冬木の街の人形師   作:ペンギン3

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アニメ効果で執筆意欲が増したので、一話だけ投稿。
この続きを仕上げるのは、時間がかかりそうです。
取り敢えず、今回の話から空の境界のメンバーが暫くメインになります。
そこをよろしくお願いします。


第17話 交差する関係

 とある大学の一室、そこに私たちは来ていた。

 何故こんな所にいるのかとえば、言うならば用事、大事な用事があってのこと。

 私は隣にいる、親友の手を握る。

 

「ちょっと、緊張しちゃうわね」

 

「大丈夫よ、夢ちゃんにもちゃんと紹介状貰ったんだし」

 

 不安そうにしている親友の言葉を、吹き飛ばすように楽観的に告げる。

 ちゃんと手順を踏んでいるのだ、どこに不安がる要素があるというのだろうか。

 私がちょっと笑うと、彼女も居場所が出来たかのように、少しの安堵を見せた。

 

 よし、今なら大丈夫。

 そう判断を下し、扉をトントン、とノックする。

 中からくぐもった声で、どうぞ、と返された。

 

 軽く深呼吸をする。

 隣の彼女を見ると、頷いてくれた。

 それに合わせて、私はドアノブを回したのであった。

 

 カチャ、と音を立てて、あっけなく開く扉。

 扉の先には、白衣を着た老けている男がいた。

 この部屋を任されている、この大学の教授である。

 男の顔は、常に何かに興味を持ってるかのように、つぶさに観察している感じがする。

 私たちも同様に、じぃ、と興味津々で観察される。

 彼の目は爬虫類じみていて、なんか鳥肌が立ちそう。

 そんな視線に、親友は居心地が悪そうに、困ったような曖昧な笑みを浮かべていた。

 そうして私は思ったのだ。

 ――この人、変態だ、と。

 

「こんにちは」

 

 それを誤魔化すかのように、私は挨拶を繰り出す。

 はよ、話を進めい。

 そんな憤りも含めて。

 教授は、オヤオヤ、と肩を竦めていた。

 ちょっぴり腹立つ。

 

「こんにちは、二人共。

 遠いところ、わざわざご苦労なことだネ」

 

 そう思うのなら、早く椅子を勧めて。

 ただでも、コミュ症気味の親友が、遠い目をし始めているんだから。

 

「あ、いえ、こちらこそ、お時間をいただいて、大変ありがたく思っています」

 

 ただ、変態教授の方が喋ったのに反応し、親友は無事に現世へ帰還したようだ。

 慌てたように、頭を下げる。

 私も彼女に倣うように、ぺこりと頭を下げた。

 

「いや、結構。

 最近の学生は失礼なのが多いのに、君達はしっかりとしているネ」

 

 いえいえ、などと親友が恐縮してる中で、私は部屋を見回していた。

 ……特別に何かある、という訳ではなさそうだ。

 拍子抜け、絶対変なものがあると思っていたのに。

 それを残念に思いつつも、嘆いても仕方がない。

 ようやく勧められたソファーに座り、正面の教授と対面した。

 

「初めまして、宇佐見蓮子です」

 

「は、初めましてっ! マエリベリー・ハーンです」

 

 隣で親友のマエリベリー、メリーの力の入った挨拶に苦笑しつつ、教授の”はい、どうも”という快活な笑いを受け止める。

 

「で、岡崎君は元気かな?」

 

 彼の教授が最初に尋ねてきたこと。

 それは私達の恩師が元気であるかであった。

 早く本題に行きたいところだが、彼の様子が、緊張を解そうとしている事に気が付く。

 横を見ると、メリーはガチガチの状態で、教授を見ていた。

 はぁ、と溜息を吐きそうになりながら、教授の話に乗ることにする。

 取り敢えず、メリーに慣れてもらわなきゃ困る。

 ……今回は彼女のことについて、話をしに来たのだから。

 

「えぇ、元気すぎて、他の教授たちも手を焼いています」

 

「確か非統一魔法世界論だったよネ。

 学会では失笑を買っていたが、私は興味深いと思っているよ」

 

 恩師が提唱する理論、非統一魔法世界論。

 これは、この世には説明できないような不思議な(魔力)があり、全てを魔力で統一出来る世界・その逆の世界・色々混在している世界も存在する、といったものである。

 

「あれ、要するに超ひも理論の亜種だよネ。

 ボクは分野が違うから、詳しくは言えないけど、中々に良い着想だと思うよ」

 

「本人が聞いたら、何と言うやら」

 

 思わず漏らすと、教授が、っぶ、と吹き出して、膝を叩く。

 

「『あら、うだつの上がらない似非学者が吠えるのね。お陰で冴えないデータばかりが溜まっていくの』ってくらいは、言いそうだよネ」

 

 恩師、岡崎夢美の声音を真似ようとして、無駄にキモくなった教授の声。

 うん、我慢できずに思わず吹いてしまう。

 確かに、それくらいは言ってのけそうだ。

 

「もぅ、蓮子も教授も、先生を弄っていると、後が怖いんだから。

 ミサイル飛んできても、私知らないわ」

 

 呆れたようにメリーが私たちを見ていた。

 あー、夢ちゃんのミサイルかぁ、ありえそうで怖い。

 教授も苦笑いを浮かべ、ハンカチで額のあたりを拭っていた。

 

「アメリカあがりは怖いネ」

 

 教授、多分アメリカは関係ないと思います。

 幾ら銃社会だからといって、ミサイルまで飛び交うとは思えない。

 というか、思いたくもない。

 

「ま、岡崎君イジリはここまでにしようか。

 あとも怖いからネ」

 

「賛成です」

 

「調子良いんですから、二人共」

 

 メリーが何か言ってる。

 けど、メリーさえ密告しなければ、私がシバかれることはないのだ。

 だから、そこさえ押さえれば問題ない。

 ……これが終わったら、賄賂を融通しておこうそうしよう。

 

「じゃ、親睦を深められたことだし?

