冬木の街の人形師   作:ペンギン3

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第11話 詠鳥庵へようこそ

 穂群原学園1年にはマドンナとか呼ばれてる奴が二人ほどいる。

 1人目は遠坂凛。

 成績優秀で人当たりも良く、そして何より美人だ。

 品の良さもあってか、各クラスで男女問わず大人気の人物である。

 ただし……あれは皮だけ厚い、化け猫だと私は確信してる。

 だってさ、時たまあいつ目が鋭くなったりするし、笑えば笑っているほど怖さが増していくんだもん。

 私が100円玉を落っことした遠坂が、素早くそれを拾ってほっとため息を付いているのを見て、「守銭奴か」って思わず呟いた時、あいつは笑っていたけど、殺すわよ?と言わんばかりの気迫を感じた。

 正直背筋が寒くなったね。

 だけれど何かゴージャスな気分にさせてくれる面白物件だから、私は豹の如く遠坂に狙いをつけてる。

 ついでにギャフンと言わせてみたかったりするけど、それは閑話休題と言う奴さ。

 あ、因みに遠坂と私は同じクラスね。

 

 

 さて2人目、アリス・マーガトロイド。

 コイツも中々独特の雰囲気を持ち合わせていやがる奴だ。

 外国人だって理由もあるかもだけれど、それだけじゃない妙な感じがする。

 それが何かって聞かれると、分かんないけど。

 だけど、こいつについてはあんまし知らない。

 クラスが違うのもあるけど、それ以前にあまり話を聞かない。

 遠坂と違って、そんなに社交的ではないらしいのだ。

 入学当時に、間桐とやりあったって話はちょっと笑ったけど。

 そんなマーガトロイド……もう長いからマガトロでいいや。

 マガトロは遠目から見ると、本当に人形のような奴で、生きてんのか?と思ってしまう。

 喋ってんだし、動いてるから生きてはいるんだろうけど。

 

 

 二人共、美人で成績優秀なところ以外、似ているところはないように見えるが、同じマドンナと呼ばれているのは、確固たる強烈な存在感があってのこと。

 何時かこいつらを降して、穂群原学園にこの私、蒔寺楓ここにあり!て知らしめてやりたい、穂群の黒豹の渾名と共に。

 

 まあ、そんなことはさて置いてだ。

 私が何故そんな話をしていたかなのだが。

 それには分かりやすい理由がある。

 

「えい、どり……あん?」

 

「エイドリアン言うなーー!!

 詠鳥庵(えいちょうあん)だ、ドアホォーーー!!!」

 

「あら、蒔寺さん。こんにちわ」

 

 私ん家を巫山戯た名前で呼んだ奴。

 今気が付いたように振り返り、何事もなかったかの様に挨拶しているツラの厚い美人。

 

「マガトロ……」

 

「は?マガトロ?何よそれ」

 

「あ、ヤベッ」

 

 意味不明そうに小首を傾げている、金髪のモロ外国産の美少女。

 マガトロこと、アリス・マーガトロイド。

 こいつが私の家の前に立っていたのだ。

 疑念に満ちた視線を浴びせられて私に出来たことは、同じく胡散臭いものを見るような視線を返すことだった。

 何でウチのところにいんだよお前!みたいな。

 背中の冷や汗が止まらなかったのは、まぁ、暑かったからだろう。

 決してビビっていたわけではない!

 

 

 

 

 

 最近の私は、一つばかりやりたいことがあった。

 それは日本に来てから、やりたくなったことである。

 

「はぁ?雛人形が作りたい?」

 

「えぇ、折角日本にいるんですもの。

 日本特有の人形を作ってみたくなったのよ」

 

 凛のまた訳の分からないことを、何て無礼な視線に晒されながら私は目的を話す。

 私は旅行に出かけるたびに、その国で着想を得た人形などを制作していたりする。

 フランス、イギリス、ロシア。

 それぞれの国を見て回り、帰国後に人形を制作したのだ。

 そして日本、今回は留学という形でやってきたので、十分に時間はある。

 なので取り立てて焦ってはいなかった。

 だから凝った雛人形を作ってみようと画策したのだ。

 

「でもね、手頃な雛人形が転がっていないのよ」

 

「そりゃね、後生必要な日以外は、大切に仕舞っておく物だもの」

 

「この家にはないの?」

 

 尋ねた私に、凛は何とも言えない複雑な表情を浮かべる。

 

「……雛祭りなんて、する暇なかったわよ」

 

 悲しい、でも寂しい、でもない表情。

 あえて例えるならば虚しい、であった。

 それも何かを思い出すように、どこかに思いを馳せながらである。

 

「そう、なら来年にでもしてみましょうか?」

 

「はぁ?どうしてそうなるのよ!」

 

「女の子のお祭りなんでしょ?なら参加しても罰は当たらないわよ」

 

 あの表情はきっと、届かないものに手が伸ばせないから浮かべていたもの。

 なら手が届くと教えてあげれば良いのだ。

 

「この年になって、恥ずかしくないの?」

 

「そうかしら、私はしてみたいけどね」

 

 別に乗らないならそれで良い。

 無理強いしてまで、敢行するものでないから。

 

「しょ、しょうがないわね。

 そこまで言うんだったら、やってあげるわよ」

 

 でも、ほら。

 ちゃんと乗ってきた。

 つまりはそういうこと。

 

「2人じゃ侘しいわ。

 他に誰か呼んでみる?」

 

「あら、あんたにそんな宛があるなんて知らなかったわ」

 

 冗談めかして笑う凛。

 だから私も冗談めかして対応しよう。

 

「じゃあ、桜に衛宮くんごと呼びましょうか」

 

