冬木の街の人形師   作:ペンギン3

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お気に入り件数がおかしいことに。
皆様、僕は夢を見ているのでしょうか?
まぁ、有難いことです。
これからも、是非ぜひご贔屓ください!


それと今回は慎二兄さん回。
後半は桜色狂想曲の裏話になっております。


第4話 決意は暗がりの中で

 アリス・マーガトロイド、ルーマニアから来た留学生。

 だがその実態は魔術師であると僕、間桐慎二は知っていた。

 

 

「おい、お前、アリス・マーガトロイド」

 

 

 遠坂の家に住んでいると、爺が言っていたあいつ。

 あいつが魔術を扱うなら、僕と同類だと思った。

 だから特別に仲良くしてやろうと思ったんだ。

 

 

「何かしら」

 

 

 その声は鈴の様に感じた。

 容姿と相まって人形のようにも見える。

 人間らしい遠坂とは違い、本当に魔術師然としているように感じる彼女。

 

 

「お前、日本に来て不慣れなことが多いだろう?

 特別に助けてあげようと思ってね。

 なに、お礼はいらないさ」

 

 

 僕の言葉を聞くマーガトロイドの目は、だんだんと冷めていく。

 氷のように凍てついていくのだ。

 冷たい汗が幾つも僕の背中を流れる。

 

 

「私はね」

 

 

 先ほどと同じ鈴のような声。

 だけれども、その声音は幾分かドスが効いている。

 親切にしに来たのに、どうしてこんなにキレてんだよコイツ!?

 

 

「親切にするのは好きよ。

 もちろん親切にされるのもね」

 

 

 じゃあ、問題ないじゃないか!

 そう言おうとしたけれども、彼女は有無を言わせずに言い放つ。

 

 

「でもね、下心を持った人が恩着せるように絡んでくるのは大嫌いなの」

 

 

 それがお前だ。

 凍てついた目がそう語っていた。

 呆然と立ち尽くす僕に、彼女が近づいてくる。

 

 

「じゃあね、ナンパ屋さん」

 

 

 それだけ告げると彼女は自らの教室に入り、その場は沈黙に包まれた。

 1限目が始まる前、朝の廊下で起こった出来事であった。

 

 

 それから、僕の親切心をナンパと勘違いしたあの人形女同様、他にも勘違いした奴がいて、僕はマーガトロイドに告白して玉砕した第一号とかふざけた噂が広まった。

 

 僕の親切を無下にしたマーガトロイドも、噂を流した奴も絶対に許さない!

 それから!

 教室で僕を勇者とか讃えている奴らも!纏めて始末してやりたい……。

 

 

 

 とまあ、出会いは最悪だった。

 正直今でもあの屈辱は忘れられない。

 

 僕の名誉は深く傷ついたと言っても過言ではない。

 だが、あいつもそれ相応の代償を払うことになった。

 

 あいつはクラスで孤立し、話しかけるのは衛宮や美綴なんかの物好きだけ。

 当然の報いだ、精々灰色の高校生活を送るといいさ!

 

 

 

 

 

 まあ、兎に角だ。

 それ以降、僕はマーガトロイドに近づかないようにしていた。

 あいつの方も僕に近寄ろうともしない、本っ当に清々してるよ!

 

 だけれども、腹の立つことは他にあった。

 マーガトロイドと衛宮が親しげに話していたことだ。

 

 

「今日の予定はどうなっているんだ、マーガトロイド」

 

「衛宮くん、知っているでしょう?

 今日の私の予定ぐらい」

 

「あ、悪い悪い、そうだったな。

 じゃ、また後で!」

 

 

 あいつらは付き合ってたのか!?

 僕に靡かなかったのは、衛宮がいたから?

 

 

「オイッ!衛宮!!」

 

 

「ん、慎二か。どうしたんだ一体?」

 

 

 複雑そうな顔をする衛宮。

 お前にも思うところはあるだろうよ。

 だが、今はそんなことは関係ない。

 そこは、重要じゃないんだ。

 

 

「マーガトロイドと付き合ってるのか、お前」

 

 

 僕がそう聞くと衛宮は、は?と意味が分からなそうな、惚けた顔をする。

 相変わらず、馬鹿で面倒な奴だ。

 

 

「アイツと付き合ってるのかと聞いてるんだ。

 もしそうなら、即刻別れたほうがいい。

 絶対にお前には合わない女だよ、あいつは!」

 

 

 そう言うと衛宮は何がウケたのか笑い出した。

 

 

「オイ、何笑ってんだよ。

 僕は本気で言ってるんだぞ!」

 

 

 本気で怒鳴ると、衛宮はケホケホ咳き込みながら、それでも笑顔は崩していなかった。

 

 

「慎二が心配してくれたのって久しぶりな気がして。

 ちょっと懐かしくなった」

 

 

 ……コイツは何を言ってるんだ?

