何とか仕上がったので、ロクに校正せずに投稿、まぁ何時ものことですね(白目)。
なお、5時に起きてしまって寝れないので書いた物体な為、後半部分はガバガバかもです。
黄昏覆う夕暮れ時、茜色の空が燃えているように見えるのは、未だにイカロスが飛んでいるから。
……なんて、勿論冗談、そんなにずっと燃えたままなんて、あんまりと言える。
元より、翼のない私達だからこそ、こんな空想に思いを馳せてしまう。
天は高く、私達は地に座する。
だからこそ、空を見上げられるのだけれど。
「月だけじゃなくて夕日も魔力を持っているのね」
こんな下らない繰り言じみたものを私の中で囁かせる程度には、夕日も人を狂わせる。
単に一人寂しい道程の慰めにしか過ぎない三文詩だが、夕日が唄う事を助長しているのに何ら疑いはない。
全く、と溜息を吐くと、足を速める。
一人よりかは二人、それが誰であろうと、一人っきりよりかは慰めにもなる。
だから早足で、私は進んでいく。
この時間に、一人っきりで夕焼けを眺めるのは、無条件に何だか寂しい気がしたから。
だから私は、アスファルトで鋪装された道を影法師と追いかけっこをしながら進む。
到着したら、ご機嫌いかが、とでも声を掛けよう、何て思いながら。
カァカァとカラスが鳴く中、思い浮かべた顔は、これから訪れる彼の味のある笑み。
特段好きじゃないけど、微妙に記憶に残っているから味はあるのだろう。
場合によって彼の色々な感情をミックスした表情は、どうにもこびり付いている。
良くも悪くも、それが人にその存在を然りと認識させるのであろう。
「だからどうって訳はないけど」
誰もいないと、独り言が溢れて仕方ない。
だから急ごう、と自然と思えるのは、我ながら子供の欠片を大事に持っていたからか。
特段悪いことではない、それは分別さえあれば何時までも持っていて良い感情の欠片なのだから。
未だにお人形が好きなのも、もしかしたらそれが一因なのかもしれない。
なので私は、童心というものがそこまで嫌いじゃなかった。
だからと言って、積極的に私が子供です、何て言うつもりは微塵もないのだが。
さて、と顔を上げて、前を見る。
もう直ぐそこに彼の家があった。
古い洋館、世界がそこで完結しているサマは、本当に魔術師の拠点としてはしっかりしている。
冬木魔術師の名家だけあって流石と言えるが、何故だかここの家はあまり好きにはなれない。
遠坂邸も似たりよったりだけれど、あそこの方がまだお上品だと思ってしまうのは、単に私の偏見か?
……いや、恐らくはここは凛の家よりも更に匂いが濃いのだろう。
それが鼻について、思わず眉を顰めてしまう。
私は女の子なのだから、蟲の匂いはあまり好かないだけかもしれないが。
だが、それに気圧されるほど、私は神経が細くはなかった。
そこは単純に可愛げが足りてないかもしれなが、その分は他から補完するので、全くもって問題はない。
なので私は臆することなくチャイムを鳴らす。
この洋館は古いけど、何故かこのチャイムだけは近代的。
まさかだとは思うが、あの妖怪が世間体を気にしてここだけ近代的にしたのか。
もしそうであるのなら、何とも世知辛い話である。
妖怪たる彼の翁も、世間という見えない怪物には恐るしかないのだと、分かってしまうから。
そんな今日の晩御飯を空想するよりも不毛な事を考えていると、そのまま玄関のドアが鈍い音を立てながら開かれた。
そこから現れたのは、何とも不機嫌そうな顔をしている彼の姿。
「こんにちは、間桐くん。
取り立てて良い日ではないけれど、特段悪い日でもないわね」
「……そうかい、そりゃ良かったね。
僕の機嫌は、今まさに落ちていってるところだよ」
「そう、それは災難ね」
忌憚のない意見を述べると彼、間桐くんは露骨に顔を顰めていた。
暖簾に腕押し、ということに気がついたからだろう。
ご愁傷様、と私が言うには少しばかり図々しいかもしれない。
「それで、今暇かしら?
