冬木の街の人形師   作:ペンギン3

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意味深なタイトルですが、特にどうとかいうのはありません。
何時も通り、ダラっとした内容です、はい。


第26話 その言葉の意味

 学生たちの謳歌すべき楽園は終焉を告げた。

 などというと大仰ではあるが、要するに夏休みは過ぎ去ったのだ。

 と言っても、未だに残暑が厳しい中では、素直に夏が終わったなどとは思えない。

 四季が豊かなこの国でも、未だに夏だと告げるようにツクツクボウシが鳴いているのだから。

 

 何にしろ、学校は始まったのだ。

 夏休みに対して休めた記憶はないが、逆に夏休みボケしないと考えれば素敵なのかもしれない。

 ……そう思っていなければ、精神的負担が重いだけなのではあるが。

 

「マーガトロイド、何か浮かない顔してるぞ」

 

「そう?」

 

 学校の教室、そこで衛宮くんに指摘される。

 どうにも、顔に出てしまっていたらしい。

 別段悪いことばかりではなかったが、少しばかり疲れたという気持ちが大きいのであろう。

 休みもへったくれもなかったという事だ。

 

「悩み事か?」

 

「そういうのじゃないわ。

 ……でも、意外ね」

 

「何がさ」

 

 衛宮くんに視線を向けると、良く分からなさそうに私を見ていた。

 どういうことだ? と問いかけられてるのだろう。

 だから草臥れた私の中に、少しの悪戯心という水が撒かれる。

 要するに、からかってやろうと思ったのだ。

 

「私、衛宮くんの事は鈍い朴念仁だと思っているの」

 

「ひどいな、それ」

 

「事実でしょう?」

 

 そこまで言うと、衛宮くんは言い返そうとして……逆に口を閉ざす事態に陥っていた。

 あながち否定できないと、自分でも理解したからだろう。

 本当に分かりやすい、それが面白くもあるのだが。

 

「それで、わざわざそれを指摘して、どうしようってんだ」

 

 拗ねた様に言う衛宮くんに、私は微笑してこう囁いた。

 水に一滴の、毒を仕込むようにして。

 

「桜に、詰まらないと思われるわよ?」

 

「へ?」

 

 予想外の言葉だと言わんばかりに、お間抜けな声を上げた衛宮くん。

 無防備そのものの彼、少し可愛いとさえ思ってしまう。

 こういうところが、桜の心を掴んだのか?

 そう考えると中々に面白く、楽しいものがある。

 でも、そんな事は口にしない。

 代わりに、こんな言葉を彼に送ったのだ。

 

「桜を驚かせる為に、ちょっぴりお洒落でもしてみないかって話よ」

 

 言い終わって衛宮くんを見てみると、困ったように頬を掻いていた。

 何て答えようかと、悩んでるようだ。

 ここで言葉を畳み掛けても良いが、衛宮くんなりに答えを出そうとしているみたいではあるので、じっくりと答えを待つ。

 

「あのさ」

 

 衛宮くんが語り始める。

 困った事を前にした子犬のような顔をして。

 

「今月なんだけど、素直に金がないんだ」

 

 そんな、ちょっぴり情けないことを言ったのだ。

 

「何かに使ったの?」

 

「ん、桜と藤ねえと一緒に買い物に行ったんだけどな、そこで『士郎は折角だから桜ちゃんにお洋服の一着か二着、もしくは溢れんばかりの愛情を供与すべしっ!』と訳分かんないこと言い出して、今月分のお金は全部桜の服代に消えたんだ。

 まぁ、桜は嬉しそうだったから良いけどさ」

 

「ふーん」

 

 惚気か、なるほど。

 衛宮くんも気恥ずかしげに頬を掻いているという事は、決して嫌じゃ無かったのだろう。

 なら、それはそれで正解だとは思う。

 ……けど、だからと言って私が何かしたいなと思った事が消えるわけではない。

 むしろお茶の一つでも楽しみながら、話を聞かせてもらいたいくらいだ。

 

