閑静な居住区の、捨て置かれていた修道院が、ある日突如として喧騒に満ちた。
まず警察が出動してテープで仕切り、次いで近隣住民が何事かと集まり始め、それから珍しくも遅れてマスコミが。
曰く、充満していたガスが爆発した。
曰く、死体が埋まっていた。
曰く、国家転覆を狙っていた派閥のアジトに使われていた。
どれもこれも信憑性があるようでもあり、荒唐無稽にも聞こえる風聞が飛び交う中、その最も端の外周に、彼はいた。
黒いベストにわずかに青みがかった暗い色合いのシャツを着た、少年とも青年ともつかぬ年頃の男。
暗澹とした表情も含め、まるで死神のようにさえ思えるが、存在感を限りなく、意図的に消している彼は、野次馬たちにとって件の修道院よりも興味を惹く対象ではなかった。
せいぜい、胸の前にぶら下がったトイカメラのような小型の機材から、記者たちと同類と見なされ、捜査官のたちに彼らとまとめて邪険に扱われるのが関の山といったところだ。
だが一方で、彼はその時点で、その場に居合わせている誰よりも、事の本質に気が付いていた。
すでにそこが、後の祭りであるということを。
騒動の原因自体は、すでにその場から遠ざかっている。もはやその場の残留物など漁ったところで、少なくとも彼の求めるものは見つけられないだろう。
青年は忌々しげな表情を隠さず舌打ちし、踵を返したのだった。
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「まだまだ、騒ぎは続きそうだね」
後日、アトリエには件の探偵がそのまま居ついていた。
「まぁそりゃそうか。現役の刑事が、連続殺人犯だった……なんて、警察の信用問題にもほどがある。こっちにまで飛び火してないのは、幸いだけど」
直接的な影響がないにせよ、通りの人々の動きさえ、どことなく剣呑なものを感じさせる。
「あぁ」
「……刃藤刑事、自首したんだってね」
「……あぁ」
「そもそも、さすがに病院内で殺せばアシがつくのは時間の問題だ。彼女、リーダーで最後にするつもりじゃなかったのかな。どっちにしても、自ら罪を認めたのは彼女の警察官としての、最後の矜持だったのかもしれない」
「……クソ真面目なこったな」
いまいち気のない調子で、晶斗は相槌を打つ。いつもであれば、鬱陶しげにレフを払いのけるはずなのだが。
当たり前と言えばそうなのだろうが、あの戦い以降、晶斗は消沈しているようだ。
こうして逗留を続けているレフを、追い払う気力さえないと見える。
だが、それでも彼がスタンスを変えることはないのだろう。
レフが掲げた仮面ライダーワットという看板を下ろすことも。
ぞんざいに作業机のトレーに置かれたスマートフォンが、それを控えめながらに証明している。
山村楓の、丁寧に修理された携帯端末が。
それを脇目に眺めて口元をほころばせつつ、はたとレフは手を打った。
「あ、そうそう。ドライバーとかの支払いのメド、つきそうだよ」
「……あ?」
「一つ妙案が浮かんだのさ」
ふふんと得意げに矮躯を逸らし、そのまま力の入らない晶斗の腕をつかんで引き立てていく。
「おい、どこに行くんだよ?」
「ほら、ココ。ちゃんと見てよ」
と、彼を案内したのはすぐ店先。
そこに掛けられた鉄板の看板を見た時、彼は目を開いて絶句した。この日、初めて劇的な表情の変化を見せた。
それもそのはず。
『アトリエ・ワット』のロゴの下。そこに新たに描き加えられたグラフィティ。
ポップなカラーリングとフォントでそこには、
『双見探偵事務所』
――と、あった。
「どーよ。この感じ。いやー、このスペースにサイズ負けしないよう描き足すの大変だったんだよねー。でもこれで、探偵としてお金をじゃんじゃん稼げるし、刑事や親父さんの代わりに、和灯さんを見守って……ん、どした?」
しばしその前に立ち尽くしていた晶斗が、にわかに肩を震わせ始めた。
怪訝そうに顔を覗き込むと、そこには鬼の形相があった。
「ふざっけんなァ! この弁償代も金額に上乗せしてやるからな!」
「うえー、なんでさ」
「なんでもへったくれもあるかボケッ! いやもう今すぐ払え! でなけりゃ根性で消せ!」
とにもかくにも、住所不定となっていたレフの納品書。
そこの住所が、まさしくこのアトリエの番地が書き加えられたのだった。
Next
ここに誕生した双見探偵事務所
金額完済のためにと意気込みつつも、アトリエともども閑古鳥。
そんな中、一件の相談事は舞い込んでくる。
それは、あるオークションハウスの調査。
曰く、その施設では現金支払いが絶対で、もし参加者に過失や欺瞞があった場合、恐怖の金庫番がその命を代償に支払わせるという――
そこにフェアリーの存在を嗅ぎつけたレフは、初仕事に勇み、潜入を試みる。
だがそこは精霊のみならず、謎の財団、そしてレフ自身の過去がちらつく魔窟だった。
第3話「メニー・マニー・ポリシー」