冬木の街の人形師   作:ペンギン3

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慣れぬことをして本調子ではないペンギンです。
……まだ感覚が取り戻せてない気がしますが、出来たので投稿です。


第18話 探し物はどこにあるのか

 電車で揺られること数時間。

 到着のアナウンスと共に、私は電車を降りて駅のホームに降り立った。

 どうにも体が固くなっている。

 すっと座っていれば、こうもなるのだろうけれど。

 

「少し背伸びをした方が良いんじゃないかな?」

 

 声を掛けてきたのは両儀さん。

 一緒の駅で降りるのだし、彼がいるのも当たり前。

 但し、その言葉は頂けなかった。

 

「知ってる人の前では、あまりだらしない姿は見せないことにしてるの」

 

 これが凛であれば、共に暮らしているから遠慮なんて投げ捨てるのだけれど。

 それでも、普通に接している知り合い。

 それも男の人には、隙を見せたくなかっただけのこと。

 警戒しているとかではなく、単なる矜持としての問題なのだ。

 

「無理はするものじゃないよ」

 

「本当に辛くなったら、隠れて背伸びをするわ」

 

 そういうと、彼はため息一つ吐いて、後ろを向く。

 何を、と思っていると、両儀さんが呆れを声に滲ませて、そして言う。

 

「後ろ向いてるから、背伸びをしたほうが良いよ」

 

 ……とても紳士的なことだ。

 だから、ひどく自分が子供っぽく感じて、急に恥ずかしくなる。

 この人に比べて私は、といった具合に。

 

「ありがとう」

 

 でも顔は見られていないのだから、問題など無い。

 そう、問題なんてどこにもないのだ。

 だから、んっー、と声を上げて背を伸ばせた。

 すると心なしか、背中の鈍痛が和らいで。

 

「……めんどくさかったわね、ごめんなさい」

 

「良いよ、年頃の女の子って難しいらしいし」

 

 そう言えば、僕の妹もそうだったな。

 両儀さんはそう零して、それに私は興味を抱いて。

 

「妹がいるのね、両儀さん」

 

「うん、そう言えばあいつも魔術師がうんとかとか言ってたな」

 

 ふと、思い出したように、両儀さんはそんなことを言う。

 なるほど、妹も魔術師、奥さんはアレ、そして蒼崎橙子ときたか。

 ……この人の周りには、まともな人はいないのだろうか?

 類は友を呼ぶとも言うし、もしかしたらこの人が一番変なのかもしれない。

 

「うん? どうかしたのかな」

 

 私が両儀さんの素敵な人脈に思いを馳せてると、彼が心配したかのように私を見ていた。

 余程変な顔をしていたのか。

 でも、一番変なのは両儀さんであろうから、私はまだ致命的ではないはずだ。

 

「いえ、大変な環境なのね」

 

 一応は普通の人であるだろうから。

 そう、両儀さんに言葉をかける。

 きっと殺伐としている環境に違いない。

 

「慣れれば問題はさほどないよ」

 

 大人物である、言い切っているあたりが特に。

 常人であるならば、面倒事などには関わらないであろうに。

 お人好し故の性癖か何かが、もしかしたらあるのかもしれない。

 帰ったら、衛宮くんにでも聞いてみよう。

 

「それよりも、ここから移動しましょうか」

 

「そうだね、駅からは近いし、徒歩で大丈夫かな?」

 

 彼が気遣うように聞いてくる。

 それに、私は無言で頷く。

 

 ……私と両義さん、どうして同じ行動をしているのか。

 それは、探索範囲もそこそこに被っているから。

 もはや誰かが仕組んだことと言われても、私は信じるかもしれない。

 

「じゃあ、行こうか」

 

「えぇ」

 

 私と両儀さんは、改札口をくぐり抜ける。

 ミンミンと煩いセミの合唱が聞こえてくる中で、私はこっそりと隣を見た。

 

