機動戦士ガンダムEXVS InSert Credit(旧:掌のレバーと指先のボタンで、広がる世界。)   作:kaneda_02

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●エクストリームバーサス
 全国のゲームセンターにて稼働中の大人気対戦ゲーム。
 機動戦士ガンダムシリーズに搭乗するモビルスーツを操作し繰り広げる2on2の対人戦が魅力。
 大型アップデートや新作発売を続けて、十年以上続いてるすんごいタイトル。
 ソーシャルゲームや家庭用ゲーム機が普及・充実する昨今、その煽りを受けるゲームセンター業界において、根強い人気を誇る人気タイトルです。
 執筆開始時(2023年4月)では、シリーズ6作目に当たるクロスブーストが稼働中。

●制作のノリ
 本作は、執筆開始時(2023年4月)にアーケードにて稼働中の「機動戦士ガンダムエクストリームバーサス2 クロスブースト」をモデルに一部機体に「これがついてたら面白くなるんじゃないの?」と作者の妄想を追加されたものとなります。広い懐で受け入れていただけると嬉しいです。



.3-1 炎暑と容器の中の氷

 

 夕暮れ時。

 都会の住宅街の一角に設けられた小さな公園に三人はいた。

 その内の一人が片手をピストルの形にして上に向けた。もう一方の手で律儀に耳を覆っていた。辿々しくスターターの真似をする少女の前には、不格好なポーズで開始の号令を待つ少年がいた。

 少年は、右腕を胸の前に構え、左腕は後方にピンと張った姿勢で構えていた。やる気だけは感じられる未熟なポーズは、しかし不思議な気迫に満ちており、少年の真っ直ぐな気持ちが感じられた。

 少女がピストルの銃口を模した人差し指を号令と共に曲げた。

 それを合図に少年が走り出した。

 小さく、けれど小学校中学年にとっては大きく感じられた公園を少年は大きく円を描くように走った。

 今日何本目になるかわからないくらい何度も走った少年は、スタート地点に戻ると両膝に手をついて喘いだ。疲労が溜まっている証拠だった。

 少女が足元に置いていた水筒を持って少年に駆け寄った。可愛らしいキャラクターが側面に描かれた水筒は、彼女達の幼さの現れだった。

 受け取った水筒の中身を勢いよく飲む少年を、もう一人の少年が動物の形をした遊具に腰をかけた状態で見ていた。

 風が遊具に座る少年の乾いた肌を撫でた。晩夏を感じさせた。

 視線の先の少年と少女は、額に汗を浮かべていた。

 

 

 

 問題集が落ちる音で目を覚ます。

 モヤがかかったように曖昧な意識で視線を巡らせる。

 肘で押して落下した問題集が机の下にある。机の上には広げられたノートと文房具がある。壁にかけられたアナログ時計の針は、丁度頂点に達しようとしている。頭上高いところまで移動した太陽の陽射しが浅く窓から入っている。レースカーテンの向こうには突き抜けるような夏の大空が広がっている。

 椅子の背もたれに身を任せて空を眺める。エアコンが冷風を吐き出す音とスマホから流れる流行りの曲をBGMに微睡みの中で暫くそうしていた。

 喉の乾きを感じた。気怠げに机の隅のコップに手を伸ばす。冷房に当てられヒヤリとしたコップを持ち上げるとやけに軽かった。口をつけてあおるが、何も口内に侵入してこない。中身は空だった。

 叶は、腹の上に腕を落とした。空っぽのコップと両腕の重さを腹に感じる。視線を下に落とせば、そこには少年から大人への第二次性徴を迎える自分の体とその上に空のコップがあった。

 ステンレスの磨き上げられたコップが、キャラクターものの水筒と重なる。コップの上で重ねた指先が、乾いた肌を感じ取る。

 冷房から吐き出された風が、叶の肌を撫でる。

 叶は、立ち上がった。

 足元の問題集を拾い上げ、机の上の文具と一緒に片付ける。ノートと問題集を机の上の本棚に差し込む。筆箱は机の側面にぶら下がっている学生鞄にしまう。

 コップを持った手とは逆の手でスマホを取り音楽再生を止めた。アプリを終了しホーム画面へ戻る。時刻は正午を過ぎたばかりだった。

 叶は廊下へ出た。夏の暑さが叶を迎え入れる。開け放たれた窓は屋外の喧騒を取り込むのみだった。

 階下へ降りてキッチンを目指す。窓を閉め切った一階は、熱が籠もっていた。冷蔵庫を開けて中から麦茶の容器を取り出した。コップを持った手で器用に容器を開けて中身をコップに注ぐ。並々と注がれたコップを片手に冷蔵庫の扉を閉めてダイニングへ向かう。

