「ああぁああ……どうすんだコレ……カミさんに、なんて言い訳したら」
「心配しなくても、すぐに取り立てることはしねぇっすよ。ウチ、ここと違ってローン可だから」
競売も終わり、頭を抱えてその場に蹲る操亮の肩を、優しい声音で叩く。むろん、語調だけで言っていることは温情など欠片もなかったが。
「……二十二番の方、お待たせしました。お品の受け渡しの準備が出来ましたので、どうぞこちらへ」
「あ、ハイ……」
「アンタは違う、とりあえずの受取人は俺だ」
そう言って晶斗は乗り出そうとした操亮の前を遮った。
「……まさか、そのままネコババする気じゃないだろうな」
「今のところは俺の金で買ったヤツだろうが。ホンモノだったらそのまま返すよ」
一悶着で手間取ったことを案内人に詫びてから、晶斗はその後に続く。
だが一度、自らの依頼人を顧みながら、
「そのまままっすぐ帰ってくれ、ヤマさん。後の始末は、俺たち……いや、俺がつけておく」
と忠告をしてから歩を進めたのだった。
観葉植物や調度品はあっても、窓のない長い廊下。
そこを体感的にだいぶ歩いた先で通されたのは、開けた一室だった。
下手をしたら、会場それ自体よりも広く、天井が高いのではないだろうか。
道程とは異なり、ここはオブジェの類は少なく、代わりに壁は厚い。
外の情報がシャットアウトされて様子が分からないようになっている。もしかすれば、会場とは別の棟に設けられた場なのかもしれない。
であれば、そうした構造を考えれば、その不毛な空間はまるで……猛獣の飼育小屋のようでもあった。
だが、無人ではない。
案内人を務めた妙齢の女は美人局のごとくさっと身を退いたが、晶斗の眼前には簡素なテーブルと椅子がある。その上には落札した腕時計。そして件の洞島信義とその取り巻きがいる。
彼は招かれたゲストにあらためて深々と一礼を捧げた後、対面に腰掛けるよう促し、晶斗が座ったのを見届けてから、自らもそれに倣った。
しかし元締め自身が出張ってくるとは。その点については、晶斗にとって内心驚きだった。
「初めてのお客様ですね」
と目を細めたまま対面の男は言った。
「当ハウスの、支払いのルールについてはすでにご了解いただいていますか?」
「あぁ」
晶斗は鷹揚に頷く。
「ずいぶんと競ってらっしゃいましたが、例外はございません。現金一括払い。それ以外は認めておりません。もしそれについて違反あれば……相応のペナルティを受けていただくこととなります」
その返答がわりに、晶斗はケースを机上に置いた。
「結構。では、拝見させていただきます」
ケースごと自らの手元に引き寄せた洞島に対して、晶斗はその対面にある腕時計を凝視した。そのトレードマークたるペンギンを。そして、一つの確信に至った。
「…………おい」
柔和な声音から一転し、低まったオーナーの声は、ゲストを咎める類のものだったのか。それとも感情を排して部下に飛ばした合図だったのか。
いずれにしても次の瞬間、後ろに回ったSPに、晶斗は後ろ手を絡め取られて机の上に顔と肩を押し付けられた。
〜〜〜
施設の勝手口。そこに面した裏通りは、質の悪い従業員がサボりをするための溜まり場となっている。
そこに、優秀でも従順でもない一人の青年が、ひょっこり顔を出すと、普段とは様子が異なることにすぐに気がついた。皆、表の側を覗いている。
「あのーぅ、なんかあったんスか?」
おずおずと先輩の一人に尋ねると、
「いや、なんか外に変なのいるんだよ」
と、その強面の男はタバコをくわえたまま言った。
どれどれと青年が割り入って先頭に出てみれば、なるほど変な輩が、オークションハウスの横にいる。
いや、後ろ姿はしっかりドレスコードを守った小柄な、黒髪短髪の女性なのだが、それがしきりにポーズをして大きめのガラスを鏡代わりに、自らのプロポーションを確認していた。
囁きを拾うに、兄妹もしくは親子連れで来た際、年齢制限で弾かれて立ち往生を喰らった挙句、納得いかないのか居座っているらしい。
「困るんだよなー、『休憩中』に」
いつこちらに気づいて怠けていることを告げ口されるか知れたものではない。そんな思惑があって、皆
「そうだ新入り、お前行って追い払って来いよ」
おもむろに、そのサボり組でも年嵩の男が青年に言った。
「うえぇ〜、なんでオレが!」
「ガキはガキ同士、話も合うだろ」
縦社会の悲哀というべきか。
「そうだ」と手を打たれた時点で青年に拒否権はない。
仕方なしに承諾し、のろのろと『彼女』の方へと歩み寄った。
「うーん、そんなに見えないかなー、オトナって難しい」
などと嘆くその口調も、背伸びしたポージングも、どう高く見積もっても大人のそれではない。可愛げはあるがそれも、どちらかといえば女性的な魅力ではなく小動物的な愛らしさだ。
「……もしもしー、そこのお嬢さん」
わざとらしく咳払いしながら、その背に歩み寄る。
そして、
「――お前、なんでここに」
「霧街、
驚嘆したのは彼だけではない。
『少女』が思わず口にしたのは、バイト先には伏せていた本当の名前。そしてそれを知っていることが、『彼女』が人違いではない、何よりの証だ。
転瞬、振り向きざまスカートの下から伸びた足が、青年の股間を打った。
「だぁお!?」
人目を憚ることなく絶叫するに値する、激痛。その尾を引く鈍痛。
パッと裾を翻した遭遇者は、さながら魔法の切れたシンデレラのように逃げ出した。
ただし童話と異なるのは、プリンセスは『城』の中へと向かっていること。
一息に従業員たちの頭上を飛び越えたそいつは、戸惑う彼らをよそに、半開きの勝手口から中へと侵入していった。
「こ、の……待てよコラ!」
涙声で制止をかけるも聞き入れるわけもなく。まして同じような跳躍が出来るわけもなく。
内股気味で追尾しようとする青年を、先輩たちの人垣が阻んで揉みくちゃにされたのだった。