暇じゃなかったら、今すぐに暇を作って欲しいわ」
「お前、僕の意見なんか最初から聞く気はあるのか?」
「大いにあるわ。
意見を聞いてから、あなたの暇を作るお手伝いとするわよ」
だが、今は図々しく行こうと、私は適当な言葉を並べ立てる。
今回は間桐くんに聞きたいことがあってきたのだ。
わざわざここまで来て帰るなんてナンセンス、結果を出して帰りたいのだ。
「フンッ、お前がわざわざ何をしに来たかは分からないが、お前に出す茶なんて一滴もないね」
「狭量は心の貧しさを表しているのよ?」
「最初に会った時、罵倒してきた人間の言葉とは思えないね」
「罵倒なんてとんでもないわ、囁いてあげただけよ」
「本質的には何ら変わりやしなさ、なぁ?」
「違うわよ、ナンパ師さん」
睨んでくる間桐くんに、私は肩を竦めてみせる。
やはり、最初の出会いというのは、大変に重要なものらしい。
第一印象で、相手が苦手かどうかというのが、ここまで響いてくるのだから。
そんな彼を宥める為に、私はもう一度言う。
ここに来て、私が誰に会いに来たのかを。
「良いわ、もう一度言うからよく聞きなさいな。
私はね間桐くん、貴方に会いに来たの」
お分かり? と最後に付け足して、間桐くんを見れば、彼は眉を顰めて私をジッと見つめてきた。
お前、何を企んでいるんだ? という声なき不審が強く感じられる。
それに思わず私は溜息を吐きそうになった。
間桐くんは、私を何だと思っているのか。
詐欺師か悪魔とでも思っているのだったら、不当な妄想と訴えても良いくらいだ。
「極悪なのは凛、私のタチじゃないわ」
「ッハ、お前より遠坂の方が、断然可愛げがあるに決まってるだろ」
……あぁ、間桐くんも、何だかんだで凛の本性を知らないのか。
流石は分厚い優等生の皮を被ってるだけある。
だが、もしかしたらいずれバレるかもしれない。
それはそれで、ある種の興味が働く。
だから私は、鼻で笑っている間桐くんに、少々の哀れみを覚えながらそっと抗議を取り下げた。
何れは、彼もその事に気がつけば良いと思いながら。
「何だよ、急に生温かい目をして。
よくわからないけど、妙ににムカつくんですけど」
「気のせいよ、あまり気にしてはいけないわ」
「あっそ」
怪訝そうな目がウザそうな目つきに変わっていくのを、私はボンヤリと眺めていた。
まぁ、要するに何時もの彼が私を見る目なのだが。
但し噛み付くのも疲れると悟っているからか、特にそれ以上追求することもなかった。
その代わりに、背を向けて入って来いと彼は言う。
嫌な事はさっさと終わらせようと言わんばかりの彼に、私も背を睨み返しながらそのまま家へと踏み込んだ。
……やっぱり、この家はどこかじめっとしている気がする。
ついでに言えば、別に磯もワカメの匂いもしなかった。
他意なんて別にない、えぇ、本当に。
そうして玄関から暗い廊下を少し行くと、そこは居間になっていて、ソファーへと案内された。
そして早々に、彼は急いで尋ねてきたのだ。
「で、お前は何の用があって来たんだよ?」
「せっかちね、お茶の一つくらい出せないほど貧乏じゃないでしょう?」
「……ッチ」
これみよがしに舌打ちをすると、間桐くんは立ち上がってそのまま何処かへと去っていった。
恐らくは本当に何か用意してくれるのだろう。
何だかんだで義理堅くある彼に、素直でないなと感じてしまう。
思えば彼は何時でもそうだった……というには些か交流は不足しているが、それでもそう感じずにはいられない。
それが彼の可愛げであり、衛宮くんの言うところの味の一つであるのだと思う。
そんな風に偉そうに評価している内に、間桐くんはサッサとお茶を入れて戻ってきた。
お盆を一つ机に置いて、ソファーにふんぞり返る。
