冬木の街の人形師   作:ペンギン3

25 / 58
 fateアニメ、ついに終わってしまいました(悲しみ)。
 でも、最後のロンドン編はすごくワクワクしましたね!
 誰かロンドン編の二次創作を書きましょう!(満面の笑み)。


第21話 カケラは確かに集まって

「いま、蒼崎って言ったの?」

 

 思わず、私はこちらを見ていた女の子たちに、話しかけていた。

 蒼崎、それは私たちが今、求めている人物であるから。

 

「え、えぇ、そうだけど」

 

 私が問いただすと、目の前の女の子はビックリしたように私を見ていた。

 目を丸くしている、茶髪の活発そうな女の子。

 それから、欧州人であろう金髪のおとなしそうな子。

 その二人が、まじまじと、どこか不安と期待を混ぜあわせて、私の前に立っているのだ。

 そんな目の前の二人に、私は話しかける。

 私も、1割くらいの期待を持って。

 

「私達、蒼崎に用事があるの。

 どこにいるか知らない?」

 

「……私達も蒼崎さんに会いに来たところなんだけど。

 今、居ないの?」

 

「そう、ありがとう」

 

 結果は、大方予測通り。

 僅かながらに残念に思っても、それ以上の事は無い。

 そうそう上手くは事態は進まないようだ。

 

「ねぇ、君達。

 君達は橙子さん、蒼崎さんから何か聞いてないかな?」

 

 私が蒼崎橙子の行方に思いを馳せていると、次に両儀さんが彼女達に質問をする。

 確かに、この時期に蒼崎に会いに来ているのは、何らかの繋がりがあっても不思議ではない。

 私も彼女達に視線を向けると、茶髪の子の方が私達へと答える。

 

「いえ、私達は蒼崎さんに相談に来た側ですから」

 

「相談?」

 

「えぇ、相談です」

 

 何やら、茶髪の子が探るような目をしている。

 私達が探るように、彼女も私達を探っている。

 それが分かるくらい、彼女の視線は露骨であった。

 

 故に、怪しく感じる。

 彼女たちは、何かを知ってるかも知れないから。

 私達が知らない事象を、足りないピースを持っている気がする。

 そして、そう思ったのは私だけじゃ無かったようで……。

 

「あ、あの、すみませんっ」

 

 金髪のおとなしそうな子が、いきなり大声を上げた。

 茶髪の子ばかりが話していたから、そっちに意識がいっていたけれど。

 それでも、この瞬間は大声を上げた彼女に視線を集中させてしまう。

 

「わ、私達も知りたいことがあるんですっ。

 もし貴方達が知っていることがあるなら、そのっ」

 

 緊張しているように見受けられる。

 それだけ、彼女は勇気を出しているということなのだろう。

 その金髪の彼女が、緊張気味に、こう言った。

 

「じょ、情報交換、しませんか?」

 

 震える声での、提案であった。

 焦りと、期待と、その他にも色々な気持ちが垣間見える彼女の声。

 きっと、精一杯に頑張っているのだと、伝わってくる。

 

「良いよ、僕等も渡りに船だし」

 

 両儀さんが、だよね、と視線を寄越してくる。

 それに、私は特に反対もなく頷く。

 だって、今は何よりもピースがほしいから。

 解けない事象を、解決したいと欲が出てきているから。

 

「なら落ち着けるところに行きましょう」

 

 重要な事だから。

 わざわざ立ち話ですることでもないから。

 それに、緊張もほぐしてあげたいから。

 だから、私はそういった。

 

「分かったわ、行きましょうか」

 

 あっさりと提案を飲んだのは、茶髪の子。

 そして私にこっそりと、こう囁いた。

 

「ありがと、助かるわ」

 

 少し、以外に思ってしまう。

 さっきの視線で、猪突な人だと思っていたから。

 でも、意外と目端は効くようだ。

 私の意図も読んだのだろう。

 

「どういたしまして」

 

 だからその感謝は、茶髪の子の認識と共に、しっかりと受け取ることにした。

 今回の情報を聞くにあたって、そういう印象は重要であるから。

 あまり悪感情を抱かれると、聞けることも聞けなくなりそうだったから。

 さて、まずは喫茶店を探さないと。

 

