冬木の街の人形師   作:ペンギン3

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何故か書けてしまった(驚愕)。


第20話 交わる線

「それ……本当ですか?」

 

「残念ながらね。

 教授、行方知れずなの。

 奥さんが、届け出を出したそうよ」

 

 私とメリー。

 二人で大学へ出向いて、そして告げられたことは、結構ショックなことだった。

 何かを私達に告げようとしていた教授が、そのまま姿を消したのだから。

 

「あなた達は、これからどうする?」

 

 私達に事実を告げた、蒼崎さんからの問いかけ。

 私は自然と、メリーに目を見やっていた。

 今回、メリーに付いていくと決めたのだから。

 メリーは考えるようにして、頬に手を当てて考え事をしている。

 

「私としては、しばらく家に引っ込んでいてほしいわね。

 二次災害が起きたら、堪らないもの」

 

 青崎さんがサラリと言った言葉に、私とメリーは慌てて顔を上げる。

 だって、蒼崎さんが言った言葉の意味、正確に汲み取るのであれば……。

 

「人為的なこと、ですか?」

 

 恐る恐る、蒼崎さんに尋ねる。

 できれば、違うと言って欲しいのかもしれない。

 

「可能性の話だけどね。

 用心に越したことはないってことだけ。

 たまたま重なりあった事象に、無理にこじつけをしているだけなのかもしれないもの」

 

 ……確かに、言っている意味はよく分かる。

 あまりにもタイミングが良かったのだから。

 そう思っても仕方がないし、私も言われれば疑ってしまう。

 

「でも、それなら」

 

 どこか不安げな声音で、メリーが声を漏らす。

 揺れる目に、憂いを湛えながら。

 

「誰がやったのでしょうか」

 

 そんな疑問を、メリーは投げかけた。

 ドキンと、嫌なふうに心臓が跳ね上がる。

 メリーの、彼女の言いたいことが分かったから。

 

「もし教授が故意に消されたとすれば、何か都合が悪かったって事になるわね」

 

 私達が言い淀んでいる事を、蒼崎さんがズバリと言ってみせた。

 

「何の都合が悪かったのかな?

 多分は最近の事、そして珍しいことだと、そう思うけど」

 

 蒼崎さんの目、それはメリーに向けられていて。

 だから、まさか、と思わずには居られなかった。

 

「メリーの秘密に触れたから、って言いたいんですか?」

 

 どこか泣きそうになっているメリーに変わって、私は蒼崎さんを睨む。

 すると、彼女は、肩を竦めるだけで。

 

「あくまでも、可能性の話って前置きしたはずよ」

 

「でも、それなら私や蒼崎さんも、消える対象になるじゃないですかっ」

 

 肩を怒らせながら、私は反論する。

 まるで、メリーのせいで教授がどこかにいったような物言いだったから。

 

「まあ、落ち着いてよ。

 言ったでしょう?

 単なるこじつけに過ぎないって」

 

 メガネを掛けた彼女は、私の論を相手にせずに、シャクシャクと躱してしまっていた。

 ムッとするが、これ以上いっても、蒼崎さんのペースに乱されるだけになりそうだから、少し沈黙を挟むことにする。

 

「落ち着いたようね。

 なら続きを言うけれど、こじつけはあくまでもこじつけ。

 他にも可能性は沢山あるわ」

 

 蒼崎さんはそう言うけれど、どこか確信めいた感覚を、彼女からは感じる。

 本当にそう思ってなんていないんじゃないか。

 私の五感が、そんな主張をしているのだ。

 

「ま、色々な事が考えられるわね。

 で、あなた達」

 

 蒼崎さんが、何事もなかったかのように、もう一度私達を見て……。

 

「どうするの? 今日」

 

 最初に投げかけた疑問を、もう一度尋ねたのであった。

 

「私は……」

 

 メリーが、どこか迷いながらも、それでも顔を上げた。

 蒼崎さんは、静かに聞いている。

 だからメリーは、勢いに任せる感覚で蒼崎さんに言ったのだ。

 

「探したいって、そう思いますっ」

 

 緊張が喉に悪かったのか、言い終えた後にケホケホと咳をするメリー。

 慌てて背中を擦ると、少し落ち着いたように、咳は回数を減らしていった。

 

「何かあったらどうするつもり?」

 