 本題に行こうじゃないか」

 

「……よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いします」

 

 さぁ、ここからが本番だ。

 メリーと顔を見合わせ、そうして頷き合う。

 彼女が気合を入れた顔をしている。

 頑張れメリー!

 

 

 

 

 緊張は二人のお陰で緩和できたけれど、心臓がまだ落ち着いてない。

 落ち着きなさい、マエリベリー。

 貴女()は落ち着けば出来る子でしょう?

 ……そうよ、出来るんだから。

 

 蓮子の方を向く。

 そうすれば、図らずも、彼女も私の方を向いていた。

 すると、ひどく落ち着いた。

 いや、勇気づけられたのかもしれない。

 蓮子と頷きあい、そうして私は話し始めた。

 

「では教授には、聞いていただきたいことがあります。

 私の体験について……私の不思議な目から見える風景について」

 

 私の目から見える光景、それは不思議な光景。

 恒常的に見続ける、夢のことを。

 この教授は、そういう分野が専門なのだ。

 

「私は良く夢を見るんです」

 

「へぇ、どんな夢?」

 

 相槌を打ちつつ、教授はメモを取り始める。

 それを気にせず、私は続ける。

 

「どこか知らない場所が見えるんです。

 でも、共通点があるとすれば、それは原風景が見えること」

 

「原風景、ねぇ」

 

 上手くイメージできないのか、教授はトントン、とペンでこめかみの部分を叩いていた。

 何か言おうかと思ったが、教授なりに纏めたのか、こっちに向き直り会話を再開する。

 

「えぇと、昔ながらの光景って事でいいのかな?」

 

「そうですね、大体あってます」

 

 正確には、日本の元来のあるべき姿、というべきものなのだけれど。

 違いは何かと言われれば、これまた答えるのに窮してしまうであろうから、このままで話を進める。

 

「それを実際に見たことは?」

 

「ないです、夢の中だけで見ています」

 

 そう、あくまでも夢の話。

 だけれど、それはとても生々しく、リアルさが伴っているもの。

 

「フーン、その夢はいつも同じ内容だったりするの?」

 

「いえ、夢の内容は何時も違います。

 森の中だったり、山だったり。

 でも、そこがどこも同じ地域にある、ということだけは分かります」

 

 どうしてだか、夢見る場所は須らく同じだと理解している。

 ペンを動かしながら、教授は質問を続けた。

 

「どうして同じだと分かるのかな」

 

「感覚的な話になるのですが、きっと私が視点を使っている人が、同じだと認識しているからだと思います」

 

 ……教授の、ペンが止まった。

 それだけ、引っかかると言える答えだったのだろう。

 どことなく蛇っぽい視線を、教授は更に細めていて、面白そうにしている。

 私は、面白くもなんともないのだけれど。

 

「君の視点じゃなく、誰かのを借りていると?」

 

「おそらく、そうなんだろうと思います」

 

 だって夢の最中、キョロキョロしたり、誰かと対話したりしている場面があったが、私は一切介入できなかったのだから。

 

「ふむ、電波ジャックのようなものだろうネ」

 

「電波……ですか?」

 

「そう、電波」

 

 面白そうに、教授は続ける。

 水を得た魚のように、自分の分野を語る。

 

「人はネ、大体いつも同じチャンネルのテレビを見ているんだよ。

 あぁ、これは例え話ネ。

 実際にテレビを見るわけじゃなくて、普遍的に人の頭はこのチャンネルに合わされているって、そういう話。

 今、こうしてボク達も話が出来ているし、今は君とボク達は同じチャンネルに合わさっているってこと」

 

 教授が勢いよく語ることを、何とか整頓しようとする。

 チャンネルとは、恐らくは私達が知っている常識のようなもの。

 それがきちんと合わさっているから、会話ができているということなのだろう。

 

「でも、君は受信感度が高いんだろうネ。

 自分だけの電波じゃなくて、他人の分まで繋がってしまう。

 君にはチャンネルが複数あって、寝てる時は他人のチャンネルを見てるんだよネ。

 だから、そういう夢を見るんだと思うよ」

 

「成程」

 

 正に電波を受信しているという状態なのだろう。

 ……字面だけ見ると、自分がアレな人みたいで何か抵抗感が芽生えてくる。

 

「で、ハーン君」

 

 教授が好奇心の宿る瞳で、私を見ている。

 

「何か心当たりはあるかな?」

 

 教授の瞳と合わさって、蛇睨みされた感覚に陥る。

 だけど、岡崎教授も、この人ならば馬鹿にしないと紹介してくれたのだ。

 信用しなきゃ、何も始まらない。

 

「えぇ、これ以上ないくらいのモノが」

 

 だから私は答える。

 それが始まりになるのかもしれないから。

 

「私には他の人が持っていないような、能力があります」

 

 自分で言って、そして恥ずかしさが湧いてくる。

 普通なら、この子は何を言っているの? 程度にしか受け取ってくれない言葉。

 痛い人だと思われてしまう程に、香ばしさが漂っている。

 でも、これは本当の事、紛れもない私の力は存在するのだ。

 

「まぁ、世の中にはそう言う人がいるからネ。

 多少は実例を見てきたわけだし、ボクもそれなりの見識はあるつもりだよ」

 

 でも、教授は淡々と受け止めるだけ。

 好奇心以外は交えない、科学者としての視線。

 ホッとした、大丈夫だったことに心から。

 

「で、どんな能力かな?

