機動戦士ガンダムEXVS InSert Credit(旧:掌のレバーと指先のボタンで、広がる世界。) 作:kaneda_02
●お知らせ(2023/6/6追記)
タイトルを変更しました。
旧タイトルに馴染みのある方を考慮し、旧タイトルは見える形で残しています。
アーケードゲーム感をより強くしたく変更しました。
突然の変更申し訳ないです。
●エクストリームバーサス
全国のゲームセンターにて稼働中の大人気対戦ゲーム。
機動戦士ガンダムシリーズに搭乗するモビルスーツを操作し繰り広げる2on2の対人戦が魅力。
大型アップデートや新作発売を続けて、十年以上続いてるすんごいタイトル。
ソーシャルゲームや家庭用ゲーム機が普及・充実する昨今、その煽りを受けるゲームセンター業界において、根強い人気を誇る人気タイトルです。
執筆開始時(2023年4月)では、シリーズ6作目に当たるクロスブーストが稼働中。
●制作のノリ
本作は、執筆開始時(2023年4月)にアーケードにて稼働中の「機動戦士ガンダムエクストリームバーサス2 クロスブースト」をモデルに一部機体に「これがついてたら面白くなるんじゃないの?」と作者の妄想を追加されたものとなります。広い懐で受け入れていただけると嬉しいです。
目的地のディスカウントストアの脇にある路地に入った。通りの喧騒が段々と遠ざかっていく。
優花は、しばらく走り続けた。修はそれを追った。
通行人が不審そうにこちらを見ていた。そんなことはどうでもよかった。
優花がようやく減速する。弱々しい足取りであてもなく路地を彷徨う。修も同じく減速した。優花に並ぼうと、その背中に声をかけようとして、しかし直前で動きを止めた。かける言葉が見つからなかった。
叶のせいだ。
無責任にそう批判をしたかった。けれど、幼馴染の関係に深入りを避けたのは自分だ。叶が優花に向き合うのを待ち、その傍らで優花のストレスの発散役に甘んじたのは他ならぬ自分だ。
何故、無責任に叶一人を批判できようか。
胸の深いところで何かが声を上げている。理性ではない。荒々しい何かが、その鋭利な爪を打ち鳴らしている。修は、心底その音を不愉快に感じた。抑えつけて見えないふりをした。
トボトボと歩く優花に続く。ややあって、優花は公園に入った。広く遊具の種類が豊富な公園は、閑散としていた。その広さや遊具の数が、余計に寂しさを際立たせた。日が暮れかけていた。
いくつかあるベンチの一つに優花は座った。その時になって初めて、修は優花の顔を見ることができた。涙が今にも眼尻から溢れ落ちそうで、それを堪えようと唇がわなわなと震えていた。修は慎重に優花の隣に座った。少しの衝撃で均衡が破れてしまいそうだった。
公園に夜の帳が満ちていく。足元から夜気が忍び寄る。気温がぐっと下がったような気がした。
修は、ジャージの上着を脱いだ。インナー一枚になったことで、より寒さを感じた。脱いだ上着を優花にかけた。
それがきっかけになったのか、優花の膝に一滴の雫が落ちた。俯いて垂れ下がったセミロングの間から、鼻をすする音が聞こえた。
「わかってる」
その声は、震えていた。
「誰と付き合おうと叶の自由だってわかってる。叶自身にその気がないってこともわかってる。優しいし、執着がないから、頼みを断れないのもわかってる。そして……」
――全てに冷めていることも。
優花が続けようとして、避けた言葉を補完した。
全て。
その対象に、自分達幼馴染が入っているかもしれないと、優花は真実恐れている。
「だけど、やっぱり辛いよ」
修は堪らなくなって優花を抱きしめた。
それ以外にできることがなかった。
かける言葉を見つけられず、かといって面倒だと捨てることもできない。血をわけた兄妹のような幼馴染達に不器用に精一杯向き合おうとした結果だった。
