう言ってスマホを取り出し、今回のグッズをSNSにアップする。

 世の中には様々なオタクがいるが、その中にオタク同士で推しに関しての情報交換をし合うグループなどもある。

 

 俺も少ない人数のグループに所属しており、その中でアイ様の担当をしている。他の者はB小町の誰かを推していて、その推しの担当をしている。

 担当とは、簡単にいえば推しを布教する者のことだ。俺がしているのも布教の一環、より多くの人にアイ様を知ってもらいたいという俺の欲求を満たす為に、今日もエセインフルエンサーのような真似をしている。

 

「アイ……アイ。クソが…愛してるなんて言いやがって、嘘つきがッ」

 

「?」

 

 ふと、この場に不釣り合いな怨嗟の声が聞こえた。なんだろうか、あんなに負のオーラ放ちまくって。あんな風だとフードで顔を隠しているのも相まって、変質者にしか見えないが。普通、生の推しが見れたら嬉しがったりしないか?

 

 ―――はっ!? まさかあいつは……

 

「ちょっといいか」

 

「っ! な、なんだよ。俺は別に何もしてないぞ!!」

 

「? ああいや、ただ謝りたくてな」

 

 そいつはフードを被っていて、こちらから表情は伺えないが若干困惑しているような気がした。

 

「は? 謝るって、俺に…か?」

 

「ああ、お前が思い詰めている原因は、俺のせいなんだ」

 

 そう、本当に俺のせいなんだ。きっと彼は、俺がアイ様のグッズのラストを買ったせいで、推しのグッズを買えなかったのだ。だからあんなにも暗い。ならば、せめて謝り、そして布教用のグッズを彼に渡そう。

 

「……は、いやなんのこ、と―――っお、お前が()()なのか?!」

 

「ああ、俺が原因――グッズ完売させたオタク――なんだ」

 

「そ、そんな奴が俺に何のようだ! アイの、アイのぉ……!」

 

「やはり、(アイ様の)ファンなんだな」

 

 くっ、俺は一体なんてことをしてしまったんだ! こんなにもアイ様を想ってくれている同志に、グッズを買わせないなどという苦行を強いてしまった。今日彼は推しに貢ぐことができない。それは変わらない。だからせめて、今日俺が買ったグッズを彼にあげよう。推しからのプレゼントじゃなくてすまない…!

 

「いや、今回は本当に申し訳ないことをしてしまった…少し待っててくれ。渡したいものがあるんだ」

 

 そうしてまだ俺に恨み言を吐いていた彼に背を向け、急いで大量のグッズを保管していた場所まで戻り、彼の元まで向かった所、そこに同志はいなかった。

 ……もう、俺とは会いたくないと、それ程までに嫌われてしまったのだろう。

 

 ちょっと、推しについて語りたいと思っていたのもあり、そこそこ残念だった。

 

 

 

 

 エマージェンシーエマージェンシー。

 あ、ありのまま今起こったことを話すぜ! 俺は買い物に行っていたと思ったら街中でアイに遭遇し、アイには子供がいた! 何を言っているのかわからねぇと思うだろうが、俺も何が何だかわからねー! キャラ崩壊している? うるせぇ!

 

 え、というかなぜ子供?わたしはだれ?ここはどこ?

 

「わたしはだれ?ここはどこ?」

 

「あちゃー、遂にファンにバレちゃったぁ」

 

「(お兄ちゃん、このオタクどうする? (ころ)す?)」

 

「(待てルビー、早まるな。まずは脅迫(話し合い)。それは最終手段だ)」

 

「んー、取り敢えず場所、変えよっか」

 

 

 

「アイお前! 外に出る時はバレねぇように変装しろってあれだけ言ってただろうが!」

 

「ちゃんとしてたよー。でも所詮変装なんて、わかる人にはわかるよ?」

 

「それはそうなんだが、何でお前はここに来てそんな冷静なんだ!? スキャンダルにでもなったらって、いやもう結構詰み状態なんだけどな!」

 

 頭を抱え「これで俺たちは終わりだー!」なんていうオッサン。なんだか周りがすごく賑やかだなー。というかなぜ俺は苺プロの事務所にいるんだ? あれ、本当に思い出せん……!

 

「んー、ん? なんだちびっ子達、こんな所で何をやっているんだー?」

 

 双子だろうか? とても可愛くて、どこか俺の推しに似ている子達に笑顔を向ける。子供は元々好きなんだが、何だろう。この子達を見ていると、不思議と安心感のようなものを覚えてしまうのは…。

 

「ねぇお兄さん」

 

「なんだ?」

 

「今すぐ高い所から飛び降りて来て。大丈夫、絶対痛くないから」

 

「何こいつ。めちゃこわ〜」

 

 前言撤回、安心感などなかった。すごく物騒な子じゃないか、なぜ見ず知らずの他人にこんな事を言えるのだろうか。親の顔が見てみたい……おや、おやおやおや?

