冬木の街の人形師   作:ペンギン3

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気が付けば8月も後半。
たまげるなぁ、としか言えないです。


第33話 目指す場所への指針

 暗い洞窟、外界と遮られた密閉空間。

 そこで、私は一人の妖怪と対峙する。

 あまり関わり合いに成りたくないけれど、その理由だけでそっぽを向くには惜しいパイプを持っている人……間桐臓硯と。

 

「呵呵、よく来たのぉ、マーガトロイドの小娘よ」

 

「あなたがこの場所に呼びつけたからよ。

 本来なら、自分の家で持て成すのが筋じゃないかしら?」

 

「主の事情の事じゃろうて」

 

「わざわざ、こんな所に呼び出す理由が分からないと言ってるのよ」

 

 来て早々に惚けた事を言うこの目の前の人物に、ガン付ける感覚で睨みつける。

 分かってて言ってるのだろうし、深い皺が刻まれた顔が見事に愉快そうに歪んでいるのだから、まず間違いない。

 相変わらずの性格の悪さで、辟易してしまう。

 辺りの暗さとこの妖怪の嗤い声が、この場に漂う不気味さを倍増させられ、余計にこの場に居る憂鬱さが加速していく。

 

「理由など、無いに等しいのぅ」

 

「は?」

 

 だからそれを聞いた時、余計にここに来てしまった事を後悔してしまっていた。

 反射的に睨み返すと、静かに、けれども口元を歪ませてニタリと笑う臓硯。

 眼鏡越しに見える彼の姿は、やっぱり何を考えているか分からなくて。

 

「強いて云うなれば、たまの外食を行っていただけじゃて」

 

「外食?」

 

 問い返せば、目の前の妖怪は頷いて、変わらぬ調子で話し始める。

 そう、それは間桐家の食卓事情が変わったのじゃ、というところから。

 

「あれは今年の春じゃったか。

 儂の孫、桜めが外泊を始めた事が始まりであった。

 次第に、桜は家と外泊先の比重が逆転しての。

 家に居る事の方が、珍しくなった」

 

「そう、それは健全で喜ばしい事ね」

 

 皮肉がてらに口を挟めば、呵呵と何時も通りの不快な声の嗤い声を上げて。

 意味深に私を見て、さてはてと言葉を漏らす。

 

「誰が、桜を扇動したのかのぅ」

 

「――誰が、なんて問題じゃないわ。

 だって、彼女が自分で、変わりたいって思ったんだから」

 

 見事に皮肉で返される結果となったが、私は厚顔さと真実を武器に、素知らぬ顔で桜を想う。

 あの娘は少し怖がりだから、ちょっと見つめてくれて、背中を押してくれる人を欲しがっていただけで。

 それを、たまたま私が担っただけ。

 場合によっては凛だって、もしかしたら何かが間違って間桐くんがその役目に付いていたのかもしれない。

 そう、だから誰が桜を励ましたとか、そういう事は全く持って関係ないのだ。

 誰がお呪いを掛けても、桜は自分で一歩を踏み出したのだから。

 

「そうか、そうか、桜は余程友人に恵まれたと見える」

 

「思ってもない事を口にしてると、本当の言葉が吐けなくなるわよ?」

 

「いやいや、真実そう思っているのだよ」

 

 胡乱げな目で、臓硯を私は睨んでいた。

 胡散臭いって、素直に感じたままの感想を、彼にお届けする為に。

 ここの空気みたいに、ジトっとした目。

 それで真意を探るべく、ずっと睨み続けていると……。

 

「やれやれ、最近の若いのは疑り深い」

 

「貴方の日頃の態度を振り返りなさい」

 

「心外じゃのぅ、日々魔術師としての研鑽を怠ったことなぞ無いぞ」

 

「魔術師すぎるから、余計に信用できないのよ!」

 

 惚けた事を言うのでハッキリと、それも鋭く告げればまたもニヤリと言葉なく嗤う。

 そういうところが、余計に信頼など出来るはずもないというのに。

 魔術師といっても、人格的に信用に足る人間は冬木の街には探せば結構いる。

 凛然り、桜然り、衛宮くん然り。

 それ故に、その中で余計に、この目の前の人物の事が信じられなくなるのだ。

 だからこそ、用いる分には、丁度良いと言えるのかもしれないが。

 