「アイスティーしか無かったけど、文句は言わせないぞ」
「そう、悪いわね」
間桐くんが持ってきたのは、カステラにアイスティーの注がれたカップという組み合わせ。
お茶請けを持ってきている辺り、彼も大概律儀である。
「で、わざわざお前は僕に、一体何を聞きに来たんだ?」
そして早々に彼はそんな事を尋ねてきた。
無駄なお喋りは一切しないと言わんばかりの拙速。
彼の性格的には、つまりは面倒だからさっさとしろという事。
何とも冷たい仕打ち、流石は間桐くんと言わざるを得ない。
けど、ここでごねても仕方ないと思い、サラッと用事を告げることにした。
「……ま、良いわ。
今回私がここに来たのはね、間桐くん。
三枝さんの事についてよ」
「は? 三枝?」
一瞬間桐くんは怪訝そうに顔を顰め、直後、何かに気が付いたように私を睨む。
仮にも女子に向かって大人気ない視線を向けてくるのだ。
まぁ、内容が内容だけに、彼的には思うところがあるのは分かっているつもりだから、必要以上に騒ぎも煽りもしない。
ただカップを傾けて、アイスティーで喉を潤していた。
「……ふん、そういうことね。
蒔寺か氷室辺りの差し金だろう?」
流石、頭の回転は早いようで、直ぐに私の言いたい事に気が付いたようだ。
張り詰めていた真剣さを交えた空気が、どこか穴の空いたように抜けていく。
間桐くんの表情は、どこか馬鹿にしたようなモノに自然と変わっていた。
わざわざそんなこと、ご苦労様とでも言いたげに。
思わず目を細めると、彼は嘲笑混じりでこう言った。
「はん、馬鹿だねぇ、マーガトロイド。
そんなどうでも良いことを聞くために、こんな苦手な場所にまで来て。
お前、どんだけ馴れ合いたいんだよ」
よく回る口、とここまでくると呆れが先行してくる。
何時もよりも口が動いてるのではないかとすら思う。
まぁ、即ちそれは、彼の間桐くん的に苛立ちを感じる話題であった、という事なのだろう。
「攻撃的ね」
「何が言いたい?」
「別に。
返す言葉が中々見つからないから、困っていただけよ」
告れば、間桐くんは鼻白んで私を見て、誤魔化すようにアイスティーに口をつけた。
もし、ここで気持ちは分かるが云々と答えていれば、失笑と怒りを買った事だろう。
なんて面倒臭い、そう思うのも仕方ない。
けど、間桐くんには間桐くんの考えや感覚があるのだ。
あまりそれも疎かに出来ないし、したいとも思わない。
だからこその、この啄き合うような会話なのだが。
そうして、ある種の睨み合いっこの様な様相を呈して来た時、ぼそりと間桐くんは呟いた。
「本当にウザイよ、お前」
それ単体だと単なる悪口だが、あまりにシミジミとした口調に、反論は戸惑ってしまう。
間桐くんは私に含むところがある。
それは前々から、あの夜に会った後からも承知していた。
でも、ここまで露骨に口にされたのは初めての事。
ジッと間桐くんの目を見ると、彼も逸らすことなく視線をぶつけてくる。
「……あのさ」
最初に痺れを切らしたのは間桐くんだった。
視線は逸らさずに、そっと呟く。
「別に、魔術師になろうなんて、今は思ってないさ」
勿論、使えるのなら使ってみたいけどね、と続ける彼。
珍しく、本当に珍しく、本音で語っているように見える。
もしかしたら、彼の心の内に秘めたものが、つい溢れ出てしまっているのかもしれない。
私相手に、いや、弱みを見せてしまった私だから、と自惚れがてらに思ってしまう。
だからか、今は何も口にせずに間桐くんの言葉に耳を傾け続ける。
吐き出すものを、全て吐き出させてしまおうと思ったから。
「だけどね、言ったように憧れだって簡単に消える訳がない。
僕のこれはね、妄執に近いんだ。
