魔眼蒐集家。

 古くから噂される不思議な職業で、魔を帯びた瞳を集めることに一生身をおく奇妙な輩。

 柳小太郎(やなぎこたろう)もまた魔眼を持つ一人の青年であるが、金銭には何一つ不自由していなかった。

 彼の両親は生後間もなく、飛行機の墜落事故で亡くなった。そのため、何も知らずうちに御曹司になった彼は金に困ることを知らず、十二年間過ごして生きてきた。

 そして、担当医にもう死期までごくわずかだと忠告された頃、彼は一人の魔眼蒐集家に出会った。

 それはたった一瞬の出来後であったが、彼にとってかけがえない日々だった。



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魔眼蒐集家

 

 世の中には出会いたくない人がいる。

 

 有名どころでいうとドッペルゲンガー。

 

 厳密には自己像幻視という、幻覚症状の一種であると言われるのだが、それでも説明できないことが多いので、超常現象辞典では超常現象の一つとして数えられていた。

 

 幼い頃にドッペルゲンガーに出会ったら死ぬ、という話を訊いたことがあるだろう。でも、いい歳になって考えてみるとそうでもない。

 

 出会って死ぬのなら話すら残っていないだろうし、もし目撃者がいたとしても、ドッペルゲンガー=死を結びつけるには少々根拠が足りないのだ。よくて持病の悪化や心筋梗塞でまとめられてしまうだろう。

 

 一方で現実でも、出会いたくない人はいる。

 殺し屋や麻薬売人とか。

 

 その中に魔眼蒐集家という輩がいる。

 

 魔眼と呼ばれる異能を宿す瞳を蒐集し、ある日、突然現れる神出鬼没の輩。連絡手段を存在せず、嫌みとやっかみを込めて〝気まぐれ屋〟と呼ばれていた。

 

 魔眼は金銭取引が主流だが、双方の同意があれば物々交換もできる。むしろ、魔眼蒐集家に売って裕福になったというケースもあり、認識は一昔前と比べると雲泥の差だった。

 

 九月下旬。

 

 柳小太郎(やなぎこたろう)は高ノ宮病院に入院していた。

 

 高ノ宮病院は静岡駅からバスで四十分、国道150号に入り東に進んだ手前にある。

 広さは200床未満で、中小規模の病院だ。少し進むと登山の有名地とあって、景色はいい。登山シーズンになると自動車で混みあうが、遠くで聞く分には嫌いではなかった。

 

 小太郎はネット書き込みを見ながら、噂の魔眼蒐集家こと見崎唯奈(みさきゆいな)に向けて言った。

 

「やっぱり、噂って出まかせなんだな」

 

「それ、わたしにたいしての当てつけですか」

 

「いや、もうちょっと狂った人だと思っていたから」

 

「狂った人だったら、こんな呑気を雑談する前に、殺されてしますよ」

 

「大丈夫だよ。嫌な未来は回避するから」

 

「……ほんと、いい性能ですね。悪用すれば、そこそこ有名人になれますよ」

 

「できても、やらないよ。メリットないんだし」

 

「ほんと、宝の持ち腐れって、こういうことを言うんですね」

 

 やれやれと言った様子で、見崎は頷いた。

 

 見崎の仕草は自然で、金髪と真紅の瞳と相まって不思議と洋画の一場面を切り取ったかのように見える。

 

 丸みを帯びた頭部に、小柄な背丈。

 赤と紺で装飾されたドレスは精巧な人形を想起させ、見る者を虜にする一つの芸術品のようだ。

 まるで、童話の中から間違って出てきてしまったかのような、神秘的な雰囲気を持つ人物だった。

 

 小太郎は呆れ顔で言った。

 

「君はいつもまでこんなこと続けるつもり?」

「それは小太郎さんが死ぬまで」

 

 そういって、見崎はニコリと笑みを返した。

 

「ご苦労なことで。まぁ、君がいいならいいけど、非効率じゃないか」

 

「効率を考えると、確かに非効率ですね。でも、死体を漁って、はい終わり、というのは私としては味気ないですし、普通につまんないですよねぇ」

 

「てっきり、君らは魔眼がしか興味がない輩だと思ったけど、違うんだな」

 

「それは偏見ですね。でもまぁ、そういう人がいないと断言できないので、なんとも」

 

