「調べてみましょうか。
もしかしたら手掛かりが手に入るかもしれないし」
「はへ?」
これが答えかも、と納得の付きかけていた私達に、蒼崎さんはそんな提案をした。
返答がお間抜けになったのは、いわゆる吃驚したから。
だって、普通そこまでしてくれるとは思わないもの。
「い、良いんですか?」
すごく遠慮がちに、メリーが上目遣いで蒼崎さんを見ていた。
その気持ちは分かる。
相談に来ただけなのに、想像以上に尽くしてくれているのだから。
十分に目的を果たしてくれたのに、それ以上は少しの罪悪感を感じる。
そんな私達の内心。
きっと当事者たるメリーは、もっと強く思っていることだろう。
けれど、蒼崎さんは、微塵もそんなことを気にした素振りは見せない。
逆に私達に微笑みかけて、こんなことを言ったのだ。
「私も、一応は学者の端くれなのよ。
気になることができたのなら、調べたくなるのが性なのね」
踏み入れたからには徹底的に、という訳なのかもしれない。
それは、ありがたいのやら何なのやら、と困惑も覚える。
人によっては、必要以上に踏み込まれるのは、ありがた迷惑にも感じるであろうから。
もちろん無理強いはしないわよ、と付け足してくれているあたりには、良心を感じるけれど。
だから、私は隣を見る。
メリーは自分の見る夢のことについて知りたがっていた。
だけれどそれ以上のこと、それは考えてもいなかったから。
それ故に、蒼崎さんの言葉にどんな反応を示しているのかを、確かめようと思った。
嫌がっているのなら、私が止めれば良いと考えたのだ。
そしてメリーは、どこか迷いを感じている表情をしていた。
何を迷っているの?
そう思いもしたが、何かを天秤に掛けているようにも見えて。
「どうしたいの、メリーは」
「どう、て言われても……」
揺れてる、メリーがどうしたいかということが。
急な提案なのだから、困惑するのは当然だろうけれど。
でも、揺れてるということは、メリーの中にも、自分が何者か知りたいという気持ちがあるということだ。
……自分が何者なのか、自分自身が理解していないのは、どれだけ苦痛であるか、私は考えたことなどない。
きっと怖い事なんだろうと想像はつくけれど、それはあくまで想像。
メリーは、実際どう思っているのかなんて、分かりようがない。
「私は、受けてみてもいいと思うな」
「……蓮子?」
どこか惚けたように、メリーが私を見ていた。
悩んでいるところを、急に引き上げられたから戸惑っているのか。
そんなメリーの困惑をほぐすために、私は落ち着きながら、話を進める。
「知らなくてもいいと思うなら、それでいいと思うよ」
実際、メリーは今までそうして暮らしてきた。
ちゃんと笑いながら、私と一緒に。
メリーは楽しく過ごせていたと、私はそう確信している。
でも、でもである。
「チャンスがあるなら、きちんと掴まないと後悔すると思うな、私は」
今回の蒼崎さんの提案は、二度はないチャンスなのかもしれないのだ。
それをふいにして、後で後悔するのは……私だったら、嫌だなって思うから。
「知っても、何かが変わるわけじゃないんだし。
もし変わっても、私達の関係は変わらないでしょ?」
ちょっと自信を持って、私はそう告げた。
恥ずかしいこと言ってるっ!
そんな気持ちもあるのだけれど。
だけど、いくら青くても、それが真実には違いないのだから。
私は信じて、メリーを真っ直ぐ見ていったのだ。
「……とっても、蓮子らしいね」
どこか苦笑気味に、けれど次第ににこやかさが増してきて。
メリーと私は、二人で笑った。
だって私達、とっても恥ずかしいことしてるんだもの!