 ……でも、この子達は一体何を蒼崎に相談していたというのか。

 それがひどく気になっていた。

 きっと何らかの関係はあるのだから。

 今回の、私達が追っている事件と……。

 

 

 

「さて、それでだけど」

 

 店に入った私達。

 適当に飲み物の注文をとって、その間に私達は話を始める。

 まずは、彼女達が名前を名乗った。

 それが、打ち解けるための様式といったように。

 

「私は宇佐見蓮子。

 こっちはマエリベリー・ハーン。

 今回は蒼崎さんに、とあることで相談に来ていたの」

 

 自分の名前が紹介されると同時に、頭を下げるハーンさん。

 それに合わせる様にして、宇佐見さんも小さく会釈した。

 頭を下げる二人を確認して、私達も名前を名乗る。

 

「アリス・マーガトロイドよ」

 

「両儀幹也だよ」

 

 よろしく、とは両儀さんの言葉。

 それに便乗するように、私は話を進めていく。

 

「早速なのだけれど、貴女達は蒼崎に何か用があったの?」

 

「えぇ、本当は教授に紹介してもらったんだけれど……」

 

 濁すように、言葉を切らしていく宇佐美さん。

 教授という言葉が出てきて、段々と後ろ切れになっていった声。

 ……だから、まさか、と私は思わざるを得なかった。

 

「行方不明になった、あの?」

 

「知ってるの!?」

 

 驚いたように、宇佐見さんは顔を上げた。

 それに私は頷きつつ、更に彼女達に質問を重ねる。

 

「要件は何?

 蒼崎にどんな用事があったの?」

 

「それは……」

 

 少し言い淀む宇佐見さん。

 何か、話しづらい内容なのか。

 それでも、聞かないと話は進まないのだけれど。

 そう考えていると、宇佐見さんの横合いから、声が聞こえた。

 

「蓮子、これからは私が話すわ」

 

「良いの?

 メリーは大丈夫なの?」

 

「蒼崎さんの知り合いなら、きっと大丈夫だよ」

 

 柔らかに微笑んで、彼女、ハーンさんへと語り手が交代された。

 ぺこりと頭を下げてから話を始めようとしている辺り、すごく生真面目な子の様に感じる。

 

「それでは失礼して、ここからは私が話します」

 

「うん、よろしく頼むよ」

 

 彼女が毅然と言ってみせると、両儀さんが気安げに返事をする。

 そうすると、心なしか力んでいたハーンさんの力が少し抜けたように見えた。

 流石は年の功と言ったところであろうか。 

 ハーンさんは落ち着いて、ゆっくりと話し始めた。

 

「私達が蒼崎さんに会った理由。

 それは私のある能力に関してのことでした」

 

「能力?」

 

 思わず、オウム返しのように聞いてしまう。

 だけれど、それだけに気になる言葉だったから。

 

「そうです、結界が見える程度の能力、です」

 

 そうして、彼女が語った内容は中々に興味深いものであった。

 自分の能力、境遇、よく見る夢など。

 

「不思議な夢に、記憶喪失。

 そして能力、ね」

 

「はい、それらの、自分のことを知るために、蒼崎さんに会ったんです」

 

 ハーンさんの疑問は、確かに気になるものであったのだろう。

 バラバラの事象に、何かを見つけてられそうな不思議さに彩られたもの。

 思わず、その中のピースで物事を考えようとしてしまう。

 

「それで、何かわかったの?」

 

 それが気になって、だから聞いてしまう。

 急に出てきた疑問だけれど、好奇心の虫が疼くのが分かってしまうから。

 

「仮説だけ、ですけれど。

 教授や蒼崎さんが立ててくれたものならあります」

 

「成程」

 

 それは心強いものがある。

 そういう方面に強い人と、腰までどっぷりと浸かった人に聞けば、それなりの回答が得られるであろうから。

 

「それで?」

 

 結果は? と促すと、ハーンさんは続きを語り始めた。

 

