冬木の街の人形師   作:ペンギン3

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今年も皆さん、是非ご贔屓ください!


第12話 宵闇の中で見つけたものは

 草木も眠る丑三つ時、静寂に支配されているはずの時間。

 現在は初夏だが、セミもこの時間帯に騒ぐことはなく、何時もは非常に静かな時間帯である。

 だけれど、そうはいかないとばかりに、ごっすん、ごっすん、と音が響き渡っている。 

 それは五寸釘を打ち付ける音。

 不気味さと執念を感じさせる音が、冬木の由緒ある寺、柳洞寺に響いていた。

 そして、その不気味さに気付いてしまった人物がいる。

 

「……何事だ」

 

 柳洞一成、柳洞寺住職の息子にして、穂群原学園書記である人物である。

 異様な音と共に目を覚ました彼は、何があるのかを確かめるべく布団を抜け、その叩き付ける音のする方角へ向かい始めた。

 

 ごっすん、ごっすん、ごっすん

 

 音は近づくに連れて大きくなっていく。

 一成の背中は、暑さから来るもの以外で流される汗で、ベッタリと濡れていた。

 

 (曲者? 馬鹿な、こんなところに来るはずがない。では矢張り、怨霊の類か)

 

 非現実的な状況。

 ならば導き出される答えも、現実から浮いた話になるのも道理である。

 だがそれは、何故この寺にやってきたのか。

 五寸釘を打ち付けるほどの恨みを、一体誰に残しているのか。

 もしやそれは、柳洞家に向けられる怨念の類なのか。

 

 様々な疑問と憶測、しかも悪い方ばかりにしか出てこないそれら。

 己が不徳が招いた事態か、それとも先祖の不義理か。

 

 考えても、答えは導き出されない。

 考えても、音は鳴り止まない。

 

 埒があかない。

 行くしかない、もしも一族の不徳が齎した怨念なら、甘んじて受け入れ、そして成仏して貰えるように最善を尽くそう。

 人生に数回程しかした事のない、不退転を決め込み、覚悟を決めるような決断を下した一成。

 

「是非もなし。

 この世は全て、色即是空。

 ならば、己と貴様の違いなど、何もありはしない」

 

 自らを奮い立たせるように、そして恐れを払うようにして一成は大きく踏み出した。

 もう何も怖くない!

 

「悪霊退散、疾く輪廻の輪に帰るが良い!」

 

 高圧的に言い放つ。

 これで意識が自分に向けば御の字。

 もしかしたら、兄や他の者は巻き込まれずに済むかもしれない。

 自己犠牲の自己満足だが、それほどに一成はこの寺や、ここにいる人達が好ましかった。

 だから来い悪霊、俺が相手をしよう。

 

 覚悟を決めた者が発する一喝。

 そして目論見通り、悪霊は五寸釘を打つのをやめて、一成の方へと向いた。

 影法師のように、暗く見えないながらも、シッカリと声をした方角を見つめている。

 

 ドクン、ドクン、と自身の鼓動の音が一成を支配する。

 影法師は動かない、ゆっくりと一成を見上げるだけだった。

 

「どうした悪霊!臆したか!」

 

 更に声を震わせて、注意を引く。

 それが自分の役目と定義付けて。

 

「乙女を相手に悪霊とは、ご挨拶ね」

 

「……何?」

 

 だから返答があったのには、ひどく驚いた。

 女、しかも若い声。

 それもどこかで聞いたことのある。

 

「何奴だ!」

 

 それでも正体が分からないから、何者かを問うた。

 そして天がそれを聞き届けたのか、雲に隠れていた月が、その姿を現したのだ。

 

「こんばんは、柳洞くん」

 

 月が照らし出した正体。

 それは明らかに日本人ではなかった。

 黒い黒衣に身を包んだ、正真正銘の魔女の装い。

 だが呪術の方法が藁人形なあたりに、ちぐはぐさを感じずにはいられなかった。

 

「何をしている、魔女。いや、貴様は……」

 

 何度も見たことのある姿。

 仏敵に指定することに戸惑いを覚えないその在り方。

 間違いようがなかった。

 

「魔女、ね。

 日本式では、これが正しいと聞いたのだけれど」

 

 アリス・マーガトロイド、憎き遠坂の盟友にして、欧州より飛来した奇術師。

 何故ここにいるのか。

 そもそも藁人形などを、どうしてこの寺で打ち付けていたのか。

 何もかも、意味が分からなかった。

 

「そ、そもさん!」

 

「説明は必要かしら?」

 

 つい口をついて出た、自身の慟哭。

 この状況を生み出した魔女は、自ら説明してくれるとのことだ。

 だから一成は、一も二もなく提案を受諾する。

 こうして、アリスと一成は夜の密会を始める運びとなった。

 

