何を言っているのかわからないと思うが本当のことなです、信じてください!
……などと、意味不明な供述を云々。
それはさて置いて、書いていたら何か文章が勝手に増えたので中として投下。
大丈夫です、下の方も8割がた書き終えてますから(多分、3日以内には投稿できると思います)。
夏の葉舞散る石段に、私達は足音を立てる。
彼女、早苗に手を引かれながら、急ぎ足で。
タッタッタと小刻みにリズムを刻んで、風を全身に受けながら。
段々下へと向かっていく。
「ちょっと早苗、急ぎすぎよ!」
思わず、私は声を上げる。
ハタハタと揺らめく巫女服、その隙間が非常に不味いことになっているから。
具体的には、服の隙間から私の肌が見え隠れしていて。
だから服を抑えながら、私は抗議するのだ。
「善は急げなんですよっ、アリスさん」
「そういう問題じゃないわ!」
「聞こえません、聞こえませんからっ」
この娘、人の話を全く聞く気がないみたいだ。
テンションが上がり過ぎて、恐らくはテンパってもいて。
私の声は、早苗の右から左へと流れていく。
お陰で私の今の状況が、よく見えていないようだ。
……必死に、右手で胸の辺りを抑えている私の姿には。
「転けても知らないわよ」
「その時はその時、一緒に転げてください!」
もう、無茶苦茶である。
神社を出る前は好きにしろと思ったが、この有様はあんまりであると言えよう。
恐らく、私の顔は赤い。
そして挙動不審でもある。
それは、はためく服がそれを強いさせているから。
……今の私は、見ようによっては痴女丸出しなのだ。
「変態じゃない、変態じゃないのよ、私は」
小声で、暗示するように呟く。
私がどう見えるのか、想像するだけでアレなのだけれど。
それも全部、この素敵な巫女服がいけないのだ。
私が恥ずかしい目にあうのも、早苗が暴走しているのも、全部ぜんぶこれのせい。
早苗が着ると綺麗でも、私が着ると振り回される。
――私用にこの服を改造できたら。
そう思わずにはいられない。
「さぁ、こっちですっ」
走って、羞恥で、赤くなった私を、早苗は引っ張り続ける。
石段を降りきって道に出て、でも直ぐに脇道へと逸れていく。
そこは彼処へと繋がっている道。
流麗で、輝いている鏡の様な彼処へと。
「……もぅ」
少し、不満と諦めと赤い吐息をのせて、私は小さく呟く。
私はそれに為すがまま、唯々引かれていくのみ。
でも、それで良いかと思い始めている自分もいて。
早苗のパワーに辟易しつつも、私は受け入れ始めている。
久々に会った早苗だったけれど、今はすっかり何時も居たかのような感覚が芽生えているのだ。
「仕方、ないわね」
そう、だから仕方なく。
ギュッと、早苗の手を握る。
離れないように、転けてしまわないように。
「本当にお転婆なんだから」
「アリスさん、ありがとうございますっ」
息を切らしながら、元気な声を出す。
溌剌として、だけれども清涼な声。
それは、聞いてるこちらにも、元気さを分けてくれるようで。
嬉しく思っていると、早苗も私の手を握り返してきた。
元より繋いでいた力よりもずっとずっと強く、痛いくらいに。
だけれども、痛いだなんて口にしようとは思わなかった。
ただ、私は早苗の手を握り返すだけ。
何だか、不思議と悪い気分では無かった。
きっと、それはこんなおバカで恥ずかしい状況でも、私は楽しんでしまっているから。
これもそれも……。
「全部あなたのせいなのよ」
「ふぇ?」
風に乗るように疾駆している私達。
そんな状況に似合わない、早苗の困惑した声。
それに、私は笑みを漏らして。
「行くわよ」
今度は、私が早苗を追い抜いて、引っ張る形で走り出す。
正直、はしゃいでいると、自覚している。
けれど、こういうのも、たまには良いと思ってしまったから。
「付いていらっしゃい、早苗」
振り向いてそう告げた私に、早苗は驚いたような表情を浮かべる。
そしてポツリと、こんな言葉を漏らしたのだ。
「アリスさん……えっちです」
早苗の視線。
そこには風に揺られている、私の巫女服。
ポッカリと空いた胸の隙間から、胸を覆う色の付いたものが見え隠れしている。