 両儀さん、両儀幹也さん。

 おそらくは普通の人間である彼。

 でも、あの人形師に依頼されるくらいなのだから、探す人としては先天的な才能があるのだろう。

 悪いとは思うが、実は存分に当てにしている。

 他に頼るものがないとも言うのだけれど。

 

「確かこれから両儀さんが行く場所は……」

 

 思い起こす。

 彼が電車で私に語ってくれたことを。

 

「大学だったわね」

 

「その通りだよ」

 

 両儀さんは、大学関係の人が行方不明になったから、今回の件を依頼されたそうだ。

 依頼主が依頼主なだけに、両儀さんの件はきな臭い。

 だが逆に、一般人の両儀さんを使うあたりは、危険はないのかもしれない。

 

「藪をつついたら、何が出るのかしら」

 

「……蛇が出ないことを祈るばかりだよ」

 

 両儀さんは困った表情を浮かべて、頬を掻いていた。

 彼自身も、あまり良い物を感じていないのだろう。

 仕方がなしといえば、仕方がないのであろうけれど。

 どこか、まだ見たことのない赤毛の人形術師が、どうしてだか笑っているように感じる。

 単なる被害妄想なのだけれど、そう感じるほどに不気味なのだ。

 

「何か、あるのかしらね」

 

「平和が一番なんだけどね」

 

 ご尤も、私も徒労で終わるであろう任務で、怪我までして帰りたくはない。

 適当に、結果はこうでしたと、実がないことを探して告げるのが、今回の私の役割であろうから。

 

「ところで大学は……」

 

「あれがそうだね」

 

 両儀さんが指を指す。

 その方向には、確かに大学の姿があった。

 その大学は、研究棟などの設備も充実しており、様々な研究が行われているらしい。

 ……大学?

 

「蒼崎橙子は、大学で臨時講師をしているのよね?」

 

「そうらしいね」

 

 事も無げなくそんなことを言う両儀さん。

 でも、それだけで察せてしまえるほど、状況は明確であった。

 

「会えるのかしら?」

 

「……本来の用事は忘れてはいないよね」

 

 両儀さんが、釘を刺すようにそう言うが、無論忘れているわけはない。

 私の目的は、見つからないであろう魔女の行方を探すこと。

 だが、少し位の寄り道ならば許されるであろう。

 どうせ聞き込みが中心になるのだし、大学でそれをすると思えば良いだけのこと。

 

「もう少し、お世話になるわ、両儀さん」

 

「君は謙虚な時と図々しい時が、はっきり別れているね」

 

 呆れたように、両儀さんはそう言う。

 私はそれに、微笑を浮かべてこういうのだ。

 

「魔術師、だからよ」

 

 だから、そういう人種なら、誰にだって気を付けた方が良いのよ、両儀さん。

 忠告がてらに、彼に私はそう告げたのだった。

 

 

 

 

 

「中々に面白いわ、ハーンさん」

 

 そう言ったのは、目の前のメガネを掛けた知的な女性。

 蒼崎橙子、彼女は楽しげな表情を浮かべながら、メリーを見ている。

 

 教授に蒼崎さんを紹介されてから、私達は彼女の部屋へと招き入れられた。

 その部屋は、色々な本が見える。

 心理学やら人体構造についての本、それに例のオカルト関連のもの。

 果てには考古学についてのものまで、節操なく集められたものが、そこにはあった。

 

「”結界の境目が見える程度の能力”、うんうん、興味が唆られる」

 

 嬉しそうに蒼崎さんは語っているが、メリーはどう反応すれば良いか分からず、困惑している。

 そりゃそうだ。

 相談に来たのに、面白がられるのでは、たまったものではない。

 

 心なしか睨んでしまう。

 すると蒼崎さんは、ごめんごめんと、悪戯がバレた人みたいに謝った。

 ……この人も、中々に曲者らしい。

 

 ただ、唯一の救いがあるとするならば、この人は真面目に話を信じてくれること。

 面白がっているのは、嘘や冗談だと思っているのではなく、目の前の玩具に目を輝かせているようなものだから。

 

「まあまあ、話を聞かせてよ」

 

「は、はいっ」

 