「その翌日に、教授が行方不明になったんです……」

 

「あぁ」

 

 望んでいた答えではないけれど、それでも何かが繋がった。

 私達と、彼女達の間で。

 まるで赤い糸が張り巡らされているかのように。

 

「嫌な糸だこと」

 

「え、何ですか?」

 

「何でもないわよ」

 

 思わず零した独り言を切り捨てつつ、私は思索を続ける。

 両儀さんに依頼が来たのは、その教授が行方不明になったから。

 故にそこに彼女達とこちら側とで、関係性が成立している。

 ならば、その切っ掛けになった教授のことについて、もう少し聞くべきであろう。

 

「教授に、何か変わったことはあったかな?」

 

 そして両儀さんも同じ考えだったようで。

 彼女達に、的確な疑問を投げかけたのだ。

 

「えっと、確か蒼崎さんの電話に、面白いことが分かるかもって一報が入れられてました」

 

「面白いこと……」

 

 何か、と両儀さんは考えているようだが、すぐに顔を上げた。

 分かったのだろう、話の流れ的に、答えは一つしかないのだから。

 

「貴方達のことで、何か見つけたのかもしれないわね」

 

「えぇ、恐らくは」

 

 ハーンさんは私に返答をして、そうして悩むように下を向いてしまった。

 それに頭をかしげていると、代わりに宇佐見さんが私達に告げたのだ。

 

「メリーは兎だから、すごくナイーブなのよ」

 

 ……あぁ、そういうことなのね。

 確かに、ハーンさんの様な真面目な人なら、気にしない方がおかしい。

 教授、彼女達のことを調べていて、消えてしまったのだから。

 

「それは」

 

 何かを私は言いかけるが、言葉に詰まってしまう。

 特段彼女が悪いわけではないと告げようとしたが、それで納得できるなら悩んでいないはずだから。

 

「君のせいじゃないよ」

 

 だから、私の代わりに大人の彼(両儀さん)が、彼女に言葉を掛けてくれた。

 それは私が告げるよりも、余程説得力があって。

 人生の軌跡を感じさせられる一言であった。

 

「で、でも、きっかけは私、ですから」

 

「聞いて欲しい、ハーンさん」

 

 これは私が、と続ける彼女に、両儀さんは穏やかな口調で語りかける。

 緩やかに、彼女の心の隙間に風を送るが如く。

 

「人生なんてものは何が起こるか分からないモノなんだ。

 いきなり事故に遭うかもしれないし、ナイフを持って追いかけられることもあるかもしれない」

 

 しっかりとした口調で、されど聞き入らせるように。

 両儀さんの語り口は、しっかりとこの場にいる全員に届いて。

 

「それは自分に起こることも、他人に起こることもある訳なんだ。

 だから、そうなった時にするべきことはね」

 

 皆、真剣に聞いている。

 それだけの魔力を、今の両儀さんは持っていた。

 

「腐らずに、まずは自分ができることをする。

 そして転機が訪れたら、その時の話を誰かにしてみれば良いよ。

 それが、僕の経験則かな」

 

 するりと、どこにでもあるような正論な言葉が、胸に滑り込んでくる。

 納得をもたらす様な、実感を伴った話だからか。

 それも、それが今すべき最善の事だから。

 だから、私は深い納得を得ることができた。

 

「だから、さ」

 

 そして、最後の念押しのように、両儀さんはハーンさんに告げていた。

 

「教授を見つけて、それから話を聞くことにしようか」

 

「……はい」

 

 決定打であった。

 異論の余地を挟むこともできないくらいに。

 それも、正論であるのにイヤミがなくて。

 ハーンさんは、しっかりと両儀さんを見ていた。

 頑張る、と目に言葉が宿っているがように。

 

「ありがとうございます」

 

 頭を下げたのは、宇佐見さん。

 私はまじまじとその頭を眺めていたが、両儀さんがそれを止めさせる。

 

「お礼を言って貰えることなんてしてないよ。

 普通のことを言っただけだからね」

 

「それでも、ありがとうございました」

 