 僕がこいつを心配した?

 

 

「僕はお前に忠告したことはあっても、心配なんかしたことない!

 適当なこと言ってんじゃないよっ!?」

 

 

 それに衛宮はハイハイ、と適当に受け答えしつつカバンを背負う。

 帰る準備は万端といったところだ。

 

 

「悪い、今日バイトあるから、そろそろ行かなきゃ駄目なんだ」

 

 

「まてよ」

 

 

 教室から出ようとする衛宮の袖を掴む。

 

 

「まだ答えてもらってないんだけど?」

 

 

 そうだ、こいつがマーガトロイドと、どういう関係なのかまだ聞いてない。

 場合によっては、身の程を教えてやらないといけなくなる。

 

 

「言っただろ。

 今日はバイトだって。

 マーガトロイドも同じバイト先なんだよ」

 

 

 衛宮が言った言葉で、ようやく落ち着くことができた。

 紛らわしい会話をしやがって。

 

 

「そうかい、全く」

 

 

 そうと分かれば衛宮なんかに絡む必要はないな。

 さっさと帰ろう、そう思いかけたが一つの妙案が頭に浮かんだ。

 

 

「なぁ、衛宮。

 お前、マーガトロイドと同じバイト先だったっけ?」

 

 

「そうだけど、それがどうしたんだ」

 

 

 これはやり返すチャンスなのでは?

 受けた屈辱はしっかりと返さないといけないよなぁ。

 

 

「実はさ、ずっと前にマーガトロイドに話しかけたことがあったんだ」

 

 

 衛宮は僕の話を聞いてくれるようだ。

 こちらに向き直ってる。

 イケル!

 

 

「でもさ、ナンパと間違えられて手酷い目に遭わされたんだ」

 

 

 まったくもっても忌々しい、あの事件。

 今こそその清算をしてやる!

 

 

「だから誤解を解くのを手伝って欲しいんだけど、良いかい?」

 

 

 全くの嘘でないし、衛宮の性格なら。

 

 

「ああ、例の噂のやつか。そうだな」

 

 

 手を顎に当てて考え始める衛宮。

 早くしろ!

 物の30秒くらい悩んでいたようだが、そうだな、と呟き顔を上げる。

 

 

「仕事の邪魔をしないなら、バイト先を教えてもいい」

 

 

「お前が話が分かる奴で助かったよ、衛宮」

 

 

 コイツは馬鹿だから、情に訴えたら割と通じるところがある。

 本当に馬鹿、でも使える奴でもある。

 

 

「じゃ、行くぞ慎二」

 

 

 衛宮が歩き出す、バイト先へ向かうのだ。

 そして僕がその後ろを付いていく。

 待ってろよ、マーガトロイド。

 その鼻っ柱をへし折ってやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「衛宮くん、この海産物は何?」

 

 

「何げに酷いな、覚えてないのか?

 桜のお兄さんの間桐慎二だよ」

 

 

 コペンハーゲンに、衛宮くんが胡乱な人を連れてきた。

 その人は入ってきた時の顔はニタニタしていたけれど、今はそれを引きつらせながら必死に取り繕うとしている。

 

 それに中々忘れようのない、とても特徴的なあの髪型。

 妙に自信ありげなあの表情。

 ……間違いないだろう、何時ぞやか声をかけられたナンパ男だ。

 

 

「間桐さんのお兄さんなのは知っていたわ」

 

 

 そう、知っていたのだ。

 向こうが私を知っていたのと同様に。

 冬木で魔術の大家である間桐家についてある程度の知識は仕入れていた。

 

 

「でも一緒の名前で呼ぶのは忍びないでしょう?」

 

 

 そう言うと、彼、間桐くんは青筋を立てながら、それでも懸命に笑おうとしている。

 その努力は、別のところに使われてしかるべきだと私は思う。

 

 

「ど、どうしてそう思うのかな。

 もしかして、ぼ、僕に気があって下の名前で呼びたいとか」

 

 

 どうしようもない程に、頭のよろしくない回答をありがとう。

 前に手酷く別れたところから、何も学んでないように思える。

 

 だがよく見ると、彼は自分に言い聞かせるように震える声でそう言っている。

 もしそうであるならば、自分の自尊心が満足するからであろうから。

 きっと今まで自分に自信があって、手に入らなかった物は無かったのだろうと想像できる。

 だからこそ、教えてあげる。

 

 

「むしろ好まないから、こういう言い回しなのよ。

 貴方自身も気づいているでしょう?