「なら新都で茶飲み話の片手間に、お一つ話を聞かせてくれないかしら?」

 

「いやにしつこいな」

 

 警戒した顔で、衛宮くんが私をじっと見ている。

 何をされるか、何をするのかと訝しがっているように。

 そんな衛宮くんに、私は笑顔を添えてこう答えたのだ。

 

「女の子はね、お菓子と恋バナで生きているの」

 

「ファンタジーだな、それ」

 

「ようこそ、不思議の国へ?」

 

「お前、単に俺を弄りたいだけだろ」

 

 胡散臭そうに、だけど納得したように私を呆れた目で見てくる衛宮くん。

 確かに、そういう一面が無いといえば嘘になる。

 でも、それ以上にさっきの言葉は本気なのだ。

 

「桜と衛宮くんがどれくらい上手くいってるのか、やっぱり気になるわ」

 

「お前は近所のおばちゃんか」

 

「失礼ね、私はカボチャの馬車を設える善良さを持っているのよ」

 

「一体俺をどこに連れて行こうってんだよ」

 

 呆れた目を通り越して、疲れた目をし始めた衛宮くん。

 面倒くさい奴だと思われるのは癪だが、けれど仕方がないのだ。

 可愛い後輩の事は、幾らでも気に掛けてしまうのだから。

 

「お城か森か、それとも新都?

 どれがお好みかしら」

 

「実質選択肢なんて無いようなもんだろ」

 

 ジトっとした目で見られるが、気にしたら負けである。

 むしろここまで嫌がられるのは、腹立たしいものがあるのだ。

 桜の話だけではない、意地になっている部分もある。

 だからしつこく衛宮くんを誘っている。

 

「さあね、選択肢は衛宮くんにあるわ。

 でもね、ここで拒否されると、私としても辛いわ」

 

「なんでさ」

 

 素直に尋ねて来た衛宮くんに、私は意地悪げに言ったのだ。

 

「友達とお茶をするの、そんなに嫌なの?」

 

「……別に、そんな事はないけど」

 

 一瞬、言葉を詰まらせる衛宮くん。

 確実に手応えはあった。

 だからすかさず、私はこう付け加えたのだ。

 

「なら、良いわよね?」

 

 半ば友情を脅迫に使った様な気はしつつも、この程度は可愛いのものであろう。

 結局、衛宮くんは口をもごもごさせて、何かを言おうとしていたけど、結局何も出てこなかったみたいで。

 

「……分かった」

 

 そう、短く答えたのであった。

 僅かに、なるほど、これは可愛げがある、と思ったのは心の中に秘めることにしておく。

 桜の為にも、衛宮くんの為にもだ。

 

 

 

 

 

 人が行き交う都会の街。

 まるで、波の中に立っているかのよう。

 人海という言葉は、これを見て生まれたのだろう。

 新都に来て、そんなことを私は思う。

 

 お祭りは嫌いじゃないけど、人混みは苦手。

 人の心理とは不思議そのものだ。

 尤も、店に入ってしまえば、関係ないのだけれど。

 

「マーガトロイド、大丈夫か?」

 

 気遣わしげに衛宮くんは私に声を掛けてくれる。

 バスを降りて店に行く途中である現在、どうにも人にぶつかったりして顔を顰めていたからか。

 と言っても、そんなに不機嫌である訳ではない。

 煩わしくはあるけれど、別段問題はないから。

 早くこの場から立ち去りたいという気持ちは存分にあるのだけれど。

 

「大丈夫よ、早く行きましょう」

 

「あぁ」

 

 そう言うと、衛宮くんは私の一歩前に出て歩き始める。

 人混みから守るように、見事にエスコートしてくれて。

 思わず、感心して衛宮くんの背中をまじまじと見つめてしまっていた。

 

「男の子なのね」

 

「親父が女の子には優しくしろって煩くてさ」

 

「英才教育ね」

 

 そういう配慮が出来ると、男の子なんだとしっかり認識できる。

 尤も、彼には既に桜がいるのだけれど。

 だからといって女扱いされなくて良いかといえばそれは別問題の話。

 こういうところに、衛宮くんの良さを感じれる。

 