……無言で早苗を叩いたのは、言うまでもない事であった。
「ア、リスさんに、ぶたれ、ました……」
「殴る方も悪いけれど、殴られる方にも理由がある時があるのよ」
「大人、の詭弁です、よぉ」
「どこがよ」
そうして、私達は全力で熱く熱した道を駆けてゆき。
開けた場所、目的地……要するに湖に到着していた。
早苗は息を切らして私を睨んでくるけれど、それ以上に私がジト目を向ければ、スっと顔を背ける。
後ろめたさはあるようで、だけれど納得もしてないようだ。
さて、どうしたものかと悩んでいた時。
早苗は息を整えるためか、大きく深呼吸をした。
大きく吸って、吐いて。
数度繰り返して、そして私へと顔を向ける。
その顔は、何かを思いついたように輝いていた。
こういう時の早苗は、大抵何かしら変なことを思いついていることが多い。
そこはかとなく、不安だ……。
「では、こうしましょう」
ポンと手を合わせて、早苗は笑う。
ワクワクと、そんな擬音をそこら中に撒き散らしながら。
さっきまでの不機嫌を、ケロッと忘れてしまったように。
さらりと、早苗はこんな提案をしてきたのだ。
「私はアリスさんに叩かれました。
すごくすごくショックでした。
だから……」
「だから?」
胡乱げに聞き返すと、早苗はニコリと笑って、こう続けた。
「アリスさんは、私の頭をよしよしと撫でる義務が発生しました。
傷ついた私を、労わるように撫でてください!」
半ば欲望丸出しで、早苗は頭をにゅっと突き出してくる。
さあ、撫でてと言わんばかりに。
……再び無言で、私はその頭をコツンと小突く。
意識してではなく、殆ど本能的に。
「っひゃ!?」
いきなりの衝撃に、早苗は驚いた声を出していた。
それが少々の愉悦となって、私を満たす。
「うぅ、アリスさんがイケズです」
目端にほんのりと涙を滲ませた早苗が、顔を上げてそんなことを言ってきた。
それに私は溜飲が下がるのと共に、どこからか罪悪感も湧いてくる。
イジワル、と早苗の目が訴えてきてるからか、早苗の目尻にあるもののせいか。
だから、気がつけば……。
「……手を出したのは悪かったわ」
早苗の頭を撫でていた。
さらさらとした感触が、実に心地よい。
走ったあとで、赤くなっている早苗のうなじも、不思議な魅力を持っていた。
意外と病みつきになりそうな、撫で具合である。
「可愛いわね、早苗」
「……アリスさんはずるいです。
まるでDV夫の妻の気分です」
うなじだけでなく、顔まで赤く染めて、早苗は私を見上げる。
上目遣いで、ウルウルと目を潤ませながら。
「口の減らない子ね」
「なら、どうしますか?」
ちょっと余裕が出てきたのか、早苗は軽口じみた事まで口にして。
お陰で、私にも余裕が戻ってくる。
「このまま、頭を撫で続けるわ」
「アリスさん、大好きですっ」
「安い好意だことで」
「ちょろいのはアリスさん専用です」
すぐに調子に乗る早苗を、私は唯ひたすらに無心で撫で続ける。
ナデナデ、ナデナデと、そんな音まで聞こえてきそうなほどに。
「気持ち、良いです」
「私もよ」
そう言って、また私達は見つめ合う。
けれど、今度はどちらも笑顔であった。
波が押し寄せては引いてゆく。
それは海も湖も変わらぬ光景。
だけれど、この湖に至っては一等輝いて見える景色。
私達は、何気なしにその漣を眺めている。
その音は、あれだけ急降下を繰り返していた私達の心を、どこか落ち着けさせてくれる。
気持ちが平坦になるわけではない。
段々と穏やかに整えられていくのだ。
「それで、早苗」
私は、連れ出した本人である早苗に、視線を戻す。
当の本人は、どこか恥ずかしげに頬を掻いていた。
「落ち着いた?」
訊ねると、彼女は一つ頷く。
彼女なりに、自分が暴走していたことを認識したのだろう。
どこか気恥ずかしげな彼女に、微笑ましさが湧いてくるのを感じる。
可愛い、と素直に思えるから。
「ここは、綺麗ね」
「ずっと変わらない、大好きな場所ですから」
綺麗な目をして、早苗は湖を見ていた。
彼女の目に、キラキラと輝く湖の光景が反射している。
陽が湖に、湖が早苗に、煌きをもたらしているのだ。
それが、とても綺麗で神秘的に感じる。