 そろそろ現実を見た方が良いんじゃないかしら」

 

 

 そう言うと、石像のようになって動かなくなる間桐くん。

 指で触れると崩れそうなほど脆く見える彼。

 でもそれは儚さとかではなくて、単なる違法建築物の脆さに過ぎなかった。

 

 

「マーガトロイド、慎二は仲直りしに来たんだ。

 そんなに邪険に扱わないでやってくれ」

 

 

 哀れに思ったのか衛宮くんが仲裁に来る。

 だが面倒事を運び込んできたのは、衛宮くんである。

 

 

「下心があけ透けて見える相手は嫌なのよ。

 衛宮くんもよく吟味してから、行動に移して頂戴」

 

 

 私の言葉を聞いた衛宮くんは、少し反感を覚えたようだ。

 何時もが仏頂面だから、表情の変化がよくわかる。

 

 

「確かに慎二は、下心からの行動だったのかもしれないけど」

 

 

 衛宮くんは言葉をうんうんと選びながら言う。

 不器用ながらも一生懸命な彼は、何時も通りの衛宮くんだなとも思う。

 

 

「だけどマーガトロイドとは仲直りしたいって、本気で思ってると思うんだ」

 

 

 衛宮くんが私を見て、間桐くんを見る。

 そして微笑を浮かべたのだ。

 

 

「だってさ、慎二、マーガトロイドのことを見るといっつも話しかけたそうにしていたんだ。

 きっと後悔していたんだと思う。

 だから、もうちょっと慎二のこと、見てやってくれないか?」

 

 

 衛宮くんらしい語り。

 そしてそれを聞いて反応したのは、私ではなく間桐くんの方だった。

 

 

「ふざけんなよ!

 僕がいつ、マーガトロイドを見てたってんだ。

 いい加減なこと言うなよぉ、衛宮!!」

 

 

 成程、衛宮くんの前だと間桐くんはこうなるのか。

 衛宮くんからしたら、面倒の見がいがある友達だろう。

 存外この二人は、相性が良いのかもしれない。

 

 

「だって、マーガトロイドと俺が話していたところ見てたんだろ?」

 

 

「それはお前に話しかけようと思ってただけだ。

 決してマーガトロイドにじゃない」

 

 

「慎二、お前は仲直りしに来たんじゃないのかよ」

 

 

 子供っぽい癇癪に衛宮くんは少し呆れたように、安心するようにしている。

 こうして見ると、間桐くんにも可愛いところはあるのかもしれない。

 衛宮くんの言う通り、間桐くんを少し見て、気付いたこと。

 

 

「別に怒ってるわけじゃないから、話しかける分には普通にすればいいわ。

 もうナンパは結構だけれどね」

 

 

「ナンパじゃないって言ってるだろ!」

 

 

 顔を真っ赤にしている間桐くん。

 恐らくは怒っているからだけではないはず。

 すっかり素が見えてしまっている、間桐くん。

 この分なら変な絡まれ方もされないだろうし、関わりを持っても問題はないだろう。

 

 

「で、注文は如何致しますか?間桐くん」

 

 

「お前、名前で……」

 

 

 驚いたように、穴の空く位に私を見つめる間桐くん。

 思っていたよりも、今回は自信はなかったようだ。

 

 

「さっきの見てたら、問題ないかと思っただけよ」

 

 

「……そうかよ」

 

 

 間桐くんは黙り込んだまま、注文したアイスコーヒーを飲み続けていた。

 飲み干してからは、カップの底を少しの間眺めていた。

 

 

「ごちそうさま」

 

 

 そう言って帰っていった彼は、来た時の騒がしさが欠如していた。

 興が削げただけかもしれないが。

 

 それ以降、変化は学校で会っても普通に挨拶するようになっただけ。

 殆ど話をしないのは変わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしていつもいつも僕じゃないんだっ!?