「……はぁ、まあ良いわ。

 それで、実際のところはどうなの?」

 

「言っておろうが、外食しかしてきてないと」

 

 飄々と答える臓硯。

 もしかしたら、本当にご飯を食べて来ただけなもかもしれない。

 だとしても、それはそれで業腹なのだが。

 仮にもしそうだったとしても、こんな場所で外食とは。

 精進料理でも食べに来たのか、そもそも普段は何を食べて生活しているのか。

 疑問は尽きないどころか、増えていくばかりだ。

 

「分かった、もうその話は良いわ。

 本題に入りましょうか」

 

「うむ、そうじゃのぅ」

 

 埒が明かない上に至極どうでも良い話なので、ここで一旦切り上げ、本来の目的に話をシフトする。

 この人も、そこには同意だったらしく、多くを語らずに頷いていた。

 故に、私はすぅっと、軽く深呼吸を行う。

 気分を入れ替える為に、この洞窟の中のジメジメして湿度の高い空気を吸い込み、そして吐き出す。

 あまり気分の良いものではないけれど、それだけでスイッチが切り替わったかの様な気分になれる。

 流石に、魔術回路を入れた時の、あの鋭さには及ばないけれど。

 でも、今の気分的にはそれに近いものがある……目の前の、この人物のお陰で。

 だから、油断なく、隙なく、私は意思を持って彼に尋ねる。

 つまりは、今後の展望のようなもの、その方向を。

 

「おおよそだけれど、英霊の召喚についての原案が纏まったわ。

 勿論、私一人では無理で、貴方達の協力が必要なのだけれど」

 

「呵呵、達と来たか」

 

「えぇ、そう、貴方”達”」

 

 他意は勿論あるわ、とニュアンスを含んでの言葉。

 露骨に隠す気のない私の物言いに、けれども臓硯は全く怯まない。

 逆に、それで? と威圧感すら感じれるのだから、年の功を発揮していると言えるか。

 

「だって、貴方一人で遠坂やアインツベルンに了解なしだと、虎の尾を踏むようなものでしょう?」

 

「いやはや、全く持ってその通りじゃの。

 そう、儂とお主だけでは、事を運ぶことは出来ない。

 御三家の中で、どれか一つの家が反対すると失敗する」

 

 私の言葉に、意趣返しじみた返事をする臓硯。

 けれど、それで私は怯まない。

 むしろ、そちらこそ良いのかしら? と態度を強めに押し通る。

 下手にこちらが引こうものならば、つけ込まれるのは目に見えているのだから。

 

「これは研究で、今は思考実験段階。

 次の実際に工程を経ての実験へ至る為には、貴方の協力がなければ成し得ないのは事実だわ。

 けれど、ここに来て妨害をしようものなら、それは研究の報告が止まる事を意味している。

 ここまで来て、貴方は気にならないの?

 もしかしたら、独自の技術が拡張されるかもしれないというのに」

 

 半ば開き直っての言葉であるが、真実として資料は少しづつ蓄積されている。

 ここで協力を惜しむようならば、間桐家に成果を提示する事を私はしなくなるだろう。

 臓硯が私に協力していたのは、やはりリスクなく資料が手に入るから。

 自力で研究するには、やや無駄が多く面倒な分野でもあるのだから。

 

 発言の反応を見る為に彼を見れば、何時も通りの能面の如き笑みしか浮かべておらず、全く動じていないのが想像できる。

 それで? と問うた私に、臓硯は全く堪えていなかったのだ。

 それに連動して、彼はこうも言った。

 

「確かにここで研究を投げ捨てられても、確かに儂としては残念な事になる。

 しかし、逆に言えば惜しいだけとも言える。

 それは、分かっておろうな?」

 

「えぇ、勿論」

 

 何時もと変わらない顔で、古井戸の如く私を見ながら脅す。

 流石に年季が入っているだけあって、迫力もバカにできない。

 睨み返してもどこ吹く風なのだから、全く持って大したものだ。

 

