魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~ 作:唐揚ちきん
幕間 夕暮れの出会い
~双樹あやせ視点~
「ふーん。これが人間を魔女に変えるっていう……『
人差し指と親指の間に挟んだそれをしげしげと眺める。
見た目はグリーフシードに似ているけど、細かいデザインは結構違う。
なんていうか、グリーフシードが職人の手で造られた精巧な宝飾品なら、イーブルナッツは素人が趣味で造ったイミテーションみたいな感じがする。
「正確には魔女モドキ。まあ、男でもなるから俺は『魔物』って呼んでる。本物の魔女と違って人間としての意識を保持したまま、怪物になるから意思疎通もできる。どう、欲しくなってきたっしょ?」
ドラーゴと名乗った中学生くらいの黒髪の男子はイーブルナッツが二、三個入った小さなケースをちらつかせる。
自称・魔法少女の味方だそうだけど、どうにも胡散クサイ。
あすなろ市にやって来て早々、私は黒い竜の魔女に遭遇した。そうかと思えば、正体は魔力によって姿を変えた人間で、魔法少女相手にビジネスをしてるなんて意味が分からない。
信用できない以前に、魔法少女になって教えられた常識と現状があまりにも食い違っている。
だけど、これは私にとっては渡りに舟。
私がこの街に訪れた理由は、魔法少女の綺麗なソウルジェムを摘み取るため。
だから、私自身のソウルジェムもできるだけ濁らせたくない。
いざとなれば戦ってもいいけど、魔力を使わずに
「いくらで譲ってくれる?」
「金なら要らないぜ。俺は魔法少女の味方だからな。代わりと言っちゃなんだが、この街で魔法少女を狩ってる悪い魔法少女のグループにお灸を据えてほしいんだわ」
尋ねると、ドラーゴは人差し指を振って気障に答えた。
顔立ちが整っているおかげか、芝居がかった動作がとても映える。それでも滲んでいる胡散クサさは消し切れないけど。
ドラーゴがいうには、プレイアデス聖団という七人の魔法少女の集団がグリーフシードを独占するために、他の魔法少女を狩っているという事だった。
徒党を組んでいる魔法少女は珍しいが、魔女の発生率に対して魔法少女が多い街ならあり得ない話じゃない。
強い魔法少女は綺麗なソウルジェムをしているので、そういう意味では楽しみだけど、七人同時に相手にするのは流石に骨だ。
「いいよ。任せて。そういうのはスキだから」
「んじゃ、契約成立ってことで」
ケースを差し出した彼はそそくさと退散する。
契約をちゃんと履行するか監視したりするつもりはないらしい。
私的には都合がいいけど、もらうだけもらってこの街から去ったらどうする気なのかな?
プレアデス聖団以外の魔法少女を守るため、なんて言ってたけど、どこまで本気なのか怪しいところだ。
「ま、いいけどね」
どっち道、私は私の好きな事をするだけ。プレイアデス聖団のジェムを摘んだら、他の魔法少女に手を出してみるのもいい。
魔女の発生率が高い都市は限られている。ここを乗っ取って狩場にすれば、グリーフシード目当ての魔法少女が他の街からやって来るかもしれない。
まあ、今はとにかく、今夜の宿の他にこのイーブルナッツを使う人間を決めないと……。
私は夕暮れのあすなろ市を観光しながら、良さそうな下僕に相応しい人間を品定めする。
グルメスポットに書かれる事もあるこの街は、それなりに美味しそうなレストランやスイーツショップが立ち並んでいる。
こういうところを見ると、見滝原市よりこっちへ先に訪れたのは正解だったかも。
そんな風に面白いお店を回っていたけど、気に入りそうな人間はなかなか見つからない。
どうせなら歳の近い子がいいけど、女の子は魔法少女の可能性があるから一旦除外。
品定めするのは、男の子。
学校帰りの生徒たちが多い時刻を狙って来たっていうのに、琴線に触れる子は見当たらない。
あっちは、顔が地味。