 ダイニングテーブルにつくやいなや麦茶を飲んだ。頬の裏側で感じる冷たさが、暑さをいくらか和らげた気がした。

 叶は、ダイニングテーブルの上に置かれた一枚のメモと紙幣に空いた手を伸ばした。メモには母の字が書かれている。

 仕事で帰りが遅くなること。それは父も同じであること。昼と夜は、机の上に置いた千円と冷蔵庫の中にある昨晩の残りで済ませて欲しいとのこと。

 メモから顔を上げ天井を仰ぐ。

 両親の趣味は、仕事と言って差し支えないと叶は思う。そのため、こういった事はよくある事だった。

 叶は、ポケットから取り出したスマホを起動した。SNSを開きメッセージ一覧を確認する。修と優花からは返信がない。片やバイト、片や部活の大会に出場しているため、スマホを見る暇がないのだろう。

 近頃付き合い始めた同学年の彼女からメッセージが届いている。昨晩届いたメッセージは、まだ中身を確認していなかった。

 スマホをしまい再び天井を仰ぐ。

 八月の頭だというのに夏休みの宿題はほとんど終わらせてしまっている。幼馴染二人はバイトと部活に予定を埋めているが、叶には特にこれといった日々の予定がなかった。彼女から何か誘われていた気がするが、優先度は低かった。うぶな恋心が描く少女漫画のような恋愛劇には、そろそろ嫌気がさしている。

 退屈と嫌気を紛らわせるために宿題を進めていたが、この調子では明日明後日には終わってしまう。そうなれば、もっと退屈になってしまう気がした。

 首を動かして窓から外を見た。

 陽射しは強いが、退屈が紛れるような気がした。少なくとも、陽が昇り切り暗くなった家にいるよりはマシに思えた。

 コップの中身を飲み干しシンクに置いた。自室に戻り身支度を終える。

 色落ちしたジーンズのポケットに鍵とスマホ、財布を入れて外に出た。

 

 

 

 ひとしきり服を見た後に寄った書店で、目についた本を買った。退屈を凌ぐためだった。お小遣いの範囲で購入をしたため、母から渡された千円は、一部を遅めの昼食に回した。

 叶は西鉄天神駅近くのファストフード店の二階にいた。窓際のカウンター席に座り、包み紙の中のハンバーガーを頬張る。カウンター席からは、眼下に往来が見下ろせた。

 平日の昼過ぎ。ランチを終えた会社員の中には、夏休み中の学生達が混じっていた。私服姿で友人とどこかに遊びに行くグループ、部活のユニフォーム姿でどこかに向かうグループ。叶は、その中に自身が通う高校の陸上部のユニフォームを見つけた。

 日焼けした肌と短く切りそろえられた髪。力強さを感じる引き締まったふくらはぎは、日々の練習の賜物だろう。

 遠ざかる後ろ姿に叶は思い出す。微睡みの中の光景が、脳裏に蘇った。

 あれは小学生中学年の頃だ。

 週末に控える運動会に向け、放課後近所の公園で徒競走の練習がしたいと修が言い始めた。家から小学校の間にある小さな公園に着いた三人は、動物の形をした遊具の足元にランドセルを置いた。

 始めは三人一緒に走っていたが、暫くしてスターターがいた方が雰囲気が出ると優花が言った。ランドセルから取り出した水筒を足元にスターターの真似をし始めた優花の雰囲気に当てられたのか、いつしか修の表情は真剣味を帯び始めた。

 結局、帰るまでの小一時間、修は合間合間に休憩を挟みながらも走り続けた。叶は、疲労を理由に練習を途中で抜けて遊具に腰かけた。

 叶は、口からストローを離す。今になって何故昔のことを思い出したのかと疑問に思う。

 眼下に目を向ければ通りがある。左に向かえば西鉄天神駅とその直下に広がる地下街。右に向かえばゲームセンターがある。エクストリームバーサスをプレイするいつものゲームセンターだ。

 そのことを思い、叶は答えを得た。

 公園に引いた歪んだスタートラインとその上でスタートの合図を待つ修。ブリーフィング画面で対戦相手を見定める修。その横顔が同じだったからだ。

 叶は自分の腕を擦っていた。店内の空調が効きすぎている。腕はすっかり冷え切っている。それは、記憶の中の自分と重なっているように感じられた。

 ハルヒと対戦してから、修を取り巻く環境は激変したと思う。修は、アドバイスにより真剣に向き合うようになった。ただゲームを楽しむためではなく、もっと真剣な気持ちで修はゲームに臨むようになった。

 カードも買った。ゲームの戦績を保存するカードだ。プレイ前に筐体のカードリーダーにかざすことでデータが読み込まれ、戦績が保存されていく。デモプレイを流している筐体にカードをかざせば、プレイヤーネームと総合戦績が表示される。日々前後する総合戦績に、修は一喜一憂していた。

 叶は、財布からカードを取り出した。修がカードを購入した日、俺だけだと寂しいからと修に言われ購入した物だ。中には、プレイヤー『カナタ』としての戦績が保存されている。使って数ヶ月が経つからか、表面の塗装が一部剥がれかけていた。

