「それ……本当ですか?」
「残念ながらね。
教授、行方知れずなの。
奥さんが、届け出を出したそうよ」
私とメリー。
二人で大学へ出向いて、そして告げられたことは、結構ショックなことだった。
何かを私達に告げようとしていた教授が、そのまま姿を消したのだから。
「あなた達は、これからどうする?」
私達に事実を告げた、蒼崎さんからの問いかけ。
私は自然と、メリーに目を見やっていた。
今回、メリーに付いていくと決めたのだから。
メリーは考えるようにして、頬に手を当てて考え事をしている。
「私としては、しばらく家に引っ込んでいてほしいわね。
二次災害が起きたら、堪らないもの」
青崎さんがサラリと言った言葉に、私とメリーは慌てて顔を上げる。
だって、蒼崎さんが言った言葉の意味、正確に汲み取るのであれば……。
「人為的なこと、ですか?」
恐る恐る、蒼崎さんに尋ねる。
できれば、違うと言って欲しいのかもしれない。
「可能性の話だけどね。
用心に越したことはないってことだけ。
たまたま重なりあった事象に、無理にこじつけをしているだけなのかもしれないもの」
……確かに、言っている意味はよく分かる。
あまりにもタイミングが良かったのだから。
そう思っても仕方がないし、私も言われれば疑ってしまう。
「でも、それなら」
どこか不安げな声音で、メリーが声を漏らす。
揺れる目に、憂いを湛えながら。
「誰がやったのでしょうか」
そんな疑問を、メリーは投げかけた。
ドキンと、嫌なふうに心臓が跳ね上がる。
メリーの、彼女の言いたいことが分かったから。
「もし教授が故意に消されたとすれば、何か都合が悪かったって事になるわね」
私達が言い淀んでいる事を、蒼崎さんがズバリと言ってみせた。
「何の都合が悪かったのかな?
多分は最近の事、そして珍しいことだと、そう思うけど」
蒼崎さんの目、それはメリーに向けられていて。
だから、まさか、と思わずには居られなかった。
「メリーの秘密に触れたから、って言いたいんですか?」
どこか泣きそうになっているメリーに変わって、私は蒼崎さんを睨む。
すると、彼女は、肩を竦めるだけで。
「あくまでも、可能性の話って前置きしたはずよ」
「でも、それなら私や蒼崎さんも、消える対象になるじゃないですかっ」
肩を怒らせながら、私は反論する。
まるで、メリーのせいで教授がどこかにいったような物言いだったから。
「まあ、落ち着いてよ。
言ったでしょう?
単なるこじつけに過ぎないって」
メガネを掛けた彼女は、私の論を相手にせずに、シャクシャクと躱してしまっていた。
ムッとするが、これ以上いっても、蒼崎さんのペースに乱されるだけになりそうだから、少し沈黙を挟むことにする。
「落ち着いたようね。
なら続きを言うけれど、こじつけはあくまでもこじつけ。
他にも可能性は沢山あるわ」
蒼崎さんはそう言うけれど、どこか確信めいた感覚を、彼女からは感じる。
本当にそう思ってなんていないんじゃないか。
私の五感が、そんな主張をしているのだ。
「ま、色々な事が考えられるわね。
で、あなた達」
蒼崎さんが、何事もなかったかのように、もう一度私達を見て……。
「どうするの? 今日」
最初に投げかけた疑問を、もう一度尋ねたのであった。
「私は……」
メリーが、どこか迷いながらも、それでも顔を上げた。
蒼崎さんは、静かに聞いている。
だからメリーは、勢いに任せる感覚で蒼崎さんに言ったのだ。
「探したいって、そう思いますっ」
緊張が喉に悪かったのか、言い終えた後にケホケホと咳をするメリー。
慌てて背中を擦ると、少し落ち着いたように、咳は回数を減らしていった。
「何かあったらどうするつもり?」
落ち着いた私達を確認して、蒼崎さんはどこか締まらない表情で、そんなことを尋ねた。
言葉の内容は、私達をさも心配しているように感じるけれど、蒼崎さんからは全然そんな気配は感じられない。
むしろ、試しているふうに聞こえてくる。
「私を調べて何かあったのなら、私自身の身は安全だと、そう思います」
だからか、受けて立つように、メリーはそう告げた。
ちょっと意外だったけれど、それでもそれだけメリーにとってこの問題は重要なものだと、そう理解できる。
「なら、一緒に居る宇佐美さんは、どうなるのかしら?」
蒼崎さんは興が乗ったのか、最早楽しさを隠す気なんて無いように、メリーに質問する。
思わず立ち上がって、私が答えを返そうとすると、それをメリーは手で制して、その口で答えを告げる。
「蓮子はずっと一緒に居ました。
今更消えるなんて、それは考えられません。
それなら、もっと早くに居なくなっていたかもしれないんですから」
へぇ、なんて楽しげな声を、蒼崎さんはあげた。
だから、私はそれに追随するように、言葉をつなげる。
「私とメリーは一心同体。
蒼崎さんも聞いてましたよね?
