冬木の街の人形師   作:ペンギン3

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お久しぶりです、皆様。
先月は何故か暇人な僕が忙しくて、更新が出来ませんでした、すみませんでした……(白目)。
リハビリ中みたいな文章ですが、ご堪忍下さい。


第35話 雪の妖精の足音

 まるでお伽話のお城、寓話の世界。

 それが、私がこの城に抱いた感想。

 けれど、いざ車から降りてみるとその迫力は否が応でも感じずにはいられない。

 積もるであろう雪の中で泰然とある城は、無言ではあるが実に雄弁さを感じさせられて。

 逆にこちらが饒舌になってしまうであろう有様、気分的にはお上りさんのそれ。

 それだけの現実感が質量としてそこにあり、私はこれが現実にあるのだと理解させられる。

 

 そんな私に対して、彼女はそっとお城の扉を開けた。

 どうぞと、私に中に入ることを進めるのだ。

 思わず見蕩れてしまう程に荘厳な城であるが、彼女に言われて気がつく。

 自分の手が、とても冷たくなっている事に。

 勿論手だけでなく、他の場所も冷えつつあり、耳などは痛さすらも感じる。

 なので堪らず、彼女の言に一も二もなく飛びつき、そのまま誘われるがままに古城へと足を踏み入れて。

 

「ようこそ、当家へといらっしゃいました。

 アリス・マーガトロイド様ですね、歓迎いたします」

 

 ――現れたのは、私を運んでくれた彼女と、同じ顔。

 

 空気が、凍った気がした。

 白の肌にメイド服、立ってる姿にそこにある在り方まで。

 寸分違わず、同じのモノに見えたのだ。

 

 隣を見やれば、やはり彼女は無表情で沈黙を貫いている。

 双子かと思ったが、それを超えた所での同一性を感じてしまう。

 持っている個人としての雰囲気は違うのに、どうしても恣意的な画一性がそこには確かに存在していた。

 そう、例えば……工場で量産される人形の様な。

 

「どうかされましたか、アリス・マーガトロイド様」

 

 しかし、そこで私の思考は中断される。

 無言の沈黙を続ける私に、ツンとした雰囲気を纏っている彼女は、事務的に私のフルネームを呼ぶ。

 探る様に、露骨に怪しむ様に。

 私の中身を、瞳を通して覗こうとしているかの如く。

 

「いえ、ビックリしただけよ」

 

「……当家が、アインツベルンが、錬金の大家だと伺ってお出でですか?」

 

「えぇ、聞いているわ」

 

「そうですか、ならそういう事ですので」

 

 何がそういう事なのか、それを聞くほど私は鈍くは無かった。

 要するに、驚くべき事に、この目の前に居る彼女達は……。

 

「ホムン、クルス?」

 

「その通りでございます」

 

 思わず、目の前の彼女と、迎えに来てくれた彼女を見比べてしまう。

 同じ顔、同じ造形、同じ構造、見事なまでに重なっている。

 だが、迎えに来てくれた彼女と言えば……。

 

「アインツベルン製ですので」

 

 無表情ながら、何故か自慢げにそんな事を口ずさむ。

 そのお陰か、自然と白い息を吐いてしまう。

 ここまで完璧に等質な鋳型でも、その中身は違う中身が注がれているのだと、自然と実感できたのだから。

 

「無駄口が過ぎますよ」

 

「誇りは大切、誇るべき場面も」

 

「客人の前です、弁えなさい」

 

 朗々とした自慢げな彼女に、気難しそうな彼女がぴしゃりと声を張る。

 それだけで、シンとした空気が場に満ちた気がした。

 静かというよりは厳かな、この場所が千年を超えて存在する異界である事を思い出させるように。

 

「……お役目御苦労、下がりなさい」

 

「心得た、後はよろしく」

 

 彼女達はそれだけの言葉を交わし、空港から一緒だった彼女はこの場より退去する。

 その去り行く背中は、何故だか儚い様にも見えて。

 不安が胸に過り、気が付けば私は言葉を投げていた。

 多分、不安を払拭しようとした、明るい言葉を。

 

「ありがとう、ここまで助かったわ」

 

 静かで、冷えた空間。

 意図しなくても響く声に、彼女はゆっくりと振り返って。

 

「私の方こそ、その言葉で送って頂けるなら、これ以上の喜びは無いでしょう」

 