「ねー、キミタチ」
そこに、どこからか声が聞こえた。
っあ、と私もメリーも、声の方向へと目を向ける。
……無論そこには、蒼崎さんの姿。
「青春は結構、私も黒歴史がたくさんあるしね」
……黒歴史、それと一緒になるんだ、今の。
顔を引き攣らせながら、私達は絶句していた。
ピシッと固まったまま、私もメリーも蒼崎さんを見て、微動だにしない。
そんな私たちに、どこか優しげな声で、蒼崎さんは言う。
「そういう盛り上がり、良いと思うけどね。でもね」
ひとつ呼吸を置いてから、蒼崎さんは続けた。
「必ず原因が分かるわけでもないし、そんなに期待しちゃダメよん、てこと」
分かった? と問いかける蒼崎さんに、私達はクルミ割り人形のごとく、何度も首肯していた。
……本当に恥ずかしい、これは。
私達は次の日に、待ち合わせをした。
その場所は、私達の家近辺。
それは8年前のメリーの事を、蒼崎さんが知るため、そして私達が思い出すために。
古めかしい建物が立ち並ぶ場所へ。
私の実家周辺へと、蒼崎さんを案内したのだ。
「この辺り?」
蒼崎さんが尋ねる。
私達が先導して着いた場所を、ぐるりと眺めて。
メリーは、何時も見る風景なのに、どこか懐かしそうに頷いた。
「……はい、確か私はここに立ってました。
唐突に投げ出されたように、何をすれば良いのかが分からずに」
――思い出す、メリーを初めて見た時のことを。
じっとどこかを、茫洋と見つめていた。
体はそこにあるのだけれど、心はどこかに置いてきたように。
不思議な子、そんな感想を私は抱いた。
だって、私と同い年くらいの子なのに、どこか浮世離れした感じがあったのだから。
だからこそ、私はメリーに、興味を持ったのだろうけれど。
「ここが始まりなのね」
蒼崎さんは、一人そう呟く。
そしてもう一度周りを見渡し、頷いた。
「この場は特に変わった場所では無いわ。
例えば、この場所が原因でハーンさんの記憶が飛んだ、ということもない訳。
能力も関係ないでしょうね」
蒼崎さんの言葉を聞いて、私はメリーを見る。
どこか遠い目をしている。
だけれど、それは単に思い出に浸っているだけだろう。
「メリー、戻ってきなさい」
メリーの肩を揺らす。
戻れ戻れと、割と勢いよく。
「ふぇ、れ、蓮子?」
目の焦点が、何時の間にか戻っていた。
がくがく揺らすのをやめると、少し恨みがましげに私を睨むメリーの姿がそこにはあった。
「ぼぉっとしてたのは確かに悪かったと思うけど、蓮子は揺らしすぎよ」
頭が揺れてる、なんて小さく呟きながら、メリーは頭を振って、うぅ、と呻いていた。
でも、これくらいしないとメリーは戻ってこないのだから仕方がない。
「で、メリーはこの周辺に何かを感じたりする?」
能力に引っかかるようなものが、この周辺にあるのか。
そう問いかけると、ちょっと考えてから、すぐに首を横に振る。
「懐かしいだけね、他は何も……」
探るようにしながら、しかし何もないとメリーは告げる。
残念、と言いたいけれど、別に分かったこともある。
それは……、
「つまり、記憶のことに関しては、場所は関係なかったということね」
蒼崎さんが、端的にそう纏めた。
この場所以前に歩いたりとかしてるの? と蒼崎さんが問いかけるも、メリーはいえ、と小さく返すだけ。
これ以前の記憶が無いと言っていたのだから、それはある種の当然のこと。
この場所は、記憶の出発地にして私と出会った場所。
メリー、マエリベリー・ハーンはここから始まったと言っているようなもの。
まるで、この場所に急に現れたみたいに。
メリーの記憶のテープは、ここから始まっている。
「ふむ、ではやっぱり能力かな」
でもねぇ、と小さく呟く蒼崎さん。
何か引っ掛かっているのか。
うーん、と首を傾げている。
「どうしたんですか、何かおかしいんですか?」
私は思考することを放棄して、直接蒼崎さんに訊く。
