推しの子と元刑事【本編完結】   作:足洗

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花盛り、一輪

 

 

「狙いは私って……どういうこと」

「そのまんまの意味だ。初めは今回の件を嗅ぎ回ってる己を尾けて脅しを掛けに来たものと思っていたが……さっきの娘っ子」

 

 ブレイド(仮)を制圧し、ゆっくり尋問に取り掛かろうとしている隙だらけの己を奇襲することなく、10メートル離れた場所でへたり込んでいた人畜無害な漫画家先生を手に掛けようとした。脅しではなく、あの凶悪な形状の刀で斬り付けようとしたのだ。

 

「見張られてたんだよ」

「私、が?」

「厳密にはアビコちゃんのマンションがだ。おそらくはあんたがあそこへ訪ねてくるのを待ってた。アビコちゃんに接触するのをな。そうでなければあんたは今日、己と合流する遥か以前に襲われていた筈だ」

「そんな……アビ子先生に関わった人間を手当たり次第襲ってるっていうの?」

「さて」

 

 それならば今頃、世間は『大人気漫画キャラに扮装した通り魔出没!』などという珍ニュースで大騒ぎだったろう。

 何らかの条件があるのだ。彼奴ら、あるいは彼奴らを遣わした何者かが企てる目的に合致するか、背くのか。その条件に基づき、襲う相手を選んでいる。

 

「舞台化を反故にさせる為、なんて解りやすい動機をすっかり真に受けちまってたが……どうも奴さんの目的は、それだけではないらしい」

「一体、どうして……」

「そいつを明らかにするのも重大事だが、差し当たり急務なのはこっちの方だ」

「こっち? というと……」

「あんたの護衛だよ」

 

 今しがた斬られかけたというのに鈍い反応だった。

 やはり自分が凶手から狙われる、などという異常事態そのものがぴんと来ていないと見える。無理もないが。

 丸い眼鏡の奥の目が同じほど丸くなる。

 

「私を!? そ、そんな大袈裟な」

「大袈裟なものか。あんたは危うく……」

 

 ────殺されかけたのだぞ

 

 吉祥寺先生は息を詰めて下を向く。両肩を抱いたのは無意識の行動だろう。遅れに遅れて女の心胆を侵す怯え、恐怖。

 己はその場に膝をつき、彼女と目線を合わせた。

 

「無論そんなことはさせん。俺が先生を守ろう」

「え……マシラくんが……? でも、でもそんなの危険よ。それこそ警察に任せるべきだと思う、私は……」

「それも手ではある。ただしその場合は警察が警護に人手を割くよう手配する尤もらしい理由を捏造せにゃならん。ありのまま起こったことを伝えても信用はされんだろう」

「……そうね。悪戯と思われるだけ、か」

「面目ない」

「ふふ、どうしてマシラくんが謝るの?」

「……」

 

 女は疲れた愛想笑いを浮かべた。

 己の失言を冗談と捉えたのだろう。そしてその冗談は彼女に大して受けなかった。彼女の不安を払う力がなかった。

 

「自慢じゃあねぇが俺ぁこういうことに慣れてる。昔から、厄介事を追っ払うのが大得意だった。ま、こぉんな線の細い小僧っ子では頼りないかもしれねぇが」

「貴方を『細い』の項目に分類しちゃうと、日本中の男性は小枝かナナフシと同列になっちゃうんだけど」

「そうかい? ってぇことはだ、小枝とナナフシよりかは幾分マシだと思っていただけてるんで? ははっ、そいつぁ重畳」

「もう! ふざけてる場合じゃないでしょう……!」

「ええ、仰る通り。真剣です」

 

 立ち上がり、吉祥寺先生に手を差し伸べる。

 反射的に伸ばされた細い手を引き上げ、正面に佇立した女を真っ直ぐ見下ろす。

 

「恐かったろう? 今夜は、もうあんたを一人にはしねぇよ」

「へっ」

 

 しゃっくりのような声を上げて彼女は固まった。天敵を前にして硬直する小動物を思わせる様だ。

 一時停止から復帰した吉祥寺先生は、目を泳がせ、唇を開閉し、額に手を当て、頻りに前髪を気にした。

 その間、握り合わせた手だけは片時も放さなかった。親にしがみ付く子供のように。

 

「あの、それって、つまり」

「ああ、悪いが今夜は先生の家に行かせてもらう」

「────」

「身辺を護衛するとなるとこうするのが最善だ。非常識なこと宣ってるってなぁわかるが、どうか辛抱してくれねぇか。万一の事態に備えるにも……先生?」

「────」

「先生? おーぅい先生」

「────ひゃいっ、ふ、不束者ですがっ、す、すす末永くよろしくお願いします」

「おう? そいつぁまた、ご丁寧に」

 

 油切れのブリキ人形のような挙動で直角にお辞儀をする先生に、己も一礼して応じる。

 マンション屋上で握手をしたまま頭を下げ合う男女が一組。珍奇な者共を月だけが煌々と嘲笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 急な呼び出しにもかかわらず、マンションの正面玄関には既に面子が揃っていた。

 

「こんばんは、吉祥寺先生。今回はとんだ目に遭われたようで」

「えと、は、はじめまして。黒川あかねです。護衛役の師匠……じゃなくて、マシラくんのサポート要員と思っていただければ。よろしくお願いします!」

「はじめまして! アクアの妹のルビーです! おじさん達が不甲斐ないので助っ人に来ました! あとあとあと今日あまの大大大ファンです好きですサインください!!」

 

 召喚した覚えのない牌も一枚何故か混じっていたが。

 アクア、あかね、そしてルビーちゃん。三人はご丁寧に横一列で己と先生の到着を待ち受けて、それぞれ挨拶やら自己紹介を終えた。

 まさか男一人で女性の独り住まいに押し掛ける訳にもいかず、かといってアクアだけ呼び寄せても障りは残る。

 あかねに助勢を頼むのは当然の配慮だった。まさかルビーちゃんまで付いて来るとは思わなんだが、姦しくなるならそれも悪くはあるまい。

 

「今晩はこの四人でお宅にお邪魔します。交代で寝ずの番を立てますので、どうか先生は安心して……」

「……」

「先生?」

 

 不意に先生は己の小指を握った。

 綺麗に整えられた爪が小指の第一関節に押し込まれる。というか刺さる。

 

「いでででででっ」

「どうぞよろしくお願いします」

 

 笑顔は開いた花弁のように美しいのに。

 己の小指にはくっきり深々と爪の痕が残った。

 

 

 

 

 

 

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