 君の状況的には、ESP(超感覚的知覚)の方が近い感じはするね」

 

「はい、ちゃんとした定義なんかは分からないですけれど、便宜上こう呼んでいます。

 結界の境目が見える程度の能力、と」

 

 思っていたよりも滑らかに口が動く。

 本気で相手にしてくれているから、気分が楽なのかもしれない。

 

「結界……それも境目、ネ」

 

 教授は真顔だった。

 けれど、一瞬の困惑は見て取れるものであった。

 だから、私も少しだけ、不安の火種が燻り始める。

 教授は、んー、と唸ってから、質問を再開した。

 

「結界ってどんなものなのかな?」

 

「周りを範囲内から区切る、境界のようなものです」

 

 この世には、時として立ち入れないような場所がある。

 それは普通に通行禁止とか、行き止まりなどではなく。

 不思議な、良く分からない何かが行く手を阻んでいる。

 誰かが意識的にか、無意識にかは分からないけど、そういう場所を作り出しているのだ。

 

「ハーン君はその境界が見える、と」

 

「はい」

 

 無言でペンを進める教授。

 書きながら、教授は続けた。

 

「じゃあその風景が見えるのは、夢の中でどこかの結界をすり抜けて、君が誰かの心の結界を潜り抜けたから、見えてしまったということかな」

 

 蓮子があっ、と感心したような声を上げる。

 私も同感であった。

 

 普通とは違う風景を見ているのだから、結界をすり抜けている事は理解していた。

 だけれど、その視点は、誰かの心の特別な結界を抜けない限り見れないものなのだろう。

 つまり視点の人が、心に特別な結界があったからこそ、私がすり抜けてしまっていたのだ。

 普通の人の、何も心に防備を持たない人ならば、こんなことにはならなかったのだろう。

 

 そんな私達の態度を見た教授は、書くのを止めていた。

 そしてその表情には、ある種の納得があった。

 

「何か分かったんですか?」

 

 蓮子が、口を開いた。

 沈黙を続けていた彼女だが、教授の様子から、いてもたってもいられなくなったのだろう。

 それだけに、この問題は私達には解けないものであったのだ。

 新しい見解を示してくれた教授への、期待もあった。

 教授は、うん、と一つ頷いた。

 そうして、にこりと笑った。

 

「分からない、というか専門外だったということが分かったネ」

 

 ……どういうことなの。

 顔が引き攣りそう、いや、多分もう攣ってしまっている。

 

「教授! 冗談とかじゃないですよねっ!!」

 

 蓮子が噛み付く勢いで、教授に食ってかかる。

 この人なら、と思っていた瞬間でもあったので、彼女の気持ちは良く分かる。

 だから止めなきゃ、と思っていたのに、静観してしまっていた。

 

「流石に相談に来てくれた人に、おフザケで返す根性はボクにはないネ」

 

 教授が言い切ると、蓮子が脱力したように、ソファーに座り込んだ。

 でも、慌てていた蓮子の様子を見ていたせいか、私には落ち着きが戻っていた。

 だから、もう一つばかり、質問をしてみよう。

 

「教授、専門外とはどういうことでしょうか?」

 

 この人は、そういうのが専門だと聞いていた。

 なので、専門外と断言したのに、引っ掛かりがあった。

 

「どういうって、言葉通りの意味だよ。

 ボクは超能力とかを研究しているんだ」

 

 だからこそ、相談に来たのだ。

 私のこの能力は、そういう類のものだから。

 でも、教授は首を振っている、それは違うと。

 何が、違うというのだろう。

 私の中で、困惑が広がっていく。

 隣の蓮子にも伝播したかのように、困惑は私たちを包んでいた。

 そこで、教授は言った。

 

「君のは超能力じゃないよ。

 それネ――オカルトだよ」

 

 オカルト、そう言われて、困惑は混乱へと昇華された。

 どういう意図でそれを言われたのか。

 それに超能力とオカルト、どこが違うのかなど。

 必死に考えを纏めようとする、が先に立ち直ったのは蓮子だった。

 

「オカルトって、要するに科学では証明できない超常現象のことですよね。

 メリーの能力は、教授がさっきやったように、ある程度の理屈付けできると思うんですけど、どう違うんですか?」

 

 多少オカルトに覚えのある蓮子だからこその切り返し。

 堂々として言う姿が、頼もしく見える。

 でも、教授は至って飄々としたままだ。

 

「そりゃ哲学だってそういうものだからネ。

 あれと同じで、ある種のコジつけのようなものさ」

 

 詭弁だ、などと感じてしまう。

 でも、教授の言いたいことは、何となく理解もできてしまう。

 説明は出来ても、証明はできないのだから、それは科学の範疇に収められないと、つまるところはそういうことなのだろう。

 