 見崎は曖昧に濁して答える。

 

 世の中、そんな上手くなんて回っていませんよ、と言いたげな表情であるが、然程気にしないのか、数秒でいつも笑顔に戻った。

 

 もちろん全ての魔眼蒐集家が見崎のように温厚な性格ではない。噂では強奪する輩も人並にいると聞くし、一般常識をわきまえている人が少ない。

 

 つまり、目の前にいる見崎は天使とっても過言ではないが、長い付き合いの小太郎にとっては悪魔といったほうが適切だった。

 とはいえ、一年間飽きもせず、訪問する見崎の思惑はいまだに理解しがたかった。

 

「君の趣味趣向は置いておくとして、訪問飽きない?」

「飽きませんよ。だって、楽しいですから」

「そうかい。キミがいいならいいけど、俺としては嫌なんだけど」

 

 見崎唯奈という人物は嫌いではない。容姿がいいし、礼儀正しい。こんな可愛いらしい少女にお見舞いされて嬉しがない男がいないだろう。

 

 それでも時間は有限である。

 

 見崎のお見舞いで、大事な時間が減少しているのは変えようのない事実だ。

 省エネ主義と語るつもりはないが、いつ、どこで、どうやって死ぬか知っている身としては束縛と表現してもいいだろう。

 

「そんなこと言っているから、友達ができないんですよ」

 

「友達ならいるよ。隣の山田さんとか向かいの鎌田さんとか」

 

「今挙げた人達全員、老人ですよね」

 

「それが何か」

 

「せめて、同年代の人でいないんですか」

 

「こんな僻地の病院にくると思う?」

 

「ゼロというわけじゃないでしょう」

 

「ゼロじゃないけど、さっさと退院していくから、仲良くなった所で、すぐにお別れだよ」

 

「その発言が、すでに老人ぽいですね」

 

 小太郎はばつの悪そうな顔になった。失礼、と反論したい所だが、実際に仲良くなった試しがないので、言えた義理ではない。

 

 入院してくる人たちはだいたい六十歳ぐらいで、たまにくる子供で十代以下である。中小規模病院ではできる治療に限度があるし、子供を大切と思うなら、大型病院で診断してもらった方が安心だろう。

 

 が、腑に落ちないことはある。

 

 小太郎は言った。

 

「君もたいがい、人のことを言えないだろ」

「いえ、私は小太郎さんと違って若いですし、友達はいますよ」

「……年下なのはわかるが、君の趣味趣向に付き合える人がいる時点で驚きなんだが」

「少しヤンチャで、気性が荒いですが同性にいますよ」

「……‥俺とは相性が合わないだろうね」

「そうでもないですよ」

 

 見崎は笑顔で答える。

 

 その表情はとても可愛いのだが、彼女の役職を知っている者からしたら、彼女のヤンチャで気性が荒い人物は、真面な性格とは思えない。

 価値観の違いで判断する気はないが、見崎みたい人物がもう一人いると思っただけで溜息が漏れる。

 

 見崎がいる業界の話は知らないが、世間一般よりも血生臭いことをしているのは察していた。さすがに人殺しをしていないと思いたいが、済ました表情で淡々と人を殺してそうだ。実際、思ったのは一度や二度ではない。

 

 ミステリーやホラー小説の読みすぎかもしれないが、それほどまで見崎の雰囲気は神秘的で、人間離れしていた。

 

 ちょうど、話に区切りができたので、小太郎は本音を切り出した。

 

「そろそろ、二度寝したいんだが、寝かせてくれないよね」

「はい。折角可愛い美少女が来ているんですから、お話しましょう」

「……自分で美女と自称するのは置いておくとして、もう毎回だよね」

 

 見崎は上目遣いで言う。「何がですか?」

 

「お話だよ。もう話すネタがないんだし、そろそろお開きにしてくれ」

「お断りします」

 

 さいですか。

 

 お断りしますと言われても、早十八年しか生きていない小太郎には語れることなんてたかが知れている。

 

 好きな書籍や好き遊戯だろうと、たった一年間で語り尽くしてしまったし、見崎の方が物知りであり遊戯も上手い。上位互換としか言えないのだが、それを口にしたら、微かな見栄もあったもんではない。

 

 が、話すのを拒否したとはいえ、沈黙はつらい。

 

