TS守り神   作:RK

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 オカラシサマが東の砦に行くと決めたので、やむなく弥助も随伴を決めた。東の砦までは少し距離があるため、馬を用意し、彼女を乗せて弥助が引っ張っていくことにした。

 

 村を出発してしばらくの時がたち、弥助がオカラシサマの乗る馬を引いていると、馬上のオカラシサマは不思議そうに言った。

 

「そういえば気になってたんだけど、弥助は乗らないの」

 

「気を遣わせるのではないかと思って」

 

 確かに二人で乗れないことはないしそちらの方が早く着く。だが二人乗りするとなると、手綱をもつ弥助が後ろから密着する形になるので、彼女を怖がらせるかもしれない。なかなか自分からだと提案が難しかった。

 

 弥助がそう言うと、オカラシサマは苦笑して手招きした。

 

「気にしないから、弥助も乗ってよ」

 

「しかし」

 

「大丈夫だってば」

 

「……分かりました」

 

 弥助が鞍に飛び乗ったとき、胸と彼女の背中がくっついた。その瞬間、びくりとオカラシサマが身体を震わせたのを感じ、弥助は乗ったのを少し後悔した。

 

「すみません。降りましょうか」

 

 するとオカラシサマは首を振った。

 

「いいや、このままでいいよ。大丈夫って言ったのに、こんな反応しちゃって……ままならないものだね」

 

 やはりまだ彼女の心には悪鬼の爪痕が残っている。いつか彼女の傷が完全に癒える日は来るのだろうか。そんなことを考えていると、オカラシサマは震える腕を掴みながら、言葉を継いだ。

 

「私、こんなに弱かったんだな」

 

「オカラシサマ、もう……」

 

「弥助を責めてるわけじゃない。助けてくれたし、あのことも秘密にしてくれてるし……すっごく感謝してる」

 

 彼女は前を向いているため、顔は見えない。だが、戦の終わった日にしていた名状しがたい表情を浮かべているような、そんな気がした。

 

「私があんな目にあったのは全部自分のせいだよ。甘すぎたんだ。戦ってる最中に、自分を殺そうとしてきた敵兵に謝ってたんだもの。笑っちゃうよね」

 

「……」

 

 そんなあなたが好きなのだ、と思ったがそれをここでいう勇気はなかった。オカラシサマを守れなかった弥助が、今さら彼女に優しくあってほしいと言うのはひどく傲慢なことのように思えた。

 

「だから決めたんだ。次は()()()()やろうって」

 

「……オカラシサマは、今までも十分な仕事をやっていたと思いますが」

 

「じゃあなんで村人が死んだの?」

 

 そう言われ、言葉に詰まった。

 

「分かってるでしょ。襲われてそれに対応するだけじゃ皆を守れないって」

 

 オカラシサマは底冷えのするような冷徹な声で続ける。

 

「私はもっと殺さなくちゃいけなかったんだ。余所者を、村の外にいる敵を、皆皆みぃんな殺して……誰もいなくなるまで戦い続けないと」

 

「戦は終わったんです。オカラシサマがそんなことする必要は……ありませんよ」

 

 そう言うと、オカラシサマは振り向いて弥助を睨んだ。

 

「終わったって……何言ってるの? 何一つ終わってない。私が終わらせない」

 

 オカラシサマは熱に浮かされたかのように言った。

 

 きっと彼女の心は、身を焦がすようなあの地獄の中にあるのだろう。自分を見つめてくる瞳の中に狂気の光を感じ、いたたまれなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 砦の奥にある座敷で私と弥助は隆景と顔を合わせた。久しぶりに見た彼は、少し頬がこけてはいたが元気そうだった。

 

「久しいな。此度の戦では大変な目にあったと聞いたが、息災だったか」

 

「ええ、おかげさまでね。やつれてるけどそっちこそ大丈夫?」

 

