冬木の街の人形師   作:ペンギン3

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第13話 行き交う中での迷いもの

 新都、冬木市において、近代的に発展している東側の地区。

 そこには、ビルやデパートが建ち並び、若者達が闊歩している。

 そんな喧騒溢れる場所。

 その新都にあるデパートの一角、そこで私は悩んでいた。

 

「お客様、どの様な物をお求めでしょうか?」

 

 いま私が相対しているのは、ニコニコと営業スマイルを前面に見せて、あの手その手で商品を押し付けようとする悪魔。

 要するに店員であるが、彼らは求める商品を見繕ってもくれるので、ここは相談してみるのも、手の内であろう。

 

「伊達眼鏡、どれが似合うと思いますか?」

 

 ここは眼鏡売り場、数々の眼鏡が並んでいて私はそこで悩んでいる。

 どの眼鏡を買っても一緒と言われるかもしれないが、それでもやはり精一杯悩んでしまうのは、お年頃というやつなのだろうか。

 端的に言うと、自分に似合うようなものが欲しい。

 イメージは前に出会った両義幹也、彼の黒ぶち眼鏡の様なものだ。

 

 自分にピタリと合う、それは簡単なようで難しい事。

 両義幹也はその点において、自身を確立していた。

 これしかない、そう思うほどの物を探して私はここに来たのであるが……。

 

「はい、お客様にはどれも大変良くお似合いになりますよ」

 

 ……ダメ、典型的なべた褒め店員のようだ。

 服屋などでよく見かけ、何でも似合うと褒めそやすから逆に胡散臭く感じる。

 

「そう、ありがとうございます」

 

 もうこれ以上は聞かない。

 そういう意図も込めての、ありがとうございます。

 それを察したのか、店員もしつこく付き纏うことなく、そっとその場を離れていった。

 その後ろ姿を確認して、さて、どうしたものかな、と悩み続けようとしていた時の出来事だった。

 

「おぉ、マガトロじゃんか。

 こんなところで何をしてるんだ?」

 

「ここは眼鏡売り場だ。

 必然的に何をしているかは明確だろう」

 

「マーガトロイドさんも、眼鏡かけるんだぁ」

 

 騒がしい声、私に向けられている類の声。

 そして、聞き覚えのある彼女達の声。

 おや、こんな所で出会うとは。

 そう思って振り向くと想像通り、穂群原陸上部に所属している、3人娘の姿が存在していた。

 

「揃いも揃って、ご挨拶ね。

 貴女たちも買い物かしら?」

 

「んっにゃ、冷やかし兼涼みに来ただけ」

 

「外、暑いもんね」

 

 パタパタと胸元を扇ぐ楓に、三枝さんが簡単に説明してくれた。

 なるほど、確かに外は暑い。

 それに汗が幾つか浮かび上がっている楓を見ていると、より説得力が増す。

 ……だけれど、薄着で扇ぐのは、とてもはしたないから止めなさい、楓。

 

「こちらはそういう訳だが、マーガトロイド嬢、君はメガネを必要なほど、視力は悪かったか?」

 

 流石に鋭い、彼女は良く物事を見ている。

 私の教室での席は後ろの方なので、考えれば簡単にわかることなのだが。

 そんな氷室さんから探るような視線を感じて、私は隠すことでもないので、正直に答えることにした。

 

「伊達を探しに来たの。

 どんなのが似合いそうかしら?」

 

 いま手に持っている、黒縁だけれどスマートな眼鏡をかけてみる。

 それに氷室さんはふむ、と呟いて。

 

「シンプル故に、悪くはないが良くもない。

 これといって特徴がない、といったところか」

 

 きっぱりと言ってくてた。

 自分でもそう思っていたから、そう言う意見はありがたい。

 

「どちらかといえば、こちらの方が似合いそうではある」

 

 そして氷室さんは、やや四角張った青いふちの眼鏡を持ってくる。

 さて、折角だからかけてみようか。

 黒縁のメガネを元に戻して、氷室さんから渡された眼鏡をかける。

 

「悪くない、だな」

 

「そうね、確かに悪くはないわ」

 

 さっきかけていた眼鏡よりも、あっているといえばあっている。

 でも、これは……。

 