 ゆっくりと、微笑み返す。

 白と、静けさの間の静寂。

 何故だか、余計に彼女の儚さが増した気がした。

 

「ねぇ――」

 

「アリス・マーガトロイド様」

 

 そんな彼女に更に声を掛けようとしたが、別の方角から彼女と同じ声が飛んできた。

 淡々としている様で、だけれども境界線を私と彼女の間に設けた声。

 振り向けば、無表情ながらに鋭利さを舌に乗せている彼女の立ち姿。

 

「こちらへ、部屋までご案内申し上げます」

 

 丁寧ながらも有無を言わせぬ口調。

 一語で形容するならば、慇懃無礼と言わざるを得ない彼女に、私はそれ以上の言葉を紡ぐ事は出来なかった。

 ただ、会釈を一つ、彼女に私はして。

 再度促してくる苛立たしげな彼女に、私はようやく着いて行くことにしたのだ。

 

「悪いわね」

 

「いいえ」

 

 無限と続く様に思える瀟洒で静かな廊下の道中。

 そこでの彼女は、言葉とは裏腹にどこか陰がある声。

 ここまで案内してくれた彼女とは違い、つっけんどんな彼女は私を露骨に警戒している。

 もっと言うなれば、不審な目を隠そうともしていない。

 もしかすると、私は彼女にとってこのアインツベルンの城にコソ泥にでも来たように見られているのか。

 だとしたら、心外という他言葉を持てない。

 

「私は話し合いをしに来たの。

 趣味の悪い真似なんてしないわ」

 

 牽制を交えて彼女の背中に声を投げると、静かに足音無く歩いていたその足が止まる。

 そして一言、

 

「私は、一介のメイドでございます」

 

 それだけ言うと、再び歩を進め始める。

 何処までも突き放した言葉、語る言葉を持たないと言う事だろう。

 ここまで言われると、私としても言葉を返そうとは思えなくて。

 さっきまでの様な静寂さに、少量の気まずさをブレンドしての歩み。

 堪らずに肺から吐息が漏れてしまったのは、きっと私の不満の表れ。

 白い気体は、ゆっくりとその場に溶けて行くのだった。

 

 

 

 

 

「こちらのお部屋でお待ちください」

 

 そう言われて案内されたのは、整頓された明るい部屋。

 シンプルだが些かに大きめなベッドが目立っていて、小物類は少ないが良く気遣われて手入れがされている事が分かる。

 正直、ここまでの彼女の扱いからして、もっと酷い部屋に案内されるんじゃなどと想像していただけに、これは正直に言って想像以上であった。

 一応は、客人であるという事を認識してもらえてる様だ。

 

「どれくらいここに居れば良いのかしら?」

 

「ご当主様の準備が整うまでです」

 

「そう……」

 

 けれども、冷たい彼女の口調は変わらず。

 最後まで打ち解けられず、途中からは無言の空間を作り出してしまった事を思い出すと言葉数は少なくなってしまう。

 何て言葉を掛ければ良いのか、少なくとも今下手に言を弄ると余計に不興を買う事だけは分かっている。

 なら、と去ろうとする彼女に、必要な事を一つ尋ねる事にした。

 距離を詰める為の、第一歩を。

 このままで終わるには、ちょっと悔しかったから。

 

「では、私はこれで――」

 

「貴女、名前は?」

 

 やや不躾に、私は尋ねる。

 余計な言葉を付け足していると、するりと逃げられてしまいそうに感じた故に。

 

「必要ありません」

 

「識別は必要でなくて?」

 

「言ったはずです、一介の使用人に過ぎないと」

 

「えぇ、言っていたわね。

 なら、名を尋ねられて断るのは、無礼ではないかしら?」

 

 やや卑怯な物言いで彼女に尋ね返すと、十秒程の沈黙の後に声が聞こえた。

 明瞭だけれども、極力感情を排除した声で。

 

「……セラと、お呼び下さい」

 

 それだけ、告げられた。

 気のせいか、どこか強がっている様にも聞こえたのは私の偏見なのか。

 それを確かめる間もなく彼女、セラはこの場を後にする。

 残された私は少しの満足感と共に、そういえばと思った事があった。

 結局、私をアインツベルン城まで連れてきてくれた、彼女の名前は……。

 

「結局、何だったのかしらね」

 