 あの二人のことだ。

 雛祭りも、華やかな桃色に染めてくれるだろう

 そんな私の意図を持った一種のジョークに、凛は笑顔でなく動揺した顔で迎えてくれた。

 

「何よ、間桐の家の子は盟約で近付けてはいけないのよ」

 

「分かっているわ、冗談よ」

 

 普段は冗談が分かるはずの凛は、桜のことになると、それが通じなくなる。

 それほどに距離を置きたいのか。

 だがそれにしては、凛は桜のことを気にかけている。

 

 複雑だ。

 この糸は解けるのだろうか、解いてしまっても良いものだろうか。

 まだ、情報が足りない。

 

「そんなことより、アリス。

 あんたは雛人形が作りたいのよね?」

 

「その通りよ。

 何か宛があるの?」

 

 動揺を桜の話題から離れることで抑えた凛は、私の問いに思案する。

 そして、思いついたようにこういったのだ。

 

「雛人形じゃないけど、着物を扱っている店は知ってるわ」

 

 まずは形から入る場合もあるだろう。

 そうね、良いかもしれない。

 

「店の場所、教えてもらえるかしら?」

 

「その店はね、蒔寺さんって人の実家なのよ」

 

 あぁ、三人組で行動しているあの人か。

 騒ぎ立てるのが好きで、声がデカイからよく目立っていた人物。

 蒔寺楓、確か陸上部に入っていると聞いた覚えがある。

 

「で、そこの古っぽいけど、老舗感漂っている店がそれなのよ。大体分かった?」

 

「えぇ、ありがとう。

 では、行くことにするわ」

 

 凛は厄介者を追い払うがごとく、シッシと手を払う。

 それを特に気にもせずに、私もサッサと出かけてしまった。

 

 

 そして今現在。

 

 

 何だか、良く分からないことになっている。

 蒔寺さんと睨めっこ。

 どちらも笑わないのだから、永遠に終わりそうにない不毛感。

 そもそもマガトロとは何なのだろうか。

 様々な疑問や、困惑を感じずにはいられない。

 

「これ!お前ら、そこを退かんか!営業妨害だぞ!!

 ぶるぅあぁあぁあああああっ!!」

 

 それを打ち破ったのは第三者。

 恐らくはこの店の主人であろう人であった。

 

「っげ、オヤジ」

 

「何が、っげ、だ!

 この大馬鹿者がァ!」

 

 顔を顰めている蒔寺さんは首根っこを掴まれてグエッ、何て女の子にあるまじき呻き声を上げている。

 そして蒔寺さんのお父さんは、私も睨みつける。

 店先で騒いでいたというのは、蒔寺さんと同罪なのだから至極当然だろう。

 古くからの職人気質の人であろうし、大体の人には平等なはずだから。

 

「店先で騒いでしまい、申し訳ありませんでした」

 

 なので素直に謝ってしまおう。

 自分も悪いのは確定しているのだから、早めに頭を下げたほうが傷は浅くて済む。

 

「あぁ、気を付けろ、金髪の小娘」

 

 そのお陰か、あっさりと許してもらえた。

 そして私は即座に提案する。

 

「では申し訳ありませんが、お店を見学してもよろしいでしょうか?」

 

「何?」

 

 ギロっとした目で見られるが、私は構わずに続ける。

 

「和服というものがどんな服か、近くで見てみたかったんです」

 

 新しい人形を作るための和服。

 でも和服自体に興味はないかと問われれば、否である。

 着せる人形の服なのだ、きっちりと選定はしておきたい。

 

「……マイペースな奴だ」

 

 それだけ言うと、蒔寺さんを引っ張って彼は店に入ってしまった。

 恐らくは好きにしろ、ということだろう。

 そうでないのなら、明確に駄目だというタイプの人間であろうから。

 

「おじゃまします」

 

 一言いてから、店に入る。

 そして店の中身を見て、ほぅ、と感心する。

 品の良い調度品やら、丁寧に行き届いた掃除。

 そして購買欲を唆られるように配置された、艶やかな着物。

 計算され尽くしていて、正に芸術とも呼べる空間がそこにはあった。

 

「邪魔するなら帰れ」

 

 そして残念な娘が一人ばかり、その空間に紛れ込んでいた。

 

「蒔寺さん、他人の家に上がらせてもらう時はそう言うのが、日本の礼儀でしょう?」

 

「日本の礼儀ではあっても、私ん家の礼儀とは限らないだろう?」

 

「そうなの、日本人」

 

 屁理屈が得意なことだ。

 そして、ヘヘンと胸を逸らしている蒔寺さんに後ろから急速に迫るものがあった。

 店主の鉄拳である。

 

「ぎゃあぁ!?」

 

「馬鹿者が」

 

 容赦なく振り下ろされたそれ、戸惑いのなさに親の愛を感じさせる一撃だ。

 鉄拳により、蒔寺さんは前のめりに倒れることになる。

 その倒れた姿に、何故かヤムチャと言う単語が頭に過ぎった。

 意味は良く分からないけれど。

 

「痛い、痛い、ツングースカ大爆発と同じくらい痛いっ~!」

 

「楓、お前がこの娘に着物が何か教えてやれ」

 

 そして店主は、近くの椅子にドカッと座って動かなくなった。

 客がいつ来るかわからないから、そこで待機しておくつもりなのだろう。

 

「よろしくね、蒔寺さん」

 

 私が手を差し出して、転けていた蒔寺さんを起こす。

 立ち上がった彼女は、私を睨むようにしている。

 

「お前、三国志で軍師だったら、賈詡とかそんなんだな」

 

「あら、悪くないじゃないの?」

 

「能力は高いし、そつが無くて面白くないって話さ」

 

 結構な言われようである。

 

「なら貴女はどんな人物なの?」

 

 蒔寺さんは、自身をどう判断しているかは聞いて見たい。

 

「私?私は陳宮だな。

 穂群の陳宮、うん、何だか健気だ!」

 

 満足気に頷いている蒔寺さん。

 陳宮好きなのかしら?