 落ち着いた私達を確認して、蒼崎さんはどこか締まらない表情で、そんなことを尋ねた。

 言葉の内容は、私達をさも心配しているように感じるけれど、蒼崎さんからは全然そんな気配は感じられない。

 むしろ、試しているふうに聞こえてくる。

 

「私を調べて何かあったのなら、私自身の身は安全だと、そう思います」

 

 だからか、受けて立つように、メリーはそう告げた。

 ちょっと意外だったけれど、それでもそれだけメリーにとってこの問題は重要なものだと、そう理解できる。

 

「なら、一緒に居る宇佐美さんは、どうなるのかしら?」

 

 蒼崎さんは興が乗ったのか、最早楽しさを隠す気なんて無いように、メリーに質問する。

 思わず立ち上がって、私が答えを返そうとすると、それをメリーは手で制して、その口で答えを告げる。

 

「蓮子はずっと一緒に居ました。

 今更消えるなんて、それは考えられません。

 それなら、もっと早くに居なくなっていたかもしれないんですから」

 

 へぇ、なんて楽しげな声を、蒼崎さんはあげた。

 だから、私はそれに追随するように、言葉をつなげる。

 

「私とメリーは一心同体。

 蒼崎さんも聞いてましたよね?

 だから、きっと居なくなる時も一緒ですよ」

 

 はっきりと、そして明瞭に、私は蒼崎さんに言い放った。

 すると、どこか今にも笑い出しそうな蒼崎さんの姿が、そこに……。

 

「ク、クク、そうね、そう言ってたわね。

 いいわ、分かったわ。

 好きにしなさい、極力気をつけて、ね

 私も調べてみるし、ツテも使うから無理はしなくて良いわよ」

 

 噛み殺した笑いが、私達の耳を鳴らす。

 それに、バツが悪くなって頬をかいていると、どこからかクスっと、思わず漏らしたような笑い声が聞こえてくる。

 顔を隣に向けると、微笑を浮かべたメリーの姿。

 彼女はニッコリと笑って、小さく私に囁いた。

 

「ありがとう、蓮子」

 

 どこか優しい囁きだった。

 

 

 

 

 

「ここ、ね」

 

 私の目の前には、裏路地があり、そこは近隣駅への近道でもある道であった。

 ……そこが、教授の姿が最後に確認できた場所でもある。

 

「ここが、今までの情報を見るに、教授が最後に通った道なはず」

 

 両義さんが断定する。

 ここが、教授の足取りが消えた場所だと。

 長い聞き込み、その情報を統合するに、私も同意見であったから。

 だから……。

 

「この場所で、何かあったのね」

 

 だから、私も断定する。

 何かがここではあった。

 件の教授が消えた場所、それがこの裏路地だから。

 

「争った跡はないみたいだけど」

 

 両儀さんの呟きに、私は辺りを見回す。

 裏路地といえば、あまり清潔でないイメージがあるが、この場所は一種の整然さを持っていた。

 幾らかのゴミは散らばっていても、それ以上のものは見当たらない。

 ゴミ箱が置いてあるが、その中身もゴミが詰まっていても、中身がバラ撒かれた様子もない。

 

「誘拐、かしら?」

 

「ありえなくはないけど、この狭い道で争えば何らかの痕跡は残るし、それに駅への近道だから、それなりに人通りはあるよ。

 2,3分程度なら人目を避けれても、それ以上は流石に見つかるよ」

 

 成程、確かに理のある説明だと感じる。

 でも、それならどうやって、この場所から教授を連れ出したのだろうか……。

 

「一瞬で神隠しにでもあったのかな」

 

「そういうアプローチもするのね」

 

 感心して、私が両儀さんに目を向けると、彼はどこか困ったように笑っていて。

 

「それ以外に、考えようがないからだよ。

 これは推理じゃなくて、思考の放棄だね」

 

 要するにお手上げなんだ、と溜息を吐いた両義さん。

 ……まぁ、謎が解けずに超常現象のせいにするのは、確かにナンセンスに感じるのだけれど……。

 

「今回に限っては、間違ってないかもしれないわ」

 

「本当に?」

 

 純粋に疑問に思っているように、両儀さんは私を見ていた。

 だから私は、簡単に、自分でも整理しながら、解説を始めたのだ。

 

「ここで、教授が突如として消えた。

 これは前提条件として、まずは間違っていないものとするわ」

 

「僕も、それは保証する。

 この場で教授が消えたのは、何よりの事実だからね」

 

 両儀さんの肯定に頷きつつ、私は話を進める。

 