 

 

 

 

「茶漬けだ」

 

「夜分にお邪魔したのに悪いわね」

 

 目を回していた柳洞くんだったが、フラフラとしながらも、私を寺の中に招き入れてくれた。

 自身でも、凶行に及んでいたのは否定し難い事実であるので、批判は甘んじて受けよう。

 それに今回の件は、実験も兼ねていたが好奇心の面が大きかった。

 他人に迷惑を掛けた点について、柳洞くんに何を言われても文句は言わないつもりだ。

 

「それでだ、貴様は何故悪鬼の如き所業に勤しんでいたのだ?

 理由もなくあのような凶行に及んだのなら、今すぐ厄祓いの必要性を感じるが」

 

「この寺は厄も除いてくれるの?」

 

「貴様が悔い改めるのなら、それもまた、だ。

 もしも改宗をするのなら、この柳洞寺を利用するがいい。

 幸いにして、寺には異端審問は存在せんからな。

 多少教義を曲解していても、罰せられることはない」

 

 中々どうして、達者なものだ。

 宗教家とは皆、須らく滑らかな口を持っているらしい。

 ルーマニア宗主宮殿の聖職者や、冬木に来た時に会った神父等も雄弁であった。

 

「柳洞寺への嫌がらせの可能性、これは考えないのかしら?」

 

 話の腰を折るように、私は邪推を投げかける。

 柳洞君との会話が、中々どうして面白かったから。

 だから少しばかり会話をしたくなった。

 しかし、柳洞くんは首を振り、鋭い目つきで私を睨みつけていた。

 

「思ってもいないことを言うな、鬱陶しい」

 

「あら? どうしてそう思うのかしら」

 

 見透かすように、柳洞くんは一刀両断にする。

 だが、私はしぶとく絡む。

 それによって、どのような答えが引き出せるのかを知りたいから。

 

「貴様の口角が上がっている。

 それだけで、おちょくろうとしている魂胆が分かるというものだ」

 

 成程、そうなっていても不思議はない。

 口元を確かめるまでもなく、それは認めた。

 

「おちょくるだなんて、人聞きが悪いわ。

 会話を楽しみたかっただけよ」

 

「魔女の詭弁だな」

 

「宗教家のお説教には負けるわよ」

 

 特に有難い類のモノにはね。

 

「そう思うなら、少しは耳を傾けるが良い」

 

「私にとって、益か徳があったりすれば、そうするわ」

 

「生兵法は大怪我の元。

 忠告は全てを聞いて、実行するべきだ」

 

 ご都合主義が過ぎると、全てが自分に帰ってくるという訳ね。

 流石は寺の子、言うことが一々説教臭い。

 

「今のは有益な言葉だから、心に留めておくわね」

 

「フン、好きにしておけ」

 

 ずずっと、自分の分の茶漬けを掻き込みながら、柳洞くんは胡乱な目で私を見る。

 その目が語っている、ここに何をしに上がり込んだのか、忘れたわけではあるまいな、と。

 

「そろそろ話すとしましょうか」

 

「貴様が話の腰を折るから、こうも遅くなった」

 

「女子はね、3人いなくても会話をしていれば饒舌になる性があるの」

 

「単に姦しいだけではないか!」

 

 その姦しい私に受け答えしてくれる柳洞くんも、十分に素質はあるだろう。

 流石は宗教家、話しかけられたら無視できない。

 その性には感服する他ない。

 

「さて、どうでしょうね。

 で、手紙なのだけれど」

 

 何かを言い足りないように、ピクリと眉を動かす柳洞くん。

 だが、再び脱線するのが面倒なのだろう、何も言わずに黙って話を聞いていた。

 

「私の友達がね、面白い手紙をよこしてきたのよ」

 

「それがどうしたというのだ」

 

「その内容が興味深くて、今回試してみたくなったのよ」

 

 露骨に顔を顰める柳洞くん。

 どこの馬鹿が、訳の分からない手紙を寄越したのだ?

