冬木の街の人形師   作:ペンギン3

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タイトルが思いつかないので、割かし適当に……。
すいませんでした(土下座)


第1話 遠坂邸の邂逅

 屋敷の呼び鈴の音が鳴り響く。

 その時に満ちていた、私の緊張感は結構なものだったと記憶している。

 遂に来たか、そう思い、私こと遠坂凛は不敵な笑みを浮かべていた。

 

 件の魔術師、アリス・マーガトロイド。

 連絡を入れてきたのは殊勝だし、客人としては持て成そうとは思っている。

 魔術師の流儀で、と但し書きが付く訳だが。

 

 ここで格の違いを教えてやれば、滅多なことはするまい。

 遠坂の土地で、問題を起こすのは、私に対する宣戦布告でもある。

 それを身にキッチリと刻んでから、帰国していただこう。

 

 無論、有意義な留学にする為に、私も最低限の配慮はする。

 研究の成果を、多少は開示してもらうつもりではあるが。

 

 そんなこんなで、自分ができる最大の笑顔を浮かべて、玄関を開けた。

 

「あ、すいません。郵便です」

 

「あ、これはどうも」

 

 ……ややこしい真似、してんじゃないわよ!!

 思わずこう、ガーッ、と内心で吠えてしまったのも仕方ないと思う。

 だが、それでは私に対するイメージがすこぶる悪くなりそうなので、内心だけに留めておいた。

 判子を取りに戻り、ペタッと受取書に押す。

 

 そして何故か、それを確認した配達員は、怯えたように駆け足気味で車に駆け込んでいく。

 確かに不気味な洋館に住んでいるとの自覚はあるが、あまり露骨だと気に入らない。

 まぁ、魔術師にとってはそれが狙いなわけではあるが。

 

 空振ったかと溜息を吐きつつ、家に入る。

 その直後に電話が鳴る。

 

「もう!鬱陶しい」

 

 どうしてこのタイミングで掛かってくるのか。

 嫌がらせとしか、思えない。

 少しイライラしながら、慌てて受話器を取る。

 

「凛、私からの贈り物は届いたかね?」

 

 思わず受話器を置いてしまったのも、無理はない。

 あの陰険な声を聞いたのだ。

 反射的にそうなったとして誰が責められようか?いや、誰にも責められないに決まってる。

 

 ……マテ、アイツは何と言っていた?

 私からの贈り物?

 

 郵送物の宛名を見ると、確かに外道神父の名前が書いてある。

 中身はというと……。

 

 私がその中身を確認すると同時に、再び電話が掛かってくる。

 

「いきなり切るとはご挨拶だな、凛」

 

「うっさい、で何なの、これ」

 

 郵送物の中身は、3分でできる麻婆豆腐、と中国語で銘打たれていた。

 あいつからの贈り物だと、毒でも仕込まれているのでは、と邪推してしまう。

 

「何と言われても土産だ、存分に堪能しろ」

 

「あんた今どこにいんのよ」

 

 そういえば仕事でしばらく出かけると言っていたな。

 思い出し、色々とアホみたいに感じてしまっている自分がいる。

 

 それにしても、と思う。

 私は可憐な年頃の女の子だ。

 それなのに郵送で麻婆を送りつけてくるとは、一体何事だ。

 ……と思ったが、アイツがランジェリーショップで買い物しているのを想像すると、可笑しさを通り越して吐き気がしてきたので、私は考えるのをやめた。

 

「中国の四川省だ。

 今は同僚と食べ歩きをしている最中だ」

 

「へえへえ、ご苦労なことね」

 

「心にもない労いだな。

 まぁ、そんな訳だ。

 次はインドに食べ歩きに行く。

 暫くは戻れないことだけを、伝えに来ただけだ」

 

 そうかそうか、二度と戻ってくんな、クソ神父!

