双葉商事で働く、漢・野原ひろし。35歳。

彼はある日突然、アメリカへの出張を命じられた。

一ヵ月で終わるただの出張だと思っていたが、やがて、野原ひろしはとんでもなく大きな運命のうねりに関わる事になる。

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クレヨンしんちゃん 漢・野原ひろしの『ストーンオーシャン脱出記』

 

 

 

「野原クン、君、アメリカに出張ね」

「えっ―――?」

 

 

 

 

 俺、野原ひろし。

 双葉商事の営業第2課係長としてバリバリ働く、35歳の男。

 

 愛する妻のみさえ、息子のしんのすけ、娘のひまわりと春日部の一角で過ごしていた……んだが。

 

 

 

「え~~~っ!? アメリカに出張?!」

「そおなんだよぉ~っ。今日突然言われちゃってさぁ、明日の朝の飛行機で向こうに行ってくれって」

「ちょっと突然すぎるわよ、しんのすけ達もまだ小さいのに! 家のローンとかも!」

 

 コップに入った発泡酒で喉を潤わしながら、妻のみさえに愚痴るように話す。

 いくら大事な出張だと説明されても、外国へ明日に出発と言われてはいそーですかって納得できるかってんだ。…………納得はできなくとも、頷かなきゃいけないのがサラリーマンの辛い所だぜ。

 

 

 みさえの心配そうな顔を横目に、優しい声色で言葉を返す。

 

「まぁアメリカへの出張と言っても、ほんの一ヵ月だからな。単身赴任でちゃっちゃと終わらせて、すぐに帰ってくるさ!」

「本当に大丈夫……? 海外でトラブルに巻き込まれたりとか、病気になったりとか」

「大丈夫だって」

 

 

 未だに心配するみさえを宥めていると、何処から見つけて来たのか、『アメリカ旅行』と書かれた雑誌を持ったしんのすけがパタパタと走って来た。

 

「父ちゃん父ちゃん! アメリカに出張ってホント!?」

「ホントだぞ」

「おらも連れてって、おらも連れてって! おアメリカには、綺麗なおねーさんが集まるビーチがたくさんあるんだゾ!」

 

 そう言ってしんのすけが雑誌を机の上に置き、しおりの挟まれたページを開く。

 そこには、布面積の小さいビキニを着た肢体豊かな女性が幾人も歩く浜辺の写真が載ってあった。しんのすけと同時に鼻を膨らませる。

 

「ほ~、これはなかなか……」

「あんた達……変なモン見てんじゃないわよ!!」

 

 

 

 

 

                 

 

 

                 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みさえの拳がしんのすけと俺の頭頂部に叩き込まれ、大きなたんこぶを作りながら床に倒れ込む。

 その時、ハイハイでリビングに姿を現すひまわり。机から床に落ちた雑誌と、地面に倒れ伏す俺達を見て、汚物を見るような表情を浮かべた。

 

「たーや、ぺっ!」

 

 男2人に唾を吐き、キッチンの方に向かったみさえを追いかけるひまわり。

 

 

 しんのすけと俺は同時に顔だけ動かし、たんこぶを生やしたまま視線を交錯させる。

 目の前の庇護するべき五歳児、しかし頼れる息子に、真面目な声色で言葉を放った。

 

「なぁしんのすけ。俺が出張に行ってる間、みさえとひまわりを頼んだぞ」

「フー、ラジャー! 父ちゃんがおアメリカに行ってる間、おらがしっかり母ちゃんとひまわりをお守りするゾ!」

「サンキュー、しんのすけ。お土産たっぷり買ってくるからな、期待してろよ~!」

 

 

 男同士の約束を交わした俺達は、そっと拳をぶつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ハッ!」

 

 ビクンと体が跳ね、まどろみの中から意識を掬い取る。

 寝ぼけ眼のまま辺りを見回す。いつも着ているスーツ。車の後部座席。窓の外に広がる、明らかに日本ではない景色。

 

 

 そこで思い出す。

 既に俺はアメリカに到着しており、通訳兼運転手の方の車に乗っていたのだと。先ほどの家族との会話は先日の記憶を夢の中でなぞっていただけだと。

 

 焦りで一気に意識が覚醒し、ルームミラー越しにこちらを見る運転手の方に慌てて頭を下げる。

 

