神様転生するときはよく考えてからにしようね
俺は斉藤太郎。もう百万回は見た展開だと思うが、転生者である。
悪い意味での空気のような存在だった俺は、83歳まで生きたというのに生まれてから死ぬまでの記録を『生まれた。死んだ』とまとめてしまっても誰も困らないくらい地味に生きて地味に死んだ。
それなりに満足していたつもりだったが、やはりどこか不満があったのだろう。
死んだと思った直後に「願いを言え」としか言わない黒い板と対面しており、即座に神様転生だ!と気づいた俺は、いい歳をしたジジイだというのに恥ずかしい願いをぶちまけてしまっていた。
「エッチでヌルゲーなラブコメ世界の主人公にしてください! ダメなら真実を見抜く眼とかなんかそういうのをください」
前者はリビドーから生まれた願い。後者はどんな世界で生きることになっても便利そうだからという、生来の最善より次善を選ぶ気質から生まれた願いだった。
今は中学校の入学式の最中。「ください」の「い」まで言い終えたところまでの記憶が蘇ってきたところである。必死にこの12年ほどの記憶を思い返して確認しようとしたが、一瞬で終わってしまった。というのも、今世の俺も前世のそれとほとんど同じ人生を歩んできたようだからであった。つまり今は昭和で名前も斉藤太郎のままである。
「(え、ヌルゲーってそういうこと?)」
ほとんど同じ世界でやり直しするならそりゃヌルゲーだが、エッチなラブコメ要素はどうなったんだろう。
「大丈夫? 保健室にでも行くかい?」
俺がうつむいて考えているのを心配に思ったのか、隣から声をかけられた。そういやこんなことあったなあ。そう思いながら声の主に返事をする。
「いや、ちょっと考え事をしてただけだから、ありがとうね」
相手は中学の3年間をほとんどずっと一緒に過ごすことになる親友の田中君だった。前世と同じくでぶっちょで、夏でもないのに立っているだけでふうふうと息を荒げて汗ばんでいる彼は、知人じゃなければ思わず軽く避けてしまいそうになるほど暑苦しい。
そしてそんな彼は何故かセーラー服を身に纏っていた。
「ん?」
目をごしごしと擦ってもう一度見直してみたが、デブの田中君が当然のような顔をしてセーラー服を着て立っている。
しかもサイズがあからさまに合っていないようで、ぱっつぱつに食い込んだ服がはじけ飛びそうだ。何を考えてるんだこいつ。
あ、そうか。この世界での彼は中身は女の子になっているのかもしれない。今はそういうのに寛容な時代だから制服も自由に……じゃない、昭和だった。身体の性別以外の制服を着ているのは明らかにおかしいはずである。
「ええと、その、な、何故そんな恰好を?」
してやがるんですかぶっ殺すぞ、と続けそうになったのをぐっとこらえ、穏やかに尋ねる。
彼は少し恥ずかしそうに顔を赤らめ(きもい!)、
「いやあ、恥ずかしながら、3か月前に買ったばかりなんだけど、きゅ、急に成長しちゃって……、変だよね?」
とこちらを窺うように小首をかしげてきた。かつての親友のかわい子ぶった仕草に、このまま殴り殺しても法は許してくれそうな気もしたが、拳が触れるのも気持ちが悪い。
今回の人生では彼とかかわらないことを固く誓い、せめて視界に入れないように目をそらしながら無難に応える。
「いや、よく似合ってると思うよ、うん。ただ、その、目の毒だから新しい制服を買った方がいいかもしれないね。何なら俺の上着を貸してあげてもいい」
目の毒というかもはや暴力とすら思えるほど似合わない異様なビジュアルで、目に焼け火箸を突っ込まれたかのように痛むので大人しく学生服を買ってきてほしい。
心の底から思った言葉が彼に届いたのか、彼は恥ずかしそうにそのでかい身体を縮こめて言う。
「うん……、なるべく早く新しい制服を買うことにするよ。ふふっ、ありがとう、紳士なんだね♡」
殺そう。
俺が目の前の汚物に手をかける覚悟を決めたところで入学式が終わった。周囲が途端にざわめきはじめたのでこのデブを殺すのは一旦保留し、教室に戻ることにした。
「うわああー! お、お、おちるうう!」
「うぐえっ」
階段を昇りはじめたところで、突然そんなけたたましい声とともに振ってきた人物に押しつぶされた。
幸いにもまだほんの少し登っただけだったのでさほどのダメージはなかったが、それでも上に乗られたままなのは少々しんどい。
「わ、悪いがどけてもらえるだろうか」
「わあっ、ごめんなさいっ!」
どういうつもりなのか、俺に乗っかっていた人物はわざわざ俺の顔をまたいで立ち上がる。セーラー服のスカートから伸びた白い脚、そしてもっさもさのすね毛が俺の眼を焼く。