そうせざるを得なかった。
堰を切ったように優花が声を上げた。修の背中に手が回った。修の肩口が、ジンワリと湿り気を帯びていく。
湿り気が広がるにつれ、修の胸の奥底から得体のしれない何かが這い出てくる。
誰かに矛先を向けることができず、結果的に自分に向いた責めの言葉が、それでも出口を求めようとしてはらわたの中で延々と回転している。
黒々とした感情の奔流が、自分の奥深くに眠る何かを刺激していた。
修は、優花を優しく抱きしめながら、公園を満たす闇に見入られていた。夜闇と夜気が、修を覆っていく。
肩で息をする。
汗が止まらない。
肉体の疲労を訴える体が、その熱を発散しようとしていた。したたる汗を手の甲で拭う。嫌な汗は、体の生理現象だけではなく、精神の発露によって生み出されてもいた。
ひどく心がざわつく。
とんでもない過ちを犯してしまったような気がする。
良かれと思って行ってきた全て、流されるままに行った全てが、巡り巡って強固な鎖で叶の首を絞めていた。叶は、振り払いたくて走った。
行くあてはなかった。ただ見つけたいと思い、路地裏を駆けた。
叶は、他人の痛みには感心がなかった。
自分に好意を抱く異性やそこから一歩踏み込んで体裁上の恋人関係に至った異性、自分に幻滅して離れていく異性、そして尊厳を踏みにじった異性。全ての涙や責めに叶は、仕方ないと納得をしつつ、しかしどこか他人事のように思っていた。
が、幼馴染の痛みは、叶の繊細な部分を鋭く刺激した。
それを嫌ったから、二人の前、とりわけ優花の前では注意を払っていた。恋愛劇を虚しく演じる行為が、優花を傷つけると自覚していたからだ。
しかし、叶は、それが間接的に優花を守ることに繋がるのだと信じていた。最も傷つける行為だとわかった上でだ。そんな矛盾を自分の行いに認めながら、ずっと続けていた。
他に何をすればいいのかわからなかったからだ。
いや、違う。
わかろうと、考えなかったからだ。向き合うことを避け続けたからだ。
叶は、喉元に迫る圧迫感に立ち止まった。路傍の電柱に手をつき、上体を屈めてもう一方の手で膝を支えとした。
頭がグラグラする。酸欠だろうか。足元が頼りない。コンクリートの舗装された道は、今にも抜け落ちそうだ。
消えてしまいたい。
消えてしまえ。
そのまま死んでしまえ。
今すぐ全てから逃げだしたい――、気持ち悪さに吐き気が込み上げてくる。すんでのところで耐えた。
頭上の街頭に光が灯る。
救いを求めるように見上げる。
照明の根本に張り巡らされた蜘蛛の巣に、羽虫が絡め取られた。抜け出そうと必死にもがいている。どうすれば抜けられるのかもわからずに。
叶は、やっとの思いで再び走り始めた。
答えの出ない問題に思考が絡め取られていた。忘れたかった。逃げ出したかった。しゃにむに走った。
西鉄天神駅の高架下を走った。路地に入って、パチンコ屋の騒音を一瞬浴びた。ラブホテルの前を抜ける。今まで何度も行ってきた性交が、おぞましい行為のように感じられた。左手に広く遊具が豊富な公園を見た。冷たい夜気に満ちた公園では、くたびれたサラリーマンがベンチに腰を下ろしたところだった。何をするわけでもなく、空虚な視線でどこかを見ている。全てを失ってしまったかのような薄弱さが、これからの自分と重なった。振り切るように走った。路地裏の寂しさが耳に痛い。喧騒を求めて通りに出た。
「わ!」
本来の目的地だったディスカウントストアの脇で、ジャージ姿の男女とぶつかりかけた。避けようとした。実際、避けることはできた。しかし、その拍子にバランスを崩し勢いよく倒れた。体を強かに打ち付ける。肉体の強い痛みや疲労感は、それでも胸の内の寂しさと後悔に勝らない。
「大丈夫!? 叶!」