 ずっとペースを握られっぱなしで、ようやく主導権がメリーの元に手渡された。

 このままではおちょくられるだけで終わりそうなので、メリーには是非とも頑張ってもらいたいところ。

 そうしてメリーは、教授に説明した通りの内容を、蒼崎さんに聞かせていく。

 蒼崎さんは、所々で相槌を打ちつつも、さっきのフザけた態度はナリを潜めていた。

 話の内容には相槌を打つだけで、ふんふん成程、と小声で呟いたりするだけ。

 メリーが全てを話し終わった時に、蒼崎さんは思案顔でメリーを見ていた。

 

「夢に……結界が見える目、か」

 

 うーん、そうねぇ、何て彼女の声を、ドキドキしながら見守っていた。

 何か分かるのか、それとも糸口が見つかるのか。

 緊張のあまりか、何時の間にか私とメリーは手を重ね合ってた。

 ひどく落ち着かないから、何かを握って誤魔化したかったのだ。

 今回は、それがたまたま互いの手なだけ。

 ……メリーの手から、彼女の緊張が伝わってくる。

 心臓が脈打つ音と共に、沈黙の時間を過ごす。

 そうして、

 

「ちょっと良いかしら?」

 

「はい、何でしょう!」

 

 蒼崎さんが、声を掛けてきたのに、咄嗟に私が反応してしまった。

 落ち着きなさい、と楽しげな蒼崎さんに言われて、ちょっと顔が赤くなるのを自覚する。

 少し浮いてしまった腰をソファーに落ち着け、蒼崎さんに続きを促す。

 

 それから、メリーに小声でごめん、と謝る。

 先走ってしまったから。

 彼女は、蓮子らしいね、と微笑を浮かべていただけだった。

 

「で、ハーンさんはさ」

 

 蒼崎さんが、私達を見る。

 正確にはメリーだけれど、彼女の視界には私も入っているから。

 蒼崎さんの目は、笑っているけれど、どこか探るような暗さが見えて……。

 

「夜寝るとき、貴方は必ず夢を見るの?」

 

 真面目な質問。

 軽いように見ても、彼女も学問を探る者だと感じさせる真摯さがあった。

 ……面白がっていたのが、興味を持った子供に変わっただけな気がするけど。

 

「……いえ、夢を見ることは多いですけど、何時もという訳ではありません」

 

 メリーに聞いたことがある。

 よく見る夢は、まるで明晰夢に似ているのだけれど、不規則に見るものであって、望んで見れるものではないと。

 メリーの言葉に、蒼崎さんはひとつ頷く。

 

「じゃあ次。

 夢で見る場所は、何処だか分かる?」

 

 メリーが夢見る、原風景が見えると言っていたその場所。

 常々、私も見てみたいと思っているのだけれど。

 そんな叶わない話はともかく、メリーは蒼崎さんに対して、言葉を探しながら述べている。

 

「見た場所は人の里や森、それに山と色々あります。

 でも、どこと訊かれると……」

 

 困った風に、メリーは俯いてしまった。

 でも、そうなのだろう。

 知らない場所の映像を見ても、結局はそれがどこなのか分かるはずもない。

 蒼崎さんも、それを承知しているようで、うんうんと頷いていた。

 

「意地悪したみたいになっちゃたわね。

 でも悪気があるわけじゃないのよ?」

 

「えぇ、すみません」

 

 覇気のない声、ネガティブ入る一歩手前。

 メリーの状況を、私はそう分析する。

 だから、私は軽くメリーの背中を叩いた。

 活を入れる為に、バシっと。

 

「っきゃっ」

 

「しっかりしなさい、メリー」

 

 うぅ、暴力反対、と涙目でメリーは私を見上げてくる。

 そんなメリーの瞳からは、負の念は無くなっていて。

 だから、これで問題なし!