だから、きっと居なくなる時も一緒ですよ」
はっきりと、そして明瞭に、私は蒼崎さんに言い放った。
すると、どこか今にも笑い出しそうな蒼崎さんの姿が、そこに……。
「ク、クク、そうね、そう言ってたわね。
いいわ、分かったわ。
好きにしなさい、極力気をつけて、ね
私も調べてみるし、ツテも使うから無理はしなくて良いわよ」
噛み殺した笑いが、私達の耳を鳴らす。
それに、バツが悪くなって頬をかいていると、どこからかクスっと、思わず漏らしたような笑い声が聞こえてくる。
顔を隣に向けると、微笑を浮かべたメリーの姿。
彼女はニッコリと笑って、小さく私に囁いた。
「ありがとう、蓮子」
どこか優しい囁きだった。
「ここ、ね」
私の目の前には、裏路地があり、そこは近隣駅への近道でもある道であった。
……そこが、教授の姿が最後に確認できた場所でもある。
「ここが、今までの情報を見るに、教授が最後に通った道なはず」
両義さんが断定する。
ここが、教授の足取りが消えた場所だと。
長い聞き込み、その情報を統合するに、私も同意見であったから。
だから……。
「この場所で、何かあったのね」
だから、私も断定する。
何かがここではあった。
件の教授が消えた場所、それがこの裏路地だから。
「争った跡はないみたいだけど」
両儀さんの呟きに、私は辺りを見回す。
裏路地といえば、あまり清潔でないイメージがあるが、この場所は一種の整然さを持っていた。
幾らかのゴミは散らばっていても、それ以上のものは見当たらない。
ゴミ箱が置いてあるが、その中身もゴミが詰まっていても、中身がバラ撒かれた様子もない。
「誘拐、かしら?」
「ありえなくはないけど、この狭い道で争えば何らかの痕跡は残るし、それに駅への近道だから、それなりに人通りはあるよ。
2,3分程度なら人目を避けれても、それ以上は流石に見つかるよ」
成程、確かに理のある説明だと感じる。
でも、それならどうやって、この場所から教授を連れ出したのだろうか……。
「一瞬で神隠しにでもあったのかな」
「そういうアプローチもするのね」
感心して、私が両儀さんに目を向けると、彼はどこか困ったように笑っていて。
「それ以外に、考えようがないからだよ。
これは推理じゃなくて、思考の放棄だね」
要するにお手上げなんだ、と溜息を吐いた両義さん。
……まぁ、謎が解けずに超常現象のせいにするのは、確かにナンセンスに感じるのだけれど……。
「今回に限っては、間違ってないかもしれないわ」
「本当に?」
純粋に疑問に思っているように、両儀さんは私を見ていた。
だから私は、簡単に、自分でも整理しながら、解説を始めたのだ。
「ここで、教授が突如として消えた。
これは前提条件として、まずは間違っていないものとするわ」
「僕も、それは保証する。
この場で教授が消えたのは、何よりの事実だからね」
両儀さんの肯定に頷きつつ、私は話を進める。
「だけれど、彼は突如として消えてしまった。
何の証拠も、何の痕跡もなしに。
