翌日、『アトリエ・ワット』を、暗い表情の女刑事が訪れた。
陰気で虚無的なのはいつものことだが、普段よりもその度合いが強いことが、来訪の時点で瞭然だった。
そして挨拶無用とばかりに開口一番、彼女……刃藤法花は、
「――今朝『獄炎』のボスが、移送先の病院で遺体で発見された」
と、晶斗たちの耳を驚かせた。
「例のごとく、死因は鋭利な刃物による斬殺。その切創から見て先の事件と同一の凶器。同じ犯人の可能性が非常に高い」
「……失態どころの騒ぎじゃねぇな」
晶斗の指摘はもっともだった。
『レンズ』の、そして新たなる敵の正体に心当たりを持っているかもしれない証言者が、よりにもよって警察の膝下で命を奪われたのだ。
それも、明らかに人目につくような、惨いやり口で。あたかも殺意とメッセージ性を浴びることのない返り血で表現するかのように。
「それで、目撃者は?」
「不審な人物はいなかったそうだ。至近距離から一太刀。鮮やかな手並だよ」
「……で、そんな身内の恥を、あえて修理屋風情に聞かせるワケは?」
「お前にじゃないよ、晶斗」
そうにべもなく言って、レフの前に刃藤は立った。
「双見探偵、どうか今から同道していただきたい。実況見分に立ち合いのうえ、君の意見を伺いたい」
と、居住まいを正して要請する彼女に、さしものレフも当惑の様子を見せた。
「正気か? こんな、氏素性も知れない探偵もどきに。こいつが犯人かもしれねぇだろ」
晶斗は哂った。もちろん、レフが犯人でないことは彼自身その眼で目撃している。
あえて露悪的に言ったのは、彼の正体――仮面ライダーシャルロックであるということを、そしてそれに己が関わっていることを知られたくなかったからだ。
「――私を、見くびるなよ」
だがそんな彼の目論見も、女刑事の洞察眼の前には淡く水泡に帰した。
「君がこの異常な事件に対抗する手段を持っていることは、なんとなく察しがついている。そのうえで、君の知る限りの情報を、君の開示できる範疇で教えてほしい」
と、見た目のうえでは二回りも年下と見える若者相手に、プロの刑事は頭を下げた。
それを見下ろすレフは、いつになく真剣そのものだった。
そしてその眼差しが、一瞬晶斗を捉えた。
怪訝そうに眉を顰める彼に、苦笑じみた表情を返し、あらためて刃藤を向き直る。
「分かりました。僕で良ければ一緒に行きます」
と、陰のある声で、だが決意とともに応じたのだった
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そして、不承不承といった塩梅で送り出した晶斗に手を振りつつ、通りに停めたパトカーに同乗する。
法廷規則にのっとった見事なドライビングテクと適正スピードで駆動する車の中で、バックミラー越しに、刃藤はレフの顔色を伺いながら、
「途中、寄り道をしたいのだが構わないかな?」
と丁寧な口ぶりで断りを入れた。
構いません、とレフも応じると、パトカーは病院に続く道から逸れた。
元はガラスを売り物にしていたこの燦都は、傾斜や山岳が多い。
彼女の言う寄り道先も、その例に漏れず、丘の上にあった。
十字架が天頂に載せられた、雨風に長い年月さらされてくすんで味のある色合いとなった屋根。それらが特徴的な、修道院だった。
だが刃藤がその扉を開くと、中は意外と手入れが行き届いている。
「ここは、晶斗が昔通っていた中学に付属していた修道院でな。都心の学校と統合されてからここも廃屋となっていたのだが、都合してもらって別荘代わりに利用している」
へぇ、とレフは嘆を発した。
しかしあの晶斗と修道院。これほどミスマッチな組み合わせもあるまい。あの粗暴な青年が聖人像の前で手を合わせる光景を想像し、軽くレフは失笑をこぼした。
「現場に着けば長丁場となる。その前にコーヒーの一杯でもおごってあげようと思ってな」
レフが完全に院内に入ったのを見届けてから、刑事は後ろ手でドアを閉めた。
「ありがとうございます」
と、美貌を最大限に活用した笑顔で、レフは応じつつ、
「実は僕も、この機に刑事さんにはお聞きしたいことがあったんです」
と言った。
「何かな?」
刃藤は首を傾げるのに合わせて、レフは尋ねた。
「――何故、工場に着いたあの時、山村楓を気にしなかった?」
その瞬間にはすでにして、目つきを剣呑に尖らせて。
「おかしいでしょう。貴方は僕らが何の目的であの工場にいたのか知っていたはず。異常さも目の当たりにしていた……にも関わらず、貴方の口から、本来もっとも安否が危ぶまれるはずの楓くんを案じる言葉が発せられていない」
「……なるほど」
刃藤刑事はドアから離れてその身を緩やかに横へとずらしていく。
「たしかに、刑事らしからぬ対応だったことは認める。事の異常性ゆえ、つい取り乱していたようだ。だがそれも、君や晶斗を信頼が心底にあったがゆえのことだ。特に晶斗はあの気性だ。己に何があろうとも、自分のせいで迷惑を被った少年を、なんとしてでも逃がすだろうよ……そこに、不審な点があるとも思えないが?」
発音自体は丹念そのもの、だが言い知れない圧が、そこにはあった。
「だったら、なおのこと変なんですよ」
「何が?」
「貴方はあの時、キャラメルを三個用意していた」
と、自身のポケットから未だ包みの解かれていないそのうちの一個を取り出して告げる。
「それを僕らに投げ渡す直前に、二個に直した。もし残る一個が自分用だったとしたら、戻すのは変な挙動だ。そもそも、その時点で楓くんに言及していないことが不自然だ。これが意味することは一つ」
間を測る。距離を縮め、あるいは広げ、無言のうちに足運びで掛け合いを展開しつつ、レフは言った。
「貴方は、正確に知ってたんです。山村楓が無事で、かつ『刃藤法花が合流する』直前にその場から離脱していたことを。そしてそれを知るのは……僕らと、僕らを襲撃したあのフェアリーだけだ」
「――やれやれ、私はさっきからひどい嫌疑を掛けられている気がするが?」
コーヒーを奢る、と宣いつつ、その脚は調理場や給湯スペースには向かわず。
むしろその眼には、どうにか隙を見つけて機先を制そうとする野心が見え隠れしている。
「もう一つ、貴方はその時重大な失言をしている」
キャラメルを戻して手を空かせつつ、レフは続けた。
「貴方は検分もまだ済んでいないはずのあの状況で『鎧を着込んだ不審人物に斬り殺されていた』という僕らの証言を、『返り血も浴びていない、目撃証言もない異常な斬殺事件』とを酷似しているとして結びつかせた……同じチームでの被害にが違いないけど、まだあの時点では両者の類似点など見つかっていないにも関わらず。しかも『サラマンダー』との戦闘痕さえあった、あの混乱した現場で」
「…………なるほど」
弁明はなく、ただ彼女は鷹揚な相槌に終始していた。
この短期間でいくつも起こった齟齬、矛盾。
「……あとこれ、推理でもなんでもないんですけど。僕には分かるんです。『フェアリー』の力の影響の余波が、ある程度であれば」
掛け違えた情報という名のレンズを正しく嵌め直せば、見えてくる真実は、一つしかなかった。
「