 そんな雰囲気が、分かりやすく伝わってくる。

 

 そんな柳洞くんが気にしている手紙。

 その中身はこの様な感じであった。

 

 

 

 

 

 アリス・マーガトロイドさんへ

 

 

 それにしても最近、一段と暑くなってまいりましたね。

 ですが近くに湖があるので、神社の近くは涼やかな風が吹いております。

 それでも汗が止まらないので、タオルは必須品です。

 その為、神社にいる時は巫女服を着ていることが多くなりました。

 アリスさんに送った、写真の服です。

 

 見ての通り、大変通気性に優れている反面、露出が過多でちょっと恥ずかしいです。

 でもこれを着ていると、澄み切った気持ちになれるので私は好きなのですけどね。

 神奈子様も、「風祝たるもの、神の御心を忘れぬように巫女服はきっちりと着込め」って仰ってましたし。

 諏訪子様はそれを聞いて、「単なる神奈子の趣味だね。別に私は早苗がワンピースを着てようが、ゴスロリを着てようが構わない」と仰られて、神奈子様と論争を始めておりました。

 何時も通りの光景です。

 最終的には、私は巫女服が好きな旨をお伝えして、その場を抑えましたが。

 

 アリスさんもいずれ、着てみませんか?

 きっと美人なアリスさんなら、何を着ても似合うと思いますし。

 お胸のサイズを教えてくれさえすれば、きっちりと調節します!

 だから気軽に教えてくださいね。

 

 ところでアリスさん。

 日本の夏の風物詩をお知りでしょうか?

 浴衣、花火、かき氷など、素晴らしいものは如何様にも存在するのですが、もっと夏らしいものがあるのです。

 それは何か?

 答えは幽霊などの怪談話などです。

 この前、アリスさんの住んでいる所には、お寺があると言っておられましたね。

 そこを舞台に、新たな怪談を作られては如何でしょうか?

 そもそもお寺自体、神様の信仰を横取りしていく、ロクでもない人達なのです。

 なので、今回はお寺の人達の肝を冷やしてあげればいいと思います。

 という訳で、そのお寺を舞台にしましょう。

 そしてアリスさんを小馬鹿にした、呉服屋の人にも鉄槌を下せるので、一石二鳥です!

 方法は簡単、お寺の一番年数が高いであろう大木に、思いを込めて藁人形を五寸釘で打ち込むだけ。

 呪い(まじない)の類のものですが、きっと効果はあるはずです。

 これは日本の伝統芸能のようなものなので、遠慮することはありません。

 ガツンと決めればいいのです。

 

 アリスさん、ファイト!

 

 あ、それと、特に恨みがない場合でも、ストレス発散には藁人形は有効ですよ!

 ごっすんごっすんと、打ちまくっちゃって下さい!

 恨みを込められてない藁人形は、厄除け人形に早変わりしますからね!

 打ち込んだ場所の避雷針になってくれるでしょう。

 だから迷惑なことなんて、一つもないんですよ?

 

 と、本当は書きたいことがもっとあるのですが、あまり長文が過ぎるとアリスさんもお疲れするでしょうから、そろそろ筆を置くことにします。

 ではアリスさん、貴方の来訪を一日千秋の思いでお待ちしております。

 神奈子様や諏訪子様もアリスさんが来るのを、すごく楽しみにしています。

 人生ゲームなども買ってみたので、またみんなでやりましょう。

                                                                                                           かしこ

 

 東風谷 早苗

 

 

 

 

 

 ……今日も早苗は平常運行であった。

 また近いうちに顔を出さないと、そう思っている。

 それは兎も角である、何故この手紙の内容を実行に移したのか?

 それが問題になる点であろう。

 

 早苗の言う通りに、楓への復讐の為か?

 それは否、楓には穂群原の黒猫のあだ名をプレゼントした。

 美綴さん経由で広めたあだ名は、実にうまく定着した。

 影ではクロネコヤマトという名が、広まっているとか何とか。

 

『黒豹だって言ってんだろ! バカヤロー!!』

 

 そう叫びながら、必死に訂正して回る楓に溜飲を下げて以来、私はもうあの件については何も禍根は残していない。

 それならどうしてか、というと単なる魔術的な実験をしてみたかった、というのが本音である。

 

 柳洞寺、この場所は冬木市の中で1、2を争う霊脈地である。

 更には歴史があり、相応の因縁も溜まっている。

 それなりの数の思念も渦巻いており、一種の特異点でもあるこの場所。

 これだけの条件が揃っていれば、行動に移したくなるもの。

 そして誂え向きに、早苗の手紙には丁度、面白いものが書かれていた。

 日本式の黒魔術(ウィッチクラフト)が。

 

 これの面白いところは、早苗の書いた通りに、ただ相手に災いをもたらすだけではない。

 厄除けとして、身代わりにもなってくれる側面があるというところだ。

 だから私は、まず柳洞寺にこの藁人形を打ち付けて、どれほど厄を集めるのかを試すところであった。

 厄が集まれば集まるほど、災厄に対しての避雷針としての効果があるということである。

 そして厄が溜まった藁人形は、もしかしたら物理式のガンドに転用できるかもしれない、そんな企みも込めてのものであった。

 

 その経緯が柳洞寺の大木に、藁人形を打ち付けていた理由だ。

 だが、それをそのまま言うわけにも行かない。

 だから私は代わりに、こう述べた。

 

「夏の風物詩と聞いて」

 

「戯けが!!!」

 

 ……無論、こんな戯言が通用するとは思っていない。

 やっぱり駄目ね、と自分でも分からざるを得ない。

 溜息とともに、私は柳洞くんのあまりに鮮やかすぎる喝破に、舌を巻く。

 流石は寺の子。

 

「自らの欲望を満たすために神聖なる寺を私するとは!