 

「ごめんね、メリー」

 

 でも、暴力に訴えるのは確かに宜しくなかったので、キチンと謝っておく。

 そうすることで、優しいメリーは何だかんだで私を許してしまうから。

 

「……ずるいなぁ」

 

「メリーが優しいからよ」

 

 はぁ、と溜息を吐かれた。

 そうやって許してくれるから、メリーは本当に良い子だ。

 

「ラブラブねぇ」

 

「はい、もう十年来の付き合いですから」

 

 私とメリーの付き合いは深い。

 半ば家族と言っても過言でないほどに。

 そうして、私と蒼崎さんがにこやかに笑い合ってると、隣からバイブレーションを感じた。

 ブルブル、ブルブル、とまるでゲームのコントローラーみたいに。

 その振動の発生源へと目を向けると……。

 

「蓮子の、バカ」

 

 顔を真っ赤にした、メリーの姿。

 普段は大らかなのに、こんなからかいには慣れてない。

 それがメリー、マエリベリー・ハーン。

 

「可愛い」

 

「そうね、構いたくなっちゃうわ」

 

 私の本音に、蒼崎さんも同調する。

 そうして、メリーは顔を紅潮させながら、私と蒼崎さんを睨んでいた。

 

「そんなこと、どうでも良いです。

 早く続きを話しましょう」

 

 拗ねたような口ぶり、だから可愛いんだってメリーは気付かないのかしら。

 クスッと笑ってしまうが、メリーがギュウ、と私の頬っぺたを抓ってきたので、そろそろやめようと思う。

 

「ごめん、メリー。

 悪かったとは思ってるよ」

 

「それと同じくらい、楽しんでたでしょうっ!」

 

 もぅ、もぅ、と小さく呟きながら、納得いかなさそうなメリー。

 多分、もう少しで落ち着くと思う。 

 

「さて、話の続きをしましょ?」

 

 そして、私が頬を引っ張られているのを尻目に、蒼崎さんは平然とそんなことを言う。

 皮が厚いことこの上ない、私は全く関係ありません何て顔をしてるんだもの。

 だけれど、それを聞いてメリーも落ち着いたらしく、私の頬を赤くする作業は中止された。

 あんまり力が入ってなかったから、そこまで痛くはなかったけれど。

 

「……失礼しました」

 

「いいわよ別に、面白く見ていたから」

 

 メリーが謝罪すると、蒼崎さんは笑ってそんなことを言う。

 だからか、メリーはすごく納得がいかない風にしていた。

 それでも、渋々と続きを始めたのだけれど。

 

「視点の主は分かる?

 何時もその人の視線で、夢ではモノを見ているのでしょう?」

 

「鏡なんて見ないみたいで、分からないです」

 

 まぁ、そうよね、と納得したように蒼崎さんは頷いて。

 考えるように、机をとんとん、と叩いていから再び質問を再開する。

 

「夢を見る時、何か特別なことはしてる?

 あ、夢を見ない時でも良いわよ」

 

 何かの法則性を見出すかのように、蒼崎さんはメリーに訊ねる。

 少し考えてから、メリーはゆっくりと答えた。

 

「そう言えばなんですけど、夢を見る時は視点がコロコロと変わります」

 

「へぇ、どんな感じで?」

 

 蒼崎さんの追求に、メリーは辿たどしく答えていく。

 取り留めもなく、一つ一つを思い出すように。

 

「急に穴に落ちたり、何だか真っ暗な所を通って、違う場所に現れてる……みたいに」

 

「それって連続した映像?

 それともぶつ切りの、全く違う光景なの?」

 

 夢の視点が、コロコロと変わっているのか。

 それとも、ずっと同じ時間を夢見ているのか。

 どっちだろう、と私も思っていたのだけれど、メリーは弱々しく首を振って。

 

「……私もよく理解してないから、分からないんです」

 

 そっか、と蒼崎さんは短く呟いた。

 イマイチ情報不足なのか、うーんと唸っていて。

 私も、断片が集まったけれど、まだまだ真実が見える気配がないように感じた。

 行き詰まりか、と場の雰囲気が沈殿しかけた時、メリーが、あっ、と声を漏らした。

 

「何か思い出したの?」

 