 小太郎はふと思ったことを口にした。

 

「なぁ。この魔眼ってそれほどの価値があるものなのか」

 

 

 魔眼の価値について考えたことがある。

 

 小太郎が持つ魔眼は未来視。

 

 自分が関わる未来だったら、逆算して未来を視ることができるが、自分が関与しない出来事、火災や殺人事件などいった部外者が起こす未来を視ることはできない。

 

 とはいえ、自分の未来しか見えないのは皮肉としか言わざるを得ない。

 

 いわゆる運命っていうやつだろう。

 

 魔眼を手に入れてから嫌でも運命というやつを認めてしまう。

 

「そうですね。小太郎さんが持つ未来視はそれほど貴重というわけではないです。まぁ、その眼が本当に未来視だったらの話ですけど」

 

「そう言われても、俺は未来を視てるんだぞ。運ばれてくる献立が白米、味噌汁、ピーマン炒めもの、ヨーグルトだってわかるのに」

 

「今日も食事に関しては的確ですね。私も看護師に確認したので、今日の献立は今言った通りです。でも、その程度はなら別に何も問題ないです。私が気になるのは、十年前に死ぬ未来を視た点です。それも明確に」

 

「と、言われても視れるだから、しょうがないだろ」

 

 小太郎は続ける。

 

「今年の12月10日に死ぬ。いわゆる病死ってところかな。実際、症状が悪いから、その日に死んでも違和感はないよ」

 

「はい。訊く分には未来視だろうと考えました。でも、自分の死まで視える未来視は訊いたことがないんです」

 

「他は知らんが、そんなもんじゃないのか」

 

「その可能性ないとは言い切れません。ですが、小太郎さんの魔眼は未来を視るだけとは思えないんです。だから、私は千里眼に開眼する前段階だと考えています」

 

「千里眼って、と言われても実感ないぞ」」

 

 千里眼。

 

 中国の歴史書『魏書―楊逸伝』に記される「楊逸は千里眼を持っており、何でもお見通しだ」という発言が始まりだ。

 

 千里の先まで見通すことができる瞳、転じて未来や他人の心を見通す力を天眼通とも言われ、すべてを見通す神とも呼ばれている。今では千里眼は小説や漫画の分野で嗜まれており、知らないと答える人の方が少ないほどだ。

 

 また、日本も千里眼に全く所縁がないわけではない。

 

 明治末に起きた『千里眼事件』―超心理学に関する公開実験や真偽論争などの一連の騒動は日本で一時の催眠術ブームになったという。

 問題の千里眼は試験物のすり替え事件により、真偽が出せないまま終息し、話題性だけが一人歩きしたものだと落ち着いた。

 

 魔眼という単語が生まれたのは平成からで、当時からして見れば異常者と間違えられもおかしくないだろう。

 

 とはいえ、そんな大層なものを得たつもりはない。

 

「その顔だと、半々といった所ですかね」

「死んだ後に取り出すのはいいが、頭部を砕くとかやめろよな」

 

 見崎は「心外ですよ」と言わばかりに、頬を膨らませて、答える。

 

「そんな手荒な真似はしませんよ。それにしても、小太郎さんはよく耐えてらっしゃる。魔眼は人を狂わす、たとえ、能力の有無でも人一人殺すことはできますし」

 

「俺だって、そいつらと変わらないよ。使いたい衝動だって、死にたくないという心情だけで使っただけだし。君に褒められるほどじゃないよ」

 

「ふふっふ、やっぱり小太郎さんは面白い方です。今まで会った人たちは早く手放したい方と奪われると危惧して襲いかかってきた方だけでしたから。だから、とても新鮮です」

 

「なら、こっちも褒め言葉として受け取るよ。新鮮でなりよりだ」

 

「えぇ本当に。もし可能なら小太郎さんとは違う状況で会いたかったです。そうすれば、もっと違う関係になれていたかも知れません」

 

「そうだな。君とは友達よりは悪友の仲になっていたかもな」

「……」

 

 見崎は無言だった。

 彼女の目つきはわからない子供を諭すような、暖かさ眼差しである。けれど、どうもそれ以外にも呆れを含んでいるようで居心地が悪い。

 

「どうしただよ。いきなり黙って」

「ふふっふ。小太郎さんって人から、朴念仁って言われたことありません?」

「っ、おい」 

 