「で、店はどこにあるんだ?」

 

「ここからしばらく歩いて、右に曲がって木製の看板が見えた所よ」

 

 私の指示に従い、衛宮くんは歩き始める。

 その後ろを、私も一緒の歩幅で付いていく。

 桜が見たら、なんて言うかしら、なんて意地悪な事を考えながら。

 ……直ぐに泣きそうな顔か呆然とした顔が浮かんで、やめたけれど。

 

「ここよ」

 

 道中大した会話もなく、何時の間にかお店に到着していた。

 歩いている最中は、衛宮くんの背中を眺めているだけ。

 飽きはしなかったし、居心地も悪くはなかったから問題はない。

 それもこれも、衛宮くんの独特の雰囲気のお陰であろう。

 

「入るか」

 

「えぇ」

 

 店に入ると、老境に差し掛かった店主が軽く会釈で迎えてくれる。

 私はそれに頷いて、衛宮くんを連れて奥の席を陣取る。

 日当たりも良いので、お気に入りの席だ。

 座ってから、私達は飲み物と軽く摘めるものを頼む。

 が、何故か衛宮くんは難しそうな顔をしていて。

 

「どうしたの?」

 

「いや、こういうところの茶菓子って、洋物が多いなと思って」

 

 どうにも慣れていないのか、衛宮くんはじぃっとメニュー表と睨めっこをしていた。

 視線に力があるのなら、穴が空くかもしれない程に。

 

「和菓子が好きなの?」

 

「好きっていうか落ち着く」

 

「確か餡蜜団子が何処かにあったはずよ」

 

 落ち着く、とは和の心というものであろうか。

 衛宮くんらしくはあるのかもしれない。

 これに柳洞くんも居れば、完璧にそっちの話題で盛り上がっていたであろう。

 それはそれで興味あるけれど、今回の趣旨からは外れているから一先ず置いておいて。

 

「じゃあそれにする」

 

「分かったわ、すみません」

 

 衛宮くんが決めたのを確認してから、店員を呼んで注文を伝える。

 それらを書き留めた店員が場を去った後、ほんの少しだけ沈黙が訪れた。

 衛宮くんはあまり自分から話をするタイプではないから、妥当な結果なのだろう。

 こういうところで、損をしていると思うけれど、逆にそれも興味深くはある。

 気が付けば、私は衛宮くんの顔を覗いていた。

 眺めるように、けれども観察をするかの如く。

 つぶさに、彼の表情を眺めていたのだ。

 

「……マーガトロイド?」

 

 けれど、流石に露骨過ぎたのか、戸惑ったように衛宮くんが声を掛けてきた。

 何かあるのか? と訝しげながら。

 そこで、ようやく私は口を開いたのだ。

 

「ちょっと面白くてね」

 

「俺の顔の何が面白いんだ」

 

「顔じゃないわ、表情よ」

 

 そう言うと、ペタペタと自分の顔を触り出す衛宮くん。

 困惑して、どういうことだと首を傾げている。

 まぁ、普通は自覚なんて出来ないであろうから、そういうものなのだろうけれど。

 

「どういうことだ?」

 

「自分で考えてみるのね」

 

 その方が、悩んでいる姿が見られるから、とかそんな事は少ししか思っていない。

 真剣に衛宮くんが考えることが大事だからと、そう思うのだ。

 ――衛宮くんは笑わないわね、なんて事は特に。

 別に、私と居てつまらないのか、などと邪推している訳ではない。

 それは彼を見ていて親しみを持てる要因の一つではあるのだから、私は嫌いではないのだけれど。

 

「分からなければ、私はそれで良いけど」

 

「何だよ、それは」

 

「その方が私に都合が良いの」

 

 桜もそういうところを含めて、好きになったと思うからきっと大丈夫。

 何というか、衛宮くんには味があるのだろう。

 普通の人から見ると取っ付きにくく感じても、それが良いのだと思う。

 理由は……敢えて言うなら衛宮くんだからだろうか?