「だけれど、彼は突如として消えてしまった。

 何の証拠も、何の痕跡もなしに。

 それに、この場所は裏路地ながら人通りが多く、人目につきやすい」

 

 ここまで大丈夫? と両儀さんを見やると、うんと頷いている姿が見られた。

 それを確かめて、私は続きを言う。

 

「故に、ここで考えるべき点は、どうやって教授をこの場から連れ去ったかということ。

 そして、それには、特殊な手段を用いているということよ」

 

 私がそう言い切ると、両儀さんはウンウンと唸って、そうして私を見た。

 その目には、幾つかの疑問が浮かんでいるようにも感じる。

 

「どうぞ」

 

 だから私が促すと、両儀さんはできるだけ簡潔に説明を始める。

 少し気になったことだけど、と前置きして。

 

「まず、目立つ方法で教授を連れ出すのは、人目についてまずいって話はしたよね。

 もし、本当に神隠しのようなモノにあったとしたら、それってすごく目立つんじゃないかな?」

 

「そうね、人がいきなり消えたら、それはすごく目立つでしょうね」

 

 もしも人目に入ったら。

 その事を考えると、中々にリスキーな方法だと見られる。

 しかし、蛇の道は蛇とも言う。

 そういうものは、魔術師(こちら)の領分なのだ。

 

「でも、それは問題になんてならないわ。

 結界、認識阻害、暗示。

 魔術には色々な手品があるもの」

 

「……そっちの方面には疎くてね」

 

 苦い顔で言う両義さん。

 だけれど、それは仕方のない事だろう。

 元より魔術を知らない人間が、こんなトンチキな方法を思いつくはずなんて無いのだから。

 

「いいのよ、今は私がいるから。

 そうして、何らかの方法で、教授をこの場から連れ出したの」

 

 私がそう言うと、両儀さんは再び困ったような顔を浮かべていた。

 彼が何を言いたいのか、私もそれは、何よりも分かるから。

 

「要するに、魔法を使って教授は連れ去られた。

 そして、今の僕達に、彼を追う手掛かりはない」

 

「……その通りね」

 

 間違っていない。

 確かに、教授の姿は、この場で消えた。

 だからこれ以上はこの場からは探せないと、それ自体は間違っていない。

 ……だけれど、

 

「でも、確かに手掛かりは手に入れたわよ」

 

「聞かせてくれるかな?」

 

 両義さんが、真摯な顔をして、私を見る。

 だから私も答えるように、彼に手掛かりを告げた。

 

「教授を連れ去ったのは、魔術師かそれに準じるもの。

 そして、人一人を連れ去るほどの術を使える人物」

 

 私は両儀さんの顔を見返した。

 できるだけ不敵に、少々の笑みを貼り付けて。

 

「どう? これで特定が楽になったでしょう?」

 

 両儀さんは、感心と呆れを混ぜあわせたような表情をして。

 そして最終的に、ひとつ頷いたのだ。

 

「多分、それで合ってると思う。

 僕が考えても、それ以上の答えは見つからないからね」

 

 お墨付きをもらって、自信と安堵が浮かび上がってくるのを感じる。

 そして、そんな私を尻目に、両儀さんは呟いた。

 

「橙子さんに連絡しないと」

 

 呟きだったけれど、私の耳にはしっかり届いて。

 不謹慎ながら、ワクワクする気持ちが、湧いてくるのを確かに感じたのだった。

 

 

 

 

 

「ど、どうしよう、蓮子ぉ」

 

 目の前には、涙目を浮かべたメリーの姿があった。

 何故か? 如何様な理由か?

 それは……、

 

「私達、何をすれば良いの?」

 

 メリーの弱音が、何よりも的確に表現してくれていた。

 そう、私達はある意味迷子と言ってよかった。

 方向性の見えなくて、何をすれば良いのか分からないという意味で。

 

「落ち着いてメリー。

 軽くでいいから深呼吸をしましょう。

 ひぃひぃふー、ひぃひぃふー」

 

「ひぃひぃふー、ひぃひぃふーっ」

 

 ……気分がリラックスできるようにとボケてみたけど、まさか真に受けるとは。

 そこはツッコミを入れるところなのよ、メリー。

 

「うん、ありがとう。

 少し落ち着いたかも」

 

 しかし、そう言ってはにかむメリーに、私は何も言えなかった。

 むしろ、気まずくて目を逸らしちゃうくらいだ。

 

「そう、それは良かったわ」

 