「わぁ、マーガトロイドさん、まるで文学少女みたいですね」

 

 三枝さんが感心したように、褒めてくれるように歓声を上げる。

 そう、三枝さんの言う通り、今の私は文学少女チック。

 でも、眼鏡で雰囲気が出ているからこそ、そう見えるだけで。

 元の私は、眼鏡の下に隠れてしまっている気がするのだ。

 

「お気に召さなかったようだな」

 

 私の反応を眺めていた氷室さんが、そう結論を下す。

 別に嫌いではなかった、がこれでなくて良いのも事実。

 この眼鏡も元の場所に戻すと、今度は楓がニヤつきながらやって来た。

 

「マガトロマガトロ、これなんてどうだ?」

 

 にやり、とニヤケ顔を晒しながら楓が手渡してきたもの。

 それは真四角、真っ黒、分厚い、など明らかに実用性重視のものであった。

 

「……私は伊達を買いに来たといったのだけれど?」

 

「いいからいいから、一回かけてみろよ」

 

 やけに熱心に勧めてくる楓。

 似合わないのが分かっているであろう彼女の勧め。

 でも面倒くさいから、一回かけてすぐに外すことにしよう。

 はぁ、とため息混じりに、お芋さん(野暮ったい)眼鏡をかける。

 そして想像通りに、楓は震えだした。

 ただ震えているわけではない。

 

「ぶっはははは、やっぱり似合わねー!」

 

 とても腹の立つことに、楓は笑っていた、爆笑。

 そんなにおかしいのだろうか、今の私は。

 どう考えても、今お腹を抱えて床をバンバン叩いている、この珍獣よりはまともだと思うのだけれど。

 

「えっと、今のマーガトロイドさんは、いかにも勉強できます! て感じに見えますよ」

 

「勉強しかしていなさそうな、ついでに言えば友達もいなさそうな雰囲気を醸し出しているな」

 

 三枝さんのマイルドな答えを、氷室さんが面白そうに上から塗りつぶす。

 もう、鐘ちゃん! と三枝さんが怒っているのが、氷室さんの回答を何よりも肯定しているようだ。

 

「勉強といえば、楓は試験の結果、どうだったのかしら?」

 

 少し前、夏休み前の試験が開催されたのだが、楓はあまり頭がよろしく見えない。

 単なる偏見かもしれないが。

 それでも、要領の良い氷室さんや、日々コツコツしているであろう三枝さんなどを見ていると、楓の点数が相対的に不安になってくるものがある。

 

「へへん、天才の私に、不可能など無かった!」

 

「単なる山勘なのだがな」

 

「しかも、半分は鐘ちゃんのノート頼りだったし」

 

 調子に乗る楓に、内実を知っている二人から鋭いツッコミが入る。

 っちょ、言うなよ二人ともぉ! と声を荒げる楓であるが、自業自得、もうちょっと危機感を持って欲しかったよ、何てことを言われて、うんがー! と何だか良くわからない雄叫びを上げていた。

 

「友達頼りで乗り切ったわけね」

 

 これはこれで人徳? なのかもしれない。

 何だかんだで、楓は友達に助けてもらえたのだから。

 これで楓の友達が全員、楓と同レベルの頭の出来だったら詰んでいたのだろう。

 

「私はイイんだよーだ。

 由紀っちもこっちのメガネも勉強できるんだから。

 ぼっちのお前は、必死に自分で勉強するしかないもんな」

 

 拗ねた楓が、それでも何故か勝ち誇るように、失礼なことを言いだした。

 ぼっち、ぼっちと言ったか、この黒豹は。

 

「私もキチンと友達はいるわ。

 凛や衛宮くん、それに柳洞くんに美綴さんもそうよ。

 大体ね楓、あなたと私も友達同士でしょう?」

 

 言い切る、私とあなたは親しいと。

 すると、目に見えて分かるように、上機嫌と言わんばかりの笑みを浮かべ始める。

 

「そうだった、そうだった。

 お前と私、友達同士だったな」

 

 そうして嬉しそうに、にこやかに、ついで言うとアホの子丸出しの表情で、楓はこう続けた。

 

「私とお前は友達、お前と遠坂も友達。

 つまり友達の友達は自分の友達だから、遠坂も私の友達ということになる」

 

 AED終了、とドヤ顔で言い放つ楓。

 それを言うならQEDだと、氷室さんが丁寧にツッコミを入れていた。

 楓は人命救助でもするつもりだったのか。

 

「それにしても、どうしてそこまで凛に拘るのかしら?」

 

 何度も楓の、遠坂すきすき病は見てきたが、それが発病している理由はなんであろうか?