それに、この場所は裏路地ながら人通りが多く、人目につきやすい」
ここまで大丈夫? と両儀さんを見やると、うんと頷いている姿が見られた。
それを確かめて、私は続きを言う。
「故に、ここで考えるべき点は、どうやって教授をこの場から連れ去ったかということ。
そして、それには、特殊な手段を用いているということよ」
私がそう言い切ると、両儀さんはウンウンと唸って、そうして私を見た。
その目には、幾つかの疑問が浮かんでいるようにも感じる。
「どうぞ」
だから私が促すと、両儀さんはできるだけ簡潔に説明を始める。
少し気になったことだけど、と前置きして。
「まず、目立つ方法で教授を連れ出すのは、人目についてまずいって話はしたよね。
もし、本当に神隠しのようなモノにあったとしたら、それってすごく目立つんじゃないかな?」
「そうね、人がいきなり消えたら、それはすごく目立つでしょうね」
もしも人目に入ったら。
その事を考えると、中々にリスキーな方法だと見られる。
しかし、蛇の道は蛇とも言う。
そういうものは、
「でも、それは問題になんてならないわ。
結界、認識阻害、暗示。
魔術には色々な手品があるもの」
「……そっちの方面には疎くてね」
苦い顔で言う両義さん。
だけれど、それは仕方のない事だろう。
元より魔術を知らない人間が、こんなトンチキな方法を思いつくはずなんて無いのだから。
「いいのよ、今は私がいるから。
そうして、何らかの方法で、教授をこの場から連れ出したの」
私がそう言うと、両儀さんは再び困ったような顔を浮かべていた。
彼が何を言いたいのか、私もそれは、何よりも分かるから。
「要するに、魔法を使って教授は連れ去られた。
そして、今の僕達に、彼を追う手掛かりはない」
「……その通りね」
間違っていない。
確かに、教授の姿は、この場で消えた。
だからこれ以上はこの場からは探せないと、それ自体は間違っていない。
……だけれど、
「でも、確かに手掛かりは手に入れたわよ」
「聞かせてくれるかな?」
両義さんが、真摯な顔をして、私を見る。
だから私も答えるように、彼に手掛かりを告げた。
「教授を連れ去ったのは、魔術師かそれに準じるもの。
そして、人一人を連れ去るほどの術を使える人物」
私は両儀さんの顔を見返した。
できるだけ不敵に、少々の笑みを貼り付けて。
「どう? これで特定が楽になったでしょう?」
両儀さんは、感心と呆れを混ぜあわせたような表情をして。
そして最終的に、ひとつ頷いたのだ。
「多分、それで合ってると思う。
僕が考えても、それ以上の答えは見つからないからね」
お墨付きをもらって、自信と安堵が浮かび上がってくるのを感じる。
そして、そんな私を尻目に、両儀さんは呟いた。
「橙子さんに連絡しないと」
呟きだったけれど、私の耳にはしっかり届いて。
不謹慎ながら、ワクワクする気持ちが、湧いてくるのを確かに感じたのだった。
「ど、どうしよう、蓮子ぉ」
目の前には、涙目を浮かべたメリーの姿があった。
何故か? 如何様な理由か?