憶測で判断するよりも、その方が何よりも手っ取り早いから。
「ハーンさんの能力は、結界を見ることができるものでしょ?」
蒼崎さんが、確かめるようにメリーへと目を向ける。
そしてメリーも、それに同意し、補足する。
「そうです、見えるだけなんです。
それ以外は、何もないはずです」
どこか不安げなメリーの言葉だったが、蒼崎さんはそうよねぇ、とメリーの言葉に頷く。
蒼崎さんは、メリーの能力はそれ以上の物ではない、という事が言いたいのであろう。
……となれば、つまりは。
「メリーが他に何かの能力を持っていなければ、能力云々の前提条件からしておかしい?」
自分で確かめるように、私は口に出してみる。
そしてそれに、蒼崎さんは正解、なんて答えたのだ。
「私達は今まで、ハーンさんの中だけの問題で、自己完結をしようとしていたわ。
でもね、そもそもそれが間違いだったのかもしれないわね」
蒼崎さんの顔、どこか飄々としているイメージがあるのだけれど、今は……違う。
「ハーンさんは誰かの手を加えられて、その場に置いていかれた。
こっちの方が、辻褄は合っているわ」
どこか呆れた表情で語り、そしてその中にひどく詰らなさそうな気持ちが見え隠れする。
面倒くさくなってきたなと、そう表情が語っているのだ。
「……私の記憶がないのは、誰かが取っていったってことですか?」
メリーが、どこか何とも言えないように、そう蒼崎さんに訊ねる。
どこか薄気味悪そうに、恐る恐ると。
その気分は、私にもどこかわかるような気がする。
想像するだけで、悪寒にも似たモノを感じるのだから。
「そうね、あなたが能力を持っているのも、何か関係しているのかもしれないわ」
そう付け足す蒼崎さんに、メリーはどこか顔を青褪めさせる。
不安さが、体を駆けているのだと、私にも容易に想像が付いた。
故に蒼崎さんを睨むと、悪びれた様子もなく、あくまでも可能性の話よん、と言ったのだ。
でも、それでも、メリーはそんな可能性が説得力を持っているだけで、何よりも不快で怖いのだろう。
自分が誰かの都合で好き勝手に弄ばれているのだから、拒否反応を起こすのは当然とも言える。
だから、だからこそ言おう。
私がこの場にいるのは、きっとその為なんだから。
「メリーは、どんな時だってメリーよ。
私にとっては、それ以外の真実なんてないわ」
ずっと一緒だったんだから。
メリーはおっとりしてて、たまに天然も入るけれど。
それでも、おかしなところなんて無いんだから。
「10年以上前のあなたのことなんて知らないけど、今のあなたのことなら、私は誰よりも知ってるのよ。
安心なさいメリー、怖がることなんてどこにもないの。
あなた自身が気味悪く感じても、私はあなたが普通だって、知っているんだからね」
真剣に、だけれど、気負わせないように。
私はメリーに言うのだ。
メリーは少し呆けたあとに、くすりと笑いを漏らした。
「そっか、私は蓮子に色々と知られちゃっているのね」
「あなた以上に、マエリベリー・ハーンという女の子を知ってるわ」
堂々というと、そっか、と小さくメリーは呟いた。
その顔に、もう青さは残ってない。
どこからか感じる滑稽さと安堵で、ホッとしているんだと思う。
「貴方達、本当に仲が良いわね。
まるで一蓮托生、宇佐見さんがハーンさんを繋ぎ留める錨ね」
蒼崎さんがからかう様に、されど感心するように私達を見ていた。
あなたがメリーを不安にさせたのでしょうと言いたかったが、メリーが笑っている手前控えることにする。
でも、私が錨か……どうなのだろう、実際のところは。
確かにメリーは考え込むと、すぐあっちの世界に旅立つところがある。
それを引き戻すのは何時も私、でもそれだと錨というよりかは目覚ましの方が近い気がする。
「じゃあさしずめ、私は幽霊船といったところなんですね」