そっちは、ファッションセンスがない。
こっちは、何か陰気っぽい。
ダメダメダメ。全然ダメ。どれもこれもピンと来ない。
悩んでいると頭の中で『ルカ』が話しかけてくる。
『あやせ。考えすぎてはいけません。別に恋人を選んでいる訳ではないでしょう。要は単なる従者探し、それほど外見に拘る意味はありません』
もう一人の私とも言えるルカの言葉は、多少なりとも理解できる。
でも、どうせアクセサリーを付けるなら綺麗な方が断然いいに決まってる。
不細工な手下なんて使ったら私のセンスが疑われちゃう。
『仕方のない子ですね、あやせは。でしたら私が選んで差し上げましょう』
「じゃあ、頼んだよ。ルカ」
『ええ。任せてください。あやせ』
するりと私たちの意識は反転する。
二つの人格が入れ替わり、ルカが表で私が裏に回った。
今度はルカが私の身体の主導権を握り、下僕探しを始める。
~双樹ルカ視点~
まったくあやせにも困りものだ。
あのドラーゴとかいう素性の知れぬ者から、簡単に不明瞭な道具を受領するとは……。
あの子には少し警戒心が足りな過ぎる。
『ちょっと~。聞こえてるんだけど。そういう小言はスキくないなぁ』
いえ。そういうところも可愛いとは思っていますとも。
あなたに足りないものはすべて私が補います。私たちは二人で一つの存在。
そういうと彼女は押し黙る。照れている様子だ。こういう素直な部分があやせの魅力だ。
もっとも欲望に素直過ぎるところが玉に瑕だが。
さて、さっさと従者を見繕いたいところではあるものの、後からあやせに文句を言われても面倒。
男のセンスがないと言われた日には腹立たしい事この上ないので、私も彼女に倣って、通りを歩く殿方を物色する。
正直に言えば、私はあやせと違い、イーブルナッツなどという小道具にはあまり期待はしていない。
プレイアデス聖団と名乗る魔法少女七名如き、私とあやせが力を合わせれば敵ではない。
要するに、全員を一度に相手にしなければいいだけの話。一人二人を奇襲して倒せば、さほど魔力を消費せずに摘み取れよう。
故にこれは、戯れ。せいぜい、目眩まし程度の効果があればいい。
夕暮れの小道を歩みながら、視線だけを這わせ、道行く人々を眺める。
平凡そのもの。下らない話を繰り広げる殿方たち。
総じて品がない。知性を感じない。
このあすなろ市で魔女という化け物が
自分が今どれだけ危険な場所に住んでいるか想像もできず、平穏が永久に続くと勘違いした愚か者たち。
視界に入れているだけで気分が悪くなる。
やはり殿方は好きになれない。私が好むのはやはり可愛げがあり、夢見る乙女のような、……そう正にあやせのような少女。
『ルカ……。私もルカみたいなカッコよくて頼りになる女の子スキだよ……』
ふふ。では両思いですね。
もう従者などどうでもよくなってきた、やはりこのイーブルナッツは使わなくても良いのではないか。
お互いに好意を向け合い、一周して最初の結論に戻ってしまった。
結局のところ、私たちは二人だけ完結した存在。余人など不要。
あやせ、やはり私たちに従者などいらないのでは……?
『あっ……ルカ!』
あやせが急に私の名を呼ぶ。彼女もまた私と同じ結論に達したよう……。
『いや、違くて。見つけたの! 気に入った子が! ほら、そこの裏路地から出てきた男の子!』
さらりと私の意見を否定して、彼女は頭の中で興奮したように叫ぶ。
あやせ……。今のは少し、傷付きましたよ……。
渋々とあやせが私の視界を通して見つけたという殿方を探した。
私が立つ小道の脇にある裏路地から現れたのは銀髪センター分けの高校生くらいの少年。
表情は乏しく、何を考えているのか読み取れないが、顔立ちは悪くはない。
ただ、彼には目を引く美しい碧眼を持っていた。
あやせが興味を引かれたのは恐らくそこだろう。
『ね? ね? 綺麗でしょ。あの瞳……まるで』
サファイアのよう、ですか?