 どこかで区切りをつけなければならない。

 危機感めいた感情があった。たかがゲームに対し、取り返しのつかないところまで突き進んでしまうような気がした。

 しかし、一方でそれを修に伝えることも憚られた。幼馴染の本気に水を差してしまうように思えたからだ。

 優花とは違い、修は男だ。女である優花に勧め辛い事柄であっても気軽に誘うことができる。そういった間柄であるから、今まで色々なことに修を誘ってきた。

 誘ってはハマり、誘ってはハマり。そのサイクルが、己と修の間にあった。今回も新しい何かに修を誘ってしまえば良いと思えた。そうすれば、ゲームとは離れられると。

 だが、ここまで修が何かにのめり込んだのは初めてだ。今まで、修はある程度の所までハマるもののどこかで一線を引いていた。新しい何かに誘った時の変わり身の早さがそれを証明していた。

 しかし、今回は違った。修は、暇さえあればエクストリームバーサスのことを考えている。通学路や休憩時間、家で遊ぶ時でさえも修はエクストリームバーサスのことを考えている。

 ガンダムだからだろうか。

 ガンダムが好きだから、そうなのだろうか。

 好きだから、修はいつにも増して本気なのだろうか。

 近頃の修の横顔から感じるものがある。

 ガンダムが、修の中で一際大きい存在であること。そしてエクストリームバーサスが、それに並ぶくらい修の中で大きくなっていることをその横顔から感じずにはいられなかった。

 ゲームは何も手元に残らない。

 上手くなったとして、勝てるようになったとして、そのために獲得した経験が何に活かせられるのか叶にはわからなかった。辞めてしまえば、手元に残るのは戦績が保存されたカードだけだ。それもゲーム以外に使い道がないため、やがて無用の長物となるだろう。

 その上、遊ぶにはお金がかかる。お金をかけた結果、何も残らないのであれば、同じくお金をかけるプリクラやクレーンゲームの方が、遥かに健全に思える。形として手元に思い出が残るのだから。

 叶は、ハンバーガーの包み紙を丁寧に折ってトレイの上に置いた。ポテトが入っていた容器が振動で揺れた。側に置いていたカードもこの空の容器と本質は同じなのではないだろうか。

 

 

 

 店を出た。

 相変わらず外気は暑い。商店街の入口から外に踏み出すと、直射日光がジリジリと肌を焼いた。

 暇になってしまった、と叶は溜息をつく。時刻はお八つ時に迫っていた。

 先程、休憩中の修から連絡があった。十七時には上がる旨の連絡だった。今外にいることを返信すると、そのまま外にいるなら遊ぼうと誘いがあった。

 どのような遊びをするのか大凡の予想がついた。

 帰らなかったら付き合う旨の連絡を返した。予想がついたから内容は訊かなかった。そして積極的に付き合おうとも思えなかった。少なくとも今はそういう気分だった。

 新天町商店街のいくつかある入口の一つ、ファストフード店の程近くにあるそこは、商店街沿いに横たわる幅の小さい道路に接続していた。入り組んだところにあるからか、車はほとんど通らない。そのことがわかっているため、歩行者が絶え間なく車道を横断していた。

 入口から左には、西鉄天神駅と帰路となる地下街。右にはゲームセンターがあった。

 頭上には、やや傾いたが変わらず激しく照りつける太陽。右手には書店で購入した文庫本とそれが入った袋。暇を潰す存在を思い、叶は左折を選択した。

 帰路につきスマホを取り出す。SNSを起動し修に帰宅することにした旨の連絡を行うために指先を動かした。半分中身の残ったドリンクの容器を左手で持つ。

 メッセージを作成し終えた時、視界の端が何かの落下を捉えた。スマホからその何かに視線を移す。

 それは財布だった。光沢が高級感を感じさせる。

 叶は思わずその財布を拾った。折りたたみ式の財布は、女性物だと直感させた。

 叶は周囲を見渡す。落とし主を探すためだった。

 行き交う人々を順々に確認し、やがて叶は制服姿の女子の後ろ姿に目を留めた。肩に担いだ学生鞄のファスナーを閉じる後ろ姿は、西鉄天神駅から段々遠ざかっている。二つに結んだストレートのロングヘアが、形の良い腰の動きに合わせて揺れていた。

「あの!」

 叶の静止の声は、どうやら届かなかったらしい。目を凝らせば、両耳から伸びるイヤホンのコードが、艶のある髪の合間から見えた。

 叶は少女を追いかけた。少女の凛とした背中を見失わないように注視していると、前を横切る人の波が普段より厚く感じられた。

 人垣にてこずっていると、少女が足を止めた。少女は、素早くそしてさりげ無く周囲を確認していた。

 目が合いそうになったタイミングで目の前を複数人が過ぎる。

 人の波が通り過ぎた頃、足早に建物に入っていく少女の後ろ姿が見えた。

 その建物に叶は覚えがあった。

 建物を見上げる。

 ゲームセンターだった。

 容器の中で氷が崩れる音がした。

 その冷たさを掌が感じ取っている。

 

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