優しい世界が、この場に満ちているのだから。
「どうして、ここに来たの?」
私は、分かっていることを早苗に訊ねる。
それは、早苗の口から言葉が聞きたかったから。
ちょっと意地悪か、とも思いつつも訊いてしまったのだ。
すると案の定、早苗は頬を染めて答えづらそうに、だけれどもキチンと答えてくれた。
「ここに来れば落ち着くかなって、そう思ったんです。
この湖は、綺麗な鏡ですから」
それから早苗は、アリスさんごめんなさい、と小さく言葉の後に付け足した。
こういうところが、この娘の可愛げであり、良いところでもあるのだろう。
だから私は、彼女の頭を撫でる。
私も、ちょっとクセになってるのは否めないけれど。
早苗も、嫌がってはいないのだから。
「なら、綺麗な鏡に映ったのは、さぞ慌てていた兎の姿かしら」
「アリスさんって、結構意地悪ですよね」
「意地悪な私はダメかしら?」
「……ちょっとだけなら」
小さな声で、恥ずかしげに早苗は言う。
弱っているところを、ツンツンとつついている様な感覚。
本当は頭を撫でているだけなのだけれど。
「早苗は優しいわね」
「こんなところで優しいって言われても、微妙ですよ」
私がからかう様にして言うと、早苗は拗ねたような声を上げる。
でも、ちょっとずつ調子は戻ってきているようで、声に張りが戻ってきている。
ポカポカと、私の胸を叩いてくる早苗。
……叩かれた後に、服と胸の隙間に寂しい風が吹いてゆく。
「ごめんなさい、早苗。
意地悪が過ぎたわね」
「はいっ、これでお互い様です!」
だけれど、早苗は無事に完全復活を果たせた様で。
この程度の事、大したことではないと思わせてくれる。
これで解決と、ようやく心を落ち着けることが出来たのだから。
「それで……」
私は辺りを見回す。
次に周りに広がっている、この湖を。
「これから、何しましょうか?」
最後に早苗を見て、問いかける私。
一つ出来ることは思いついたのだけれど、それをするには早苗の許可を求めなきゃいけないものであるから。
だから、最初に早苗の意見を聞く。
彼女に腹案があるのなら、それに便乗するつもりで。
「そうですねぇ」
早苗は、頬に指を当てて考え始めた。
特に、何も考えてなかったようだけれど、そこから必死に何かを捻り出そうとしているように。
微笑ましくて、思わずじっと眺めてしまう。
「うーんと、えっと、ですね、アリスさん」
かめかみに人差し指を押し当てて、だけれど何か光明が見えてきたようで。
少しずつだけれど、言葉を零していく早苗。
「あぁっ、そうです!」
そして、ポンと手を叩いて、早苗は笑顔を覚える。
ついに何かを思いついた様である。
「何?」
「水遊びです!
何故最初に私は気づかなかったのでしょうか!」
「水着じゃないからでしょう」
早苗が良案を思いついたとばかりに叫んだけれど、私は冷静に返答する。
それに、あ、そうでした、と照れ笑いを浮かべている早苗。
けれど、悪い案ではないと、私は思っていた。
そもそも、私も同じことを考えていたのだから。
「このままするのなら、服が水浸しになってしまうけれど、良いの?」
問いかけ、私の賛成を言葉に載せた。
それに早苗は、キョトンとして、そしてニコリと笑う。
やった、と小さな言葉と共に。
「良いです、持ち主の私が許可しますから!」
キラキラした目で、早苗は私と湖を交互に見ていた。
嬉しいという感情が爆発している表情で。
今にも駆け出しそうに。
「そう、なら」
私も、はしゃいでしまおう。
早苗がどうという話ではない。
折角の場なのだから、私が触れて遊びたいのだ。
この湖と、そして早苗と。
「行きましょう、早苗」
「はいっ」
手と手を繋いで、私達は湖へと勢いよく向かう。
走りはせずに小走りで。
今回は、互いに転けないように気を使って。
トテトテと、湖が近くになると小走りになって。
私達は湖に自分達の顔が映る距離まで近づいて。
意味もなく、その中を覗き込む。
そこには、太陽の光で煌めいている水面の中に映る私の姿。
まるで、御伽噺の鏡のようだと思ってしまう。
――鏡よ鏡、鏡さん、世界で一番美しいのはだぁれ?