 選ばれているはずの僕が、他の奴よりも劣るなんてそんなのはおかしいじゃないか!!」

 

 

 だからこそ、あの夜に彼の姿を見たときは驚いた。

 いつも飄々と墓穴を掘っている彼。

 誰よりも声は大きく、傲慢な彼。

 

 そんな彼が涙を零している。

 叫びながら、世の理不尽を呪うかの様に。

 

 

「男の子が泣いていいのは、心の中でだけよ。

 目立つ様に泣いているのは、感心しないわね」

 

 

 流石に放っておくのは目覚めが悪かった。

 そっとしておくのが礼儀かもしれないが、彼の慟哭は誰もいない空に響くだけ。

 ぶつける相手がいなければ、いずれ自分に帰ってくるであろうその言霊。

 

 だから少しばかり手伝うことにした。

 多少なりとも誰かに吐き出せれば、マシになるだろうと判断したのだ。

 

 これは私達を仲直りさせようとした、衛宮くんへの義理で行うこと。

 彼が見知らぬ誰かだったら、通り過ぎていたことだろう。

 

 

「マーガトロイド、お前か」

 

 

 彼の声音は低く、憎しみの籠った目で私を睨みつける。

 私を何故そんな目で見るのか、まずそれを探ることから始めよう。

 

 

「人生なんて不平等なものよ。

 誰が誰とてそれを覆すことはできないわ」

 

 

 彼の嘆き、それに私がしたのは現実を突きつけること。

 そこまでの苛立ちと憎しみを私に向けているのなら、徹底して悪役に徹するのが良いだろう。

 幸いなことに、嫌われても問題ないと思える程に彼との中は希薄であるのだから。

 

 

「持ってるお前が言うのかよ、マーガトロイドッ!!」

 

 

 どこまでも響きそうな声で叫ぶ。

 その調子よ、全てを吐き出しなさい。

 

 

「お前には魔術回路がある。

 選ばれた証があるんだよっ!

 そのお前が言うなんて傲慢が過ぎるんだよ!」

 

 

 感情的な叫び。

 だからこそ、そこには隙ができる。

 

 

「魔術回路がないの?間桐の家の貴方が」

 

 

 間桐くんが吐き出した言葉は、私にとって十分に驚愕に値することであった。

 

 冬木始まりの御三家。

 その一角の凛は十分な才能を備えていた。

 だからだろうか、他家の人間も魔術師として才能を持っていると考えていたのだ。

 

 だが、これで納得がいった。

 こんなにも嘆いているのは、こんなにも悔しいのは、自分にあると思っていた才能が発現しなかったから。

 その嫌な現実を見る機会に直面したのだろう。

 彼が何を呪っているのかが見えてきた。

 

 

 先の発言、私が持てる側の人間。

 つまりは魔術の使える人間だということだ。

 それは彼の羨望であり、同時にどうしても届くことの無いもの。

 だからこそ、彼は魔術を使えるものに惹かれ、同時に憎悪せざるを得ないのだろう。

 

 

「そうさ、僕は魔術回路がない。

 間桐の血筋である僕がっ!」

 

 

 血を吐くように彼は吠える。

 それに悲しみは感じない。

 ただ、溢れんばかりに己の無力さを恥じている様に私には見えた。

 

 

「哀れね、今のあなたは」

 

 

 心からそう思う。

 常人とは違うと考えている彼が。

 その実、常人でしかない彼が。

 

 

「…だよ」

 

 

 私の言葉が彼の触れてはいけないところを、触ってしまったのか。

 彼は喉を震わせている。

 それは火山が噴火する前兆のようで。

 揺れる陽炎に不安定な彼。

 

 

「何だよ、お前」

 

 

 小さいが聞き取れた声。

 淡々と作業的で。

 目は引きずり込まれそうな程に暗かった。

 

 

 彼が歩み寄ってくる。

 私に向かって。

 拳を握り締めて。

 

 

「何なんだよっ!お前はあぁぁ!!!」

 

 

 彼が疾駆する。

 爆発したように、私に殴りかかろうとする。

 感情の赴くままに。

 

 

「っぐぅ」

 

 

 お腹にキツいのが一発入る。

 ひョろい体躯の割に、良い物を持っていたようだ。

 

 