 故に、さて、と思案する。

 どうにも、ここであまり敵対的に反応しても、賢いとは言えなくなってきたから。

 逆に、言質を引き出す方向にシフトした方が、余程成果は得られるかも、と予想出来てしまったから。

 別にそれは良い、やぶさかではない。

 けど、それをこの人物に強制されたかと思うと、何とも言えない敗北感が胸に広がって……。

 

「貴方が協力してくれる限り、私はこれまで通り貴方に資料を供給し続けるわ」

 

 結局、その敗北感を抱えたまま、私は現実と妥協する。

 ここは、強がる場面じゃないから。

 無理をする時まで、強がりは持ち越すことにした。

 きっと、この妖怪相手なら、何時かその時は来る。

 だから、今は我慢して、力を蓄えておくべきなのだ。

 

「呵呵、そうじゃ、それで良い。

 儂も、主が裏切らぬ限りは協力しよう」

 

 楽しげな声、けれども微塵も愉快さなど感じていないであろう臓硯に私は辟易としつつ、話を取り纏めていく。

 つまりは、これからどうしていくのか、というお話。

 結局は私が半分折れる形だけれど、半ば一蓮托生なところがあるので裏切られはしないはず……役立たずと、そう思われない限り。

 

「そう、結構な事ね。

 話を詰めていきましょうか」

 

「うむ、結構。

 まずは方法とやらから聞こうかのぅ」

 

「分かったわ」

 

 言葉数は少なく、頭の中で話す内容を選択していく。

 どれを話して、それを話さないか。

 流石に一々全てを話していると時間も、そして私の労力にも見合わない。

 なので取捨選択して、言葉を発していく。

 まずは、一番重要であろう英霊の召喚方法から。

 

「まず、予めに言う事があれば、英霊召喚には聖杯が必須だという事。

 でなければ、抑止力に睨まれて、召喚直後に隕石でも降ってきて私達はあの世行きよ……極端な例だけれどね」

 

「然り、じゃのぅ。

 それに加え、英霊を召喚するには、大量の魔力と維持の為の魔力、この二つが必要。

 よしんば英霊の召喚に成功したとしても、それをどう支えていくつもりか?」

 

「それについては問題ないわ」

 

 ほぅ、と呟いた臓硯に、私は簡単な話、と前置きして続ける。

 つまりは、こうすれば良いのだと。

 

「要は維持できれば良いのよ。

 つまり、本来の英霊の如き権能を振るえなくても、何ら問題はない。

 私が求めているのは、偉大な魔術師の頭脳であって、その戦闘能力じゃないわ」

 

「……弱体化させる訳じゃな」

 

「当たりよ」

 

 頷き、私は一つの用紙を臓硯に渡す。

 内容といえば、召喚の際に敷設する魔法陣について。

 

「成程、nauthiz(欠乏)のルーンを刻むか」

 

「そうよ、これなら意図的に召喚する英霊を弱体化できる。

 必然性の欠乏、陣に組み込むならこれが適切なルーンでしょう?」

 

「ふむ、確かに可能じゃな。

 これならば、魔力消費が微量で済む」

 

 渡した用紙を肯定しながら見る臓硯に安堵しつつ、次の事に頭を巡らせる。

 と言っても、次にするべき事は技術的なものではなくて、この目の前の妖怪に取り入る事なのだけれど。

 

「それで、結構かしら?」

 

「穴がないとは言わんが、概ねはの」

 

「分かったわ、更に詰めておくわね」

 

 それで、と私は切り出す。

 儀式を成功させる為の補完を行うには、この目の前の人物が必要だ。

 協力するとは言って貰えた。

 故に、内容を煮詰めて、援助するという更なる確認が必要である。

 言葉だけの援助など、私は求めていないのだから。

 

「それで、令呪とアインツベルンに対しての折衝の事だけれど」

 

「令呪の運用については、こちらで対処しよう。

 但し、令呪そのものについては教会に存在しているが故に、言峰綺礼に話を通せ」

 

「言峰神父は、御三家の同意があるのならば、令呪の開放はやぶさかで無いと言っているわ」

 

「そうか、では後はアインツベルンじゃのぅ」

 