 貴様は恥を知らないのか!」

 

「恥らいを知らない女は、女として終わってると思うわ」

 

「それ以前に、貴様の常識が終わってるとも思えるがな」

 

 だが感心していても、手厳しいことに違いはなかった。

 こうも言われると、自分が悪くても、何かを言いたくなる。

 それが言い訳だと分かっていても。

 

「……葛木先生にね、ついさっき会ったの」

 

 だから私の用意できる、とびきりの言い訳を使った。

 言い訳を、言い訳だと断言できないような。

 

「何?」

 

「先生と私が、五寸釘を打っているところで会ったの。

 ここに先生が住んでるなんて、驚きだったわ」

 

 

 

 これは柳洞くんに会う、30分前のことであった。

 静かに音を立てずに影法師のごとく、葛木先生が何時の間にか立っていたのだ。

 嫌な汗が止まらなくなっていた。

 ここで停学何て恥を晒す羽目になりかねないから。

 もしそうなったら、私は暫くただの魔術を研究する土竜となっていただろう。

 しかし普通の教師と、葛木先生は違ったらしい。

 

『ここで何をしている』

 

 明らかに不審な私への第一声。

 それは正しく、不審者への呼びかけ。

 

『自主的課外授業です』

 

 私も半ば開き直って、そう答えた。

 最早これまで、そんな諦めもあっての妄言でもあった。

 しかし、だ。

 

『そうか、だが未成年の深夜徘徊は認められていない。

 用事が済んだのなら、早急に帰宅しろ』

 

 用事が済んだのなら。

 つまりは用が済んでない場合は、活動が可能であるということ。

 

『それはこのまま続けても良いということでしょうか?』

 

 僅かな望みをかけての問いかけ。

 最悪、ヤブヘビをつつく事に成りかねない愚行。

 しかし、葛木先生は真面目で裏芸が出来ない、率直に聞いたのだ。

 

『自主的な学習は、教師として大いに評価する。

 しかし、違反行為には変わりない。

 故に黙認する、しかしそれは違反を是認するとはまた別の問題だ。

 終わり次第、早々に帰宅していなかった場合は、罰することになるであろう』

 

 だから帰ってきた答えには驚いた。

 融通を聞かせてくれると、そう言ったのだ。

 私は静かに頭を下げてから、最後にひとつ、と質問を投げかけた。

 

『自主学習と言いましたが、明らかに今の私の行動はおかしなものです。

 正直に言って詭弁にしか見られません。

 なのに、どうして先生は私の言うことを信用なさったのですか?』

 

 馬鹿なことをした、自分でもそう思う。

 態々見逃してくれる人に対して、投げかける問いではなかったから。

 しかし、葛木先生は振り返り、その井戸のような目で私を見つめていったのだ。

 

『マーガトロイドは優等生である。

 それは事実であり、自らで課した試練を処理するからこそ、成せるものだからだ。

 だからこの活動がその一環であるとの言葉に、何ら疑問を差し込む余地はない』

 

 それだけ言い終えて、葛木先生は音もなく歩き始める。

 それを確認してから、私は再び五寸釘を打つ作業に戻ったのだ。

 先生が認めてくれたのだ、速やかに終わらせて変えるのが筋、そう思ったからだ。

 

 

 

「成程、ではしかし……」

 

 柳洞くんが厳しい視線を私に向ける。

 言いたいことは予想がつく。

 

「なら貴様は、俺の誘いに乗ることなく、さっさと帰ってしまった方が賢明だったのではないか」

 

「それは一理あるわね」

 

 そう、本来なら早めに帰宅するのが礼儀であり、そうするべきであるのだろう。

 しかし、私はここにいる。

 

「ではどうしてここで寛いだままでいるのだ」

 

「布団は貸して頂けるかしら?

