それは、日常では決してお目にかかれない、奇妙な光景だった。
月を背に斜めに我が身を傾ける。双狼の怪物。
太陽を背に息をつく一人の青年。
そしてレフは、その境目に立つ。
「……和灯さん」
どうしてここに、と言いかけるも、レフは口を噤んだ。
彼は気づいた。察してしまった。
今対峙するそれが、街のギャングたちを不当に私刑していたのが、何者か。
「今更、あんたが誰かなんて訊く必要もねぇわな。ここを知って、使ってる以上はな」
きわめて不本意そうに唇を歪めて、
「……何をしに来た?」
もはや擬態する必要がなくなったためだろう。
ライカンの声質は最初の時より大分にクリアなものとなり、それが相応の女性の、刃藤法花のものとはっきりとわかるようになっている。
「決まってんだろ。あんたの馬鹿を止めに来た。それは誰でもない、俺の
「……本当に、クソ真面目なことだな」
呆れとも感傷の混じる調子で、人狼はぼやいた。
しかしそれきり黙り込んだ彼女に焦れるように、
「なんでだよ」
と、晶斗は声を絞り出した。
「以前――私の後輩が、『チーム獄炎』の奴らに嬲り殺された」
刃藤はレフに語ったものとは別の、そして具体性を持つ動機を語り始めた。
「人徳だかなんだか知らんが、新入りの教育は私に投げられることが多くてな。中でもあの子はひと際優秀で人懐っこく、そして正義感にあふれた有望株だった。プライベートでも、家族ぐるみで親しくさせてもらっていた」
曲刀を下ろした彼女は、旧懐とともに続けた。
「だが、その彼女が、殺された」
と、残酷な末路を。
「生前の形さえマトモに保っていない骸と対面したご両親の顔は、見るに堪えられなかったよ。むろん、私自身も狂いそうだった。いや、本当にその時、壊れてしまったのかも」
「……」
「それから、私は死に物狂いで連中を追った。少なくともその段階では、揺るがぬ証拠を集めて、正しく法の下に裁きを受けさせる気でな。そして、奴らが逃げる間際に取りこぼした
さながら鏡に我が身を重ねるように、刃藤は自らの分身体と向き合った。
「このレンズを手にした時、私が何を想ったか分かるか?」
「――知るかよ」
「奴らへの報復の手段を得たことへの歓喜か? それとも法外な力を得たことによる法悦か? ……違う」
「絶望だ」
双子が唱和するかのように、幻影ならざる刃藤の半身が言葉を継ぐ。
「こんなものがあっては、現代の法案などまるで意味を成さない」
「トカゲが飛び出て遠隔操作でビルを焼く。怪物に成り果てた人間が刃を飛ばす。そんな力を、奴らの罪とともに立証する術など、あろうはずもない」
「だから私こそが法の番犬となる」
「この力とともに、燦都の新たなる秩序となって、悪を裁く」
「……もう良い。胸糞悪ぃ」
晶斗は苦し気に俯き、吐き捨てた。
彼の掌中のデバイスを軋らせるのは、彼女の語るいきさつに対してか。醜悪に変わった姉代わりに対してか。それとも、その歪みに気が付くことに出来なかった、自責からか。
「それでもあんたは留まるべきだった……人の商売道具まで殺人のために使いやがって」
そのことが、職人気質の和灯晶斗の心と矜持をどれほどまでに傷つけたか。表情を窺うまでもなく、言葉から察するに余りある。
「仕方ない。変わらざるを得ないのだから」
彼女の片割れはそう言った。
「街は変わる。人も、法も変わる。そしてお前も現に、こうしてこの魔境に足を踏み入れている。それが変化というものだ。何者にも、抗うことなど出来ないな」
指摘や咎める間もなく、確かに晶斗のその総身は、修道院の戦いにすでに乗り込んできていた。
「――いいや、俺は変わらない」
だが、和灯晶斗は揺らがない。
「変わらないまま、変わる。変えないからこそ、変わる。変わらないそのスタンスこそが、俺を形作るすべてだからな」
そう宣言すると同時に、その左手にはドライバーとは別のものが握られている。
それは、鈍く色づく鋼の環――ベルトだった。
〈ハードボイルドライバー!〉
一息をそれを己の胴体に巻くと、上から押し込むように、ドライバーをセットする。円筒の銃身やグリップが、そのままバックルの造形となった。
「コイツの仕様は、変えさせてもらったがな」
すかさず、晶斗は紅蓮のレンズを取り出し、フレームをずらした。
〈サラマンダー!〉
工藤が使役していた時とは違う、明朗な和英語音声を鳴らすそれをバックルにセットし、メーターのついたカバーで固定する。
その隙間から、火焔が溢れ出る。それが、トカゲの形を成す。ドイルドライバーに入れた時とは違う。鋼の装いのそれは、精霊というよりかはロボットのように想える。
その動きを妨げる者がいないのは、迸るその力に圧倒されるがため。
(これがあのサラマンダーの真価……いや、彼の強固な精神力と、そこに秘めた熱い魂に、感応しているのか)
――彼であれば、あるいは……
「正直、今もって何なのか分からん。知ったこっちゃない。でも、分からないままに呑み込んで、成ってやるよ……仮面ライダーにな」
ドラム音と鉄を打つ音がリズミカルにビートを刻む。
その音程の中、指を端から折りたたむようにして右手で拳を作り、荒ぶる感情を抑えるように、左手がその手首を抑え込む。
浅く長い呼吸とともにその高揚をやり過ごしつつも、熱情はそのままに彼は先人やレフがそうしたように、あの言葉を覚悟と共に唱えた。
「変身!」
解放した右手でグリップの引き金を長押しすると、背に回ったサラマンダーフェアリーが直立すると樹形図のように開きになった。その内側の噴出口から火が、厳密にいえば高出力のエネルギーが彼の全身に放出される。
だがそれは晶斗を焼くことなく、彼を保護する皮膜となり、外骨格となり、衣となる。
〈What is your stance as a Kamen Rider? Strike while the Metal in Heat〉
やがてサラマンダーは原型を失くしたままに霧散し、放熱の白煙とともに現れたのは、鋼鉄の闘士。
つるりとしたマスクにイグアナか、西洋のドラゴンのような|触覚『センサー》が取り付けられて、ことそれは右側が際立って、電光を半身に宿しているかのようだった。正面にLEDにも似た輝きが赤く灯され、それが『H』や『M』を崩したような、あるいはそれらを崩して燃え立つ焔を表したかのようなサインを刻む。
胴体の装飾は無骨なまでに最小限に留め、代わり、腰のマントが下半身を防護する様は、常日頃のツナギを巻く彼のファッションか、でなければ鎌倉時代の力士像のようでさえある。
これが、和灯の仮面ライダー。
知れずレフの口から、その名称が溢れる。
「仮面ライダー……仮面ライダーワット」