 私としては審配、演技を入れていいのなら孟獲だと思うのだけれど。

 

「じゃあ、呂布は誰なんだろ……。

 うーん、遠坂とかかな?」

 

 でも楽しそうな蒔寺さんを邪魔するのは気が引けるし、何も言わないでおこう。

 

 因みに彼女の友達の氷室さんという人は郭図、もしくは朶思大王という印象がある。

 どうにも空回りしている雰囲気があるのだ。

 

「って、そんな事はどうでも良いんだよ!

 そんなことより、お前、どうして和服何かに興味を持ったんだ?」

 

 もう一人セットの三枝さんのことについて、考察してみようかと思っているところに疑問を投げられる。

 蒔寺さんの目は、明らかに似合わないと語っている。

 私も自分に和服が似合うとは思っていない。

 

「人形に着せてみたいのよ」

 

「は?人形?」

 

「そう、人形」

 

 私がそう言うと、彼女はやっぱり変なものを見る目で私を見てくる。

 

「えーと、要するに雛人形をリカちゃん人形にでもするのか?

 ガチのフランス人形に着せたりするんじゃないよな」

 

「勿論、雛人形よ。

 似合わないのに、無理に着せたら人形が可哀想でしょ?

 それと最初から手作りで、人形は作ってるわよ。

 市販のも嫌いじゃないけど、みんな持ってると考えるとどうしても、ね」

 

「独占欲の高い人形フェチ!?

 お前、やっぱり」

 

「待ちなさい」

 

 不名誉な称号は止してもらいたい。

 まるでそれでは、私が変態のようではないか。

 

「私は人形が大好きなだけよ。

 女子は大抵、人形とか好きでしょう?

 私はそれに輪をかけて、造詣が深いだけよ」

 

 引き気味の蒔寺さんに、強く警告するように私の在り方を伝える。

 女の子の嗜みに過ぎない人形好きに、ケチをつけられるのは納得がいかない。

 

 声を荒げた私に、蒔寺さんの意外そうな顔が向けられていた。

 それに気付くと、急に恥ずかしくなってくる。

 何を大人げなく怒っていたのだろうか。

 

「ごめんなさい」

 

「いや、気にしてないっつーか、意外に感じるわ」

 

 目が真ん丸になっている蒔寺さん。

 そんなに私が怒ったことがおかしく感じたのだろうか?

 

「お前、あんまり怒らなそう、ていうか感情的にならなさそう」

 

「私だって人間ですもの。

 怒りもするし、笑ったりもするわよ」

 

「そっか、そりゃそうだよな」

 

 あー、と蒔寺さんは手のひらをポン、と叩いて納得を示していた。

 

「お前、何考えてるかわからなくて不気味だったけど、少しくらいは分かったわ。

 取り敢えずは極度の人形好き、と」

 

 警戒されていたのは、そういう理由か。

 腹が全く見えない人間と、ずっと一緒に居られるかと言われればそれは否であろう。

 蒔寺さんは感情豊かであるから、信頼を勝ち取りやすかったりするんだろう。

 

「貴女は分かり易いわね」

 

「あ、今馬鹿にしなかったか?」

 

「むしろ褒めているのよ」

 

「え、マジか」

 

 うへへ、何て笑いを漏らしている蒔寺さんに店主が威圧するように視線を送っている。

 このままここに居ると、また鉄拳が飛んでくるだろう。

 

「蒔寺さん、奥の方でゆっくりお話とか出来ないかしら?」

 

「あ、そう言えば和服の構造とか知りたいんだっけ?

 オヤジ、奥へ連れてって良いか」

 

「あまり荒らすなよ」

 

「あいよ~」

 

「失礼します」

 

 起伏がない店主の声を背に、蒔寺さんに先導される形で奥に入らせてもらう。

 店の中は迷路のように通路があるが、彼女は迷う素振りもなく奥の方へと進んでいく。

 

「想像以上に広いものね」

 

「一応老舗だからな。

 ま、だから古くもあるんだけど」

 

 所々剥げていて年月を感じさせる木製の壁を、さらりと撫ぜた蒔寺さん。

 労わる様に優しく、今まで溜め込まれた記憶を慰撫するように。

 思い入れと愛おしさが籠った優しい手が、そこにあった。

 

「好きなのね、このお店」

 

「長年自分の家なんだ、嫌いな奴は嫌な思い出がある奴だけさ」

 

 つまりはこの家は相応の思い入れがあり、居心地が良いということ。

 一般人らしい愛着の持ち方だ。

 魔術師ならば、自らの住処が工房なので、このように安らぎを得られる空間を得られない。

 思い出は積もることはあっても、どうしても一線を引いてしまう。

 

「大事にしていることで」

 

「留学してくるほど身軽な奴には、分からんかね」

 

「さて、どうでしょうね」

 

 もし魔術師が工房を好きになるなら、それはきっと。

 衛宮君みたいな環境にある時だろう。

 誰も一人では、どんな家でも好きには成りきれない。

 

「よっし、ここだ!」

 

 通されたのは、広い居間だった。

 畳が広く敷かれていて、その馴染んだ匂いが充満していた。

 

「じゃあ、ここで少し待ってろ」

 