「お前に何がわかるんだ、僕の!!」

 

 

 荒れ狂っている彼。

 体勢を崩した私に馬乗りになり、マウントを取る。

 拳は固く握られており、次は顔を殴られるだろう。

 だが、私もこれ以上は殴られるつもりはない。

 

 

「何だよこれ!?巫山戯るな!!」

 

 

 私の指から出ている魔力で編まれた糸。

 それが間桐くんの体を巡らせる。

 動けないように、何重にも。

 

 

「貴方の言い分は分かったわ」

 

 

 体を魔力の糸に絡まれて動けないところを、カバンに収納していた上海と蓬莱に転ばさせられる間桐くん。

 それに対し私は胸を摩りつつも起き上がれた。

 

 

「でもね、魔術は遊びじゃないのよ」

 

 

 彼の話で真剣に思ったこと。

 魔術は根源を目指す、魔術師達の長い旅路の道。

 それは手に入らないからと、喚けばいいものではないのだ。

 

 

「一族の道が絶たれたと思うなら道を新しく作ることくらい、やってみせなさい」

 

 

 彼の回路がないことによって、間桐の魔術が断絶の間際に立っているのかもしれない。

 もしそうなら自らの才が無いことを嘆くより、魔術師と婚姻するなり弟子を取るなりして技術を継承させるべきだろう。

 

 

「いや、根源への道が断たれることはないさ」

 

 

 簀巻きにされて落ち着いたのか、今度は間桐くんが自嘲を浮かべる。

 そして私もここまでくれば、自然と気付くことができた。

 

 

「間桐桜のことね」

 

 

 恐らくは彼女が跡を継ぐことになり、彼は必要とされなくなってしまったのだろう。

 だから、力いっぱいに空に吐き出すしかなかったのだ。

 

 

「そうさ。

 アイツがいるから、僕は後継者から外された」

 

 

 苛立たしげに吐き出す。

 どうしようもないことを恨むしかなくて。

 

 

「でも、それで魔術は次代に継承される。

 それだけでは納得できないかしら」

 

 

 そう言うと間桐くんは私の顔を見上げる。

 私を嫌悪するように、求めるように見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、マーガトロイド」

 

 

 日常で語りかけるように、間桐くんは私に声をかける。

 

 

「自分よりも優れていた奴がいたとするだろう?」

 

 

 仮定、誰に当てはまるかは瞭然なもの。

 

 

「そいつと自分は仲が良いと、自他共に認めている奴だとしよう」

 

 

 今まで兄妹揃っているところを見たことがなかったが、家では良き兄だったのだろうか。

 

 

「見下してたけれど、見ていられない奴でさ」

 

 

 オドオドしている間桐さんは確かに危なっかしい。

 

 

「だから会うたびに忠告してやるのさ」

 

 

 少し違和感が走る。

 だが、この語りを中断するほどのものでもない。

 

 

「だけどさ、そいつが僕の何より求めている魔術師だった時、僕はどうすれば良いんだ?

 腹立たしい、でも憎みきれないんだ」

 

 

 それは間桐くんの良心の葛藤。

 その誰かが嫌いになれない。

 でもそれは自分がどうしても手に入れられない宝石を持っている。

 憎らしく、それでも大切なのだろう。

 

 

「間桐くんはその人のことが好きなのね」

 

 

 常時の彼なら怒鳴り散らして否定することなのだろうが、疲れているのだろう。

 億劫そうに彼は首肯していた。

 

 それは確かに彼の誠実な返答だった。

 だから、私もそれに報いなければならないだろう。

 

 

「なら、貴方が導いてあげなさい」

 

 

 何かに驚いたように、食い入るように私を見つめる間桐くん。

 だが私としては当然の答えだ。

 

 

「間桐くん、貴方は魔術の知識は豊富よね?」

 

 

 間桐くんは魔術に対しての憧れを多量に持っている。

 だから、魔術の知識は相当収集していると考えられる。

 

 

「あぁ、子供の頃から魔術書を読みふけっていたさ」

 

 

 肯定、これでも良家の子息。

 悪くはないはずだ。

 

 

「ならその知識を使って助けてあげなさい。

 それがあなたにとっての最適解にもなるはずよ」

 

 

 魔術への執着を捨てられず、かと言って憎みきれない彼の冴えた答え。

 魔道に関われて、その人の手助けも出来る。

 この選択肢は悪くないだろう。

 