「じゃあ、教授でも無理なんですか?」

 

「そうだネ、ボクじゃ道は示せても、何らかの手段を講じられないからネ」

 

 露骨に蓮子が落胆する。

 ……無論、私も。

 

 別に自分の能力が嫌いなわけではないのだ。

 でも、分からないことを識りたいと思うのは、人間の本能だと思う。

 それが自分のことであるのなら、特に。

 

 コレからどうしようか、と考える。

 一応、新しい道は見つけた。

 オカルトとして、これからは調べていけばいいのだから。

 ……ひどく、胡散臭い話ではあるのだが。

 

 などと、私も、恐らくは蓮子も、次の手段を講じていた。

 だけれど、教授は笑みを絶やさない。

 ニコニコとしたまま、こんな事を告げたのだ。

 

「確かに、ボクじゃどうにもならない。

 でも君たち、運がいいネ。

 丁度専門家が、実はこの大学にいるんだよ」

 

「え?」

 

 私か蓮子か、どちらが漏らした呟きだっただろうか。

 先生はその呟きを聞いて、いたずらが成功した子供のような顔をした。

 

「ま、担当を変えて続行、てことだネ」

 

 それだけ言うと、教授はどこかに電話を掛け始める。

 私だ、すぐに部屋に来て欲しい、興味深い子達が来てるから、と。

 それだけ言って、受話器を置いたのだ。

 

「えぇと、要するに、専門の人に変えたら、何とかなるってことですか?」

 

「さぁ、それは分からない。

 でも、あの子はボクの教え子の中でも、中々にエキセントリックな子だからネ。

 何か動く程度には思っていれば良いと思うよ」

 

 ……それは期待すればいいのやら、戦々恐々とすればいいのやら。

 蓮子は、期待に目を輝かせているが。

 そうして、ある種の緊張が部屋を包む中で、トントンとノックがされた。

 教授が、どうぞ、と言うと扉が開く。

 

「君たちがそうなのかな?」

 

 その人は、真っ赤な髪をした女の人だった。

 メガネをかけていて、学者らしからぬ柔らかさを感じられる。

 

「この子はね、心理学の他に色々と面白いものを齧ってるんだ。

 自己紹介は自分でするかい?」

 

「もちろんです、教授。

 ハァイ、初めまして、蒼崎橙子よ。

 よろしく、二人共」

 

 とてもフレンドリーな人。

 普段想像する学者とは、別種のキャラクター。

 それが普段の私達の恩師の姿と重なる。

 

「はい、よろしくお願いしますっ!」

 

 蓮子は、とても元気良く挨拶をして。

 

「……よろしくお願いします」

 

 私はとても小さく挨拶をした。

 それは、この人が、何かを変えてくれると思ったから。

 それと同時に、この人が、何かを変えてしまうと思ったから。

 愛想の中の、観察する視線が、何となくだけど恐ろしく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガタン、ゴトンと音がする。

 何時ぞやのような電車旅、景色は流れて過ぎゆくばかり。

 それはまるで、フィルムを通しての映像のよう。

 では今の私は、映画の登場人物だったり?

 

「アホらしいわね」

 

 何て取り留めもないことを考えながら、時間を過ごしている。

 車窓の風景に集中できない、どうにも余計なことを考えすぎているらしい。

 

 私が命じられたこと、それは大海の中で幽霊船を見つけろと命じられたようなもの。

 出会えたのならそれはそれで怖いし、そもそも見つけられる確率なんて、無きに等しいのだから。

 

「やぁ」

 

 声が、掛けられた。

 振り向くと、そこにはどこかで見覚えのある眼鏡の姿。

 

「久しぶりだね、また電車であったね」

 

 あぁ、そうだった。

 3ヶ月は久しぶりといっても良いだろう。

 

「久しぶり、です、両儀さん」

 

 何時ぞやの愉快な家族、その黒一点。

 両儀幹也、その人がいた。

 ここ、良いかな? と彼は席に指を指していた。

 そうぞ、というと、私の向かいに彼は座り、とっても無害な顔を浮かべていた。

 

「今日はお一人ですか?」

 

 頷いてから、両儀さんは考え込むように、顎に手を添えた。

 彼は何かについて、あれ? と何かを疑問に思っているようであった。

 

「どうかしましたか」

 

「……別に、無理しなくて良いよ」

 

 何が、と言いかけて思い出す。

 そうだ、確か私はあの時……。

 

「別に、年上には敬語は使います。

 あの時は、危ない人が傍にいたから、攻撃的になっていただけです」

 

 そう、何よりも蒼く深く、嵌ったら沼のように抜け出せなくなるであろう瞳。

 心の中で私が、怖いと本気で思ってしまった人。

 あの人がいたから、私は強く自分を武装していた。

 

「式は危なくないよ。

 ちょっとキレやすくはあるけど、でも可愛いよ」

 

 どうやら彼は、猛虎を見て可愛いと思う感性を持っているようだ。

 中々に良い趣味をしている。

 でも、本気でむっとしているらしいから、彼の前ではきっとすごく可愛いのかもしれない。

 もしそうなのだとしたら、可愛いところもあるものだな、と素直に感心できる。

 

「それから君、えっと、マーガトロイドさん」

 

 両儀さんが私を見る。

 その目は柔らかく、何でも許容してしまいそうに感じる瞳だ。

 