 慌ただしくその場を後にする蒔寺さん。

 下準備も色々必要なのが、服飾の世界。

 それなのに面倒くさがらずに用意してくれるとは、有難い話である。

 

 だけれど蒔寺さんが居なくなり、一人になったのを誤魔化すように、部屋をぐるっと見回す。

 この部屋には、中央に長テーブルが存在して、年月に晒されているのか古びている。

 だけれどよく手入れされていて、とても丁寧に使われているのが目に見えてわかる。

 テーブルの傷をなぞると、このテーブル、そして家の軌跡が感じられて感慨が湧いてくる。

 店先で見た着物の数々は、この家の歴史と共に成熟して来た物。

 先達が残した物を、私も触れられると思うと、気分が高揚するのを感じずにはいられない。

 

「色々と持ってきたぞ、泣いて感謝しろよ!」

 

「ありがとう。まずはそこからね」

 

 蒔寺さんが裁縫道具や布に加えて、巻かれている紙を幾つか持ってきてた。

 その紙は基礎となる設計図である型紙。

 それを見てから、肝心の和服の方に取り掛かろうというのだろう。

 ガワだけ作るのでは駄目、中身もしっかり整えろ。

 そういうことなのだろう。

 あと、泣くことはない。

 

「これが骨格だからな。

 ちゃんとした作りにするのに、これを疎かにすると絶対どっかで事故る。

 保証してやるよ」

 

 ここまで言うということは、過去にどっかで失敗した香りがする。

 折角教えてもらうのだから、蒔寺さんの面子は潰さないではおくが。

 

「お前、裁縫の経験は?」

 

「洋服なら作った経験はあるわ。

 でも主にやっていたのは、人形作りね」

 

 人形、のところで蒔寺さんがピクっと反応した。

 そしてやはりおかしなモノを見る目で、私を見るのだ。

 

「お前の目、服作る時のオヤジと一緒の目をしてるな」

 

「それは光栄とでも取ればいいのかしら?」

 

 要するに職人の目であろう。

 私としても人形作成時は心血を注いでいるので、その言葉はやはり褒められているのと同義であった。

 

「そうだけどさ、でも学生でその目はやっぱ変だ」

 

 うーん、と人差し指で、頭をコンコンと叩く蒔寺さん。

 どうにも彼女は鋭いところがある。

 天性の勘、と呼べるもの。

 藤村先生が見せるものと同種の、動物的なもの。

 それは一体どこから来るのか、疑問が尽きない。

 

「本当に入れ込めるのなら出来るものよ」

 

「変態」

 

 ……随分と直接的な表現だ。

 

「なら私と同じ目をしている貴方のお父さんも、同じ穴の狢になってしまうけど?」

 

「服作ってる時のオヤジも、十分変態なんだよ」

 

 自身の親を躊躇なく変態扱いした、蒔寺さん。

 その精神的勇敢さ、それに敬意を評そう。

 それと共に、何故よく殴られているのか分かってしまった。

 ここまでぬけぬけと物が言えるなら、父としても容赦はする必要は無いであろう。

 

「遺憾ね」

 

「否定できてない。

 実は自覚あんだろ、お前」

 

 キシシ、と笑いを堪えきれずに漏らしている蒔寺さん。

 そして私は恐らく無表情だろう。

 

「怒らない怒らない。

 カルシウム足りているか?」

 

 どうやら無自覚で煽るテクニックも、持ち合わせているらしい。

 

「十二分にね」

 

 蒔寺さんにも、ミルクを大量に飲ませてあげようかしら。

 

「あれ?マガトロから殺気を感じる。

 どっかで似たようなことがあったような?」

 

 さあ、どこででしょうね。

 

「やばい、私の中の本能が生命危機を感じている!?」

 

 気のせいよ。

 

「貴方が利用価値のある内は大丈夫よ」

 

「嫌だぁ、死にたくないぃーーーーー!」

 

 何をそんなに怯えているのだろう?

 冗談に決まっているのに。

 

「怯えすぎよ」

 

「お前鏡見てこいよ!

 魔女が仇を毒殺しようとしてる顔になっているから!!」

 

「怖いわね」

 

「何他人事のように、流そうとしてんだ!?」

 

 ちょっと煩い。

 あまり騒がないで欲しい。

 

「落ち着きなさい」

 

「落ち着いた瞬間、お前に狩られる様な気がする」

 

「これから学ぶのに、そんなことはしないわよ」

 

 ホントにホントだろうな?て念押しして聞いてくる。

 本当に芸人魂に富んでいる、つまりは。

 

「前振り?」

 

「違わい!」

 

 ガルル、と威嚇している蒔寺さんに私は溜飲を下げることに成功する。

 彼女は口が過ぎると、禍を呼ぶと学んだほうが良い。

 

「ま、茶番はここまでにしましょう」

 

「お前、本当にマイペースだよな……」

 

 草臥れ気味の蒔寺さん。

 弄られると、存外に脆い。

 

「で、お前はどんなやつを作りたいんだ?」

 

 心機一転。

 調子を取り戻そうとしているのか、蒔寺さんは気合の入った声を出す。

 精神再建の早いことが、蒔寺さんの強みであろう。

 

「そうね、出来れば華やかな子が作りたいのだけれど」

 

 その国の特徴がにじみ出ているような、明確な分かりやすさ。

 今持っている子達に負けないくらい、目立っている方が良い。

 

「なら十二単とかそんなのか」

 

 蒔寺さんは数ある型紙の中の一枚を、テーブルに広げる。

 裾の長さや、複雑な構造がそこには記されていた。

 

「へぇ、こういう作りになっているのね」

 