間桐の血統の、ある意味で悪い部分がしっかりと僕にも現れたわけだ」
間桐くんの、自嘲にも似た一人語り。
ずっと悩んでいたであろう、苦悩の断片。
私になんか愚痴っている辺り、もはやこれはヤケクソというのかもしれない。
「三枝はね、正直僕にとってはどうでもいい奴だったね。
ただね、あいつがちょっと変だって事に気が付いた時の僕、あの時は少し哂ったよ。
お前もそうだったのかってね。
だから三枝はどうでもいい奴から、気に入らない観察対象へと変わった訳さ。
魔術的な素養はないけど、それでも何かの力を持ってるって、不可思議な存在としてね」
彼の中では、鬱屈のようなものが溜まっていたに違いない。
三枝さんは切っ掛けに過ぎない。
もし他の同じような誰かを見て、もしかして自分にも何か特別なものが、と夢想することは多々あること。
そして結局、自分には特にそういうものがなかったと気が付いた時の失望、それは特に酷いものになるだろう。
……私にも、手の届かないものに対しての羨望を覚えることがあるから、間桐くん程はないにしろ分からなくもない考えだ。
「だから、今回三枝を見ていたのは観察。
それ以上でもそれ以下でもないさ」
「人はね、それをストーキングというのよ」
「ッハハ、相変わらず巫山戯た事を言うね、マーガトロイド」
こめかみをヒクつかせながら、間桐くんは引き攣った笑みを浮かべている。
半分ほど無意識でのツッコミであったが、丁度空気を和らげるには最適であったようだ。
間桐くんは一つ、はぁ、と小さな溜息を吐くと、嘲笑を引っ込めて何時も通りの彼に戻っていた。
何時も通りの、どこか小馬鹿にしているような、だけれどこちらを伺ってるようにも感じる顔。
それだけで、やっぱり間桐くんは面倒な人だな、とわかるものだ。
「それで? 三枝さんの事、ストーキングは止めるのかしら?」
「……その言い方、止めてくれないかな?」
「あなたの返答次第ね」
嫌な奴だ、と小声で呟いた間桐くんは、然りと一つ頷いた。
つまりは、もう三枝さんの露骨な観察と称した視姦は行わないということ。
間桐くんとしては大いに気になることの一つであろうが、それを押し退けてでも私の言葉を受諾してくれた。
提案したこちらが思うのも何だが、どうして? という感情は自然と湧き上がってくる。
だから馬鹿を承知で訪ねてみた、どうして受け入れたのかを。
「ね、間桐くん、理由は?」
「お前も、割合面倒臭い奴だよ」
「貴方ほどじゃないわ」
全く、と零しつつ、間桐くんはどうでも良さげに答えた。
彼にとって、本当にその程度だと言わんばかりに。
「三枝ね、思った以上に普通だった。
普通すぎて、面白みも何もなかったよ。
平凡の極地にいる女、それがあいつさ」
だから、と彼は言う。
これこそが真実だと、伝えるように。
「見ている内に分かったんだよ。
あいつは変なものが見えるけど、それだけであいつは特に特別な奴じゃないんだって。
ごく普通の、そこいらにいる、衛宮よりも特色がない貧乏庶民なのさ、あいつは」
つまらなさそうに、間桐くんはそう、一語で切って捨てた。
そこには、氷室さんが期待したであろう恋愛の芳香など、一片たりとも存在しない。
哀れというか、むしろ三枝さん的にはよろしかったというべきか。
間桐くんは三枝さんに興味が持ちきれず、三枝さんとしても間桐くんの視線は心地悪かった。
ならば、これで一件落着とでも言って良いだろう。
何ら難しいことなどない。
既に間桐くんは惰性で三枝さんを観察していたに過ぎず、普通だと内心では判断を下していた。
いずれ、私が言わずとも近い内に自然消滅していた案件に過ぎないのだから。
「面白みはないけれど、妥当なところで落ち着いたわね」
取り敢えず果たすべき用事を終えた後、私は弛緩した空気の中でボソリと呟いた。