「ありゃ、一本取られちゃったわね、これは」
メリーが、安心して落ち着いたのか、そんな冗談まで飛び出す始末。
愉快そうに笑う蒼崎さんとメリーに、私の毒気は完全なまでに抜き取られてしまっていた。
「でも、そうね」
蒼崎さんが、どこか目を細めながら、私達を見ていた。
何でそんな目をしているのだろうと思ったが、今は静かに耳を傾ける。
「ハーンさんの中に、宇佐見さんという錨はある。
だけれど、それ以外にも、宇佐見さんには役割があるのね」
何かが分かったかのように、蒼崎さんは語る。
私達が、どうあるのかを、だ。
「宇佐見さんは、ハーンさんの帰る場所なのね。
幽霊船なのに母港があるなんて、羨ましい限りだわ」
どこか、蒼崎さんの目は遠くを見ていて。
きっと何かを思い出しているのだと思う。
でも、それが何なのかは私にはわからない。
ただ、私に理解できることがあるとすれば、それは……。
「蒼崎さんにも、何時かは見つかりますよ」
「まるで行き遅れに対する慰めね」
蒼崎さんが本気で羨ましいと思っている。
それを察することが出来たことだろう。
軽口を叩きつつも、否定はしていないのだから。
メリーも、どこか優しげに蒼崎さんを見ていた。
「私は、きっと運が良かったんですね。
蓮子とあえて、私は確かに救われたんですから」
中々に恥ずかしいことを言ってくれる。
私も、そんなことを言われては、素面で知るのが難しくなってしまうのに。
「私も、メリーと出会えて、本当に良かったと思っているわ。
だって、こんなにも素敵な親友になれたんだから」
だから、せめて赤面するのに、道連れにしてやろう。
蒼崎さんは、またなのね、とどこか呆れながらに、でも楽しげに私達のやり取りを眺めていたのだ。
不毛、いま私は、そんな言葉が頭に点滅するようになっていた。
意味のない行為は嫌いじゃないけれど、それが唯ひたすらに苦痛だというのなら話は別になってくる。
しかしそれとて、意味がないと思ってしまうだけで、きちんと意味があるのだから私はタチが悪いと思うのだ。
なぜなら、意味がないのなら投げてしまっても、誰も文句は言わないのだから。
しかしそんな行為にも、何時かは終着点が存在する。
欠片が、少しづつ積もっていくのを実感できるからか。
それとも、自分がそう思いたがっているだけなのか。
「はい、ありがとう御座いました」
両儀さんが頭を下げているのを横目に、私も自分が尋ねていた相手に頭を下げる。
こっちは見ていないとのこと、両儀さんは何かを聞けたのだろうか……。
現在、私達は聞き込み調査中。
行方不明になった大学教授の足取りを追って、大学の外で聞き込みをしているのだ。
暗中模索の中から、一つ一つ手がかりを探していく地道な作業。
……小説ではお目に掛かれなかった現場に、憂鬱を拗らせそうになる。
が、それをすると、目敏い両儀さんに見つかるので、表情は殺したまま彼の後について行く。
「疲れたよね」
「いいえ、そんな事はないわ」
図ったように、時折両儀さんはそんな言葉を投げてくる。
何も見せていないはずなのに、分かっているかのように聞いてくる。
そういう機微には非常に鋭く、そして私が否定する度に彼が疲れたから休もうと言って、一息つく。
それを繰り返している。
……ただ、両儀さんは疲れている素振りなんて見せないのだから、余計に鬱屈した何かが私に溜まっていく。
「私、邪魔かしら?」
「そんなことはないよ。
二人で聞き込みをした方が、効率は良いからね」
恐らくは事実。
少しは貢献できていると、心で思ってはいる。
両儀さんは、私をいらないとも言っていないのだから。
だけれど、それ以上に気を使われているのが、何とも情けなく思えて仕方ないのだ。
何より、そんなことを聞いてしまうくらいに面倒くさがっている自分が嫌だった。
「……探偵さんは大変だったのね」
つくづく、そう思った。