 

「さ、それは置いておいて、元の本題に戻りましょう」

 

「むぅ」

 

 顔に気になる、と貼り付けている衛宮くんの意向を見なかった事にして、私はちょっぴり甘い話題に戻ることにする。

 彼と桜のデートはどんな事になったのかという、本来の目的へ。

 ……保護者付きではあったようだけれど。

 

「衛宮くんと桜、それから藤村先生とデートしたのよね?」

 

「マテ、その言い方は大いに語弊がある」

 

「あら、そう?」

 

 そこまで言うと、衛宮くんはやっぱり弄り倒すのか、とどこか達観した様な表情をしていて。

 彼には、そんな顔するからからかわれるのよ、と言ってあげたかった。

 

「桜一筋って事かしら?」

 

「――そう、だな」

 

 一瞬、息を詰まらせたように見えた衛宮くん。

 何だか、感覚的に不安を感じてしまう一瞬。

 だけれど、直ぐに何時もの衛宮くんの雰囲気に戻って。

 気のせいなのだろうと、そう思うことにした。

 

「で、両手に花だった衛宮くんは、一体どうしたの?」

 

「花って……藤ねえは花は花でも、食虫草だぞ?」

 

「捕食されて逃れられないの?」

 

「いや、底がないかの如く家の食料が無くなっていく」

 

 冗談交じりに言った言葉に、衛宮くんは随分味のある表情で答えて。

 容易にその状況が想像できてしまった。

 食料を食い荒らす獰猛な虎、今日も一日頑張りますという姿を。

 

「……大変ね、衛宮くんも」

 

「言うな、何時ものことだ」

 

 何故かは分からないが、SSFという謎の単語が頭に過ぎった。

 天の囁きか何かなのだろうか?

 ……まぁ、どうでもいいのだけれど。

 ゴホンと咳払いを一つして、何も聞かなかったことにする。

 そう、何も無かったのだ。

 と、そんなところで注文の品が運ばれてきた。

 ごゆっくりどうぞという言葉と共に、再び

 

「桜には、どんな服を買ってあげたの?」

 

「淡い色の薄紫の服だな。

 良く桜に映えて似合ってた」

 

 顔色変えずに、そんな事を言ってのける衛宮くん。

 素直なのは彼の美徳の一つであるだろう。

 もし、正面向かって言われれば、面映ゆいことこの上ないだろうが。

 

「可愛いって思った?」

 

「まぁ、そりゃ桜は最初から可愛いし……」

 

 言ってから、衛宮くんは恥ずかしげに頬を染める。

 流石の衛宮くんといえども、こういう事を言うのは恥ずかしいらしい。

 何時まで経っても、初々しさが無くならないのは良いことなのか悪いことなのか。

 まぁ、見ている分にはすごくからかい甲斐があるのだけれど。

 

「好きな人に可愛いって言ってもらえて、服も買って貰える。

 その時の桜は幸せだったでしょうね」

 

 そう言うと、衛宮くんは赤い顔のまま、どこか照れているようで。

 ほんのりとした赤さに、衛宮くんらしさを感じる。

 これが桜ならば、爆発しそうなくらいに真っ赤になって、でも幸せそうな顔をしていただろう。

 衛宮くんの場合は赤さの中に、気恥かしさが目立っている。

 だからこそ、お似合いだと思ってしまうのだ。

 

「……なぁ、マーガトロイド」

 

 今食べているプリンが何時もよりも甘く感じる中、衛宮くんはこんな事を尋ねて来た。

 

「ありがとうってさ、感謝の気持ちが溢れた時以外に使うのか?」

 

 赤さの中に、ふとした真面目さを感じさせながら、衛宮くんは私を見ていた。

 ありがとう、その言葉に何を感じさせられているのか。

 簡単な様で、考えさせられる疑問。

 

「唐突ね」

 

「悪い」

 

「別にいいけど」

 