 幾つか衣を重ねる構造で、グラデーションのように色を変えていくことで雅さを増幅させていく。

 古くから存在するが故に、研究され尽くされた完成系がそこにはあった。

 

「よく見れるよな。

 私なんて、初めて見たときは頭痛と吐き気を催したのに」

 

「慣れてるからよ」

 

 早速、近くにあった布を手に取り、人形用の大きさに整えていく。

 十二単、構造は難しいものだが、存外何とかなりそうだ。

 

「どんなの作ってんだ、普段?」

 

 私の私の製作しているモノに、興味を持ったように尋ねてくる蒔寺さん。

 どんなもの、か。

 人形では簡素なエプロン型の子をよく作るのだが。

 服となると……。

 

「ゴスロリね」

 

「少女趣味?」

 

「美徳でしょ」

 

 うへぇ、と失礼なうめき声を上げる蒔寺さん。

 一体何がいけないというのだろうか?

 

「人形好きにゴスロリ。

 それもお前が言うのなら、本当に絵本の中の住人のように感じるんだよ」

 

 地に足がついていないように感じるのか。

 それが彼女の言う、お前はよくわからない。

 そんな不気味さに繋がっているのかもしれない。

 行き過ぎると、異常に見え、それが悪徳に見えてしまうということか。

 

「あなたもこっちの世界に来る?」

 

 冗談交じりにそう言うと、全力で蒔寺さんは首を横に振っている。

 どれだけ嫌なのだろうか。

 

「染め上げられそうな気がして、怖いんだよ」

 

「あら、リンゴは如何?」

 

「毒入りだって分かっていて、手を出すはずないだろ!」

 

 普通の人に異常は毒だろう。

 ただ、別の人にとっては、その毒の甘味がとても甘美に感じる者も居る。

 すぐに食傷になるであろうが。

 

「残念ね」

 

「むしろ嬉しそうにしてるぞ、お前」

 

「悪い?」

 

 普通のままで終わる方が、幸せだと思う。

 普通の範囲が、人にとって本当は幸せなんだから

 彼女は普段は刹那的に生きているように見えて、鋭い直感を兼ね備えている。

 それは彼女にとって大切な財産であり、これからも彼女を導く鍵になるであろう。

 

「っは、まさか!?

 嫌がる私に、無理やり食わせる気だろ!

 同人誌みたいに!!」

 

 ……深読みが過ぎたようね。

 考えてものを喋っているのか、怪しいところだ。

 それでいつも楽しそうなのだから、彼女としては幸せなのだろうが。

 彼女に必要なのは、知恵の実なのかもしれない。

 

「ん、大体できたわ」

 

 グダグダの内に縫い上げた物が、私の手の中で完成した。

 人形用の十二単、それの予行演習とも言える作品がである。

 糸が見えないように気をつけながら縫い、幾重にも重ねた重圧な様相。

 布こそは無地の色だから、本番では別の物を用意しなければならないが。

 程度は知れるが、体裁は整えることに成功していた。

 

「……結局、私は型紙を提供しただけじゃん」

 

 ひくわー、と遠い目をしている蒔寺さん。

 私も人並より器用であると自覚はある。

 だがそれは、あくまで人の範囲での中で、だ。

 逸脱はしてないと、自覚している。

 

「成せば成るものよ」

 

 凡庸と非凡の間にある格差は、成長速度の違いである。

 凡人と才人が同じだけ修練を積んで、そして敵わないから凡人は諦めるのだ。

 だが普通の何十、何百、時には何千倍も努力して天才の隣に並ぶ凡人もいる。

 故に、両者の隔たりは時間の差だけである。

 

「それにね、蒔寺さん」

 

「何だよ」

 

 私達が今している事、それは服を作ることである。

 

「服はね、最初から完全ではないの。

 特にこれはね」

 

 手元に持っている、出来上がったばかりの十二単モドキ。

 それは形は保つことはできていて、設計図通りに作られていはいるが、それでも手直ししなければならないところは多い。

 

 点数を付けるならば70点。

 この店に並んでいる95点以上の作品と比べれば、雲泥の差である。

 

「店主はどのくらい、自分の作品を手直ししてるのかしら?」

 

「……一週間かけて、何度も何度も、針を入れてる」

 

 蒔寺さんが言うように、店主は何度も手を入れ直しているのだろう。

 服は作られた時、完成はしているが完璧ではないのだ。

 それは完璧に近づけるには、少しずつ、少しずつ、手を入れていく他に道はない。

 丁寧に微調整して、1mmの妥協も許されない世界。

 僅かな狂いが全てを台無しにする綱渡りに、常に挑戦しなければならない。

 

「服飾で才能が必要なのはデザインだけよ。

 あとの分野は、技術の独壇場。

 ひたすらに繰り返した経験が生きるわ」

 

 この世界は努力をした者勝ち、才能という怠惰に身を任せるわけには行かない領域なのだ。

 

「分かってるって、そんなこと」

 

 何かを訴えるように、蒔寺さんは私を見る。

 それは苛立ち、または寂寥感。

 それがきっと、彼女が伝えたいもの。

 

「たださ、私とオヤジじゃタイプが違うんだよ。

 そうだな、店に入った時に見た光景。

 どう思った?」

 

 入店した時、感じたのは華やかさと緻密さ。

 計算され尽くされているはずなのに、打算など考えられない程に艶やかな場所。

 単なる服を売る場所ではなかった。

 あれは正に、呉服屋と呼ばれるに相応しい空間であったのだ。

 

「素晴らしいの一言ね。

 凡庸ができる範囲ではないわ」

 

「だろ?でもあれを考えたの、オヤジじゃないんだよな」

 