 流石にこうもしつこいと、好奇心をくすぐられた猫のように、私も気になる。

 

「は? そりゃ、遠坂ってゴージャスだろ?」

 

 答えは返してくれたが、その見解は多分に楓のフィルターがかかっている。

 凛はがめつい。

 まあ、それは魔術師全般に言えることなのだけれども。

 

「で? それがどうしたというの?」

 

 だけれども、一々否定していてはキリがないので、そのまま話を推し進める。

 進めようとした。

 だけれども。

 

「それだけだけど?」

 

 何言ってんだこいつ、とさも私がおかしいように楓は首を傾げていた。

 ゴージャス、楓の中の凛の価値はゴージャスという、ただ一点に集約されているのか。

 ある意味感心というか、呆れるというか。

 

「マキちゃんは感覚派だね。

 私は純粋に遠坂さんに憧れている、そういう気持ちが強いかなぁ」

 

 その一方で、楓と同じく凛が大好きな三枝さんが、素直に可愛らしい答えを見せていた。

 なるほど、憧れか。

 確かに猫の皮を着込んでいる凛は、全く持って優等生の見本である。

 その分、地の部分を見ると卒倒しそうではあるが。

 

「遠坂嬢は、人を惹きつける魅力のようなものがある。

 二人共、その魔性に見事取り込まれてしまったというわけだ」

 

 そして最後に、氷室さんの注釈で結論づけられる。

 確かに、凛は猫を被っている以外のところでも、自然と目をやってしまう気持ちの良さがある。

 だからこそ、遠坂凛は遠坂凛であるのだろう。

 

「そういえばマキちゃん、ゴージャスって言うなら、マーガトロイドさんもそうなんじゃないかな?」

 

 結論がつけられ、話題が終了しかけていたところで、三枝さんが何を思ったのか、楓の妄言を拾っていた。

 ……楓のせいなのか、何だか火傷をしそうな気がしてならない予感がする。

 

「マガトロな、確かにゴージャスっぽいんだけれど、何ていうかな、ちょっと違うんだ」

 

 何が違うというのだろうか。

 楓のことだから、どうせロクでもないことしか言わないのだろうが。

 

「こいつはその……そう! こいつはうちゅーじんみたいなもんなんだよ!」

 

「はい?」

 

 うちゅーじん、宇宙人?

 一体、どういう意味なのだろうか。

 そもそも意味なんてあるのだろうか。

 

「要するに、蒔の字はマーガトロイド嬢が浮世離れしていると言いたいんだろう」

 

 そうだよ、浮世離れな! などとほざいている楓はさて置き。

 成程、そういうことか。

 外国人であることも、趣味嗜好が人形に極端に偏っているのも、楓からすれば取っ付きにくくて仕方がないのだろう。

 

「有り体に言えば、変人の度が過ぎるということだろう。

 蒔の字のゴージャスというのは、由紀香の憧れと同義であるが、それを抱けるほどマーガトロイド嬢と自分をリンクさせることができない、といったところか」

 

 変人とは、これは中々に辛辣な。

 氷室さんは名前のごとく冷めてはいるが、しかし辛口な物言いをする。

 しかし、物事の本質をよく捉えているので、否定しづらいのが、またタチの悪いことなのだが。

 

「先のマーガトロイド嬢の列挙した友人も、変人奇人しかいなかった。

 こう言ってはなんだが、類は友を呼ぶ、というやつなのだろう」

 

「……なら、楓の親友である貴女も、変わり者ということになるけれど?」

 

 氷室さんは普通でない。

 そう思わせる雰囲気がある。

 だから、彼女の言葉は確かに的を射ているのだ。

 ブーメランとも言うかもしれないが。

 そして当の氷室さんは、分かっていると言わんばかりに、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「自分に多少癖があることは熟知している。

 その上で言うがな、君はやはり変人だよ」

 