それは……、
「私達、何をすれば良いの?」
メリーの弱音が、何よりも的確に表現してくれていた。
そう、私達はある意味迷子と言ってよかった。
方向性の見えなくて、何をすれば良いのか分からないという意味で。
「落ち着いてメリー。
軽くでいいから深呼吸をしましょう。
ひぃひぃふー、ひぃひぃふー」
「ひぃひぃふー、ひぃひぃふーっ」
……気分がリラックスできるようにとボケてみたけど、まさか真に受けるとは。
そこはツッコミを入れるところなのよ、メリー。
「うん、ありがとう。
少し落ち着いたかも」
しかし、そう言ってはにかむメリーに、私は何も言えなかった。
むしろ、気まずくて目を逸らしちゃうくらいだ。
「そう、それは良かったわ」
私は、そう小さく返すので精一杯だった。
恐るべきはラマーズ式呼吸法か、それともメリーの勘違いか。
まぁ、落ち着いたのなら、どちらでも構わないのだけれど。
「じゃあ、これからのことを決めましょう」
だから、少し前の空気を吹き飛ばすように、私は明るく提案する。
ツッコミを入れられないボケなんて、無かったも同然なのだ。
「そう、だね。
これからどうしよっか」
メリーが考え始める。
ウンウンと唸りながら、どうしようどうしよう、と。
私も頭を回そうとして、横目でメリーを見ると、ふと、思いついたことがあった。
「ねえ、メリー」
「何? 蓮子」
何か思いついたの? とこっちを見たメリーの目が語っていた。
上目遣いで、私を見るようにして。
「まぁね、聞いてくれる?」
「勿論!」
メリーの元気な声に反応して、私まで気分が明るくなる気がしてくる。
だから、割と気安く、私はメリーに話しを明かした。
「何もね、教授が行方不明なのは、メリーのせいじゃないかもしれないじゃない。
だからそれを確かめに行きましょう?」
「……どうやって?」
きょとんと、メリーが首を傾げる。
一々可愛い、うん、流石はメリーだ。
そんなことを考えつつ、私はメリーに告げた。
「ここ何日か、教授が誰に会ってたのかを調べましょう?
教授、基本は大学の中に篭ってるみたいだし、聞いてまわれば何か分かるよ、きっと」
研究の虫と化していた教授は、自分の研究室から出ることが極端に少なかったそうな。
ならば、教授が大学で誰と会っていたかなんて、簡単に分かってしまうだろうから。
「良い? これで」
私がメリーを見て尋ねると、彼女はうん、と真面目な顔で頷いていて。
「ありがとう蓮子。
早速調べに行きましょう」
”何時も何時もありがとう、蓮子”
そんな言葉が聞こえた気がしたが、恥ずかしいし、わざわざ返す必要を感じなかった。
だから、私は足を進めるのを早める。
早く調べてしまおう、そうしよう。
私達は大学内を聞いて回った。
教授の研究室近辺から、教授のゼミ生を捕まえたりして。
そうして、私達が調べた結果として分かったこと。
まず、それを整頓しよう。
「1、教授はごくごく普段通りに過ごしていたこと」
特に変わったところは無かったそうな。
強いて言えば、元から変人じみたところがあったくらい。
「2、特に誰かが会いに来たということも、無かったということ」
来客は、特には見られなかったそうな。
受付の人に無理やり聞き出しても、やはり誰とも会ってなどいないということ。
「3、特にトラブルなんて、無かったということ」
誰かと口論していた、みたいな分かりやすいことは無かったらしい。
その他の事も、特に問題なんて見当たらない。
以上の点から見受けられること、それは……。
「完全に手詰まりね」
困ったことに(と言うと語弊があるけれど)、本当につつがなく教授は過ごしていたらしい。
そして、そんな彼に何時もと違うことがあったとすれば……。
「やっぱり、私が原因みたいね」
複雑な表情で、メリーがそう呟いていた。
私も、それを否定できなくなっていた。
教授は、私達と話を設けた以外は、本当に何時も通りだったみたいだから。
「以前から、何かあったのかもしれないわ」
「そうかもしれないわ。
でも、それを言うならわざわざ大学内を調べた意味が無くなっちゃうわ」
とっさに励ましの言葉を送るが、ものの見事に失敗する。
グッと言葉に詰まってしまったのだから、失敗したと言っても過言ではないだろう。
「どうしよっか、蓮子」
どこか疲れた顔で、メリーはそんなことを言う。
困ったな、困ったな、というのが、直に伝わってくるのだ。
――これは……今日はもう無理そうね。
と、そんな判断を私は下して。
「今日は帰りましょう、メリー」
「蓮子?」