 聞けなかった事を残念に思うしかなかった。

 だって彼女とは……何故だか、また会える気がしなかったのだから。

 思わず溜息を吐くが、部屋の中は暖かくて、息は透明なまま。

 代わりに、窓から見える風景は、森を一面染め行く白一色。

 私は頬杖をついたまま、その風景を眺めていた――

 

 

 

 

 

「リズ、今度こそ作戦開始よ!」

 

「お客さんは、来たの?」

 

「来たわ、そうじゃなきゃこんなに騒がしくないもの」

 

「静か、だよ?」

 

「人じゃないわ、雪が騒いでるの」

 

「へー……」

 

 リズの望洋とした目は、白色の感情のまま。

 だけど、私の言ってる事はキチンと聞き届けてくる。

 今日も、私の共犯者になって、遊んでくれてるんだから。

 

「セラは多分お出迎え、急いでたから。

 だったら、いわゆるスキアリ! って奴なの。

 おじい様が言ってたわ、日本人は隙があると襲い掛かってくるって」

 

「お客さん、襲うの?」

 

「違うわ、セラの隙を突くの。

 絶対に見つかっちゃダメよ、リズ。

 見つかったら最後、セラにとっても酷いお仕置きをされるわ」

 

「それは、ヤだね」

 

 リズが頷くのと一緒に、座ってたベッドから降りて、ワクワクに胸を高鳴らせる。

 お客さんってどんな人? 変なおじさん? それとも時計塔の魔術師? もしかすると人間ですらない?

 考えたら、リズに早くって急かしたくなっちゃう。

 でも、急ぎすぎるとこわーいセラに見つかっちゃうから、気をつけなきゃいけない。

 

「絶対に見つかったらダメなんだからね!

 それじゃあリズ、行くわよ」

 

「うん、行こっか」

 

 二人で、そっと部屋を出る。

 誰もいない、無人の廊下。

 でも、みんな足音なんて立てないから、どこからどう現れるかなんて分からない。

 ……分からないけれど、でも。

 

「きっと行けるわ、出会うべき時ってあるもの」

 

 ピーターパンがウェンディと出会うように、ラプンツェルが王子様と出会ったように。

 出会いはどこにでも落ちていて、それを拾えるかが重要なのよ。

 だから私は、お客さんに会いにいくの。

 今日がその出会うべき日であるって、どこかの記憶が囁いているから。

 

「イリヤには、分かる?」

 

「分かるわ」

 

 迷いなく、廊下の赤い絨毯を歩んでいく。

 真っ直ぐな一本道、もし誰かがいたら、隠れる場所なんてない。

 けれど、迷ってなんか全然ない。

 何だか良く分からないけど、とってもワクワクしてるもの。

 この道の先にいるお客さんに、どんな顔をしているのかを見てみたい。

 お話して、どんな人か知ってみたい。

 それでもし、気に入ったら……。

 

「おじい様のお客さんってところが、問題ね」

 

 そもそも、そんなに好きになれる相手は居ないし。

 もしかしたらの暇潰し程度の考え、お人形遊びにしかならないと思う。

 会わない内にこんな事を考えてるなんて私、お客さんにかなり期待してる。

 

 なんて、考えている時の事だった。

 リズが、私の袖を引っ張る。

 何? と振り向けば、小さな声でリズは言う。

 

「来るよ」

 

「分かったわ」

 

 それだけ答えて、曲がり角を睨みつける。

 誰か、来る。

 鋳型が同じリズだから分かるんだ、同じ娘が来てる事が。

 

「どうする、イリヤ?」

 

「考えてあるわ、安心して、リズ」

 

 そう言って、余裕を持って私は同じ方向に歩いていく。

 コツ、コツ、コツと足音を響かせながら。

 そうして、曲がり角でバッタリ。

 

「これはお嬢様、何か御用でしょうか?」

 

 少し目を見開いて、目の前の見回りに来た娘は驚いてる。

 お客さんが来てる日に、私が部屋を出ているなんて思わなかったのね。

 好都合、と私は彼女としっかり視線を合わせる。

 

 ――瞬時に、私は魔術回路に火を灯した。

 

「貴女は何も見てないわ、そうよね?」

 

「……はい、何も見ておりません」

 

 ガラスの様な彼女の目を通して、私は彼女の中に語りかける。

 内から外に、響かせる様に。

 

「そう、だったら早く仕事に戻りなさい」

 

「はい、失礼いたします」

 

 どこかボヤけた目で、彼女はフラフラとこの場を去る。

 足取りは確かだから、問題なんて全くない。

 つまり、これで正解なのよ。

 

「……イリヤ」

 

 ムフッと乗り切った事に対して会心の笑みを浮かべていたら、何時の間にかリズが近くにいて。

 ジーッと、何か言いたそうに私の目を覗き込んでいた。

 

「何よ」

 

「イジワル、ダメ」

 

「虐めてなんか無いじゃない!」

 

「ダメ」

 

 断定口調にムッてするけど、でもリズの言うことも少し分かる。

 私達はおんなじなんだから、あんなのしなくてもって事でしょう?