 蒼崎さんの問いに、メリーは小さく頷いた。

 役に立つかは分かりませんけど、と自信なさげに言っていたけれど。

 構わないわ、という蒼崎さんの言葉に押されて、メリーは小さくこう付け足した。

 

「穴を通る時、何か結界を通っている感覚があるんです」

 

「結界、か」

 

 ここで、ようやくメリーの能力が役に立ったらしい。

 そもそも、その能力のせいで変な夢を見ると仮説を立てていたのだ。

 ある意味、当然の帰結とも言えるだろうか。

 

「……成程、そういうことね」

 

 ここで、ようやく蒼崎さんが納得したように、小さく呟いた。

 分かったのかっ、と長年の謎が解けそうなことに対する期待が膨らむ。

 メリーも、私の袖を掴んで、固唾を飲んでいた。

 

 私もメリーも、蒼崎さんの言葉を待っている。

 蒼崎さんは、ちょっといたずらっぽい笑みを浮かべていて。

 

「少し胡散臭い話になると思うけれど、それでも良いかしら?」

 

「元々そういう類な話なのでしょう?

 今更、是非もないと思いますよ」

 

 私はつい口をはさんでしまった。

 けれど、メリーも同調するように頷いてくれて。

 蒼崎さんは、話してあげる♪ と楽しげに言いながら、種明かしを始めたのだった。

 

「恐らくね、貴方の記憶は、いわば先祖返りしている状態なのよ」

 

「先祖返り、ですか?」

 

 どういうことなのか、そんな言葉がメリーの顔にありありと現れていた。

 そして私も、同じような顔をしていることであろう。

 理解は出来そうなのだけれど、もっと詳しく聞いてから整理しようと、脳が働きかけているのだと思う。

 それを汲み取ったのか、蒼崎さんは続きを話し続ける。

 

「ハーンさんは同じ能力を持った祖先がいるのね。

 この手の能力は遺伝するものだし、まず間違いはないわ」

 

 メリーの祖先……その人達も、メリーが見たような光景を見ていたのだろうか。

 想像すると、少し不思議な感じがする。

 私でもそうなのだから、メリーはもっとそう感じているだろう。

 

「そしてその能力は結界と来ているわ。

 貴方達の一族は、きっと結界が専門の分野なのね」

 

 だからこそ、と蒼崎さんは続ける。

 

「結界はね、境界を敷いて区別するものなの。

 そしてそれは、遺伝子の分野にも及んでいる」

 

 ……遺伝子、家族の共通の情報が詰まっているもの。

 そこに、メリーの能力の源があるのだろうか?

 そんな疑問を抱きつつ、私は横目でメリーを見る。

 メリーは、息をするのも忘れたかのように、彼女の話に聞き入っていた。

 

「貴方の能力は結界を見るだけだけれど、貴方のご先祖様は、もっと強力な能力を持っていると思うの。

 たとえば、結界を敷いたりとかね」

 

 そうか、能力が遺伝するといっても、必ず同じ能力になる訳ではない。

 隔世遺伝で能力が発露しても、それは一部が似ているだけのようなもの。

 必ずしも、完全一致するものではない。

 

「そしてあなたの見る夢は、その遺伝子に刻まれているご先祖様の記憶よ。

 能力と共に、僅かな記憶が夢という形で現れているのね」

 

 だから追想するように、メリーは夢を見ている。

 成程、確かに筋が立っているように思える説明。

 私達が、今までで一番答えに近い位置に立っていると思える所にいるのだ。

 

 妙にすっきりした感覚があって、でも、だからこそ。

 

「で、ハーンさん」

 

 新たなしこりが、私達に出来て。

 

「あなたのご家族、そういう話とか、聞かないかしら?」

 

 蒼崎さんが訊ねた内容に、私達は目を見合わせた。

 困った質問、これほどまでに答えに近づいていると感じるから余計に。

 恐る恐ると、メリーは蒼崎さんに、こう告げたのだ。

 

「私、昔のことは覚えてないんです」

 

 メリーと私は、8年来の付き合い。

 だけれども、メリーには記憶がない。

 ポッカリと、8年以上前のことは覚えてないのだ。

 

