冬木の街の人形師   作:ペンギン3

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何の捻りもない題名ですが、これ以上何も言えないくらいにこんな感じの内容です。
ただひたすらに、アリスと美綴さんがお喋りをするだけのお話。


第15話 とある喫茶での、ほんのひと時

 私、美綴綾子は退屈であった。

 

 高校の入学式、気分晴れやか極まりない日。

 しかし校長の長話にも飽き飽きしていたその頃。

 流石に注意力散漫にもなり、耳では校長の話を聞きながら、目をキョロキョロとあちこちへと向けていた。

 誰か面白そうな奴はいないのか、そんな期待を込めて。

 誰かが、私の退屈を紛らわせてくれると信じて。

 

 そして幸運なことに、私に期待をさせてくれるような奴らを見つけたのだ。

 黒髪ツインテの優等生然とした奴。

 錆びた赤色をした、生真面目そうな奴。

 他にも立ったまま爆睡している黒い奴や、校長の話に悟りを開いたかの表情で聞き入っている堅物そうな奴。

 探せば探すほど、愉快そうな奴らがワラワラといたのだ。

 そしてそんな中でも、一番目立つ奴がいていた。

 それは明らかに外国産であろう金髪の奴。

 無機質で何を考えているかが読み取れない横顔に、ゾクリと来てしまう。

 

 本当に、どうやら私はツイていると確信したのだ。

 私の学年は、どうやら楽しいことに満ちていそうであったから。

 だからこの校長の話が終わり次第、あいつらに声をかけて回ろう。

 そんなことを、誰に呟くでもなく自然と決めていた。 

 

 

 そして私は、大抵の奴とは会話をした。

 どいつもこいつも変わり者ばかりで、そして楽しい奴らばかりでもあった。

 中でも黒髪ツインテ、遠坂凛は格別であった。

 文武両道、容姿端麗、ついでに言うと猫かぶり。

 などと色々と濃いやつではあったが、何分馬も合い、競い合うにはこれ以上ないくらいに最高のやつであった。

 

 良き友人にも恵まれて、正に上々な滑り出しの高校生活。

 でも未だに心残りの事があった。

 

 それは、金髪のあいつとはあまり話せることができなかったこと。

 いつも用事などが立て込んでいて、触りで話すくらいの関係で。

 でも他の奴らより話す回数が多かったのは、間桐を豪快に振ったことで他の奴らが尻込みしていたから。

 だからその間を突いて、積極的に質問を飛ばしていたのだ。

 そして、作り物めいた彼女のその口から返ってくる言葉は、凝り性なんだと感じさせるものばかりであった。

 人形作り、お菓子作り、裁縫など、とっても生産的な趣味の奴。

 知れば知るほど変わり者。

 でも、それが面白いから、もう少しばかり知りたいと思ってしまった。

 だから遊びに行こうと誘ってみるのではあるが。

 どうやら放課後は忙しいようで、私達に都合の合う日はこの学期中に存在しなかったのだ。

 機会が巡ってきたのは、長い長い休みに入った頃であった。

 

 

 

 

「あ? 実の奴を見かけたって?」

 

「えぇ、買い物中にね。

 あまり口数は多くなかったけれど、実直な感じがしたわ」

 

 いつもは桜といる喫茶店。

 今日はその場所で、美綴さんと一緒にお茶をしている。

 珍しく約束をしていたのだ。

 美綴さん曰く、

 

『あんたとはサシで話し合ってみたかったけど、中々機会が無かったからね』

 

 とのこと。

 確かに、色々なことにかまけていた割には、美綴さんとはあまり深く絡むことはなかった。

 学校で適当なお話をしたりして、気持ちが良い人なことだけは知っていたけれど。

 だからお互いに、私達は接点を求めていた。

 そして、現在ちょうど夏休みということで、こうして二人でお茶をしている。

 要するに、二人の日程が合うくらいに暇な日が、夏休みという期間であったのだ。

 

「実直ってアンタ、アレは単に口下手なだけさ。

 まぁ、生真面目なのは、私も保証するけどね」

 

 それはさて置き。

 アハハ、と笑いながら、実の弟を切って捨てる美綴さん。

 でも、少しばかりのフォローを残している辺り、別段兄弟仲が悪かったりとか、そういう訳ではなさそうだ。

 学校で、触りだけ弟の事を話していた時も、そこまで仲は悪くなさそうであったこともある。

 

