機動戦士ガンダムEXVS InSert Credit(旧:掌のレバーと指先のボタンで、広がる世界。) 作:kaneda_02
●お知らせ(2023/6/6追記)
タイトルを変更しました。
旧タイトルに馴染みのある方を考慮し、旧タイトルは見える形で残しています。
アーケードゲーム感をより強くしたく変更しました。
突然の変更申し訳ないです。
●エクストリームバーサス
全国のゲームセンターにて稼働中の大人気対戦ゲーム。
機動戦士ガンダムシリーズに搭乗するモビルスーツを操作し繰り広げる2on2の対人戦が魅力。
大型アップデートや新作発売を続けて、十年以上続いてるすんごいタイトル。
ソーシャルゲームや家庭用ゲーム機が普及・充実する昨今、その煽りを受けるゲームセンター業界において、根強い人気を誇る人気タイトルです。
執筆開始時(2023年4月)では、シリーズ6作目に当たるクロスブーストが稼働中。
●制作のノリ
本作は、執筆開始時(2023年4月)にアーケードにて稼働中の「機動戦士ガンダムエクストリームバーサス2 クロスブースト」をモデルに一部機体に「これがついてたら面白くなるんじゃないの?」と作者の妄想を追加されたものとなります。広い懐で受け入れていただけると嬉しいです。
――勝った……。
叶は、あれだけ切望した勝利がやけに呆気ないものだと感じていた。
後半、ストライクフリーダムの挙動から覇気が消えてしまったことが原因だった。
勝利への渇望も絶技じみた操作もなく、ただ漫然と機体が動いていたように見えた。
叶は、一瞬修を案じた。エクストリームバーサスでは、機体の性能は常に一定だ。対戦ゲームだからこそ、試合毎で機体の性能に前後は発生しない。であれば、不調の原因は筐体の整備不良かプレイヤーの問題のどちらだ。
叶は、不調の原因を後者だと断定した。筐体の整備不良であれば、もっとストレートに機体の挙動に影響がでるからだ。一本のレバーと四つのボタンで全てを表現するゲームなのだから、どれか一つの機能を欠損しただけでまともなゲームにならない。
だから、原因はプレイヤー、すなわち修にあるのだと。
――だからなんだ。
叶は、一瞬垂れ込めた情けを叩き潰した。勝った事実は変わらず、また自分がそれを切実に望んだことは変わらないからだ。
体が軽い。
全ての問題が、叶の中から消えているように感じた。ゲームに興奮することで分泌された脳内麻薬が一時そう感じさせているのだとしても、今の叶にとってはそれだけで何より満足だった。
叶は、自分の表情を自覚する。
口角が上がっている。快感が脳を犯した。理性は重圧からの解放に打ちのめされている。叶は、全身で自由を享受した。
珍しく熱を帯びた体表から、濡れた衣服が熱を吸っていく。心の乾いた部分をようやく湿らせた何かが、同時に潮を引いていく。乾いた風が胸中に吹き始めた。
「待て、おい」
不意に耳朶を打つ声に顔を向けた。
巧が信じられないものでも見ているのか、驚愕の表情を浮かべていた。その体が、何かに、誰かに駆け寄ろうとする直前で止まっている。
その隣で秋久が震えている。オーバーサイズの服が、秋久の弱々しい印象にさらに拍車をかけていた。
恐怖に縛り付けられているようだ。
叶は、強い喉の乾きを得た。
途端に血の気が引く。悪い予感が当たったような、そんな気がしている。
視線を巡らせれば、いつの間にかジンを除くいつもの面々が遠巻きに叶達の試合の行末を見届けるためにフロアにいた。
その誰もが、驚きと怯え、そして戸惑いを全身に同居させていた。
全員が、ある一点に焦点を合わせている。
叶は、その一点に思い至った。
――修?
