オークションハウスに入ってまず行われたのは、手荷物検査だった。
ボディチェックのほか、カバン類もスキャンにかけられて内容物をチェックされる。
ケースの中に入った紙束には特に言及されることなく、
(弾かれたあの『中学生未満』の件もそうだが、随分と厳重だな)
特に指摘も受けずパスした晶斗は、内心で所感を漏らす。
こうなってくると外部に取り残されたレフの存在はありがたい。ドライバーやレンズの一式を、有事に備えて前もって奴のバイクに預けておいたことは善い手あったと思いたい。
そうして通されたメインホールは、当然広めにスペースを取られている。その空間を、すでに貴人を気取る数奇者たちが埋めている。四隅や出入り口を警備員らしき男連中が固めているが、それは取り扱う品物の貴重さ高価さゆえか、あるいは客自身を警戒してのことか。判断に迷う人数だった。
内装は窓は少なく、電灯も控えめだ。空調が効いていないせいか、収容された人数の分だけ密度が濃くなり、非常に蒸す。
操亮と並んで中央辺りに腰掛けていると、程なくして小柄な男が壇上に上がった。表情こそ柔和だが、細められた目はどことなく油断できない輝きを帯びている。
「皆様、本日はご来場いただき、ありがとうございます。わたくし、当ハウスのオーナーを務めさせていただいております、
丁寧な口調でそう名乗ったうえで、
「さて、今宵ご用意させていただきました品々は、いずれも人智と技巧の限りを作り出された至高の品ばかり。この玄妙の世界において、それら人類の至宝と皆様とを引き合わせることこそ、無上の喜びであり、使命と考えております」
今まで散々繰り返してきたであろう、スムーズな口上を並べ立てていく彼に集まる視線は、焦れてギラついていた。
暑さも相まって出品をまだかまだかと待ち望む。
それがピークになったのを見計らったかのような頃合いで、一品目の絵画が紹介され、そこから競売が始まる。
番号札が矢継ぎ早に四方から挙がり、声高な宣言に従いその値は釣り上がっていく。
それが落札されると、一つ、また一つとテンポ良く進んでいく。
あるいは有名人御用達のスポーツシューズ。あるいは白亜の彫刻に大名物の茶器。
ブランドや来歴だけ見れば、確かにいずれもが逸品珍品揃いだった。
その都度、操亮が好奇と物欲によって目を輝かせ、浮気しそうになる。
挙がりかけたその手を、晶斗は何度となく制して自身は品々に目を凝らす。
その中でこれはと晶斗が見たのは、巨大なトパーズの塊だった。魔的な薄紅の輝きを
とりわけトパーズは、黄道十二星座のうち、蠍座を司ると言われている。
無論オカルトにも興味はなく、あくまで直感に基づく所感ではあったが、興が乗るだけのパワーを、遠目からでも感じた。
他の客もそれは同様らしく、皆何かに憑かれたかのように値を上げていく。
だが最終的に、圧倒的な資金力でその原石を競り落としたのは、襟を詰めた白いジャケットを羽織った、ミニスカートの女だった。
少女と言っても良い。
(コイツがOKであのガキンチョはNGなのか)
と不審がる程度には、幼さ残す娘だった。
あるいは、事前に示し合わせでもあったのかもしれない。
ハンマーを振り下ろし、締め切るタイミングが他より早い気がする。
「じゃ、お先失礼」
と、『X』型に表面に溝を刻んだケース片手に、少女は晶斗たちを横切らんとした。
「さぁ、続いては本日の目玉の一つ。この腕時計はかのWIND SCALE社の当時もっとも優秀であったデザイナーが細部という細部に至る設計を手掛け……」
そしていよいよ彼らにとっての本命に至る。
操亮が半身を乗り出し、子どものように目を輝かせた。
……楓にも、せめてこの親の童心が遺伝されていたなら、もう少し可愛がりようもあったものを。