「そうなの、でも礼儀正しいのは良いことよ」

 

「あいつ、体育会系の根性がしっかり育っているからね。

 むしろ礼を失したら、私が喝を入れに行くさ」

 

 成程、実の姉にお尻を叩かれていると。

 ……それならば礼儀の一つや二つ、身に付けざるを得ないであろう。

 彼は中々過酷な環境下に置かれているらしい。

 それでしっかり育つのなら大変結構なことであるが、彼も大変そうである。

 

「私は放任主義の所があるから。

 美綴さんはしっかりしているのね」

 

「んー、本当にそうかぁ?」

 

 紅茶のカップを口に含みながら、面白いものを見つけたような笑顔をしている美綴さん。

 ……なんだろうか、この既視感は。

 

「どういうことかしら?」

 

「あんた、自分の身内は猫可愛がりしそうだからさ」

 

 何の根拠を持ってか、自信があるように美綴さんは語る。

 怪訝そうに私が首を傾げると、美綴さんは続きを話し出す。

 

「何だかんだで面倒見がいいよ、あんた。

 それに人形作ってるって、言ってたもんね。

 そう言う奴って、自分が手を入れたものには、最後まで手を入れ続けたがるからね。

 一種の世話好きのようなもんがあると思うよ」

 

 確かに的確であろう。

 こと、人形を例えに出されると、納得を覚えてしまう自分が憎い。

 美綴さんは、急所を確実に突きに来ている。

 

 ……あぁ、そうか。

 どこかで見た笑みだと思ったら、それは身近な人のモノ。

 そう、遠坂凛の、彼女と同質の笑みを、美綴さんは浮かべていたのだ。

 

「凛とあなたが仲が良い理由が良く分かったわ」

 

「遠坂と私は属性が似ているからね。

 競う分には大いに張り切るさ。

 あいつも骨があるし」

 

 尻尾は中々掴めないんだけれどね、なんて言っている美綴さん。

 だけれども、凛相手に競いあえるだけ、大したものと言える。

 実力がある者同士なら、啀み合うことも多々あるだけにその高潔さは美徳である。

 凛との関係はライバル、と言ったところなのだろう。

 

「競い合えると、自分も高い所まで行けるからね。

 そう言う意味では、遠坂様様だよ」

 

 ニカッと笑う美綴さん。

 凛は、本当に良い友人を見つけたものだ。

 もしかしたら凛の周りには、凛が必要としている人が集まるのかもしれない。

 そうだとしたら、嬉しくもある。

 

「さてと、遠坂はひとまず置いておこうか。

 私はマーガトロイドと話に来たんだし」

 

「共通の話題で話しやすいと思うのだけれど?」

 

「それじゃあ遠坂の事を詳しくはなれるかもしれないけど、マーガトロイドの事は解らないままだろ?

 それじゃあ今日来た意味ないじゃん」

 

 あっけからんと言う美綴さん。

 そこまで言われると、嬉しいような恥ずかしいような。

 兎に角不思議な感じだ。

 今まで、誰かが積極的に私のことを知ろうとすることはなかったから。

 だからとても不思議な感覚。

 

「それなら私は、美綴さんの事を今日の内に沢山知ることとしましょうか」

 

「おう、どんとこい」

 

 不敵に笑う彼女は、とても自信に満ちていて。

 自分のどんなところも受け入れているのだな、と容易に察することができる。

 そんな彼女はどこまでも自然体で。

 だから私も、同じように落ち着いて、リラックスして話すことができそうであったのだ。

 

 

 

 

 

「ふーん、テレビはあまり見ない方なんだ」

 

「そうね、だから流行には結構疎くて」

 

「けどファッションには結構敏感なようだけど」

 

「ファッション誌って便利だとは思わない?」

 

 互いに自然体なため、話がスムーズに進む。

 凛以外にも、思っていたより会話の種は落ちているものだ。

 探せば、どこにでもあるようなもの。

 それは意外に重要な場合があるのだ。

 

「そういえばマーガトロイドって、家とかでは何してたりするんだ?