「敬語だと僕が落ち着かないから、普通に喋ってくれたら嬉しい」

 

 前がそうであった時のようにね。

 彼はそう続けた。

 

「……普通は年下にタメ口で話されると、不快な人が多いと思うのだけれど」

 

「そうだね、まぁ、そういう人の方が多いよね」

 

 敬語を続けると、逆に気を使わせてしまいそうで。

 そういうことならと、私は容赦なく普通に話すことにした。

 その方が気兼ねなく話せそうであったから。

 

「今は学生は夏休みだよね」

 

「そうよ、両儀さんは……、ずる休みかしら?」

 

 からかう様に言う。

 社会的には、まだお盆でないからという理由で。

 まぁ、本当のところは、そういう仕事についていないだけなのだろうが。

 

「こら、あまり大人をからかうものじゃないよ」

 

 困った子を見るような目で見られる。

 まるで子供扱い、いや、子供と本当に見られているのだろう。

 

「レディーの扱い方がなっていないわ」

 

「よく臆面なく言えるね」

 

 普通の人が言うと嫌味だろうが、両儀さんは本当に感心しているようだ。

 何だか、それはそれで腹立たしいものがある。

 

「それで、結局のところ何か用事が?」

 

 先ほどの会話を無かったことにし、話を続ける。

 彼はうん、とひとつ頷き、そして言った。

 

「人探しを少しね」

 

「へぇ」

 

 これは奇遇と言うものだろうか。

 同じ列車で、同じ用事。

 面白い符号である、もっと連鎖すると、運命と名付けても良いかもしれない。

 

「私もよ」

 

 私が言うと、彼は驚いたように目をまん丸にしていた。

 口角が、上がるのを自覚する。

 

「すごい偶然だね」

 

「えぇ、偶然ね」

 

 続けるように言うと、小骨が引っかかったような顔を、彼はしていた。

 でも、何の面白みもない答えだったのだ。

 多少、憮然とした態度になるのは、致し方ないことだと思う。

 

「探し人はどんな人なの?」

 

 でも、それをいつまでも続けるのはまずい。

 切り替えるようにして言うと、彼は顎に手を当ててこう答えた。

 

「行方不明者の捜索だね。

 どこにいるか分からないし、もしかしたら変わったことに巻き込まれているのかもしれない」

 

「あら、お仕事?」

 

 意外と行ったら意外である。

 この人は、もしかしたら探偵なのか。

 だけど、確かに無害のように見えるから、他人の口は軽くなるのかもしれない。

 ある意味適役か、と納得しかける。

 

「いや、頼まれごとのやっつけ探偵だけどね」

 

 だけれど、彼はきっちりと訂正する。

 ……成程、これは中々に面白い。

 

「立場は私と似たようなものね」

 

 むしろ殆ど同じと言って差し支えない。

 どこの誰かはわからないが、この人も妙なところで裏と繋がっている。

 そう思ったところで、ふと気付いた。

 

「今回の依頼は、誰からのものかしら?」

 

「そこを言うのは、少し憚られるね」

 

 困ったような、億劫したような表情を浮かべる彼。

 でも、それで更に確証を得たといっても過言ではない。

 

「もしかしたら会えるかしら」

 

「……今はお仕事中らしいよ」

 

 お仕事、というと人形か。

 ますますもって、入り込みたくなる。

 

「彼女の人形には、非常に興味があるわ」

 

 そういうと、彼は非常に言いづらそうに、こう答えた。

 

「欠金気味で、大学の助教授をやってるらしいね」

 

「……は?」

 

 あの人が……どういうことなのか。

 稀代の作る人であるあの人が、どうしてそんなことを?

 疑問がぐるぐると頭を巡る。

 そこに両儀さんが補足するように一言、

 

「売り払うものが、何もなかったんだって」

 

 私の憧れの人は、思っていたよりも駄目な人だったのかもしれない。

 

「急に儚んだ顔になったね。

 ……気持ちは分かるけど」

 

「人の夢と書いて、儚いと読むそうよ」

 

 柳洞くん談である。

 あぁ、人は想像以上に完璧であることなど、殆どない。

 今回も、きっとそういう事だったのだろう。

 

「僕は邯鄲の夢を見たわけでもないから、悟れていないけど」

 

「結局のところ、人生塞翁が馬なのね」

 

 そこで両儀さんが、不思議な目で私を見ていた。

 何かおかしかったか、と不安になる。

 が、そうではなかったみたいだ。

 

「最近の外国人は、難しい日本の言葉を知ってるんだね」

 

 脱力する、そういうことか。

 でも、多分皆が皆そうであるわけではないと思う。

 

「私の友人が、そういう言葉を好むのよ」

 

 柳洞くんの実に滑らかな言葉の数々といったらもう、覚えるのが面倒になるほどだ。

 しかも、私が分からなかったのなら、わざわざ注釈までつけてくれる親切ぶり。

 図らずしも、日本語は上達するばかりである。

 

「変わった友人さんだね」

 

 えぇ、本当にそう思うわ、心から同意する。

 でもアレで面白いから、個性の範囲であるのだろうけれど。

 

「それにしても、探し人、ね」

 

 両儀さんが、思い出したように言う。

 

「その人、橙子さんだったりするのかな」

 