 

「……あー、把握。やっと現状理解が追いついた」

 

「じゃあさっきまでのは何だったんだ?」

 

「俺はさっきまで無意識で放心状態だった」

 

「ねぇお兄ちゃん、やばい人だ。この人絶対やばい人、薬とかしてるんじゃない?」

 

「いや、こういう事例はいくつかある。恐らく解離性健忘じゃないか?」

 

「フッ、なんだこっちも違う意味でやばい奴か。ギフテッドというやつか?」

 

 おっと、こんなちびっ子達(?)と話している場合ではなかった。俺はさっきからこっちの方をちらちらと見てくるオッサン――苺プロダクション社長、斉藤壱護――の方へと歩く。

 

「初めまして、私はアイ様の信者(ファン)、佐藤と申します」

 

「ああいえ、こちらこそはじめ……今なんて?」

 

「誤魔化しなどは面倒なので、単刀直入に聞きます。そこにいる()ーズ――アクア、ルビーを指した"美しい子供達"の略――の母親はアイ様ですよね?」

 

「いやちょっと色々ツッコミどころがいっぱいで何が何やら」

 

「誤魔化さないで頂きたい。もう一度お聞きします。あそこにいる子供達の母親は、アイ様で間違いありませんよね?」

 

「「……………」」

 

 場に沈黙が落ちる。しかし俺は決して目を逸らさないし、誤魔化されない。

 

「そうだよー。あの子達は私の子供、アクアとルビー」

 

 答えたのは、アイ様だった。社長と女性の社員はどう言葉を紡げばいいか分からずおろおろしている。ふぅ、やはりそういう事だったか……。

 

「くぁwせdrftgyふじこlp」

 

「おお! ビックリしたぁ! 佐高くん大きい声も出せるんだね~。偉い偉い★」

 

「言ってる場合か! ちょ、大丈夫ですか? なんかマジで、悪魔が呼び出されるんじゃないかってぐらいおっそろしい雰囲気ですけど」

 

「だ、だだだ大丈夫でssす」

 

「いやダメージ受けすぎだろ」

 

「これでこのオタクが死ねばみんなハッピーだよね」

 

 え、美ーズは外見から2、3歳ぐらいのはずだから、今アイ様が19歳で逆算すると17、16歳ぐらいの時の子供? 今の俺ぐらいの年(現在17歳)で産んだのか? ハッハッハーイッタイナンダソレハ!? や、闇が深すぎるゥゥ……! 心が、心が追いついてこない!

 

 俺がその事実に悶えている時に、ふと、視界の端に見えた。

 

 誰もが俺に注目しているから、気付いたのは俺だけ。いつものアイ様とは違う、もしかすれば少しだけ気を抜いたのかもしれない。

 

 俺の目に映ったアイ様は……とても不安そうに見えた。

 

 ……俺は一体何をやっていた? 推しの、アイ様の笑顔を見ることこそが生き甲斐だったのに、俺は何をした? アイ様の笑顔を奪っているのは、俺じゃないか。

 

 突然呪詛をピタリと止めた俺に、周囲が困惑している。そんな事どうでもいい。

 

 アイ様にズンズンと近づいていく俺に、周囲が止まるように言ってくる……関係ない。

 

 アイ様の目の前に立つ。アイ様は笑顔……とても綺麗だ。だが、ステージの上で見るいつもの笑顔が、今はハッキリと『嘘』であると分かる。ほんの微かに、ファンの俺にわかる程度の怯えが感じられた。

 

「ボソボソ……(アイ様、一つだけお尋ねしてもよろしいでしょうか)」

 

「うん、何が聞きたいの?」

 

「え、今なんて言ったのあのオタク」

 

「流石はアイだ。あれを聞き取れるのは真のアイドル、アイだけだ」

 

 一つ間を置き、呼吸を整える。いつも、彼女を目の前にするとその圧倒的なオーラに萎縮してしまい、声が出ない。

 だがそれではダメだ。はっきりと、間違いのないよう彼女に聞かなければならない。これだけは、聞かなければならない。

 

「貴女は今、幸せですか?」

 

 アイ様はどんな質問を予想していたのだろうか。すごく驚いた顔をしている。まさか、ファンである俺が罵詈雑言でも吐くのだと思ったのだろうか。そんなこと、天地がひっくり返ろうとあるわけがないのに。

 

 アイ様はすぐに答えない。なにも難しい質問じゃない、普通ならすぐ答えられるものだ。だが、アイ様にとっては難しいのかもしれない。ファンである俺には理解できないが、その答えをじっと待つ。

 

 どれほど経っただろうか、1分? 10分? 分からないが、アイ様はニッコリと笑い、答える。

 

「うん、すっごく、幸せだよ!」

 

「そう、ですか」

 

 その笑顔は、嘘じゃないと思う。すごく幸せだって、俺にも伝わってくる。俺が今まで見てきた笑顔の中で、一番素敵で、それは母親が浮かべる笑みだった。

 

 なら、俺の言うことなど決まっている。

 

「アイ様! おめでとうございます! 子供がいるとしても、俺はいつまでも貴女(アナタ)のファンです!」

 

「…………」

 

 ちゃんと笑顔を作れているだろうか。もしこの事実が世間に知られれば、祝福してくれる人など本当に少ないだろう。絶対に批判の方が多い。ならばせめて、アイ様の真のファンである俺は、彼女を祝福しなければならない。

 

「この秘密は墓まで、いや死んだ後も誰にも話しません!」

 

 そうさ、また転生したとしても、もし神に会ったとしても、アイ様が許可を出さない限り誰にも言わない。今、そう誓った。

 

「貴女の幸せが、俺の幸せですから!」

 

「――ありがとうっ」

 

 あぁ、そんな笑顔を見てしまったら俺は……。

 

「尊死……」

 

「てあれ? 佐武くん? なんか身体が半透明になって」

 