思わず、そんな狂言が口から飛び出そうになる。
だけれど、それが口から出ることはなかった。
何故なら、その前に……。
「っきゃ!?」
顔に、水が直撃する。
雫を垂らしつつ周りを見ると、そこには笑顔の早苗の姿。
何時の間にか水辺に立ってて、楽しげに笑っていたのだ。
……自然と、口角が釣り上がる。
心の中で、やり返せと誰かが囁いている。
それは無邪気な心か、それとも奔放な遊び心か。
まぁ、どちらにしても、今は私がやることは決まっている。
「やったわねっ!」
両手で水を掬い、それを早苗に向かっていっぱいの力で浴びせに掛かる。
やられたらやり返すのが、私の信条なのだ。
「あはは、アリスさん冷たいです!」
「一発で終わるわけではないわよっ」
「望むところです!」
水を掬い、掛けて掛けられて。
無邪気な子供のように、浴びせ合いっこをする。
今は、沢山のしがらみを忘れ去って、子供のように戯れ合う。
それが、今はすごく楽しく感じる。
「むむ、私の方が水を沢山掛けられてますっ」
「もっと頭を使うべきね。
それから早苗、足を取られやすい場所にいるから不利なのよ」
「き、気付きませんでした!?」
こんな些細なことでも、本気になっている自分がいる。
それでけ熱中しているということ。
今の私は、目先の事しか見えていない。
純粋に、童心へと回帰しているのだ。
「ほら、動かないと沢山かかるわよ」
「むぅ、負けません!」
ぱしゃぱしゃと、水が跳ねる音がする。
必死になって、早苗と水を掛け合う。
楽しく、だけれどヤケになっている感覚。
一進一退、相手が参ったと言うまで私達は続けるであろう。
そうして、互いに引かずに服がすっかりびしょびしょになってきた頃。
均衡が、崩れ始める。
それは、早苗が、とった行動にあって。
「えいっ」
彼女は、なんと水面を思いっきり蹴り上げたのだ。
その拍子に、自らもひっくり返って全身水浸しになっていたのだけれど。
私にも、しっかりと大量の水が掛かってしまって。
「ひうっ!?」
脇から、つぅっと水が中に直接入り込んでくる。
そのせいで、普段は出さないような情けない悲鳴を出してしまう。
冷たく、擽ったくて――背中がゾクリとする。
慣れていない背中を冷たく撫でられる感覚に、困惑してるのだと思う。
こそばゆいような、気持ち悪いのに心地良いような、不思議な感覚。
「あはは、転けちゃいました」
だけれど、自身も水浸しになっている早苗がそんな私の困惑を知る由もなく。
頭を掻きながら、私を無垢な目で見上げていた。
だから、私も動揺を悟られ無いように、平然とした顔で早苗に手を差し出す。
「はしゃぎすぎね」
「それを言うなら、元からこんなことはしませんよ」
「ご尤もね」
早苗の言葉に、思わず微笑んでしまう。
私も、やればこれだけ元気になれると、おかしな実感を得ていたから。
悪くない、と自分でも思ってしまう。
「見て、早苗のせいで私は濡れ鼠よ」
「私も一緒でお揃いですね」
「服も一緒ね」
「何だかお得な気分です」
「何がよ」
互いに顔を見合わせて、また笑い合う。
それがこの場では正しく、そして心のままであると感じたから。
「ふふ、全く、楽しいわね早苗」
「えぇ、私もすごく楽しいです」
笑顔満開、ずっとその調子で私達はこの場にいる。
懐かしみと、それでいて素朴な昔を思い出してしまうかのような感覚。
ここには、それがあるから。
……でも、である。
楽しみだって、何時までも続けていられる訳ではない。
日が、傾きつつあるのだ。
そして何より、私達は水浸しの服を纏っている。
夏場とはいえ、風邪を引かないなんてことはない。
故に、そろそろ戻らなくてはならないのだ。
「早苗」
だから、私は呼びかける。
帰る時間なのよ、と。
戻る時間なのよ、と。
「寒くなる前に帰りましょう」
「えっ」
驚いたように早苗は声を漏らして、空を見上げる。
日はまだまだ元気で、傾きつつも燦々と輝いている。
多分、今は五時頃だろうか。
まだ帰るには早い、そう思うかもしれない。
けど、問題はそこではないのだから。
「帰ってすることもあるでしょう?