 人形作る以外に」

 

 何か想像できないんだよなぁ、と顎に手を当てて考え込む美綴さん。

 その様子だけ見ると、とっても男らしい。

 などと戯けた事を考えつつ、どう答えたものかと思案する。

 私が遠坂邸でする事といったら、人形を縫うか凛とお茶をするか、それか魔術の研究に大体分かれているからだ。

 

 魔術のことは伏せたら、後には殆ど何も残らない。

 ……何とも、味気なさを感じさせる。

 

「凛とお茶を飲む以外には、勉強をしている程度ね」

 

「うーん、もっと他にないのか何か」

 

 そう言われても、家の中では大した事をしていないのだ。

 何かする時は、大抵外出をしている時でもあるし。

 

「何かって、何?」

 

「ほら、折角日本に来たんだから、日本の文化を学ぶとか何かさ」

 

 ……何だか様子がおかしい。

 まるで、何かに期待するかのように、美綴さんは私に問いかけている。

 もしかしたら、共通の趣味のようなものを求めての問いかけだったのだろうか?

 もしそうであるのなら、美綴さんはどのようなことを家でやっていたりするのだろうか。

 

「美綴さんは? いつも家で何をしているの?」

 

 分からないのならば、聞いてしまえば良い。

 もしかしたら、美綴さんが求めていた何かを勧めてくれるかもしれない。

 

「っえ!? 私か?

 えーと、うん、そうだな」

 

 ん? 何故だか動揺している。

 ……もしかして人には言えない趣味だったりとかするのであろうか?

 そこまで思考を巡らしていると、慌てたように美綴さんは私に答えを返してきた。

 

「私は家では武術をしているな!

 学校の部活は弓道部だけれど、他にも薙刀何かもいけるな!!」

 

 何かを打ち消すように、大きめの声で喋る美綴さん。

 取って付けた様な答えだが、深くは追求しないでおこう。

 あまり藪をつついたり、窮鼠にしたりするのは忍びなくも思うし。

 

「そうなの、私は体をあまり動かさないタチだから、そういうのは素直に感心するわね」

 

「あんただって、体育の授業中は悪くない動きしてるじゃんか」

 

「悪くないだけで、別段良くもないわよ」

 

 凛や美綴さんと比べると、比較的に私は鈍く感じる。

 二人が突出していると考えるのが、自然な気もするのであろうが。

 

「そうかい? まぁ、筋はいいんだ。

 何か、武芸を嗜んでみるのも良いと思うけど?

 美人は武道ををするものだし」

 

 さも当然の如く語る美綴さん。

 だが、私はそんなルールは知らない。

 美綴さんにとっての美学か、あるいは哲学であるのか。

 

「それは持論?」

 

「いや、真理だね」

 

 それはそれは。

 肩をすくめて、少々の呆れを示す。

 が、美綴さんが言わんとしていることも、分からなくはなかった。

 

 武術の鍛錬をしている時の凛を見ていると、無心に鍛錬に打ち込むさまは、確かに美しかった。

 頑張る凛は、確かに輝いても見えた。

 ただ、私には向いていないだけの話だ。

 

「私、インドア派なの」

 

「外に出ないと腐っちまうよ」

 

「出たら出たで干からびてしまうのよ」

 

「じゃあ、プールにでも入れば元通りになるって寸法だね」

 

 確かにそれなら、運動をすることにはなるのだろうけれど。

 武道をするという宗旨からは、ズレてしまっているように感じる。

 それを汲み取ったのか、美綴さんはこう付け足した。

 

「ま、体を動かす切っ掛けにはなるからね。

 それを切っ掛けに色々すればいいのさ」

 

「そこまで拘るモノなのね」

 

「アンタがそれだけ美人ってこと」

 

 お上手だことで。

 美綴さんはきっと、女の子からラブレターを幾らか貰っているに違いない。

 

「ありがとう、とでも言えば良いのかしら?」

 

「そこは頑張るわ、と返すところさ」

 

 しつこく武道を勧めてくる美綴さん。

 美綴さんは、もしかしたら新しいライバルを欲しているだけなのかもしれない。

 運動に拘らないのであれば、私も何か乗ろうという気は出てくるのだが。

 

「他に何か無いのかしら?