 流す様に、臓硯はアインツベルンに話を持っていく。

 つまりは、彼自身は協力するという言葉通りに動いてくれるという事。

 憂いは、彼の言うところのアインツベルンのみになる。

 そう考えると、私の考えていた事も、もう直ぐで達成できそうで気分が高揚してくる。

 一歩一歩、着実に前進しているのだから。

 

「お主は、彼奴等を納得させ得る条件を持っているのかえ?」

 

 だから、後はこの試練を乗り越えれば、残りの頂きが見えてくる。

 人形に意思を持たせるという作業の手段に過ぎないけれど、それでも目指していたものが目の前に近づいて来ていると考えたら、奮起せずには居られない。

 

「ごめんなさい、それはまだよ。

 アインツベルンが何を望んでいるのか、それを分かっていないもの。

 でも、ある程度の条件なら飲むわ」

 

 ここまで来たら、多少の譲歩も必要だろう。

 いや、譲歩出来るだけ譲歩するのが、ここまで来たら正しい選択か。

 この状況で後退なんてしたくないというのもあるが、調子の良い時に進めるだけ進むというのも定石であるから。

 

「ふむ、まぁ、儂の方から当てを付けておくとしよう。

 乗りかかった船、という奴じゃ」

 

「……ありがとう」

 

 一瞬、その船に穴を開けられないかとも思ったが、ここまでくれば呉越同舟。

 行き着く所まで、手で船を漕いでいくしかない。

 なので今は信用できる、と思っておこう。

 そんな思考の道を辿って、私は臓硯に感謝を伝えた。

 正直な話、信頼は出来ないけれど、それでも彼を頼りにするしか今は手段がないから。

 

「儂もお主を利用する、お主も儂を利用する。

 健全で理知的な判断じゃ。

 それで良し、考える事はない」

 

「それが貴方の長生きの秘訣ね」

 

 万人に取っての健全さとはズレている、と皮肉混じりに揶揄するが、やはり全く効果はない。

 むしろその正常さこそを吸い取って、彼の寿命に変換しているかの様。

 間桐臓硯という妖怪が言いたいのは、魔術師にとっての健全さだということは分かるが、彼の言葉だと自然と嫌厭してしまうきらいがある。

 これもそれも、彼の人徳のなせる所業であろう。

 積み重ねてきた徳が今の彼を構成しているのだとすると、失笑すら起こらない。

 

「お主も、長生きする為には弁える事じゃな」

 

「私は人間らしく、いえ、私らしく在るわ。

 それで良いでしょう?」

 

「……それで満足するのであればな」

 

「なら、大丈夫よ」

 

 掛け慣れてない眼鏡がずり落ちて来たのを右手でクイッと直して、私は間桐臓硯に向き直る。

 貴方だって、そうしてきたのでしょう? と、確かめる様に見つめながら。

 すると、彼はゆっくりとこちらを向いて。

 

 ――瞬間、ニタリと骸骨の如き微笑みが、暗がりのそこに浮かんでいた。

 

 ゾクリと、背中が泡立つ。

 冷たい氷塊で何度も撫で付けられるような不快感が、全身を包んでいく。

 

 発信源は、目の前の人物。

 その笑みと、言い知れえぬ情念が私を包覆い隠そうとする。

 僅かにそれだけで、私は動きを封じられてしまっていたのだ。

 最後の、話が纏まりかけたこのタイミングで、この妖怪は釘を刺すのを忘れなかった。

 前の時もそう、この爺は油断させて、それから付け込むのだ。

 

「呵呵、呵呵呵。

 そう、儂は好きな様に生きてきた。

 求めたモノの果てに、ここに居る。

 ゆめ忘れてくれるな、小娘」

 

 奇怪な笑い声と共に、彼は杖をつき、木と石の反響を奏でながらこの場を後にする。

 妄執を思わせる迫力を、私の胸に残して。

 残された私は、呆然とその後ろ姿を見送るしかなくて……。

 

「見誤ってたわ、間桐臓硯。

 貴方、眼鏡を掛けてなくても、十分に危ない人ね」

 