 まさか女の子を一人で、真夜中に放り込むわけがないわよね?」

 

 出来るだけ綺麗に、印象に残るようにニッコリと笑う。

 きっと、我ながらイイ笑顔をしていることだろう。

 

「貴様!? 泊まり込むつもりか!」

 

「いっそのこと、その方が合理的かと考えたのよ」

 

 それに、今回お邪魔させてもらったのは、柳洞くんに見られたから。

 私は怪しげなことをしていた、それは紛れもない事実。

 しかしこのまま何も言わず帰れば、それこそ後日に柳洞くんが、怪しげな噂を流すことにもなりかねない。

 だから現行犯のうちに、釈明をしておこうと考えたのだ。

 

 そうして柳洞くんは、苦虫を噛み潰した上に、青汁を一気飲みした顔をしていた。

 そして葛藤の間でどうするか揺れ動きながら、私の方を見る。

 そうしてようやく、結論を出したようだ。

 

「……分かった、柳洞寺への滞在を許可しよう」

 

「ありがとうね、柳洞くん」

 

 渋々、本当に緊急避難だから、そう言い聞かせるような悲痛さを感じさでの言葉。

 ここまで厄介者扱いをされるとは……。

 まぁ、当然な話であるのだが。

 

「しかし、だ」

 

 釘を刺すように、鋭い口調で柳洞くんは告げる。

 

「俺は隣の部屋で待機する。

 貴様を家に上げて、何やら害がないとは言い切れないからな」

 

「……おちおち寝られそうにないのだけれど」

 

「自業自得だ、自分の不徳を恨むがいい」

 

 何を仕出かすか分からないから、監視の手を緩めるつもりはない、そういうことか。

 

「あなたは寝られなくなるけど、良いの?」

 

「責任は負わねばなるまい、致し方ない」

 

 一晩、起きて明かすことを決意したようである。

 自分で責任が取れる範囲で取ろうとする、立派なことではあろう。

 そしてこの中で、私だけがのうのうと寝るのは、居心地が悪いにも程がある。

 

「ねぇ、柳洞くん」

 

 だから私は提案する。

 自分が納得できるようにと。

 

「一晩中お話しましょうか」

 

 

「……なに?」

 

 柳洞くんは意味が分からなそうに、葦が言葉を発したかのような驚きを迎えていた。

 

 

 

 

 

「良いわね?」

 

「いらん」

 

 無論そういうと思っていた。

 私に気を使って、とかそういうのではなく。

 ただ単に、女の子と、もっと言えば私と喋るのが億劫なのだろう。

 

「でも私はとっても暇なの」

 

「寝れば良いだけの話だ」

 

 遠まわしに寝ないという宣言なのに。

 柳洞くんは全くそれに、歯牙にかけようともしない。

 ……ちょっとだけ、ムキになる。

 

「絶対に寝ないわ、私」

 

「阿呆なのだな、貴様は」

 

 テコでも動かぬ。

 正座をしながら覚悟を決めると、本当のバカを見る目で、柳洞くんは私を見ていた。

 どうも暖かな視線をありがとう、柳洞くん。

 そんな柳洞くんにお返しをしてあげよう、たった今、心にそう決めた。

 

「ねぇ、柳洞くん。

 恋バナでもしましょうか」

 

「好かん話だ。

 何故そのような我々に全く関係が無いであろう事柄を、話し合わねばならぬのだ」

 

「それが女の子の主食だからよ」

 

 これだから女は、と嘆息しながら宙を仰ぐ柳洞くん。

 もっと呆れればいい。

 あなたが辟易とすればするほど、楽しくなってくるのだから。

 

「だからね、衛宮くんとの関係。

 ぜひ聞かせて欲しいわ」

 

 できるだけニコニコとしながら、柳洞くんに話しかける。

 ごく自然に、だけれども大胆に。

 

「……マテ、何故そこで衛宮の名が出てくるのだ!」

 

「だって貴方達、ずっと一緒じゃない」

 

 4月上旬。

 困っている柳洞くんを、衛宮くんが手助けしたのが始まり、らしい。

 

 いつも一緒にいるのね。

 

 私の問いかけに、衛宮くんはそう答えてくれた。

 

「これだから女は……言っておく。

 衛宮とはそのような不純な関係では断じてないっ!

 もっと高潔な、同性同士での契りがあるのだ!」

 

 女性不信、とまではいかないでも、相当な偏見があるのだろう。

 なにか、いけない方向へ傾倒している気がしてならない。

 ……半ば冗談で言ったことだけに、驚きであった。

 

「女なんかでは触れられない交わりのようなもの、かしら?」

 

「そうだ、衛宮との間には断金の交わりが存在するのだ」

 

 自慢げに語る柳洞くん。

 それはどこまでも、純真無垢で、本気で衛宮くんを信頼しているのが伺える。

 入学してまだ一年も経ってないのに、ここまでの信頼を築き上げた衛宮くんと柳洞くん。

 それは取っても綺麗で、憧れさえも抱いてしまうもの。

 でも彼は知っているのだろうか?