起き上がろうと、休みを求める体に鞭を打っていると、頭上から聞き慣れた声がした。ハッと見上げると、心配そうにこちらを覗き込む優花とその後ろにレジ袋を持った修がいた。
優花がしゃがむ。こちらを心配する健気さが、叶の体に怪我がないか伺う動作から感じられる。優花のその所作に、叶は束の間の安心を覚える。優花の奥にいる修に、刹那、いつも通りを感じる。しかし、優花の赤く腫れた目元と修の不穏な気配が、強烈に現実を思い起こさせる。
犯してしまった過ちが、逃れようのない現実として差し迫ってくる。
「大丈夫」
優花にそう答え、叶は軽々と立ち上がってみせた。ズキズキと打ち付けた箇所が痛む。疲労が襲う。耐えなければならないと、無理矢理笑顔を作ってみせた。
「よかった」
心底ホッとした表情を優花が浮かべる。優花が、自身のジャージの上にもう一枚サイズの大きいジャージを羽織っていることにようやく気が付いた。胸元には、生田と刺繍されていた。修が、優花を守っているように思えた。ずっと守っていたのだと気が付いた。
「買い出しは先に終えちゃったから、早く戻ろ? きっと皆待ってるよ」
努めて明るく振る舞う優花に、良心が苛まれる。歩き始めた優花の背中に自然と口が開きかけた。だが、何も言えなかった。何を言えば良いのかわからなかった。
何もなかったかのように装う優花に、叶は修と並んでついていく。時折振り返りながら、当たり障りのない話題を振ってくる優花。叶は、その度に自分の情けなさを痛感した。
隣で修が笑っている。その横顔に強さを感じる。何事にも真摯に向き合う、向き合おうとする修ならば、唐の昔にこんな問題解決してみせたのではないだろうか。優花が好きになった相手が、修だったならばと巡り合わせを呪う。
叶は、修の肩口に薄く残るシミに気が付いた。何かに濡れてできたシミが、優花の赤い目元と結びつく。
俺がいなければ、全て丸く収まったんじゃないのか。
そんな思いに取り憑かれた。
同時に、叶は、隣の修がまとう気配を察知した。ピリピリと肌を炙るプレッシャーがある。笑顔の下に隠された凶器が、今にも叶めがけて振り下ろされそうだった。
叶は、その瞬間を心底恐れた。
文化祭は丁度二週間後に迫っていた。
この週末は、生憎の雨模様だった。叶は、今しがたゲームセンターに到着したハルヒとシオの濡れた足元に雨の強さを想像した。
アナウンサーは、段々と雨が強くなっていくと天気予報を告げていた。家を出る前、母がダイニングテーブルに置いた昼夜食用のお小遣いを手にとりながら、天気予報を聞いた。
ゲームセンターの地下一階、エクストリームバーサスのコーナーには、見知った面々が揃っていた。週末、自然と集まるメンバーとは、アドバイスや対戦等の交流を度々重ねていた。受動的に交流を重ね続けた叶であっても、この光景はいつも通りに思えた。
違いがあるとすれば、秋久がその輪に加わっていることだろうか。
「おや、君はいつかの」
秋久の小柄な体躯に気が付いたハルヒが、プレイヤーネームを記憶の中に探していた。
辿々しく、そして照れくさそうに改めて自己紹介を行う秋久を見ていると、その後ろにエクストリームバーサスの筐体にジンが向かうのが見えた。無愛想な長身の男は、いつもノリに伴われてゲームセンターにやってくるが、積極的にコミュニュケーションをとるノリとは対象的に、周囲に無関心を貫いていた。
あれも一つの処世術だと叶は思った。憧れているかどうかはわからなかった。
「たまには相方変えようぜ」
最近、メンバーに加わった巧が、修に向けてそう言った。言うや否や、修の返答を待たずその肩を掴んで筐体前の長椅子に座らせる。
「早く来いよ」
修の隣に座った巧が、こちらを振り返る。切れ長の目は、叶と秋久を見ていた。
「……ど、どうします?」