【八時になりました。本日の面会時間は八時をもって終了した。皆さまのご協力をお願いします】

 

 小太郎の発言に被さるように面会終了のアナウンスが流れた。なんだか、悪意ある横槍を入れられたようで、腑に落ちない。

 

 もう一度言うべきか、と悩んでいると、見崎は先んじていった。

 

「今日はお開きですね。朴念仁かどうか明日までに考えておいてください」

 

「考えるまでもない。看護師から言葉だけは達者ね、と噂されるこの俺が朴念仁であるわけないだろ」

 

「ふふっふ、それは小太郎さん個人の意見では。まぁ、明日まで待ちますから面白い意見が出るといいですね」

 

 そういうと見崎は小悪魔ごとくニヤリと微笑むと、病室を出て行った。

 

 無意識だったが、名残惜しいように見崎の背を追っていた。見崎に会ってから生きたいと願うようになった。その願いが絶対に不可能だとわかっていても、考えてしまう。

 

「…………ほんと、なんなんだよ」

 

 高ぶる鼓動を押さえるように吐息する。

 小太郎にしても、このような希望を抱くのは始めてだと言わざるを得なかった。

 

 2

 

 小太郎が見崎と出会ったのは半年前。

 

 ちょうど窓辺から桜並みが見える時期で、新人の看護師がちらほらと見かける頃だ。

 

 一言に彼女はこの世の者とは思えないほど絶世の美女だった。病院内でも彼女の存在は有名で、遠目で見たことがあるが、自ら話かけるような度胸はなく、ただ生まれる星が異なる存在であると思わされていた。

 

 小太郎は朝食トレーを返却して、読書をしようと考えたていたら、窓辺を眺めていた彼女に声をかけられた。

 

「お兄さんって、いつも読書していますけど、他にやりたいことがないんですか」

 

 少女の年齢は中学生くらいだろうか。細見で小太郎よりも一頭身低いが、目上の人に対して物怖じしなく、堂々している。そして何よりも、金髪と真紅の瞳の容姿は印象的で、小太郎には目の毒だった。

 

 話しかけてきたので、答えなくてはいけないが、考えてもそれらしい答えが思いつかなかったので、ふと浮かんだ言葉を口にした。

 

「まぁな。人生なんてそんなもんだろ」

 

「お兄さん、そんな体たらくな発言はよくないですよ。人様の人生を動向言うつもりはないですけど、命をぞんざいに扱ってはいけません」

 

 少女はそう言いながら、手元のスマホを操作して『人生の楽しい生き方』という電子書籍を寄越す。評価欄は星二つと明記され、コメント欄には支離滅裂な感想が書かれていた。

 

「……これは酷いな」

「酷いなんてもんじゃ評価しきれませんけど、面白いですよ」

 

 と、少女は笑ってみせた。

 

 このとき、変なやつだと感じた。肉体面では小太郎の方が目上だと思うが、少女の出で立ちは子供とは思えないほど異質だった。

 

「気が向いたら読んどくよ。でも、人生は人それぞれだから否定するつもりはないぞ」

 

 やりたいことがないとは言わないが、納得して死ねるなんて微塵も思っていないし、もし納得して死ねても小太郎はそれでいいと思っている。

 

 人生なんて、自分次第で適当だ。

 

「まぁ、それはそれで面白そうですけど」

 

 小太郎の言葉に満足したのか、少女はそう呟くと笑みを溢した。

 

「で、俺に要件があるように感じるのは気のせいか」

 

「わかるんですか。私が何しに来たか?」

 

「わかるよ。君からは明確な動機を感じるし、そういった輩に限って、いい意味で目立つからな」

 

「なるほど。なら、その魔眼についても理解できているんですか」

 

「あぁ、噂程度には。でも、正直わからないよ。君と会って、この魔眼にも人並みには価値があっただな、って思ったぐらいだし」

 

「ふむ。動揺しないんですね。失礼ですけど、私が略奪すると思わなかったんですか?」

 

「別に。略奪するなら、普通に話しかけないだろ」

 

「そうですけど。その言い方だと襲われることを覚悟しているように聞こえるんですけど」

 

「……そうかもな。死を知っているから」

 

 小太郎が自身の死を視たのは十二歳の夏頃だ。

 