地味で根気のいる作業が多い。
そして、人に訊ね事を続けるコミュニケーション能力も必須。
ただ推理するだけでは片付かない、まるで刑事にでもなった気分。
「こういうのは慣れだからね」
「そう言い切れるのが両儀さんなんでしょうね」
きっとこの人は、生粋の探す人なのだ。
適正、というものでは、この人はモノ探しに向いているのだろう。
それを除いても、根気強いことには流石と褒め称えられるのでしょうが。
「君はどっちかというと、物事をスマートに運ぶんだね、きっと」
「褒められてるのか、貶されてるのか、どっちなのかしら」
「ただの感想だよ」
他意はなかったのだろう、それ程の淡白さだったから。
それにしても、両儀さんから見たらそうなのだろうか。
「どうしてそう思うの?」
気になったら聞いてみるに限る。
今は推理する気力が足りていないのだ。
氷室さんなら、こんなことでも喜んで思考を巡らせるのでしょうけれど。
「あんまり、こういうことには慣れて無さそうだからね。
こういう場面があったとしても、それは自分が好きだからやってることだろうし」
成程、今の私の様子を見れば、簡単に看破されてしまうのか。
当たっている、と思うあたりに、自分の至らなさを痛感する。
人形に関することなら、どんなに不毛でも喜んで続けるのだけれど。
それでも、今回のような泥濘に足を入れるが如き作業は、意味があるとわかっていても苦痛である。
それは、自分に益することなどなく、また好きでもないから。
……こういう時に考え事をすると、どうにも言い訳のようになる。
自分に対しての言い訳、どうにも格好がつかない。
「まだまだ大人には成れそうにないわね」
そう言って、私は溜息を吐く。
これは仕事と割り切れれば良いのだけれど、どうにも自分の案件は不毛を通り越して無意味に近いと確信を得つつあるのだから、余計に参っているのだろう。
それでも、何とか動けているのは、両儀さんがいるから。
彼が適切に休みを入れてくれるのと、会話で気を紛らわせてくれているからだ。
「まだ学生だし、焦ることなんてないよ」
「両儀さんも、大学生というなら通用するわね」
彼が穏やかに言うので、少しからかってみようと思った。
自分の中の意地の悪さが、顔を覗かせて両儀さんを見ている。
要するに、気分転換がしたいのだろう、私は。
「童顔なのは自覚しているよ」
でもそれは、あっさり肯定されて、上手く流されてしまった。
これが衛宮くんならば、面白いように反応するか、拗ねるなりするのだけれど。
「……そういうところは、大人っぽいわ」
対応が、そういうものなのだろう。
だからちょっと睨んでしまう、遊んでくれてもいいのにと。
「今の君を見ていると、妹を思い出すよ」
「魔術師の妹さん、だったわね」
両儀さんと愉快な家族達、その一員であろう人。
きっと、敏いけれどある種の朴念仁でもある彼に、さぞヤキモキしていることだろう。
「意地っ張りなところとか、からかうのが好きなところとかは、よく似てると思うよ」
どこか柔らかに、彼は妹の事について語る。
それで、何となくだが分かることがあった。
「仲、いいのね」
「離れていた時期もあったからね。
まぁ、人並み程度には仲は良いと思うよ」
この人は妹のことは結構好きなのだろう。
妹として、可愛がっているのだと思う。
私がそれを察せられたのは、妹を思い出す、という言葉がやはり家族愛に満ちたものに感じたから。
「最近は妹さんと、会ったりしてるのかしら?」
「そうだね、未那の面倒を見によく来てくれて助かってるよ」
未那、ずっと前に電車で見た小さな子。
両儀さんが大好きで、あの母親には反抗的だった子。
どうやら、あの娘は両儀家の皆に可愛がられているらしい。
「そういえば」
両儀さんが、思い出したように私の方を向いた。
「確か人形に詳しかったよね」
「人形師だから、当然よ」
