サントものづくりミュージアム。
ここは、古くからこの土地に建設されていた施設で、元の名は『燦都地域振興文化会館』という。
かつては老人たちの寄り合い所としてしか利用されていないような寂れた場所だったが、街の再興に乗じる形で大々的にリニューアル。地層の変遷や出土品、あるいはドキュメンタリー映像作品などを展示する一博物館となった。
……が、そこは地方都市の悲しさと言うべきか。
それほど実際の入場者の層や数がそれほど変わったわけではなく、せいぜい地元のレクリエーションに使われることが多くなったぐらいで、それも今のようなシーズンオフの時期には悲惨なものである。
というわけで、小綺麗ながらもどこか空疎なその待合スペースで、無料展示のガラスに色分けして詰め込まれた土塊のモニュメントの前で、和灯晶斗は人を待つ。
やがてごくふつうに、勿体ぶることなくきっかり集合の十分前に男は単身やって来た。ガラスを見つめる晶斗に並んだ。
「失礼。君が、和灯晶斗くんか」
そう言って、かの大物は横目で晶斗を眺める。
かつては溌剌とした色男だったのだろうくっきりとした鼻筋と、涼やかな流し目。口元には髭を生やしているが、野卑な印象は受けない。
今も今とても、枯れたなりに男の魅力を持っていた。
厚手のスーツに帽子という立ち姿は、どことなく明治期の華族の趣を感じさせる。
「はじめまして、霧街郁弥だ」
「……どうも。お噂はかねがね」
霧街郁弥。名刺と共に告げられたその名を、何度も己の内で反芻する。
レフの説明で、その名を一度だけ耳にしたことがある。
フェアリーレンズを開発した会社の元技術顧問。一年前の流出事故の後、技術提供がらみでCEOと反目し、そしてクーデターによって新たな代表に上り詰めた男。
あらためてその名を『鋼の本棚』で検索をかけてみて、驚いた。
(まさかと思ったが、
かつては技術者として、そして今は遣り手企業人として、その界隈では勇名を馳せた大人物である。
その男が、突如としてアトリエのメールアドレスに連絡を寄越してきた。
父の知人を名乗るとともに、それにまつわることで直接話をして確認したいことがある、と。
「それで、晶斗くん」
と、その尋常ならざる人物は、交換された名刺を懐中にしまいながら、尋ねた。
「単刀直入に訊こう……どこまで知っている?」
「おっしゃることの意味が、良く分かりませんがね」
この返しは、妥当なものだろうと晶斗は自認する。
いかにも当然と言った調子で切り込んできた郁弥の問いかけは、要領を得ないものだ。
――たとえそれが、フェアリー関連に対する探りだとは、薄々の察しがついていたとしても。
「だいたい、貴方と親父はどんな関わりなんです?」
父と旧友だった、そのことで話がある……という誘い文句自体、眉唾だ。
肚の探り合い、表情の読み合い、そういったもので水面下の応酬を繰り広げること、数秒。
「本当に、何も聞いていないのか?」
カードを切って来たのは、郁弥が先だった。
「薄情な男だ」
という、ほろ苦い笑いとともに。
そして上着の内より端末を取り出すと、操作して、そこに保存されているある写真を披露した。
そこには、あるグループが巨大な製造機らしきものの前に集結していた。
彼らの中心にいるのは、目の前の本人よりいくらか若く、そして生気に満ちた郁弥と、そして父。今まで見たことのないぐらいきっちりとビジネススーツを着込んで、整髪料で髪と取り纏めている。
画像を改ざんした形跡はない。正しく、父とこの男とは知己だったのだ。
「ここ一帯で続く怪事件、精霊のような謎の怪物の目撃情報が付いて回っている。そのことについては?」
「眉唾物ですが、そんなウワサもあるみたいですね」
「事実だ」
晶斗の納得の様子を認めてから、彼は端末を懐へと戻した。
「そして、その元となる粒子を我が社の研究開発チームが発見、改良を重ねていった」
それも、予想の範疇だ。
レフは頑なにその名を挙げなかったが、その会社がホールドであったことは流れを把握していれば自明の理だ。
「君のお父上は、当時そのチームの中心的人物だった」
「……まさか、しがない修理屋ですよ」
「突然退社してからは、そうだな。だがその後も協力者として、各地を飛び回っていた……君には、寂しい想いをさせてしまっていたようだが」
「親父、会社ではどんなだったんです?」
常日頃の反発もつい忘れ、反射的に、晶斗は踏み込んだ。
「一言でいえば、天才だ」
端的ながらひどく俗っぽい表現だ。その自覚があるのか、恥じるように郁弥は目を伏せた。
「あの粒子はエネルギーの常識を一変させるポテンシャルを持つ。だからこそ、奴は悪用防止の一環として、まずそれに色と形を与えた。あえてそうすることで、機能を制限、分割させるためだ」
それは、生物の多様化、進化と似ている。もっともこちらは、人為的な処置には違いなかったが。
「そしてそれを封じ込める特殊ガラスの開発に成功。加えて有事の際の対抗措置として、ライダーシステムの製作に着手した。そして、その粒子が過去に引き起こした現象こそ、妖精や魔物の伝説の源流と考え、粒子にはフェアリーを、そしてそれと対を成す戦士としては『仮面ライダー』なる都市伝説の覆面ヒーローをモデルケースとして選び、各地で情報を集積していった……修理工から探偵と転職したのは、その方が何かと都合が良かったかららしい。嘘か真か、ライダーと直接コンタクトも取ったことがあるなどとも吹聴していた」
ついぞ知らなかった、いい加減でろくに家にも帰らなかった、父の裏側。
そこにあったのは、現在の
だからこそ、腑に落ちない。
「……どうしてそこまで関わってるのに、会社を辞めたんですかね」
「さぁな。だが、会社という枠に収まらない男ではあったさ。残された当時の私は、裏切られたとひどく恨んだものだがね。そのくせ、自由となった身でわだかまりなど感じさせないフットワークで、なお我々に絡んでくる……他人のことなどまる頓着しない直情型のくせに、自分の小さな理屈やポリシーにはしつこくこだわるところも含めて、奴は良くも悪くも『天才』だったよ」
俯きがちにそらした横顔に滲む、懐かしみの想い、それと同量の悔恨。
そこに、嘘偽りはなかった。語る和灯千里評も、晶斗の考えるそれと合致する。
――どことなく、自分自身と重なる忌まわしさも含めて。
「だから、
「あんなこと?」
つい、訊いてしまった。踏み入れてしまった。
本能的に、避けていた。あるいは、代償として告白されることを拒みつつも、いずれはレフの口から語られる時が来るのではないかと予期していた、真実。
「――そうか、まさしく君は、何も報されていないのだな。『あいつ』から……困ったものだな」
だがもう遅い。霧街郁弥もまた、当事者なのだから。問われれば、知ってしかるべき相手には答えるに決まっている。
父の、生死について。
「君の父親は、一年前に亡くなった……最凶のフェアリー『ジャバウォック』の力に憑りつかれ、ヤツを解き放ったことによってな」
およそ考えられる限り、最悪の事実を付加されて。