秋久が恐る恐る是非を問うてくる。叶は、迷わず頷いた。対戦の準備を進める修の背中を一瞥し、彼等が向き合う筐体と背中合わせに設置された筐体に向かう。叶は、修を恐れていた。その提案は渡りに船だった。
長椅子に座れば、見えるのは筐体と隣の秋久だ。上機嫌にクレジットを投入する秋久を見ていると、幾らか鬱屈とした気分が忘れられるような気がした。所作から一目で人付き合いが苦手だとわかる秋久は、ゲームで繋がった交友関係を良く思っているのだろう。きっとこれから起こる未知の出来事に心を踊らせているはずだ。叶は、人間関係をようやく始めた秋久のその純粋さに憧れた。
秋久は、よしっとハッキリ聞こえる声量で意気込んだ。厚い前髪の下の視線が、一心にモニターに注がれる。
「僕はメッサーラで行きます」
それを尻目に、叶はクレジットを挿入口に流し込んだ。むかいに座る修の不穏な気配は、筐体に遮られ届かない。試合中もそうであれば良いと願った。
「行くぜ」
頭上から巧の声がした。仰げば、立ち上がった巧が筐体の上から顔を覗かせていた。叶と秋久を順々に人差し指で指さした。その行為は、巧の代名詞になっていた。
筐体の縁に沈む巧の頭頂部を見届け、叶はスタートボタンを押した。叶の知らない間に、いつもの面々が彼らを取り囲むように試合の行く末を見守っていた。ジンは、相変わらず退屈そうに一人離れた筐体でガンダムをプレイしていた。
時折秋久の悲鳴が聞こえる。
変形移行と変形解除を機敏に繰り返しながらどうにか弾を避ける秋久のメッサーラは、ドレッドノートが射出したドラグーンをすんでの所で避けていた。
その動きに、叶は上達を感じる。以前、ストライクフリーダムとダイバーエースの弾幕に絡め取られていたメッサーラの動きは、淀みないものへと変化していた。
何が秋久の動きを上達させたのか疑問を感じつつ、叶はダイバーエースを援護に入らせた。
巧の駆るXアストレイドレッドノートが、ダイバーエースの横槍を受けて後退した。巧の機体選択の幅広さは、相方を務めるプレイヤーの持ち機体を柔軟に受け止めていた。代わる代わる変化する巧の機体には、専門的ではないが、彼の高い次元のプレイスキルが反映させていた。
ドレッドノートと入れ替わるようにストライクフリーダムが、ダイバーエースの前に躍り出る。
叶の中で、緊張が高まった。
プレイヤーとしてモニターから感じるプレッシャーとは別に、ストライクフリーダムの背後から特別なプレッシャーを感じる。ストライクフリーダムの体力を示すバーの下に、駆り手の名前が表示されている。
シュウ。
刺すようなストライクフリーダムのカメラアイの光が、そっくりそのまま修の心を写し出しているように思えた。
気圧されて後退する。直後、先程までダイバーエースがいた虚空をビームが貫いた。
叶は、ストライクフリーダムの放つビームを避けながら、自分は何をやっているのかと疑問を得た。
あの一件以降、何事もなかったかのように接してくる優花と普段通りのようでありながら危うさを感じさせる修に、叶は戸惑っていた。全員が全員当たり前を装いながら、薄氷の上に立っているように思えた。
薄氷の上で、三人は三者三様の態度を取っている。
優花は、努めて明るく振る舞っている。笑顔の下には、抑えようのない感情の奔流があるはずだ。
修は、いつも通り明るい。文化祭の準備に奔走する一方、腹の中で何かを抱えているように思えた。
叶自身は、流されるままだった。どうにかしなければと危機感を募らせながら、それでもどうにもできずに周囲に流されている。
今日もそうだった。
週末、修と出かける時は、決まってゲームセンターに立ち寄っていた。気まずさを感じながらいつものように街に繰り出した二人は、ルーティーンに従ってゲームセンターを訪れた。
叶はそれに甘んじた。
せめてゲームをやっている時だけでも、自身を取り巻く厄介事から逃れたかった。ゲームは、ただ楽しむものであってほしかった。