 その際に瞳の違和感に気付いたが、それ以前に思っていたよりもあっけなく死ぬ自分に呆然とした。

 

 もちろん、悲しかったという気持ちもある。

 

 今視た未来が現実になるとは限らないし、死を回避する方法だって探せばあるかもしれない。

 だけど、ふと思い返してみると、今まで何のために生きてきたのだろうと思った。

 

 その瞬間、胸の中でうずいている心の渇きを実感した。今まで知らなったが、常に隣り合わせで居座ってる感覚だ。

 

 両親がいない現実。不自由のない生活。

 

 総合的に見る不幸であるが、金がある分、小太郎は恵まれている。なので、好きなものを自由に買えた。だから、気付かなかった。

 

 自分から一歩も歩き出すことはせず、ただ一人で閉じ籠っているだけで意識してこなかった。目の前の学生という肩書に甘んじて、学問に没頭してきた。

 

 せめて、両親に恥じない人生を送りたく、様々な語学を学び、親戚に迷惑をかけないと、自分に責務を縛りつけてこれが生きると言い聞かせてきた。

 

 でも、違った。

 

 そこには何もなく、単なる自分にかけた呪い。

 

 生きる、という意味。

 

 意味なんてなくて生きていいというが、意味がないと生きられない人だっている。

 

 未来で視た自分は今の生きる、をそのままにした自分。

 

 死を素直に受け入れた世界。

 

 けれど、ようやく自分自身に気付けた。生きるために必死にもがいていいと。たとえ、死を回避できなくても、意味はある。

 

 でも、それと同時になんとなく理解できてしまった。

 

 絶対、死は回避できないと。

 

「何もしなかったわけじゃないよ。金だけあったから」

 

 小太郎は自虐的に言うも、少女は目を閉じて、黙って聞いていた。

 

 少女は悲しい表情で呟く。

 

「それでも自分の死は変えられなかったんですね」

 

「別に後悔はなかったよ。逆に神の啓示だと思っているくらいだから」

 

「そんなこと言えるのはお兄さんぐらいですよ」

 

 少女の正体は分かりきっているが、小太郎は敢えて聞く。

 

「君は魔眼蒐集家だね」

 

「はい、率直にあなたの魔眼を貰い来ました」

 

「……本当に率直だな」

 

「今さら、隠す方が可笑しいでしょう。私は魔眼蒐集家の見崎唯奈と言います。建前として、魔眼を素直に渡してくれるのなら、悪用しないことを約束します」

 

「どの口が言うだよ。今まで一番噓くさいぞ。嘘をつくなら、もちょっと現実的な話をしてくれ」

 

「失敬な。これは私の本音です。だからください」

 

「無理だ」

 

 小太郎は見崎の提案を秒速で断る。

 断られた見崎は不満げに苦笑するも、仕返しとばかりに言い返す。

 

「たしか、一○五室に入院しているんですよね。見た限り親以外でお見舞いに来る人がいなさそうなので、お兄さんが死むまで私がお見舞いに行って上げます」

 

「別に来なくいいよ。看護師に変な噂を囁かれるのはいやだし」

 

「へぇー。なら、なおさら行った方がいいですね」

 

「……なんでそこまで来ようとする? 俺と君とじゃ、何にも関係ないだろう」

 

「何を言っているんですか。関係ならできました。本を紹介する仲」

 

「……」

 

「なんですか。その納得していない不満な表情」

 

「当たり前だろ。俺にメリットがない」

 

「美少女と噂になって看護師に噂されるというメリットがあります」

 

「それはデメリットだ」

 

「何がデメリットですか。世にも珍しい美少女と噂になるんですよ。大抵の人はお金を払ってでもなろうとするのに」

 

「興味がないから」

 

 見崎は「へぇ」と呟きながら、底冷えする笑みを向けた。

 

「要するに私に魅力がないといっているのですか」

「そうとはいっていない」

「そこは否定しないんですね」

「当たり前だろ。俺は正直者でこの病院で有名だ」

 

「ふふっふ。初めて聞きましたけど。でも、そんなに嫌ですか。来られるのが」

 

「嫌だね。最後の一息まで自分のために生きたいと思うのは当然だろ」

 

 人の考えにとやかく言うのはお門違いだ。

 

 環境や状況で人の考え方は変わる。

 