 ここまで言われて分からない程、私は愚鈍ではない。

 だけれども、それは新たな驚きを持って私に飛び込んできた。

 

「貴方がやったというの?」

 

 万事、細かいことなど放り投げるタチだと思っていた。

 それなのに、あの空間を作り上げたのが蒔寺さんだったとは。

 

「私は発想するだけ。

 アレを作り上げたのはオヤジだよ。

 私は好きなことしか集中力が続かないし」

 

 そうか、そうだったのか。

 蒔寺さんは天才(デザイン)側の人間。

 職人では無かったということか。

 

「見誤っていたわ、蒔寺さん」

 

「元気百倍!明日へ向かって全速前進!!てのが普段の私だからな。

 でも私だって良家の娘だって話なだけ。

 家の堅苦しいのも嫌いじゃないけど、ずっとそれじゃ疲れるしな」

 

 誰だって、自分の得意とするものを遣りたいと思うのは、当たり前のこと。

 それに才能があるというのなら、尚更だ。

 

 でも蒔寺さんは、和服の制作にも精通している。

 もっと好きなことはあるはずなのに、平均以上に知識まであるのだ。

 それは何故か?

 それを考えると、蒔寺楓の人物像が掴めてきた。

 

「でも、その疲れるものが良く馴染んでいるわ。

 きっと和服も着れば似合うと思うわ」

 

「お、お前、急になんだよ。

 褒めても高笑いくらいしかでねぇぞ」

 

 訝しげるように、私を怪訝に見ている蒔寺さん。

 そんな彼女に私は、眩しそうに笑いかける。

 だって、珍しいくらいの孝行娘だったから。

 

「貴方、お父さんが大好きでしょう?」

 

「っは?急に何言ってんだよ!?

 私をからかってんのか!」

 

「いえ、本気よ」

 

 蒔寺さんが頭が痛いと言いながらも和服を作れる理由。

 それは彼女が、父の後ろを見て育ったからだろう。

 あの大きな背中は、憧れるには充分だし、子供としても父の期待に応えたくもなるのだろう。

 それが蒔寺さんが、タイプが違うと言いながらもしっかりと、家の習慣を身に付けているのが何よりの証拠である。

 

「どーして私があんな頑固親父を」

 

 渋柿を食べた時みたいに顔を顰めている、蒔寺さん。

 それを私は、嫌というほどに見つめ続ける。

 素直になれるように、そんな思いを込めて。

 

「……まぁ、少しだけな」

 

 小さな声で、本当に聞こえるかどうか分からない程度に囁かれた言葉。

 でもそれに反して、蒔寺さんの顔は、相対的に赤くなていた。

 照れる必要はないのに、当たり前のことを、当たり前に言えているだけなのだから。

 

「って、お前!何言わせてくれとんじゃぁーーー!!」

 

「あら?ファザコンの蒔寺さん、どうしたのかしら?」

 

「誰がファザコンじゃあ!

 あんな頑固親父のこと、好きなわけねぇだろ!

 バーーカ!!」

 

 よく響く声で、さっきの照れを隠すように大きく吠える。

 だがあの小さな告白と比べて、今度の絶叫はよく聞こえる訳で……。

 

「バカ野郎!

 お客様が来ているのに、騒ぐなアンポンタンがぁ!!」

 

 光の速さで飛んできた店主に、怒りと教育の手刀が蒔寺さんに振舞われることになったのだ。

 斜め45度、急速な一撃。

 その様は、まるで壊れた機械を無理やり直そうとしているようだった。

 

「いってぇ!

 くっそ、今回はこいつが確実に悪かったのに!」

 

「お騒がせして、申し訳ございませんでした」

 

 確かに蒔寺さんの言うことは一理あるので、私も出来るだけ恭しく頭を下げた。

 それに店主は見向きもせずに、憮然としていた。

 

「謝るのは俺にじゃねぇ。

 いらしているお客様に謝罪しろ。

 おい、ポンコツ娘、ボロが出ないようにしながら謝り倒しに行くぞ」

 

 店主は蒔寺さんの手を引いて、店頭の方まで引っ張って、連れて行く。

 私にも非があるので、その後ろについて謝りに行くことにしよう。

 義理は通すべきだろうから。

 

「謝るときはお辞儀だ。

 最悪、隣の馬鹿の真似をすれば良い」

 

「分かりました」

 

「オイッ!馬鹿に突っ込めよ!?」

 

 別に蒔寺さんが馬鹿とは一言も言ってない。

 ただ、肯定も否定もしていないだけなのだ。

 っちぇ、と隣から舌打ちが聞こえたような気がするが、私は気にしない。

 既に拳骨が振り下ろされているのだから。

 

「黙ってろ」

 

「……ハイ」

 

 蒔寺さんが素直に従ったのは、謝りに行くのにその過程で騒いだのなら、世話ない話だということだ。

 この物分りの良さが、良家の子女たる所以であろう。

 

「粗相をするんじゃねぇぞ。

 誠心誠意を込めて謝れ、じゃあ行ってこい!」

 

 私達は店主に背中を押されて、店頭に出る。

 そこにいた客は一人の老人であった。

 

「呵呵、何やら大声がしたようじゃが、何かあったかな?」

 

「これは間桐様、ようこそいらっしゃいました!