 繰り返した宇佐見さんに、びっくりしていたハーンさんも彼女に続いた。

 

「私からも、ありがとうございました」

 

 二人の女の子に頭を下げられて、両儀さんはどこか居心地悪そうにしていて。

 そうして困ったかの様に、視線を彷徨わせている。

 困惑の中で中で、私に目を向けてきた両儀さん。

 そんな彼に、私は少し笑ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

「ふむ、成程」

 

 ある場所に、女は佇んでいた。

 どこか薄暗く、視界が悪い場所。

 トンネルの中、先へと進むと不思議な場所へと誘われそうな空間。

 

「教授め、中々に面白いものを用意していたものだ」

 

 女、蒼崎橙子は、独りごちながら手元の資料を捲り上げる。

 それは、失踪した教授が残していた資料。

 暗がりの中で、しかし彼女の目には然りと内容が入ってくる。

 その内容、中々に興味深いものがあった。

 単なる内容だけではなく、魔術師としての感性としても、だ。

 

「前世、ね。

 魔術には憑依降霊術が存在しているが、これは類似しているといっても良いものか、ふむ」

 

 裸眼で、彼女は資料を読みふける。

 誰もいない、誰も通らないトンネルの中で。

 静かに、黙々と。

 

「前世の記憶。

 アラヤから欠片が溢れているのか、それともどこかに存在する事象が引き起こす幻覚か。

 何にしろ、何らかの介入が起こっているのは違いないが」

 

 口に出して、自ら内容を整理していく。

 教授が残した資料を片手に、そこから読み解けていくものを少しづつ。

 

「マエリベリー・ハーンは何故、記憶を失っていたのか。

 そもそも、彼女はどこから来たのか」

 

 自問自答に近い投げかけ。

 そして答えを返してくれるのは、やはり自分だけであった。

 

「本当に、ハーンは記憶を失っていたのか。

 まさか、妖精にでも化かされているのでは有るまいな。

 ……いや、イギリスでもあるまいし、それは無い」

 

 彼女の脳内は計算機として稼働し、思考の渦が発生していた。

 知識を動員して、何かを探るように考え込んでいる。

 よもや、と更に変わったことすら考えていた。

 

 ――そんな彼女に、後ろから手が伸ばされる。

 

 それは手袋に包まれた、されど品のある手でもあった。

 その手は彼女、蒼崎橙子に触れようとして……。

 しかし、直ぐに何処かへと消えていった。

 何故か、それは如何にも簡単な理由。

 

 ――伸ばされていた手に、ナイフが飛翔していたからだ。

 

 カンッ、と強い音を出して、ナイフはトンネルの壁に弾かれた。

 対象は見えず、空振ったから当然のことでもある。

 

「外したか、式」

 

 顔を上げずに、橙子は言う。

 それに対しての返答は、どこか苛立たしげなものであった。

 

「お前の結界はどうなっている、橙子」

 

「どうやらすり抜けられたようだな」

 

 ピクリとも反応せん。

 その言葉に、更にナイフを投擲した人物、両儀式は苛立ちが増して行くように感じていた。

 

「使えない」

 

 ここのトンネルには現在、人払いの術に加えて、対象が現れたら作動し相手を閉じ込める自立式の監獄のような術式が蠢いている。

 その他にも、nauthiz(ナウシズ)isa(イサ)のルーンまで刻まれていて、それが一種の重力を発生させている。

 それにも拘らず、何事も無かったかのようにあの手は直ぐに引かれて、橙子が仕込んだ網にも引っ掛からなかったのだ。

 

「そう言ってくれるな。

 分かったことも、あるのだからな」

 

「何だ?」

 

 式の問いかけに、彼女は簡素に返答をした。

 

「少なくとも奴、教授を連れ去った人物には、結界が効かないと言う事さ」

 

「私には関係がない話だ」

 

 式が背を翻したのを確認して、橙子もこの場から離れる。

 近くに止めてある自動車へと式と共に乗り、そうして運転を再開する。

 今回の実験で分かった事と、予測を立てながら彼女は戻る。

 現在身を寄せている大学へと。

 情報が組み上がっていくのを、確かに感じながら。

 

