時同じくして、ワットともう一体のライカンとの戦いも佳境となっていた。
〈シャフトモード〉
二本の鉄棒を重ね、組み、捻ると全長をさらに伸ばし、長躯の晶斗を上回る鋼の杖と成る。
それを大きく振り、敵の動きを牽制して斬撃を奮う暇も与えず苛烈に攻め立てる。
横合いから唸りをあげて叩きつけられた一撃を、ライカンは腕でガードした。
そしてそれから我が身を擦り上げるようにしてワットの懐に攻め上がり、斬りつける算段だったのだろう。
――だが、彼の腕力はそれを許さない。
「おおおぉぉォ!」
慟哭にも似た雄叫び。それとともに、相手に攻めを受け止めさせたままに、火の渦を巻いて強引に彼女を押しまくって壁へと叩きつけた。
「が……は!」
こちらの心が却って痛むほどの、くぐもった悲鳴。
しかしながら、どれほど歪められたとしても、これで折れる為人ではないことを晶斗は知っている。
そして彼の思惑通りに、刀を杖に、刃藤は立ち上がる。
「秘剣、蜻蛉斬り……久々に味わってみるか? 晶斗ォ!」
恫喝交じりに吠える。その意気に呼応し、構え直した刃に妖光が寄り集まっていく。
秘剣・蜻蛉斬り。戦国の猛将、本多忠勝の愛槍にちなんだもの、ではない。
鋭く跳ね上がるような予測不能の太刀筋を由来とする。
学生時代から剣道家として研鑽を積んで来た、彼女の異名である。
かつてどうしようもなかい悪童だった己を、署の武道場に引きずり出して散々に打ち据えたのもその剣技だった。
なんとも旧時代的な折檻。
だが、その痛みと訓戒が無ければ、それこそ己は道を見失い、踏み誤って『獄炎』の連中と同じ穴の狢と成っていたかもしれない。
晶斗はマスクの奥で目を伏せる。
――今こそ、その恩義を、同じやり方で返す時だ。
「あぁ……最後の稽古、つけてくれよ」
〈Request〉
バックルの引き金を長押しすると、身体の右半身から炎熱が装甲を突き破って溢れ出した。
その半身をせり出し、焦げ、融ける床の鋼の杖で突きながらマスクのライトがより輝度を増す。
〈Salamander Branding Order〉
仕掛けたのは、ドライバーの操作を必要としない刃藤が先。
彼の指がベルトから離れない合間に、間を詰めた妖狼の剣が迫る。
その名のごとく、蜻蛉が宙を舞い、空間を恣に跋扈するように。
後手に回ってそれを迎撃する形となった晶斗だったが、彼は杖を突いたままに、跳んだ。
「なにっ!?」
それはさながら、棒高跳びのように。
我が身を杖一本で刺させた彼の下を、彼女の必殺必勝を期した一撃が、むなしく通過していく。
代わり、まっすぐに振り下ろされた紅蓮の蹴撃が、狼の頭上からその顔面に叩きつけられた。その勢いは彼女の全身に至り、浮かせ、そして奇しくもシャルロックの攻撃を受けて飛んできたもう一体と激突した。
有り余るエネルギーを帯びての、衝突。
それは引火するかのごとく劇的な爆炎となって、人狼を炙る。
喉の裂けるような断末魔とともに、転がり出たのは一人に統合された刃藤法花。代わり、分離したレンズが彼女へのダメージを一身に肩代わりしたかのように硬質な音とともに粉砕されている。
行き場を喪ったエネルギーが、ドイルドライバーの空レンズに吸い上げられ、それを鮮やかな黄色のフレームと、L字型にデフォルメされた狼の横顔へとリデザインする。
「……あんたは、俺をクソ真面目って言ったけど」
新たに手に入れたレンズを摘出したシャルロックの向かいで、未だ変身を解かない晶斗は仰向けになった女刑事へと歩み寄った。
「真面目過ぎたのは、むしろあんたの方だよ」
どこか虚無的な物言いをこぼした彼に、
「かも、な」
と刃藤は薄く笑いかけて、その後は力なく四肢を投げ出した。
紅を灯す鉄面の奥底で、和灯晶斗が何を想い、どんな表情を浮かべているのか。
それを察するレフは、掛ける言葉もなく修道院を静かに立ち去った。