「どういうこと?」

 

 蒼崎さんが確かめるように、私達に問うてきて。

 

「……メリーは、10年前に記憶喪失で彷徨っていたんです」

 

 それが、困ったことに真実なのだ。

 メリーが迷子のところを、私の実家が引き取った。

 何か、運命を感じさせるように。

 

「それじゃあ、確かめようはないわねぇ」

 

 困ったわ、と言いつつも、蒼崎さんはあまり困っているようには見えなかった。

 でも、私達は新しく、一歩は踏み出せた。

 それは確かに、蒼崎さんの功績だ。

 だから、私は一種の畏敬を持って、蒼崎さんを見つめていた。

 彼女の目が、眼鏡越しに、奇妙な光を湛えて見えて……。

 

 

 

 

 

「はい、ありがとうございました」

 

 両儀さんが頭を下げているのに軽く会釈をして、呼び止めた人は去っていく。

 彼の目は、これからだよと語っているあたり、精神力は流石と称えるべきか。

 だけれど、私はこの作業が億劫となりつつあった。

 

 私が憂鬱げに空を見上げた場所は、大学の中。

 あの大学で私達は聞き込みを行っている。

 結果はさほど思わしくないけれど……。

 

「最後に見たのは、警備員の人みたいね」

 

「大学内ではそんなものだよ。

 一緒に飲みに行った人とかも居ないみたいだしね」

 

 足取りは、大学外に出ないと分からないらしい。

 足を使って、探さねばならないらしい。

 魔術で探すには、条件が多すぎて非効率だから仕方がないのだけれど。

 その人物は実像がある分だけ、掴めないのがもどかしく感じる。

 

「後は人物関係を聞きに行かないとね」

 

「……探偵は地道ね」

 

 小説のように、情報が転がり込んできて推理できたら最善なのでしょうけれど。

 どうにも、面倒事は簡単に解決できないのが世の中の仕組みらしい。

 

「千里の道も一歩から、かな」

 

「ローマは一日にして成らず、に通ずるものがあるわ」

 

 両方共に、コツコツ積み上げる大事さを謳っているモノ。

 東西関係なく、昔の人は本質を捉えているのに深いものを感じる。

 昔からの変わらない苦労、と言うやつなのでしょうけれど。

 

「いなくなった人、確か超能力研究をしている人だったわね」

 

 だから私は、愚痴ではなく捜査を続けることにする。

 それが、この問題を解決する事になるのだから。

 

「そうだね……」

 

 肯定しながら、両儀さんは何か言いたげに私を見ている。

 真摯な瞳が、私に向けられていて。

 その目が語っている、わざわざ僕の方には付き合わなくても良い、と。

 故に、私は彼の目を見返す。

 

「片方を解決してからの方が、効率がいいでしょう?」

 

 両儀さんは私を手伝ってくれると言った。

 ならば私も、と彼の親切さに対して思うのだ。

 その気持ちが伝わったのだろうか、彼は頬を掻きながら、こう言ったのだ。

 

「なら、早めに解決しないといけないね」

 

「えぇ、そういう事よ」

 

 やれやれと言いたげな彼に、私はフンと鼻を鳴らした。

 返せない貸しを作るのは趣味じゃないから。

 だから彼を手伝って、その上で私の方にも手を貸してもらうのだ。

 

「それに、別に問題なんてないわ」

 

「……そう言えば、質問のあとに何か訊いてたね」

 

 その通り。

 両儀さんの質問のあとに、こっそりと私は質問をしていた。

 この大学に、偏屈な本好きの教授がいないかということを。

 

 ここは怪しい研究もしている大学だから。

 もしかしたら蒼崎橙子よろしく、この大学に潜伏しているのではないか。

 そんな事を考えていたのだ。

 

「一応、そこも抜かりないの」

 

「僕より余程しっかりしてるね」

 

 感心したように頷く両儀さん。

 面映ゆい感覚が駆けていくが、それを振り払って結果を報告する。

 