「我が人生に一片の悔いなし」

 

「すごいお兄ちゃん、あのオタク半透明になってキラキラ輝いてる」

 

「ああ、現世の神秘だな。一体どういう原理なんだ?」

 

「ちょ、早くこれ止めろアイ! これお前のせいだぞ!」

 

「佐田くん、私のファンじゃないの? もう応援してくれないの?」

 

「……はっ!」

 

 そうだ、こんなところで死んではアイ様のライブに行くことができなくなってしまう! むんっ! ふぅ、危ないところだった。危うく天に召されそうになってしまった。

 

「すご、いきなり普通になった。このオタク本当に人間?」

 

「もうなんか考えるのが馬鹿らしいな。ギャグだろ」

 

 アイ様への愛が成せる業だ、美ーズよ。お前達には100年早い。

 

「あははっ! 佐田くんって面白いよね~」

 

「ボソボソ……(いえそのような事は、ですがありがとうございます!)」

 

「また何言ってるか分かんない」

 

「とてつもないイケメンから普通のオタクになったな。本当になんだこいつ」

 

 い、今更すぎるが先程からアイ様がちかっ、近すぎる! 俺はこんな至近距離で話していたのか?!

 

 一旦場が落ち着いてからは、事務所の社長だというオッサンからこの件は秘密にするよう頼まれたり(言われるまでもないことだ)、美ーズの女の子の方から死ねばアイ様の真実を知るものがいなくなってアイ様が喜ぶと言われ包丁で首を掻き切ろうとした所大慌てで周囲に止められ、ならばと妥協して持っていたスマホを壊し「家にパソコンがあるが必要なら壊す」と言うと、もう十分だと言われた。なぜか話が終わる頃にはアイ様以外はヘトヘトになっていた。アイ様は大爆笑していた。かわいい。

 

 それからもいろいろ話した後、別れる頃にはすっかり夜になっていた。買い物に出たのが昼と考えれば、あの後どれだけ長く話していたのかが分かると言うものだ。

 

 

 

 家に着き、息を吐く。

 

 その時、呼吸が震える。

 だんだんと視界が滲む。

 鼻水が垂れてくる、涎もだ。

 身体中から出てくる水分が、次々と床に落ちていく。

 

 ―――我慢していたものが、溢れてくる。

 

 だが、よかった。アイ様の前で泣かなくて。ファンの俺が泣いてしまったら、彼女がどんな想いをするのか、不安がるのか分からないからな。だから、別れる最後まで泣かなかった。

 

 その仮面も、もう限界だった。 

 

「ぐっ、ふぅ……ぅ」

 

 何故、俺は涙を流す。なぜ、こんなにも虚無感が体を支配する。俺は彼女が幸せならそれでいい。それがファンという生き物だ。なのに、その筈なのになぜ……

 

「あ、アアあぁあああああッ」

 

 あぁ、そうか。分かった。

 

「ぅ、う〝う〝んアイ様ぁ……っ!」

 

 『俺が』、幸せにしたかったんだ。なんて傲慢なんだ。彼女の幸せが願いじゃなく、俺が彼女を幸せにしたいなんて。そんなものは真のファンじゃない。

 

「うぐ、くふぅ…」

 

 次アイ様に会う時……その時はちゃんと心から笑えるようにしよう、祝福できるようにしよう。

 

 だから、この気持ちに整理をつけるために、今だけは、涙を流そう。

 

 

 

 

「くそ、アイ……この嘘つきがッ」

 

 薄暗い、パソコンの光だけが部屋を照らす場所で、フードを被った男が呪詛を吐く。

 

「そしてぇ、アイツ、あのアイとヤってガキ作ったアイツも!」

 

 パソコンにアイの画像を、そして脳裏に焼き付けた男の顔を思い浮かべながら、フードを被った男は血走った目で言う。

 

「殺してやるぅ……!」

 

 

 

 

 あの美ーズ発見事件から、もう半年が経とうとしている。

 

「「「かんぱーい!」」」

 

「ぷはぁ! 全く酒がうめぇな!」

 

「えぇ~いいな! 私もお酒飲みたーい」

 

「来週まで我慢ですよ。アイさんはまだ19なんですから」

 

「アイ様、引越し祝いにと持って参りました。どうぞ、大した物ではございませんが」

 

「えー(ライト)くんありがとー。これなに?」

 

「名前は間違ってませんが、ファーストネームは嫌いなのでどうぞ佐藤と、それか『犬』とお呼び下さい」

 

「ヤダ」

 

「Yes,Your Majesty!! こちら、最高級ジュース4種類でございます。何味がよろしいでしょうか?」

 

「ブドウ味がいいなぁ」

 

―――シュバッ

 

「どうぞ、グラスに注いでおきました」

 

「ありがと~。ん、んぅうん★ これすっごく美味しいね! また欲しくなるかも~」

 

「では毎月送らせていただきます」

 

 俺は今、とても幸せです。今まではグッズやチェキで推しに貢いできたが、あの件から何故か俺に美ーズの子守りを頼んできたり、「これ欲しいなぁ」とか「ご飯行かない? 勿論奢りで」と言われたり、「うちの隣に引っ越してこない?」と誘われたり……。幸せだ。

 

 勿論だが、アイ様の要望には全て答えてきた。この新居の隣、実は俺なのだ。これからは毎日アイ様のご尊顔が拝謁できるなど、幸せすぎて身がもたん……!