 でも、と言い返そうとすれば、リズは更に深く私の目を覗く。

 同輩に問答無用すぎるって、何より目が語っていた。

 こんな事、してる時間が勿体ないし……。

 

「分かったわ、気を付けるから」

 

「ん」

 

 取り敢えず、口約束。

 本当はしたくなかったけど、私も無闇にあの子達を傷付けたりなんかしないし。

 それに、約束を破る事はイケナイ事だから、多分これからもしっかりと守っていくと思う。

 

「じゃ、行こ?」

 

「……リズってば、本当にマイペース過ぎるわ」

 

「私もイリヤ、だから」

 

「どう言う意味よ、それ!」

 

「そう言う意味、かな?」

 

「もぅ!」

 

 全く意味の分からない事を言うリズ、本当に困った娘。

 だから答える代わりに、私は足早にこの廊下を進んでいく。

 リズ相手には、あんまり酷い事を言う気にもなれないから。

 

「リズ、リズの方がイジワルよ」

 

「イリヤがイジワルしたら、私もそうなる」

 

「さっきから適当な事ばっかり言ってる」

 

「事実」

 

「違うわ」

 

「違わない」

 

「……もぅ」

 

 リズは頑固、一度言い始めた事は中々撤回しない。

 これ以上何か言おうと、私の方が正しくても、リズは意見を曲げない。

 リズは、他の娘と違って、私に優しいけど従順じゃないから。

 別に、それは良いけど。

 ただ、何か面白くない、だから足早になっている。

 

「拗ねた?」

 

「リズ、口を慎みなさい!」

 

 でも、わざわざ止めを刺されるような事を言われると、やっぱり怒っちゃうけど。

 ぷいっとリズの方を、しばらくの間、私は振り返る事はなかった。

 ……ちゃんと、ついて来てくれてるのは分かっていたから。

 

 

 

 

 

 ホムンクルス、人の手によって形作られた人型。

 そう言う意味では人形も同じだけど、一つ違う点を挙げるとすれば、それは彼ら彼女らが受肉しているという点。

 人形には伴っていない生の肉体、人間と遜色ない、時には超える様に鋳型を整えられてすらいる。

 人の手で人をデザインするという、神を冒涜しかねない大いなる試み。

 多くの錬金術師達が挑戦し、成功したのは五大元素(アベレージ・ワン)の使い手であるパラケルスス一人のみであるというのだから、それを成すのがどれほどに過酷なのか、想像に難くない。

 だが、このアインツベルンという家は何代も前から、それこそパラケルススが生まれるずっと前から、その大事業に取り組んでいる。

 

 なら、とも私は考えてしまう。

 鋳型に沿って素晴らしい肉体が出来たとして、それに見合う様な魂は一体どうやって吹き込んでいるのか、と。

 ホムンクルスとは、そこまでやってようやく稼動するのだ。

 でなければ、単に肉体を持った自動人形(オートマタ)に過ぎないのだから。

 

 では、その方法とは?

 案内された部屋で、ポツンと一人いる私の、暇潰しそのものである推測。

 ホムンクルスには前々から興味を持っていたので、ある意味でこの思考はそれを掘り下げているとも言える状況。

 例え、私一人では答えの返ってこないモノだとしても、これはこれで嫌いではなかった。

 こうして考えるのも、私は結構好きなのだ。

 普段は、それよりも外の方に出歩いている方が、楽しくはあるのだけれど。

 なんて、そんな無体を考えていた、空白の時間での事。

 

 ――急に、何かが駆けてくる音がした。

 

『リズ、急いで!』

 

『イリヤ、騒いでいたら聞こえる。

 セラは、地獄耳』

 

『リズが言ったのよ、私にあーゆーコトしちゃダメって!