 あぁ、そういうことか。

 確かに、彼女の行方を知りたい人は、魔術協会にはいくらでもいる。

 でもそのために、わざわざ日本まで来る酔狂な人はさしていないのが現状だ。

 封印指定の魔術師であるからには、場を荒らされたくはないだろう。

 

「大丈夫よ、それも気になるけれど別の人を探しているわ」

 

「そうなんだ」

 

 両儀さんの反応は、思っていたよりも淡白なもの。

 もっと色々とあるのだと思っていたのだけれど。

 そこで両儀さんは、ふと思い出したように言う。

 

「もし良かったらだけど、余裕があったらそっちの探し人も探しておこうか?」

 

「……いいのかしら?」

 

 ついでだよ、という両儀さん。

 私としては、大したアテがあるわけでもないし、彼の提案は有難いものがある。

 特に、私に障害があるわけでもないのだから。

 

「なら、お願いしようかしら」

 

 屈託のない顔で、分かったと、彼は頷いた。

 何だか、無条件に信頼できると、そう思ってしまった。

 そのせいかは分からないが、口が滑らかに動く。

 探している魔術師の名前から、探そうとしている場所まで、を全て語る。

 そうして語り終えた時、彼はまた、驚いた顔をしていた。

 

「同じだ」

 

 何が同じというのか。

 そう思っていると彼は、また一人で呟いた。

 

「僕と目的地が、同じなんだよ」

 

 ……私は誰かに、運命というものを操られているのかしら。

 そう思うほどの偶然、それはもはや必然であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『その頃の冬木市 コペンハーゲンの風景』

 

 

 

 

 バイトの時間、何時も通りに俺はコペンハーゲンへと向かう。

 そして到着してそうそう、ネコさんの声が聞こえてきた。

 

「や、エミやん、来てもらって悪いんだけど、早速入ってもらえるかな」

 

「はい、分かりました」

 

 今日から暫く、マーガトロイドがバイトに来れなくなるらしい。

 その分の穴埋めはしっかりとすると言っていたが、あいつがいない分、相応に頑張らないといけない。

 

 エプロンをしっかり締めて、気合を入れる。

 そうして気合十分で接客に出た俺は、そこで衝撃のものを見つけた。

 

「と、遠坂!?」

 

「こんにちは、衛宮君」

 

 そこには我らが学園のアイドル、遠坂凛の姿があった。

 あれ、どうして、なんでさ!

 そんな纏まらない思考が、頭に積み重なっていく。

 

「なん、で」

 

 口に出せたのは、そんな思考のひと欠片だけ。

 遠坂はクスリと笑って、こう続けた。

 

「アリスの代理なんです。

 接客はそれなりにできるから、安心して」

 

 あぁ、マーガトロイドの言っていた穴埋めとは、こういうことだったのか。

 納得した、したと同時に、一言くらい言って欲しかった。

 びっくりして、心臓が止まるかと思ったから。

 

「あ、じゃあ今日一日、よろしく」

 

 慌てて言うと、面白そうに遠坂は俺を見ていた。

 口元がピクピクとしている。

 何だ、と思っていると、遠坂は何もないかのように続けた。

 

「こちらもよろしくお願いします、衛宮君」

 

 瀟洒に微笑む遠坂は、クルリと背を向けて注文を取りに行った。

 ……本当にびっくりした。

 

「エミやん、浮気かい?」

 

「なんでさっ!? てネコさん」

 

 振り返れば、そこにはニヤニヤ顔のネコさんの姿が。

 弄る気満々で、俺の目の前に立っていた。

 

「凛ちゃん可愛いから仕方ないのかなぁ」

 

「そ、そういうのじゃないですって。

 有名人が目の前にいたから驚いたとか、そういうやつです」

 

 事実としてそうなのだから、そういう他ない。

 ネコさんは、にやぁ、としてから一言、

 

「ま、今は、そういうことにしとくね、エミやん」

 

 と言い残した。

 邪推もいいところだ、全く。

 そんなことを考えている時に、呼び出しがかかる。

 テーブルに行ってみると、そこにも見知った顔があった。

 

「なんだ衛宮かよ」

 

 ッチ、などと舌打ちをする目の前の男。

 どこからどう見ても、見覚えのある顔である。

 

「慎二、こんなところで何やってんだ」

 

 そう言うと、慎二はちっちっち、と指を降る。

 

「なってないなぁ衛宮。

 この店では、客にタメ口を聞くのかい?

 躾がなってないんじゃないかなぁ」

 

 あ、妙にテンションが高くて、アレな時の慎二だ。

 でもそれを表に出すわけには行かない。

 出したら最後、ネコさんか店長まで、朗々と文句を言いに行きかねない勢いだ。

 

「お、お客様、ご注文はなんでございましょうか」

 

 顔が引き攣りそうになるのを、強引に抑えながら尋ねる。

 すると急に慎二は正気に戻り、耳を貸せ、と俺の頭を掴んで引き寄せた。

 

「マーガトロイドに、今日から面白いものが見られるって聞いたんだよ」

 

 何やってるんだ、あいつ。

 頭の中で金髪の人形遣いが、悪そうに笑っている。

 だけれど、そんなことは関係なく、慎二は語り続ける。

 

「そう言われたから半信半疑で来てみれば、とぉさかがいるじゃないかっ!」

 

 妙なイントネーションで、小声で吠えるなんて器用なことをする慎二。

 でもそれだけではコイツは止まらなかった。

 

「さっきまでのシフトじゃ、遠坂しかいなかったからな。

 コーヒーを頼むたびに、笑顔で寄ってくる

 もう、最っ高だよ!」

 

 愉快愉快、と言わんばかりの慎二。

 ちょっと遠坂の方を見てみると、丁度目があった。

 そして口パクで何かを言ってる。

 

 えっと、多分だけど……わ、か、め、は、ま、か、せ、ま、す、だと思う。

 ワカメは任せますって……横目で慎二を見ると、とってもいい笑顔。

 きっと、何を言っても聞かないと思う。

 

「遠坂も嫌がらせに思ってると思うぞ。

 あんまりやってると、泣くかもしれない」

 

 女の子だし、と続けると、慎二はそれを一笑する。

 

「遠坂がそんなタマかよ!

