「……」
和灯晶斗は、『鋼の本棚』にてパイプ椅子に腰かけて、せり出した作業机の上を眺めた。
修繕のための器具が散乱し、まるでそれら鉄器の王として君臨するかのように、件のデバイス『ハードボイルドライバー』が鎮座している。
実のところ、最終調整まで済ませている。
――しかも、余計な
あくまでシャルロックの補助機として運用することを考えれば、それ自体は過ぎた力、屠龍の技というものである。
だが、サラマンダーの、シンプルであるがゆえの火力に適合するように、というリクエストであれば、その猛威を受け止めるだけの拡張をせざるを得なかった。
――ほんとうに?
そもそも、確実に実入りなど期待できないような仕事に、そこまで打ち込む必要があったのだろうか。
職人としてのプライドがそうさせた。いや、何かに取りつかれたように、寝食を忘れてのめり込んだのだ。
それは使命感からか。あるいは……逃避願望か。
何に対してのか。
ふと嫌な予感が過ぎ、益体もない憶測が浮かぶ。
「……署内のデータベースへアクセスして検索。工藤陽介の死亡事件以降の、市内と斬殺事件の被害者リスト。……そして、それらとうちの名簿を照会しろ」
と、その部屋の補助AIに肉声で命じる。
頭がかすかに痛む。思い出せと自分の内部から刺してくるものは、今日にいたるまでの記憶の断片。
狂剣士の太刀筋。
自身の功撃を台無しにしてでも庇うかのような、晶斗にくり出されたあの後ろ蹴り。
警察官、何より本来の彼女らしからぬ、人質、山村楓への無関心。
人に戦力強化を依頼しておいて、急がないというレフの言動の矛盾。
そしてその際に、あの探偵は何と口走ったか?
『もし
――すべてが繋がると同時に、反射的に彼の手は机の上を大きく横に殴りつけた。
自らが引き起こしたけたたましい音が、さらに彼の脳を締め付ける。
俯いて額を押さえつける。息苦しさにあえぐ。
その彼の推測にウラを取るかのように、虚空に検索結果が浮かび上がる。
殺されたのは、刃藤法花が挙げた病院内のリーダーだけではなかった。
彼女に貸し出した名簿に押さえてあった『チーム獄炎』メンバーが、それに先んじて殺害されていた。
「まさか……まさかっ!?」
そんな自らの嘆きを、晶斗は欺瞞と嫌悪した。
知っていたはずだ。気づいていたはずだった。おそらく、最初にあの敵と邂逅した段階から。
にも関わらず、その事実から目を逸らし、口を噤んだ。
その結果、たとえ町の悪漢だとしても、死なずに済んだ命が奪われた。
「どいつも、こいつも!」
そしてレフは先んじてその事実のために動いた。
会ったばかりの晶斗を憐れみ、気遣い、不利を承知で万端ならざる状況で、あの刃藤に挑みかかっているはずだった。
「……」
晶斗の腕が暴れ、乱雑に工具などを床に散らした机の上には、例のドライバーと、そして紅のレンズが奇跡的に残っていた。
何か道を示すように、あるいは何か非道な決断を示唆するように。
いずれにせよ、晶斗の選択は変わらない。逡巡の余地はない。
それらを引っ掴んで、修理屋の青年は飛び出した。
そして通りに出ると、レフの、シャルロックのバイク『マシンドロンパー』が停まっていた。
スタンドも倒さず自立し、駆動音を轟かせて準備を整えて、晶斗を待っていたかのように。
「――ご主人様のピンチ、ってか?」
刃藤の正体を秘すために晶斗を遠ざけたレフの意思とは思えない。
おそらくはこれを作った人間の設計思想にもとづいて搭載された、補助人工知能の危機判断能力によるものだろう。
だが同時に、最後通牒にも思えた。
――これが、最後の一線だ。
――乗れば君は、後戻りはできなくなる。
『……変わる必要が出てくるものだ。晶斗、今は分からないだろうが、お前もいずれは』
「くだらねぇこと、訊くんじゃねぇ」
幻聴に、過去の刃藤からの脅しに、そして何より自分自身に喝破を入れて、晶斗はマシンにまたがって、アクセルを回して急進させた。