1.クリスマスの夢
しんしんと、白い雪が外で降っている。
その雪が音を吸っているのか、和灯探偵事務所の中は静寂そのもので、その静けさに包まれるように、レフはうたた寝していた。
「ほら、起きろって」
と優しく肩を揺すられて、頭をもたげる。
仰げばそこには、リースを片手に微笑を浮かべた和灯晶斗の姿がある。
その背後ではクリスマスパーティーのための飾りつけが中途まで進んでおり、レフの気分をツリーの周りの風船がふわふわと地面や低空を浮いて巡っている。
「お前も飾りつけ手伝えって。もうすぐ親父、帰ってくるから」
そう促されて、寝ぼけ眼を擦りながら立ち上がる。
「ほら、早速だ」
とことさらに嘆くような調子の晶斗が首で入口を示せば、ドアが開く。細雪とともに、フライドチキンのバーレルを抱えた、一人の男が入ってきた。
「帰ったぜ」
痩躯だが、引き締まった肉体をトレンチコートで覆った男。
そこそこ以上に美形であり、一昔前はアイドルをやっていたと自称されると、つい信じたくなる程度には顔のパーツが整っている。目元は晶斗のそれをいくらか和らげたようではあるが、とても似ていた。
季節柄でサンタクロースを意識した、と言うわけではないのだろうが、それを想起させる真っ赤なハンチング帽を、自身の頭から取り外し、レフに向けて無造作に放り投げる。
いくらか逡巡したあと、見事に自身の頭で捉えて被ったレフに、
「お見事」
とニヤリとする。
それが、その表情ひとつひとつの作りが、いかにも彼――和灯千里らしかった。
はにかんで帽子を目深に沈めるレフの背を冷ややかに見つめながら、
「そいつ飾り付けてどうすんだよ」
と毒づく。
「早く帰って来たんなら手伝えっつの」
「そう口を尖らせんなって、ほら、チキンめっちゃ買ってきた」
「……いや、なんで胸肉ばっかなんだよ」
「ん? お前って、胸好きじゃなかったっけ?」
「んなワケあるかッ、むしろ俺は脚だっつの、胸は骨が面倒くせーし、盛ってる感じがあってヤなんだよ」
「面倒なのはお前だろ、ったく、直情型のクセして、変なところで理屈っぽいんだよなぁこいつ。レフもそう思うだろ?」
益体もない会話。遠慮のない応酬。
レフは彼ら父子の交わし合う言葉に耳を傾けながら、目を細めた。
「……お、そうだ。ほら、
千里がそう顧みて言うと、また雪風乱れ、そしてまず片足だけが入ってきて――
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すこん、と抜けるような快音と表面的な痛みで、レフは眠りを妨げられた。
仰げば、先とは似て非なる厳格な表情で、
「外出する家主無視して居眠りたぁ、いい度胸だな居候」
彼が握りしめた業務用のスリッパではたかれた、というのは何となく察しがついたが、叩かれるに至るまでの、前後の流れが曖昧だった。
「あれ……おやっさん、は……?」
「はぁ? 親父だ? クリスマスだからって帰って来るわけねーだろ、あのロクデナシが」
晶斗は無慈悲かつ辛辣に返す。
「夢でも見てたのか?」
「夢……僕、が……?」
ふと意識が完全に復帰すれば、季節行事なんぞ知った事かと言わんばかりの、殺風景なアトリエ。そこにいるのは自分自身と、やたら厳しい和灯晶斗のふたりだけ。
その現を突きつけられて、己に問う声は沈む。
夢には違いない。
過去の回想でさえない。あまりに都合の良い、決して果たされることのない夢想の残骸。
晶斗のそれは偏見と推測でしかない。だが誰あろう、レフは知っている。
――和灯千里がこのアトリエに、二度と戻ってくることはないことを。
「あ、そうだ。これから外出るの?」
ごまかしも兼ねて、レフは余所行きのコートに身を包んだ晶斗に尋ねた。
「まぁな」
「クリスマスデート、ってヤツ?」
「んなワケあるか……親父の知り合いに呼び出されたんだよ。面識はねーけどな」
なお空元気で上ずった声でおどけるレフに、わずかに言いよどんだ後で晶斗は答えた。
「マシン借りてく。せめて留守守る番犬ぐらいはやれよ、穀潰し」
「うー、ワンワン」
吼えマネをするレフに、呆れた眼差しを送りつつも、適当にいなす感じで晶斗はアトリエを出て行った。
マシンドロンパーの駆動音が遠のいていったあと、探偵は表情を一転させて剣呑なものとして、
「今この街で彼と面識がないおやっさんの知り合いって、まさか……」
と呟いた。
その脳裏に、過日の霧街八雲との邂逅が浮上する。