 そしてこれである。

 主観だ、と指摘もできるだろうが、氷室さんの観察力の高さは自他認めるものがある。

 だからその彼女の言が間違ってると、断定ができないのだ。

 それにここまで剛直だと、本当にそうなのかもしれないと、錯覚してしまいそうになる。

 そしてこれ以上は水掛け論にしかならないことが明白であるが故に、私は黙りこくるしかなかった。

 凛が相手ならば、暴言クラスの言葉も吐けるのだが、氷室さん相手にそこまでムキになる必要もない。

 そう言い聞かせて自身を納得しさせていると、三枝さんがどこか納得したように頷いて、すごいなぁ、と零していた。

 

「皆すごいもんね。

 かっこいい自分っていうのかな、そういう物を持ってるよね。

 みんなのそういうところ、本気で尊敬しちゃうなぁ」

 

 表裏のない、素朴な賞賛。

 三枝さんらしい感想だったので、思わず頬が緩むのを自覚する。

 それは楓も、そして辛口の氷室さんも同様だったようで。

 

「由紀っちは本当に可愛いよな。

 どっかの誰かさんにも見習わせたいよ」

 

「わ、マキちゃん急に抱いたら、びっくりしちゃうよ」

 

 楓が衝動的に三枝さんに抱きつき、そして三枝さんも何時ものことで流している。

 そうしてそんな二人を尻目に、氷室さんが私の耳元で、こそっと呟いたのだ。

 

「由紀香が一番の食わせ物だよ。

 気付けば彼女の空間に、皆が取り込まれている。

 善良さと純粋さの塊だからな。

 皆がいつの間にか由紀香に毒されている」

 

 そうしてクク、と笑いを漏らしながら、氷室さんは抱きつき合っている二人を面白そうに眺めていた。

 そして氷室さんは、面白いことを思いついた、と三枝さんの元へ行き、私と同様に耳元で何かを囁いた。

 瞬間、三枝さんが周りをキョロキョロと見渡し、そうして顔をみるみる赤く染めていった。

 

「ま、マキちゃん、周りの人がみてるよ。

 恥ずかしいから、そろそろ離して!」

 

「いいじゃんか別に、私は由紀っちなら結婚してもいいから」

 

「女の子同士じゃ結婚できないよぉ!」

 

 あたふたしている三枝さん、なんか可愛い。

 そうして少し二人から距離をとった氷室さんが、満足そうにその光景を眺めていた。

 存分に楽しんでいるといえよう。

 

「それはそうと」

 

「何かな?」

 

 じゃれあってる二人を尻目に、私は本来の目的を突発的に思い出す。

 ここはどこだ? それが答えである。

 だから手の空いている氷室さんに、もう一度聞くのだ。

 

「似合うかしら?」

 

 手に取ったのは、角が丸くフレームが赤い眼鏡。

 青もダメ、黒もダメ、では明るい色で行こう、そんな発想の転換。

 単純故に、気分転換には最適。

 似合っているなら尚良し、である。

 

「家庭教師風味、とでも言えばいいのか」

 

「賢そう、ということかしら?」

 

「知的ではある、雰囲気もあっている。

 おおよそ、似合っていると言える」

 

 当たり、最初のものより好感触なのだから、これが正解なのだろう。

 ……だけれど。

 

「違和感はない?」

 

「ふむ、そうだな」

 

 似合ってはいるが、それがしっくりくるかが問題なのだ。

 贅沢を言っているようだが、お洒落には貪欲さが必要。

 それを放棄するなら、修道女にでもなればいいと思う。

 それはさて置き、店内のミラーで今の私を見てみる。

 何時も付けている赤いヘアバンドに、赤い眼鏡、それに金色の髪が合わさって明るい統一感が生まれていた。

 金色の髪には、ある程度の明るい色が映えると見える。

 どうしてそれを最初に気付かなかったのか、今思い返すと歯がゆいものを感じずにはいられない。

 そんなことを考えていると、氷室さんはうん、とひとつ頷いて答えをくれた。

 

「大変に似合っているとは思う、が常時が眼鏡をかけていない状況なためか、自然と何かが違うと考えてしまうようだ。

 だが、今キミが身に付けているのが、今一番似合うであろう眼鏡には違いないと思われる」

 