 体を動かす分野は、私に分が悪すぎるわ」

 

「ちぇ、残念だな。

 しかし他にか……」

 

 残念と言いながらも、諦める気などサラサラ無さそうな美綴さん。

 何よりも目が、また今度勧めるぞ、と語っている。

 それはまるで鷹の目のようで。

 全く、呆れるほどに大したバイタリティである。

 

「んーと、そうだな」

 

 ガサゴソと自身の鞄を漁り始める美綴さん。

 何か無いのかと真剣に探しているようではあるが、この分だと何もなさそうである。

 別段それは仕方がない。

 打出の小槌でもあるまいし、振ってでないのならそれまでなのだから。

 

「ん? ……これは」

 

 ギョッとした顔で、急に固まる美綴さん。

 あの様子から察するに、何もないという判断は早計であったようだ。

 でも、この様子はあまりよろしくないものが発掘されたのだろうか。

 鞄と私をチラチラと交互に覗く様からは、そう感じられるのであるが。

 

「何があったのかしら」

 

 何かあるのはもう分かっている。

 ではそれが何かというのが、今回の問題。

 だから断定系で問いただす。

 

「えーと、あの……だな」

 

 煮え切らない態度。

 美綴さんらしからぬ、ふらついた感覚。

 どうにも、怪しく感じてしまう。

 

「言えないもの?

 恥ずかしいもの?

 どちらにしても趣味が良くなさそうなのだけれど」

 

 だから挑発するように言ってしまう。

 中身が何かを知りたいから。

 ……正確には、美綴さんの変わった一面が知りたい、というのが大きいのであるが。

 

「ば、馬鹿なことを言うなよ!

 私は別に恥ずかしいものなんて、何もない!!

 あの、その、ちょっと恥ずかしいだけだ!!!」

 

 小声で怒鳴るという大層器用なことをしながら、美綴さんは当然の如く不満を表明する。

 そしてそれは、私の予想の範囲での行動。

 ここで一気に畳み掛ける。

 

「別に美綴さんが何を持ってようと何とも思わないわ。

 ただ恥ずかしいと感じるのは、心のどこかで引け目を感じているからではなくて?」

 

 私が言い終えると、美綴さんはムッとしたように私を睨み、そうして直ぐにもにょもにょとなる。

 自分でもそう感じていたからなのだろうか。

 少しばかり顔を赤くして、美綴さんはこんなことを尋ねてきた。

 

「……らしくなくても、笑わないか?」

 

「えぇ、笑わないわよ」

 

 だってそれこそが、いま美綴さんを可愛くしている現象の原因であろうから。

 

「そっか、お前ならそうかもな。

 ならいいや、分かった。

 マーガトロイドを信じることにする。

 ……絶対に笑うなよ」

 

 念を押すように美綴さんはそう言って、鞄の中からあるものを、ゆっくりと取り出す。

 それは一冊の本、表紙には女の子と男の子の抱き合う姿が描かれていた。

 

「少女漫画よ……ね?」

 

 別段何もおかしくない物。

 私や凛はあまり読まないタチだが、女子向けに発行されているものだけに、美綴さんが持っていてもおかしくはない物なのだ。

 

「そぅ、少女漫画」

 

 小さな声で、ぼそぼそと喋っている美綴さん。

 それは恥ずかしいのと、照れているのが複合してしまっている姿。

 確かに、普段のサバサバしている姿からは想像しにくいものがあるが、それでも美綴さんが女の子だというごく当たり前の証明に過ぎない。

 ……端的に言って、気が抜けてしまった。

 

 もっと変わった物や過激な物なら、素直に驚いたであろうが。

 この程度では、大した感慨さえも沸かなかったのだ。

 

「別にコレくらい、当たり前じゃないの?」

 

 それが端的な結論。

 別段驚くに値しなかった出来事だったのだ。

 

「……え、マジ?」

 

 惚けたように聞いてくる美綴さん。

 それに私は静かに頷く。

 そして美綴さんは目を点にしてから、私にこんなことを聞いてきた。

 

「なぁ、マーガトロイド。

 お前も少女漫画とか読んだりするのか?」

 

 恐る恐ると、美綴さんは訪ねてきた。

 それはきっと、期待の裏返しであるように。

 肯定した私に向かって聞いてきたのだ。

 

「いいえ、読まないわね。

 でもこれくらいなら普通だって、私も知ってるわ」

 

 だから否定するのに、多少良心は痛んだが、そこは肯定することで誤魔化す。

 そうすると美綴さんは、固まり、思案顔になって、そうして残念そうな顔をする。

 

「そっか、まあ仕方ないのかな」

 

 ものの見事に期待はずれだったようで、がっくりとしている美綴さん。

 そしてそこからは、一抹の寂しさのようなものまで感じた。

 ……もしかすると読んでいる仲間みたいなのが欲しかったのだろうか?