私がそう告げると、両儀さんは嬉しそうに笑って、こんなことを言った。
「じゃあさ、この件が終わったら、未那のお土産選びに付き合って欲しいんだ」
「話の前後からして、お土産は人形にするのね」
「そのつもりだよ」
成程、良いことに違いない。
お人形は、女の子の趣味にして友達なのだから。
何時も一緒にいてくれる子、趣味のいいお土産だと言える、私が保証しよう。
「やる気、出てきたわ」
あの子にはどんな人形が似合うのか、想像するだけで結構楽しいものがある。
実際に、どんな子が好きなのかは分からないけれど、ぴったりと似合う子を用意して見せよう。
「早く、行方を見つけましょうか」
「こっちが終わっても、君の方が残っているけどね」
気概を削ぐことを言いつつも、両儀さんは朗らかに笑っていた。
でも、それも問題など無い。
「そっちは、もう殆ど片付いているようなものよ」
「そうなのかい?」
どこかびっくりしたように、両儀さんはそう言った。
いつの間に、と顔に書いてある。
でも、これは少し頭を巡らせれば、分かることだから。
「そうよ、だから残りを早く片付けることにしましょう」
「……そうだね、こういうことは早めに片付けたいしね。
それに、あと少しだよ。
段々と近づいてきてる」
「えぇ、着実に近づいてはいるわ」
両儀さんの言う通り、行方不明の大学教授の痕跡は、確かに追えてはいるのだ。
その道のりが、果てしなく遠いように感じるだけで。
走れてはいないけれど、歩めてはいるのだから。
「さぁ、続きを始めましょう」
「……君は本当に人形が好きなんだね」
「言われるまでもなく、大いに自覚していることよ」
さて、道の長い探偵業に戻るとしよう。
それに、だけれど。
ただの直感だけれど、もう少しで何かが分かりそうな気がするのだ。
私の直感は未来視ではないけれど、山勘としては優秀な方である。
だからきっと、もう直ぐで何かがわかる。
故に、もう少しばかりの力を振り絞って、私は調査を続行する。
さて、待ち受けているのは、行方不明の教授か、それとも……。
あれから少しして、蒼﨑さんは携帯に電話が掛ってきて、今は席を外している。
だから今がその時だと思い、私は親友に思い切って訊ねる事にした。
「メリー、段々と話の流れが怪しくなってきたけど、それでも知りたいの?」
誰かに頭をいじられてるかも、何て物騒な話が出てきて。
これ以上突っ込むのが、段々と怖く感じるようになって。
それでも、これ以上を知りたいのかと、私はメリーに問う。
だってそうでしょう?
私達は今だけでも幸せで、ちゃんと絆の繋がりがあると分かっているのだから。
これ以上無理に知らなくても良いんじゃないかなって、そう考えるのも悪い話じゃないと思う。
だから訊ねて、メリーの返事を待つ。
「……私はね、蓮子」
メリーはしっかりと自分を持っている表情をしている。
これから、自分がどうするのかが分かっている様に。
「やっぱり、自分の事なんだから、知りたいよ」
「それが怖い事でも?」
きっとこれは非日常の話。
これより先は暗い事があるって分かっているモノ。
それでも、知りたいのだろうか。
「うん、確かに怖いと思う」
メリーは、それを肯定する。
しかし、でも、と彼女は続けて。
「知らない事も、怖いの、私」
怖い、と言いながら、メリーは笑っていた。
それが何なのか、分かっているはずなのに。
「それが幸せとは限らないよ」
「それでも、知らないってことはね、蓮子」
どこか分かった様な表情を浮かべながら、メリーは言葉を紡ぐ。
確かな自分を持って、私に。
「常に何かが心に引っかかって、幸せを感じても、それにずっとは浸っていられないの。
だからね、私は怖い事でも知りたいの。
知ってしまえば、全ては枯れ尾花に変わるんですから」
……そこまで考えているのなら、これ以上口を挟まなくても良いだろう。