 

「衛宮くん、彼女がいるわよ」

 

「なん……だと!?」

 

 有り得てはならない、キリスト教徒が悪魔を見かけたような顔で、柳洞くんは私を見る。

 だがそれも一瞬のことであった。

 すぐに落ち着いた顔に戻ると、柳洞くんは咳払いを一つした。

 それだけで、彼は落ち着きを取り戻した。

 

「衛宮のことだ、いい加減な女性は選ぶまい」

 

 当たり、とってもいじらしい女の子である。

 きっと柳洞くんでも納得するような、そんな良い子。

 

「親友のことは分かるものなのね」

 

「して、どのような人物なのだ?」

 

 でもやっぱり気になってしまうのが人情で。

 友達が大好きな柳洞くんは、もっと衛宮くんを気にしてしまう。

 

「そうね、何時も衛宮くんの一歩後ろを歩いているけど、隣に並びたそうにソワソワしていて。

 そうして衛宮くんと手を握って隣を歩けたら、すごく幸せそうな顔をするの、そんな娘よ」

 

「……そうか」

 

 顎に手を当てて、柳洞くんは目を瞑る。

 きっと、衛宮くんの恋人さんのことを。

 桜と衛宮くんが並ぶ姿を想像している。

 

 そうして静かな時が、空気が流れる。

 この静けさは、壊してはいけない。

 今は柳洞くんの邪魔をしてはならないから。

 

 そして、静かな時間が訪れ、幸せそうな桜を幻視した時。

 柳洞くんは目を開けて、そうしてニヤリと笑った。

 

「衛宮には、多少奥手な方が似合うのかもしれぬな。

 あれは守ってやるものが隣にいるほうが、幸せになれるタチなのだから」

 

「親友のことはお見通し?」

 

「……貴様も見れば分かるであろう。

 衛宮は危うい、要らぬ危惧を覚えるほどに」

 

 そのアンバランスさが、とっても良いの。

 見ていて穏やかになれて、そうしてちょっと心配になる。

 だって、あのままだと幸せになりきれないのは、明白であるのだから。

 

「何を考えている」

 

 何時の間にか、柳洞くんが私を睨んでいた。

 その目に宿る光は、鋭く射抜くだけではなく、苛烈ささえも感じて。

 

「衛宮のことで、何を考えていた」

 

 淡々と紡ぎだされる言葉が、彼が本気で私に対しているのだと、実感できる。

 

「別に、ただね衛宮くん。

 あのままだと……」

 

 幸せになれない、幸せを見ていないのだから。

 そう言おうとして、柳洞くんが首を振った。

 

「言わなくていい、言霊は溜まっていくものだからな」

 

「……そうね」

 

 不吉なことは、言葉に出す必要などないということ、か。

 成程、抑止力も誰かの、誰か達の言葉が集まって発生するかもしれない。

 そんな愚にもつかない事を考えて、柳洞くんの言葉を納得した。

 

「衛宮の不幸が嬉しいのか?」

 

 未だに私を真剣に射抜きながら、柳洞くんは問いかける。

 衛宮くんの不幸?

 ……どうなのだろうか。

 

「衛宮くんが衛宮くんらしく居て欲しい。

 でもそう考えると、衛宮くんは、青い鳥を見つけることが出来ないわ。

 だから、すごく複雑なの」

 

 彼の幸せはどこにある?

 そんなのは見れば分かる。

 

 でもそれなのに、彼は近くの青い鳥には目を向けない。

 それどころか彼は、彼自身が青い鳥になりたがってる。

 青い鳥は自らの世界を出るとダメになってしまうというのに。

 

「そうか……」

 

 何とも言い難い表情で、柳洞くんは漏らした。

 そうして彼が私を見上げた顔には、先ほどの陰も険も無くなっていて。

 ポリポリと自らの頬を掻いていた。

 

「いや、すまん。

 少々熱くなってしまった」

 

「気にしてないわ。

 でも、どうしてそこまで踏み込んだのか、聞いてみたいものね」

 

 さっきの柳洞くんは、本気で怒っているようだった。

 でも今は逆に、何かを恥じているようでもあって。

 ……どんな勘違いを起こして、そして自己解決したのかを聞きたくなったのだ。

 きっと私は性格が悪い、だから聞きたいのであろう。

 

「貴様が、衛宮の危うさについて語っていた時。

 笑っているようにも見えた」

 

 笑っていた?

 

「だが今になって思うと違っていた。

 あれは、母が子を思う時の顔だ」

 

 ……はい?