 それを心の中で毒づくと、電話の向こう側から、早くカレーを食べに行きますよ!と若い女の声が響く。

 このクソ神父と共に食べ歩きをするなんて、正気じゃないなとも思いつつ、相手に軽い同情を寄せてもいた。

 

「ではな、凛」

 

「じゃあね、綺礼」

 

 互いに最低限の言葉だけかけて、すぐに電話を切る。

 全く、嫌な時間の使い方をした。

 

 少し顳かみを解して、伸びをする。

 直後に呼び鈴再び鳴る

 またか、またなのか。

 

 予定の人物に会う前に、大きく困憊しつつも嫌々ながらだが再び玄関に向かう。

 どうして予定にない事ばかりで、こんな目にあってるのだろう。

 

 取り敢えず、私が疲れているのも、金欠気味なのも全部全部、綺礼のせいと断定しつつ、扉を開ける。

 そこには、

 

「初めましてね、遠坂凛。

 これからお世話になる、アリス・マーガトロイドよ。

 約3年間の間だけど、よろしくお願いするわ」

 

 そう言って、スカートの裾を軽く上げ、綺麗な所作で挨拶してのける人形のように愛らしい美少女が微笑しつつ、目の前に居たのだ。

 

 ……声が出ない。

 突然な奇襲である。

 綺礼の馬鹿と手を組んで、私を嵌めようとしたのではと考えてしまう程、完璧なタイミングでの登場だ。

 

「貴方、聞こえてる?

 大丈夫なの?」

 

 私が惚けていたせいで、心配したのか、相手方から声をかけてくる。

 その事に顔が熱くなるが、堪えて挨拶をし返す。

 

「ええ、聞こえているわ。

 失礼したわね、遠坂凛よ。

 これからよろしくね、アリス」

 

 手を差し伸べて、握手の体をとると躊躇なくそれをアリスは握り返してきた。

 あ、コイツはもしかしたら、気持ちの良い奴なのかもしれない。

 そう思った。

 

「そういえば事前連絡した神父には、この時間帯に遠坂邸に赴けと指示があったのだけれど、何か理由はあるの?」

 

 訂正、コイツは油断できない奴だった。

 にしてもあの、どグサレ神父め。

 やはり手の込んだ嫌がらせだったか!

 

 私は彼女の言葉のおかげで緩んでいた警戒心が蘇り、警戒しながら屋敷に招き入れることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、ここは入ってはいけない部屋ね。

 私以外の魔力を感じたら、即座に処刑するような仕組みになっているから気を付けなさい」

 

「物騒ね、余裕が感じられないわ」

 

「侵入者相手に遊んで、遅れを取るほうが問題よ」

 

 魔術師なんだから、当然の返答。

 当たり前の話である。

 だが、私の受け答えに、不穏なものを感じたのか、更に警戒心を上げているのが手に取るように分かる。

 

「大丈夫よ、凛。

 騒ぎなんか起こしたら寧ろ研究に差し支えるからしないわ、安心なさい」

 

「研究が捗る場合は、起こす場合もあるということね」

 

 凛(彼女にそう呼べと言われた)にそう言うと、逆に警戒心を上げられる。

 見透かされたと思ったのかしら?

 

「顔にすぐ出すのは止めた方が良いわ。

 分かり易いわよ、貴方」

 

 うげ、と女の子らしからぬ悲鳴を上げ、凛は沈黙してしまう。

 ……流石にこのままでは不味い。

 

 警戒を持つのは当然としても、余りにされすぎると、協力が得られずに研究に支障をきたすであろう。

 そうなれば私の研究する環境は、悪くなるのは請負である

 

 フウッ、と互いに溜息をついたところで大体の場所は案内してもらえた。

 

「で、最後にあんたの部屋。

 ここの部屋を使ってちょうだい」

 

 中は本棚やベッド、机と最低限の物は取り揃えられていた。

 魔術の道具とかは必要なものは、鞄に詰めたし、後日郵送で届くものもある。

 間取りを確かめつつ、キャリーバックを適当な場所に置く。

 

「何か困ったことがあれば、聞いて頂戴。

 それなりの配慮はするわ」

 

 そう言って、背を向けて凛は立ち去っていく。

 

「待ちなさい」

 

 不信と猜疑を隠そうともしない背中。

 だからだろう、自然と呼び止めていた。

 

「何?」

 

 不機嫌そうに、訝しげるように凛が振り向く。

 