私も手伝うから、そろそろね」
すること、それは神社のこと。
二柱の面倒を見たり、ご飯を用意したり、お風呂を沸かしたり。
要するに、日頃の家事が待ち受けているのだ、
「そうですか、もうそんな時間なんですね……」
空を見上げながら、早苗はしみじみと言う。
納得を示しながら、だけれど寂寥を感じさせる声で。
「時間の流れは楽しいほど、速いものよ」
「相対性理論ですね」
「……その辺りには、あまり明るくないわ」
「ありゃりゃ」
早苗が良く分からないことを口にするが、軽く受け流して彼女の手を掴む。
ここに来るときは暖かかった手は、どこか冷たくなっていて。
潮時なのは間違ってなかったと、そう理解する。
「まずはお風呂に入りたいわね」
「はい、そうですね。
帰ったら直ぐにお風呂を沸かします」
「えぇ、ありがとう」
私と早苗、温かさを感じる為に手を繋ぎ合って、歩いて帰り道を歩いて行く。
そこで、今日はずっと早苗と手を繋いでいたことに気が付く。
最初は慌てんぼうの早苗に振り回される形で手を取って。
次は仲直りに、一緒に歩いていくために手を繋いで。
そして今、触れ合って温かみを分け合っている。
それが不快でないのは、私も早苗のことが嫌いじゃないからだ。
だから、心地よさを感じる手を、私はギュッと強く握る。
「アリスさん?」
「今日の晩御飯はどうしましょうか」
「え、えーと、確か鰯があったような」
「骨を取るのが億劫ね」
「あ、でも美味しいんですよ!」
何か不審そうに感じたのか、早苗がまじまじと私の顔を見てきたので、話題を振って意識を逸らさせる。
考えていることがバレたのならば、とても恥ずかしいどころの騒ぎではないのだから。
だから、早苗が話題転換に見事に釣られてくれて、非常に助かっていると言えるだろう。
「鰯の焼き方なんて知らないのだけれど」
「えっと、鰯は油が多いので、換気扇をガンガン回して焼かないと、家中煙だらけになります!」
「……それはまた面倒ね」
「でも、美味しいんです!」
鰯が好きなのか、何故かプッシュしてくる早苗。
別にいいのだけれど。
そんなことを考えていたら、唐突に隣から可愛らしい声が聞こえた。
「――っくしゅん」
「やっぱり、お風呂が最優先ね」
早苗がクシャミを催したのだ。
そんなに濡れているから、と私は早苗を見て……。
……そして今、恐ろしいことに気が付いてしまったのだ。
「透け、てる?」
早苗の服、それが透けて、下着が丸見えになっていた。
理解などしたくはないが、紛れもなく本当のこと。
早苗も私の言葉に反応して自身の服を見て、あぁ、と声を漏らした。
「水遊びしてましたからね、仕方ないですよ。
それに……」
どこか嬉しげに、早苗は私の服を見て、そして視線を上げて顔を見ながら言ったのだ。
「これも、アリスさんと私、お揃いなんですよ」
いたずらっぽく、左指を唇に当てながらそんなことを言う早苗。
ギョッとしてみてみると、確かに私の下着までもが透けていて。
頭を抱えそうになるが、生憎と片方は早苗と手を繋いで塞がっている。
なので、こめかみを押さえるだけで、今は耐える事としたのだ。
「いっぱい遊びましたね、アリスさん」
「そう、だけれど」
今はそこが問題ではない。
確かに、早苗と後先考えず楽しく時間は過ごせた。
それは何よりの事実である。
だけれども今、私はとんでもない事に気が付いてしまったから。
「ねぇ、早苗」
「何でしょう、アリスさん。
あ、もしかして、また恥ずかしくなってきたり?」
「当たらずとも遠からずね」
「アリスさんって純情ですね」
機嫌よさげに早苗は言う。
私が早苗に下着を見られて、恥ずかしがっていると思っているのか。
別にそれは問題ではない。
あの時は、早苗が変なことを言うから騒いでいただけなのだから。
今、問題であるというのは……。
「ここ、誰か道を通らないのかしら」
「……あ」
今、私達が歩んでいるのは、守矢神社までの簡単な道。
人通りは非常に少なく、目立たない場所ではある。
けれど、確実にそれが保証されているというわけではないのだ。
「どうするの?」
呆れを滲ませて、私は早苗に問う。
答えは、無言。
そう、無言で早苗は足を早め始めたのだ。
こんな姿、誰かに見せられる状態ではないから。
……早苗に引かれて、私の歩も早まっていく。
その中で思ったこと、それは呆れと共に訪れた安堵。
――早苗にも、きちんと羞恥心はあるのね。
そんな、我ながら失礼なことを、帰り道では考えていたのであった。
「神奈子様ー、諏訪子様もご飯ですよーっ」