 至って真剣な衛宮くんに、私は一つ頷いて向かい合う。

 ありがとう、それは感謝を告げる為の言葉。

 人と人が手を繋ぐ為の潤滑油。

 暖かさを感じさせる、心に染みる言葉。

 

「嬉しい時に、ポロリと溢れてしまうわね」

 

「でもそれって、感謝からの派生じゃないのか?」

 

「そうかもしれないわね。

 でもね、感謝と喜びの主従は容易に逆転するわ。

 嬉しいって気持ちが先行することもあるのよ」

 

 嬉しいから、ありがとうって告げる事もある。

 そういう時が、一番心が揺さぶられる。

 私にも、そういう経験があるから分かるのだ。

 

「私が人形劇をしている時の話なのだけれどね」

 

 例えば、と実例を上げよう。

 人形師として、出会いは一期一会。

 その中で、貰える言葉は限られている。

 そんな時に、一番もらえて嬉しい言葉、それは……。

 

「ありがとうって、劇が終わった後に言ってもらえるの。

 面白かった、楽しかったという言葉を添えてね。

 その時、私はやって良かったって思えるわ。

 言葉が暖かくて、私に向けられたモノってキチンと認識できるんですもの」

 

 ありがとうは、恐らくは魔法の言葉。

 ホッとしたり、逆に落ち着いたり、効果は千差万別。

 だけれど、言われて後悔することは殆どない。

 だから、きっと衛宮くんもそれを感じたのだろう。

 つまりは、それを言った相手は一人になる。

 

「桜ね」

 

「……当たりだ」

 

 降参と言わんばかりに、溜息を吐く衛宮くん。

 桜の言葉が胸に来て、戸惑っているのが大きなところであろう。

 きっと、そんな心からの言葉はあまり聞かなかったということか。

 よくありがとうと言われるであろう衛宮くんだからこそ、余計にそう思うのであろう。

 

 衛宮くんのやっている慈善活動、人助け。

 お陰で一部、学校での衛宮くんの評判は概ね耳に届く程に隠れた有名人であるのだ。

 曰く、ブラウニー、バカスパナ、火消し屋、便利屋。

 その様に様々な風聞が流れてくる。

 無論、皮肉も大いに含まれているのは言うまでもない。

 そんな衛宮くんに掛けられる言葉も、形だけか軽いものが殆どであろう。

 普段が空虚な分、響く時はとことん響いていくのだろう。

 

「やっぱり桜は今、幸せよ」

 

 桜じゃない、一介の友達に過ぎないけれど。

 そう、私は断言出来る。

 どんな表情で告げたか、想像は容易であるが故に。

 そして衛宮くんも、その幸せ行きの切符を握っているとは言えるのだろう。

 片方が幸せなら、それに引きづられていくのが人の性であるから。

 

「衛宮くん、あなたもね」

 

「……かもな」

 

 幸せ、それは歓迎すべき事であるはずだけれど。

 何故か、衛宮くんはどこか苦しげな顔をしていた。

 何が不満なのか、それとも不安であるのか。

 単なる幸せ税というには重い表情。

 

 桜が魔術師である事とは関係があるのか。

 それとも衛宮くん個人の問題であるのか。

 ……踏み込んでいない私には、とてもではないが分からない領域の問題。

 でも、それでも、だ。

 

「大丈夫よ、あなたには権利と義務があるのよ」

 

「どういうことだ?」

 

 悩んでいる友達を、助ける位の甲斐性は私にも存在するのだ。

 それが重そうなら、少し位は持ってもいいと思う程度には。

 

「桜は幸せになるべきよ、これは分かるわね?」

 

「あぁ、それは分かってる」

 

 神妙な表情で、衛宮くんは頷く。

 それを確認して、私は自然と続けた。

 なら、と衛宮くんの目をじっと見つめて。

 

「なら、衛宮くんも幸せじゃなければ、それは破綻するわ。

 片方だけが幸せでも、幸せな方も息苦しくなってきてしまうもの」

 

 独り善がりでは何もできない。

 ならば、他人の手を繋ぎ、顔を見て、向き合うべきなのだ。

 形から入るのは良いが、ずっとその調子では何時か噛み合わなくなってしまうから。

 