 

「随分と大きな子供が私にはできていたのね」

 

「貴様は自分の想像以上に、母性が大きいのかもしれん」

 

 ……どういうことなの。

 分かっているといわんばかりに頷く柳洞くん。

 そんな彼にゲンナリとした気持ちが私に沸かせてくれる。

 

「私はしたいことがあるから、結婚なんてする気はないの。

 暇なんて、全部終わるまでないのよ」

 

 そう、だから私は。

 この手で、自らの研究を完成させるまで……。

 

「だがな、貴様は寂しがり屋の子供にも見えるぞ。

 あぁ、成程、そういうことか」

 

 再び何かを自己解決したかのように、柳洞くんが深く頷いた。

 一体なんなの、本当に。

 

「急に貴様が煩わしくなくなったと思ったら、子供の相手だと、そう考えていたのか、俺は」

 

 ふむふむ、などとほざいて納得している柳洞くん。

 だが乙女を捕まえてそれはあまりに、ひどい物言いではないのか。

 

「失礼極まりないわね」

 

「もっと精進することだな」

 

 誰が寂しがり屋なものか。

 誰が……子供なものか。

 

「母性は強いのであろうが、ひどく子供っぽい。

 中々に難儀なタチなのだな、お前は」

 

「注釈を付けたがるところに、宗教家の浅ましさを感じるわ」

 

 しかも神様の言葉を、好き勝手に弄り倒したりするのだから、不敬千万だ。

 

「難癖の付け方が、また子供だ。

 黙っていた方がいいのではないか?」

 

 墓穴を掘ることになるぞ。

 そんな忠告を冷静によこす柳洞くんに、私はついに沈黙することにした。

 これ以上揚げ足を取られるのは、私にとって、腹立たしい限りだから。

 

「うむ、どうやら朝日が昇りつつあるな」

 

 柳洞くんの妄言に、私が悩んでいる間に。

 そんな間に、真夏のせっかちな太陽は少しばかり顔を覗かせていた。

 

「……お暇するわ」

 

「うむ、早く家に帰れ」

 

 出来るだけつれなく言ったつもりだが、それ以上に柳洞くんは素っ気無い。

 もう、何もかも知らないわ。

 

 ……確かにこれは少し、子供っぽい怒り方かもしれない。

 きっと、柳洞くんが言葉を捏ねくり回したから、言霊になって私についているのだ。

 私は普段、落ち着きがある方なのだから。

 

「そういえば、なのだが」

 

 立ち上がっていた私に、柳洞くんが何気なく、といった風情で問いかけてきた。

 

「衛宮が困っている時、貴様は助けようと思うか?」

 

「……大したものね、そこまで行くと」

 

 どれほど衛宮くんが好きなのだろう。

 本当に呆れてしまう。

 

「助けるわよ、友達だもの」

 

 純粋に友情だけでは無いとしても。

 それでも彼を、私は助ける。

 そんなことを聞いてきた彼への呆れも含めて。

 私はため息を吐くのだ。

 

「そうか……。

 では、これからもよろしく頼もう」

 

「そうすれば……あなたと私もお友達なの?」

 

 意地悪には意地悪で対抗する。

 利用価値があるから、友達なの?

 それだけだというのなら、私はきっと拗ねてしまう。

 拗ねて柳洞くんとは話さなくなるだろう。

 

「誰が貴様と友など」

 

 そもそも前提からしておかしかったらしい。

 唯の衛宮くん通の情報屋として扱う気なのか。

 それもそれで、釈然と行かないものがある。

 

「グレてしまいそうね」

 

「真夜中に徘徊しているのだ。

 十分にグレてしまっているだろう」

 

 倫理と道徳、無いと困るが振りかざされると些か異常に面倒である。

 魔術師なのだから、少しは勘弁いただきたいもの。

 まぁ、どうにもならない、ぼやきなのだけれど。

 

「貴様と俺は同好の士だろうと思っただけだ」

 

 不貞腐れているであろう私に、柳洞くんはそれだけ言うと、追い払うようにしっしと手を払う。

 もう帰れということだろう。

 

「貴方は衛宮くんと結婚できたら幸せだったのかもね」

 

「捨て台詞か?

 ならば言葉をもっと選んで言うべきだな」

 

 ならばそうするとしよう。

 子供っぽくても、意地になっているだけだとしても。

 一矢報いねばなるまい。

 だから去り際、靴を履いたところで私は言ったのだ。

 

「……あなたと衛宮くん、何だかいやらしいわ」

 

「んなっ!?」

 

 木に打ち付けた藁人形を引っこ抜き、私は出来るだけ悠然としながらそこから退く。

 柳洞くんが口をパクパクしているのが、私にとって愉悦でもあった。

 

「精々叶わない片思いを続けておくことね」

 

「き、貴様!? 俺と衛宮に不潔なところなどない!」

 

 本当の捨て台詞を残し、私は柳洞寺を下る。

 柳洞くんが何かを叫んでいるか、それはただ私の気分を小刻みに良くするだけ。

 ふふ、とつい笑いを漏らしてしまうほどに。

 

「じゃあね、柳洞くん。

 学校でまた会いましょう」

 

「貴様、訂正してやる。

 意地でもその認識を代えさせてくれるわ!」

 

 あらあら、それは楽しみ。

 でも気付いているのかしら?