『そう! やっぱり、ルカには以心伝心だね!』
本当にあやせは光り物に弱い。
私としては、従者など戦力として期待していないからいいものの、とても覇気は感じられない殿方だ。
制服の襟首から覗く肌は男性とは思えないほど白い。決して細くはないが、私にはモヤシを彷彿とさせた。
銀髪碧眼の少年は携帯電話で誰かと通話しながら、移動している。
魔法少女の強化された聴覚はその小さな声の会話を正確に捉えた。
『
「久しぶりに叔父さんに顔を出すように言われたから」
『楽しみだなぁ。見滝原市って結構ゲーセンとかあるし、遊ぶ場所には困らないよ。僕、案内するから一緒に行こうよ!』
「……ねえ、
『気を遣ってなんかいないよ。僕が従兄さんと遊びたいからだよ』
電話の向こうの相手は会話から察するに、彼の従兄弟のようだった。
従兄弟の方は彼を慕っている様子だが、対して彼は淡泊だ。冷たいというより、距離の取り方を測りかねているように聞こえた。
「僕はまともな人間じゃない。それはお前だって知ってるはずだ」
『……別にあれは従兄さんのせいじゃないよ。正当防衛だって警察も言ってたし、何より僕を護ろうとして……』
「でも、僕は何も感じなかった。罪悪感も後悔も何もなかった。まともな人間なら感じるべき感情を僕は何一つ感じない」
『だって、それは……』
「僕は異常者なんだよ、珠貴。叔母さんだって本当は僕を家に呼ぶの反対してる。知ってるだろう?」
『………………』
「顔は出す。でも、付き纏うな。僕と必要以上に関わろうとするな。お前は普通なんだから。そのまま普通でいろ」
通話を半ば一方的に切った銀髪碧眼の少年は私の方へ視線を向けた。
人形じみた無表情の顔が二秒ほど私を見つめ、何事もなかったように通り過ぎようとする。
私は初めて、彼に興味を引かれた。
彼の前にすっと回り込んで、顔を覗き込む。
「初めまして。お兄さん。少しお時間宜しいですか?」
「…………」
無言で私を避けるように歩き始める。
完全な無視。視線すら寄こそうとしないのは恐れ入った。
しかし、それで諦める私ではない。
去り行く背中に声を掛ける。
「お兄さん……あなた、人を殺した事がありますよね?」
彼の足が止まった。
これは憶測だったが自信はあった。盗み聞きした通話の内容では直接的な表現は避けられていたが、それでも読み取るのは難しくない。
彼が纏う特異な雰囲気とその発言の節々から不穏な単語から想像するのは簡単だった。
振り向かず、答えもしない。だからこそ、それがかえって肯定を意味していた。
「だから何?」
振り返った彼の表情は相変わらずの無表情。
凍結した池のような彼の冷たい無表情に私は得も言われぬ感情を懐く。
負い目も、怒りも、悲しみも、悦びさえない。無の極致。
……ああ、美しい。
「いえ。ただ私はあなたのような人間の手を借して頂きたいのです」
彼は何も答えず、少しの間無言だった。
急にこんな事を言われれば、発言者が誰であれ、返答に困るのは無理もない。
されど、彼は意外にもあっさりと答えた。
「……いいよ。何をしてほしいの?」
名前も知らぬ不躾な小娘の頼みを平然と受け入れようとしている。
なるほど。これは破綻者だ。
断れないのでも、私に興味がある訳でもなく、ただ頼まれたから応じる。
この男の精神性が一つの歪な芸術作品のようだ。
ますます以って、欲しくなる。
「あなたに……化け物になってほしいのです」
「そう。いいよ」
「何故とか、どういう意味と尋ねないのですか? 何かの比喩や冗談かと問わないのですか?」
男は鉄面皮を崩さず、平坦な口調で答えた。
「どっちでもいい。嘘や冗談でもいいし、言葉通りの意味でもいい。僕には興味はない」
久しく感じていなかった愉快な感情が私の中で浮かび上がる。
はしたないと思いつつも口元が綻んだ。
「ふふ。おかしな殿方ですね。お名前を伺っても?」
「中沢……。中沢アレクセイ」
夕日の光を反射して銀色の髪が宝石のように輝く。
風がそよぎ、金色にも、オレンジ色にも変わる彼の髪と影になった顔の中で静かに見える碧い瞳。
あやせの気持ちがよく理解できる。
確かに、これは美しい……。
魔法少女だけでもなかなか書き切れないのに新キャラを登場させました。
どこかのだれかの従兄弟です。