 だから私は、こうして急ぐしかないんじゃない!』

 

 賑やかな声をも伴って、心なしか段々と私の部屋へと近づいている。

 それも、結構足音を響かせて。

 何だか、この部屋に向かってるようね、と感じて。

 

 そして、それは見事的中する。

 バタンと、勢い良くドアは開けられたのだ。

 

「リズ、直ぐに閉めて!」

 

「了解」

 

 入ってらすぐ、扉を閉めて部屋へと転がり込む。

 何事かと侵入者を見てみれば、メイドに小さな娘の二人組。

 女の子の方は、走ってきたのであろう事が分かるくらいに息を切らして、その場にへたり込んでいた。

 それをメイドの方が、甲斐甲斐しく背中を摩って落ち着かせようとする。

 見ていれば、二人が主従というのが何気なく理解出来る。

 お互いが、それを当たり前として行動しているのだから。

 半ば脳が思考停止しながら、ボンヤリと主従二人を眺めていた私だけれど、一段落着いたのであろう。

 ゆっくりと、へたり込んでいた彼女が立ち上がった。

 長くて白い髪に見えなかった顔が、ゆっくりとこちらを向く。

 

 ――思わず、息を飲んでしまった。

 

 完成された造形美の様で、それでいて未完成である幼さが存在している。

 矛盾していて、でも正しいと思ってしまう存在感。

 あぁ、彼女こそが――そんな感慨さえ、私は覚えてしまって。

 

「こんにちは、妖精さん」

 

 微笑みながら、立ち上がって彼女に話しかけていた。

 親しみを込めて、できれば彼女には好かれたいと思いながら。

 

「貴女が、お客さん?」

 

「そう、この家の当主に招待されたの」

 

「へぇ、貴女が……」

 

 彼女は小さく呟くと、私の顔を覗き込む。

 一歩ずつ近づきながら、ジロジロと擬音が聞こえてきそうな程に。

 ちょっと楽しげで、いたずらっぽい笑顔を浮かべながら。

 

「何かしら?」

 

 少し背中がゾワゾワしたので尋ねてみても、彼女は無言のまま。

 でも、近づいてくるのだけは止めなくて。

 一歩下がろうとしたところで、彼女はその歩みを止めた。

 丁度、下から上へ私の顔を覗き込める位置。

 かなり近い距離、背伸びをしたらおでこをぶつけてしまうかもしれない程に。

 

「ち、近いわ」

 

 あれだけ綺麗な顔が近くにあって、まじまじと私を見ている。

 そんな状況にむず痒くなり、またも一歩後退しようとしてしまう。

 小悪魔チックな表情が、可愛いけれども実に憎らしい。

 でも、彼女は……。

 

「逃げたらダメなんだから」

 

 そう言って、下がろうとしていた私の手を掴んでしまう。

 少しヒンヤリしている、小さな手で。

 

「何、かしら?」

 

 さっきと同じ言葉を、吃りながら尋ね返すと、彼女は答えの代わりにこんな問いを寄越した。

 腰に手を当てて、それでいて私の顔を覗き込みながら。

 

「ねぇ、貴女。

 名前を教えてくれないかしら?」

 

「……アリス・マーガトロイド」

 

「ふーん、不思議の国から来たの?」

 

「私にとっては、このお城こそ不思議の国よ」

 

 そう答えると、彼女はキョトンとした表情を浮かべた後に、クスクスと笑い始める。

 自分達の特異性に気が付いたのか、単に洒落が利いていると思ってくれたのか。

 どちらにしても、反応としては悪くないものだ。

 だからなのか、彼女は一歩退いた。

 そうして、優雅に礼を一つする。

 さっきまでのいたずらっ子の彼女は擬態だったかの様に、淑女を絵に掻いた様な流麗さで。

 スカートの両端をチョコンと上げて、そのまま頭を下げる。

 

「お初にお目にかかるわ。

 私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 会えてコウエイよ、アリス」

 

「えぇ、こちらこそ。

 よろしくお願いするわ、イリヤスフィール」

 

「うん!」

 

 手を差し出すと、彼女、イリヤスフィールは躊躇なく握り返してくれた。

 やっぱりヒンヤリとしていて、だけれども何だか暖かさが篭っている手。

 それが子供特有のモノなのか、それともこの娘が特別なのか。

 全く持って謎ではあるけれど、私はこの娘の手は嫌いじゃなかった。

 柔らかくて、小さくて、それでいて綺麗。

 ずっと握っていたくなる魅力が、そこにはあるのだから。

 