「明日は明日の風が吹くの。
今日の風向きが悪いなら、黙ってやり過ごせばいいの」
私が言い切ると、ほんの少しだけだけれど、メリーは笑ってくれて。
「如何にも、蓮子って感じがするわ」
「お褒めいただき恐悦至極ってね」
わざと大仰に言うと、メリーはクスクスと声を漏らす。
……良かった、ちょっとだけれど、元気が出たみたい。
「分かったわ、今日のところは帰りましょう」
「続きはまた明日」
うん、と頷き合って、私達は帰路につく。
これはさて、これからどうなるのだろう。
見えない迷路に居る気がして、どこか居心地の悪さを、私は覚えた。
「蒼崎橙子、今はどこにいるか分かる?」
「何故か携帯に繋がらない。
困ったね、本当に」
どうしたものか、と考えこんでいる両儀さん。
尾っぽをつかもうとすると、スルリと抜けられる辺り、封印指定の魔術師らしいと思ってしまう。
私が勝手に思っているだけなのだけれど。
「一旦、大学に戻りましょう。
最悪、メモの一つや言伝を残せば良いし」
だから私は、姿の見えない魔術師に、ベターな選択を選ぶ。
行き違いになるのも馬鹿らしいし、何より必ずメッセージは伝わるであろうから。
「うん、確かにそれが確実だね」
両儀さんの賛同も得たことなので、早速大学への道を戻ることにする。
その道中で、少しばかりのお話も交えながら。
「蒼崎橙子、彼女が新しく作った人形とか、何かあるの?」
「あるけど、全部競売用のやつばかりだね」
会話の内容は、ちょっとした世間話。
趣味が幾分にも含まれているのは、確かに否定が出来ない。
でも、共通の話題であるのだし、そちらの方が会話は広がるというものだ。
「売りに出すのね……幾らなのかしら」
もし手が届きそうならば、買ってみるのも手であるだろう。
勿論、生半可な値段であることは間違いないのだが。
「場合によっては数百万だね。
でも時々、数千万の値が付くこともあったね」
「数、百万」
それで手が届くなら、と思ってしまう。
それだけ、彼女の人形は精工で魅せられる。
つい、頭の中で計算を始めてしまう。
私の財産と、彼女の人形の価値を吊り合わせて。
「……橙子さんにしろ、マーガトロイドさんにしろ、自分の分野には眼の色が変わるね」
どこか呆れたふうに、両儀さんが評しているのが聞こえる。
しかし、それこそ私達からすれば愚問である。
「魔術師というのはね、究極的な趣味人でもあるの。
だから、自分の目指す分野や、何か手助けになりそうなものには存分に投資するものよ」
普段は豪遊するつもりなど無い私も、これは、と言うものには思わず散財してしまう。
魔術的なものなど、多少はコストが掛かっても、つい手を伸ばしてしまうのだ。
一応、相応の資産を私は有しているから。
「それで何度、橙子さんに困らせられたか」
嘆いている両義さんに、あぁ、それで、と彼の境遇が理解できた。
要するに、蒼崎橙子は欲しい物を手に入れたあと、彼の給料を支払う能力を損失していたのだろう。
両義さんにとって、それは悪夢に違いない。
蒼崎橙子の気持ちも、魔術師的な視点から見れば理解できるが、それでも筋は通すべきだと、そう思ってしまう。
やっぱり、繊細な手付きとは違って、現金管理の方は、大きくアバウトにすぎるようだ。
「就職先、今度からは選ぶことね」
「そこに魅力を感じたらね」
……存外、この人は自由人なのかもしれない。
真面目一徹、なだけではないらしい。
「それより、君が作る人形はどんなモノなのかな」
人形の話をしていたからか、私にも尋ねてくる両儀さん。
私も興が乗っていたので、喜んで話すことにする。
というか、聞かれると、存外に嬉しいものがある。
「私の人形は、基本は女の子が持っているお人形さんの形ね」
「この前、末那に見せてくれたものだね」
「そう、アレが私の人形よ」
人形、お人形さん。
ドールショップなどに赴くと、よく目にできる子たち。
とっても可愛く、私が大好きなモノ。
「私のは、ただのお人形さんじゃなくて、マリオネット用にチューニングしているけれど」
無論、それだけでなく、魔術的なギミックも幾つか仕込んでいる。
例えば、私の魔力で編まれた糸に反応して、思うがままに動くようにしていたり。
攻撃、防御、回避などの簡易プログラムを仕込んでいたり。
魔力を人形に浸透させることで、感覚を一体にすることも出来たり。
けど、両儀さんに原理を説いても、その半分も理解できないだろうから、特に言うことなんて無いけれど。
「そのまま、少し弄れば人形劇にも使えるわ」