 私は、そう小さく返すので精一杯だった。

 恐るべきはラマーズ式呼吸法か、それともメリーの勘違いか。

 まぁ、落ち着いたのなら、どちらでも構わないのだけれど。

 

「じゃあ、これからのことを決めましょう」

 

 だから、少し前の空気を吹き飛ばすように、私は明るく提案する。

 ツッコミを入れられないボケなんて、無かったも同然なのだ。

 

「そう、だね。

 これからどうしよっか」

 

 メリーが考え始める。

 ウンウンと唸りながら、どうしようどうしよう、と。

 私も頭を回そうとして、横目でメリーを見ると、ふと、思いついたことがあった。

 

「ねえ、メリー」

 

「何? 蓮子」

 

 何か思いついたの? とこっちを見たメリーの目が語っていた。

 上目遣いで、私を見るようにして。

 

「まぁね、聞いてくれる?」

 

「勿論!」

 

 メリーの元気な声に反応して、私まで気分が明るくなる気がしてくる。

 だから、割と気安く、私はメリーに話しを明かした。

 

「何もね、教授が行方不明なのは、メリーのせいじゃないかもしれないじゃない。

 だからそれを確かめに行きましょう?」

 

「……どうやって?」

 

 きょとんと、メリーが首を傾げる。

 一々可愛い、うん、流石はメリーだ。

 そんなことを考えつつ、私はメリーに告げた。

 

「ここ何日か、教授が誰に会ってたのかを調べましょう?

 教授、基本は大学の中に篭ってるみたいだし、聞いてまわれば何か分かるよ、きっと」

 

 研究の虫と化していた教授は、自分の研究室から出ることが極端に少なかったそうな。

 ならば、教授が大学で誰と会っていたかなんて、簡単に分かってしまうだろうから。

 

「良い? これで」

 

 私がメリーを見て尋ねると、彼女はうん、と真面目な顔で頷いていて。

 

「ありがとう蓮子。

 早速調べに行きましょう」

 

 ”何時も何時もありがとう、蓮子”

 そんな言葉が聞こえた気がしたが、恥ずかしいし、わざわざ返す必要を感じなかった。

 だから、私は足を進めるのを早める。

 早く調べてしまおう、そうしよう。

 

 

 

 私達は大学内を聞いて回った。

 教授の研究室近辺から、教授のゼミ生を捕まえたりして。

 そうして、私達が調べた結果として分かったこと。

 まず、それを整頓しよう。

 

「1、教授はごくごく普段通りに過ごしていたこと」

 

 特に変わったところは無かったそうな。

 強いて言えば、元から変人じみたところがあったくらい。

 

「2、特に誰かが会いに来たということも、無かったということ」

 

 来客は、特には見られなかったそうな。

 受付の人に無理やり聞き出しても、やはり誰とも会ってなどいないということ。

 

「3、特にトラブルなんて、無かったということ」

 

 誰かと口論していた、みたいな分かりやすいことは無かったらしい。

 その他の事も、特に問題なんて見当たらない。

 

 以上の点から見受けられること、それは……。

 

「完全に手詰まりね」

 

 困ったことに(と言うと語弊があるけれど)、本当につつがなく教授は過ごしていたらしい。

 そして、そんな彼に何時もと違うことがあったとすれば……。

 

「やっぱり、私が原因みたいね」

 

 複雑な表情で、メリーがそう呟いていた。

 私も、それを否定できなくなっていた。

 教授は、私達と話を設けた以外は、本当に何時も通りだったみたいだから。

 

「以前から、何かあったのかもしれないわ」

 

「そうかもしれないわ。

 でも、それを言うならわざわざ大学内を調べた意味が無くなっちゃうわ」

 

 とっさに励ましの言葉を送るが、ものの見事に失敗する。

 グッと言葉に詰まってしまったのだから、失敗したと言っても過言ではないだろう。

 

「どうしよっか、蓮子」

 

 どこか疲れた顔で、メリーはそんなことを言う。

 困ったな、困ったな、というのが、直に伝わってくるのだ。

 

 ――これは……今日はもう無理そうね。

 

 と、そんな判断を私は下して。

 

「今日は帰りましょう、メリー」

 

「蓮子?」

 

「明日は明日の風が吹くの。

 今日の風向きが悪いなら、黙ってやり過ごせばいいの」

 

 私が言い切ると、ほんの少しだけだけれど、メリーは笑ってくれて。

 