それから、私達はお風呂に入ってから夕飯を一緒に作った。
お風呂は私と早苗、二人揃って冷たくなっていた為に一緒に入浴。
上がってからは早苗にパジャマを貸してもらい、台所へ。
本当に鰯の煙は凄くて、私も早苗もコホコホと咳き込んでしまって。
私は慣れていなかったから、台所ではお手伝いに甘んじる事となっていた。
けど、早苗の手際は極めて良かった為、私は大して必要ではなかったと言える。
早苗は、一緒に料理できて嬉しいですと言ってくれたのが、唯一の救いであったが。
「ん、ご苦労、早苗」
「おー、今日は鰯かぁ。
早苗、何時も悪いねぇ」
「いえいえ、それは言わないお約束です」
料理は居間へと運び込まれて、二柱を呼べば八坂の神はゆったり歩いて、洩矢の神はトテトテと小走りで現れた。
そうして卓に皆で座って、皆で手を合わせる。
「頂きます」
早苗が静かにそう言うのに倣って、二柱もそれに続く。
そして私も、ワンテンポ遅れて、頂きますと告げたのだ。
遠坂邸では、凛は頂きますとは言えとは強要してこなかったから、何だか新鮮な感覚である。
「むぅ、鰯は脂が乗ってて美味しいけど、骨が多いのが難点だよね。
アリスなんて」
「わざわざ骨を避けるか、軟弱な奴め」
食べ始めて、私達が骨と格闘している間、八坂の神はそこに骨など存在せぬと言わんばかりに、そのまま骨ごと噛み砕いている。
……ワイルドすぎる。
「私は野蛮人じゃないからね。
バリバリゴリゴリなんて音立てちゃ、下品じゃないか」
「お前はそもそも、品位がどうこうを言えるほど品行方正なタチでもあるまい」
「こういうのはね、心持ちの問題なのさ。
そんなことも分からないから、あんたは野蛮人だって言ってるんだよ」
食事は実に和やかに、えぇ、実に和やかに進んでいる。
特に早苗は、何時もの事ですと言わんばかりに骨をバラして、鰯や煮付けに箸を進めていた。
だけれど、真実として二柱とも怒っているようにも見えないし、本当に何時ものことなのだろうけれど。
……それにしても、やはりとても不思議な気分である。
こうして、神様達と一緒に食卓を囲んでいることが。
「どうしましたか、アリスさん?」
「私は滅多に出来ない経験をしてると思ってね」
ガミガミと言い争っている二柱を見て思ったのは、どこにでもありそうな素朴な食卓だということ。
別に何かが違ったり、特別だったりする訳ではない。
ちょっと騒がしいだけの、優しいモノがそこにはあって。
「自慢とかしちゃったり?」
何時の間にか、八坂の神と言い争いをしていた洩矢の神が、茶々を入れに来ていた。
おちゃらけつつも、ちょっと意味深に笑っている。
「まぁ、機会があれば、ですね」
実際、神様と一緒にご飯を食べたなんて言っても、小馬鹿にされるだけだろうから。
凛でさえ、悪いものを食べたかと心配してきそうな予感がする。
それは、それだけ現代に残っている神秘が数少なく、そして神秘たる側でも、現実と幻想の区切りが入ってしまっているから。
もう、神様という概念そのものが御伽噺なのだ。
「ま、そうさね。
もし機会があれば、可愛い神様がいたって言ったら良いよ」
「自分で可愛いなどと」
「何さ、早苗くらいしか言ってくれる人は居ないんだから、別に自己申告したって良いじゃないか」
「バカにつける薬はないとは、こういうことか」
洩矢の神がおちゃらけている中に、ほんの僅かにしんみりとした感触を混ぜる。
が即座に、八坂の神にひっくり返されてしまっていた。
そのせいで、直ぐに何かが混ざりかけた雰囲気が霧散する。
二柱は、お互いにガミガミと言い争いに入る。
でも、これがきっと、この二人なりのコミュニケーションなのだろう。
彼女達なりの、折り合いのつけ方。
八坂の神がここに住むようになってからの、洩矢の神が受け入れるための術だったのかもしれない。
今では、それが自然と定着しているだけなのかもしれないけれど。
「仲がいいわね、ここの人達は」
「ずっと腐れ縁だって言って、御二方共に認め合ってはいるんですけどね。
まぁ、簡単に言えば何時もの通りといえばいいのでしょうか。
喧嘩するほどなんとやら、ですね」
ぼそりと呟いた私の言葉を、早苗が苦笑いをしながら注釈を付ける。
恐らくは、私の想像通りのところは多々あると思う。
けれど、わざわざそれを聞こうとも思わない。
想像する程度が、ちょうどいいのだ。
「そういえば早苗」
「はい、なんでしょうか?」
その代わりに、ちょっと気になる質問を思いついた。
それも、結構意地の悪いやつを。