すると、この独り言を間桐くんは耳聡く聞きつけていたようで、へぇ、何て言って私に振り向いた。
ポロリと漏らした弱音を追いやるためか、少々ばかり絡んできたのだ。
「面白い展開ってどういうモノだよ、マーガトロイド?」
「貴方と三枝さんの隠れた愛、なんてどうかしら?」
氷室さん説をそのまま言うと、間桐くんは馬鹿にしたように鼻で笑った。
有り得ないと、私が氷室さんから聞いて思ったみたいに。
「三枝はね、普通すぎるんだよ。
凡人にしたって、衛宮の方がまだ面白みがある。
あそこまで平和ボケしてるのは、僕としては願い下げだね!」
「どうして比較に、一々衛宮くんを持ち出したのかしら?」
しかも恋人云々のところで。
学校で怪しい、なんて巫山戯半分で噂されているけど、間桐くんのこういう部分があるから、そういう話が広がるのだろう。
そんなことを考えていると、私の心を読み取ったかのように間桐くんの顔が赤くなる。
無論、照れているのではなく、切れているということであるが。
「あのさぁ、俗の事には興味ありませんなんて顔しといて、俗物そのものな事を言うよね、お前」
「知らなかったの?
私は普通の俗物よ」
「お前、顔からして浮世離れしてるんだよ。
普通はそんな事考えてるなんて、誰も露にも思ってないだろうね」
「……これが人種差別ね」
それも違うだろ、という間桐くんの声を無視して、私は思うのだ。
一々意味深に聞こえてしまうのは、私の脳が腐ってるからではなくて、間桐くんの物言いに大きな責任が帰せられる、と。
実際、間桐くんは衛宮くんが大好き。
この点は、本人は否定するだろうが曲げようが無いだろう。
「なんだよ、鬱陶しい顔して」
「間桐くんは器用だけれど、局所的に不器用なのね、と思っていただけよ」
「……何考えてるか分からないフリをするけどね、今のお前の考えてること諸々が下衆の勘ぐりなんだよ」
「そう? 柳洞くんも混ぜて考えると、中々に楽しいけれど」
「柳洞を引き合いに出すってことは、明らかに意図して狙ってやってるんだろ!」
打てば響くと言わんばかりに、反応が大きくなる間桐くん。
何時ぞやの柳洞くん並みに面白い。
この二人は、嫌でも衛宮くんの名前を出すと反応してしまうところなんて特に。
「あらあら、こういう時、日本ではカルシウムが足りていないって言うのよね?」
「明らかに相手を馬鹿にするときに使う言なんだよ、馬鹿っ!」
しかし、中々に沸点が低い。
本人見てれば分かる通りに伊達者を気取っているから、そういう噂が腹立たしいのか。
気持ちは分かるし理解できるが、逆に言えば馬鹿らしいと一蹴できないくらいに、衛宮くんに入れ込んでいると言える。
……いや、流石にここまでくれば、邪推の一語で切り捨てられるだろうが。
「楽しいわね、間桐くん」
「お前は僕を玩具にしたいのか?
だったら直ぐに帰れ、お前に茶を出したのも間違いだった!」
「客人にあまりの暴言は良くないわよ?」
「客人? ハン、馬鹿を言うなよマーガトロイド。
客人って言い張りたいんなら最初から最後まで、それ相応の態度ってものがあるんじゃないかい?
誠意を示せよ、せ・い・い・を!」
後半のイントネーションは、からかわれた反動か、こちらをおちょくるニュアンスを多分に感じる。
あぁ、成程、間桐くんは魔術師でなくても、そのヤらしさはしっかりと遺伝として受け取ってしまっていたようだ。
このねちっこさ、間違いなくあの妖怪の血筋に違いない。
だからか、それに相応しいものがあった気がするので、通学鞄の中を探す。
すると中から、無事にそれらしき物があったので、それを取り出した。
「仕方ないわね……呪いの藁人形だけど、いる?」
「いらないよ!