私は”糸”を使えるから、本来は使わなくても済む。
けど、一般人に見せる時には、やはり普通の糸を使うから、必要なギミックなのだけれど。
「色々と出来るようにしてるんだね」
関心したような両儀さんの声。
だから調子に乗って、私はバッグから上海を取り出す。
両儀さん以外は誰も見ていないから、糸を使って手を振らせてみる。
……可愛い。
「本当に良く出来てるよ。
ちょっと貸してもらっても良いかな?」
「どうぞ、落とさないでね」
両儀さんに上海を手渡す。
フンフンと言いながら、両儀さんは上海の関節を動かしたり、感触を確かめたりしていた。
そうして、彼が上海の髪に触った時、ピタリと動きを止めた。
……触れば、分かるものなのね。
両儀さんが何故動きを止めたか、私は分かってしまう。
恐らくは、十中八九質問されることも。
「マーガトロイドさん」
「何かしら?」
ほら、やっぱり。
それだけびっくりしたってことだろうけれど。
「この髪って……本物?」
「えぇ、本物よ」
びっくりしたように、上海を見つめる両儀さん。
でも、魔術師の女の髪には、魔力が宿るものだから。
私が人形という触媒を利用するのに、これ以上ない程のモノなのだ。
私が自作した人形は、大抵が私の髪が使用されている。
私の髪型がショートボブにしてあるのには、そういう理由もあるのだ。
今も遠坂の家には、私の切った髪が、保管されている。
「君も魔術師だって、すごくわかったよ」
「分かりやすさで言えば、確かにダントツではあるわね」
納得したように首肯している両儀さんに、私は肯定をする。
女の髪を魔術に使う、まるで物語に登場する魔女のようでもあるから。
「でも、君が人形を大切にしている理由、わかった気がするよ」
「あら、何かしら?」
どこかストンと落ちたように、両儀さんが頷いていたので、彼がどう読み取ったのかに、耳を傾ける。
もしかしたら、何か面白い意見を聞けるかもしれないから。
「君にとって人形は、自分の一部なんじゃないかな?」
「へぇ」
人形が私の一部。
言われてみれば、そうかもしれないと思う自分が居ている。
あながち、間違っていないようにも感じるから。
「自分の一部を人形に使用している。
それはとっても重たいことだと思うよ。
それだけ、思い入れがあるということだからね」
両儀さんは、一つ一つをゆったりとした口調で言う。
上海を触る手付きも、心なしかさっきよりも丁寧に感じて。
故に、胸に留めるに値する言葉だと、そう思った。
「思い入れがあるのは確かね」
両儀さんの手から、上海を受け取る。
そうして上海の髪を、大事に、大事に撫でる。
確かに、この子達は私にとって、とても大切なモノだから。
特に上海と蓬莱への思い入れは、とても大きなものがあるから。
「確かに、私と人形は繋がっているわね」
だから、私は認めていた。
私と人形、もう切っても切り離せないほど深くに交わっているから。
「君は君、人形は人形。
考えることまで、人形にならなくても良いと思うけど」
「そうね、確かに別々で居るべきでしょうね」
私は人形を自律させようとしている。
人形と重なり合うことは望んではいない。
だけれど、それでも――私は思う。
「だけど、重なり合わなくても繋がることは出来るの。
通じ合えるって、そう思うわ。
だから私は、この子達と一緒に居るのよ」
言い切ると、両儀さんはどこか優しく微笑んでいて。
そうしたら急に、恥ずかしさが沸き上がってきた。
「君は、人形がすごく好きなんだね」
「愛してると言っても過言ではないわ」
でも、私は両儀さんの言葉に、臆面もなく言い返す。
事実をただ正しく、思うがままに。
気持ちを込めて、両手を胸に合わせて。
「成程、君の人形への執着は、橙子さんを超えている」
「光栄なことね」
参った、と両儀さんは肩をすくめていた。
そして私は、それにどこかフッと笑みを浮かべて、どこか誇らしくもある気持ちだった。
「大学、見えたよ」
両儀さんの言葉に従って顔を上げると、そこはもう大学。
何時の間にか戻っていたようだ。
「さ、行くよ」
「了解しているわ」
彼の言葉に従って、その背中に着いて行く。
――答えはもうすぐ、見つかりかけてて。
「メリー、気分はどう?」
「悪くはないわ、蓮子」
翌日、私達はまた大学に来ていた。
時間帯は昼、午前に出られなかったのは、お泊りの準備をしていたから。
今度こそ、何か手掛かりを見つけようとして、気合を入れてきてるのだ。
教授の行方、そして居なくなった理由。
今日こそ、それを見つけてみせる!