 

 ん? 学校はどうしているのか、だと? 普通に電車で2時間かけて行っているが何か? 家族はどうしたか、だと? 知らん、今も普通に生きているだろう、多分。

 

「おおう、相変わらず高そうなやつだな~。俺も貰っていいか」

 

「勝手にしろ。だがブドウ味を一口でも飲めば殺す…!」

 

「お、おう。他のやつにしとくわ~」

 

 全く、アイ様の物に手をつけようなどと万死に値する行為だ。奴はアイ様の社長のくせに、その辺りのマナーを何も分かってないな。やれやれだ。

 

「いや、社長には敬語使えよ」

 

「何を言っているアクア? この世で俺が尊敬し、敬語を使う相手はアイ様以外に存在しないぞ?」

 

「その理解できないって顔やめろよ。ていうか、いつもマジでどんな対応をしているんだ? 先生とかに」

 

「? 普通だぞ。普通にタメ口だ」

 

「えー……それはやばいだろ」

 

「あぁ、入学時はそれでぐちぐち言われたが、ずっとテストで1位をとっていると何も言われなくなった」

 

「何でそのキャラで頭いいんだ?」

 

 何でって、普通に勉強したらこれくらい出来るだろう。うちも進学校ではあるが、所詮はまぁまぁレベル――偏差値60越えの進学校――でしかないのだ。そこで1位を取っても大した自慢にはならない。

 

「そろそろ受験だろ? 大学どこにするんだ?」

 

「あー、それは適当だな」

 

「適当って……大学選択は人生で少ない一つの分岐点なんだぞ? それを適当にするのはあまり良くないんじゃないか?」

 

「何だか先生みたいなことを言うやつだな……。なぁアクア、前々から思っていたんだが少し賢すぎやしないか? もしやお前」

 

「(やべっ、ちょっと真面目に語りすぎた! 転生のことバレたか…?)」

 

 じっとアクアを見つめる俺。冷や汗をダラダラと流し目が泳ぐアクア。

 

 その姿を見た俺は、確信した。

 

「……神、だったのか?」

 

「…………は?」

 

「いや、考えてみれば当たり前のことだったな。何せアイ様()の子なんだ。そこから神が生まれるのは必然」

 

 うんうん、とひとり納得する俺。何だこいつ、と気持ち悪そうにするアクア。おいおいそれは酷いな。何も間違ったことは言ってないだろう?

 

 まぁ、話を戻すにしてもアクアの言う通り、大学を適当に決めるのはあまり良くないのは正しい。そこで人生が決まると言うほどではないが、大きな分岐点になるのは確かだしな。

 

「だからと言って、正直アイ様のファン活動以外は興味がない」

 

「このドルオタが…」

 

「フッ、そう褒めるな」

 

 お金に関しては然程心配していない。ブログや投資などで結構な額を毎月稼いでいるからだ。このマンションだって自分の稼いだお金で払っている、親は名義だけ貸してくれるが後は基本的にノータッチ。

 

 俺は金の稼ぎ方も上手い方なのだと思う。だから企業に就職せずに、個人事業主のような働き方をすれば十分食っていけるだろう。

 

 そんな風に働かなくていいんじゃね? と考えていると、アクアが俺の顔を見て言った。

 

「俺はお前が、教師に向いていると思ってたんだがな」

 

「……教師?」

 

「あぁ、俺とルビーの子守りをしている時に、勉強の方も見て貰ってるだろ? その時の教え方が分かりやすかったから、教師とか向いてるんじゃないかなーって」

 

「それは――考えたことも、なかったな」

 

 教師…か。1番に思い浮かぶのは今の学校の担任だが、教え方が下手だなとよく思う。アレでは教科書の音読とほぼ変わらず、生徒が休み時間に分からないところの質問へ殺到するのは仕方のないことだ。受験も迫っている今、そういった教え方をされるのは生徒にとってもストレスで、あまり慕われた先生ではない。

 

 では、もし俺が教師になった場合はどうだろう。そういった不満を取り除けるか? それは俺がやりたい事か?

 

「微妙だな。正直、他の職業よりはやりがいという点で魅力を感じるんだが、ワークライフバランスが悪いように思える。それぐらいだったら、今の方法で稼いでいた方が余程効率がいい」

 

「ふーん、教師って悪くないと思うんだけどな。働き方が嫌だっていうなら、自分で塾を開設するっていう方法もあるぞー」

 

「塾か。それは悪くないかもしれないな」

 

 塾は悪くないかもしれない。今の状態でも十分に稼いではいるが、布教活動資金はいくらあっても足りないぐらいだからな。将来は塾長なんか面白そうかもしれない。

 

「アクアはどうなんだ? 将来なりたい職業とか決めているのか?」

 

「……外科医、になりたい」

 

「それはいいことだ! アクアは気持ち悪いぐらい頭がいいからな! きっとなれるさ!」

 

「それ褒めてる?」

 

「勿論だとも」

 

 そんな風に楽しくアクアと話していると、不意にオッサンの声が聞こえた。

 

「アイ、一応言っておくが父親に会おうなんて思うなよ? お前は今が一番大事な時期なんだからな」

 

「グハァアアア!!」

 

「佐藤さん!? え、めちゃくちゃ血吐いてる!」

 

「あーあー、社長光くんにトドメ刺しちゃったねー」

 

「え、これ俺が悪いのか??」

 