というか、なんで持ち歩いているんだよ、お前!?」
「淑女の嗜みね。
そうね、アイスティーを出してくれたお礼に、ここに名前を書いてあげるわ。
今日からこの人形は、まとーシンジくん人形よ」
「おい馬鹿やめろ!」
しかし私も魔術師、いや、人の子。
ねちっこさでは、多分負けていない。
それを察知してか、明らかに危ない人を見る目に変わってきている間桐くん。
正に無礼千万、なので容赦なく油性マジックで書きづらいが、間桐慎二の名前を刻む。
思わずといった風にソファーから立ち上がった間桐くんだが、最早手遅れ。
やや歪んだが、無事にまとーシンジと名前は書かれてしまった。
「お、お前」
間桐くんの顔が引き攣り、声が震えてる。
このアマ、やりやがったと言わんばかりに。
なので私はとびっきりの笑顔で、こう答えたのだ。
「大丈夫よ、きっと柳洞くんの恩讐も詰まってるから」
「お前、本当に何なんだよ!?
というか、それはどこ産だ!」
「柳洞寺のお墓で作ったわ。
しっかりとお墓の空気を吸って、呪う相手に効果を発揮するモノよ」
罰当たり、といった視線を受けるが、私は止まる気はない。
性格が悪いと知りながら、ニコニコして続けるのだ。
「私知ってるわ、こういうのって玄関に飾ってると厄除けになるんでしょう?
今すぐ飾ってきてあげるわ」
「しめ縄と一緒にするな!
あと、飾られたら全部僕に厄が来るって事じゃないか!」
「良かったわね、魔除けの鈴でもいる?」
「今すぐにお前を殺せる道具が欲しいね」
「よく考えなさい、間桐くん。
迂闊な発言をすれば、この子の命は絶たれるわよ」
物騒な一言を言うと、間桐くんの目は寸分違わず私の持っているまとーシンジくん人形に釘付になった。
今後、このまとーシンジくん人形がこれほどの熱視線を浴びることがないと考えると、今こそがこの子の最盛期かもしれない。
「おい、マーガトロイド!
今すぐその人形を何とかするんだ。
なぁ、頭の良いお前なら分かるだろう?」
急に阿り始めた間桐くん。
先程からの態度と比べての豹変ぶりに、嗜虐的な心が擽られるのも仕方ない事だろう。
「何とかって?
キリストごっこでもするの?
やるならまとーシンジくん人形が、民衆から石を投げられて磔にされる役よ」
「お、おい、早まるな、早まるなよ……」
告げると、目に見えて顔が蒼くなっていく間桐くん。
まるでそれは、売られる子牛の様。
流石に見ていて、哀れさを誘われる。
だから、そろそろからかうのもお仕舞いにしようか、何て思ったのだ。
十分に遊んだし、仕返しもしたから。
「ねぇ、間桐くん、良いことを教えてあげる」
「な、何かな?」
愛想笑いを頑張っている間桐くんに、私は出来るだけ優しい表情で告げた。
次に起こる反応に、おおよその目星をつけながら。
「呪いの人形はね、呪うべき相手の一部、例えば髪の毛とかが存在しないと無意味なのよ」
落ち着いて、窘めるように。
私はゆっくりと告げた。
すると間桐くんは、一瞬訳の分からなさそうな顔をして、そして持ち前の頭の速さで結論を出したのであろう。
次の瞬間には顔を真っ赤にして、私の方へと顔を向けていた。
浮かぶ表情は勿論慕情などではなく、憤怒のもの。
あ、これはからかい過ぎたかな? と今更ながらに思う次第である。
「お、お前ぇぇぇ!!!」
「落ち着きなさい間桐くん。
あら、このカステラ美味しいわね」
これはそろそろ帰る事になりそうなので、未だに手を付けていなかったカステラに手を伸ばすと、中々にお上品な味がした。
流石は名家に置いているお菓子、良いのもだと素直に感心できる。
「何普通に食ってるんだよ!