あとは、メリーと共に行くだけなのだから。
「一緒に頑張りましょう、メリー」
「……蓮子なら、そう言ってくれると思ってたよ」
蓮子は付き合い良いよね、ほんと、と私を優しく見つめていた。
でも、これはきっと付き合いが良いとかそんなんじゃなくて。
「私とメリーは一蓮托生。
二人一緒じゃないと、つまんないでしょう?」
メリーが居ない生活なんて考えられないし、きっとメリーも私が居ないとダメになってる。
だから、二人三脚で私達は進んで行くのだ。
「こけたり挫けそうな時は助けてね、蓮子」
「何時もの事ね、任せなさいな」
顔を合わせて、二人で笑って。
互いに確かめ合って所で、タイミング良く蒼﨑さんが帰ってきたのだ。
「君達、もしかしたら何か分かるかもしれないわね」
「手掛かりか何かが分かったんですか?」
「まぁね」
フフン、とどこか愉快げにしながら、蒼﨑さんは私達を見ていて。
そうして、語り始める。
「教授、貴方達が相談に来たあの人ね。
あの人が、君達について、もしかしたら面白い事が分かるかもしれないから、明日来てほしい、だって」
専門外、と言っていたあの人。
どこか爬虫類っぽい目をしていた教授。
分からない、と言いつつも、調べてくれていた。
それに驚きつつ、同時に感謝の念も生まれてくる。
「行くわよね、メリー」
「決まってるわ、蓮子」
意志は固まっている。
あとは、進むだけなのだから。
「分かったわ、教授に伝えとくわね」
「ありがとうございます、蒼﨑さん」
私達は頭を下げる。
ここまでお世話になったのだから、それは当然のこととして。
……だから、彼女が悪戯っぽそうな表情をしている事には、私達は気付かなくて。
「私も同席するわね。
ここまできたら、知らなきゃ気持ち悪いし。
教授も、ヒントになるとは思っていても、答えに繋がるとは考えてないでしょうしね」
……何から何まで、本当に助かる。
それが、この人の単なる好奇心だったとしても。
分からない事を解くのに、すごく貢献してくれているのだから。
「決まりね。
じゃ、今日の所は、貴方達は帰りなさいな。
また明日、大学で会いましょうか」
「はい、明日もよろしくお願いします!」
「本当にありがとうございますっ」
私が明日の事を、メリーが今までの事を、同時に蒼﨑さんに伝える。
蒼﨑さんは、小さく手を振るだけだったけれど。
それでも、私達は答えてくれたこと自体が嬉しかった。
だから、明日の予定が狂うなんて、私達は思っても居なかった。
それは、驚きを持って、私達に蒼﨑さんが翌日の大学で伝えてくれた事。
……教授が、行方不明になったと、そんな事実を。
『小噺 両儀家のお留守番 ~パパ(兄さん)は何時帰ってくるんだろう』
「未那、心得を」
「はい、鮮花さん」
私達は、パパとお母様がいないおうちで、私は鮮花さんといっしょにいた。
二人とも、おしごとだからって私をつれていかなかったけれど、すこしひどいとおもいます。
でも、そのあいだに私のめんどうを見てくれる鮮花さんはだいすきです。
私にとってもやさしいし、めったなことでは怒らないから。
怒ったのは、お母様に鮮花叔母さんと呼んでやれ、といわれた時だけ。
鮮花さんはひっしに笑おうとしていたけれど、あおすじが浮かんでいたのを私はきちんと見ていた。
ごめんなさい鮮花さん。
あの時の私、すごくしつれいでした。
それ以降、私は鮮花さんと呼ぶようになり、お母様を倒すどうめいを結んだのです。
だとう、お母様!
それをスローガンに、私と鮮花さんはパパにアタックを続けている。
いつか、パパをとりもどす。
その事を二人でちかいあって。
「いち、お母様には絶対負けない」
「そう、私達は何時か式を超えなきゃいけないわ」
このままじゃ、じりひんって鮮花さんも言ってた。
行動をおこさないと、私達は負けちゃうから。
パパとお母様はけっこんしている?