 意思的に変えたわけではなく、そうせざる負えない立場に陥ったからだ。殺人鬼は生まれながらに人殺しでないように、人は影響されやすく変わりやすい。

 

 だから、考え方を否定するってことは「お前の人生はダメだった」と言うのと等しかった。

 

 意図を汲み取ったのか、見崎は澄ました表情で相槌を打った。

 

「まぁ、考えた方として別に間違っていないので否定しません。が、あなたの場合、それは照れ隠しと捉えた方が正しいと思うんですけど。ていか、率直に悲しくないですか。身内すら知らないまま死ぬのは」

 

「……別に」

 

 見崎は呆れ顔でいう。

 

「はぁー。あなたって本当に自分の幸せが理解できない人なんですね」

 

「そんなわけないだろ。今の間は喉につばが詰まって」

 

「もういいですよ。お見舞いに行くのは確定事項なので、あなたに拒否権はないです」

 

「おい」

 

 勝手に決めるな、と小太郎は内心で思ったものも、言葉を口にする前に見崎は颯爽と立ち去っていった。

 

 それからも週一で顔を出し暇さえあれば与太話を話して、読書の時間を潰す、小太郎の天敵と言っていい間柄になった。

 

 4

 

 翌日。

 

 週一の診察を終えた小太郎は遅い朝食を取っていた。いつもならこの後、見崎に邪魔されるか読書するのかのどっちかだが、今日はそういう気分ではなかった。

 

 今日の診察で、担当医師から予定より病状が早いと伝えられた。

 

 病気の名前は特発性拡張型心筋症。

 

 心臓がどんどん大きく薄くなる病気だ。動悸や呼吸困難といった症状があり、指定難病に登録されている。日本における心移植適応例は八十%を超え、慢性進行があるので、心移植以外に助かる道はなかった。

 

 今月に入って、胸がドキドキと鼓動し、圧迫されるような息苦しさが多々ある。

 

 これが症状の表れなのは一目瞭然だが、死を実感でき安堵する自分の姿もある。

 

 自殺をしたい気持ち、もう生き疲れた気持ち、どれも人として正しい感情の一部だ。

 否定なってできるわけがない、人の社会にでれば誰もが思う本当に大切な感覚だから。

 

 けれど、生きたいという気持ちもほんのりある。一人で死のうとしていた時とは違う、見崎と話すことで生まれた希望であり願望のかけら。

 

 死が迫っているのに生きたい、それが自覚できた瞬間涙があふれた。

 

 小太郎にもわからない。

 

 どんな顔で泣いているのか、悲しい表情なのか嬉しい表情なのか。

 

 でも、感情を表に出そうとするたび、涙が流れる。

 

 生きたいという気持ちを抱いたのに、死ぬまでもう時間がない。

 

 こんな病弱な身体で生まれた自分を恨みたい、叶わないと自覚していても、たった無数の可能性を信じてしまう。

 

 見崎に出会っていなければ、こんな混沌とした気持ちを抱くことはなかっただろう。でも知ってしまった後ではもう手遅れに等しい。

 

 小太郎は腫れぼったい瞳をシーツで拭い、誰もいない病室で子供のように泣いた。

 

 どれだけ泣いたのか、わからない。

 

 そのまま寝落ちして、子供の癇癪だったが、吐き出したことで随分と気持ちが楽なった。

 

 小太郎が目覚めて数分後、ドアがノックされた。

 

 慌てて濡れている箇所のシーツを隠すが、数秒で隠せたのはほんの一部だ。瞼が腫れぼったいし、少し充血した眼から泣いていたのがまるわかりだ。

 

 看護師であるといいな、という淡い希望は一瞬で崩れた。

 

「どうしたんですか、その瞳。もしかして泣いていました?」

「……っ、違う」

 

 見崎の匂いが鼻腔をくすぐる。

 それに、息の音が聞こえるくらい近い。

 

「いや、どう見ても泣いましたよね。今、答える間に変な間がありましたから。別に泣くのは恥ずかしいことじゃないですよ。男泣き、という言葉があるように男だって何千回だって泣いていいわけで……もしもし小太郎さん、聞いています」

 

「あっあ」

 

 小太郎は素っ気なく呟く。でも。

 

「……どうして、笑って泣いているんですか」

 

 見崎に言われるまで自分がどのような表情なのか、わからなかった。

 