 ぐっ、アイ様の夫。勿論、美ーズがいるので夫がいるのは分かっていた。だが、それは考えないようにしていた。そいつのことを考えると羨まししししし死死死死死死死……

 

「光くーん」

 

「はうあっ」

 

「あ、こっち見たね」

 

 にっこり笑うアイ様。尊すぎて半透明になる俺。成仏しかかる俺を往復ビンタする美ーズ。おっと、また逝きかけてしまったな。

 

「ハッハッハ、また助けてもらったな。ありがとう美ーズ」

 

「ねえお兄ちゃん、なんでこのオタク半透明になって死なないの?」

 

「まだ半透明(そんなこと)が気になってるのか? 俺としてはあれだけ吐血してピンピンしていることに驚いているんだが」

 

「お兄ちゃん、それも慣れだよ」

 

 その後も宴の時間は続き、美ーズが眠った後も大人たち(?)だけでワイワイ楽しくやった。そしたらいつの間にか全員眠っていた様で、ソファで寝ていたらしい俺が起きると、俺の横でスヤスヤと寝ているアイ様を見て昇天しかけ、それを危うく美ーズに止めて貰ったりと、色々なことが起きた。

 

 

 

 

 引越し祝いから1週間が経った。

 俺は、今日という日を待ち望んでいた! 今日が何の日か、だと? アイ様の初ドームの日に決まっているだろ!

 

 遂に、遂にこの日がきた! 少ないオタク仲間も準備は完了し、早朝からドームに並ぶと言っている。俺もすでに準備は完了し正装――アイ様のグッズを体に全装備&アイ様カラーのハッピ着用――に着替えている。

 

 後は、隣にアイ様がいるので激励、は烏滸がましいが「ライブ頑張って下さい!」と伝えに行くだけだ。これはきちんと前日にアポを取っている。アイ様は「そんなこと聞かなくていいよー」と仰って下さったが、そんな恐れ多いことは到底俺には出来ない!

 

「――よし、アイ様グッズは抜かりなく持っているし、そろそろ挨拶に行ってドームまで向かうか」

 

 家のドアを開ける。すぐ隣にアイ様の家があるので横を向くと、そこにはフードの男がいた。手には花束を持って。

 

 ! あれはまさか……!

 

「同志?」

 

「え、あ」

 

 そこにいたのは、いつかのアイ様のファンだった。確か、俺のせいでグッズが買えなくて呪詛を吐いていた同志だ。あの時はグッズを渡そうと取りに行っていたら、いなくなってしまっていたので渡せなかったのだ。

 

 そんな彼が、花束を持ってアイ様の玄関の前に立っている。

 

 俺は確信した。

 

 ――同志は、アイ様の初ドーム記念に花束を持ってきたのだ、と。

 

 フッ、なんという事か。まさにファンの鑑のような同志だ。俺よりも早くアイ様に挨拶するとは……ん?

 

 何故、アイ様の住所を知っているんだ?

 

「(チッ、変な格好の奴に見つかった。どうにか誤魔化さないと…)あの、これは友人のお祝いに来ただけです。あ、怪しい者じゃありません」

 

 あ、今嘘をついたな。そこの住所にはアイ様がいる。そして同志がアイ様の友人である筈がない(失礼)。

 

 何故、同志は類友である俺に嘘を吐くのか?

 

 ……! まさか、ストーカーをしてアイ様の住所を特定したのか!?

 

 それはダメだ! 俺たちファンが推しのプライベートを侵害してどうする? 俺たちと推しの間には適切な距離があるんだ。まぁ、俺が説教できる立場にはないんだがな!

 

 それでも、やっていいこととダメな事の区別はつけさせなくてはならない。それが、真のファンである俺の役目だ。

 

 同志にはこれから説教だな、と俺が思っていると、突然同志が声を上げた。

 

「あ、お前は! あの時の奴か!」

 

「ん? そうだが、今更気付いたのか?」

 

「お前ェ…! やっぱりアイと一緒にファン(俺たち)を裏切ってたんだな! この嘘つきが!」

 

 ? 一体何の話か分からんが、とにかく同志に説教をしなくてはいけない。

 

 そう思い同志に歩いて近づく。

 

 その時に、アイ様の家のドアが開く。アイ様には「危険ですから誰か来たらドアチェーンをしてください!」と諫言したのだが、している様子は無くドアからアイ様の姿が見えた。

 

 俺は朝からアイ様の御姿を見れたことで、幸福感に身体が支配される。今日もお美しい……!

 

 同志を一旦無視して、まずアイ様に挨拶をしようとする。

 

 ――だが、それは同志から異様な怒気が発せられる事で中止される。

 

 同志は綺麗な花束を落とす。手には先ほどまでなかった、鈍く光るナイフが一本。

 

 

 

 気づけば、俺は腹を刺されていた。

 

―――ザクッ

 

 ナイフを見た瞬間、危ないとか、助けなきゃとか思う前に、自然とアイ様を庇う形で身体が動いていた。

 

「え……光くん?」

 

 同志……フードの男は俺からナイフを抜き、もう一度刺そうとしてくる。

 それを身体を低く沈めることで躱し、俺はフードの男の腹にタックルしてアイ様から引き離す。

 

「アイ様! ドアを閉めて110番して下さい!」

 

 俺はフードの男に馬乗りになって身動きを封じ、初めてアイ様に怒鳴りつけた。

 

「ぁ、いや、お腹から血が垂れて」

 