お前に出すものなんて、もう塩しかないよ、理解してるよなぁマーガトロイド!」
「なら、今度から自分でお土産の品を持参することにするわ」
モグモグとカステラを出されたフォークで分割し、口に運び続ける。
そしてやや無理気味に全てのカステラを押し込むと、アイスティーで口の中を洗い流す。
口の中に残っていたカステラの風味は流れて、後には何も残らない。
ただ漠然と、どうせなら温かい紅茶の方が好みだわ、と漠然と思う程度。
「ごちそうさま」
「食ったな?
よし、さっさと出て行け、この疫病神!」
「……そうね、そろそろお暇しましょうか」
間桐くんも怖いし、と言うと、彼は憤慨した表情で立ち上がる。
そして玄関へと続く扉を開けると、今すぐに出て行けと言わんばかりに玄関を指差した。
口も利きたくない、ということか。
やれやれと思いつつも、私はその場を立つ。
そろそろ時間であり、引き時でもあると思ったから。
間桐君との会話が幾ら楽しくとも、長居をし過ぎるとどこぞから妖怪が這い寄ってきそうな空気が、この家にはあるのだから。
なので私はそのまま玄関へと向かい、そこで靴を履く。
そして、では、と立ち上がろうとした時だった。
急に、目の前の玄関の扉が開く。
何かと思い顔を上げれば、そこには桜の姿。
何か用があってこの家に戻ってきたのかと考えていると、桜も私に驚いたように固まっている。
絶句して、マジマジと私を見つめてくる。
何を驚いているのかは分からないが、取りあえずは何時も通りに挨拶を交わす。
「こんにちは桜。
最近だと、こんばんはに近い時期になってきたわね」
そう告げると、半ば呆けていた桜も意識を取り戻したようで、すぐにこんにちはと返事をしてきた。
さて、と立ち上がって桜を見ると、どこか元気がなさそうな顔。
取り立てて他の感情が見受けられるという訳ではないが、それでも桜はそういう感情をすぐに隠してしまうから私から見ると、とてもよく目立っているように見える。
だからか、私は軽く彼女に問いを投げていた。
「浮かない顔だけれど、何か嫌な事でもあったのかしら?」
そう問うと、桜は曖昧に笑いながら、明確に答える事はなかった。
ただ、漠然と桜に、何か望まないものがある、もしくはあったのではないか? と推測させられる程度で。
代わりに、桜ではなくて後方から声が聞こえきた。
振り向けばさっきまで口を聞きたくなさそうにしていた間桐くんの姿。
渋々といった体ではあるが、間桐くんは口を開いていたのだ。
「家の用事さ。
これから面倒くさいことがある、それだけだ。
これは間桐の家の問題だ。
だから余計な事はするな、わかるだろ?」
間桐くんの億劫げな口調に、嘘はついてないな、と感じるものがあった。
桜に視線を向けると、小さく頷く。
ならば、きっと本当の事で、私が深く突っ込んではいけない事なのだろう。
「すみませんアリス先輩、そういう事なんです。
ところでアリス先輩は、どうして家に?」
「間桐くんに確かめたかった事があったの。
それから、間桐くんと遊びたかったのかもしれないわ」
そう告げると、納得したように桜は首肯した。
そして僅かに微笑んで。
小さな唇を開けて、言ったのだ。
「これからも、兄さんを気に掛けてあげてください」
そう言うと桜は、ぺこりと頭を下げて、そのまま靴を脱ぎ、奥の廊下へと姿を隠す。
その時見えた彼女の背中は、どうしてだか儚く見えた。
「ッチ、余計なことを言いやがって」
けど、それを感じさせやしない為か、間桐くんは口を開いた。
どこかさっきまでと違い、ぶっきらぼうに。
「おい、マーガトロイド」
