冬木の街の人形師   作:ペンギン3

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わーい! 皆さん、クリスマス・イヴですよ!
皆さんは如何にして過ごされるでしょうか?
自分はまだ、これの後編が書き終わってないので、執筆を続けます(白目)

なお、この話の時間軸は聖杯戦争が始まる前であります(つまりは何時も通り)。
そして番外編ゆえに、いきなり冬に季節が飛びますがご勘弁の程を。
では、始まります。


番外編 クリスマス・イヴの過ごし方 前編

 クリスマス、それはイエス・キリストの誕生祭。

 12月25日に行われ、前日はクリスマス・イヴと呼ばれる。

 クリスマス・イヴはもっと細かく言えば、24日の晩からである。

 カトリックなどは、24日の晩にミサなどを行い、晩の祈りを捧げる。

 晩の祈りを捧げる意味、これは詳しくは知らないが、聖母マリアが自身の赤ん坊が無事に生まれてくるように、祈り続けていたのが始まりかもしれない。

 そのためか、そしてヨーロッパ諸州では、クリスマス・イヴとは家族と穏やかに過ごす日である。

 

 因みに私は義理程度に、ルーマニア宗主宮殿にて祈りを捧げていた。

 心からの祈りではなく、おめでとう、と軽い感じで。

 こればかりは魔術師の領分でないのだから、勘弁して欲しい。

 

 では日本ではどうか?

 この国でのイヴは、祈りを捧げたり、家族と過ごす日なのだろうか?

 答えは……否、である。

 無論そうしている人もいるだろうが、一般的に浸透したイメージでは、イヴは恋人と過ごす日であった。

 

 では、この冬木市では、どのようにイヴが過ごされているのだろうか。

 私はする事もなく暇を持て余してもいたので、それを慰めるべく、出かけることにした。

 

「凛、暇なの。だから出かけましょう」

 

「……あんたは唐突に何言ってんのよ」

 

 呆れを含んだ、いや、呆れしかない声音で、私にジトっとした目を向ける凛。

 だがその視線も、この家に来てから何度も向けられている。

 最早慣れた、全く効かない。

 

「外は寒いから、しっかりコートは着こんでおかないと、風邪を引くわね」

 

「本当になんなのよ、もぅ。

 そもそもこんな日に出掛けたところで、胸焼けしてウザったいだけよ。

 寒いなら、家に居ときなさいよ」

 

 凛の言うことは一理ある、どころか真理である。

 日本では恋人がそこらを横行している。

 冬木の街でも、凛の言うことが正しいのならば、そうなっているのであろう。

 だがこのまま家にいても、無為に時間を潰すだけで、暇なのは解消されない。

 故に、出かけようという意思は変わらなかった。

 もしかしたら、特別な催しが行われているかもしれない。

 そんな願望もあった。

 

「やぁね、一人で出かけるのが切ないから、凛を誘ってるんじゃない」

 

「何気持ち悪いこと言ってんの!

 寝言は寝てから言うものよ」

 

「独り身が街を出歩けば、心身共に心が冷えるわ。

 けれど、独り身同士が出歩けば、傷の舐め合いができるじゃない?」

 

「誰も傷心しに行こうとも、あんたの傷を舐めようとも思わないわよ!」

 

「イケずね」

 

 出かけたい、だけれど一人で外には出たくない。

 乙女心は誠に持って複雑だ。

 だから、別の方面から攻めてみるとしよう。

 

「初めてこの家に来た時、貴方にハンカチをプレゼントしたわよね、凛」

 

「えぇ、お上品な刺繍入りのやつをね。

 それがどうかしたの?」

 

「あの時、もっと派手な方が似合う、そう意見が一致したわよね」

 

 凛は、赤いハンカチの方が似合いそうとも言っていた。

 

「あれから時々、凛に別のハンカチをプレゼントしたいと思っていたの。

 きっと鮮やかな色が貴方には似合うわ。

 それをきちんと見定めたいから、凛、買い物に一緒に付いて来てくれる?」

 

 本人が買う時に一緒にいてくれた方が、何かと選びやすい。

 あれどれそれと悩んで買った挙句、ミスチョイスだったというのは避けたくもあるから。

 