そんなの、しょせんは紙切れのけいやく。
血のきずなにまさるものはないっ! て鮮花さんも言っていた。
「に、ふりんをしていいのはみうちだけ」
「その通りよ未那。
他所様でやると迷惑が掛かるわ。
身内の問題は、身内で解決すべきよ」
みうちだと、けっきょくはふりんにならない。
だって、けっこんできないんだから、ふりんのほうそくは働かない。
だから、みうちとのふりんは、ほうりついはんじゃないの。
鮮花さんが言ってたから、きっとそうなんだろう。
「さん、パパをふりむかせるのです」
「そうよ、式を負かしたとしても、兄さんが振り向いてくれないと、意味が無いんだから!」
お母様をやっつけても、パパがお母様しか見てないんだったら、いみがないのです。
だから、パパのこころをしっかり私にむけさせなきゃいけないんだ。
「最後よ、未那」
「よん、さいごはせいせいどうどう、鮮花さんとしょうぶする」
……私達は、お母様だとうのために、どうめいを結んでいるけど、さいごはやっぱりいっきうち。
鮮花さんに勝って、私ははじめてパパをだっかんできるのだ。
「てかげんしてくださいね、鮮花さん」
「恋愛勝負に、フェア精神は意味を持たないのよ、未那」
ここに、私と鮮花さんに、そごがある。
けっこうじゅうようなモノ。
「私は、パパとけっこんなんて考えてません。
ただ、ずっと手もとにおいて置きたいだけです」
「……やっぱり式の娘だけあって、そういう欲は強いわね」
「お母様の子供なんだから、しかたないです」
私がこんななのも、お母様がパパを独占しつづけてるから。
ずるい、ひどい、おに!
私がそう思うのも、むりはないことなのだ。
「でも、鮮花さんもほとんど一緒でしょ?」
「否定はしないわ。
でも、私は方法を選ぶわ」
「そういう鮮花さんのそつのなさ、そんけいしてます」
「私としては、貴方が妙な事を覚えるたびに、罪悪感があったりするんだけどね」
でも、鮮花さん、うれしそうにするから。
ついつい色々なことをおぼえてしまう。
なんだかんだで、鮮花さんはほめてくれるから。
いじわるなお母様とはだんちがいだ。
「パパ、いつごろかえってくるかなぁ」
こころえを言い終えて、私が気になったことは、パパがいつかえってくるかということ。
お母様はほっといても帰ってくるネコみたいな人だけど、パパはちょっとしんぱい。
へんなことに巻き込まれてないといいのですけど。
「大丈夫、心配無いわ」
私の表情から、なにかをよみとったのか、鮮花さんが優しくそう言う。
……私、そんな顔にでやすいのかなぁ。
「パパは、お母様がまもってくれるから?」
「分かってるわね、そうよ。
だから問題なんてないのよ」
鮮花さんは、お母様につんとしているけど、けっこうしんらいはしてる。
そして私も、自分のお母様のことなんだから、そんなことはじゅうじゅう承知なのだ。
「だから、私と何かして遊びましょう」
「うん、なにしましょうか」
お母様がいるかぎり、パパはきっと大丈夫。
だから、私はこうしていられる。
「鮮花さん、マザーグースを聴かせてください」
「未那は絵本とか童謡が大好きね」
「はい、ためになって、とてもすてきですから」
マザーグースはすこしこわいけれど、それでもやっぱり、すてきさにみちているから。
「良いわ、膝に座りなさい」
「はい、しつれいします」
私は、ゆっくりと鮮花さんのひざに座り、鮮花さんのかたり口調に耳をかたむける。
心地よく、それでいてどこかきょうみぶかい童話。
それを聴きながら、私はまたおもうのだ。
――パパ、はやく帰ってこないかなぁ。
うーん、どうにも話が進みません。
でも、ようやく次回から動き出せそうです!
というか、アリスの出番ぇ……。
こ、今度からは増やせるかもしれません(震え声)。