 

 

 

 

「私達については、こんなものよ」

 

「そうだったんですね。

 教授が居なくなってから、か」

 

 彼女達から情報を話して貰って、次に私達の事を話した。

 行方不明の教授の足取りを追うことになったこと。

 そして、その足取りは途中で絶えてしまったことなどをだ。

 

「マーガトロイドさん」

 

 そんな中で、私の隣から非難混じりの声が届く。

 振り向くと、真剣な顔をした両儀さんの姿。

 何か? と考えていると、両儀さんは耳打ちで己が内を伝えてくる。

 

「魔術師がどうこうという事、伝えなくて良いのかい?」

 

 あぁ、そういう事か。

 確かに、ハーンさんが私に能力を余さず伝えてくれたのに対して、アンフェアではあるだろう。

 ……しかし、だ。

 

「そう簡単にばらせるものなら、私だって苦労はしないわ」

 

 魔術は、人に知られる事に神秘を失っていく。

 色あせて、俗に堕ちて、そして科学に取って代わられる。

 古びた幼少期の玩具のように、いとも簡単にそうなってしまうのだ。

 

「そういう物なのかな?」

 

「そんなものよ」

 

 私も真剣に返答すると、ため息と共に両儀さんは良いよ、と答えた。

 少々の罪悪感は存在するのではあるが、それでもそれが魔術師のルールであるのだ。

 ……だから、彼女達への説明は、一部をぼかしたものになってしまう。

 

「恐らく、今回の実行犯は教授を何の痕跡もなく拐える人物。

 きっとハーンさんの様に、何か能力を持っている人間の犯行と考えれば良いと思うわ」

 

「メリーのような能力……」

 

 宇佐見さんが、ぼそりと呟いたのが聞こえる。

 それは驚きか、それとも迷いから漏れたものか。

 悩むようにして考え始める宇佐見さん。

 そして、それには気付かないように、ハーンさんがどこかおっかなびっくりに訊いてきた。

 

「それってどんな能力ですか?」

 

 どんな能力、ときたか。

 中々に難しい質問でもある。

 何せ、私にも分かっていないのだから。

 ……だけれど、一応の推測程度ならば可能だ。

 

「恐らくだけれど、何の跡もなく教授を連れ去ったのだから、そういう系統の能力になるわね」

 

「そういう系統?」

 

 ハーンさんが首を傾げている。

 それに応えるが如く、私の返事をする。

 

「そうね、ピンキリだけれど、気配を消す程度の能力とか、目立たなくなる程度の能力とか」

 

 そういう目立たない系統の能力なのであろう。

 移動系統の能力ならば、素早くは動けても目立つことこの上ないであろうから。

 

「それとも、瞬間移動ができるか、だね」

 

 補足説明するように、両儀さんがサラリとそんなことを言った。

 目が点になる……が、言われてみれば、そんなことも有り得るのか。

 説明はつく、があまりに高度すぎるから除外していた考え。

 しかし、ハーンさんの様に、確かな能力者も居るならば、話は変わってくる。

 ……可能性的にあり得る、という風になるのだから。

 

「それはどうしようもないじゃないですか」

 

「そうだね、困ったことにね」

 

 宇佐見さんがいつの間にか顔を上げていて、そうして拗ねた風にそんなことを言う。

 確かに、それだと何時までも解決できない事になってしまうから。

 それでは困る、と宇佐見さんが考えるのは当然の事であろう。

 

「だから、そういう時は、専門家に頼むのが一番だね」

 

「それって誰のことですか?」

 

「橙子さん」

 

「あぁ、そういうの専門らしいですからね」

 

 両儀さんと宇佐見さんの会話。

 何にしろ、今は蒼崎橙子を待っているこの状況。

 動かすとなれば、彼女が動かすことになるのか。

 ――それとも、私達が自力で動かして見せるのか。

 さて、はて、確実なのは蒼崎橙子を待っていることなのだけれど……。

 

「両儀さん、蒼崎橙子とは、まだ連絡が取れないのかしら?」

 

「ちょっと待って」

 