 無論これは口実である。

 だが私にとって、真実でもあった。

 凛にキチンとプレゼントがしたかったのである。

 

 そして凛は今、悩んでいる。

 天秤は確実にこちらに傾いてきているのだ。

 だったら最後のひと押しをするのみ。

 

「昼食も私が代金を持つわ」

 

「……そこまでみみっちくないわよ」

 

 一体、どう私のことを思ってるのよ。

 そう言いながら、凛は立ち上がると、コートを着込み始める。

 

「ありがとう、凛」

 

「ふんっ、貰えるもんなら貰っておこうと思っただけよ」

 

 分かり易いくらいに素直じゃないのが、とっても凛らしい。

 そんな友人の姿に、思わずクスッと声を漏らしてしまう。

 

「アリス、アンタ今笑ったわよね」

 

「だって凛。

 今の貴方、とっても可愛らしいんだもの」

 

 面食らった顔をする凛。

 そうして、ほんのりと顔を上気させていき、そうしてその顔で、私をキッと睨みつけてきた。

 

「きゅ、急に何言ってんのよ!

 褒めても何も出ないんだから!!」

 

「別に何かを貰うために褒めたわけじゃないわ。

 包み隠さずに本音よ」

 

「……何よ、バカ」

 

 褒められると弱っちい凛。

 照れて顔が赤く染まっている。

 その姿は、とっても面白く、また本当に可愛い。

 だから彼女の友人はやめられないのだ。

 

「はいはい、バカでいいから出かけましょ」

 

「アンタから振ってきたくせに」

 

「乗ってきたのは凛よ」

 

 私は不満です。

 凛の顔には、そうデカデカと書かれている。

 学校での澄ました顔が嘘のように、家では本当に分かり易い。

 ある意味での特別感があって、私は少々の優越感に浸ってしまうのだ。

 

「嬉しそうね、アリス」

 

「不満そうね、凛」

 

 私は笑顔で、凛は仏頂面。

 でも行かないと言わないのは、凛の美徳であり、優しさでもあろう。

 

「えぇ、不満よ。

 そりゃあ、もう凄いくらいにね。

 良いわ、思いっきり高いものを買わせてやるんだから!」

 

「私が買うのは、あくまで凛に似合う物よ」

 

 だから凛は、その納得のいかなさを、また違うベクトルで解消しようとするのだ。

 反動は如何程か。

 それは出かけてからのお楽しみ。

 ショッピングは女子の花なのだから。

 その鬱憤のぶつけ方は極めて正しい。

 張り切る凛に、してやったりと私は口角を上げる。

 全ては計画通りだった。

 

 

 

 

 

「寒いわ、巫山戯てる」

 

「我慢なさい、もうすぐ店の中に入れるわ」

 

 私達が今居る所は新都である。

 バスに乗りここまで来たのだが、尋常でない寒さに凛の悲鳴が聞こえる。

 

「……さぁ、……んだよ」

 

「ん?」

 

 そんな極寒の中で、風に乗ってどこかで聞いたことのある声が聞こえる。

 この声は、あまり話はしないが、妙に印象に残る人物のものだった。

 記憶に引き出しを漁ると、アッサリとそれが出てきた。

 

「間桐くんだわ」

 

「は? 慎二の馬鹿がどうしたのよ」

 

 寒い中で、縁起でもないとことを言うな! と凛がガンを飛ばしてくる。

 が、そんなものを気にせずに、当の本人がこちらに近づいて歩いてきたのだ。

 ……しかも、女の子を4人もぞろぞろと引き連れて。

 

「でさぁ、お爺様に言ってやったんだよ。

 僕をあまり怒らせるんじゃない! てね。

 そうすると、お爺様は何も喋らなくなった。

 ボクの完全勝利だったね」

 

「すごいわ、間桐君。

 普通はそこまで言えないもんね」

 

「そうやって、物怖じせずに言えるのは間桐君の良いところだよね!」

 

 間桐くんの自慢話に、周りの娘達がワイワイと盛り立てる。

 ……絶対にいくらか話を盛っているか、嘘かのどちらかであろう。

 だって、あの化け物妖怪爺にそこまで物を言える程、間桐くんは馬鹿ではないはずだから。

 単に小心とも言えるだろうが。

 

「お、遠坂……にマーガトロイド、か」

 

 間桐くんがこちらを見つけた模様。

 凛の目から光が失われて、フサフサと揺れている間桐くんの髪の毛を凝視している。

 まるで、ワカメを伐採してやろうか? そんな暗い情念を感じさせる視線。

 このままでここに留まれば不味い事になるだろう、主に間桐くんの毛根が。

 

「お前たち、こんなところで何してるんだよ?