「だからね、衛宮くんも照れながらでも良いから桜の手を握ってあげなさい。

 そうすれば、桜の嬉しさや暖かさを共有できるはずだから」

 

 そうするだけで、悩んでいるものは和らぐと思う。

 ……一人ぼっちは、誰だって寂しいのだ。

 人の温かさを知っているなら尚更に。

 

 そこまで告げると、衛宮くんはどこか覗くようにして私を見ていた。

 困惑したように、けれど納得を覚えながら。

 

「何?」

 

「いや、桜がマーガトロイドの事、姉さんみたいって言ってんだけど、その意味が分かった気がして」

 

「姉さん、ねぇ」

 

 桜はしっかりしている様に見えて、甘えたがりで誰かに背中を押されるまで動かないところがある。

 一旦決めたことにはひどく頑固なのだけれど。

 その甘える対象に私がなっていることに、喜べばいいのか嘆けばいいのか、判断が難しいところだ。

 可愛がってあげたいけれど、甘やかし過ぎもいけない。

 頼られるのと依存は、また別の話であるのだから。

 ……どちらも嫌いじゃないけれど、依存されてしまえば離れられなくなってしまうのだ。

 だからこその問題であるのだが。

 

「私、そんなにお姉さんっぽいかしら?」

 

「俺はそう思った。

 一成は子供の様な奴だ、なんて言ってるけど」

 

「人の主観一つでズレるものね」

 

 どうせお人形やら、構って欲しがりなところを見て、そういう事を言うのだろう。

 言われて気付いても、少々認めがたいところがある。

 自分が子供、と評されるのはあまり気分が良いものではないのだ。

 

「マーガトロイドは気難しいところがあるからな」

 

「衛宮くんほど、複雑ではないつもりよ」

 

「どうだか」

 

 どこか胡乱げに、私を見る衛宮くん。

 だから敢えてコロコロと笑っておく。

 その方が、余裕があるように見えるから。

 

「今はどこか遠坂じみてる」

 

「私はあそこまで猫かぶりでも、イイ性格をしている訳でもないわ」

 

「どっちもどっちだろ」

 

 何げに失礼な毒を放つ衛宮くん。

 もうちょっと、モノをよく見てから言って欲しい。

 私はもっと正直者であるのだから。

 

「さあね、私は違うと思うけれど」

 

「強情な」

 

「ブーメランって言葉知ってるかしら?」

 

 ひどい水掛け論である。

 どうしようもない程に泥沼で、恐らくは決着が付くことがないであろう議論。

 ……ひどく馬鹿らしかった。

 

「やめましょう」

 

「そうだな」

 

 衛宮くんも同じ気持ちだったのか、呆れ顔ながら同意する。

 どこまでも意味のない事で、決して結論が出ないのは不毛でしかないのだから。

 

「ん、温くなってる」

 

 一旦落ち着くために、頼んでいたアイスティーを飲んだら、それはどこか冷たくなくて。

 やっぱり夏の最中ではないか、と思ってしまう。

 

「結構喋ってたからな」

 

「身のある内容かと言えば別だけれど」

 

 まぁ、単にお喋りがしたからここに来たのだけれど。

 そう言う意味では、決して無駄であったという事はない。

 それなりに会話が続いたという事は、盛り上がっていたと同義であるとも言えるのだから。

 

「これからどうする?」

 

 衛宮くんが、そろそろ帰らないかというニュアンスを含めて、そんな事を訊ねてくる。

 彼からすれば、単に近況報告のような事をする為だけに来たのだから、ある意味当然の結末といえよう。

 

 だが、しかしである。

 わざわざ新都まで出てきたのである。

 それは何故か?

 新都まで来て、茶をしばいて帰るなどと言うつもりなのだろうか?