「如何にも、蓮子って感じがするわ」

 

「お褒めいただき恐悦至極ってね」

 

 わざと大仰に言うと、メリーはクスクスと声を漏らす。

 ……良かった、ちょっとだけれど、元気が出たみたい。

 

「分かったわ、今日のところは帰りましょう」

 

「続きはまた明日」

 

 うん、と頷き合って、私達は帰路につく。

 これはさて、これからどうなるのだろう。

 見えない迷路に居る気がして、どこか居心地の悪さを、私は覚えた。

 

 

 

 

 

「蒼崎橙子、今はどこにいるか分かる?」

 

「何故か携帯に繋がらない。

 困ったね、本当に」

 

 どうしたものか、と考えこんでいる両儀さん。

 尾っぽをつかもうとすると、スルリと抜けられる辺り、封印指定の魔術師らしいと思ってしまう。

 私が勝手に思っているだけなのだけれど。

 

「一旦、大学に戻りましょう。

 最悪、メモの一つや言伝を残せば良いし」

 

 だから私は、姿の見えない魔術師に、ベターな選択を選ぶ。

 行き違いになるのも馬鹿らしいし、何より必ずメッセージは伝わるであろうから。

 

「うん、確かにそれが確実だね」

 

 両儀さんの賛同も得たことなので、早速大学への道を戻ることにする。

 その道中で、少しばかりのお話も交えながら。

 

「蒼崎橙子、彼女が新しく作った人形とか、何かあるの?」

 

「あるけど、全部競売用のやつばかりだね」

 

 会話の内容は、ちょっとした世間話。

 趣味が幾分にも含まれているのは、確かに否定が出来ない。

 でも、共通の話題であるのだし、そちらの方が会話は広がるというものだ。

 

「売りに出すのね……幾らなのかしら」

 

 もし手が届きそうならば、買ってみるのも手であるだろう。

 勿論、生半可な値段であることは間違いないのだが。

 

「場合によっては数百万だね。

 でも時々、数千万の値が付くこともあったね」

 

「数、百万」

 

 それで手が届くなら、と思ってしまう。

 それだけ、彼女の人形は精工で魅せられる。

 つい、頭の中で計算を始めてしまう。

 私の財産と、彼女の人形の価値を吊り合わせて。

 

「……橙子さんにしろ、マーガトロイドさんにしろ、自分の分野には眼の色が変わるね」

 

 どこか呆れたふうに、両儀さんが評しているのが聞こえる。

 しかし、それこそ私達からすれば愚問である。

 

「魔術師というのはね、究極的な趣味人でもあるの。

 だから、自分の目指す分野や、何か手助けになりそうなものには存分に投資するものよ」

 

 普段は豪遊するつもりなど無い私も、これは、と言うものには思わず散財してしまう。

 魔術的なものなど、多少はコストが掛かっても、つい手を伸ばしてしまうのだ。

 一応、相応の資産を私は有しているから。

 

「それで何度、橙子さんに困らせられたか」

 

 嘆いている両義さんに、あぁ、それで、と彼の境遇が理解できた。

 要するに、蒼崎橙子は欲しい物を手に入れたあと、彼の給料を支払う能力を損失していたのだろう。

 両義さんにとって、それは悪夢に違いない。

 蒼崎橙子の気持ちも、魔術師的な視点から見れば理解できるが、それでも筋は通すべきだと、そう思ってしまう。

 やっぱり、繊細な手付きとは違って、現金管理の方は、大きくアバウトにすぎるようだ。

 

「就職先、今度からは選ぶことね」

 

「そこに魅力を感じたらね」

 

 ……存外、この人は自由人なのかもしれない。

 真面目一徹、なだけではないらしい。

 

「それより、君が作る人形はどんなモノなのかな」

 

 人形の話をしていたからか、私にも尋ねてくる両儀さん。

 私も興が乗っていたので、喜んで話すことにする。

 というか、聞かれると、存外に嬉しいものがある。

 

「私の人形は、基本は女の子が持っているお人形さんの形ね」

 

「この前、末那に見せてくれたものだね」

 

「そう、アレが私の人形よ」

 

 人形、お人形さん。

 ドールショップなどに赴くと、よく目にできる子たち。

 とっても可愛く、私が大好きなモノ。

 

「私のは、ただのお人形さんじゃなくて、マリオネット用にチューニングしているけれど」

 