ステージの遠景では、メッサーラがストライクフリーダムとドレッドノートの連携攻撃を受けている。ダイバーエースの復帰位置は遠く、今からどう足掻いても援護が間に合わないことは明白だった。
メッサーラは既に一度撃破されている。続けてダイバーエースが撃破されたため、こちらにもう後はなかった。
凶刃がメッサーラに迫る。
前を行くストライクフリーダムの加速は、自身の被弾を勘定に入れていなかった。自分が迎撃されたとしても、メッサーラにブーストゲージを使わせることができれば、後詰めを務めるドレッドノートがメッサーラにダメージを与えられるとわかっている動きだ。撃墜間近、かつバーストを持たないメッサーラを思えば、何を当てても勝てる修と巧の心中は気楽なものに思えた。
そこまで考えて、叶はコントロールパネルに乗せた手から力を抜いた。逃れようのない敗北に対し、無意識がそうさせた。
直後、叶達はゲームに負けた。
敗北の直前、ストライクフリーダムのカメラアイが、こちらにアラートを飛ばしていた。警戒のためだろうか。
叶にはまだわからなかった。
帰路は、土砂降りだった。
地下街の南口から地上に出て、大通りを南下した。厚い雲が、やや傾いた太陽を遮っている。密度の高い雨は、空の灰色を地上まで伝播させていた。
ドラッグストアの前を通り、激しい雨に水かさを増した川にかかった橋を渡る。暫く歩き、コンビニエンスストアの脇にある路地に入った。
後ろを歩く修とは会話がなかった。気取られないように盗み見たその表情は、思い詰めたように深刻だった。傘を叩く雨音の強さを言い訳に、修との会話を避けた。
ケーキ屋の前を通る。
路地にむけて大きく開放された店舗の正面から、光が漏れていた。傘で顔を隠す。刈谷のおじさんとおばさん、そして優花に気付かれないことを祈った。
ケーキ屋の明かりが、背後に抜ける。激しい雨に足元が濡れている。スニーカーの中が、濡れ始めていた。
修の自宅マンションに辿り着いた。
気まずさの終わりを素直に喜んだ。そして、素直に喜んだ自分に嫌気がさした。
「またな」
背後の修にそう言って、その場を離れようとした。
「……して」
「え?」
雨音に紛れて、修の声が聞こえた。その声色が、あまりにも暗かったから、叶は自分の耳を疑った。
振り返る。
「さっき、どうして手を抜いたの?」
傘の縁と修の目が重なっていた。雨の衝撃に上下する縁が、その鋭利な瞳をチラつかせる。
「さっきって……?」
恐る恐る尋ねた。
瞳を直視できず、顔をそらす。修の視線から逃れるように傘を前に傾けた。
「秋久と組んだ試合。なんで最後動かなかったの?」
視線を避けても、声からは逃れられない。
低く、冷たく、淡々とした声色からは、修の心中が伺いしれない。
あの修が。
明るく、何にでもひたむきな修が、こんな声を出していることに驚く反面、その対象が自分であることに心底震えた。
修は、止められなかった。
試合を終えてから、今の今まで考え続けた疑問をぶつけずにはいられなかった。
全ての原因が、あの一瞬に凝縮されていると直感したからだ。
優花の報われない恋とそこから派生し続ける絶望の原因が、あの一瞬にあると、そう感じ取ったのだ。
修は、止められなかった。
二人の事情の当事者のつもりだった自分。
けれど、無責任に傍観者でいることに甘んじた自分。
大切だと態度で示しながら、それでも向き合おうとしない叶。
優花のトラブルを説明したあの日、なんとかすると言ったのに何もしないどころか悪手とも思える関係を異性との間に持ち始めた叶。
何を考えているのか伺おうとする度、気まずそうに顔をそらす叶。
とめどなく溢れ出す怒りが、責任の所在を求めて暴れる。
その怒りが成長させた暴力的な何かが、あの一瞬にその正体を表した。
正義感ではない。