「私は魔術師であると同時に人形師でもあるの。

 劇の一つくらい公演させなさいな」

 

 このまま、極度に不審がられたままよりも、少しでも緊張を解きほぐしておきたい。

 だから私は、自分の出来ることをするまでである。

 

「何であんたのお人形遊びを見なきゃいけないのよ」

 

「それが私の誠意の見せ方だからよ」

 

 それを言うと、鼻白んだようにその場に三角座りをする凛。

 宜しい。

 

 但し、

 

「凛」

 

「何よ」

 

 人形を鞄から取り出しながら声をかけると、ぶすっとした声音で返される。

 だが、そんなことは今は気にしない。

 

「お人形遊びといったわね。

 その認識を改めてもらうわ」

 

 私の誇りを小馬鹿にしたこと、後悔させてあげる。

 

 舞台を整えた私は、物語を語りながら人形の操作を始める。

 劇中で活躍する人形、場を盛り立てるための音楽を担当する人形、劇中に用意する小道具などを運び込む人形、人形劇というものは、ただ人形を操るというだけのものではない。

 其々に役割を持たし、有機的に活動できるようにするのも、操者としての義務だ。

 

 私の糸を伝って人形は動き出す。

 シトシトと歩いて、舞台に現れた人形に合わせて、民謡が静かに響き始める。

 さて、開演である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリスの人形は人のように動く。

 彼女の魔力を伝って、些細な動作までこなしてみせる。

 見入っていると民謡が染み込んできて、まるで別世界に招待されたかのような感覚が私を襲う。

 

 成程、これは遊びとは言えまい。

 これは技術と呼んでも何ら遜色ない。

 いや、職人の域に達しているとも言えるだろう。

 

 

 それに、これは繊細な動きから、魔力の注ぎ方もかなりの緻密さが要求される。

 それを涼しい顔で苦もなくやってのけているのだから、恐れ入る。

 

 

 終わる、終わってしまう。

 この不思議の国へは終わりを告げ、現実に引き戻される。

 人形達は一礼して、アリスの元に帰っていく。

 

 いつの間にか、私は両手を叩いていた。

 これだけの物である。

 見せて貰ったからには、礼儀として讃えるのは必要なことであろう。

 

 脚本は至って平凡であったが、そこいらの劇よりも真に迫るものがあった。

 つまりは彼女、アリス・マーガトロイドの魔術師と、人形師としての才能がどちらも高水準だったということだろう。

 

「満足いただけたなら、何より」

 

 それにだ。

 今までずっとスカシた顔をしていたアリスが、自慢げにドヤ顔を晒している。

 自分が一番楽しくて、それが褒められると嬉しくて誇らしい、そんな気持ち。

 

 昔、お父様との魔術の訓練をしていた時のことを思い出した。

 その時の私も、きっと今のアリスのような顔をしていたのだろう。

 ……少し、コイツの事が分かった気がする。

 

 コイツは常に自分に自信を持っているのだ。

 だから何時も堂々としているし、余裕があるのだ。

 他人に弱みを見せたくないだけなのかもしれない。

 

 逆に追い詰められれば、かなり切羽詰って行動するのだろう。

 恐らくはだけど。

 

 それに……こいつは、あまり魔術師らしくない。

 彼女なりの誠意で見せた、人形劇。

 それを見て思ったのは、アリスは正直な奴だということだ。

 

 人形劇をしている彼女は、生き生きしていて、素の自分を曝け出していた。

 大人びて見えた彼女は、実は子供っぽい女の子だったのだ。

 

「えぇ、満足したわ。

 これから宜しくね、アリス」

 

 多分私は笑っている。

 それはもうすごく楽しそうに。

 

 友達付き合いだって職業柄、あまりできなかったが、こいつなら気兼ねせずに済みそうだ。

 コイツは正直者だから、ズケズケとものを言ってくるだろう。

 それくらいで上等だと思う。

 

 何だろう、我ながらちょろいと思うが、コイツのこと少し気に入った。

 

「また挨拶?