 まさか、女二人で寂しく買い物中って訳じゃあないよなぁ」

 

 ピキっと、凛の中で何かが音を立てる。

 大事な何かが切れつつある、凛の中で、着実に、確実に。

 

「あ、もしかして図星なの?

 もしそうだったら、可哀想だしぃ? 僕の仲間にしてあげてもいいよ?」

 

 やたらと自信ありげに、私達に話しかける間桐くん。

 そんな彼を、周りの女子たちは、「やさしー」とか「イケメン!」とか言って囃し立てる。

 そうして彼は得意そうな顔を浮かべる。

 

 きっと彼には懲りるという概念は存在しないに違いない。

 新学期早々に私に引っぱたかれた記憶は、遥か彼方へとポイ捨てされているだろうから。

 そして凛は、握り締めた手をプルプルと震わせている。

 耐えなさい凛、ここで暴れたら日頃の優等生のイメージが崩れるわ。

 

「あれぇ、そんなに震えてどうしたのさ。

 ……あ、もしかして感動しているの?

 遠坂ったらそこのパツキンと違って可愛げがあるなぁ」

 

 ぶちり、そんな音がしたような気がする。

 凛の中の大切なもの、自制心とか世間体とか、そういうものから一斉に解放されたのであろう。

 凛が顔を上げ、そしてを見た間桐くんがッヒ、と悲鳴を上げて後退する。

 だが、そんな弱気が許される相手でも、状況でも無かったのだ。

 

 それからは一瞬の早業だった。

 音も漏らさぬ瞬時の間に、僅かな体捌きで間桐くんとの距離を詰める凛。

 それは縮地と呼ばれる歩法術、近年の日本武術でも活用される特殊歩法である。

 そこから見事なまでのアームロックを、間桐くんに仕掛ける。

 

「あ、ああああああ!!

 痛い痛いいたたいいい!!!

 折れる折れる折れるよ、ばかやろおおおぉおお!!!!」

 

 関節を極めたそれは、想像を絶する痛さであろう。

 まして武術の修練をしている凛ならば、当然の如くどこを攻撃すれば相手に打撃を与えられるのかを、熟知しているのだから尚更だ。

 

「ま、間桐くーーーん!!」

 

「遠坂さんやめて!

 間桐くんのライフはもうゼロよ!!」

 

 間桐の取り巻きの女の子達がよく叫ぶ。

 そうして凛はようやく正気に戻ったのか、舌打ちしながらも間桐くんを解放する。

 

「ったく、ひどい目にあったよ。

 この暴力女! お前の寂しい乳を当てられてもなんにも嬉しくないの、分かる?」

 

 ……正真正銘の馬鹿である。

 やられた直後に、どうして平然とそんなことが言えるのだろうか。

 小物なのに、大物のような発言をする。

 つまりは小物界の大物なのだろう。

 

「そう、死にたいのね」

 

 凛は微笑んでいる。

 微笑みながら死ねと言っている。

 これは一番危険なパターンだ。

 離れた位置にいる間桐くんの取り巻きの娘達も、怯えたように肩を抱き合っている。

 

「お望み通り、いっぺんあの世を見てきなさい!!!」

 

「がぁあぁぁぁーーーーーー!

 ぐびが締まる、息でぎない!