 今頃内心では怒り狂ってるんじゃないかな」

 

 笑顔でそんなことを言う慎二。

 遠坂が怒り狂うって、何か想像つかないな。

 でも、そんな仮定をしておいて、わざわざ怒らせるようなことをするのは、どうなのだろうか。

 

「兎に角やめてやれよ」

 

「ッハ、飽きたらそうするよ」

 

 慎二は追加のコーヒーを頼むと、俺を追い払うように、シッシと手で払った。

 慎二を気にしつつ、厨房へ向かう。

 マスターに注文を伝え、出来上がったコーヒーを慎二の元に運ぶ。

 そしてそこで俺は、再び驚きの光景を目にすることになった。

 

「ご注文は、増えるワカメでよろしいでしょうか」

 

「よろしく無いに決まってんだろっ!

 サンドイッチがどうしたら増えるワカメになるんだよぉ!」

 

 性懲りもなく、遠坂を呼び出したであろう慎二。

 単に注文をとってる姿であるのに、妙に背筋が寒く感じる。

 笑っている遠坂と、荒ぶる慎二の姿。

 しかし、遠坂の方は、何故だか分からないけれど、恐ろしいまでの迫力があった。

 

「申し訳ありません、お客様。

 現在、お客様に出せるメニューは、ワカメ類のみになっておりまして」

 

「お前ェ! それどう言う意味だよ!!」

 

 おちょくってる、完全無欠のお嬢様である遠坂凛が、すごくドスの効いた笑顔で、慎二をおちょくってる!

 なんだこれ、夢か、幻か。

 本当に何なんだ、これ!

 

「材料は、現在お客様が身につけている頭髪の類になりますがよろしいでしょうか」

 

「ふっざけんな!

 僕が訴えたらこの店なんて、木っ端微塵なんだぞ!!」

 

「その場合、お客様の家が木っ端微塵になるわ」

 

 あ、口調が変わった。

 慎二もそれを悟ったのか、表情が徐々にひきつり始めている。

 

「お、お前!

 まさか物理で消し飛ばすつもりじゃぁ」

 

「家の利権ごと、セカンドオーナーの権限で取り上げるわ」

 

「あ、ああああああああああ!!

 畜生っ! こんな店、二度と来るかぁ!!!」

 

 千円札を二枚テーブルに叩きつけて、店を飛び出していく慎二。

 その背中は、どことなく泣いているような気がした。

 

「と、遠坂?」

 

 恐る恐る、声をかける。

 まさか、振り向いたら般若の顔とかしてないだろうな。

 そんなドキドキ感を伴いながらのものだ。

 

「え、衛宮君?」

 

 ちょっと驚いた感じに言う遠坂。

 でも、あれだけ慎二が目立っていたのだから、目についても仕方がないと思える。

 

「えっとね、ネコさんに追い払うように言われたんです」

 

 ネコさんに視線を向けると、親指を立てて遠坂の仕事ぶりを褒めていた。

 成程、そういうことか。

 

「お、お疲れさん」

 

 で、納得できたら良かったのだけれど。

 流石にあの光景は強烈過ぎた。

 全ての鬱憤を晴らさんとばかりの勢いだっただけに。

 

「声、引きつってますよ、衛宮君」

 

 看破されてる!?

 ぞわっと背筋が泡立つ。

 笑っている遠坂が、これほど怖いと思ったことはない。

 

「終わってから、話をしましょうね」

 

 ふふ、という笑い声だけ残して去った遠坂。

 心臓がバクバクしている、嫌な意味で。

 

「お楽しみだったにゃぁ、エミやん」

 

「全然楽しくなかったです」

 

 からかいに来たネコさんに、俺は早口気味に返して、これからの事を思い恐怖した。

 本当に大丈夫なんだよな、これ。

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

「お疲れさん、エミやん」

 

「お疲れ様でした、ネコさん」

 

 バイトが終わった、終えてしまった。

 遠坂は先に上がったのだが、しっかりと待っていたらしい。

 手を振りながら、俺を見ていた。

 

「ねぇ、エミやん」

 

 猫さんが俺の肩に手を置いた。

 

「本気の不倫はダメだから」

 

「しませんって!」

 

 しつこい、そもそもそんなことをする勇気もない。

 本当かにゃぁ、なんて呟いているネコさんは極力無視をする。

 着ていたエプロンを仕舞い、遠坂と相対した。

 

「帰りながら話をしましょ、衛宮君」

 

 あ、話し方が違う。

 慎二に何か言ってた時に見せた喋り方だ。

 でも、幸いなことに、怒りもなにも見て取れない。

 