 無論、それだけでなく、魔術的なギミックも幾つか仕込んでいる。

 例えば、私の魔力で編まれた糸に反応して、思うがままに動くようにしていたり。

 攻撃、防御、回避などの簡易プログラムを仕込んでいたり。

 魔力を人形に浸透させることで、感覚を一体にすることも出来たり。

 けど、両儀さんに原理を説いても、その半分も理解できないだろうから、特に言うことなんて無いけれど。

 

「そのまま、少し弄れば人形劇にも使えるわ」

 

 私は”糸”を使えるから、本来は使わなくても済む。

 けど、一般人に見せる時には、やはり普通の糸を使うから、必要なギミックなのだけれど。

 

「色々と出来るようにしてるんだね」

 

 関心したような両儀さんの声。

 だから調子に乗って、私はバッグから上海を取り出す。

 両儀さん以外は誰も見ていないから、糸を使って手を振らせてみる。

 ……可愛い。

 

「本当に良く出来てるよ。

 ちょっと貸してもらっても良いかな?」

 

「どうぞ、落とさないでね」

 

 両儀さんに上海を手渡す。

 フンフンと言いながら、両儀さんは上海の関節を動かしたり、感触を確かめたりしていた。

 そうして、彼が上海の髪に触った時、ピタリと動きを止めた。

 ……触れば、分かるものなのね。

 両儀さんが何故動きを止めたか、私は分かってしまう。

 恐らくは、十中八九質問されることも。

 

「マーガトロイドさん」

 

「何かしら?」

 

 ほら、やっぱり。

 それだけびっくりしたってことだろうけれど。

 

「この髪って……本物?」

 

「えぇ、本物よ」

 

 びっくりしたように、上海を見つめる両儀さん。

 でも、魔術師の女の髪には、魔力が宿るものだから。

 私が人形という触媒を利用するのに、これ以上ない程のモノなのだ。

 

 私が自作した人形は、大抵が私の髪が使用されている。

 私の髪型がショートボブにしてあるのには、そういう理由もあるのだ。

 今も遠坂の家には、私の切った髪が、保管されている。

 

「君も魔術師だって、すごくわかったよ」

 

「分かりやすさで言えば、確かにダントツではあるわね」

 

 納得したように首肯している両儀さんに、私は肯定をする。

 女の髪を魔術に使う、まるで物語に登場する魔女のようでもあるから。

 

「でも、君が人形を大切にしている理由、わかった気がするよ」

 

「あら、何かしら?」

 

 どこかストンと落ちたように、両儀さんが頷いていたので、彼がどう読み取ったのかに、耳を傾ける。

 もしかしたら、何か面白い意見を聞けるかもしれないから。

 

「君にとって人形は、自分の一部なんじゃないかな?」

 

「へぇ」

 

 人形が私の一部。

 言われてみれば、そうかもしれないと思う自分が居ている。

 あながち、間違っていないようにも感じるから。

 

「自分の一部を人形に使用している。

 それはとっても重たいことだと思うよ。

 それだけ、思い入れがあるということだからね」

 

 両儀さんは、一つ一つをゆったりとした口調で言う。

 上海を触る手付きも、心なしかさっきよりも丁寧に感じて。

 故に、胸に留めるに値する言葉だと、そう思った。

 

「思い入れがあるのは確かね」

 

 両儀さんの手から、上海を受け取る。

 そうして上海の髪を、大事に、大事に撫でる。

 確かに、この子達は私にとって、とても大切なモノだから。

 特に上海と蓬莱への思い入れは、とても大きなものがあるから。

 

「確かに、私と人形は繋がっているわね」

 

 だから、私は認めていた。

 私と人形、もう切っても切り離せないほど深くに交わっているから。

 

「君は君、人形は人形。

 考えることまで、人形にならなくても良いと思うけど」

 

「そうね、確かに別々で居るべきでしょうね」

 

 私は人形を自律させようとしている。

 人形と重なり合うことは望んではいない。

 だけれど、それでも――私は思う。

 

「だけど、重なり合わなくても繋がることは出来るの。

 通じ合えるって、そう思うわ。

 だから私は、この子達と一緒に居るのよ」

 

 言い切ると、両儀さんはどこか優しく微笑んでいて。

 そうしたら急に、恥ずかしさが沸き上がってきた。

 

「君は、人形がすごく好きなんだね」

 

「愛してると言っても過言ではないわ」

 

 でも、私は両儀さんの言葉に、臆面もなく言い返す。

 事実をただ正しく、思うがままに。

 気持ちを込めて、両手を胸に合わせて。

 