哀れみでもない。
どこまでも自己中心的な我儘は、叶の態度を許さなかった。
怒りが、溢れ出す。
「……無理だと思ったからだ。あれだけ距離が離れていたら、TRANS-AMを使っても間に合わない。そもそもダイバーエースは、空中で動く敵を遠距離から強引に撃ち抜く武装を持っていない。だから、あの状況から勝つことは不可能だったんだ。誰がどうやっても」
傘のむこうから声がする。
修は、ギリッと奥歯を噛んだ。
「そんなだから……何にだって向き合えないんでしょ」
心の中に留め続けていた思いが、溢れる。雨音が強くなる。自然、声量が上がる。
「いつもそうだ。何にだって、誰にだって中途半端で良い加減に向き合って……! そんなだから、優花は……」
なけなしの理性が、言い淀ませた。
叶の繊細な部分に触れることを止めようとしていた。靴下がスニーカーの中に侵入した水を吸った。きっかけはたったそれだけで十分だった。その冷たさが肩口を想像で濡らした。
はらわたの中で化け物が暴れていた。
「優花を傷つけても平気な顔していられるんだ!」
衝撃が修を襲った。
二本の傘が、足元を転がる。雨に打たれながら、衝撃から回復した修は目を開けた。
こちらの襟首を掴み上げた叶が、怒りに震えていた。
二人は、お互いを直視した。お互いに久しぶりに顔を向かい合わせた気がしていた。なのにお互いの胸の内はわからなかった。
「それ以上喋るなよ。今度は脅しじゃ済まない」
叶は、顔を打ち付ける豪雨をものともしなかった。
土足で踏み荒らされたことに掻き立てられた怒りにとって、雨の激しさや冷たさは些末なことだった。
叶は、自分の正義が否定されたように思えた。
歪んでいることは知っている。正義によって、優花を傷つけることも知っている。叶は、優花のその痛みを感じ取っていた。平気なわけがなかった。押し潰されそうになりながら、それでも何もわからない自分が何もわからないなりに必死に築き上げた正義だった。
それを否定されて許せるわけがなかった。
幼馴染であったとしても、許せるわけがなかった。
また、同時に悲しくもあった。
幼馴染に、自分の苦しみが理解されていないのだという事実を突きつけられていた。解決の糸口が見えない問題に苦しんでいるというのに。
責められているような気はしていた。それを恐れてもいた。ただ、いざ批判されると、叶は悲しくて堪らなかった。
誤解なくわかりあえるなんて、ロマンチストの考えだと叶は思った。
両手に力をこめる。
修の喉を圧迫した。
苦しそうに表情を歪ませる修だったが、獰猛な気配は陰りをみせない。納める鞘を失くしたかのようだった。
「言ってやる……! ふざけるなって、何度でも!」
叶は、渾身の一撃を修に見舞った。
修の体が吹き飛んで、マンションの敷地を縁取るフェンスに背中から突っ込んだ。その体が、ずるずると沈む。
左の頬の痛みに構わず、修はこちらを睨んでいた。
反撃をしてこない修。どうあっても一歩も引かない頑固さを感じ取る。
暴力に訴えても、修の心についた火は消えない。燃え盛る火炎は、一向におさまらない。
「……こい」
叶は、足元の傘を拾った。
傘を頭上に差す。雨が遮られるが、既に体はずぶ濡れだった。水分が体の熱を奪う。激しい怒りが、凍える体の中で際立つ。その激しさは、知らず修に理解されていなかった悲しみを掻き消した。
「お前が必死に向き合ったガンダムでケリつけてやる。お前は、今まで一度も俺に勝てなかったろ? 勉強でもスポーツでも。ゲームでも、お前は俺に敵わないって、はっきり分からせてやる」
何もかも滅茶苦茶にしてやる。
破滅的な怒りが、視界を染め上げた。
修が立ち上がる。
傘を拾った。鋭利な傘の縁の下から、修の瞳がはっきりと叶を射抜いていた。その全身が雨に染められている。肩口ももちろん。