 たずげて、えみやぁーーーー!!!」

 

 今度はヘッドロックであった。

 アームロックでないところに狂気を感じる。

 死ねと、殺意が込められているのだから。

 

「そう、間桐君は衛宮君が大好きなのね。

 なら衛宮君の幻を抱きながら果てなさい!!」

 

 ギュウギュウと間桐くん自慢の髪を存分に引っ張る凛。

 ブチブチと音を立てながら、何本も抜けていく彼の髪の毛。

 取り巻きの娘達からも悲鳴が上がっている。

 ……流石にこれ以上の看過はできない。

 間桐くんの為ではない。

 こんなことで、犯罪者になる凛と、兄を亡くす桜が可哀想だから止めるのだ。

 

「凛、それ以上いけない!」

 

 ッハ、としたように、凛が動きを止める。

 そしてゆっくり周りを見渡し、間桐くんを開放した。

 凛はある一点で視線を止めていた。

 それは肩を抱き合って怯えてる少女達。

 凛が彼女たちに一歩近づくと、涙を浮かべて更に震え始める。

 そんな彼女たちの前に直立し、睥睨する凛。

 怯えながらも、少女たちは凛から目が離せない。

 自分の末路がどうなるのかが、気掛かりでならないから。

 

「貴方達、今見たことは忘れなさい。良いわね?」

 

「「「「アッハイ」」」」

 

 見事なまでにハモった声。

 まるで脅迫、いや正にそうなのだろう。

 

「間桐くん、倒れてどうしたの?」

 

「あれ、遠坂さんにマーガトロイドさん、こんにちは」

 

 あからさま過ぎる態度、いや、これは。

 

「……暗示の魔術」

 

「正解♪」

 

 ずっと凛から目が離せなかった彼女たちだから使えた、反則的な技。

 呆れると同時に、凛の抜け目無さには感心するばかりだ。

 

「程ほどにね」

 

「バレなきゃ問題ないのよ。

 私がキレたこと自体が問題だったのだろうけど」

 

 さいですか、分かっているだけ重畳と言ったところだろう。

 ヒヤッとしたが、強引な力技でひっくり返したのは実に凛らしい。

 素直にそう感心しておこう。

 

「お、おおお、おぉ」

 

「間桐君、お目覚め?」

 

 妙な呻き声と共に、間桐くんが冥府から這い上がってきた。

 これは彼の生命力なのか、閻魔にさえ拒否されたのかは定かではないが。

 しかし無事に戻ってきたのは喜ばしいことだ。

 そして目を開けて最初に入ってくるのが、とびっきりの美少女なのは喜ばしい限りであろう。

 凛がニッコリと、おはようと挨拶をする。

 

「げぇ、遠坂!?」

 

「目覚めがしらに失礼ね」

 

 喧嘩を売ってるの? そう言わんばかりに笑顔の度合いを上げていく凛。

 その百万ワットの笑顔は、間桐くんにとって、更なる恐怖を呼び覚ましただけのようだが。

 

「さっきのことを忘れたとは言わせないぞ!

 お前らもさっきのこと、覚えてるよなぁ!!」

 

 間桐くんが話を振った取り巻きの女の子達。

 だが彼女たちは明らかに困惑していた。

 何のこと? 何かあったっけ? 皆が混乱しているようだ。

 

「遠坂、お、おまえぇぇ!!

 不利な情報を消したんだな!」

 

「あら、何のことかしら。

 そんな事より貴方達、面白い情報があるわ」

 

 話しかけられた取り巻きの娘達。

 一様に疑問符を頭に浮かべているが、凛はそれに付け込むように言葉を滑らせる。

 

「間桐君はね、衛宮君が大好きで、生徒会書記の柳洞君と取り合っているのよ」

 

「はぁ?」

 

 間桐くんの小馬鹿にしたような声。

 お前は何を言っているんだ。

 そういう思いがひしひしと伝わってくる。

 

「……そういえば」

 

 だが、取り巻きのある娘がぽつりと漏らす。

 

「衛宮君と仲良く帰っているところ、私見かけたかも」

 

「ちょ、何かの見間違えだろお前!」

 

 焦ったように否定する間桐くん。

 だが一度付いた火は中々に消せないものだ。

 

「私も、衛宮君が一人で掃除を押し付けられているところに『あいっかわらずバカだなお前。とっとと帰りたいから、手伝ってやるよ』て言って衛宮君を手伝ってるところ見たかも」

 

「ななな、何を言ってるんだ!

 そんなのは僕じゃない!