「ああ、新しく獲った領地の確保や、四条への連絡で忙しくてな。まあ都もこちらも勝ち戦であったから、嬉しい悲鳴というものよ」

 

 隆景は上機嫌に笑った。今回の戦でひどい目にあった私としては複雑な気分だったが、彼の早い判断が村を救ってくれたわけなので表情には出さなかった。

 

「まあともかく、弓弦彦やそなたのおかげで此度はうまくいった。礼を言う」

 

「……そういえば都での戦いについては聞いてなかったけど、やす……弓弦彦はそんなに活躍してたの」

 

「うむ。名のある将を3人討ち、雑兵も数え切れないほど射倒した。あのまま続けていれば、間違いなく我らの与した四条側が勝っていただろうな」

 

 隆景の話によると、各地から集まって来た領主の兵、神や法力僧の入り乱れる中でも、弓弦彦は格別の強さを発揮したのだという。

 

 その理由の一つは、伏兵や奇襲を即座に見抜けるため。自軍ではない生き物、つまり敵の気配を察知できるのでどんなに隠れていても不意を突くことができないのだ。

 

 もう一つは弓の技量が本人の腕に頼っているため。そのおかげで法力僧が彼の力を封じたとしても、普通に僧を射殺してしまえるのだという。

 

 先の戦では不意打ちと法力僧にさんざん苦汁をなめさせられただけに、その強みは十分に理解できた。

 

「すごい。私と一緒に戦ったら無敵だよ。今度戦に行くときは一緒に行こう」

 

 私はそう褒めたが、弓弦彦はとくにそれに応える様子もなく、ただ弥助が居心地が悪そうに居ずまいを正しただけだった。

 

「オカラシサマ……戦に行くというのは、自ら敵の領地へ踏み込み、敵兵や領民を殺すということですか」

 

「うん、まずは緒乃だね。だいぶ削ったことだし、隆景も攻めたいんじゃない?」

 

 私が水を向けると、隆景はうなずいた。

 

「ああ。時期を見て潰しに行くつもりだ。……しかし、どういう吹き回しだ。そなたはあまり戦は好きなようには見えんかったが」

 

「好きなわけではないけどね」

 

 私が敵を殺しまくり、桐生家の領地を広げれば広げるほど、弓塚村は前線から遠くなる。今回のように突然攻めて来られて村人が死ぬということは無くなるだろう。

 

 そう理由を説明すると、弥助はなぜかやりきれないという表情で私を見た。

 

「俺はあなたの力になりたいとずっと思ってきました。でも、わざわざ自分から戦いに行くというのは賛成できません」

 

「戦に行くのが嫌ってこと? それなら美琴か忠秋に弓弦彦を──」

 

「違います。自分勝手かもしれないけれど、俺は、俺は……前みたいな優しいオカラシサマに戻ってほしいんです」

 

 あんな平和ボケした愚図に戻ることに何かメリットがあるだろうか。弥助の言葉に私は首をひねった。

 

「悪いけど、私はもう同じ轍を踏みたくない」

 

「大丈夫です。絶対オカラシサマも皆も俺が守……」

 

「守れてないじゃない」

 

 言ってから私はしまったと思った。彼の顔を見ると、案の定悲痛な表情を浮かべていた。

 

「いや、その、今回のことを責めてるんじゃないんだ。私が言いたいのは、弥助や弓弦彦にも能力の限界があるってこと。それに、私は皆のため……弥助のためにも敵をもっと殺そうって言ってるだけだよ。どこに不満があるの?」

 

 そう言うと弥助はどこか悲しげに私を見てうつむいた。

 

「……すみません、頭を冷やしてきます」

 

 弥助は立ち上がるとそのまま部屋を出た。私が弥助の出て行った方を見ていると、隆景は気まずそうにぽりぽりと頭を掻いた。

 

「内輪での言い合いは来る前にやっておいて欲しかったのだが」

 

「ごめん。まさか反対されるとは思わなかったから」

 