自分の対面に位置する筐体。そこにいるプレイヤーをフロアにいる全員が見ていた。
生唾を飲み込む。
乾きに飢えた喉が痛む。
痛みが焦燥感を刺激した。
叶は、対面の修を覗くため背中合わせに一列に並んだ筐体の端へ急いで回り込んだ。
修が、腕を振り上げている。
痛々しい程に握りしめられた拳を頭上に掲げていた。ありとあらゆる負の感情が、その拳に宿っていた。激動する感情の矛先を探し求めていた。
修は、抗っていた。
唇を噛み締めて額から汗を吹きだたせ、拳の振り下ろし先を必死に定めていた。
自身の中に、打ち下ろそうと。
自分が不用意に口にした言葉が、無責任な態度が思い起こされる。
一時の感情で、決定的に誤ってしまったことに気が付いた。
自分に対する怒りが、情けなさが、修の腕を振り上げさせていた。
「……修」
横合いからの声に、修は弾かれるように顔を向けた。
叶がいる。
ねめつけるような眼光の鋭さはなく、不安気に揺れる瞳が修に向けられていた。
振り上げていた拳を咄嗟に下ろす。叶に見えないように下ろす。自分の後悔の象徴を見せることはできなかった。
修は、叶から顔をそらした。繊細な部分に不思慮に触れてしまい傷つけた相手だ。今さらどの面を下げて対面すれば良いのかわからなかった。
決定的に間違えてしまったのだ。
幼馴染を取り巻く問題の解決方法は、きっといくらでもあったはずだ。もっとスマートな方法があったはずなのに、強引に解決しようとしてしまった。
優花が脳裏を過ぎる。
笑顔は見えない。
涙を流している。
もう彼女を慰めることはできない。
その資格が自分にはない。
時間をかけてゆっくりと解決の糸口を探すわけではなく、かといって無関心を装って問題の深刻化を避けるほど理性的でもない。衝動に駆られて自分本位に二人の問題をいたずらにかき乱した自分には、もう慰める資格などない。
そう自覚した時、耐え難いほどの熱が涙腺に押しかけた。
必死に抑えようとした。下唇をもっと強く噛む。歯の先端が唇に食い込んで痛みを訴えた。構わなかった。
雑踏に混じってフロアに敷き詰められたカーペットを踏む音が聞こえた。視界の隅に叶のスニーカーが入り込んだ。
スニーカーの中敷が吸い込んだ水分が、叶の体重に圧迫されて染み出していた。修は、涙腺から溢れる熱を抑えられなかった。
「…………!!」
修は、叶を拒んだ。
筐体から立ち上がり、逃げるように走る。
「修!!」
背後から叶の声が聞こえた。ゲームセンターの騒音の中で何よりも鮮明だった。絶叫と表現して差し支えない声だった。
修は立ち止まらなかった。
今は一人になりたかった。
徳人は思わずその背中を追いかけた。
シュウとカナタが抱える問題の解決ができるとは思っていないし、そのつもりもない。ただ不安定な少年の後ろ姿が、心配でならなかったからだ。
シュウは、フロアを走り抜けトイレに駆け込んだ。
必死でその背中を追いかける。腹の脂肪が邪魔して満足に走れなかったが、今の徳人にとって、贅肉の重みや悲鳴を上げる膝の痛みは些末な問題だった。
遠目に、トイレの入口でシュウが誰かとぶつかったのが見えた。
謝罪もそこそこに一度減速したシュウが今度こそ中に入った。
入れ替わるように仁が出てくる。
不可解さと不愉快さを同居させた仁の眉を認め、徳人はようやくトイレの入口に辿り着いた。息も絶え絶えに中を覗くと、個室の鍵が閉まっていた。
耳を澄ますと、中から咽び泣きが聞こえた。
「なんだァ?」
苛立ちを隠そうともせずに仁がそう言った。
徳人は、親友の不器用な感情表現に対し首を振ることしかできなかった。
「ごめん」
シュウの微かな声を徳人は聞いた。
叶は、中途半端な姿勢で止まっていた。
走り去る修の背を掴もうと手を伸ばした。修を追いかけようと体をその背中に向けた。一歩を踏み出した。
が、二歩目が出なかった。
一切の怒りが洗い流されていた。
ここ小一時間の言動が、修の表情を見た瞬間に脳裏を過ぎった。
全ての結果が、目の前のこれだった。
ノリとジンが戻ってくる。
ジンと目があった。
攻撃的な眼尻は、いつにも増して鋭利だ。長身からもたらされる高圧的な視線の高さから、叶を見下していた。
叶は、その視線から隠れるように手で顔を覆った。逃げ場を求めて目線がフロアを彷徨う。
だが、どこに目線を巡らせても知り合いと目が合う。
ノリ、巧、秋久、ハルヒ、シオ。
説明を求めるわけでもなく、責めるわけでもない。突然の自体に戸惑いを見せる面々。叶にとって、そのどれもが否応なく現実を突きつける存在だった。
叶は、足早にその場を去った。
ノリとジンと擦れ違う。
そして二つの選択肢に直面した。
左手には修が走り込んだトイレが。右手には出入り口のある一階へ続くエスカレーターがあった。
叶は、迷わずエスカレーターを選択した。
雨に濡れて滑りやすくなったエスカレーターを駆け上がった。何かから逃げるときだけ、この足は器用に叶を進ませた。
休日の人混みを強引に抜ける。ゲームセンターの外に出ると、豪雨がコンクリートを打ち付ける激しい音が鼓膜を貫いた。叶は、その時になって傘を階下に忘れていることに気がついた。
しかし、叶は勢いよく雨の中に飛び込んだ。
もうゲームセンターには戻れなかった。
傘の往来を縫って走る。淀みなく走り抜け大通りを帰路につく。
冷たい雨が、体を濡らす。衣服を濡らし、その下にある体表を濡らし、そして体温を奪う。喉は、体表の十分な湿りに反して激痛を伴った乾きを訴えている。
雨を背景に襟首を持ち上げ見上げた修の双眸を思い出した。
怒りを湛え揺るぎない瞳。
その瞳には、先程深い後悔が宿っていた。
叶の呼びかけに拳を下ろした修のどこを探っても、修に結びつく明るさや一途さが見当たらなかった。
虚ろな瞳が叶を認めて暫くした後、重責に耐えかねて修は顔をそらした。今にも消えてしまいそうな弱々しい横顔に、呪詛の言葉が現実のものとなってしまいそうな気がした。
消えてしまえ。
現実に修は消えてしまいそうだった。
取り返しの付かないことをしてしまった。
己の言動を責める自身の全存在が、叶を苛んだ。
そう思うことさえ、おこがましいように思えた。
幼馴染に向き合う権利などないように思えた。