「お目覚めになりましたか、ミスター野原」

「す、すみません……まさか寝てしまうなんて」

「ハハハ、大丈夫ですよ。日本とアメリカの時差ボケは慣れないとキツイでしょうから」

 

 事前にコーヒーを飲んだり、カフェイン入りのガムを噛んで眠気対策はしていたつもりだったのだが、効果はなかったらしい。

 しかし少し睡眠を取った事で、頭は靄が消えたようにしゃっきりと爽やかだ。

 

 太ももの上で抱えていたビジネスバッグを開き、先日配られた書類を再度確認する。

 

 俺はこれから、アメリカフロリダ州にあるSPW財団の支部に行くらしい。

 しかし……SPW財団と言えば世界に名をとどろかす巨大財団である。働いてるのも世界中から集まった選りすぐりのエリートだ。双葉商事の一課長の俺が一体どんな仕事をするのだろうか……。

 

 

「不思議そうな顔ですね、ミスター野原」

「え? ああ、いや、その……」

「そちらの書類には書いていませんが、貴方には大事な仕事が御頼みしたいのです」

「大事な仕事……?」

 

 運転手の男が、足元から二枚の書類を取り出す。

 右上には『Secret』と赤いハンコが大きく押されていた。

 

 

 

「野原ひろし―――35歳ッ! 今まで家族と共に、数多くの難事件に巻き込まれながらも、その全てを解決して生き残って来た優秀な貴方にッ!!

 

 この()()()の助力をして頂きたいのですッ!!!」

 

 

 渡された二枚の書類。

 一枚目には、今までしんのすけ達やしんのすけの友達と解決してきた数々の難事件が羅列されていた。

 

 そして二枚目には。

 

 

()()()()()()()()()……?」

 

 目鼻立ちの整った気の強そうな女性と、様々なパイプや管に繋がれた長身の男の写真が載っていた。

 英語で文字が書かれているため、正確に何が書いているかは分からないが、『life danger』という物騒な文字だけは読み取る事が出来た。

 

 

 

「ミスター野原ッ! 貴方がそのお方々に力を貸し、無事に目的を達成できたならばッ!! SPW財団は貴方に1()0()0()0()()()()を褒賞としてお渡しする準備があるッッ!!!」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺はそんな話全く聞いてないぞ! 普通のサラリーマンに一体何をどうしろって言うんだ!」

 

「いいや貴方は既に普通ではない……その傷を受け、未だに平然としているのがその証拠ッ!!」

 

 

 運転手がルームミラーを右手で握り、ガッ!と角度を変えた。

 角度が変わったことでミラーに移る物が一気に変化する。運転手の焦ったような瞳から、俺の顔へと。

 

 

「なっ……なんだよこれ!?」

「事後報告で申し訳ない……先ほど眠っていた間に、これで傷を付けさせてもらったッ!!」

 

 運転手が取り出したのは、分厚いプラスチックケースに入った小さな石の欠片。しかし先端が鋭くとがっており、人の柔肌を一部切り裂くくらいなら何の問題もない代物。

 恐らくそれで付けられたであろう傷が、左目の下に薄く走っていた。

 

 しかもただの傷ではない。

 傷の周辺がボコボコと蠢き、開いた傷を埋めようと一人でに動いている。明らかに普通の傷跡ではない。異常な毒でも突っ込まれたようだ。

 

 

「ふ……ふざけんな! 何が1000万ドルだ、俺を家に帰らせてくれ!」

「悪いがもう後戻りはできない……。空条承太郎、このお方のDISCを取り戻さなければ貴方を返すことは出来ないッッ!!」

 

 

 明らかにこの男はおかしい。人が寝てる間に傷を付けるのだってそうだ。

 とても付き合ってられない。空条承太郎とか、1000万ドルとか、そんなの関係ない。無事に家族の元に帰りたいんだ。

 

 何とか車から脱出してやろうと車の取っ手に手を掛けた―――瞬間。

 

 

「ハッ! だ、誰かが―――()()()が車の外にいるぞォォ――ッ!!!」

 

 

 野原ひろしは発見した。

 車の外に浮かぶ、奇妙な姿をした人型の何か。それが明らかな敵意を持ってこちらに狙いを定めているのを。

 

 

「むッ!!」

 