「そうだな、帰るか」

 

 この分なら、落ち着いて話をできる。

 そう思ったから、先程までの不安は感じずに、自然にそういうことができたのであった。

 

 

 

「ねぇ、衛宮君、実は私の素はこっちなの」

 

「薄々そんな気はしてた」

 

 帰り道の中で、遠坂の曝け出した真実。

 それは、一回見てしまえば、大体感じ取れるものでもあった。

 けれど、だ。

 

「どうして素の方を隠してるんだよ」

 

 それが疑問だった。

 完璧超人でいようというのなら、また別の話になるのだろうが、遠坂からはそんな気概を感じ取れない。

 だから何故、と感じてしまうのだ。

 

「遠坂の家の家訓はね、余裕を持って優雅たれ、よ。

 だからみんなの前ではね、恥ずかしい姿は見せられないの」

 

 家訓って、また古風な、と思わざるを得ない。

 が、お嬢様なのだから、そういうのがあっても不思議ではない。

 だけれど、それならばまた一つ気になる点が出てくる。

 

「どうして、俺にばらしちまったんだ」

 

 そこが問題である。

 俺と遠坂の間には、特に深い接点などなかった、はず。

 なのにどうして、と思わざるを得ないのだ。

 

「んっと、何となく」

 

 それに対する遠坂の返事は、何とも曖昧なもの。

 何となく、とはどう受け取ればいいのか。

 頭を悩ませそうになる。

 

「深く考えちゃダメよ、深い理由なんてないんだから」

 

 そんな俺を、見透かしたように遠坂は言う。

 面食らうが、考えても分かることではないのは確かだ。

 

「分かったよ、降参する」

 

「うん、それでOKよ」

 

 どうやら、これで正解だったらしい。

 ホッとする、疑問はあるが、一先ずは保留にしても良いだろう。

 

「にしても、遠坂が急にバイト先に来るなんて、びっくりしたぞ」

 

 問題は解決した。

 なら、普通に話そう。

 なんの緊張もなく、今日あったことを取り留めもなく。

 

「アリスがどうしても用事があるから~、って言うからね。

 仕方がないから、条件付きで受けてあげたの」

 

「条件って、なんだ?」

 

 何か約束でもしたのか。

 遠坂は、とっても愉快そうに笑っている。

 楽しいことが待っていると言わんばかりに。

 

「アリスが帰ってきたらね、あいつ一週間は家のメイドになるのよ」

 

「はぁ!?」

 

 メイドって、あのメイドか?

 ……でも、似合いそうだ。

 メイド服に、ヨーロッパ人は組み合わせ的に完璧であるから。

 

「想像した?」

 

 いたずらっぽそうな顔。

 クスクスと笑い声を漏らす遠坂は、何とも楽しそうである。

 

「まぁ、ちょっとだけ」

 

 俺は俺で、何故か正直に答えてしまっていた。

 マテ、勝手に喋るな、俺の口よ。

 

「うん、きっとすごく可愛いわね」

 

 それはわかる、同意できることだ。

 まぁ、口に出したらまずいから、黙ったままなのだが。

 すると遠坂はこっちを見て、また笑う。

 

「人の顔を見て笑うなんて、趣味が悪いぞ、遠坂」

 

「だって衛宮君の顔、暗がりでも分かる程度に赤いんだもの」

 

 んっな!?

 ぺたぺたと顔を触ると、別段そこまでは熱くは感じなかった。

 遠坂を見ると、堪えきれない笑顔が溢れていた。

 

「引っかかった、衛宮君って本当に素直よね」

 

「な、ずるいぞ遠坂!」

 

 からかわれてる、完膚無きまでに!

 楽しそうなのが、また……。

 イジメっ子だ、きっとコイツは元来のイジメっ子なのだ。

 

「ふふ、でもこうして男の子とお話しながら歩くってさ――」

 

 遠坂が空を見上げて。

 少ない星の中で、瞬く星を見ながら言う。

 

「何だか青春みたい」

 

 ……何だか脳みそが煤けそうな言葉だ。

 どう、返せばわからない。

 

「ふふ、衛宮君って可愛いわね」

 

「どう言う意味だよ、それ」

 

 どうせ童顔だよ、と拗ねてしまいそうになる。

 人をいじめるのが、良い趣味とは言えないぞ。

 

「反応が初々しいってこと。

 私の言葉、彼女がいるんだからあまり本気にしちゃダメよ」

 

「分かってるよ、そんなこと」

 

 深い意味なんて、無いんだからと、遠坂は続けた。

 そうだ、からかわれているだけで、遠坂は俺をオモチャにしているだけなのだから。

 遠坂の素を見て、まだわずかな時間しか経ってないが、十分にそれは理解できた。

 

「あ、ここでお別れね」

 

 帰り道の分岐点、ちょうどそこに差し掛かった。

 遠坂とは、ここでお別れ。

 

「じゃ、またね、衛宮君」

 

 さっぱりした感じで、遠坂は告げる。

 だから俺もそれに習うことにする。

 

「あぁ、またな、遠坂」

 

 遠坂は微笑んで、踵を返した。

 その背中を見送って、見えなくなると、こんな気持ちは湧いてきた。

 

 何だか、無性に桜に会いたい、と。

 

「帰るか」

 

 誰に言うでもなく呟き、家への道を歩き続ける。

 今日の晩飯のことを考えながら。


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