「早く! ドアを閉めて鍵を掛けて下さい!」

 

 アイ様は呆然として動かない。当然の反応なのかもしれない。こんな非日常的な展開、それもばかり目が覚めたばかりであれば夢か何かと勘違いしても仕方がない。

 

 しかしこれは現実で、フードの男は俺がアイ様に気を取られている隙を突いて俺の拘束を外し素早く動く。

 

 アイ様に向かってフードの男は走る。

 

「死ねぇええ! この嘘吐きがぁっ!!」

 

「っ、うおぉおおおおっ!!!」

 

 俺はフードの男の足首を掴んで転ばせる。フードの男はそれに痛がるが、掴んだ俺の手を振り払おうと暴れる。顔を蹴られる。手を蹴られ、爪が剥がれる。だが、その程度では離さない。

 

 絶対に、この手は離すものか……!

 

 まだ、ドアは閉まらない。アイ様は未だ、俺を見て呆然としている。

 

 そのドアの向こうに、アクアが見えた。

 

「アクア! 玄関にストーカーがいる! ドアを閉めて110番通報してくれ!」

 

「! わかった!」

 

 アクアはすぐに頷いた。状況理解が早い。恐らく先ほどから俺の大声が聞こえており、何らかの異常事態が発生したと分かっていたのだろう。

 アクアは頭が良いから、そのぐらい分かって当然だ。

 

 それに危機感を感じたのだろうか。フードの男は俺の手を振り払うのでは無く、手に持ったナイフで刺してきた。

 

―――ザクリ

 

 左手を貫いたナイフ。

 

 それを、ナイフが刺さったままの手を強引に引き寄せる。刺された手が熱を持つが、フードの男からナイフを奪う事に成功した。俺は後退して距離を稼ぐ。

 

 驚愕しているフードの男。

 

 そして、その僅かな時間でアクアがドアを閉めた。きちんと鍵を閉めて。

 

 それにフードの男が意識を取り戻す。

 

「あ、あアァアアアアッ!!!」

 

「……ふう、どうにか間に合ったな」

 

「お前ぇ、お前のせいでアイを殺せなかったじゃないかっ!」

 

「……当たり前だ。俺がアイ様をみすみす殺させる訳がないだろう」

 

 フードの男は発狂するような声で怨嗟を吐く。凄まじい怒気を発する。

 

 だが、それは俺とて同じことだ。

 

 目の前で、推しを殺されそうになって冷静でいられたのは、アイ様にまだ危機が迫っていたからだ。アイ様の安全の確保に躍起になっていたからだ。しかし、それももう無い。

 

「覚悟しろ。一発だけ、八つ当たりする」

 

「ふざけるなぁ!」

 

 フードの男が迫り、顔を狙って拳を振るってくる。それを頭を振り躱す。蹴りがくる。バックステップする。腹に拳がくる。手ではたき落とす。

 

 それから数手攻撃が来るが、全て躱すか逸らす。

 

 少し疲れたのか、息が荒くなったフードの男は距離を取ろうとする。チャンスだ。

 

 拳を握る。強く握りすぎて剥がれた爪から血が地面に滴り落ちるが、構うものか。

 

「ふん!」

 

 握りしめた右拳を、全力でフードの男の左頬へ振り抜く。

 

―――グキッ

 

「ごぺっ」

 

「あ、やべ」

 

 ちょっと強く殴りすぎたかもしれない。なんかフードの男の首から変な音がした。グキッて、グキッてした。

 

 でも、ちょっとスカッとした。

 

「く、あぁ。痛い……っ!」

 

「あぁ、痛いだろうな。殺す気で殴ったんだから」

 

「っ!!」

 

 余程痛かったのか、涙を流すフードの男。

 

 そしてよろよろと立ち上がり、こちらを鬼の形相で睨みながら呪詛を吐く。

 

「お前がぁ、そもそもお前がアイとの間にガキなんて作らなきゃ、こんな事にならなかったんだ! 全部、全部おまえのせいだろう!」

 

「………?」

 

 え、今なんて言った?

 

「アイも! アイも『愛してる』なんて言って、裏では俺たちのこと馬鹿にしてたんだろ?! 嘘つき、お前ら嘘吐きで裏切り者だ!!!」

 

「アイ様は、俺たちのことを愛してくれているだろう?」

 

「嘘だ! アイは俺のことなんざ愛しても、覚えても無い!」

 

「確かに、アイ様は人の顔と名前を覚えるのが苦手な方だ。だが、ファンから貰ったプレゼントは大事にされている。それは俺たちを愛してくれているからではないか?」

 

 フードの男はそれに呆然とするが、すぐに反論してくる。

 

「で、でもアイは隠れてガキをこさえてたんだぞ。それにしょ、処女じゃないし! これは俺たちへの裏切りだ!」

 

「ガキ? 処女? だからなんだ。アイ様は俺たちを裏切ってなんかないだろう」

 

「はぁ? アイドルがガキ作ってる時点で裏切りだ! 俺たちファンが、一体いくら使ってやって応援してきたと思ってる! アイは嘘吐きだ!」

 

「金を使ったのは俺たちの意思だ。それを上から目線で『使ってやって』なんて言葉を吐くのは、ファンがする行動じゃない」

 

 フードの男は見るからに怒っている。

 