 否、断じて否である。

 こんな人ごみの多い所まで来たのは、別の目的もあったから。

 

「衛宮くん、これから暇?」

 

「飯作る以外は、今日は特に用事はないけど」

 

 何かあるのか? と首を傾げている衛宮くん。

 そんな彼の肩をガチリと掴む。

 逃げられない様に、しっかりと。

 

「え?」

 

 僅かな困惑、その後にタラリと冷や汗をかき始める衛宮くん。

 どうやら逃げ損なったことを察したようだ。

 

「これから服屋巡りよ」

 

「ちょっと待てっ!

 今日は金がないって言ったよな?」

 

 焦ったように、衛宮くんは告げる。

 が、そんな事で私は逃がすはずがなかった。

 

「試着は、タダなのよ?」

 

「お前、相当タチの悪い客だよ」

 

「年頃の女の子だもの、仕方ないわ」

 

「それが免罪符になると思ってるのか……」

 

「そういう生き物だから、仕方がないって思うしかないわね」

 

 図々しすぎる、と小さく呟く衛宮くん。

 だけれども、桜から常々”先輩は持っている服が少ないんです”とボヤかれれば、思わず着せ替え人形にしたくもなるのだ。

 衛宮くんが嫌がっても、言いくるめて連れて行くつもりである。

 

「……はぁ、分かった」

 

「いやに聞き分けが良いわね」

 

「抵抗しても無駄なんだろ?」

 

 その通りである。

 けれど、別に本気で嫌で拒否反応が起こるなら、そのまま今日は解散でも良かったのであるが。

 でも、既に決定してしまった事だ。

 何ら問題などない、このまま行ってしまっても良いだろう。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

 

「好きにしてくれ」

 

 諦め気味に、投げやりに言う衛宮くん。

 今からそんな調子では、直ぐにバテてしまうであろうに。

 

「程ほどにしておくわ。

 だからもう少し元気出して欲しいものね」

 

「これから疲れる事をするのに、元気も何もないさ」

 

「女の子と買い物なのに、色々と失礼極まりないわ」

 

 まぁ、衛宮くんは、言うことははっきり言うから別に良いのだけれど。

 その分、沢山着せ替えさせてしまえばいいのだから。

 

「行くわよ」

 

 そう言って、私達は会計を済ませて店を出る。

 衛宮くんを使っての着せ替え劇の始まりだ。

 程々といっても、程よく疲れてもらおうという意味合いが強い。

 だから大いに衛宮くんには覚悟をしてもらおう。

 

 半ば決意にも似た我が儘を抱えて、私達は近くのデパートへと向かった。

 こういう店では、なんでも揃っているから。

 

「衛宮くんは好きな服装とか、何かあるのかしら?」

 

 尋ねると、衛宮くんは少し唸ってから、ハンガーを一つ手にする。

 

「こういうの、とかか?」

 

 手にしたのは、メイドインしまむら産の物体。

 安くて庶民の味方、着ている安心感を感じられる……のだけれど、違う、そうじゃない。

 

「なにかこう、ズレてるわ」

 

「なにがさ」

 

 しまいには、そんな事を尋ねてくる始末。

 どう説明したものか、と頭で整理しつつ、私は衛宮くんに語っていく。

 

「ここには、あくまで冷やかしに来たの。

 別に今すぐ買い物を始めようとか、そういうのじゃないのよ」

 

 なのに、である。

 よりにも選ってそのセンスであるのだから、大変頂けなかった。

 

「ならこれは……」

 

 そう言って衛宮くんが手に取ったのは、メイドインユニクロ。

 ここで私は理解した。

 なるほど、衛宮くんのセンスが元よりこういう服を好んでいるのだと。

 ……服を当てている衛宮くんを見ると、確かに似合っていない訳ではないが釈然としない。

 もっと、色々な服があるのに、どうしてそれを選んだのかと問い質したい。

 が、それよりも、私が選んだ服を、逆に衛宮くんに手渡すことにする。

 その方が、余程建設的な気がしたから、というのが理由である。

 

「これなんてどうかしら?」

 

「悪くないな」

 

 感心したかの様に、衛宮くんは呟く。

 私が選んできた服は、黒色のパーカーであった。

 特段変わったものではない為、大体の人には似合うようにできている。

 ……尤も、冒険心が足りないからか、どうにも満足できていないが。

 