 そのイケメンは他人の空似に違いないんだ!!」

 

 そして付いた火は、他へと燃え移っていく。

 激高したかのように、大きなジェスチャーで否定を重ねていく間桐くん。

 だがそれにより、余計に真実味を帯びさせていくことに、彼は気付いていないようである。

 

「確か柳洞君に『これ以上衛宮に近づくな! あれは僕のだ!!』て言ってるの、私見たかもしれない」

 

「バカ野郎! あれは衛宮を立派に育てるという決意の表れなんだよ!!」

 

 間桐君のその言葉に、女子達は一斉に「え?」と驚きの声を上げる。

 墓穴を掘るとは、このことであろう。

 

「間桐君、やっぱりそっちのケが……」

 

「大丈夫、あたしそういうの嫌いじゃないから!」

 

「やめろぉぉ!!」

 

 違う、違うんだ! と浮気がバレた夫のように繰り返す間桐くん。

 だが取り巻きの皆は一歩ずつ離れて、それからさよならと言ってそこから立ち去っていく。

 最後に、そういうの嫌いじゃないから、といった娘が振り向いて一言。

 

「衛宮君との絡み、後日に教えてね、間桐君!」

 

 良い笑顔なのに、どこか腐臭を漂わせるそれを見せ、彼女は去っていった子達に並んだ。

 きっと彼女たちはこれから、新しい男の子探しか、ショッピングを楽しむのだろう。

 

「畜生……チックショォォォ!!!!」

 

 その場には、間桐くんの慟哭のみが残った。

 凛はそれを満足そうに確かめると、私の手を掴みすぐさま店の方へと歩き出す。

 彼女の手は、とても冷たくなっていた。

 

「ごめんなさい、凛。

 間桐くんに気付いた時点で、貴方の手を取って早く店に駆け込めば良かったわ」

 

「良いわよ、ちょっとスッキリもしたし。

 でも、ハンカチを選び終わったら、喫茶店に行きましょう。

 温かいものが飲みたい気分なの」

 

「分かったわ。……先に、喫茶店に行きましょうか?」

 

「別に店の前まで来たんだから、こっちが先で構わないわよ」

 

「そっか、じゃあ早めにだけれどしっかり選びましょ」

 

 そう掛け合いながら、私達は店に入ってった。

 冷たくなった手を温めあわせながら。

 

 ん? 間桐くん? 衛宮君が慰めるでしょう。

 

 

 

 

 

「これなんて、どう?」

 

 シルクのハンカチ。

 艶やかなそれは、凛の鮮やかさを更に引き立てるように感じる。

 

「悪くないわね、でもこっちはどう思う?」

 

 凛が手に持っていたのは、薄い赤。

 紅とピンクの間に位置するような色合い。

 それに花柄の刺繍が程よく施されており、赤い色ながら上品さも兼ね備えていた。

 

「良いセンスね。

 でも純粋な赤じゃなくてよ?」

 

「別に真っ赤じゃなくちゃ嫌とは、言ってないわよ」

 

「そう、でも、これは選定が難しいわ」

 

 さあ、どっちが凛に似合うか。

 何時ものしなやかな凛には、私のシルクのハンカチが似合うであろう。

 しかし、学校などでお上品に振舞っている時の凛は、淡い赤の花柄の方が似合うであろう。

 

 迷う、迷う、迷う。

 どっちがいいのか、どっちが。

 

「アリス、別にそんな悩むことはないわよ。

 こういうのは、ぱっと決めたほうが財布には優しいのよ」

 

「そういう問題じゃないの」

 

 どちらも似合うとは、素が良いだけあって、反則のような気がする。

 いや、待て。

 

 どっちも似合う、

 これはよろしい条件である。

 どちらも似合わないなんて場合、目が当てられないから。

 

 そして凛の場合、使い分けが出来るではないか!

 私用のシルクのハンカチ、公用もしくは学校用に花柄のハンカチ。

 つまりは両方買っても問題などはなかったのだ!