 自分たちの安全を保障するために敵を積極的に殺しに行くというのは、この世界の人々の感覚としてもおかしなものではないだろう。だからこそ私は弥助が頑なに反対するとは思っていなかったのだ。

 

 私がため息をつくと、隆景は「まあよい」と言った。 

 

「わしはそなたの参戦は大歓迎だからな。一つの村を守っているよりもっとありがたい」

 

「緒乃を攻めるときは、絶対呼んでね」

 

「だいぶ恨みがあるようだな」

 

「……恨みというより、けじめかな」

 

 ヒツルギは桐生の牢屋にぶち込まれているし、勝秀は弥助が殺した。しかしアマツカミは逃げおおせており、攻撃を命じた緒乃の領主も健在なのだ。脅威が去ったとは言えない。

 

「では、今日の処刑を見に来たのも、そなたのけじめか」

 

「うん。それで相談なんだけど……栄の処刑は私にやらせてくれない?」

 

 栄は戦が起こる前に私が何とかするべきだった。今更遅いかもしれないが、あの男だけは私の手で殺らなくてはならない気がした。

 

 隆景は私の頼みを聞いて少し考えていたが、すぐに快諾してくれた。

 

「よかろう。そなたが望むのならば処刑する予定の根越一族全員を殺してもよい。本当は刀の試し切りに使う予定だったが、わしもこの目で豊穣の力というものを実際に見てみたい」

 

「ありがとう。じゃあ、そうさせてもらう」

 

 一族全員、つまり戦いに参加していない女子供も自分の手で殺すことになる。そのことに気づき一瞬戸惑ったが、迷いはすぐに消えた。根越は私の村を殺しかけた敵。それ以上の理由は要らなかった。

 

「……なに? 全員中庭に出した? そうか、では行くか」

 

 入って来た侍の報告を受け、隆景は立ち上がった。私は彼の後をついて行き、処刑場である中庭に向かった。

 

 中庭につくと、白い石の敷き詰められた広い場所で、薄汚く汚れた白い着物を身に着けた者たちが一列に並べられていた。手を後ろで縛られ、正座をしている。ちょうど弥助と同じかそれより下くらいの少年少女も大人と同じように縛られており、唯一赤子を抱えている女だけが手の自由を許されていた。

 

「……どうかお慈悲を」

 

 私を見てそう必死に懇願してきたのは、並べられている中で最も右にいた年嵩の男。一番偉そうなのでおそらく根越家の当主、根越斉だろう。

 

「オカラシサマ、あなたは慈悲深い方だと聞いております。わしらは脅されて道案内を務めただけでして……決して好きで裏切ったわけではないのです。どうか隆景様にその説明を聞いて頂けるよう頼んではくれませんか」

 

 白々しく語る斉を私は白けた目つきで見下ろした。この男は、どうやら私を生き残るための希望だとでも考えているらしい。おおかた栄から「オカラシサマは甘い奴だ」という話でも聞いていたというところだろう。

 

「……命乞いなんて、しても意味ないよ」

 

「へ?」

 

「私はお前たちを処刑するために来たんだから」

 

「あの……オカラシサマ?」

 

「お前に用はない。黙ってて」

 

 私が睨みつけると、斉はみるみるうちにやせ細り、しなびた枝のようになってぱたりと倒れた。

 

「爺様!」

 

 右端に座っていた女が、赤ん坊をおいて立ち上がった。しかし私が殺意をもってそちらに目を向けたとたん、彼女の命は吹き消された。そして抜け殻となって転がった身体を見下ろし、私は答える。

 

「黙っててって言ったよね。これから私の許可なくしゃべった者は殺す。早死にしたくなかったら口を開くな」

 

 その場は静まり返った。猫に見つかった鼠のように震える根越家の大人たちと、息も聞かせまいと懸命に手で口を押さえている子どもたちを見て、私は笑ってしまった。

 