「……何でにぎにぎしてるの?」

 

「形を確かめてるのよ」

 

「何で?」

 

「気に入ったからかしら」

 

「私の手が、そんなに良いの?」

 

「綺麗だもの」

 

「変なの」

 

「そうでもないわ」

 

 そうして手に握り続けていると、イリヤスフィールも許してくれたのかそのまま特に文句を言う事もなかった。

 なので、そのまま一分程、彼女の手を握り続けたのだった。

 

 

「ん、ありがとう」

 

「もう良いの?」

 

「十分、良く分かったわ」

 

「手の形が?」

 

「そう」

 

 そうしてイリヤスフィールの手を話すと、彼女は自分の手をジッと見ていた。

 もしかすると、自分の手が綺麗な事を今まで知らなかったのか。

 もしそうだとしても、飾り付けたりする必要なんて感じないくらいだけれど、と内心で評価を下していると、イリヤスフィールは手から顔を上げて、そして言う。

 

「アリスの手は、暖かいね」

 

「そうかしら?」

 

「うん、何だか懐かしいわ」

 

 何が懐かしいのか、なんて思ったが、どこか遠いところにイリヤスフィールは想いを馳せているようで。

 迂闊に声が掛けられず、代わりにといった感じで、私はイリヤスフィールの傍にそっと控えていた彼女に声を掛ける。

 

「貴女は……」

 

「イリヤのメイドの、リズ。

 リーゼリット、よろしく」

 

「えぇ、よろしく。

 リズって呼んでも良いのかしら?」

 

「うん、大丈夫」

 

 見た目は今まであった二人のメイドと一緒の彼女は、けれども中身まで一緒ではないらしい。

 ゆったりとした口調で、それでいてタメ口。

 他のメイド達とは違っていて、けれども不快さは全く持って感じない。

 何故かなんて分からなかったが、彼女は独特のテンポを持っているんだと、それだけは理解できた。

 

「貴女は、イリヤスフィールのメイド?」

 

「そう、イリヤのメイドさん。

 今日は、謎に満ちたお客さんに会いに来た」

 

「私が来た目的までは知らないのね」

 

「イリヤにとって悪い事?」

 

「アインツベルンとしてはどうか分からないけれど、イリヤスフィールに害意を持ってる訳じゃないわ」

 

「なら、良い」

 

 それだけ聞くと、リズは黙り込んでしまう。

 それ以上は、聞くことも無いと言いたげに。

 だから私は、彼女はイリヤスフィールのメイドで、アインツベルンのメイドでは無いのかもしれない。

 そんな事を考えて、リズはイリヤスフィールの事が大好きなのね、という事だけは伝わってきたのだ。

 

「そういえば何だけれど、貴女達はどうして――」

 

 私の所に来たのかしら?

 そう続けようとした私の言葉。

 けれども、その言葉は遮られる事となる。

 急に近づいてきた、このお城らしからぬ足音によって。

 

「イリヤ」

 

「……もしかして、セラ来ちゃった?」

 

「みたい、結構怒ってる」

 

「不味いわね」

 

「どうする?」

 

 ひどく渋い顔を浮かべるイリヤスフィールに、変わらず淡々としたままのリズ。

 何がなんなのか分かっていない私に、イリヤスフィールは素早く、けれども小さな声で私に尋ねた。

 

「ここ、隠れても良い?」

 

「別に良いけれど……どうして?」

 

「細かい説明は後で、今セラに見つかると不味いの!」

 

 それだけ告げると、イリヤスフィールは慌ててリズを引っ張って、クローゼットの内側へと篭城してしまう。

 陥落させるには、内通か居場所を看破するかの二択のみ。

 勿論、後が怖いから売り飛ばすのは以ての外なのだけれど。

 

 そうして、部屋に堂々と姿を晒しているのが私だけになった時の事。

 トントントンと、規則正しく三回扉を叩かれる。

 どうぞ、と言えば、失礼しますという声と一緒に入ってきたメイドが一人。

 ……私を案内してくれた、あの不機嫌な彼女だ。

 

「ご休憩中のところ、誠に申し訳ございません。

 不躾で大変恐縮ですが、この部屋にお嬢様、小柄な体格の気品のある女性が尋ねてこられませんでしたか?」

 

