仮面ライダーシャルロック   作:大島海峡

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10.始まりの変身

 指定されていた場所は、北街道沿い、工業高校東の自動車の整備工場。

 まだただのチンピラだった頃の『チーム獄炎』のメンバーが働いているとかで、彼らにとって色々と融通の利く場所だった。

 

 そこに、『マシンドロンパー』なる、レフのバイクに同乗して向かう。

 これも相当に手を加えられたものらしいことは、後部にあって即時に晶斗も理解した。排気や駆動の音も小さく、スピードは出ているのに安定感がある。

 

 工場にたどり着くと、見張りの姿は見えない。身を隠して監視しているのか、あるいはまだ来ていないのか。

 

 だが重い扉を二人がかりで引いて開くと、

「兄ちゃん!」

 結束バンドで後ろ手に縛られた山村楓の姿と、引き攣った声。

「ずいぶん、早いじゃねぇの」

 そして一目してそれと分かる、無頼の徒党たちが彼を囲う。

「カネは? てかなんだそのガキ? デカには見えねぇが」

 要求していた額が入るようなケースを晶斗たちが持ち合わせていないことを見咎めると、その首領と思われる、歳はいっているが外見不相応に若い格好をした男が胴間声で尋ねてきた。

 

「カネは、働いて稼げよ」

 多少は誤魔化しても良さそうなものだが、晶斗は直裁にそう伝えた。

 その時、けたたましい笑い声が、ボスの横から響き渡る。

 

「アンタ、オレが店に来た時もそう言って追っ払ってくれたよねぇ」

 その若い男は、濁った目を眇めて晶斗へと絡んできた。

 確か工藤とかいう、チームのメンバーだ。

 刃藤に語った、店に盗品の修理にやってきて『丁重にお帰りいただいた』うちの一人だったと記録している。

 

「だから、その時のことをちゃーんとお話して、誤解を解いておこうとカレに手伝ってもらったてワケ」

 工藤はにこやかに、だがどこか粘りつくような口調で楓の肩を抑えた。

 

 晶斗は眉を寄せた。

(このハナシが来た時も思ったが……一体いつの話だよ)

 確かに揉めたのは事実で、そのことを逆恨みし、根に持っても不思議ではないのだろう。

 だが、いくら犯罪者集団とは言え、それを理由にリスクを冒し凶行に及ぶ理由としては薄いはずだ。その執着ぶりと殺気は尋常のものではない。

 

「あ? おい、順序違ぇだろ! カネが先だ!」

 ボスの方は、もっともらしい反論と共に工藤に掴みかかった。

 その部下は、呆れたように唇を歪めた。

「んなもん、田舎の修理屋ふぜいが持ってるわけないでしょうが」

「野郎に親父の遺産が山ほどあるっつったの、テメェだろが!」

「んなテキトーなウソ、マジで信じたんすか、ホント、頭悪ぃヒトだなぁ」

「んだと、てめ、誰にモノ言って」

 

 その恫喝は、効力を発揮する前に遮られた。

 派手な破砕音とともに。

 工藤が握っていた赤いフレームのレンズ。

〈サラマンダー〉

 という野太い合成音声を合図に、指でずらしたフレームの隙間から飛び出てきた、炎纏う異形の突撃によって。

 先に晶斗達を襲った、あのトカゲの怪物(フェアリー)だ。

 

 端の壁まで吹き飛び、めり込んだボスは、そのまま白目を剥いて、ずるずると腰を落とす。生死は定かではない。『チーム獄炎』にとって唯一確かなのは、その元締めに一部下が反旗を翻し、そして瞬く間にその地位を覆してしまったということ。

 

 散々に利用していた力が彼らに向けられた時、他のメンバーたちはとれる手段は、悲鳴と共に逃散するだけだった。

 

「……この状況で仲間割れか」

「いいや、元々切るつもりだったよ。鬱陶しい連中を片付けられて、ようやくスッキリできた」

 

 『サラマンダー』。ゲームなどでよく見る、ギリシャ由来の火の精霊。

 それをモチーフにされた粒子の集合体は、工藤だけは襲わず、その身を守るように壁を這う。晶斗たちの横に、着地する。

 

「……そう、この火力(ちから)さえあれば、もう何を気にする必要もない! バカにバカにされながらヘラヘラ笑う必要もない! チョロチョロ嗅ぎ回ってたうぜえ新人刑事もカンタンに始末できた! 何が来ても怖くないっ! 何もかも覆せるっ」

 

 そう高らかに宣う彼は、明らかに言動いずれとも常軌を逸している。

 仰け反り、上を向いたその双眸も、微妙に焦点が定まっていない。

 