 まあいいわ、こちらこそ宜しくお願いするわ、凛」

 

 少し呆れていたが、彼女も距離感が縮まったことを察したのだろう。

 乗ってきてくれた。

 

 よし、夕食は少し豪華なものにでもしようか。

 火力はパワーな中華の神秘を見せてやる!

 

「あ、それから凛」

 

 キッチンへと向かおうとする私を、再びアリスが止めてくる。

 水を差すな、今から私は中華を作るのだ。

 

「これ、献上品よ。

 受け取りなさい」

 

 そう言ってアリスは私に品の良い刺繍入りのハンカチを差し出してきた。

 

「来るのに手土産の一つもないと、図々しいでしょ?」

 

 そんなトボけたふうな受け答えをしながら、どうぞ、なんて言ってる。

 無論、好意であるのとタダであるので、ありがたく頂戴する。

 

「……もう少し、派手な方が貴方には似合いそうね。

 次の奴はもう少し、チョイスを変えてみるわ」

 

 何だか、ケチをつけられたような気がしなくもないが、次も貰えるとのことだ。

 朗報である。

 

「そうね、私に似合いそうな、赤とかそんな色のハンカチを用意しなさい。

 下品にならない程度にね」

 

「センスには自信があるわ。

 精々期待しておくことね」

 

 憎まれ口に同様なもので返される。

 腹が立つと思えば、そうでもない。

 悪くない、こういうのも。

 

「えぇ、じゃ、夕食の準備をしてくるわ。

 お礼も兼ねて豪華にするから、精々大人しく待っていることね」

 

 若干の意趣返しも兼ねて、同じセリフを返してやった。

 

「手伝いはいる?」

 

 コイツも料理はできる口か。

 だがしかし、

 

「明日からはこき使ってあげるけど、今は大人しくご馳走されなさい。

 言ったでしょう?お礼だって」

 

 そう言うと、アリスは小首を傾げてしていた。

 何だろう、この生き物かわいい。

 

「良いのかしら?」

 

「良いのよ。

 但し、私は朝を食べないから、自分で作りなさいよ」

 

「分かったわ。

 じゃあ、今日はお願いするわ」

 

 ちょっとしつこかったけど、ようやく承諾を得たことだし早速行こう。

 これからは対等に話せる相手がいる。

 そのことに浮かれながら、私はキッチンへと向かっていった。

 

 こんなに楽しみなのは久しぶりだ。

 期待してるわよ、アリス・マーガトロイド。

 退屈させないでよね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうにか凛の心の扉を開くことに成功した私は、ホッと一息ついていた。

 流石にあの雰囲気の中で暮らすのは、許容しかねる。

 

 そんなことを考えながら、私は整備用のモノクルをかけて、人形達を整備している。

 あれだけ動かしたのだから、点検するのは当然である。

 この子達は私の命綱でもあり、商売道具でもあり、家族でもあるのだから。

 

 さて、凛とはどんな関係を築けるのだろう。

 魔術師同士としての割り切った関係?

 それとも友とも呼べる関係だろうか?

 そればかりは、神のみぞ知るなのかもしれない。

 

「貴方達はどう思う?上海、蓬莱」

 

 答えは返ってこない。

 人形なのだ、それが摂理である。

 だが、いずれ答えを返してくれる日は来る可能性はある。

 

 100年か、200年か。

 正直どれほどになるか分からない。

 

「……本当に分からないことばっかり」

 

 人間のまだ若い時期なのだ。

 それが当たり前である。

 だからこそ知りたいのだ。

 

 目標や、魔術、自身のことに至る諸々を。

 

「この屋敷で手に入るのは、何になるのかしら」

 

 答えは望んでない。

 誰への問いでもないのだから。

 

 ただ、願わくば

 

 安息の記憶と、飛翔の為の経験を




凛が早くデレすぎと思われている方もいるでしょうが、僕の実力ではギスギスのまま進めるのが不可能だったので、早めに警戒心を下げてもらいました。

勿論、互いに魔術師な訳ですから、線引きはしていますよ。
ただ、キャラ同士の掛け合いには、不便だったからこう持って行きました(本音)

小ネタ:綺礼の食べ歩きを共にしている相手は、埋葬機関の人物です(棒)

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