秋の気配が遠ざかりつつある時節、『アトリエ・ワット』……兼、『双見探偵事務所』。
奥の『本棚』から出てきた晶斗の目元には、若干の疲労の陰が見え隠れしている。
しっかりはしているが、少し重たげな足取りで、カウンターに突っ伏しているレフに近づく。
「ドライバーのメンテ終わったぞ。あと、これ」
と言いながら投げたのは、ライカンのレンズ。
一見して変化はないように見えるが、元より純正品として安定化させていたフレーム部分を補強。かつ脳を刺激し、人間を狂気に奔らせるという特性を反転させる機構をその内部に取り付けた。
これでもう、人間を狂わせるようなことはない。むしろ、セラピストとして人々と寄り添えるようになるはずだ。
「おぉっ、サンキューね和灯さん!」
暇を持て余していたレフは早速それに飛びついた。
時と場が許せば、晶斗とレンズ、双方に頬擦りでもしたい気分だ。
「……ちなみに、レンズの方のお代だけど」
「そっちは……まぁ、サービスだ。自己満承知の、俺なりのケジメだ」
いつになく殊勝な物言いにレフは目を丸めた。だが感傷的なその横顔を見てのち、細く絞った。
「いやお金のハナシは抜きにしても……本当に、よく引き受けてくれた」
この人狼は、彼が親とも慕う人間を破壊した。そして多くの人間をその手にかけさせた。いわば、仇と言うべき代物だろうに。
「恨んでどうなる?」
そのことに対し、彼がナチュラルな声調で返したことに、レフは安堵した。
「ただの道具だ。遣い手次第でクソ共の武器にもなりゃ人助けもする。罪の意識もない物を咎めてどうなるもんでもねぇ」
レフは、軽く呼気を漏らした。
「なんだよ、不服そうなカオしやがって」
「べっつに」
軽い失望が、つい表情に出てしまったらしい。
だが、これが今の人と精霊の距離感であり、取り繕うことのない所感なのだろう。いや、晶斗の確固たる理念があればこそ、彼は憎悪を抱かずに済んだのだろう。
「……だが、物にも作り手のポリシーや魂、あるいは思想ってのを感じ取ることは出来るもんでな」
彼は二つのドライバーを、箱に入れて持ってきた。自身とレフの間に、取り出して置いた。
「弄ってなんとなく察してはいたが、この間のお前の反応で確信した……これは、親父の作だな」
「……そうだよ」
元よりそれは打ち明けるつもりだったから、下手に誤魔化すことはせず、レフは認めた。
「そりゃ、修理に必要な資材も機材も揃ってるわな」
だがその事実自体にはさして興味がないように、晶斗は冷蔵庫から缶コーヒーを二本分抜き取った。
「お前がこないだ言った、『仮面ライダーワット』。あれも親父がつけた名なんだな」
「あぁ、ハードボイルドライバーにライダーシステムをインストールし、シャルロックのサポート要員とする構想自体はおやっさん……和灯千里の中にあったらしい」
「……気にくわねぇな。俺のアイデアが、すでにあのヤローの引いた図面にあったってのは」
「――和灯さん、彼は……君のお父さんは」
言いさしたレフの口を、スチールの硬さと冷たさが妨げる。
コーヒー缶が、唇に押し当てられている。
「だから、そんな曖昧なもんを代金がわりにするなってんだ。現金で払え」
「そんなつもりじゃ、ないってば」
「そもそも興味ねぇって言ったよな、あの男の生き死になんざ」
なお食い下がろうとして、レフは口を噤む。
彼にドライバーを渡す建前としてそれを使おうとしたのは、他ならぬレフ自身だ。だからそれ以上は強くは出られない。
「お前が、働いて修理代を返すんだよ」
と言われてしまえば、返す言葉もない。
「……分かってるって」
レフは缶を両手で受け取って抱え込んだ。
「でも、こうも人が来なけりゃどうしようもないんだよねー」
そして嘆く。レフが退屈を持て余して突っ伏していたのから察せられる通り、客らしい客どころか冷やかしさえも来ず、時間を無為に過ごす日々だ。
戸口を閉じているとはいえ、どこからともなく隙間風が虚しく流れ込んできそうでさえある。
「……ま、探偵の実入りなんて正直期待しちゃいないが、ここのところフェアリー絡みか地警への不信感かで治安が悪い。ステマだろうとダイマだろうと、宣伝してるなら、そのうちキナ臭い仕事ぐらい回ってくるだろ」
言われたレフは目を丸くした。
「えーと、宣伝って……何の?」
「……え?」
「え?」
――十秒ほど後。
和灯晶斗の怒号が、閑静な通りに轟いたのは言うまでもないことだった。