 入ってきて早々、彼女はその様に捲し立てた。

 急いでいるというか、焦っている。

 私が答える前から、キョロキョロと部屋を見回っているのだから、本気で探し回っていると見て間違いはない。

 なので、私もそれに合わせて手早く答える。

 

「見てないわね」

 

 私が見たのは、整った顔立ちの、だけれども小悪魔っ子な美少女だから。

 ……我ながら、かなり苦しい詭弁ではあるが、そこは目を瞑っておこう。

 そして彼女は、切羽詰っているのかその答えを聞いても疑問を浮かべることなく、この部屋からありがとうございますとだけ言って退出しようとする。

 そんな彼女に、悪いと思いつつも、私は背中に声を掛けた。

 個人的に、気になった事を。

 

「私とそのお嬢様が会うのは、何か問題があるのかしら?」

 

 尋ねて振り返った彼女はかなり煩わしげな顔をしていたが、一言だけ返事をくれる。

 やはり、ちょっと陰が乗った声で。

 

「お嬢様は、何もかもが白く御座いますので」

 

 それだけ告げると、部屋の扉を静かに閉めて、だけれども足音を響かせながら走り去っていった。

 ……後に残った私が感じた事は、納得いかないという感情であったのは、何とも言い難い心のしこりであるのだが。

 

「墨に近づけば黒く、朱に交われば赤く、とでも言いたげね」

 

 全く、と溜息を吐くしかなかった。

 どうにも、私は病原菌か何かの様に扱われている様でならない。

 彼女との今までの会話を思い出すと、どうやら本拠地であるアインツベルンの城に乗り込んできてしまったのが既に不快である様だが。

 

「招待状を送ってきたのは、貴女達のご当主でしょうにね」

 

 少し皮肉げな独り言を言ってしまうのも、致し方ないだろう。

 流石に、理不尽と思えてしまうのだから。

 

「セラは頑固」

 

「そうね、頭に石でも詰められてるわ。

 猟師でも、きっと取り出せないの」

 

「赤い頭巾は何処なのかしらね」

 

 急に聞こえてきた声に、私は呆れた声を出してしまった。

 振り向けば、クローゼットから出てきた二人がしたり顔でさっきの彼女について話している。

 恐らくは、何時も彼女の手を焼かせているのだろう。

 さっきは我慢できずに愚痴を漏らしてしまったが、ちょっと同情してしまう。

 何時も鬼ごっこをしているのだとしたら、かなりの重労働に違いないのだから。

 

「ところでイリヤスフィール」

 

「イリヤで良いよ、長いでしょうし」

 

「そう、それならイリヤ。

 聞いても良いかしら?」

 

「良いわよ、どうかしたの、アリス」

 

 鬼ごっこしている彼女に、お引き取り願ったのだ。

 だったら、それ相応に理由があると思いたい。

 そう考えて、私はイリヤに、どうして、と尋ねる。

 きっと、彼女も私に何か用事があっただろうから。

 

「イリヤは、私と会って何をしようと思っているのか、教えて欲しいわ」

 

 ジッと、イリヤのルビーの様な宝石みたいな目を見つめる。

 見つめていると、段々と魅入られてきそうな、魔性の瞳を。

 

「あ、えっと、ね。

 それ、なんだけど」

 

 すると、さっきまで勢い良かったのはどこへやら。

 急に、しおらしくなって、モジモジとし始める。

 何とも可愛らしい仕草に釘付けになっている私に、イリヤは潤んだ瞳で私を見上げて。

 

「こんなこと言うと世間知らずって言われちゃいそうなんだけど……聞きたいの、外のこと」

 

「外?」

 

「うん、そう。

 私、外には出たことないから」

 

 精々、この森林を出歩くくらい。

 それだけ漏らすと、イリヤは答えを求める様に私の目を見つめ返してきて。

 色々と、私としても胸にくる仕草であったのは、確かである。

 だから、自然と答えも優しいモノになっていて。

 

「良いわ、色んなことを聞かせてあげる」

 

 そう、不安げなイリヤに、笑顔で私は答えていたのだった。




イリヤ登場!(話が進むとは言ってない)
少し前のFGOの魔法少女イベントで、1万円外道錬金でイリヤちゃんを召喚したせいか、stay nightのイリヤがどんなんだったかが中々思い出せない不具合。
これも全部、魔法少女とかいう業の深い彼女がいけない。
この世界線でルビーを遠坂邸より引っ張ってきたら、ルート分岐する可能性が微レ存……?

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