「あなた、八坂の神と洩矢の神、どっちの方が好きなの?」
――その瞬間、その場の空気が凍った。
早まったか。
そうも思ったけれど、気になっている事柄ではあったのだ。
だから、へ、と固まっている早苗に、もう一度聞くことにする。
「八坂の神と洩矢の神、どっちが……」
「言わなくていいです、ちゃんと聞こえてますっ」
途中で、言葉を遮られる。
どこか焦ったように声を出した早苗。
チラリチラリと、二柱の方に視線を向けている。
やはり、反応が気になるのはそこであろう。
どちらかを選ぶと角が経つのは、目に見えて明らかだから。
私もチラリと、二柱の方へと視線を投げる。
そこには……、
「まぁ、早苗は小さい頃から私が面倒見てたし?」
「お前は赤ん坊の早苗に、顔芸を披露していただけであろう。
私は抱き上げ、あやしたこともあるのだぞ」
「そんなの私にだってあるさ。
神奈子はプライドの塊だから、露骨に変なことは出来なかったけど?」
「諏訪子、お前は威厳を彼方に放り投げたであろう」
「何さ、凝り固まった石のような奴よりか、よっぽどマシだと思うけど」
何か、新たな戦いが始まっていた。
互いに、どちらが早苗の世話をしていたのかを競い合っている。
恐らくは、こちらの声は届いてないくらいに。
だから、この期に早苗をせっつく。
「今のうちに教えて頂戴。
大丈夫よ、二柱にバラしたりなんてしないわ」
そう言うと、早苗は困ったような顔を浮かべていた。
あぁ、そういうこと。
なので、この時点で、大体答えは分かってしまった。
けど、是非とも早苗の口からその答えを聞きたいから、さぁ、と促す。
「大丈夫よ、誰も早苗を責めたりしないわ。
それに、きっとあなたの答えは、どこまでもあなたらしいものでしょうから」
「……アリスさん、やっぱり今日は意地悪です」
「意地悪な私はダメ?」
「それも、もう言いました」
「そうだったわね」
雲に巻くように、早苗の言葉をやんわりと躱す。
早苗も、そろそろ口が軽くなっている。
もうそこまで出かかっているのだ。
だからもう一歩、何かが必要で……。
「教えて欲しいわ、早苗」
囁くように、早苗の耳元で私はそう告げた。
早苗はビクッとして、背を伸ばしていたが、次に諦めたように溜息を吐いた。
ようやく、話す気になったようだ。
「私は、どちらの神様も好きです」
「知ってたわ」
予測は、簡単に出来ていた。
だから、本当に早苗の言葉で聞いてみたかった。
単にそれだけの理由に過ぎないのだ。
「ほら、意地悪です」
「好きな子イジメだと思っておきなさい」
拗ねたように早苗はそう言うが、それにクスクスと笑いながら私は答える。
えぇ、可愛げのある子だから、からかいたくもなるのだ。
「もぅ、ひどいです」
早苗はふくれっ面で、私が笑っているのを見ている。
見ていた、けれど……。
また、早苗が閃いたような表情を見せた。
そういう時は、やはり早苗は笑顔になる。
「そうです! アリスさん」
そして思いついたことを口にしようと、早苗は私に笑顔を振りまきながら見つめてくる。
目を逸らそうにも、早苗の目はロックオンしたものを離さない特性でもあるのか、彼女の目を真っ直ぐと見てしまう。
そんな中で、早苗はこんなことを口にしたのだ。
「私、アリスさんのことも大好きですよ!」
「………………は?」
いきなりの奇襲攻撃で、絶句してしまう。
この場で、急にそんなことを言われて戸惑ってしまって。
意地悪とか言ってたのにどうして、と思ってしまったのだ。
けど、早苗は私の心境など関係なく、こう続けた。
「アリスさんが好きな子イジメって言ったんですよ。
なら、私もアリスさんが好きですから、まさに両想いですね!」
不意打ちも良いところだ。
純粋に、早苗は自身の好意をぶつけることで、私に仕返しをしているのだから。
「……意地悪ね」
「意地悪な私は嫌いですか?」
意趣返し、さっきと同じ質問をぶつけられる。
けど、答えはそんなの、決まっていることだから。
「嫌いなわけないわ」
「なら好きですか?」
「さぁ、どうでしょうね」
答えたら負けの気がしたから。
そっと口を閉ざすことにした。
その様子に、早苗の溜飲は大いに下がったのか、やたらとニコニコしていた。
……そして、そんな私達を見つめる、二対の目。
あ、と声が出そうになる。
決して、忘れていた訳ではないのだけれど。
でも、ついこっちに夢中になりすぎた感はあった。
視線の先、そこにはどこかジト目をした、二柱の姿があったのだった。
「えっと、こういうの。
寝取られたって言えばいいのかな?