 成程、ここが潮時と言えるか。

 これ以上、ここで悩み続けても無意味。

 氷室さんの言葉には、言外にそう言う意味も含まれていた。

 

「ありがとう氷室さん。

 ようやく決心がついたわ」

 

「別に大したことでもない。

 こちらとしても、暇を潰せたようなものだ。

 私達は、特にアテもなく冷やかしながら彷徨っていただけなのだからな」

 

 本当に大したことと思っていないのか。

 氷室さんの表情は無色で、何も読み取れはしなかった。

 だが、それでも感謝は感謝、ありがたいことに変わりはないのだ。

 

「そろそろお昼時ね。

 昼食、一緒に食べましょう?」

 

 だから感謝は、きっちりと形に表そう。

 そんな気持ちを込めた提案。

 それを氷室さんは、今度は少し緩やかな表情で頷いていた。

 

 

 

 

 

「マガトロの奢りなんだってな。

 よっし、デザート頼みまくっちゃうもんねー」

 

「あの、本当にいいんですか?

 無理しなくてもいいんですよ、マーガトロイドさん」

 

 お昼の為にデパートから出た私たちは、近くのパスタ屋にやってきていた。

 メニュー表をジロジロと見つめ、キシシと愉快そうに笑いを漏らしている楓の隣で、三枝さんが申し訳なさそうにしていた。

 だが、これは付き合ってくれたお礼も兼ねてのものである。

 ここでやっぱり良いやでは、私が気にしてしまうのだ。

 

「由紀香、ありがたく奢られておけ」

 

「でも鐘ちゃん……」

 

 チラチラと私を窺っている三枝さんに、微笑しながら氷室さんは続ける。

 

「マーガトロイドのメンツが掛かっているのだ。

 少なくとも本人はそう思い込んでいる。

 なら、奢られなくては逆に失礼に当たるというものさ」

 

 うーん、と私を上目遣いで見ている三枝さんに、安心させるように笑顔を浮かべて私は言う。

 

「そういうことよ、遠慮はいらないわ。

 好きなものを一つ、選んでちょうだい」

 

 そう強く私が勧めると、申し訳なさそうにしつつも、三枝さんは一番安いパスタを選んでいた。

 控えめで大変結構である。

 

「うーんと、まずはこの山盛り海鮮パスタだろ。

 それにドリアもつけて、デザートは何にすっかなぁ」

 

 そして楓は遠慮を覚えなさい。

 あと、慎みも持てれば、素晴らしいと言えるのだが……楓だし考えるだけ無駄か。

 

「私はこれにするとしよう」

 

 氷室さんは、和風山菜パスタなるメニューを選んでいた。

 日本人風のアレンジ、中々に面白いことをしている。

 さて、私はどうしたものか。

 メニューに悩みながら、どれにしたものかと思案していると、その中に面白いものがあるのを見つける。

 

「へぇ、ナポリタンなんてあるの」

 

「ん? 結構どの店でも普通にあるよな」

 

 楓が不思議そうにそんなことを言っているが、欧州では中々に見かけないメニューであるのだ。

 丁度いい、今日はこれにしよう。

 

「さて、店員を呼びましょうか」

 

 皆は決めていたし、呼んでも構わないだろう。

 

「あ、ちょっと待って、デザート決めてない」

 

「後にしなさい、食べ終わってから考えればいいでしょう」

 

 どうせ沢山食べるのだ。

 お腹いっぱいになって食べれなくなったら御の字とでも思っておこう。

 

「そうだよ、それにいっぱい頼んだら悪いよ」

 

「露骨なのは意地汚い」

 

 三枝さんに氷室さん、二人の援護を得て、楓はむむっ、と唸り沈黙してしまった。

 まぁ、別にどれだけ料理を頼まれても、大して痛くはないのであるが。

 

「そういうことよ、少しは落ち着きなさい」

 

 だけれども、便乗はしておこう。

 あまり調子に乗られると、後が鬱陶しくなるのは明白なのだから。

 

「ちぇっ、まぁ、食べ終えてからでも悪くないのは事実かな」

 

 仕方ないなぁ、何て楓は繰り返して。

 渋々といった体で、デザートは後回しにすることにしたようである。

 