「全部が全部、ハズレだったけれど」

 

 偏屈、本好き、あと女性。

 その条件に当て嵌る人材は、この大学には存在しなかった。

 それが分かっただけでも、儲けモノと考えるべきだろう。

 但し、別の人の存在が浮かんできたのだけれど。

 

「蒼崎橙子については、本当にこの大学にいるみたいね」

 

 聞いた話によると、この大学で臨時講師の蒼崎教授がいるらしい。

 どう考えても、あの人形師である。

 

「僕は聞き込みを続けるけど……橙子さんに会ってくるかい?」

 

 彼の親切な申し込み。

 本当に気が利く人だ……だけれど。

 私はそれに首を振って答える。

 

「今は留守みたいよ。

 2日前に出かけたらしいわ」

 

 女学生とフィールドワークに出かけたとかなんとか。

 思っているよりも、活発な女性なのかもしれない。

 

「橙子さんは気まぐれだからね」

 

 何かを思い出したように、苦虫を噛み潰したような顔をする彼。

 蒼崎橙子、一体何をしたのか。

 温厚な両儀さんがこんな顔をするあたり、大体察してしまえる。

 私の中で、あの人の悪評は広まるばかりとなっていた。

 ……魔術師なのだから、と言われればそれまでなのだけれど。

 

「聞き込みは続けるよ。君はどうする?」

 

 少し休んだらどうかな?

 そんな風に彼は気遣ってくれるが、逆に今は動いていたい気分なのだ。

 単に落ち着かない気分だというのも、理由としては挙げられる。

 それはきっと、会えると期待した蒼崎橙子に会えなかったという落胆を誤魔化すためのものかもしれない。

 

「大丈夫よ、続けましょう」

 

「無理はしないようにね」

 

 彼はそう言ってから、自販機の方へと向かった。

 硬化を投入し、ぴっとボタンを押す。

 自販機から出てきたのは、緑茶のペットボトル二本分。

 

「暑いしね、水分補給は大切だよ」

 

「……ありがとう」

 

 両儀さんは笑顔で私にペットボトルを渡してくれた。

 どうにも、一つのことに夢中になりすぎるのは、私の悪い癖らしい。

 外に出て慣れないことをしているのも、大きな原因ではあるのだけれど。

 

「うん、大変だけど頑張ろう」

 

 休憩したかったら何時でも、と彼は言うけれど。

 でも、せめて彼が頑張れる内は、私も頑張ってみようと思う。

 それは対抗心や意地みたいなものではなくて……。

 

 両儀さんを手伝いたいという、一種の尊敬に近い形のモノを感じたから。

 

 きっと、これが彼の人徳。

 意外に素直な気持ちで、私は彼に付いていく。

 そんな私は、雛鳥にも似た気持ちになっているのかもしれない。

 

 ――まさかね。

 そう心で呟いて、私は両儀さんの背中を追う。

 早く面倒事を解決をするために。

 ……それ以外に、理由なんてないんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『冬木市の光景 小話 彼女が見ているその先には』

 

 

 

 

 

 

 遠坂凛は魔術師である。

 しかし、それは裏の顔。

 表の顔は穂群原学園の生徒であり、そして現在は居酒屋コペンハーゲンの臨時アルバイターでもあった。

 

「……何なのよ、もぅ」

 

 そんな私、遠坂凛を悩ませる存在がここにいた。

 居酒屋コペンハーゲン、現在私のいる場所。

 問題は、私の視線の先にある。

 ジュースを飲みながら本を読む女の子の姿。

 居酒屋なんて渋いところに現れて、することが読書なんだから恐れ入る。

 その女子の名前は……。

 

「桜」

 

 小さく、彼女の名前を呟く。

 すると耳聡く聞きつけたのか、桜は軽く私に手を振る。

 何時もは、こっそりと私が桜を見つめたりしているのに……この場においては、立場が逆転していた。

 

「凛ちゃ~ん、こっちもお願い」

 

「はいネコさん、ただいまっ」

 