 今のあなた、とっても子供っぽいわよ?

 

 

 

 

 

「思ったより厄は溜まっていなかったわね」

 

 自身の部屋に帰って最初に確かめたこと。

 それは藁人形だった。

 それなりに期待していただけに、残念さがないというのは嘘になってしまう。

 そうして藁人形を検分し続けて……気付いた。

 

「これは……なにかしら?」

 

 厄とか、怨念とか、そういうものの他に詰まっているものがあった。

 それが溜まるはずの厄などを押しのけて、存在していたのだ。

 なんなのだろう、これは。

 

「仄かな思いを感じるのだけれど」

 

 ひどい執着のようなもの。

 憧れや、羨望や、嫉妬。

 それらがひどく入り混じったもの。

 これをあえて言い表すならば。

 

「情念、かしら?」

 

 誰の、一体どうして、なんてわからない。

 でもきっと、柳洞寺のあの場所で、昔に何かがあった。

 一体何が? どうしてそんなに想っているの?

 過去が見れるわけでもなし、そんなものは分からない。

 だけれど、それだけ求めていたものが、その場にあったのかもしれない。

 そんなものが漂っている、ということは……。

 

「それは手に入れられなかったのね」

 

 どうしても手に入れたいものが、手に入らない。

 それはもどかしくて、悔しくて、そして切ない。

 

「叶わない願いもある、か」

 

 でも無念に思うほどに、その願いが残っているというのならば。

 

「叶えてあげられれば、きっと救いになるのかしらね」

 

 願いの主に幸いを。

 私にできるのは、そのささやかな願いを捧げることだけだった。

 

 ……興味深いことがあったのは良いことなのだが、それでも実験の失敗は失敗なのだ。

 次は墓場で藁人形ね。

 そう心に決めて、私はベッドのシーツを羽織った。

 今日は休日、好きなだけ寝れてしまう日なのだから。

 

 

 

 

 

 これは後日の学校での話である。

 

「おい、そこな魔女。

 今日こそは訂正するぞ。

 俺と衛宮の仲を正しく認識してもらうぞ」

 

 柳洞くんが私に対して、怪しい言葉で話しかけてきて。

 周囲はザワザワとか、ヒソヒソと言った感じに話し始めた。

 柳洞くんが私に、説けば説く程にそれは広がっていき。

 

「おい! 衛宮との仲がなんだって?

 僕を抜きに衛宮の話をしないで欲しいね」

 

「貴様は……なんだ、問題児の間桐ではないか」

 

「なんだ、とはご挨拶だね。

 衛宮と僕は(義理の)兄弟なんだけれど。

 何か言いたいことはあるかい?」

 

「なんだと、貴様と衛宮が義兄弟?

 笑わせてくれる、貴様は衛宮以外に友がおらんだけだろう」

 

「……お前、僕が下手に出ればつけあがってくれちゃってさぁ。

 何だよ、衛宮は僕のだ。

 あまり口出ししないで欲しいね」

 

「貴様に縛られるほど、衛宮の可能性は低いものではないわ!」

 

「衛宮を便利屋風情に仕立て上げるだけの生徒会が何を!

 この泥棒猫が!」

 

「き、貴様!」

 

 何とも面白い風景。

 柳洞くんは私を放っておいて、間桐くんと楽しげに衛宮くんの良いところを上げる戦いを始めていた。

 そしてそれは休み時間が終わるまで続いて。

 

 その時から、学校のホットな話題がひとつ加わった。

 それは衛宮のトライアングルと呼ばれる三角関係。

 衛宮くん本人にだけは情報がガードされているそれは、穂群原学園屈指の名物となっていた。

 

 パンとサーカス、騒ぐ阿呆に見る阿呆。

 学校内での娯楽に飢えている生徒たちにとって、それは格好の獲物であった。

 そして、そこに藤村先生が加わり、来年には桜まで参戦するのは、神のみぞ知る話。




fate一期の最後、あのタイミングでのTHIS ILLUSIONは神でしたね!
……そして今回がちょっとアレな回だったのは、寺の子が全部悪いんです!(責任転嫁)

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