 見た目だけでは無く、心の中から溢れ出るものがあった。

 黒くて、熱くて、私の中にはとてもじゃないけど入り切らないモノが。

 不覚ながら、怖いと、確かに私は感じてしまっていたのだ。

 

「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらを覗いているのよ。

 貴方には、一体どこまで見えているのかしらね?」

 

 ポツリと、私以外誰も居なくなったこの場所で一人呟く。

 暗闇は深く、私の問いは黒の中に消え行くのみ。

 辺りに広がる暗がりは、まるで全てを溶かしていくように、今の私には感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? ……何よ、アリス」

 

「何でも良いわ、無条件で甘やかして」

 

「はぁ? 何気持ちの悪い事言ってるのかしら。

 何? 急にホームシックでも患ったの?」

 

 トボトボと暗い道を帰ること少々。

 遠坂邸に直帰してから直ぐに、私は凛の部屋に雪崩込んでいた。

 理由など、自分で考えたくもなく稚拙なもので。

 

「私が甘えたら気持ち悪い?」

 

「急に来るから、意味分かんないって言ってんの」

 

「急じゃなかったら良いの?」

 

「そういう問題でもないでしょ」

 

 つれなく対応する凛に、私はひたすらに、自分でも鬱陶しいと分かりながらも絡み続ける。

 構ってよって、うざがっても良いから甘えさせてと。

 

「あー、もぅ、何なのよ、本当に!」

 

「良いじゃない、凛は私のこと嫌いじゃないでしょ?」

 

「だから気持ち悪い言葉禁止!」

 

「分かったわ。

 でも、この部屋に居て良い?」

 

「……はぁ、勝手にしたら?」

 

 粘り勝ち、投げやりの言葉だけれど、それはやっぱり認めてくれたという事で。

 何だかんだで、凛は私を甘やかせてくれる。

 なので、私もその言葉に存分に甘える事にして、ベッドの上に座らせてもらう。 

 凛は現在進行形で、机の上の試験管をイジっているので、何ら障害はない。

 

 でも、流石にこの上で、更に言葉を投げかけるのは気が引けて、仕方がなく上海と蓬莱を懐から取り出す。

 解れた所がないかチェックして、皺がある所は綺麗に直すために。

 手持ち無沙汰になる故に、仕方のない行動である。

 

 睨めつける様にして見てみれば、スカートの解れが上海にあって。

 チクチクと、ソーイングセットから取り出した針と糸で、スカートを直し始める。

 少しだけの解れだから、大した時間は掛かりはしない。

 ……本当に、すぐ終わってしまった。

 上海のスカートは、あっという間に元通り。

 頭を撫でれば、ちょっと嬉しそうに微笑んだ気がする。

 元から、笑うはずなんてないのに。

 

「女の子だから、身嗜みはしっかりね」

 

 上海と蓬莱のスカートを人差し指で軽く叩いて、皺を伸ばすと完成。

 何時も通りの、フリフリで可愛い二人がそこにいて。

 何となく凛のベッドの上に並べたら、まるで童話の登場人物。

 姉妹揃って、可愛く健気な小人さん。

 この子達が小人さんなら、状況的に凛が白雪姫?

 ……何だろう、絶望的に似合わない。

 

「ねぇ、凛。

 貴女、ドレスとか着たら大人しくなる?」

 

「いきなり過ぎて訳分かんないけど、どう言う意味よ、それ!」

 

「ちょっとした仮定よ」

 

「前提条件からして気に入らないけど……そうね、ドレスなんて戦闘服みたいなもんだし、何時もよりも張り切るかもね」

 

「成程、何時もよりもジャジャ馬になるのね」

 

「喧嘩売ってんの、アンタ!」

 

「違うわ、凛がどれだけ白雪姫に不適格か、勝手に測ってただけだから」

 

「腹立つわね、やっぱり喧嘩売ってんじゃない」

 

 イイ笑顔を浮かべて、凛がこちらに振り返ったが、私も微笑み返してその場を収めようとする。

 ……凛の笑みに、何故だか深みが増してきた。

 深夜で少し落ち着いていた凛のテンションが、徐々に上がってきているのだ。

 好戦的になってきていると置き換えた方が、正確かもしれないが。

 