 いつもなら表立って感情を出すことはないのだが、見崎の姿を見た瞬間猛烈に込み上げてくるものがあった。

 

「……ホントなんなんだろうな、自分でもわからないよ」

 

 そういうと小太郎は苦笑いを浮かべる。無理やり作り笑いをしたせいで若干ぎこちない。

 

「ほんと、いまさらですね」

 

 見崎は近づくと、両手を小太郎の頬に当てた。先ほどまで屋外にいたせいで、少し冷たいが、生きていると実感できるくらい力強い手のひらだ。

 

 女性の手は思えないほど堅く、至る所に生傷が見受けられる。でも、今はそんなこと気にならなかった。

 

 見崎の瞳が正面にあったから。

 

「小太郎さん、それが生きたいという気持ちです」

「……」

 

 小太郎は無言で頷いた。

 

 いや、頷くしかできなかった。

 先ほどまで波打っていた感情の嵐は消え、見崎の瞳から逃れられなかった。

 

「まぁ、今の小太郎さんのことでし、生きたいけど死は近づいているということで、思わず泣いてしまったんでしょう。どうせ、そんなことで泣く自分自身の感情にすら戸惑いを感じ迷っているですね。ホントに、面倒な性格です」

 

 見崎は淡々と小太郎の現状を告げた。

 

 ここまで的確に言われると、逆に清々しいくらいに開き直れる。わかっても貰えるとは微塵も思っていなかった。

 

 でもこうもはっきり言われるとムカつくどころか、安堵する気持ちの方が大きい。

 だから、小太郎は安心して死ねると思った。

 

 見崎がいる限り死ぬ時まで悲しくないだろう。

 

 死が怖いのは消えないが、死ぬのに怯えて生きていくよりは何十倍もいい。

 

 たったそれだけなのだ。

 

 深く考える必要なんて何もなかった。

 

「少し、気が楽になった」

 

「……急にどうしたんですか。吹っ切れたような顔つきですけど、面倒な人なのはかわらないんですからね」

 

「年下に言われると、ぐうの音もないな」

 

「まぁ、先ほどよりは顔つきが良くなったので安心です。でも、ただで貰うのは私の流儀に反するので、今言っちゃいますね」

 

「……何のことだ」

 

「小太郎さん。あなたがやりたいことは何ですか」

 

「……はぃ?」

 

 小太郎は呆ける。

 

「何ですか、そのアホ顔?」

 

「アホ顔は言い過ぎだろ。てっきり、奪うもんは奪って逃げる気だと思っていたんだが」

 

「私を何だと思っているんですか。嫌なら別にいいですが」

 

「……いや、一つだけ頼んでもいいか」

 

「えぇ、大丈夫です。でも、今になんて童貞を卒業したいなんて言わないでくださいね」

 

「そっちはそっちで未練がないわけでないが、もうろくに体が動かないから諦めているよ。だから、俺の頼みは、君しかできないことだ」

 

 そういって、小太郎は優しく微笑んだ。

 

 4

 

 柳小太郎の葬儀は数名で行われた。

 

 親戚とはほとんど疎遠だったのだろう。

 親戚の表情には憐れみがあるが、悲しんでいる様子は見受けられなかった。

 

 見崎は遠目で葬儀を見送り、彼が頼んだ日のことを思い出していた。

 

「小太郎さん。その頼みは私に対しての嫌がらせですか?」

 

「そんな意地悪でいったんじゃないよ」

 

「なら、どういった理由でこんな頼みを。ていか、頼みではないように思えるんですけど」

 

「答えになっているのかわからないが、君に思って貰いたい、と思ったから」

 

「なんですか。まるで告白じゃないですか」

 

「そうだな」

 

 そういうと、小太郎は笑みを溢した。

 

 その笑みは今までの中で一番自然で、死ぬ間際にいる人と思えないほど明るかった。

 

 見崎は回収した魔眼を見る。

 

 その魔眼はつい先日まで小太郎小太郎の視界であり、器官だったものだ。

 

 ──きみは、俺のことをずっと覚えてくれないか。

 

 最後に願われた小太郎の言葉を考えながら、見崎は魔眼を慎重にバックにしまい、次の取引者に向かった。

 

 面倒な人を憑かれてしまったなぁ、という彼女の声は、青空へと消えていった。

 


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