仮面ライダーシャルロック   作:大島海峡

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3.山村の父が来た!

「……つまり、お前アレか?」

 青筋を立てながら、慣れもしない愛想笑いを無理に浮かべた顔を、晶斗はレフへと近づけた。

 

「今の今まで知ってもらおうとかそんな努力もせず、ただボーッとヒトの仕事場で無駄飯食って寝てた……ってワケか?」

「ヒトの、じゃなくて……僕たちの、だろ?」

 格好をつけて吐かすレフに頬を指で挟み込んだ。

「お前のは、勝手に作った事務所だからな?」

「でずね……ぐえっ」

 無駄に端正な顔がひしゃげることなどお構いなしに圧迫してくるのを振り払い、レフはバツが悪そうに俯いた。

 

「ごめんて。なんかこういうのって、ドーンと事務所構えてれば依頼人が向こうから来るもんだって思ってたんだ」

 と言い訳がましくも謝罪を口にする。その面持ちは、心底からの申し訳なさが伝わっては来る。

 

(なんなんだ、コイツ)

 晶斗は呆れながらこの奇妙な同居人に向けて眉をひそめる。

 奇行妄言は今に始まったことではないにしても、あらためてそう思った。

 

 先に刃藤法花の正体をいち早く見抜いたところから、探偵を自称するだけあって頭の巡りは悪い方ではないのだろう。

 晶斗自身、なんだかんだとその口に丸め込まれることも多い。

 

 だが、今のように世間知らずと言うか、知っていてしかるべき知識や常識が抜け落ちていることがある。

 いったいどういう教育を受けてきたのか。そもそもマトモな家族の下、真っ当な生活を送ってきたのか。気にならない、と言えば嘘になるのだろうが、興味を持っていると思われるのも気に入らない。

 

「……ともかく、今からでもなんかやれよ。SNSとか」

 時間の経過とヒートアップですっかり温くなったコーヒーを飲みながら、一つ分の椅子の間を開けて、アドバイスする。

 

「……いや、でも誰の目に触れるかもしれない場に、顔を晒すのはなぁ」

 などと生意気に悩むレフに、

「なんだよ、そのこだわり。誰かに追われてるわけでもあるまいし」

 と苦言を呈する。

 やや沈黙あって、レフは

「ほら、探偵がカオ割れたら商売にならないじゃんかよ」

 と言った。心なしかその声質は硬い気がしたが、今度はレフが迫る番だった。

 

「てゆーか、和灯さんもヒトのこと言えるわけ?」

「あ?」

「ここまで来客ゼロってことは、それアトリエにも入ってないってことだからね?」

「……そういうとこだけエッジが効いた返ししやがって」

 晶斗は舌打ちしてそっぽを向いた。

 

「良いんだよ、俺は。金儲けのためにやってるわけじゃねぇ。俺が客を選んでんの」

「あー、あーッ! ずっるいんだその逃げ方! それに傲慢だよ! 客商売の態度じゃない!」

「ハァ!? お前みたいなクソ素人にビジネスのことで説教されたくないんですけど!?」

「じゃあ接客の手本見せてよ! 今この場で!」

「誰にだよッ」

「来てんじゃん、お客さん!」

「ウソつくんじゃねェ! いったいどこにそんなヤツっていたぁ!?」

 

 気がつけば、入り口に痩せた男の影があった。

 口喧嘩に熱中してる最中に来店したと思しき彼は、

「いるよ」

 と短く不満を口にした。

 

 短く襟首を切り揃えた黒髪。十年前なら十分にプレイボーイとして成立しただろう顔つきと、ポロシャツのセンス。

 そんな男をあらためて認めた時、

「なんだ、ヤマさんかよ」

 と安堵とも落胆ともつかない吐息とともに、毒づく。

 

「ヤマさん?」

 どこかで聞いた覚えのある響きとは感じたのか。レフが小首を傾げた。

 

「山村操亮(そうすけ)。楓の親父だよ」

「え? あの人が……」

「爺さんはめっちゃやり手で一財を築いた実業家だったらしいけどな。その遺産食いつぶして日中からブラついて遊んでるような道楽息子ってところだ」

「それ、本人のいないところで言ってくれるか?」

 

 聞こえよがしにそんな風に言ってのける晶斗は悪びれる様子はない。

 そんな彼の横柄さにも、慣れ切った調子で操亮は流しつつ、

「表の看板見たんだけど、なに? アキちゃん親父さんの跡、そっち方面でも継いだの?」

「そこの穀潰しが勝手に始めたことっすよ。そもそも、親父の跡なんて継いだ覚えはねぇ」

「それ、本人のいないところで言ってくれる?」

 同じニュアンスで苦言を呈するレフを無視して、

「で、なんの用です?」

 敬語を使ってはいても、いかにも和灯晶斗らしい調子で尋ねる。

「『室町期の天目茶碗を割っちゃったから、元通りに戻せ』なんてバカな仕事じゃなけりゃ受けますけど」

 

 前に押し付けられた無理難題を具体的な例を引き合いに出し、牽制する。

 

「いや仕事の依頼ではあるんだけどねぇ」

 と、山村父は言った。情けなく語尾を伸ばす感じが、いかにも相手が都合の良いことを言ったりしたりするのを待っているような趣がある。覇気や漢気とは縁遠い人物だった。

 

「何か作れとか直せって頼みはないんだけどさ。鑑定士とか、ほら、それこそ探偵みたいな、ね」

「探偵っ?」

 