「ぐわああー!!!」
「ど、どうしたの!? 大丈夫!?」
思わずぎゅうっと目を瞑る。上に乗っていたすね毛野郎が心配そうに俺に声をかけてきたが、俺は目を瞑ったまま叫ぶ。
「大丈夫だ! 大丈夫だから早く降りてくれ!!!」
「わっ、ごめん!」
不快極まりない感触が俺の上から離れたのを確認し、立ち上がってからそっと目を開けてみると、セーラー服を着た丸坊主のノッポがこちらを見つめていた。
ええと、たしか野球部の真田だな。前世では家が近いんでそれなりに付き合いのあった男である。
しかし何でこいつまでセーラー服を着てやがるのか。ミニスカートから伸びたごつい脚ともっさもさに生えたすね毛の破壊力がすさまじい。
「ちょっとお、何見てんの。さっき見たパンツのことでも思い出してるんでしょー♡」
殺そう。
つい先ほどの田中君に続いて2人目の殺すべき人間が見つかってしまった。震える拳を押さえつけながら備え付けられている消火器に手を伸ばそうとしたところで、後ろから歩いてきた誰かに手が当たってしまった。軽く当たっただけなのに岩のように固く、手がしびれるほど痛む。
「おっと、危ないぞ」
低く太い声に注意される。声の主は体育教師のゴリ本であった。入学式なのにジャージのこのゴリラは全身が筋肉でできており、普段は森の賢者らしく穏やかで優しいが怒ると鉄棒すら捻じ曲げてしまうヤバい相手である。
「うわあ!! す、すみません!」
思わず飛び上がるようにして謝ると、ゴリラは気にしなくていい、と手を軽く振ってくれた。助かった。
ふと見れば野球部の真田はとっくに逃げたようで、いなくなっていた。
「(命拾いしやがったな、真田め)」
さっき真田にのしかかられて転んだせいでほこりっぽいズボンを払ってから教室に戻ろうとすると、
「む、おい、ちょっと手を見せてみろ」
と、低い声に呼び止められた。
「は、なんでしょうか」
「そこ、少し血が出ているぞ。洗ってから保健室に行った方がいいだろう」
はて、とゴリラの指の先を見ると、手に血がついていた。先ほど転んだ時に擦り傷ができていたらしい。
「ああ、この程度なら洗ってほっときますよ」
そういって立ち去ろうとすると、がっちりとゴリラに腕をつかまれる。
反射的に「捻りつぶされる!」と思ったがもちろんそんなことは起きず、その代わりに傷口にゴリラの唇がぶちゅうと吸い付いた。
あっけにとられる俺をよそに、若干人間に似たゴリラは「これでよし」と呟いた。
「む、ああ、すまん。弟がいるのでついな」
と、ゴリラは汚いよだれで汚れた俺の手を花柄のハンカチで拭いてさっさとどこかへ行ってしまった。
俺は思考が停止したままトイレの前の洗面所で手が擦り切れるほど丁寧に洗う。
「さっきから何なんだ。何が起きてるんだ!?」
困惑したまま蛇口を止め、鏡で見慣れた自分の顔を見ながら考える。
ぱっつぱつのセーラー服を着たデブの田中君、もさもさのすね毛を見せびらかすミニスカートの真田、そして傷口をぶちゅうと舐めてきたゴリ本。
異様な光景の連続に、世界が狂ってしまったかのような心細さに襲われる。
……世界?
俺の脳裏に、あの黒い板に願った内容がフラッシュバックされる。
エッチなラブコメ世界。
ヌルゲー。
真実を見抜く眼。
そういうことなのか?
つまり、あの黒板野郎によって俺の願いは、
①ヌルゲーになるよう過去に戻したうえで
②ラブコメイベントが起きるように当時俺とやり取りの多かった男たちがエッチなヒロインに変身させられていて
③その上で真実の眼が本来の姿を見せてきている
という風に最悪のコンボを決める形でかなえられてしまっているのではないだろうか。もしそうであれは俺はこれからも……!
おびえながら震える脚で教室に戻り、俺の推論が間違っていることを祈りつつ穏やかに暮らすことを願ったが、大変残念ながら想定通りに、いや、想定以上の地獄が待ち受けていた。
田中君が俺に手を振った勢いで制服がはじけ飛び、野球部の真田が挑発するようにミニスカートをめくって俺に汚い尻を見せてくる。
ゴリ本は弟のようだといいながら俺を汗臭い胸板に押し付けるように抱きしめ、かつての先輩がニキビでびっしりの脂っこい顔で頬ずりしてくる。
隣の席のヒゲがなれなれしくボディタッチを多用しながら話しかけてくるし、家に帰れば今日から一緒に住むことになったという年の離れた従兄のおっさんが俺のベッドで勝手に寝ている始末だ。
俺、このままどうなっちゃうの?