そんな意気込みであった。
「今日は何か見つかると思う?」
「わからないわ」
先のことは見えない。
これからどうなるのか、そんなことは分からない。
でも、きっと見つかると、心で信じているから。
だから私達はここに来たんだと、そう思っている。
「メリー」
「今から蒼崎さんに会いに行くわ」
どうするか聞こうと思った所で、的確に答えを渡してくれるメリー。
うん、ちゃんとしっかりしている。
これなら今日は大丈夫だと、心で理解できた。
「じゃ、まずは受付に」
「そうね、行きましょう」
そしてそこに向かって、そこで見たものは……。
「じゃあ、蒼崎さんには、よく伝えてください」
「はい、承りました」
そこには男の人と、綺麗な金髪の女の子が一人、立っていた。
メリーを見慣れていても、現実離れしている光景に見える彼女。
でも、今はそこが問題ではない。
確か男の人、さっき何て――。
「蒼崎さん?」
メリーも一緒の事を思ったようで、同じような言葉を漏らしていた。
そうして、ピクリと反応したのは、金髪の女の子の方。
びっくりするほどの早さで、私達の方を向いて。
そして……、
「いま、蒼崎って言ったの?」
真剣な顔で、そんな問いかけをしてきたのだった。
『小噺 コペンハーゲン物語 挙動不審なあかいあくま 泰然自若な桜』
「ねぇ、衛宮君」
俺の目の前には、フフッと優雅に笑みを零している穂群原学園のマドンナ、遠坂凛の姿があった。
バイト中で、同じ厨房に立っている俺達。
その姿は、見る人を魅了する魅力があったが、目の前で見ていると、何故か遠坂がキレていることが、如実に伝わってくるのだ。
「あれ、何?」
指は指さず、視線だけを寄越す彼女。
その先には……桜が居た。
「桜、だけ、ど」
声に出すと、段々と遠坂の笑みが深まっていって。
段々と危険が増しているのが理解できて、冷や汗が止まらなくなる。
「へぇ、嫁を職場に連れてくるなんて、良いご身分ね」
「えっ、いや、そんなんじゃ……」
怖い、果てしなく目の前の遠坂が恐ろしい。
しかし、どうして遠坂がキレているのか、全く見当がつかない。
……特にヤラカシタ覚えもないし、桜だってそんな迂闊なことはしないだろう。
では何故?
……もしかして、僻んでいるとか?
――直後、遠坂が無言で壁に俺を押し付ける。
凄い笑顔で、しかし何よりも恐ろしい顔が、直ぐ傍に存在していた。
普段だったら、ドキドキするのだろうが、今はとてもそんな気分にはなれない。
「何か失礼なことを考えなかった?」
「イエ、ゼンゼンソンナコトハナイデス」
妙な直感も持ち合わせているらしい。
威圧感がさっきよりも増しているように感じる。
「な、何を怒ってるんだよ、遠坂」
「分からない?