 両儀さんは携帯を弄る。

 何をしているかはわからないが、ボタンをポチポチと。

 そうして、携帯の着信音が鳴り響き始める。

 僅かな緊張感が、着信音が鳴り響く間には存在していた。

 そうして、暫く携帯に耳を当てていた両儀さんは、ダメだという風に首を振った。

 

「繋がらない、圏外だってさ」

 

「何をしているのかしら」

 

 調べ物をしているのか、今回の事件のことについて。

 それは有り難くもあるけれど、それでもこのままでは落ち着かない。

 いつ彼女がこちらに戻ってくるのか、とんと検討がつかないのも落ち着かない要因となっている。

 

 

「私達、どうしようか」

 

「どうするって?」

 

 宇佐美さんとハーンさん、二人は所在なさげに会話を始めていた。

 彼女達も、私と同じ気持ちであるのであろう。

 

「蒼崎さんを待ってる?

 それともまた、何かを探し始める?」

 

「そう、ね。

 どうしようか、蓮子」

 

 むぅ、と唸りながらハーンさんは考え事をはじめる。

 それを、どこか和ましげに宇佐見さんが眺めていた。

 仲の良いこと、大変結構ではあるけれど。

 

「ねぇ、両儀さん」

 

 そんな中で、私は気になったことを彼に訊く。

 

「何だい」

 

「今回、存外きな臭いけれど、奥さんの方は何をしてるの?」

 

 問うと、どこか困ったかの様に、彼は笑っていて。

 そういえば、電車の中でこの質問をして、答えて貰ってなかったことを思い出した。

 

「式は……朝おきたら、何時の間にか居なくなってたね。

 式は気まぐれだから、ある意味で何時もの事だと思ってたけれど……」

 

 両儀さんも、訝しげだった。

 むしろ、この状況では、関与を疑わない方がおかしいであろう。

 何かしらを調べているか、それとも戦っているのか。

 それは分からないが、奥さんの方が何かをしているのは確定だと、私はそう考えている。

 

「うん、分かってはいるんだけれどね。

 でも考えても、困ったことに答えは出てこなくてさ。

 だから、取りあえずは式だから大丈夫だって考えることにしてるよ」

 

 目に届くところにいなきゃ心配だけれど。

 そう、小さく呟いた両儀さん。

 この人も、中々に難儀な人である。

 環境か、それとも彼の人徳が余計なモノを引き寄せすぎているのか。

 きっと彼は、これからも悩み続けるのであろう。

 

「さて、何にしろ、蒼崎橙子を――」

 

 待つだけか、とそう言葉を繋げようとしていた。

 だけれども、ふと、気がついてしまったのだ。

 

 ハーンさん達から聞いた憶測では、教授が消えたのは何かに気が付いたから。

 ならば、教授が見つけたことを、蒼崎橙子が分からない、何て道理は存在しない。

 逆に、気付いてしまったから、教授と同じで何処かに連れ去られる可能性の方が高く感じる。

 

「何て、こと」

 

 簡単なことであった。

 それを考えていなかったのは、蒼崎橙子に会えると、浮かれていたから?

 どちらにしろ、蒼崎橙子への携帯には繋がらない。

 それが、余計に可能性を増大させているように感じてしまうのだ。

 何かを知ったから、という論は、的を射ていると思うから。

 タイミング的に、それしか考えられなかったから。

 だからまずいと、背中が冷たくなっていた。

 

「……両儀さん、蒼崎橙子の行方は分からない?」

 

「橙子さんの?

 残念ながら、電話も繋がらない状況だよ」

 

 本当にどこにいるんだか、という彼の言葉が聞こえてくる。

 本当に、彼女はどこにいるのだろうか。

 それが、非常に問題なのだ。

 

「……何か、問題があったのかい?」

 

 私の雰囲気がおかしいことが分かったのか、両儀さんは真面目な顔で問いただしてきた。

 だから、私は可及的速やかに答えを返す。

 

「教授の次は、蒼崎橙子よ!」

 

 告げると、前の二人は固まったように動かなくなって。

 そうして、焦燥のような表情を浮かべ始めた。

 

「根拠は?」

 

「教授がいなくなったのでしょう?