「成程、君の人形への執着は、橙子さんを超えている」

 

「光栄なことね」

 

 参った、と両儀さんは肩をすくめていた。

 そして私は、それにどこかフッと笑みを浮かべて、どこか誇らしくもある気持ちだった。

 

「大学、見えたよ」

 

 両儀さんの言葉に従って顔を上げると、そこはもう大学。

 何時の間にか戻っていたようだ。

 

「さ、行くよ」

 

「了解しているわ」

 

 彼の言葉に従って、その背中に着いて行く。

 

 ――答えはもうすぐ、見つかりかけてて。

 

 

 

 

 

「メリー、気分はどう?」

 

「悪くはないわ、蓮子」

 

 翌日、私達はまた大学に来ていた。

 時間帯は昼、午前に出られなかったのは、お泊りの準備をしていたから。

 今度こそ、何か手掛かりを見つけようとして、気合を入れてきてるのだ。

 

 教授の行方、そして居なくなった理由。

 今日こそ、それを見つけてみせる!

 そんな意気込みであった。

 

「今日は何か見つかると思う?」

 

「わからないわ」

 

 先のことは見えない。

 これからどうなるのか、そんなことは分からない。

 でも、きっと見つかると、心で信じているから。

 だから私達はここに来たんだと、そう思っている。

 

「メリー」

 

「今から蒼崎さんに会いに行くわ」

 

 どうするか聞こうと思った所で、的確に答えを渡してくれるメリー。

 うん、ちゃんとしっかりしている。

 これなら今日は大丈夫だと、心で理解できた。

 

「じゃ、まずは受付に」

 

「そうね、行きましょう」

 

 そしてそこに向かって、そこで見たものは……。

 

「じゃあ、蒼崎さんには、よく伝えてください」

 

「はい、承りました」

 

 そこには男の人と、綺麗な金髪の女の子が一人、立っていた。

 メリーを見慣れていても、現実離れしている光景に見える彼女。

 でも、今はそこが問題ではない。

 確か男の人、さっき何て――。

 

「蒼崎さん?」

 

 メリーも一緒の事を思ったようで、同じような言葉を漏らしていた。

 そうして、ピクリと反応したのは、金髪の女の子の方。

 びっくりするほどの早さで、私達の方を向いて。

 そして……、

 

「いま、蒼崎って言ったの?」

 

 真剣な顔で、そんな問いかけをしてきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『小噺 コペンハーゲン物語 挙動不審なあかいあくま 泰然自若な桜』

 

 

 

「ねぇ、衛宮君」

 

 俺の目の前には、フフッと優雅に笑みを零している穂群原学園のマドンナ、遠坂凛の姿があった。

 バイト中で、同じ厨房に立っている俺達。

 その姿は、見る人を魅了する魅力があったが、目の前で見ていると、何故か遠坂がキレていることが、如実に伝わってくるのだ。

 

「あれ、何?」

 

 指は指さず、視線だけを寄越す彼女。

 その先には……桜が居た。

 

「桜、だけ、ど」

 

 声に出すと、段々と遠坂の笑みが深まっていって。

 段々と危険が増しているのが理解できて、冷や汗が止まらなくなる。

 

「へぇ、嫁を職場に連れてくるなんて、良いご身分ね」

 

「えっ、いや、そんなんじゃ……」

 

 怖い、果てしなく目の前の遠坂が恐ろしい。

 しかし、どうして遠坂がキレているのか、全く見当がつかない。

 ……特にヤラカシタ覚えもないし、桜だってそんな迂闊なことはしないだろう。

 

 では何故?

 ……もしかして、僻んでいるとか?

 

 ――直後、遠坂が無言で壁に俺を押し付ける。

 

 凄い笑顔で、しかし何よりも恐ろしい顔が、直ぐ傍に存在していた。

 普段だったら、ドキドキするのだろうが、今はとてもそんな気分にはなれない。

 

「何か失礼なことを考えなかった?」

 

「イエ、ゼンゼンソンナコトハナイデス」

 

 妙な直感も持ち合わせているらしい。

 威圧感がさっきよりも増しているように感じる。

 

「な、何を怒ってるんだよ、遠坂」

 

「分からない?