 その気持ちが俺だって少しも分からない訳じゃ無い。俺も、アイ様の夫なる人物にはつい藁人形を手に持ち呪い殺そうとしてしまうぐらいには恨めしい。

 

 だが、それは心の中で留めておくべきものだ。

 

「いいか。俺たちはアイ様に裏切られてなんかない。たとえアイ様が子供を作っていても、処女じゃなくても」

 

「俺たちを愛してくれているから、裏切ってなんか無い」

 

「……が、それを言うな」

 

「ん?」

 

「お前が、それを言うなあ!!」

 

 フードの男は涙を流しながら言う。

 

「そもそもお前がアイとガキなんて作らなきゃこんな事になってないんだよ!」

 

「え、俺はアイ様と子供なんて作ってないぞ」

 

 さっき言った言葉、俺の聞き取りミスじゃなかったんだなー。何故俺が美ーズの父親となるのか、理解できん。

 

 フードの男はポカンとする。

 

「え、だってアイにはガキがいて」

 

「いるな」

 

「それは、お前がアイとヤって出来たガキで」

 

「嫌味か貴様ァ! 俺は童貞だ!!」

 

 フードの男は意味がわからないとでも言う様に、顔を伏せてぶつぶつと呟く。

 

「あ、そういえばずっと、アイ『様』って……」

 

「? ああ、ファンなら当然だろう?」

 

「え、あ、あぁ?」

 

 さらにぶつぶつと呟く。少し聞き取りにくいが「父親……違う……別人……ただのファン」などと聞こえてくる。

 

 そしてどんどんと顔が青ざめていき、遂には発狂する。

 

「うわぁアアアアッ!!」

 

「あ、おい待て!」

 

 俺はエレベーターの方に走っていくフードの男を追おうとする。だが、そこで腹の傷が疼く。

 

 ……そういえば、最初にナイフで刺されていたな。

 

 自覚すると、痛みがどんどん酷くなっていくような気がした。ナイフが刺さったままの左手も同じだ。何だか気分も悪くなり、眩暈がしてきた。

 

 足に力が入らず立っていられなくなり、そのまま尻餅をつくようにして倒れる。強打した尻が痛い。

 

 そのまま少し横になっていると、ドアが開く音がする。そちらへ視線を向けると、アイ様と美ーズがいた。今度はしっかりとドアチェーンをして。

 

 アイ様に心配をかけまいと起きあがろうとするが、腕に力が入らず無様に倒れてしまう。

 

「光くん!」

 

 ドアチェーンを外し、アイ様と美ーズが出てくる。

 

「光くん! 大丈夫、じゃないよね! 救急車と警察にはもう連絡したから、あと数分で着くからもう少し待ってね!」

 

「お、お兄ちゃん! 私どうすれば良い?」

 

「少し待て。包帯と綺麗な布と水はあるんだ。応急処置ぐらいはできる筈だから、まずは患部の確認だ。服を脱がすの手伝ってくれルビー!」

 

「う、うん!」

 

 テキパキと作業をする美ーズを見て思う。コイツらもしかして、俺と転生者(同類)か?

 

「光くん! 大丈夫だからね! もう少し、もう少しすれば助かるから!」

 

 アイ様が、俺を涙を流すほど心配して下さっている。いつもの余裕で綺麗な表情では無く、余裕のない焦った表情。それに少しの快感が芽生えたが、それ以上にアイ様の笑顔を奪っている事に罪悪感を覚えた。

 

 くっ! 俺が無傷で切り抜けられれば、アイ様が泣くことなどなかった筈なのに! 一生の不覚ッ!

 

「アイ様、どうか俺のことなど心配しないで下さい! そんなことよりも、今日は大事なドームがあります!」

 

「『そんなこと』なんかじゃないよ」

 

「え、」

 

「私にとっては、ドームなんかより光くんの方がずっと大事だよ」

 

 アイ様は潤んだ目で俺を見る。その言葉には、嘘を感じなかった。

 

「それは……ファンとして、感無量です。ですが、やはり初ドームの方が俺などより100倍大事です! アイ様の笑顔を曇らせてしまうような俺など」

 

「光君の中の私は、人の心配もしちゃいけないの? それとも、君が血だらけになってもニッコリ笑顔で『大丈夫』って言える程強いの?」

 

「私はね、そんなに強く無いんだよ。ううん、すごく弱いんだ。ずっと嘘をついて、自分を騙して、ファンを騙して、子供を騙して、君を騙して……」

 

 アイ様は、いつも見る一番星のように眩いアイ様は、今はただのか弱い女性にしか見えなかった。アイ様は自嘲するような笑顔を浮かべる。そんな表情も素敵だ……!

 

「さっきの人も、確か、リョースケくん? も言ってたよね。『アイは嘘吐きだ』って。その通りだよ。いつもいつも、『愛してる』って嘘をついてきた」

 

 ――いいや、それは違う。

 

「本当に報いを受けなきゃいけないのは私だった。光くんが傷つくんじゃなくて、私が」

 

「それは、違います」

 

 アイ様は勘違いしている。

 

「貴女は、俺たちを愛しています」

 

 アイ様の『愛してる』が嘘? そんな筈はない。

 

「いや、違う。私はそうやって、騙してきたから」

 

「いいえ、愛しています」

 

「っ、だから違うの! 私は誰も愛せてない!」

 

「なぜ、自分に言い聞かせるような嘘を吐くんですか?」

 

「だって、それが真実だから。私は、誰も愛したことがない」

 