デザイン自体は、高級感のあふれるものだった。
だがパネルと針の裏側に掘られたペンギンが、控えめなアクセントでありながらもこれが遊び心と言わんばかりに、目を惹くようになっている。
「私なら、あれは選ばないかな」
その彼の裏手で、晶斗にのみ聴こえるような声量で、少女は言った。
睨み上げる晶斗の眼差しと、彼女のそれとがかち合った。
「あぁ、でもキミは……気づいてる人なんだね」
と告げる。
「じゃあ、あえて言うこともなかったかな」
そして独り合点。結わえたウェーブのかかった髪をなびかせて、彼の前から立ち去った。
「あぁッ、ほら、始まったぞアキ!」
そんな少女の言動どころか存在さえ気が付いていないように、操亮は晶斗の肩を抱いて左右に揺さぶる。
そうしているうちにも、数万円台からスタートして、さきの宝石ほどの勢いではないにしても、どんどん手の出せないような域に近づいていく。
「ご、ごじゅうまんえんっ!」
操亮がひっくり返った声音とともに宣う。
「だ、大丈夫だよな……? ホンモノ、なんだよな!?」
「札挙げてから訊くなよ……」
だが幸か不幸か、
「五十二万」
と素早く次なる声が上がる。
そして値が上昇していくごとに、操亮の顔面はほの暗い中でも判るほどに蒼白となった。
「どうしよう……そんなに持ってない!」
「まぁ手ぶらで来た時点でンなこったろーと思ってましたよ」
晶斗は悪態とともにわずかに逡巡した。
しかし、目の前に鎮座する高級腕時計を見つめつつ、嘆息して
「五十五万」
と札を取り出した。
ぎょっとしたのは隣の操亮だ。
「ちょっ……」
「まぁ心配しなさんな。こんなこともあろうかと軍資金は用意してあるから」
晶斗はそう言って自らのスーツケースを逆の手で掲げて見せた。
「おおっ、てことは、アレは間違いなく本物なんだな!?」
「立て替えるだけですから、後で依頼料に上乗せしますんで」
晶斗は返答を避けつつも、金銭の問題に関してはしっかりと釘を刺した。
かくして依頼人からバトンを受け継いだ晶斗は、提示される金額にすかさず上乗せをして返していく。
やがて声色の種は少なくなっていき、最終的に残ったのは晶斗と、恰幅の良い、いかにも新進気鋭の企業人といった中背中肉の、顔はやたら若作りしている男だった。
「……七十万」
あからさまに若輩者と蔑むように一瞥をくれた彼は、脅しも兼ねてか一気に金額を跳ね上げて来た。
「百万」
晶斗は即応してやり返す。
そこからは、さながらチキンレースのようだった。
もはや相場の価格は超えている。損得の問題ではなく、資産家として、コレクターとしての意地だろう。
「三百万」
操亮が蒼白で「やめてくれ」と訴えたそうに袖を引いているのは言うまでもないことだが、競合相手の顔からも血の気が失せ始めた。
「……さ、三百五十万」
「五百万」
もちろん、相手方にしてみれば、金額だけならそれほど困難ではない金額だろう。
しかし数万円台からスタートした腕時計はすでに百倍近く膨れ上がっている。もし彼がこれ以降もオークションに参加する意向というのなら、これ以上の出費は痛手のはずだ。
何より、常軌を逸している。躊躇いなくフルスロットルで進み続ける晶斗自身こそが。
「五百五十万」
それに気圧されるかたちで、また争う愚を悟り、男は手を引いた。
「五百五十万。ほかにおられますか?」
そこから先の手は挙がることがなかった。
「……はい。それでは、五百五十万にて、二十二番の方が落札です」
この落着は、運営側にとっても意外なものだったのだろう。
取り仕切るスーツ姿の女性が控えめにハンマーを下ろし、洞島がその裏手で何事かをSPたちと何事かを囁き合っている。
彼らから時折向けられる視線に表向きは無視を決め込み、晶斗は腕組み、脚組みしたのだった。