「……良いわ、構ってあげる。

 差し当たっては、アンタを虐めることにする」

 

 そう言って凛は、机からこちらのベッドに座り直す。

 私の隣、何時もの意地悪さに満ちた顔をして、でもその顔はちょっと楽しげ。

 やっぱり、凛は悪巧みしている時が、きっと一番楽しいのだって伝わってくる。

 何とイケナイ女の子、桜や早苗にはこうはなって欲しくない。

 けど、ちょっとそういう凛の顔が見れるのは、不思議と優越感があったりする。

 変だけれど、でも自分のそんな気持ちも、ちょっと理解できたり。

 だって、凛がそういう顔をする相手というのは……。

 

「どうやって?」

 

「うーん、そうね。

 ちょっと髪の毛でも弄らせて貰うわ」

 

「引っ張らないでね」

 

「ふーん、あっさり了承しちゃうんだ」

 

「凛なら、酷いことしないもの」

 

「虐めるって言ってるでしょ」

 

「じゃあ、虐めて」

 

「……アリスってマゾだったの?」

 

 ちょっと引き気味の言葉。

 にまにまとしてた顔が、急に真顔に戻っている。

 でも、ちょっと心外である。

 私は完全にノーマル。

 局所的に外れていたとしても、性癖は全く持って普通だというに。

 

「私がマゾだったら、凛はサドになるわね。

 マルキ・ド・サドが愛読書?」

 

「だったら、アリスはマゾッホに傾注してることになるわね」

 

「凛の変態」

 

「何でよ!?」

 

 今日も凛のツッコミは冴え渡っていて、聞いていると心が落ち着く。

 思わず、クスクスと笑い声が出るくらいには。

 そこで凛もからかわれていたと気がついて、頭に血が上った顔から一変してとっても良い笑顔を浮かべ始めて。

 そうして、ヘアゴムを片手ににじり寄ってきたのだ。

 

「ひとつ前に言っとくけど……問答無用だから」

 

 ニコリと笑うその笑みは、大輪咲き誇るバラの花。

 然れども、滲み出る瘴気は毒の花。

 全く持って、極端から極端に走り出す事この上ない。

 

「髪には優しく、ね」

 

「それくらいは分かってるわよ。

 女としても、魔術師としても、大切だもの」

 

「だったら好きにすれば良いわ」

 

 ッン、と頭を凛の方に突き出す。

 巻くなり結ぶなり好きにしろと、そんな感覚で。

 

「分かってるじゃない」

 

 すると凛は溌剌とそんな事を言いつつ、まずは後ろ髪を綺麗に束ねてヘアゴムで一括りにする。

 後ろ髪が縛られている感覚があるが、何というか……足りてない。

 

「ちょんまげ?」

 

「切り捨てるわよ」

 

 手鏡で見てみると、ピョコっとひと房程度の髪の毛が纏められていて。

 凛みたいに可愛げのある髪には、長さが足りてないと思えてならない。

 もうちょっとあればとも思うけれど、人形の材料に使うからどうしようもない。

 

「羨ましい?」

 

 気が付けば、私の視線は凛のツインテールに注がれていた様で、からかう様に凛からそんな言葉が飛んできて。

 私は、ちょっと考えてから、横に首を振る。

 確かに髪を弄れないのは少し寂しいけれど、それ以上に自分は納得して人形を作っているから。

 すると凛はふーんと声を漏らして、私のショートポニーを解き始めた。

 ちょっと楽しげなのが、凛の今の心境か。

 ノリノリで、今度はサイドショートに結び始めて。

 ……手鏡で覗けば、さっきより何か悪化していた。

 

「なんで短いのに、わざわざそんな髪型を選ぶのよ」

 

「仕方ないでしょう?