 アイ様と知り合って分かった事だが、この方は意外と頑固な部分がある。自分が信じたものは絶対にそうだ、というように曲がらない。

 

 しかし、これに関しては俺も曲げられない。

 

「俺が! 愛されていると感じました! だからアイ様は俺を愛しています!」

 

「す、すごい自信満々……」

 

「俺だけじゃない! 多くのファンたちが、貴女に関わった人たちが、そしてアクアとルビーが感じています! 貴女に愛されていると! だから貴女は、俺たちを愛しているんです!!」

 

 違いますか!? と言い放つ。言いたい事を言い終えた俺は、アイ様を見る。ポカンとしていらっしゃる。

 

 そして、涙を流した顔で笑ってくれた。それはいつも見ているようで、初めて見る不思議な笑顔だった。

 

 ああ、やはりアイ様には笑顔が似合う。

 

 そんな風に安心していると、腹の傷が圧迫され急激な痛みに襲われた。

 

「ぐおぉおおお……」

 

「え、ちょっとアクア!?」

 

「大丈夫だよアイ。ただ出血を抑えるために包帯巻いただけだから」

 

 え、包帯を巻いただけでこんなに痛むのか!? 俺もしかして死ぬのか?!

 

「それにしても運良すぎだろ。腹の傷は大量のグッズとアイの写真集のお陰で皮膚と筋肉を少し貫いた程度。手も血がほとんど流れてないから、神経は無事だろうし」

 

 自分の死をイメージした瞬間、アイ様を守れてよかったという安堵と、どうせ死ぬならアイ様からいつもの言葉を貰って死にたいという想いが溢れた。

 

「あの、アイ様。こんなことをプライベート中の今、頼むのは申し訳ないのですが」

 

「うん、なに? なんでもしてあげるよ」

 

「その……いつものを、言ってもらっても良いでしょうか?」

 

 アイ様は少しだけ驚いた顔をした後、小悪魔チックに笑った。かわいい。

 

「な~んだ。てっきりキスして下さいって言われるのかと思っちゃった★」

 

「ハッハッハ、そんなことをされれば今すぐに死んでしまいますよ」

 

「それもそうだね~」

 

 2人して笑い合う。あぁ、死の瀬戸際がこんなにも楽しくあって良いのだろうか。幸せだ。

 

「じゃあ、いつものだね」

 

 アイ様が俺の顔に近づく。これだ、この至近距離で言われるのが堪らないんだ!

 

 そうして目を閉じて待っていると、頬に湿った感触とチュッと言う音が聞こえた。

 

「愛してるよ」

 

 それは耳元で囁かれた。さっきの湿った感触が何かは分からないが、最高の気分だ…。

 

 アイ様は「あれ、嘘じゃない……?」と何か驚いている様子だ。

 

 フッと笑い、俺は大量の吐血をしてすぐに意識を落とした。

 

 我が人生に一片の悔いなし…………。

 

 

 

 

「ルビー、学校遅れちゃうよー」

 

「待ってよママ! この制服可愛いんだけど複雑なの!」

 

「はぁ、俺先行ってていい?」

 

「ちょっ、もう出来たから待って!」

 

 そこには制服を着た男女と、エプロンを可愛らしく着た女性がいた。

 

「じゃあママ! 行ってきま~す!」

 

「行ってきます」

 

「は~い、いってらっしゃーい!」

 

 制服を着た男女は玄関を出ていき、エプロンの女性1人になった。エプロンの女性は軽く伸びをする。

 

「んん~! さ、ルビー達のお皿片付けちゃお~」

 

 そう言って玄関を離れようとするが、エプロンの女性はふと写真立てに目を向ける。

 

「……あれから、もう随分たったな~。アクアとルビーの見送り出来なくて残念だったね」

 

 一人の男性が写った写真に、エプロンの女性は言う。その表情は、懐かしんではいるが笑顔のままだ。

 

「ままぁ! ぱぱぁ!」

 

「ありゃ、星光(スター)が起きちゃったか」

 

 泣き出した赤子の方へ向かおうとするその時、ガチャリと玄関が開く。

 ドアを開けたのはスーツを着た男性だった。

 

「My Lovely Daughter! スターちゃんの泣き声が聞こえた!」

 

「あ、おかえり〜。帰ってくると思ってなかったから朝ごはんはないよ」

 

「ただいまアイ! 今日も綺麗だね」

 

「あなたも、カッコいいよ」

 

 フッ、と微笑みながら鼻血を出すスーツの男性。名前を星野(ライト)

 

 そんなライトの鼻血を優しくティッシュで拭くエプロンの女性。名前を星野アイ。

 

 そして先ほど出て行った制服を着た男女。それぞれ名前を星野愛久愛海(アクアマリン)。女性は星野瑠美衣(ルビー)

 

 今泣いているのが、ライトとアイの子供、星野星光(スター)だ。

 

 

 

 彼らは見ての通り、ただの家族である。




 拙作を最後までお読みいただきありがとうございます。

 主人公が意識を失った後の話ですが、その後は病院で普通に意識が覚醒してドームにも行っています。流石ギャグ。

 ちなみにその時何度も昇天しかかり、その度に美ーズに往復ビンタ食らっています。流石ギャグ。

 思った以上に書いていて面白かったので、あと数話投稿するつもりです。プロットも何もないですが(汗)

 ではでは、次の投稿(未予定)でお会いしましょう。

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