 えぇ、分からないでしょうね!」

 

「えぇ!?」

 

 顔が引きつるのを自覚する。

 自己完結してしまっていて、聞く耳を持っていなさそうな遠坂。

 これは、問答無用で断罪されそうな勢いである。

 

「ま、待てって。

 桜の事で何かを怒ってるのか?」

 

 俺が慌ててそう訊くと、遠坂はピタリ、と動きを止めた。

 そして、俺のことをじぃっと見ていた。

 

「これから質問するわ。

 正直に答えなさい。

 嘘を言えば、ころ……転ばすわよ」

 

「今何て言おうとしたんだ!?」

 

 ころ、ころ……殺す?

 背筋がスぅッと、冷たくなって行くのを感じる。

 やばい、そう本能と脳味噌の両方が訴えてきている。

 

「何でもないわ、な・ん・で・も・ねっ!」

 

「ハイワカリマシタ」

 

 ここはおとなしく遠坂の言う事を聞くのが吉。

 そう考えて、大人しく遠坂の言葉の続きを待つ。

 すると遠坂が、軽く息を吐いてから要件を語り始めた。

 

「……あの娘、桜の事よ」

 

「桜がどうかしたのか?」

 

 俺が疑問を訊ねると、遠坂は思案顔になり、そして溜息を吐いてから話し始めた。

 

「毎日来てるわ」

 

「そうだな」

 

 こともなさげに肯定すると、何故だか睨まれた。

 何故、と首を傾げていると、遠坂は俺を睨みながらも話を続ける。

 

「えっと、その、何て言うかな」

 

 妙に言い淀んでいる遠坂。

 何かを言いにくげに、しかし何かを言いたげに。

 ……だから、大よその想像を働かして、遠坂に問いかけたのだ。

 

「桜……もしかして邪魔か?」

 

「そうじゃないわっ!

 そうじゃないけど――あーっ、もうっ!」

 

 唐突に、噴火する。

 何時もしているツインテールを揺れ動かしながら、遠坂が吼える。

 

「もうっ、衛宮君!

 桜から何か聞いてないの!?」

 

「何かって、何を?」

 

 意味が分からずに、オウム返しに聞くと、うぅ、と呻きながら遠坂は沈黙してしまった。

 何だろう、と考えてみるが、全く分からない。

 精々、会話の前後から分かることは、桜と遠坂の間には何かあると言う事だ。

 

「何か、あるのか?」

 

 お前と桜の間に、とは声にしなくても遠坂には伝わっていたらしい。

 考えるように顔をしかめて、そうして一言、こんな事を言った。

 

「桜に聞いて。

 あの子が話したら、それを信じてあげて。

 ……それだけ」

 

 遠坂はそれだけ言い終えると、そそくさと表に出て行ってしまった。

 ……残されたのは、結局謎だけ。

 

「一体何があるんだろう」

 

「ま、何があってもさ」

 

「っへ?」

 

 唐突にした声。

 振り向くとそこにはネコさんの姿。

 彼女はにんまりと笑っていて。

 

「エミやんと凛ちゃん、近かったねぇ」

 

 にまにましながら、ネコさんが俺に言う。

 だから俺は、毎度の如く、訂正するのだ。

 

「やましい事なんて、全く無いです」

 

「そうだといいけどねぇ」

 

 あはは、と笑いながら、軽やかにこの場を去っていくネコさん。

 はぁ、と思わず溜息をついてしまったのは、仕方の無い事だと、俺はそう思う。

 

「まさか、エミやんが凛ちゃんに壁ドンされてるのが見られるにゃんてなぁ」

 

 去り際に、そんなネコさんの声が、どこからか聞こえて。

 びっくりしたように桜が、俺を見たのだ。

 

「ち、違うからな?」

 

「はい、分かってますよ、先輩」

 

 慌てて彼女に言い訳すると、桜は優しく微笑んで。

 そうして、小さな声で呟いたのだ。

 

「そう言う所、やっぱり不器用ですよね」

 

 何の事か、はっきりとは分からなかったが、桜が遠坂のことを言ってるのだけは、理解できた。

 そうして遠坂を見やると、小さく、舌を出したのが見えた。

 俺か、桜か、それとも両方なのか。

 

「ふふ、ちょっと子供っぽいですね」

 

「だな」

 

 桜が楽しげにそう言って、俺はそれを肯定する。

 だって、今の遠坂は、何て言うかとってもムキになっているように見えるから。

 

「うん、何だか懐かしいです」

 

 桜の横顔が、何かを思いだしているようで。

 俺は、どこかその横顔に魅入られていたのだった。


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