 それが何よりの根拠よっ」

 

 そうとしか考えられなかった。

 それに、もし勘違いであったとしても、私がお騒がせ娘として怒られれば済む話なのだ。

 だから、今は行動しなくてはならないと、そう痛切に感じる。

 

「場当たり的に行動しても、解決にはならないよ」

 

 しかし、両儀さんは冷静なままであった。

 落ち着けと、オブラートに言われているようなものである。

 そして、確かにそれは正論であって……。

 

「場所、大まかでいいの。

 特定は出来ないかしら?」

 

 だから、無茶ながらにでも、取りあえずは指針を作ることにする。

 どこを探せばいいのか、どうするべきなのであるかを。

 

「そうだね、この辺りで圏外になる場所といえば、山が深くなっているこの辺りかな」

 

 そして両儀さんは、無茶ぶりながらにも、確かに答えてくれたのだ。

 これで、どう行動すれば良いのかが、しっかりと分かる。

 巧遅よりも、今は拙速が勝る時でもある。

 

「行くわ」

 

「もし、橙子さんがこっちに戻ってきた時に、連絡役が必要だよね。

 僕はここに残っているよ。

 あとは……」

 

 両儀さんは、固まっている二人に目を向けた。

 そうすると、彼女達を固めていた氷が、みるみると溶けていくように彼女達は動き出す。

 

「行くわ、私達も連れて行って!」

 

「何が起こるかはわからないわよ?」

 

「大丈夫よ、蒼崎さんからのお墨付きがあるわ!」

 

 一応の警告をすると、答えた宇佐見さんは勢いよく答えた。

 お墨付きが何なのかは気になるが、今は聞いている暇などない。

 最悪のケースを想像すると、事態は一刻を争うから。

 

「マーガトロイドさん、私達は大丈夫です。

 保証しますから行きましょう」

 

「分かったわ、では急ぎましょう」

 

 ハーンさんの肯定を受けて、私達は急いで店を出ようとすると、後ろから待ったの声が掛けられる。

 ……両儀さんの声であった。

 

「僕が留守番していても、君達に連絡が取れなきゃ意味がないよ。

 誰か、僕に携帯電話の番号を教えて」

 

「は、はい、なら私が」

 

 慌てて、宇佐見さんが番号を言う。

 それを聞いて、両儀さんは一つ頷いた。

 

「分かった、その番号に連絡する。

 それじゃあ、みんな気をつけて」

 

「えぇ、そちらもよろしく」

 

 そうして、私達は店を飛び出した。

 最寄りのバス停へと向かう。

 両儀さんが示した場所へと向かうために。

 

「……今は、蒼崎さんを見つけ出さないと」

 

 自分に言い聞かせるような、ハーンさんの声が聞こえる。

 強く気を持とうと、そんな努力を滲ませながら。

 

「えぇ、見つけてから、心配しましたって不満顔で言ってやるわ」

 

 それを支えるように、宇佐見さんがハーンさんに言葉を掛けていた。

 二人は支えあっている。

 それは、人の文字そのものの様に。

 

「蒼崎橙子ほどの人なら、存外返り討ちにしてるかもしれないわよ」

 

 だから、私も気休めを言う。

 言霊、なんてものがあるらしいから。

 気休めでも、世界に響けば何かあるかもしれないから。

 

 二人は、私の言葉に、少し笑って……。

 だから、きっと何とかなると、私も思うことにする。

 

「信じるものは救われるそうよ。

 今は祈りを捧げましょう」

 

 行動とともに、願望も強く込めて。

 ――私達は、蒼崎橙子を探し始める。




橙子さんのルーンについて、良く分からなかったから、kanpanさんの「ランサーとバゼットのルーン魔術講座」を元にして、勝手にこれとこれを組み合わせるとこうなる? と独自解釈いたしました。間違っていたのならば、訂正しますので是非ご指摘ください。

それから、テンポ的に今回は冬木市組を入れる場面でもないなぁ、と思ったので、最後のおまけはお休みです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。