 本当なら三つ編みなんかしてみたいけど、仕方なく我慢してるんだから」

 

「当たり前よ」

 

 そもそも不可能なんだから、長さ的に。

 でも、だからこそ凛は好きな様に髪の毛を弄るのだろう。

 成程、確かにこれは何だか意地悪チックだ。

 何より、凛に好き勝手やられるというのが、何とも言えない感覚を心に巡らされる。

 

「もうちょっと可愛く出来ないの?」

 

「アリスは元から十分可愛いんだから、全然問題ないでしょう?」

 

「そういう意味合いじゃないわ」

 

「分かってる、でも十分可愛いんだもの」

 

 手鏡で凛の顔を覗けば、ニヤニヤしているのが丸分かり。

 どうやら凛が飼ってる猫は、チェシャ猫で間違いないらしい。

 それくらい、腹の立つ顔をしていた。

 

「凛、頬っぺたをムニってイジっても良い?」

 

「ダメに決まってんでしょ」

 

「……意地悪ね」

 

「そうだけど、今のはアンタが意味不明」

 

「そのニヤニヤ顔を、懲らしめてやりたいのよ」

 

「だーめ、今夜のアンタは私の玩具なんだから」

 

「サイテーね」

 

 力無く言って、私はどうにでもなれと力を抜く。

 でも、口からは色々な言葉が出てくるけれど、嫌じゃないのがちょっぴり悔しかった。

 凛め、と悔しさ紛れに思っても、全然力が入らない。

 

「……そういえばだけれど」

 

 ふと、思い出した様に、凛が口を開く。

 さっきまでの声音とは違い、真剣な色が混じっている。

 なので大人しく耳を傾けると、凛はこう切り出してきた。

 

「アンタ、今日臓硯に会ってきたのよね?」

 

「えぇ、色んな意味で疲れたわ」

 

 それが原因で、と小さく呟いたのが聞こえてくる。

 多分、この部屋に私が雪崩込んできたことだろう。

 でも仕方がない、自業自得だけれども甘えたくなってしまったのだから。

 

「馬鹿ね、全く。

 ……ま、良いわ。

 それよりアリス、貴女今日は臓硯と何を話してきたの?」

 

「英霊を呼び出す為の儀式、どうするかって話よ」

 

「何か決まった?」

 

「向こう側、の報告待ちよ」

 

 気怠げに私はそう答えて。

 背中にいる凛に、もたれ掛かる。

 ちょっと! と抗議の声が聞こえてくるが、全く持って耳に入らない。

 凛の暖かさが、何だか心地よい。

 そのせいで、ハッキリしていた意識が急に朦朧としてきて。

 

「アリス、アンタここで寝る気?」

 

「良いじゃない、別に」

 

「よかないわよ! アンタをここで寝させたら私は何処で寝るのよ!」

 

「……一緒に、寝たら良いじゃない」

 

「馬鹿言ってんじゃないわよ!」

 

「…………ごめん、眠いの。だから、寝るわ」

 

「話聞きなさいよ!」

 

「……………」

 

「……ホントに寝てるし」

 

 呆れた凛の声が聞こえた気がしたけど、何を言ってるかは聞こえない。

 ただ、凛の暖かさだけが、今の私に感じれる唯一のモノ。

 ……お休みなさい、凛。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、目が覚めれば凛に私はしがみついていた。

 強くギュッと、抱き枕にする様に(何故か凛に抱きついたまま、どうやったのか背中越しに足を回していた)。

 そのせいか凛は、うーん、うーんと魘されていて、”やめなさいこのバカ杖、締め付けるなぁ”と良く分からない寝言を漏らしていた。

 

 ……寝る前の仕返しに、もうちょっとだけギュッと締め付ける。

 仕返し、だけれど、抱きついてたら凛の匂いがして。

 それは、嫌いじゃない、むしろ好きな部類の匂いで。

 ――もうちょっとだけ、このままでもいっかと思ってしまったのは、別に悪い事では無いはず、そんな朝の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日の事、間桐君経由で、臓硯から通達があった。

 ひどく面倒くさそうな顔で間桐君曰く、ドイツから招待状が届いたらしい。

 宛名は――アリス・マーガトロイド。

 つまりは、私宛の呼び出しだった。




臓硯お爺ちゃんに2週間、凛パートは3日で書けたという事実。
おのれ間桐臓硯、桜だけでなく作者にまで苦痛を与えるとは!?
臓硯お爺ちゃんとか、書いてるだけで何すれば良いのか分からなくなるから辛いです……。
いや、むしろ凛が癒しなのでしょうか?(混乱)

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