アリス、お前は泥棒猫かい?」
「違います、そして寝取ってもいません」
洩矢の神が、サラリと妙なことを口に出す。
笑顔で、だけれど威圧感を出しながら。
洩矢の神は凛と同じで、笑顔になればなるほど怖くなっていくタイプのようだ。
「…………………………」
一方、八坂の神は、口を閉ざして黙ってしまっていた。
顔を伺うと、悩ましげな表情が浮かんでいて。
目が合うと、じぃっとこちらが覗き込まれる。
怒ってはいないようだけれど、何かを深く考え始めてしまっているようで。
「私は、この場にいる皆さんが大好きだってことですよ」
不穏な空気を感じ取ったのか、早苗がフォローを入れるように言葉を発した。
それのお陰か、場の空気が目に見えて弛緩する。
「すっかりと早苗はアリスに懐いちゃったね」
洩矢の神が、ちょっぴりと僻んだようにそう言う。
けれど、それは柔らかさもあって、喜んでいるようにも聞こえるものであった。
「アリスさんは、何だかお姉さんみたいで、とっても親しみやすかったからですね」
早苗が、気恥かしそうに私の事を言葉にする。
混じりっけのない、純粋さを持って。
……成程、これは中々に面映ゆいモノがある。
早苗のこれは、親愛の、とかつく好意であろうから。
「早苗は可愛げがあるからね。
ついつい可愛がっちゃうのよ」
早苗の猪突に私が振り回されているのは、大いにあるのだけれど。
けど、早苗は嬉しそうに笑っているから、余計なことは言わない。
唯々、私も一緒に笑顔を浮かべるだけであった。
「……そろそろ、ご馳走様ですね」
ちょっと気恥ずかしげに、早苗が卓を見回す。
気が付けば、話をしている間に皆が殆ど完食してしまっていた。
無論、私のお椀も皿も空であった。
何分騒がしかったけれど、それはそれで時間を速める効果を持っているようだ。
「では、私はお皿を洗うので、これにて失礼します」
ご馳走様、皆でそう手を合わせて言ったあとに、早苗は手早く皿を集めていく。
私もそれを手伝おうとしたのだけれど……。
「アリス、お前に……話がある」
「私に?」
八坂の神が、そう告げてきたのだ。
真剣な表情で、私をまっすぐに見て。
だから、私も八坂の神を見つめ返して。
「何でしょうか?」
「ここでは話しづらい。
付いてきてもらいたい」
そう言って、八坂の神は私に背を向けて歩き出した。
話を聞かないところは、こちらの答えを求めていない傍若無人さは、流石は神様といったところであろうか。
「付いてってあげて、アリス」
いきなりで固まっていた私に、洩矢の神が声を掛けた。
振り向くと、そこには私を見上げている洩矢の神の姿があった。
「はい、行ってきます」
洩矢の神も真剣な目をしていたので、本当に大切な話をするのだと理解する。
一体何の話なのか、考え込んでしまいそうになる。
「行く前に、一つだけ忠告」
私が八坂の神を追おうとしたその時。
洩矢の神が、私の背中に声を投げる。
振り向くと、どこか柔らかで、早苗にするような表情をしている洩矢の神が、そこには立っていたのだ。
「アリス、神奈子の奴に何を言われようが、ただ自分が思うままに従えばいい。
あいつの言葉なんか何の効力もないし、あんたは好きにできる権利を持ってるんだからね。
それでも何かを決めようとするなら、そうさね」
そこで言葉を区切って、洩矢の神は時間だけ思考する。
たった三秒にも満たない、僅かな時間を。
そうして、彼女が口にした言葉は、自然と胸に落ち着くものであった。
「アリスにとって重いもの。
未練とか、誰かの顔とか。
そういうのを思い浮かべたら良いさ」
「……はい」
洩矢の神の言葉に、頷く。
彼女の言葉から、八坂の神が私に何か重いことを、私に伝えようとしているように思えたから。
まだ、その意味は分かっていないのだけれど。
でも、洩矢の神は好きにして良いと言っている。
まずは八坂の神の話を聞いてからだけれど、それは何よりの頼りになると思えた。
「ありがとうございます」
「良いよ、いってらっしゃい」
適当に手を振る洩矢の神に頭を下げて、私は八坂の神を追う。
一体何を言われるのか、それに思いを馳せながら。
早苗さんとアリスのお風呂シーンは、皆さんの想像の中でどうぞ。
だって自分が書いても、何だかうまく書ける気がしませんもん!(必死の言い訳)
けど、一応は流れだけは考えてました。
なので、想像するのだけならば簡単ですよ!
今から、単語や適当な文章を羅列していくので、それで組み立てていってください。
お風呂(檜風呂でも、何でもイメージに合うものならば可)。
アリスと早苗の肌色。
背中の流しあいっこをする二人の姿。
早苗の胸は大きいわね、アリスさんのは形が良いですよ! などと乳繰り合う(意味深)二人。
背中合わせに風呂に入り互いの鼓動を感じ合う二人……。
暖かいのはお風呂? それとも早苗? と自問自答するアリス。
気持ちいいですぅ(意味深)、と風呂に浸かりながら呟く早苗。
さぁ、ここまで来たら大体想像できますね!
後は、ご自分の想像力で補完するのです!(投げっぱなしジャーマン)
追記:ペンギンのユーザーページに飛んで、ペンギンのおもちゃ箱とかいう小説を選択すると、アリスと早苗のお風呂シーンが見れますよ!