えぇ、分からないでしょうね!」
「えぇ!?」
顔が引きつるのを自覚する。
自己完結してしまっていて、聞く耳を持っていなさそうな遠坂。
これは、問答無用で断罪されそうな勢いである。
「ま、待てって。
桜の事で何かを怒ってるのか?」
俺が慌ててそう訊くと、遠坂はピタリ、と動きを止めた。
そして、俺のことをじぃっと見ていた。
「これから質問するわ。
正直に答えなさい。
嘘を言えば、ころ……転ばすわよ」
「今何て言おうとしたんだ!?」
ころ、ころ……殺す?
背筋がスぅッと、冷たくなって行くのを感じる。
やばい、そう本能と脳味噌の両方が訴えてきている。
「何でもないわ、な・ん・で・も・ねっ!」
「ハイワカリマシタ」
ここはおとなしく遠坂の言う事を聞くのが吉。
そう考えて、大人しく遠坂の言葉の続きを待つ。
すると遠坂が、軽く息を吐いてから要件を語り始めた。
「……あの娘、桜の事よ」
「桜がどうかしたのか?」
俺が疑問を訊ねると、遠坂は思案顔になり、そして溜息を吐いてから話し始めた。
「毎日来てるわ」
「そうだな」
こともなさげに肯定すると、何故だか睨まれた。
何故、と首を傾げていると、遠坂は俺を睨みながらも話を続ける。
「えっと、その、何て言うかな」
妙に言い淀んでいる遠坂。
何かを言いにくげに、しかし何かを言いたげに。
……だから、大よその想像を働かして、遠坂に問いかけたのだ。
「桜……もしかして邪魔か?」
「そうじゃないわっ!
そうじゃないけど――あーっ、もうっ!」
唐突に、噴火する。
何時もしているツインテールを揺れ動かしながら、遠坂が吼える。
「もうっ、衛宮君!
桜から何か聞いてないの!?」
「何かって、何を?」
意味が分からずに、オウム返しに聞くと、うぅ、と呻きながら遠坂は沈黙してしまった。
何だろう、と考えてみるが、全く分からない。
精々、会話の前後から分かることは、桜と遠坂の間には何かあると言う事だ。
「何か、あるのか?」
お前と桜の間に、とは声にしなくても遠坂には伝わっていたらしい。
考えるように顔をしかめて、そうして一言、こんな事を言った。
「桜に聞いて。
あの子が話したら、それを信じてあげて。
……それだけ」
遠坂はそれだけ言い終えると、そそくさと表に出て行ってしまった。
……残されたのは、結局謎だけ。
「一体何があるんだろう」
「ま、何があってもさ」
「っへ?」
唐突にした声。
振り向くとそこにはネコさんの姿。
彼女はにんまりと笑っていて。
「エミやんと凛ちゃん、近かったねぇ」
にまにましながら、ネコさんが俺に言う。
だから俺は、毎度の如く、訂正するのだ。
「やましい事なんて、全く無いです」
「そうだといいけどねぇ」
あはは、と笑いながら、軽やかにこの場を去っていくネコさん。
はぁ、と思わず溜息をついてしまったのは、仕方の無い事だと、俺はそう思う。
「まさか、エミやんが凛ちゃんに壁ドンされてるのが見られるにゃんてなぁ」
去り際に、そんなネコさんの声が、どこからか聞こえて。
びっくりしたように桜が、俺を見たのだ。
「ち、違うからな?」
「はい、分かってますよ、先輩」
慌てて彼女に言い訳すると、桜は優しく微笑んで。
そうして、小さな声で呟いたのだ。
「そう言う所、やっぱり不器用ですよね」
何の事か、はっきりとは分からなかったが、桜が遠坂のことを言ってるのだけは、理解できた。
そうして遠坂を見やると、小さく、舌を出したのが見えた。
俺か、桜か、それとも両方なのか。
「ふふ、ちょっと子供っぽいですね」
「だな」
桜が楽しげにそう言って、俺はそれを肯定する。
だって、今の遠坂は、何て言うかとってもムキになっているように見えるから。
「うん、何だか懐かしいです」
桜の横顔が、何かを思いだしているようで。
俺は、どこかその横顔に魅入られていたのだった。