 仕事はきちんとこなしているけれど、それでも彼女がどうしても視界に映る。

 嫌でも視界に入れてしまう。

 ……桜がここに来たのは、きっと衛宮君に聞いたからだろう。

 この時ばかりは、あの妙に親切な男の子にイラっとする。

 

 ――余計な真似してんじゃないわよっ。

 

 本人がいたら、そう言ってやりたくも感じる。

 でも、こんな日に限って、彼はバイトが休みみたいで。

 

「調子狂うわよ、ほんとに」

 

 そんな恨み言を、小さく私は口にする。

 だって、本当に恨めしいから。

 

 衛宮君の馬鹿ヤローっ! と叫んでも良いくらいに。

 それだけ、私にとって桜がこの店に来ることは、奇襲攻撃だったのだ。

 

「すみません、ランチセットひとつお願いします」

 

「はい、ご注文承りました」

 

 完璧な所作で頭を下げ、隙なく厨房に駆け込む。

 中では店長がせっせと料理を作っていて。

 

「ランチセット、ひとつ追加です」

 

「あいよ」

 

 それなりに忙しそうにしながらの言葉に、私も気を引き締める。

 桜の前だもの、しっかりしなきゃ駄目なんだから。

 そう、自分に言い聞かせる。

 彼女の前だけでは、私は完璧でいたいから。

 

「はい、お待ちしました」

 

 そう思って、この場では完璧に私は振舞うのだ。

 遠坂凛は完璧だと、彼女に見せつけるように。

 でないと――としての尊厳が果たせないから。

 

 心を無にしてバイトに勤しむ。

 それが私のあるべき姿と、自己暗示でも掛けたかのように。

 そうして……、

 

「お会計、お願いします」

 

 桜は席を立ったのだ。

 ようやく帰る気になったらしい。

 正直、ホッとする気持ちがあるのを、私は感じていた。

 

「お会計、380円になります」

 

 私は、完全な営業スマイルでレジに立って。

 そうして、そのまま桜にそう告げた。

 すると彼女は何も言わずに、財布からちょうどの金額を取り出す。

 

「はい、ありがとうございました」

 

 そう桜に言い終えて、私は何故か乗り越えたっ! と思ったのだ。

 だから、油断してしまった。

 

「また来ますね、――さん」

 

 小さくて聞こえない声。

 でも、それでも、私は桜の唇の動きを読んでしまった。

 今、桜、なんて……。

 

「凛ちゃーん、ランチセットできたよぉ」

 

 ネコさんの呼び声、それに慌てて私は飛んでいって。

 

「っきゃ」

 

「あちゃあ」

 

 受け取ったお皿が、思いのほか熱かったから。

 思わず取りこぼしてしまって。

 

「珍しいねぇ、凛ちゃんが初歩的なことするなんて」

 

 ネコさんが、驚いたようにそんなことを言っていた。

 ……確かに、今の私は平静さを欠いているのかもしれない。

 

「ごめんなさい」

 

「いいって、ちょっと休憩はいっときなよ。

 暫くはアタシだけで回せるからさ」

 

「はい、すみません」

 

 また失敗する気がしたので、素直に休憩に入らせてもらうことにする。

 これも全部、桜と、桜を寄越した衛宮君のせいなのだ。

 

 

 

「調子、狂うわね」

 

 誰もいない休憩室。

 私は小さく、そう呟いて……。




これから下は、後書きという名の、作者の愚痴になっています。
そういうのがダメな人は、すぐさまUターンください!(懇願)




アカン、前回に続いて、説明会みたいになってます!?(特に橙子さんがノリノリ!)
説明お姉さんと化した橙子さん、しかもなんだか屁理屈くさい。
色々と心配です、はい。
というか、久しぶりでキャラがブレてないかと、内心戦々恐々です。
……大丈夫ですよね?
そしてアリスと幹也さんの出番が少ないように感じる(白目)。
二人とも好きなのに、どうしてこうなった……。

あと、メタ視点で想像できる人には、大体検討が付きつつあるのかもしれませんが、ネタバレは堪忍願います(遠い目)。

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