 

「両方買うわ」

 

「無駄遣い」

 

「どっちも似合うほうが悪いのよ」

 

「……ありがと」

 

 小さく呟いて、顔を綻ばせる凛。

 これだけでも、買いに来た価値はあったといえよう。

 気分のいい買い物、やはりこれが出来る時は、気持ちも良くなってくる。

 気分も高揚してくるのだ。

 

 もはや出かける理由になった最初の目的など、とうの昔にどうでも良くなっている。

 暇潰しに出かけて、友人に喜んでもらえた。

 これだけでも、十分と言えるだろう。

 

「支払いはこれで」

 

「ありがとう御座いました」

 

 ぺこりと頭を下げた店員を確認して、私は凛の居た元の場所に戻る。

 手には購入した二つのハンカチ。

 簡単に包んでもらったそれ。

 早く、でもさり気なく渡したいかな。

 そんな気持ちに急かされるように戻ると、そこには凛の姿は無かった。

 お花を摘みにでも行ったのだろうか?

 そう考えていると、遠くから私を呼ぶ声がする。

 凛……ではない声。

 これは、そう。

 

「桜、ね」

 

「はい、アリス先輩! 正解です」

 

 あっという間に私の近くに来た桜。

 その後ろから、ちょっと呆れたような衛宮くんの姿も見えた。

 

「や、マーガトロイド」

 

「こんにちは、衛宮くん」

 

 簡素な挨拶、何時も通り無駄なく終える。

 そうして二人を見ると、衛宮くんが幾つか荷物を持っていて、桜が何も持っていない。

 買い物、もといデートの最中か。

 

「こら、桜。

 衛宮くんを放ってこっちに来たら彼、拗ねちゃうわよ」

 

 クスクスと笑いながら衛宮くんに視線を流すと、彼はヤレヤレと肩を竦め、首を振る。

 

「別に、マーガトロイドなら大丈夫だって知ってるから。

 お前のからかいも、ある程度は慣れたし」

 

「最初の初々しい二人はどこに行ったのかしら。

 最近はちょっと小憎たらしくなってきたわね」

 

「先輩は心が広いから大丈夫です!

 でも、ちょっとは執着してくれても良いんじゃないかな、って思う時はあるんですけどね」

 

 う~、と視線を飛ばす桜に衛宮くんは頬を掻いて誤魔化すようにしている。

 

「別に、桜は好きなようにすれば良いさ。

 あんまり縛るのも良くないと思うし」

 

「……先輩は優しい癖に意地悪です」

 

「意地悪って、なんでさ」

 

 恨みがましい視線を飛ばす桜に、衛宮くんは困ったような顔をしている。

 ……もうすでにお腹がいっぱいに近い。

 この二人は、何時もこうだから厄介なのだ。

 

「二人はここで、ショッピングデートでもしているの?」

 

 今更ながらに聞いてみる。

 この前聞いた時は、買い物です、と片手に野菜の入ったバッグをぶら下げていたから一応、念の為に聞く。

 空気を正常化しようとした目論見もあった。

 

「ひゃい! デートです」

 

「桜、声が裏返ってるぞ」

 

「余程嬉しかったのでしょう」

 

 元気いっぱいの、ひゃいという返事に、ちょっと微笑ましくなる。

 それと衛宮くん、顔が緩んでるわよ。

 

「今回は先輩の服を選びに来たんです!」

 

「衛宮くんの?」

 

 普通は女の子の服を選びに来るものだろうけれど……。

 衛宮くんの服、うん、至ってごく普通、普通すぎる。

 

「先輩、ユニクロかしまむらでしか、服を買わないんですよ!」

 

「仕方ないだろう、別にこれでも十分なんだから」

 

「いえ、先輩に似合う服もきっちり見つけてあげたいんです!」

 

 女の子と男の子の意識の差。

 そういうのを二人からは感じるが、衛宮くんが不承不承でも付き合ってるのなら問題はないだろう。

 

 全く、幸せそうなこと。

 そこまで行くと、羨ましくも思えてくるから不思議だ。

 何時か私にもそういう人は現れるのだろうか?