 すかさずレフが跳ね上がってくるのを、晶斗は掌で後ろへ押しやった。

 

「……具体的には何させたいんです?」

 容れるにせよ拒むにせよ、話を聞かねば進まない。

 晶斗が尋ねると、操亮は自前のスマートフォンをジーンズのポケットから抜くと、操作して画面を見せた。

 そこには真っ白な背景に、ダークグリーンを基調とした洒脱なデザインの腕時計が丸められて置かれている。

 

「じゃーん、WIND SCALEデザインの腕時計。しかも初期生産モデルだぞー」

 映り込んだ画像自体はどこぞからの転用だろうに、まるで我が物のように自慢げに披露する彼に、はぁ、と晶斗は生返事。

「好事家ぶるのは相変わらずとして、でこれが何だってんです?」

 と尋ねる。

 

「それ作った頃ちょうどさ、やれ元社員が死んだとか怪物になっただとか盗作疑惑だとかで、すぐ生産ストップしちゃったんだ。で、今めっちゃプレミアついてて市場に回って来ないのよ」

「ほうほう」

 横から顔を覗かせて、分かってもいないレフが相槌を打つ。

 

「けど、実はそのレア物、この街にあるらしい」

 と無意味に囁き声で言った操亮は、また画面を操作して、今度は別のホームページを開いた。

「……オークションハウス『審美会』?」

「そう。ホテルの隣にあるあそこ。歩いてでも行ける距離に、来週出品されることが分かってさぁ」

 なるほどWEBカタログを見る限り、先に見せた写真と同一らしき腕時計が目玉の商品としてピックアップされている。

 

「それ、本物だと思う?」

「……さてね。写真を見るだけじゃなんとも。で、これを競り落とすんですか」

「だから付き添いしてくんない? ホンモノかどうか見極めてよ」

「なんっで俺が」

「ほらお前、目が利くだろ」

 

 それを否定はすまい。職業柄、紛い物や盗品の類を見たり押し付けられることも多いから、自然見る目は養われたという自負はある。

 だが面倒ごとに巻き込まれるのは目に見えている。難色を露骨に示す彼に、

「それにほら、なんか最近怪しい噂もあるしさ、あそこ」

 とますます行きたくなくなるようなことを言い添える。

「……怪しい噂?」

 ふつうの人間、であれば。

 しかし件の超常現象の専門家が、食いついてきてさらに乗り出してきた。

 

「そうそう、このオークションハウス、支払いは即金一括払い限定って厳しいルールでさ。もしそれを破ったりするようなヤツは、生きて出られない、とかァ」

「じゃ、破んなきゃ良いじゃないスか。偽札でも使う気あるんで」

「そんなつもりじゃないけど、怖いじゃん! そんなとこ一人で行くの!」

 とても一児の父であり資産家とは思えない上擦った声で操亮は反論した。

 どうやら本意は鑑定云々よりもそこにあるらしい。

 

「あのー、良ければその仕事、僕が引き受けても良いですか?」

 やはりと言うか、晶斗の悪い予感の通りレフがそう持ちかけた。

「おぉっ、引き受けてくれるか! ……って、キミそもそもどちら様?」

「あぁ、えーっと……こういう時、名刺でもあれば良いんだけどな」

 

 などともたつくレフの肩をぐっと引っ掴み、少し間を置いた場に連れ込んで晶斗は、

「お前、仕事ないつっても選ぶぐらいはしろよ」

 と耳元で苦言を呈する。

「あの甲斐性なしのことだ。そもそも依頼料払うカネ残してるかどうかも分かんねーんだぞ。それこそマジで偽金使って、要らんゴタゴタに巻き込まれんぞ」

「でも聞いただろう? そのオークション、フェアリーが絡んでる可能性が高い」

 レフはそう囁き返した。

「精霊が絡んだ案件なら、買って出たい。たとえどんな危険が待っていても。どんなに見返りが少なくとも。僕は、僕の納得のいくように務めを果たしたいと思う」

 それに、と探偵は付け加えて言った。

「この話、何も丸損ってわけでもないでしょ」

「……どーいうこったよ」

「あの人、名士だか資産家だかの息子さんなんでしょ? 君がそのうちの一人だったように、色んなところに遊びに行ってるんだから、方々に顔が利く。つまり、彼自身からの報酬は期待できなくても、縁が出来ればそれを頼りに情報も仕事も集まってくる。次につながる」

 

 ほう、と晶斗は口と目とをわずかに円くした。

 むろん、いたずらに利益を求める振る舞いは、彼個人の信条としては好むところではない。

 だが状況を少しでも良い方向へ向けさせようという努力は買う。レフはレフなりに、みずからの負債を減らすために頭を使っているのだと。

 

「……分かった。そういうことなら、俺も一枚噛んでやる。どうせお前じゃ目利きなんて出来ねぇだろ」

「ほんとっ?」

「することもないしな」

「やっぱヒマなんじゃん!」

 

 文句を垂れるレフをよそに、内心で

(それに)

 と付け足す。脳裏に、携帯の写真を思い浮かべる。

(――思うところが、ないでもない)

 出来うるなら、晶斗に拒まれたことで、山村父には来場それ自体を諦めては欲しかったが。

 

 そしてぼんやり立ち尽くしている操亮のもとに戻った二人は、彼に翻意と了承の旨を伝えたのだった。

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