 ちょっと今の流れを自分なりに整理する。

 

 美綴さんは、少女漫画を取り出すのを躊躇していた。

 もしかしたら、それは自分の弱みだと思っていたからなのだろうか?

 普段の武道一筋の自分と、こっそりと隠れて少女漫画を趣味にしている自分の、そのギャップに。

 

「美綴さん、他に少女漫画を読んでいる人とか知ってる?」

 

 確かめるために、思い切って聞いてみる。

 そうすると、美綴さんは困ったように首を振る。

 

「知らないね、あんまりこういう話とかしたことないし」

 

 やはり、なのかもしれない。

 憶測に過ぎないが、それでも私が同じ趣味を持っているかもしれないと。

 そう思っていたのだと、推測できる。

 そしてこれは、美綴さんなりに私と趣味が合いそうな話題を探した結果なのだとも、察することができる。

 

「ねぇ、美綴さん。

 この少女漫画、読んでみても良いかしら?」

 

「……あのさ、変に気を回さないでくれ。

 多分お前の言うとおり、ちょっぴり期待してたのは事実だけれど」

 

 でもこっちが憶測を立てて、正解にたどり着くからには、相手もこちらの考えを察してしまうもの。

 ちょっぴり拗ねた風に言っている美綴さんに、私は素直な気持ちで微笑んだ。

 

「違うわ、私が読みたいだけよ」

 

 私も駄々をこねたのだから。

 もう一つや二つ、増えたところで大した違いはないと開き直ろう。

 これを機に、新たな趣味を開拓するのも悪くはないのかもしれない。

 美綴さんがくれた、せっかくの機会なのだ。

 それを無下にすることもないだろう。

 

「……マーガトロイド、お前って損な性分なのかもな」

 

 呆れを含んでいて、そしてちょっと怒っている風味も感じさせる美綴さん。

 でも、何時ものキラリと光る笑顔の片鱗を感じさせていて。

 ようやく、調子が戻ってきたのかもしれない。

 

「いいえ、私は得な性分よ。

 いつも得るものばかりが多くて」

 

「減らず口ばかり叩くよな、お前って」

 

「そうかしら?

 柳洞くんに比べたら、寡黙と言っても差し支えないレベルよ」

 

「それは比べる相手が悪い」

 

 ご尤も、確かにこれは美綴さんの言う通りだ。

 柳洞くんは一部で、徘徊する道徳観念などと言われて恐れられている……主に運動部の間などで。

 

「全く、イイ性格しているよあんたは」

 

「何か含みのある言い方をしているわ」

 

「日本語はニュアンス次第だからな」

 

「受け取る方の、心持ち次第かもしれないわね」

 

 私からしてみても、美綴さんは良い性格をしている。

 色んな意味でだけれど。

 

「では、失礼」

 

 美綴さんから漫画を受け取る。

 半ばスルようにして、美綴さんの手から取ったとも言えるのだが。

 

「あ、おい」

 

 非難するような声が聞こえるが、一切合切無視する。

 そうしてパラパラとページを捲る。

 その中身は、女の子と男の子がじれじれと、くっつきそうになっては距離を置いてしまう。

 そんな、王道なストーリーだった。

 

「美綴さん、もしかしたら氷室さんあたりと話が合うかもしれないわね」

 

「あいつが?

 まぁ、結構耳年増なところはあると思うけれど」

 

 それはその分だけ、純粋ともとれるもの。

 氷室さん本人が聞けば、シニカルな笑みを浮かべて私たちの揚げ足を取りに来るのであろうが。

 

「あなたも氷室さんも、両方共乙女ってことよ」

 

「……何だよ、それ」

 

 馬鹿にしているのか?