 運転手は横の窓から外を見る。が、そのおかしな人型が()()()()()()かのように素っ頓狂な方向を向いていた。

 俺はその人型の何かが車の側面に張り付き、車の下の方に拳を振りかぶっているのを見て気付く。

 

「た、()()()だ! ()()()を狙ってるッ!」

「来たか―――ミスター野原、シートベルトをッ!!」

 

 彼がそう言った瞬間、パンッ!と大きな音が鳴り、車が勢いよく吹っ飛んだ。急な速度でタイヤが壊れたことによる横転だろう。

 車が何度も転がるのをシートベルトを掴んで必死に耐え、やがて車が車体を地面にこすりつけるような音と共に停止する。

 

 

「うっ、く……」

 

 全身が痛い。幸いに流血はしていないが、それでも下手に動くことは出来ない怪我だ。

 車は完全に上下がひっくり返っているようで、シートベルトを外した瞬間、天井にべちゃりと落ちた。そのままドアを開け、ずりずりと這いずるように車の外へ出る。

 

「み、みさえ……しんのすけ……ひまわり……」

「ミスター野原……貴方は、行かなくてはならない……!」

 

 地面を這いずる野原ひろしの前に、血だらけの運転手が姿を現した。

 その手には鈍く光るナイフを持っており、血走った眼で野原ひろしを見下ろしている。

 

「や、やめろ!」

「貴方が行く場所はG().()D().()s()t()()()()……! アメリカフロリダ州に位置する、空条徐倫のいる刑務所ッ!!」

「ふざけんな、俺は犯罪なんて犯していない! 刑務所になんて行かないぞ!!」

「分かっています……ミスター野原。

 

 だからこそ、この作戦は私の命で完結させるンだッッ!!!」

 

 

 運転手が野原ひろしの右手にナイフを握らせ、そのまま自身の胸の中央へと突き立てさせた。

 刃渡り15センチほどのナイフが根元まで完全に入っている。致命傷は免れない、確実に死ぬ。

 

 

「な、何やってんだアンタ!!」

「みッ、ミスター野原……! これで貴方は立派な殺人犯……、SPW財団の息が掛かった弁護士、検事、裁判官が明日にでも貴方をG.D.st刑務所に導く……!

 

 空条徐倫、空条承太郎のDISC、スタンド……! この言葉を覚えていて欲しい、頼む……」

 

「もういい喋るな! 本当に死んじまうぞ!」

 

 

 野原ひろしが必死にナイフの周りをハンカチで押さえ、血を止めようとする。

 だが適切な道具も方法も知らない彼に、こんな致命傷の応急手当をする技術はなかった。運転手は消えゆく命を振り絞り、口から血を吐きながら、ひろしの手を強く握った。

 

「ゴブっ、私個人のお願いだ、みっ、ミスター野原……! 空条承太郎は、私の家族の命の恩人!! DIOに血を吸われる寸前だった娘を救ってくれた御方!!」

「でぃ、DIO!? 何言ってんだよアンタ! いいから喋るなって!!」

「貴方には本当に悪いことをした……。しかし、空条承太郎を助けて欲しいのだ……。

 

 ミスター野原、貴方は希望……! 貴方には希望が宿っているッ!

 

 最良の結果を引き寄せて欲しい、空条承太郎、空条徐倫、その仲間達の誰も死なない、最良の未来を……ッ!!」

 

 

 

 そう言い残し、運転手の目から光が消えた。

 握っていた手から力が抜けるが、流れ落ちる血液には未だ体温の温かみが残っている。しかしいずれは冷めていくだろう。

 

 いつしかポツポツと雨が降り始め、遠くからパトカーのサイレン音が聞こえ始めた。

 

 

「一体、俺は何に巻き込まれたんだ……!?」

 

 

 野原ひろしは今までに感じたことのない大きなうねりを感じながら、空を見上げる。

 目に雨が入るのも厭わず、雲に浮かべるのは愛する家族達の顔。

 

 

「必ず、日本に帰ってやる……! みさえ、しんのすけ、ひまわり……!」

 

 

 ひっくり返った車の傍で、男は静かに決意を固めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~クレヨンしんちゃん 漢・野原ひろしの『ストーンオーシャン脱出記』~

 

 

 

 





整合性を気にしてはいけない
だって続かないのだから

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