「こっちなんてどう?」

 

 次に私は、冒険心をと思い、赤色のポロシャツ。

 当ててみれば、髪の色と揃っているからか安定感はあるが、似合っているかはまた別問題で。

 童顔の衛宮くんに、ポロシャツはイマイチ似合わなかった。

 

「合わないわね、次行きましょう」

 

 そうやって、次々と服を当てては戻していく。

 合う服、合わない服、それぞれであるが、どれも一興であるといったところか。

 その中で、一番大ウケだったのは、私がさり気なく手渡したスーツであった。

 無論ジョークの類であったのだが、衛宮くんは真面目にそれを当てたのだ。

 そして良く分からないな、と呟いてたので、試着も勧めて。

 衛宮くんがスーツを着て現れた姿は……一言で言えば、噴飯物であったのだ。

 

 童顔で、未だ成長途中の衛宮くんの背。

 それに大人ぶったスーツ姿は、如何にも背伸びしている感が満載であったから。

 思わず笑ってしまって以降、衛宮くんはぶすっとした顔のままだった。

 

「さっきは悪かったわ」

 

「悪いと思うなら、もう帰らせろ」

 

 すっかり拗ねてしまった衛宮くんに、私は楽しげな笑みを返す。

 本当に、着せ替え人形が意志を持ってくれている様で、どこまでも飽きないのだ。

 でも、時間は有限であるのもまた世の中の理。

 楽しい時間は直ぐに過ぎるというもの。

 何時の間にか、夕暮れ時になっていたのだ。

 

「衛宮くん、何か飲み物いるかしら?」

 

「別にいい」

 

 口数は減ってしまったけれど、しっかり返答してくれる衛宮くんは生真面目である。

 だから、そんな彼に不快な思いをさせてしまったかと、今更ながらに後悔が湧いてきて。

 

「ごめんなさい。

 衛宮くんの服を選ぶのが楽しいから、はしゃぎ過ぎたわ」

 

 流石に、このまま帰るのは居た堪れなくて、帰りのバスの中で私は謝っていた。

 今後は気をつけると、出来るだけ自分に言い聞かせて。

 

「……分かった。

 何時までも拗ねてるのも、子供みたいだしな」

 

 誠意が伝わったのか、それとも折れてくれたか。

 どちらにしても、衛宮くんはきちんと許してくれた。

 だからそれに、ホッとする。

 

「それでね、衛宮くん」

 

「なんだ、マーガトロイド」

 

 バスが停車する。

 降りるべきバス停に、無事に到着したようだ。

 一旦言葉を控えて、私は小銭を片手にバスを下車する。

 そして衛宮くんが小銭を払って降りようとしているところで、私は言ったのだ。

 

「今日、すごく楽しかったわ。

 ありがとう、衛宮くん」

 

 出来るだけ明るい笑顔を添えて、私は彼に言う。

 できるだけ届いてと、そう念じながら。

 

「――お前、狡いとか言われないか?」

 

 バスの中から帰ってきたのは、そんな言葉。

 夕焼けが濃くて、衛宮くんの頬まできっちりと染めている。

 だから最後に、私はいたずらっぽく笑って言う。

 

「掛け値なしに本音よ。

 今度は桜と二人で行ってあげなさいな」

 

 それでけ告げて、私は背を向ける。

 少しでも、衛宮くんに言葉と気持ちが届けば良いなと思いながら。

 夕焼けが、やっぱり今日は濃い。

 私の頬まで焼いているのだ、本当に罪だと思う。

 だからどこか駆け足気味に、私はその場を後にしたのだった。

 たまには、こういうのも悪くないと思いながら。




桜ごめんよ、たまにはアリスと士郎を単体で絡ませたかったんや。
また何時か、士郎と桜で甘い作品でも書こうかなぁ(そのうち忘れてそうですけど)。

あと、どうでもいいですけど鼻水が止まりません。
どうにかならないものか……。

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