「フェアリーレンズに、心を焼かれたか」

 というレフの独語が、青年の状態を端的に表している。

 彼がどこからそのレンズを手に入れたかは知るべくもないが、明らかにその力に溺れていた。

 

「あ、君はもう行っていいよ」

 狂気に表情から一転、好青年然とした表情を楓に向けて解放する。

 この凶漢に長時間拘束され、かつ化け物が周囲にいるという悪夢のような環境下で、喪神しかねない状況下から解放されて、逃げる以外の選択肢があるだろうか。

 

 おぼつかない足取りながら、懸命に晶斗方へと、少年は駆け出した。

 だがその背で、工藤がその笑みを歪めていた。

 

「――そう、もう何にも縛られない」

 不気味に嘯く。その響きを聞いた晶斗の身体は、レフの制止を振り切って、本能的に動いていた。

 

 合流した彼らに向けて、サラマンダーが大きく口を開く。

 その奥底で、紅蓮が渦を巻く。まとめて彼らを焼くために。

 

「人質のガキに消し炭にすることも、抵抗を感じない程度にはなァ!」

 勝ち誇ったような工藤の高笑いが轟く。

 

 ――死んだ、と。

 そう思った。予感は、確信に変わる。避けられるはずもなかった。

 せめて楓はと、彼を抱いて火トカゲから背を向け、自らはその盾となる。

 

 だがそこに、さらに割り込む小さな影があった。

 圧と風。それが彼らから炎熱

 いったい何が起こったのか、それを理解し切る前に、眼前には探偵が立っている。

 

「……仕方ない……か」

 両腕がふさがっている晶斗をわずかに目線を傾けつつ、奥歯を噛みしめたレフの手には、件のドライバーが握られている。力のこもるその手の中で、白いスパークが奔った。

 それを自らの腹の前に置くと、黒みがかった鉄色のベルトが鉄鎖の音とともにその腰を巻き取る。

 

 作業がてら、どういう代物か、如何にして使ってフェアリーを制圧するのか、それは聞いていた。

 動力源となるフェアリーレンズのフレームをずらし、内包されているフェアリーの制限を一時的に解除する。

〈シルフ!〉

 そして、円形の左ソケット――スタンバイサイドに右手から交差するようにセットすると、起動が始まる。

 

 弦楽器にも似た繊細なタッチのシークエンス音が工場の中、奏でられる。

 碧緑の素体を機械的にコーティングすることで安定・純正化させたフェアリーが敵を牽制しながら宙を舞う。

 

 背面に展開されたのは、無数の文字の羅列。

 ドイルドライバーが独自のネットワークに収拾している都市伝説や伝承といったもの、それらを暗号化させた画面。それを最適な形で抽出し、結合し、収縮させ、妖精の手に収まるほどになると、シルフ・フェアリーは吐息を吹きかけるモーションとともに、マスターの身へそれを転送する。

 

 ――なんだこりゃ

 ――ドライバー

 ――なんの?

 ――変身するための

 

 そう、変身。

 東京近郊の地方都市に語られる、ある伝承(フォークロア)

 データベースから照会したヒーローをモチーフとした姿へと。

 

「変身!」

 口元を覆うように交差した左手が、レンズをスタンバイサイドからアクティブサイドへスライドする。

 

〈Joker invited you "Shall we open the lock into a cyclone?"〉

 レフの周囲を待っていた風と光が転回する。異形の装束として物質化し、彼を守護し、忘れたころに飛来してきた火球を跳ね除ける。

 

〈Kamen Rider Shalllock Cyclone logic〉

 

 顔の右半分は段違いに重ねられた本のページか、旋風を象徴化したかのような造形をしている。

 メカニカルな左目のモノクルの図柄も、両肩に垂れ下がるコートも、同じく風の渦巻きをイメージしたものである。

 ただやはり、身の丈自体は、装着者に合わせて華奢なものではあったが、それでも補って余りある力の迸りを、肌を通して晶斗は感じ取っていた。

 

「な、なんだよ……なんなんだ、お前!?」

 工藤の動揺は晶斗のそれをはるかに上回る。先までの余裕を奪われ、頓狂な声をあげる彼に、指を自らの顔の意匠の分かれ目に立てたレフは、

「ライダー」

 と答えた。

 

「そう――これこそが仮面ライダー……仮面ライダーシャルロックと、名乗らせてもらおう」

 そのモノクルに紫光の輝きを閃かせたその姿を、噛みしめるようにあらためて呼称したのだった。

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