だからその呼びかけにも、自然と何? と返していた。
その口調から、何かを伝えようとしている気がして。
「お前は僕には一切構わなくて良い。
だから、その分桜を気にかけろ。
お前が間桐の家にするのは、それだけで良い」
ご丁寧にそう告げると、桜に倣ってか彼の直ぐに背中を向けた。
そのままドシドシと奥へと引っ込もうとする。
そんな彼に、私は聞こえているか分からないが、声を掛ける。
自分の所感を、そのまま言葉にして。
「貴方が望む望まないに関わらず、私は桜とは仲良くし続けるわ。
ただね、間桐くん。
私は貴方のこと、そこまで嫌いじゃないの。
それは覚えていてね」
一瞬、足が止まったから、きっと聞こえはしたのだろう。
私はそう思い、そのまま玄関を出た。
最初から最後まで、やっぱり彼は素直じゃなかったな、とぼんやり思いながら。
そしてある程度歩いたところで、私は間桐邸を振り返る。
どこか陰気で、篭った屋敷。
そこに向かって、私は囁いたのだ。
「あなたがどう思ってるかは分からないけどね、私はあなたを友達だと思っているわ」
聞こえない所で言うのは、男の子にこんな事を真顔で言うのは恥ずかしかったからだ。
なのでこっそりと、誰にも聞かれない所で言った。
ふう、と溜息を吐くと、そのまま私は帰るべき場所である遠坂邸を目指す。
どうにもきな臭いから、衛宮くん辺りにでも桜の事を訪ねてみようかと思いながら。
辺りは暗く、電灯がチカチカ光っている。
それに目をやりながら、私は歩を進めていく。
帰り道は、足は軽くも、何故か重く感じた。
そしてワカメ兄さんから見た、周りの人の評価。
臓硯おじいちゃん:妖怪目化物科
ただひたすらに怖い人、兄さんにとってのラスボス。
何時かぶちのめしたいと思ってる(思ってるだけ)。
士郎:友達目親友科
唯一の男友達にして、本人は決して認めないだろうが親友。
使える奴、とはワカメ兄さんの中でかなり高評価な人物評であり、それを士郎に言いまくっているあたりに、どれほど入れ込んでいるかが分かる(この小説では、ですが)。
そのせいでホモ扱いされるのは、玉に瑕。
凛:恋愛目トキメキ科
完璧無比の優等生、遠坂凛は皆の憧れ!
無論それは慎二にも当てはまり、何時か恋人にしたいと思っている。
話しかけたら笑顔で応答して(いるけど、実は口説かれ続けてるせいで右手を強く握りしめてプルプル震わせてイライラしている)くれるから、脈はあると思っている。
……だが、その幻想もクリスマス・イヴに打ち砕かれる……。
桜:妹目ポンコツ科
アリスに絡むまで、本当に魔術関連で恨んでいたけど、最近は可愛げがあるにはある、鈍臭い妹に認識が変わった模様。
何とかしてあげたいと思い色々と探っているが、手掛かりが殆ど見当たらない。
一回、彼女のこと関連で、蒼崎橙子の住処を無駄に高い推理能力で割り当てて訪ねたことがあるが、体を全て人形に置き換えるという発言にドン引きして、もっと他に良い方法が無いかを詮索中。
アリス:天敵目タンコブ科
現在アリスにワカメ兄さんは、冷たい目で罵られる(初対面)、海産物呼ばわりされる、弱みをぶちまけた挙句殴りに掛かる、一成や士郎との三角関係を見世物代わりに見物される、この話でおちょくられまくる、と順当に戦績を上げていっている。
但し、嫌いではなく、苦手という分類。
忌々しいと思っても、憎悪することはない。
どうでもいい無駄話をすると、ワカメ兄さんはアリスにはアイスティーを出しても砂糖は自分で入れさせますが、士郎には自分で砂糖を入れてあげます。
本当にどうでもいい話ですが。