1:ひかりのまち
良質な土が採れたこの地は、明治期までは硝子や陶器の工芸品が盛んで、それで生計を立ててきたのだが、それ以降は海外からの輸入が増えてきたことにより一度は衰退。
しかしエネルギー産業、精密機器の複合企業『ホールドコーポレーション』がこの地に進出してきたことで、一変。実験や計測機に用いるガラス部品を大量に受注し、経済は大いに潤うこととなった。
息を吹き返した燦都。それに伴い街中にちりばめられたステンドグラスやガラス細工も、宝石のように輝きを増したような気さえする。
この街には、『名医』がいる。
と言っても人間相手の医者ではなく、そもそも生物でさえもない。
診察というよりかは検査と言って良く、治療というより修理だった。
「ほら、割れた画面、直しといたぞ」
だが腕は確かな男だった。
「ほら、請求書」
ただし、性格は別として。
自分の手元に戻ってきたスマートフォン。それを遮るように突き出されたのは一枚の書類。男子小学生は、顔をしわくちゃにして
「げっ、子どもからカネせびるのかよ!?」
と声をあげた。
「ったりめぇだ。遊んでて割ったこと親に黙っててやるんだ。その口止め料も含めて、寄越せ」
とかがみ込んで目線を合わせ、掌を突き出す。
「……だーれが払うか! ばーか、ケチ! ヤブ!」
思いつく限りの罵声とともに、子どもは脛を蹴り上げて身を翻した。
「ぐぁっ……待てこのクソガキ!」
無防備なところを攻められ悶絶し、その痛みが尾を引かないままに彼は少年を追いかける。
その矢先に、彼の前途を一陣の風が遮った。
碧い、丸み帯びた鉄の風。見たこともない二輪車が、彼の眼前で横に向いている。
「あーあ、いい歳した若者が、子どもに金をせびって追いかけて」
と、その風に皮肉を乗せて、軽やかに声が転がった。
やや身の丈に余るバイクの上で、その『ライダー』はゴーグルを外し、素顔を晒した。
黒い瞳。肌は白く、目鼻立ちはくっきりとしている。メットを外すとまっすぐに伸びた黒髪がわずかに風に乗り、浮いたそれを、取り出したキャスケットをかぶってまとめる。
喋る言語は流暢な日本語だが、日本人かどうか断じるには難しい東洋系の顔立ちだ。
美形なのは、色事に関心を持たない彼から見ても間違いないにしても、そもそも男か女かさえ判然としない。
「やぁ、
まるで旧知の友かのように振る舞いながら、その初対面の若者は軽く手を掲げた。
〜〜〜
『アトリエ・ワット』は、燦都の中心部でも少し外れた辺りの、
そんな場所にあえて店を構える起業者および今の店主の、ひねくれ具合が見て取れた。
その今の店主こそ、『名医』和灯晶斗だった。
なるほど、オイルか何かで要所要所を汚した白い作業着を、肩から打ち掛けた姿は、医療従事者に見えなくもない。
もっとも、二十歳そこそことは思えない、硬骨かつ狷介な本人の雰囲気も相まって、真っ当な医者というよりかは返り血を浴びた闇医者、もしくは戦場の軍医を想起させる。
「
申込書に書かれた名前とルビを音読した晶斗は、
「なんの冗談だ、こりゃ?」
と胡乱げに目の前の中性的な若者を見上げた。
「それが今の僕の名前」
バーと秘密基地の合いの子のような趣の、だが決して広いとは言えない店内。椅子から床に届かない足をぶらぶらと前後させ、にこにこと満面の笑み。
その記名欄の末尾に、晶斗は(仮)と付け加えた。
「……で、依頼は機械製品の修復、らしいが……届け先の住所が空欄なんだが」
「そりゃもう、風の向くまま、気の向くままという生活だからね」
「住所不定……と。職業は……探偵?」
一旦ペンを止め、険しい顔をする。そして確認を取るより先に、
「自称自営業、と」
と勝手に補足を書き入れた。
「今のご時世だとセンシティブな問題なのを承知で聞くが、性別は?」
ふふん、とレフはカウンターに頬杖をついて微笑みを称え、
「どっちに見える?」
と尋ね返す。
しかして彼はノーリアクション、無常に
「性別不詳。不審人物の可能性大。通報も視野に入れる、と」
とまとめた。
「ちょっとちょっとちょっと!?」
たまらずレフは声をあげた。
「あのさ。フツー客の目の前でそーゆーこと言うかなぁ!? てかその態度はないんじゃない!」
「まだ客じゃねぇ。それは俺が決めることだ」
そう傲然と言い放つ彼は、まるで問診をする医者や研究者のようだ。
なるほど、苦い顔をするレフの鼻先にペンを突きつけ、そして言った。
「まぁ良い。とりあえず
(……断りムーブしてたくせに)
なるほど聞きしに勝る偏屈ぶりと、この時レフはあらためて思ったのだった。