 考えても全く想像できない、人であるなら何れはそうなるのであろうとも。

 

「アリス先輩はどうしてこちらに?」

 

 桜も今更ながらに聞いてくる。

 今の私は、傍から見れば、クリスマス・イヴに一人で買い物している奴。

 うん、すごく嫌な話だ。

 

「凛、いるのでしょう。

 さっさと出てきなさい」

 

 だからこそ、道連れを作ったのだ。

 桜に対して挙動不審な凛だからこそ、つい隠れてしまったのかもしれないが。

 

「あら、桜に衛宮くん。 こんにちは」

 

 今ちょうどここに来たばかり、そう言わんばかりに凛が登場する。

 それに衛宮くんも桜も面食らった顔をしている。

 

「遠坂、先輩」

 

「あぁ、マーガトロイドと遠坂で買い物してたのか」

 

「そうなの、凛とデートしてたのよ」

 

 私がふざける様に言うと、凛に死角から踵を蹴られる。

 余計なことを言うなってことだろう。

 

「二人は何時も見ていてラブラブだから、見ていて微笑ましいわね」

 

「むしろ胸焼けしかしないのだけれど」

 

 私達が、畳み掛けるようにからかうと、衛宮くんは、うっと言葉を詰まらせる。

 私の相手が慣れてきたといっても、凛まで加われば、まだタジタジにできる。

 うん、衛宮くんをからかう時には、今度からは凛を連れてくることにしましょう。

 

「あの、えっと、先輩」

 

「ん? どうした、桜」

 

 桜が衛宮くんの耳を借りて、何かを小さく告げている。

 それに衛宮くんが頷くと、桜が意を決して私と凛の前に立つ。

 何か、勇気を込めても告白をするかのような、決心を込めた顔で。

 

「あの! アリス先輩に遠坂先輩! 明日、先輩の家でクリスマスパーティーをします! 是非来てください!!」

 

 勢いよく頭を下げた桜。

 私と凛は顔を見合わせる。

 私がどうする? と視線を投げかけると、凛は明らかに狼狽した顔をする。

 何かを悩むように、目まぐるしいまでに凛の中では思考が錯綜していることだろう。

 そうして少しの間、誰も動かなかったが、凛は意を決したかのように言う。

 

「明日は蒔寺さん達と約束があるの。

 だからごめんね、間桐さん」

 

「そう、ですか」

 

 桜から間桐さんに呼び方が変わった。見るからに明らかな拒絶。

 そうして落ち込んだように、影の入った桜。

 何も変わらないように見えるが、手をキツく握りしめている凛。

 本音は明らかなはずなのに。

 どうして重大な一歩のところで避けてしまうのだろう。

 見ていて歯がゆくてならない。

 

「じゃ、私たちはそろそろ行くわ」

 

「……はぁ、二人共、今日のデートを精一杯楽しみなさいな」

 

 逃げるように去る凛に続くべく、私も去り際の声を掛ける。

 

「じゃあ、またな」

 

「えぇ衛宮くん、桜をリードしてあげるのよ。

 それと桜、機会は一度だけではないわ。

 また、きっと誘ってあげて」

 

「……ありがとうございます、アリス先輩」

 

 自分を納得させるように、桜は何回も頷いていた。

 それを確認して、私はその場を後にした。

 どうして凛は、ここまで桜を避けるのか。

 わかりそうで、わからない。

 でも二人が、互いを意識しているというのだけは、理解はできているのだが。

 

 

 

「凛、どうして」

 

 どうして、逃げたの? そう声を掛けようとしたのだが。

 膝と手を地面につけて、ぬあー、と呻いている凛を見て、その言葉を留めてしまう。

 

「やっちゃった、折角桜が誘ってくれたのにやっちゃった……」

 

 見るからに重症である。

 早く治療をしなければ、手遅れになりかねないくらいに。

 

「しっかりなさい、凛。

 断った貴方が落ち込んでどうするの?」

 

「だって……、私と桜が関わってはいけないんだもの」

 

 拗ねたようにそう言う凛。

 この前は、間桐と遠坂が関わってはいけない、だったが。

 弱っているせいか、大分ガードが弱くなっているとみられる。

 

「そう、でも桜は貴方と仲良くしたいようだけれど?」

 

「だから困ってるのよぉ!」

 

 このままではドツボにはまりかねない。

 早急に対応するべきだろう。

 

「さ、立ちなさい凛。

 喫茶店で暖かい飲み物でも飲みましょう?

 そうすれば、妙案の一つくらいは浮かぶかもしれないわ」

 

 そう言って手を差し出すと、凛は無言で私の手を握り返す。

 さて、喫茶店はどこに行こうかしら?




後編、今日中に仕上げたい。
でなければ爆死してしまいます(遠い目)

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