 そして申し訳ございませんでした」

 

「……誠に申し訳ございませんでした」

 

 態度が一変した蒔寺さんを思わず横目でチラ見しつつ、私も続いて頭を下げる。

 しかし間桐、これはもしや。

 

「まぁ、犬の遠吠えが聞こえたということにしておこうて。

 それよりも、お主」

 

 老人が私に話しかけてくる。

 間違いない、やはりこの人がそうなのだろう。

 

「遠坂の所の留学生だったのぅ。

 儂と遠坂は縁がある者同士。

 遠坂が世話をしているのなら、儂が歓待せぬ訳にも行くまいて」

 

 間桐臓硯、桜や間桐くん達の上に立つ、御三家一角の盟主。

 聖杯戦争の重要たるファクター、令呪の開発にも関わったと言われる間桐の長老。

 

「いえ、お構いなく。

 でもお話くらいはしてみたいものです」

 

「呵呵、何時でも待っているぞ。

 慎二も桜も世話になっているようじゃしな」

 

「ありがとうございま…」

 

 顔を上げ、間桐臓硯の目が見えた。

 そこで私が覚えたのは、強烈な――嫌悪感だった。

 

「店主、これを頂いていこう」

 

「へい、毎度ありです!」

 

 何事もなかったかの様に、紺色の着物を買い取って、店を後にする間桐臓硯。

 去り際に意味深な笑みを、私に浮かべて彼は店を出ていった。

 私はそれを、放心して見送るしかなかった。

 

 何故、誰も彼を見て普通にしていられるのだろうか?

 あんなのは普通ではない。

 血の臭い、魔術師ならある程度は耐性があるもの。

 だが、あれは、異常な域にあった。

 

「…ぃ、…ぃ」

 

 食べ物を食べる時に、自らの血肉にする、と表現する場合がある。

 その血肉が、そのままに自らに張り付いて剥き出しの肉が視えるような醜悪さであった。

 更には、その剥き出しの肉がバラバラにならないように、蟲が肉と肉をつなぎ止めている。

 

 ――あれを人間と呼んでも良いのだろうか?

 否、あれは人の形すらしていなかったではないか。

 腐臭と鉄の臭いが充満してきそうな、あの姿。

 

 だけれども、あの怪物が私の欲しい情報を持っている。

 聖杯戦争、令呪、今までの経験。

 様々なものを持っているのだ。

 

 直後私の頭に、衝撃が走る。

 比喩表現ではない、物理的に、だ。

 

「おい、聞こえてんのか!」

 

 斜め45度、正気に戻す絶対の手刀。

 それが私に炸裂したのだ。

 

「……痛いわ、蒔寺さん」

 

「お前が急に、蒼い顔で固まるからだろ!」

 

「ごめんなさい」

 

 やはり、蒔寺さんは何事もなかったかのようにしている。

 店主も怪訝そうに私を見つめてるが、間桐臓硯に関しては何も気にしていないかのようだ。

 

 何故私だけが見えるのか、間桐くんや桜は、あれに育てられたのか。

 様々な疑問が私を貫いていく。

 きっと、この感情は――。

 

「あぁっー!もうっ!!

 しっかりしろ、このバカチン!」

 

 蒔寺さんにガクガクと揺さぶられる。

 やめて、今揺らされると、何かがリバースしてきそうなの。

 

「わかったから、やめなさい!」

 

 ちょっと強めの口調。

 言わずにはいられない程に、私のダメージは深刻だったのだ。

 

「……オヤジ、暫くこいつを奥で休ませてもいいか?」

 

「いいだろう」

 

 蒔寺さんの問いかけに、即決で店主は承諾した。

 

「大丈夫、今日はちょうどお暇しようと思ってたところだから」

 

「フラフラの病人みたいな奴を放り出せるほど、私らは冷たくなんか無い!」

 

「構わん、休んでいけ」

 

 蒔寺さんの人情味あふれる言葉。

 それに店主にまで言われてしまって、逃げ道は無くなってしまった。

 確かに気分は悪い、あんなものを見てしまったのだから。

 

「……分かりました、お世話になります」

 

 結局、私は折れてしまい、もう少しだけ此処に留まることにしたのだった。

 

 

 

 

 

「水、飲めるか?」

 

「ありがとう、頂くわ」

 

 冷たい水、口をつける度、染み渡るようにして体に広がっていく。

 飲む度に少しずつだが、気分が快調してくるように感じる。

 

「うん、マシな顔色にはなったな」

 

「お世話をかけたわね」

 

「この貸しは十倍にして返してもらうぜ!

 今日からマガトロは、私のメイド長な」

 

「1日メイド長なら、考えなくもないわ」

 

 それにしても、またマガトロ。

 まるでネギトロのようだが。

 

「もしかして、マーガトロイドを短くして、マガトロなの?」

 

「その通り!よく気づいたな」

 

 それだけ連呼されていれば、嫌でも気付かざるを得ない。

 まぁ、いいか。

 

「好きに呼べばいいわよ、別に」

 

 彼女は友人にも珍妙なあだ名を与えているようだし、彼女なりのコミュニケーションなのだろう。

 無下にすることもないので、目を瞑ることにしよう。

 

「言われなくても、勝手に呼ぶから」

 

「図々しいことで」

 

「お前は人のこと言えないだろ!」

 

 さて、何のことやら。

 そちらこそ、最初にッゲ、とか言ってた気もするのだが。

 

「それで蒔寺さん」

 

 私がそう呼びかけると、蒔寺さんは不機嫌そうな顔を隠そうともせずにぶすっとした表情を見せる。

 なにか問題があっただろうか?

