きっとそれが、始まりの夜だった。
そこで得たもの、あるいは喪ったものは、その場に居合わせた全ての者によって異なっていたことだろう。
人は皆、感情というレンズを通して世界を見る。
だが、彼らはそれでも目の当たりにしていた。
断片的に、あるいは一部始終を。
孤島の実験施設。時刻は深夜。ちょうどクリスマスの時だった。
その深奥に秘された、ガラスの牢獄。
よろめきながら、辿り着く男の姿があった。
異形の怪人だった。
顔の右半分は段違いに重ねられた本のページか、旋風を象徴化したかのような造形をしている。
メカニカルな左目のモノクルの図柄も、両肩に垂れ下がるコートも、同じく風の渦巻きをイメージしたものである。
その腰には、眼鏡や、あるいはそれに類する視力の測定装置にも似た器具で全体のイメージをシャープにまとめていた。
当然その顔色は窺うべくもないが、壁に薄緑のグローブを這わせながら身を伝わせ、漏れる呼吸は例外なく荒い。
その
そして、その向こうで、紅く閃くものがあった。
それは、巨大な怪物の双眸であった。
――時は、飛ぶ。
――それぞれの記憶が、飛ぶ。
その前後に起こった衝撃で、その輝きの動揺頂点に達した。
やがて咆哮が轟く。膨れ上がった光は強化ガラスを内側から粉砕した。
焼け落ちる棟。崩落する壁と床。
時は、飛ぶ。場面は転ずる。
視座は、立場と知り得た情報によって大いに異なる。
当事者たちの眼差しの中心に、二人の男がいた。いくつかの影が、囲み、そして立ち尽くす。
未だ少年の甘さを抜け切らない、若者。そして彼に抱きかかえられた、少壮の男。
若者が、師とも親とも思っていた男の骸を腕に収め、悲痛な慟哭を張り上げた。
その男の心臓の音が完全に止まるまで。
たとえ半熟とも未熟とも周囲からは受け取られようとも、涙を止めることが出来なかった。そしてそれは、彼の一生分の涙であったことだろう。
やがて彼は噛み付く獣ように首を反らす。
天井はとうに爆風で抜け落ちていた。焔舐め、黒煙登る空を眺めた。
その暗雲の向こう側に、白い獣が飛翔し、蛇行しながらその場を遠ざかっていく。
それを仇と見据え、そして睨みながら若者は、
「悪魔め……ッ!!」
と呪いの言葉を吐きかける。その掌に、形見となるレンズを握り固めて。
だが、ガラスの檻から解き放たれたその怪物は、自分の破壊した施設、殺めてしまった人間のことなど顧みることなく、その全容が定かならないままに、消えていく。
頬に流れた涙は、煤と怪物に対する若者の憎悪によって、傷跡のごとく黒くこびりついていた。
そしてそれを隠すがごとく、師の帽子を手に取り、目深にかぶるのだった。