 どんなに頑張っても彼らを殺すという結果が変わることはないのに。せいぜい死ぬ寸前まで静かにしているといい。そう思いながら私は栄の前で足を止めた。

 

「こうして出会うのは一年ぶりかな。栄は少し瘦せたかな」

 

 私が彼の前でしゃがみ込むと、栄は細い目を見開いて私に笑いかけた。余裕の笑みではない。免れえない死を理解した諦念の笑み。ずいぶんと勘がいいらしい。

 

「ええ。オカラシサマも、以前お会いしたときとはずいぶん顔が変わりましたね」

 

「へえ、どう変わったように見える?」

 

「修羅のようです」

 

「ふーん……いい眼だね。大事にした方がいいよ」

 

 アマツカミは彼の目を買って偵察をさせていたのかもしれない。そんなことを考えていると、栄がじっと私を見ていることに気がついた。

 

「なに? 命乞いでもする気?」

 

「まさか。我々が処刑されることはすでに決まっているのでしょう。何を言っても覆ることはない。違いますか」

 

「よくわかってるね。正直なところ、私が今一番殺したいと思っているのはお前だ。……言わなくても、その理由はわかるよね」

 

「はい。ですから私は命乞いをするつもりはありませんよ」

 

「だったら何のつもり?」

 

「あなたが無辜の子たちを殺すのかどうか、見ていようと思いましてね」

 

「無辜……」

 

「聞いているかどうかはわかりませんが、緒乃と取引していたのは私や父、母といった大人のみ。他の幼い兄弟たちはそれを知らず、ただ普通に生活していただけです。あなたは彼らを殺すおつもりですか」

 

「……」

 

 以前の私なら、この揺さぶりにまず間違いなく動揺していただろう。子供たち全員の助命をしたくなっていたかもしれない。だが、皮肉なことに彼が一枚噛んだ緒乃との戦を経て、私の甘っちょろさはどこかへ行ってしまっていた。

 

 私は立ち上がると、冷徹に栄を見下ろした。

 

「じゃあ、地獄で見てるといいよ。根越家を根切りにするところを」

 

 その瞬間、栄は私が女だろうと子どもだろうと「やる」ことを察したらしい。私から目をそらし、左に並んで座っているまだ幼い兄弟姉妹に目を向けた。

 

「すまない」

 

 たった四文字を言い終えたときには、栄は全ての生命力を燃やし尽くされ絶命していた。

 

「兄上?」

 

「……兄ちゃん!」

 

 隣で連座させられている子どもたちが喚きだした。

 

 特に話したいこともなかったため、私は左から順に子どもたちを殺害していった。涙を流す者。わけもわからずぼうっと私を見つめる者。怒りの視線を向けてくる者。全員に平等な死を与える。

 

 もし男を一人でも生かしたら復讐されるかもしれないし、女だった場合は新たな敵を産む。情にほだされず、確実に全滅させなければならないのだ。

 

 そして4歳ほどの少女を殺したところで、私は自分が右端までやって来ていることに気がついた。目の前には、栄の前に殺した母親が倒れている。

 

(終わり……いや、まだか)

 

 私は、母親の死体の前に置かれている赤ん坊を見下ろした。死ぬ前に母親が地面に置いたので、赤ん坊は私の力を喰らっていなかったのだ。

 

「ちゃんと、最後までやらないと」

 

 私がその赤ん坊に手を向けようとしたその瞬間、後ろから誰かに袖を掴まれた。

 

「……誰?」

 

「駄目です。オカラシサマ」

 

 振り向くと、今にも泣きそうな顔で弥助が立っていた。いつの間にここまで来たのだろう。困惑している私の横をすり抜け、赤ん坊に手を伸ばした。

 

「あなたの覚悟は分かっています。でも、それだけは……やらないでほしい」

 

 弥助は赤ん坊を抱きあげると、そう嘆願した。

 

 

 

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