「で、マーガトロイド嬢。

 少々質問があるのだがよろしいかな?」

 

「どうぞ、お好きなだけ」

 

 注文をとって料理が運ばれてくるのを待っている間に、氷室さんに話しかけられる。

 彼女の表情は無表情に近いが、それでも好奇心の猫は見え隠れしている。

 何が聞きたいのか、少し思考を巡らして、あぁ、と気付く。

 

「買った眼鏡、伊達だということなのだから、今手元にはあるのだろう?」

 

「その通りよ」

 

 やはり眼鏡のことだったか。

 直後の出来事なのだ、やはり聞きたくもなることだろう。

 

「何故、買った眼鏡を掛けていないのか、それが気になってね」

 

「大したことじゃないわ。

 別段、今かける理由を感じられなかっただけよ」

 

 本当のことである。

 今掛けたところで、どうとなるわけではない。

 掛けるだけの理由がないのだ。

 

「そうだろう。

 君はお洒落をするために伊達眼鏡を買っていたのではなさそうであったからな」

 

 ……成程、鋭い。

 人をよく見ていると言えるだろう。

 氷室さんの観察眼と、見識には深く感じ入るものがある。

 しかし、氷室さんの見解について行けていない人達が二名ほど存在していた。

 

「どういうことだよ、氷室っち」

 

「んー、私もわからないかな、鐘ちゃん」

 

 楓は意味不明そうに、三枝さんは本心から分からないと、困惑しているようで。

 氷室さんは困惑している二人に、パズルでも解くかの様に、自身の観察したことを話し始める。

 その姿が、まるで自慢をする子供のようで、ちょっぴり頬がくすぐられた。

 

「まず初めにだが、先ほど述べた通り、マーガトロイド嬢は眼鏡をかけていない。

 しかしな、これはおかしい。

 洒落れるつもりで買ったのなら、身につけて多少は自慢をするものだろう。

 一人でなら兎も角、今は私達がいるのだからな。

 見せる相手がいるのなら、掛けるのは当然の反応だといえる」

 

 楓も三枝さんも、氷室さんの話を静かに聞いている。

 今は静かに推論を聞くことにしたらしい。

 そして彼女は語りを続ける。

 

「二つ目には、お前達が眼鏡屋でイチャついていた頃、マーガトロイド嬢は眼鏡を物色していた。

 その時の選ぶときの視線。

 あの時の視線は、どれが似合うかと真剣に悩んではいた。

 しかしだ、これが欲しいという物欲は一切見えなかった」

 

 本当にいやらしい程に、人を観察している。

 こうして見破られていく過程は、意味もなく私に緊張感をもたらす。

 まるで何かの犯人になった心持ちだ。

 

「そして最後に、私はマーガトロイド嬢に言ったのだ。

 言外にな、メガネは君にはあまり似合わない、と。

 しかし、それでも彼女は眼鏡を買った。

 ならば、やはり買ったのにはそれ相応の理由があるとみて取れるだろう」

 

 ……本当に氷室さんは賢い。

 只者だけれど、只者じゃなさそう、とは凛の言。

 今では私も同意するところである。

 

「で、合ってるかな? マーガトロイド嬢」

 

「えぇ、ぴったりね。

 将来はベーカー街にでも、居を構えるつもりかしら?」

 

 私がおどけて尋ねると、氷室さんも苦笑しながら答えてくれた。

 

「私は彼ほど人格破綻できるわけではないし、俗な噂にも踊らされる。

 世情を忘れられるほど、世捨て人はしていないさ」

 

 やれやれと肩をすくめる彼女に、今度は私が苦笑を漏らした。

 そういえば、氷室さんは玉石混交の噂を積極的に集めているそうな。

 衛宮くんを廻る、熱い三角関係の噂など、氷室さんから教えてもらったことがある。

 真偽はともかく、と言いながらも楽しそうな彼女は見世物としては上々、とそれを眺めていたことであろう。

 なお、その噂を知った凛は、とっても楽しそうにしてはいたが、本当に仲良くしている彼ら(衛宮くんと取り合う、間桐くんと柳洞くんの図)を見て、白目を剥きそうになっていたのは、他人には漏らせない話である。

 

「でさ、氷室さんよぉ」

 

 一区切りついたところで、楓が氷室さんに質問をしていた。

 