 

「爺ぃめ、僕がこうするしかないのを見越しての発言だったか」

 

 

 小さい声で、間桐くんが苦々しげに言う。

 祖父に妹を助けろと言われたのか。

 まぁ、あまり細かいことを気にする必要もないでしょう。

 

 

「心は決まったかしら?」

 

 

 決断を促す。

 あとは彼が決めることだ。

 彼がどうしようが、私は傍観するだけ。

 

 

「あぁ、お前の甘言に乗ってやるさ」

 

 

 彼の理性で語られた言葉を聞いた時点で、糸での拘束を解除した。

 間桐くんは立ち上がり、土を払いつつ私に話しかけてきた。

 

 

「口が過ぎると怪我をするわよ、間桐くん」

 

 

「魔女が、よく言うよ」

 

 

 間桐くんは不愉快そうに、フンッと鼻を鳴らす。

 めんどくさい人ね、本当に。

 

 

「何がそんなに気に入らないのかしら?」

 

 

 だけれども妥協したはずの彼が、釈然としていないのは気になる。

 そこまで気に入らなかったのかしら?

 

 

「ああ、気に入らないね。

 お前に教唆されて、爺ぃに乗せられて」

 

 

 先程の屈辱的な悔しさとは、また別の悔しさを浮かべる間桐くん。

 忙しいことで。

 

 

「……家で爺ぃに話してくる。

 今日はサヨナラだな」

 

 

「えぇ、今度は野蛮な真似は控えることね」

 

 

「……本当に最後まで気分を悪くしてくれるやつだな、お前は」

 

 

 忌々しげに、吐き捨てて背を向ける彼。

 それを見て、はぁ、とため息が吐き出された。

 

 今日は特別疲れた気がする。

 暖かい湯船に浸かり、体を休めたい。

 心底でそう思う。

 

 

「おい、マーガトロイド」

 

 

 振り向かずに、だけれど立ち止まった間桐くんが声をかけてくる。

 

 

「何かしら」

 

 

 正直疲れているから、さっさと解放して欲しいわ。

 

 

「今日は腹巻をして寝ろ。

 それだけさ」

 

 

 それだけ言うと、早歩きで逃げるように去っていく。

 何だったのだろうか。

 そう思ってると、お腹に鈍痛が走る。

 間桐くんに殴られた場所だ。

 

 

「遠まわしな心遣いね、ほんと」

 

 

 呆れるくらいに、不器用さ。

 分かりづらすぎて、呆れさえ覚えてくる。

 さて、遠坂邸に戻ろう。

 

 

 

 

 

 

 ……帰宅してから、凛に遅いとどやされる。

 それは我慢できた。

 が、入浴したあとに腹巻を要求したら、ババくさいと言われる。

 そこから始まった罵声の飛ばし合いは不毛の極みであり、更に疲れたのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は不快極まりない日であった。

 間桐慎二は心よりそう思う。

 

 衛宮が魔術師だと発覚するわ、マーガトロイドや爺ぃの手のひらで踊ることになるわで最悪であった。

 だが、今日が最悪なら、明日は今日よりも悪くなることはないだろう。

 ……だから、嫌なことは全て今日中に終わらせよう。

 

 

「爺ぃ、どこにいるんだ!」

 

 

 探す、探す、だけれども姿が見当たらない。

 上階には誰もいない。

 となると、いる場所は限られてくる。

 

 

「地下か」

 

 

 あまり好きではない場所。

 あそこから、両親の死体が出てきても僕は驚かない。

 むしろ納得するだろう。

 そんな埒もあかないことを考えながら、階段を下りる。

 

 

「慎二よ、来たか」

 

 

 爺ぃは僕を待っていた。

 いずれ、僕があの答えにたどり着かざる得ないのを分かってて言ってたのだ。

 

 

「で、お前、衛宮の倅に魔術を仕込んでみる気にはなったかや、呵呵」

 

 

 あのいやらしく、そして頭に残る笑いを爺ぃはする。

 僕がどう答えるかも知っている癖に。

 

 

「やるしかないんだろう?

