現場に到着するなり、凄惨な光景を目の当たりにした刃藤法花はさすがに顔をしかめた。
だが持ち前の気丈さゆえか、安定した足取りで、だが素早く晶斗との間を詰め、
「おい刑事、仕事が遅い……でっ!」
憎まれ口ごと、その顔面を手刀で叩いた。
「何が遅いだこの馬鹿が! 外出るなって、そう言ったよなぁ!?」
という彼女の叱責は、何も知らない一般人からのものとしては真っ当なものだ。
だが真っ当ならざる周囲の死屍累々の様相を見回した彼女は、嘆息しつつ、
「心配させるな」
と感情の熱を込めた言葉を、自身の被保護者へとかけた。
「とりあえず、素人が長居するような場所じゃない。とりあえず入ってもらおうか」
と、彼らをパトカーに案内したのだった。
〜〜〜
工場の裏手に回したその警察車両の内部にあって、運転席に座す刃藤はすぐには署に向かおうとはしなかった。停めたままの車内で、『目撃者たち』の言い分に耳を傾けつつ。時折指示を仰ぎにやってくる警官や救急隊員と話を交わす。
「『山村楓の救出に向かったところ、ボスを除く構成員が鎧を着込んだ不審人物に斬り殺されていた』……その言葉に偽りはないな?」
「ざっくり言うとな」
多少の事情の前後、多分に端折った部分はトリミングしたにせよ、その供述自体は間違っていないはずだ。
それでも、かなり眉唾物の報告には違いないだろうが。
「俺らを疑ってんのか」
「まさか」
直裁に切り込む晶斗の言葉に、刃藤は即答した。が、そこから容易に続かない。
ただダッシュボードの中からキャラメルを引き抜いたのが、ミラー越しに窺えた。
最初は三個。一つ戻して二個。
その様子を、レフばじっと見送りつつ、
「……ひょっとして、前例があるとか?」
推量の域を出なかったが、自身の考えを女刑事の背に当てた。
「異常な事件にも関わらず、さして驚くことも、僕らを疑う様子もない」
「なるほど、探偵というのもあながちおふざけではないか」
褒めているのか貶しているのか判然としない調子で相槌を打ちつつ、正解とばかりにレフたちの座る後部座席にキャラメルを放り出す。
「正解だよ探偵君……数日前、佐竹信太と市岡稔という『チーム獄炎』のメンバーの斬殺死体がそれぞれの自宅付近で発見された」
さわりからして、血生臭い事件である。
「こないだのニュース、そいつらのことだったのか……」
と得心の表情で晶斗は言った。
「現場は争った形跡などなく、ただ一撃一刀のもとに、彼らは葬られていた。明らかに鋭利な刃物で急所を深く抉られたにも関わらず、飛び散った返り血さえ浴びた形跡がなく……今回のケースと、酷似している」
おそらく遁走の間際、工藤が誤解していたのは異常極まるその殺人のこと。
挙げていたのは、殺された二人のニックネームだったのだろう。
「犯人は未だ不明……組織内部の抗争か、あるいは敵対組織からの報復行為なのか。我々はそう睨んでいる」
そう重たげに呟いた彼女は、
「だから……そういうヤバい連中のいざこざに素人が首を突っ込むんじゃない! せっかく連中の状況を知る好機だったのに台無しにしやがってこの馬鹿!」
顧みもせず正確に晶斗の耳の位置を掴み、引っ張り上げた。
「いでででで!」と悶絶する彼の様子は、年齢相当以下のように見える。
本当の家族以上に、友好な関係を築いてきたのだろう。
「それでも後悔はしてねぇよっ」
折檻から解放された青年は、逆らって言った。
「『自分の
真っ直ぐにそう言われた刃藤刑事は、苦笑を傾けた。
「それで殺されてたら元も子もないだろう。所詮は押し付けられたガキ相手に子守歌代わりに適当に吹っ掛けた言葉だ。大真面目にそれを守る必要などない」
だがその言葉には、多少の照れが混じっている。
「あんただって、その信条守って不器用な生き方してるんだ。お互い様だろ」
「……そうでもないさ」
刃藤はトーンを落として言った。
「こんな職業を長く続けていると、揺らぎたくなることも折れたくなることもある……変わる必要が出てくるものだ。晶斗、今は分からないだろうが、お前もいずれは」
言いさして、彼女は言葉を止めた。
バックミラーと、そして彼女の眼鏡越しに、レフは視線が合った気がした。