「結局さ、マガトロは何をするために眼鏡を買ったんだ?」

 

「……………………」

 

 考え込む氷室さん。

 だが、情報がなければ答えが出るはずもなく。

 

「駄目じゃん」

 

「……っく」

 

 仕方がないことなのに、なんだか悔しそうな顔をしている氷室さん。

 存外負けず嫌いなのかもしれない。

 

 そんなところで頼んでいたパスタが来た。

 私の元にはナポリタン。

 他の人たちのところにはそれぞれ注文したものが配膳されていた。

 それをフォークで巻き、口に運ぶ。

 うん、トマトソースの塩梅が丁度いい。

 それに他の物の炒め具合も悪くない。

 

「ところでマーガトロイドさん。

 眼鏡は一体何に使うのかな?」

 

 いじけながらパスタを巻き始めた氷室さんに入れ替わって、今度は三枝さんが質問をする。

 そう、分からなければ聞けば良い。

 意地を張ろうとしたりするから、恥をかくことになる。

 

「そうね、あえて言うならば眼鏡を弄り倒してみたかった、と。

 そんなところかしらね」

 

「はぁ? 素人がどうにかできるものじゃないだろ。

 それともまさか、そういう技術まで持ってんじゃないよな」

 

 楓は呆れてから、嫌そうな顔をして、そうしてやはりまた呆れた顔をする。

 投げやり気味の楓は、こいつなら何をやらかしても、何ができてもおかしくはないと言いたげである。

 別に何だって出来るわけではない。

 ただ、今回の眼鏡を使ってやることは、ひどく簡単で誰にだって出来ること。

 コツさえ掴めば、楓さえできるだろう。

 それは……。

 

「レンズを入れ替えるのか」

 

 私が答える前に、氷室さんが答えを言ってしまう。

 私は仕方なく、それに首肯して正しいと認める。

 氷室さん的には名誉挽回できたのか満足気である。

 但し、わたし的には出鼻を挫かれた感があるが。

 

「でも態々レンズを入れ替えるなんて、遠回りを通り越してバカのすることだろ?

 んー、レンズのほうに何かあったりするのか?」

 

 流石は楓、妙なところでの鋭さはピカイチである。

 ただね、フォークを突き出すのはやめなさい。

 行儀が悪い事この上ないわ。

 

「そうね、曰く付きのものよ」

 

 しかし答えを言い当てたのだから、ある程度のことはご褒美として答えよう。

 好奇心の虫を収まらせるにも、必要であろうから。

 

「い、曰く付き、というと、その、幽霊とか、か?」

 

 そして楓は引け腰になっていた。

 ……もしかしてだけれど。

 

「オカルトは苦手?」

 

「にゃ、にゃにがオカルトだよ! 幽霊でもなんでも来やがれってんだ!?」

 

 あ、やっぱりダメなのね。

 氷室さんや三枝さんを見てみると、二人共曖昧な表情で首を振っていた。

 今度機会があったら存分にお話をしてあげよう。

 魔術関連でそういう話は事欠かないのだから。

 夜だとなおよろしい、雰囲気出る場所なら完璧である。

 

「それは今度のお楽しみね」

 

 そう、お楽しみ。

 だからじっくり待っててね、楓。

 そんな私の笑顔から何かを察したのか、ガタガタと震えている楓を尻目に、私は会話に戻る。

 

「幽霊も関連しているわ。

 そんな胡散臭いレンズなの」

 

 ちょっと悪戯っぽく笑うと、三枝さんは素直に感心していた。

 が、氷室さんは意味深な笑みを浮かべて、私の耳元でこんな囁きをした。

 

「由紀香は、素で見える」

 

「……は?」

 

 三枝さんの方へ振り向く。

 何にも染まってない純真な瞳が私を射貫き、眩しく感じる。

 このくりくりと可愛らしい瞳に、私と同じものが映し出されていると考えると、それはまた面白く感じる。

 

「……フフ、冗談さ。

 だが、その眼鏡が本物なのだとしたら、墓や柳洞寺にでも顔を出してみると面白いかもしれんな」

 

 蛇が出るか、鬼が出るか。

 見えるのはお前達だが、と愉快そうに笑っている氷室さん。

 だけれども、それはそれで楽しそうだと、そう思ってしまった自分がいたのも事実であった。

 

「よっしゃ、食い終わった。

 私が一番乗りだな。

 という訳で、デザートデザート」

 

 途中から耳を塞ぎ、パスタやドリアを口に運ぶマシーンと化していた楓は、会話が一段落したのもあって、極めて元気さを回復していた。

 本当にお調子者。

 ただそのお陰で、自分のナポリタンも殆ど無くなりかけなのにも気付けた。

 さて、食後のデザートはどうしたものかな?