 そんな不満を含んだ声音。

 でも顔が赤くなっているのだから、可愛いものである。

 

「それだけ女の子らしいってことよ」

 

「んん、何かそれはそれで俗っぽい」

 

 咳払いした後、赤い顔のままで言い訳のように呟いている美綴さん。

 どうやら顔が赤いのは、怒ってるからだけでなく、相応の照れが混じってもいたらしい。

 

「良いじゃない、私も結構俗っぽいわよ」

 

「お前は変なところ行きすぎて、俗とかそんなの超越してるんだよ」

 

 ……なんともまあ、傍若無人な物言いである。

 けれど、それでこそ美綴さんという感じもする。

 そう考えると、美綴さんこそが、本当に得な性分なのかもしれない。

 

「人を変人呼ばわりとは、感心しないわね」

 

 だからなのではあるが、はっきりと私も言い返すことができる。

 遠慮などなく、ハッキリとした物言いで。

 

「はいはい、悪う御座いました」

 

 美綴さんは、ちっとも反省してない返事をする。

 それどころか、どこか楽しんでいる風にさえ感じるのだ。

 そして美綴さんは、私にこんな質問を投げかけてきた。

 

「お前さ、自分が凡庸だって思ったことあるか?」

 

「唐突に何なのかしら?」

 

「良いから答えてみな」

 

 美綴さんが急かすように言うから、少しばかり考えてみる。

 普段は考えもしない、こんなことを。

 ……そして、これは考えるようなことではないことに直ぐ気がついたのだ。

 

「私は凡庸、至って健全なの」

 

 自分は凡庸か否か。

 そう問われたのなら、私は間違いなく凡庸だと断定する。

 年の割に、自分が要領よく器用なことは自覚している。

 それがどこか、周りに異質に見えるのも分かっている。

 

 ……それでもやはり、私は凡庸なのだ。

 私がやっていることは、時間をかければ誰にだって出来ること。

 誰にもできないことではないのだ。

 

「そっか、そりゃ結構。

 マーガトロイドのことを、また新しく一つ知れたってことだし」

 

 美綴さんは笑っていた、カラカラと気持ちよく。

 そこで、私は自分が遊ばれていたことに気付いた。

 

「答えなんて、どっちでも良かったんじゃない」

 

「私は答えを求めたのであって、答えの細かい内容までこうであって欲しいと願っていたわけじゃないよ」

 

 ちょっとした仕返し、と呟く美綴さんに、私は両手を挙げて降参する。

 元は私が煽るようにして火をつけたのだ。

 因果応報というやつであろう。

 

「で、美綴さんは私の何が分かったのかしら?」

 

 投げやり気味に聞いてみる。

 しかし、もしトンチキなことを申せば、揚げ足を取る気持ちも持ち合わせて。

 

「アンタはさ」

 

 美綴さんは語り始める。

 笑うのをやめて、普段通りの顔で。

 いつもの学校で話しているかのような自然体で。

 

「存外自分に自信がないのな」

 

 やっぱりおかしなことを、言い始めたのであった。

 

「別に自信がないわけではないわ」

 

 それは事実である。

 例えば私が今まで培ってきた人形の技術や魔術の鍛錬などの、自らの努力の上の自信は確かに存在している。

 しかし、美綴さんは頭を振るう。

 

「きっとアンタが思っている意味じゃないよ。

 私が思うのはね、自分の技に対してじゃなくて、心根に対しての自信だよ」

 

 心根? どういうことなのだろうか。

 私は別段、自分を卑下するつもりはないのであるが。

 

「アンタさ、さっき至って健全、とか言ってたよな」

 

「えぇ」

 

 天才という輩は、どこかで心が病んでいる。

 そんな偏見をもった、ただの一言に過ぎなかったはず。

 それを美綴さんは……。

 

「誰と比較してるのさ、マーガトロイド」

 

「誰……と?」

 

 意味がわからない、美綴さんが言いたいことの。

 すると私の内心を汲み取ったかのように、美綴さんは続ける。

 

「アンタがさっきの言葉を言った時、自嘲するような響きがあったんだよ。

 それがすごくらしくなかったんだよ」

 

 何時もは泰然としてる癖に、何て言葉まで添えて、美綴さんは私に語ったのだ。

 

 ……美綴さんの指摘、それは事実なのであろうか?