 そう思っていると、彼女は律儀に答えてくれた。

 

「名前、下でいい。

 こっちがマガトロでお前が蒔寺さんだと、空気差がありすぎるだろ」

 

 確かに、配慮が足りなかったか。

 顔には、ありありと不満ですと書いてあるのだから。

 

「ごめんなさい。

 楓、で良いかしら?」

 

「うん、よろしい」

 

 満足気な楓、納得頂けて何よりである。

 

「それよりもだ、体調が悪かったのなら言えよな。

 お客様の前でブッ倒れられる方が、よっぽど問題なんだから」

 

 本当はそのお客様とやらを見て気分が悪くなったのだが、説明不可なので余計なことは言わない方が良いだろう。

 それにしても、である。

 

「随分親切ね」

 

 やけに怖がっていたり好戦的だった時と比べ、今は随分と優しい。

 どのような心情の変化があったのか、ぜひお聞かせいただきたいものだ。

 

「お前、存外弱っちいことが分かったからな。

 ま、いっか、て思っただけかな」

 

「随分適当なものさしね」

 

 いきなり顔を蒼くして、気分悪そうにしてたら弱くは見られるかもしれないが。

 

「何ていうかな、今まではちょっと人間っぽい妖怪みたいな感じだった」

 

 人を捕まえて妖怪とは恐れ入る。

 

「でも今のお前、すごく普通だ。

 ちゃんと弱っちく見える。

 絶対に倒せない~!て感じじゃ無くなったんだよな」

 

 弱点を曝け出したからこそ、楓は私を信用した。

 正直な話、微妙な気分ではあるが、怪我の功名とも呼べなくもない。

 

「世の中には、完璧な人間なんて存在しないものよ」

 

「さっき聞いたら、嫌味に聞こえたかもな」

 

 やれやれ、何にしろこれで丸く収まった、といったところか。

 私にしては、人に弱っているところをあまり見られたくはなかったのだが。

 

 

 

 

 

「よっし!マガトロ大怪人が弱ってる今がチャンス!!

 笑ってやるから、着物着てみないか?」

 

 ……は?

 一件落着したかと思ったところでの、奇襲であった。

 

「欧州人に着物は似合わないわよ」

 

「だいじょぶ、だいじょぶ。

 お前くらいぺったんだと問題ない!」

 

 すっごい良い笑顔。

 対して私は悟りを開いたがごとく、仏頂面であろう。

 

「あなたと同じくらいよ?」

 

「私は日本人!何も問題はない!」

 

 大した使い分けだ。

 私の家の礼儀ではない、と得意げに言ってた彼女はどこに行ったのやら。

 どう考えてもコケにされてる。

 弱みを見せるというのは、弄られやすくなるということでもあるかもしれない。

 

「まぁ、笑ってやる云々は冗談だけど。

 お前が着たら、結構映えそうなんだよ。

 ……似合う、と思うぞ」

 

「大した口説き文句ね」

 

 男の子が女の子にするようなものだ。

 まぁ、そこまで言われて、似合わないと意地を張ってもしょうがない。

 服屋の店員並みの意見だと思って、おだてられてあげましょう。

 

「貴方が一緒に着てくれるのなら、考えなくもないけれど?」

 

 勿論、それ相応の代償は頂く。

 私だけが着るというのは、全く持って理不尽だから。

 

「はぁ?ま、別に良いけど」

 

 あれ、思ったよりもあっさり快諾された?

 

「呉服屋の娘だから、今更着るのに気恥ずかしいなんてないんだよ」

 

 内心を読んだの如く、鋭い回答。

 しまった、楓にはドレスを着せると言えばよかった。

 

 だが後悔先に立たず。

 すっかり気を良くした楓に、私は服を剥かれて、着物を着せられる羽目になってしまったのだ。

 

「うん、私の目に狂いはなかった!

 ほら、鏡見ていろよ」

 

 鏡よ、鏡、鏡さん。

 あまり無慈悲な真似をするのはやめてもらいたいわ。

 

「楓、あなたの方が馴染んでるじゃない」

 

「ルーキーに負けるわけ無いだろ?」

 

 着られてる感が浮き出てしまっている私に対して、楓は綺麗に着こなしていた。

 絶妙な感じで、比較対象として並んでしまった楓。

 敗北感と屈辱で、顔がどうにも歪みそうになる。

 

「一緒に着てなんていうからだな、自業自得だ」

 

 ……他人が振るう正論なんて嫌い。

 

 結局、嫌がる私を写真に幾枚も納めて、楓はホクホク顔で上機嫌だった。

 私が来たときの不機嫌顔は、帰り際には一変してにっこにこの笑顔に早変わりしてしまっていたのである。

 

「じゃあな、また来てもいいぞぉー!」

 

 勝利の雄叫びと言わんばかりの大声で楓が叫んでおり、すっ飛んできた店主に殴られている。

 一方私は、詠鳥庵の屋号をエイドリアン呼ばわりして、どうにか精神を安定させていた。

 我ながら、やっていることが小さい。

 だがそうでもしてないと、やってられないのが実情なのである。

 そんな負け犬根性に苛まれながら、私は帰路についた。

 何時しかの仕返しを胸に込めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 因みに後日の話なのであるが。

 

「あらあら、マーガトロイドさんの和服」

 

 悪魔の顔した凛とやらしい顔をした楓。

 手に持っているのは、あの時撮った写真。

 

「マガトロの良い弱みを握ったと思わないか?遠坂」

 

「えぇ、思いますとも」

 

 すっかり仲良くなった凛と楓。

 私はこのネタで、しばらく弄られ続けることになる。

 

 いつか、いつか絶対に復讐してあげる。

 覚えておくことね、二人共。




そんなことはさて置き、です。
アリスの臓硯を見たときの反応は、要するに街中でショゴスを見かけてしまった感じです。
SAN値がガリガリ削れます。
具体的には4くらい減らされました。

目が良いのも考えものですね。
見えちゃいけないものまで、視えてしまうのですから。

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