 やってやるさ、だが、条件をつけさせてもらう」

 

 

 ここまで来たのだ、もはや迷う理由がない。

 

 

「桜が言っていたこと、叶えてもらおうか」

 

 

 あれは、夢見る少女の言動で。

 

 

「慎二よ、桜の絵空事を真に受けたのかぇ」

 

 

 もしそうであれば滑稽な。

 そう言わんばかりにニタニタしている。

 

 

「桜はお前用に開発してあるのだから、衛宮の倅の子供など産めるはずがなかろうて」

 

 

 それは桜にとって残酷な真実で。

 

 

「嘘を言うのは良くないじゃろうて。

 叶わない夢を見せるほど残酷なことはないじゃろうからな」

 

 

 醜悪に笑う。

 ガタがきているその体で。

 未だに生存しているのが不思議な存在が。

 

 

「……僕が何とかする」

 

 

「慎二よ、今、何と言ったのじゃ?」

 

 

 どうしようもない、そんなあきらめばかり押し付けようとする爺ぃ。

 だが、これ以上は癪だ。

 

 

「僕が何とかするって言ってんだよ、爺ぃ!!」

 

 

 僕がそう言うと、爺ぃが震える。

 不気味、その姿をあえて形容するならそれであった。

 

 

「呵呵呵呵、魔術の使えぬお前がか!!」

 

 

 傑作だというように、腸をぶちまけかねない勢いで哄笑する。

 

 

「僕は本気だ!」

 

 

 これ以上、誰かの手で踊ってたまるか。

 どんな無様を晒そうと、自分で決めたことなら耐えられる。

 

 

「よくぞ吠えたのぅ。

 ……良いだろう、可愛い孫の頼みじゃ。

 やってみせい、慎二よ」

 

 

 但し、と爺ぃが付け加える。

 

 

「日々の鍛錬は続行するぞ。

 何せ代替案は未だ存在せず、桜の夢見事なのじゃからのゥ、呵呵」

 

 

 腹立たしいが、現状で僕は無力だ。

 どうしようもない、認めるしかないのだ。

 

 

「わかった。

 ただ、桜をどうにかする手立てが用意できた暁には」

 

 

「分かっておる。

 その時は桜は開放する」

 

 

 また別の器が必要かのぅとつぶやく爺ぃは、どこまでも自分本位で、桜以外のものを仕込もうとしているのが見て取れた。

 

 

 だが僕は現状、桜と衛宮のことで精一杯になりそうだ。

 もう余計なことを考える、余裕はない。

 

 

「桜からは僕が伝える。

 それから、あいつは衛宮の家に置いておくぞ」

 

 

「儂の近くに桜を置いたままなのは、そんなに不安かぇ」

 

 

 見透かされている。

 年季が違うといったところか。

 

 

「そうだよ、あんたと一緒にいるとロクなことには成らないからね」

 

 

 だからここは開き直ることにした。

 爺ぃは案の定、楽しそうにしているだけ。

 全ては自分の手のひら、そう言わんばかりに。

 

 

「慎二、口の利き方がなっとらんぞ」

 

 

 ピタッと足元に何かが止まる。

 氷塊が背中に滑り込んだような、不快感に見舞われる。

 蟲だ、桜にいつも教育を施している蟲がいる。

 

 

「ひぃっ」

 

 

 数歩仰け反る。

 どうして、今、ここにいるんだよ!

 

 

 不快な思いをして顔を上げると気付いた。

 部屋の奥の方から、蟲たちが僕を見ている。

 数百、数千に渡る蟲が一斉に僕を見つめているのだ。

 

 

「あ、あああぁ」

 

 

 怖い、止めろ、僕を見るな!!

 

 

「呵呵。気をつけることじゃな」

 

 

 爺ぃがそう言い、上の階に上がっていく。

 僕は戦々恐々とし、爺ぃの背中にくっついてこの忌々しい部屋から直様出て行くことになった。

 

 

「随分と可愛らしく震えているのぅ。

 さっきまでの威勢はどうした、慎二よ」

 

 

「う、うるさい!」

 

 

 クソっ、今に見ていろ!

 爺ぃが愉快そうな中で、僕は爺ぃを絶対に見返してやることを決意する。

 馬鹿にしやがって!馬鹿にしやがって!!




シリアスが苦手だったことに気付いた、今日この朝。
苦手すぎて、0時に投稿するはずがここまで伸びることに……不覚です。

今日は疲れたような気がするので、執筆はせずにのんびりします。
折角、「魔法世界のアリス」とかも更新されていましたからね!

僕、投稿したらそれらの二次創作をゆっくり漁るんだ(フラグ)

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