 

 

 

 

 

 昼食後の、その後のこと。

 私は今日一日、楓たちに付き添ってあちこちを回った。

 服屋では、三枝さんのファッションショーをした。

 真っ赤な顔の三枝さんが、お世辞でも似合うと言ってくれて嬉しいよ、と小声で漏らしていた。

 でもそれはお世辞ではない。

 似合うようにファッションしているのだから当然である。

 だけれども、そんな三枝さんが可愛かったのは事実である。

 

 本屋では、氷室さんにお勧めの本をいくつか見繕ってもらう。

 ミステリーの中に恋愛小説が混じっていたあたりに、クスッと漏らしてしまった。

 不満そうな氷室さんに、乙女属性何げに持ってるのが氷室の隠れた特徴、と楓が講釈を垂れたりしていた。

 氷室さんの意外な一面を見れた本屋。

 でも噂好きというところから、片鱗は見えていたのかもしれない。

 

 ゲームセンターにも行った。

 うるさいけれど、それでも初めてなこともあり、少しドキドキしていた。

 初めて訪れる場所で戸惑ったが、遊び慣れている楓に先導してもらい、色々と回っていった。

 ゾンビを撃つゲームなどでは、楓に一々照準を合わせなくても行けると思えば撃て! と説かれたので積極的にそうするとすぐに弾がなくなった。

 リロードしている間に攻撃を食らって死んだので、その間に私ができることは楓が早くやられることを望む程度であった。

 

 そしてその後に、皆でプリクラを取った。

 私以外は自然体だったけれど、私はどうすれば分からずに真顔で写り、楓から大層顰蹙を買った。

 でも三枝さんが嬉しそうに、私の分のプリクラを切り取って渡してくれた。

 ……氷室さんも無表情じゃない。

 

 そうしてお別れの時間。

 いつの間にか夕暮れで、でもしばらくは沈まない小憎たらしい太陽を背に私たちは解散した。

 

 

 

 

「随分と遅いご帰宅ね」

 

「楓たちと遊んで帰ってきたわ」

 

 帰宅早々に凛からのご挨拶。

 呆れている風の彼女に、すぐ弁明する。

 今の時間まで悩んでいたわけではない、と。

 それを聞いた凛は、更に呆れた顔になっていて。

 

「程々にしなさいよ」

 

 とだけ言って、自室に戻っていった。

 無論分かっている。

 さぁ、今からは魔術の時間だ。

 

 

 

 私は今、工房の机で作業中。

 手元には今日買った眼鏡。

 それのレンズを外し、そしてサイズを調節した自前のレンズをはめ直す。

 これで完了、楓でもできる簡単な作業。

 造作ないとは正にこのこと。

 

「これで大丈夫かしら」

 

 眼鏡を掛けてみたが、何の変化もない。

 やはり特別な場所でないと反応しないか。

 まぁ、それならばお墓にでも行くのが一番なのかもしれない。

 

 これでレンズが上手く機能していれば、次はあそこに行かなければならない。

 情報を得るために、もっと言えば私の夢のために。

 怪物が住まう館、間桐邸へ。

 

「あの妖怪爺様から、どれだけのモノを手に入れられるかしら」

 

 リスクが大きいことに憂鬱が去来するが、しかしリターンが大きいのも事実。

 ここが正念場、そう自分に言い聞かせるのが今の自分にできる気休めであった。




アリスちゃんは魔眼殺しを手に入れたぞ!


最後がダイジェスト風味なのは、長くしすぎてもなぁ、と思ったからです。
二つに分けるのもアレかな、と思った次第です。

メガネ アリス・マーガトロイド、で調べて、初めて「メガリス」なんて単語を知りました。

メガリス可愛い。

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