 

 それを考えて、考えて、そうして。

 

 ほんの少しだけ心当たりを見つける。

 今では些細なこととなったモノを。

 分からないことが解り、安堵が去来する。

 

「どうして笑ってるんだよ」

 

 安心してホッとしていたところに、美綴さんは変なものを見たような顔をしていた。

 少しだけだけれど、傷つく。

 

「変な奴だなぁ」

 

 言葉に出されると、余計に傷ついてしまう。

 

「失礼ね。

 ただ私の中で謎解きが済んだだけよ」

 

「解答は?」

 

「答える必要がないわ」

 

 特に言う事ではないのだ、これは。

 そして美綴さんは、引き際をキチンと心得ていたようだ。

 それ以上追求することもなく、そうかい、と流してくれた。

 その気遣いに感謝しておく。

 

 

「……飲み物、無くなっちゃったな」

 

「そうね」

 

 何時の間にか、カップは空になっていた。

 中身に入っていた紅茶は既に無く、もしあったとしてもとうに冷めたものと化しているだろう。

 

「どうする? これから」

 

 美綴さんが聞いてくる。

 ここまでにするのか、それともまだ続けるのか。

 茶を飲むには、もう色々とお腹がいっぱいになっている。

 これ以上、飲もうとは思えない。

 

「そうね、本屋にでも行きましょうか」

 

 だから、次は心に栄養を与えに行こう。

 実際に美綴さんの趣向に触れることで、より知ることができるであろうから。

 

「あいよ」

 

 了解したということだろう。

 美綴さんは短く返事をし、溌剌とした表情で立ち上がった。

 

「少女漫画、結構ハマるもんなんだ。

 色々と教えるから、覚悟しときなよ」

 

「それなりの期待はしておくわ」

 

 代金を払い、店を出る。

 私達の今日はまだまだ続く。

 差し当たっては、今からは美綴さんとの共感を、いっぱい覚えることにしましょう。

 

 

 

 

 

 それから後、宣言通りに本屋へ私達は赴いた。

 大体の本は100円で買える古本屋に。

 そこで販売されている膨大な数の本、その中には一定の数の少女漫画もきちんと存在していた。

 その中から、美綴さんのお勧めの本を何冊か教えてもらい、そして立ち読みをする。

 行儀が悪いことは、自覚している。

 でも美綴さん曰く、誰も気にしないから、とのこと。

 周りを見回すと、確かに立ち読みをしている人ばかり。

 だからお行儀は悪いけれど、私もその中に混じる。

 そうして本の世界へと、私は没頭していくのだった。

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 そうして美綴さんのおすすめ本を全て読み終わり、私は自分で適当にほかの漫画も読み漁っていた。

 そしてそれも読み終わった私は、少女漫画のことが良く分からなくなっていた。

 女の子ならよく読むものと思っていたそれは、何だか思ったよりも過激なものが多かったのだ。

 

 美綴さんが教えてくれた本は、大抵ロマンスモノ。

 だから他もそんな物と思っていたのだが……。

 

「イロモノばっかり引き当ててるよな、お前」

 

 漫画のタイトルを美綴さんに教えたら、そんな返事をされた。

 因みに美綴さんは、頭を押さえて何かに耐えているようでもあった。

 だから何となく、その漫画のセリフをぼそっと呟いてしまったのだ。

 

「頭がフットーしそうだよぉ」

 

「ッウ、頭が!?」

 

 呻く美綴さん、彼女的にもあれはキツかったらしい。

 どことなく、今の美綴さんの姿は、ステッキのことを思い出した凛のようでもあった。

 

 そんなこともあって、その日は美綴さんと別れたのだ。

 少女漫画とは、思いのほか興味深いものであったらしい。

 そのせいかは知らないが、私は少しだけではあるが、少女漫画に興味を持ってしまったのであった。

 

 余談ではあるが、この日から私は、美綴さんとこっそり少女漫画の話をするようになった。

 たまに美綴さんのお勧めの本を聞いて、感想を言うだけではあるが。

 本屋で読んだ強烈な本のお陰で、少女漫画を読んでるとは公言しにくいのを悟ってしまったから。

 それが何となく、隠れキリシタンのようで、頭が痛くなったのは割とどうでもいい話である。




今月最後の更新。
ぼぉっとしながら書いたので、誤字がありそうな予感(最近はどうにも多いようで)。
それと妙な用事がたくさん入ってきて、更新がしばらく絶えるかもしれません。
あくまで、しれない、なのですが。

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