レンズより飛び出してきた粒子は、質量を獲得し、出来上がりつつある身体を晶斗にブチ当てんとしてきた。
それを辛うじてかわした晶斗ではあったが、
「どっこいしょお!」
という掛け声と共に、アームをバネとしたモウラの、下段からの蹴りが次弾として飛んでくる。強かに胸を叩かれ、背を打ちつけて転がるワットの前で、蜘蛛男はファイティングポーズをとる。
「さぁー第二ラウンドだ! 今度はこっちの番……ずおぉっ!?」
即座に晶斗は反撃に出た。起き上がり様に間を詰め、蹴り倒し、再び馬乗りになって殴りつける。
「ぶっ!? てめっ、やめっ!?」
と悶絶するのにも、一切手を緩めず攻め続ける。
「あッ、そうだ! 糸、糸!」
そして殴られる中、今更ながらに、自身の最大の武器を思い出したらしい。
もっとも、その切り札持ち玉も、口に出してしまえば意味がない。
至近から無秩序に発射される光線の糸を、晶斗は避け続ける。
逃れ切れないものについては、あえて両手で防ぐ。
絡め取られた両腕を盾として、モウラの奇襲、起き上がりざまのキックを防ぎ、転じてハンマーとように振るい、再起を果たした彼の横顔を殴りつける。
「なんなんだよお前っ!? ぜんぜんライダーの戦い方じゃないぞ!?」
「そりゃそうだ。その道についちゃこっちはアマチュアなんだ。てか、お前が言うんじゃねぇよ」
新手に背を撃たれる懸念も、もちろん無いではない。
それには耐えてなおこいつに攻撃を集中させる覚悟はあるが……図らずも、増援ならこちらにもいる。
「変身ッ!」
背を蹴り倒さんとしたかの異形を、走り出し様シャルロックへと変身したレフが横撃する。
その飛び膝蹴りを喰らって地に手足を滑らせたソレ……スプリガンフェアリーの姿を改めて見る。
「ずいぶん、身体を絞ってきたじゃないの」
軽口ではあるものの、レフの所感は大分に的確だった。
かつては大部屋を占めるほどの巨躯、いな肥満体ではあったが、今は成人男性一人分程度のサイズに収まった『怪人』だった。
衛兵じみた装いはそのままに、シルエットはシャープに、だがモノクルを嵌めた顔面は痩せたがゆえにより凶猛なものへ。
スケールこそ五分の一以下になったものの、ある意味その威圧感は増したと言って良い。
丸みを帯びた服装に反して、繰り出されるのは鋭い足技、緩急を織り交ぜた手刀貫手のコンビネーション。
それを我が身の表面を滑らすようにいなしていくレフではあったが、その動作は常よりも硬く、反応は鈍い。対応が後手に回っている。
そして、それが目に分かる不覚として顕れたのは、程なくしてのことだった。
シャルロックの大振りの一撃が、外れた。
伸びきった腕の下、身を屈ませたスプリガンの五指の間で、紅いものがきらりと閃く。
それは、ちいさなルビーの宝珠――否、それを模した、エネルギーを結晶化させたもの。
それを散弾のごとく放り投げると、シャルロックに触れると同時に爆発。
転がるレフを嘲るように、吊り上げた口の中よりさらに色とりどりの宝石を吐き出し、長い舌に載せて風に乗せ、さらなる追い討ちをかける。
「うあっ!?」
宝石の色と質に応じた彩色の火柱が上がりシャルロックの総身を包み込んだ。
「世話の焼ける……!」
レフの首尾の悪さを見兼ねた晶斗は、八雲を片手間にいなしつつ、間隙を見計らい、余らせていたサラマンダーレンズを火中に放り込む。
シャルロックが、なおその内にて健在と、承知のうえで。
〈Kamen Rider Shalllock Heat logic〉
転瞬、内から膨れ上がった爆風が五色の妖炎を消し飛ばす。
散った火の粉を我が糧とするかのように吸い上げながら、仮面ライダーシャルロック ヒートロジックが姿を見せる。
そして次の瞬間には、スプリガンにタックルをかましていた。
紅の道化二体、破壊的な音とともに衝突しつつ睨み合う。
それで良い、と晶斗は踏む。
技量が安定しないのであれば、力で押し切るよりほかない。そしてなおその出力に乱調あれば……ゼロ距離で仕留めるよりほかない。
「それを使えッ」
と顧みもせず晶斗は声を鋭く飛ばす。
その示唆するところの品を、レフはすぐさまに汲み取った。
一度正面からスプリガンを蹴りつけると、宝石弾が乱射される。被弾を覚悟のうえでその中を掻い潜り、レフは足下のバーリツールを拾い上げた。
その鉄鞭を引き伸ばしてスプリガンの頚を絡めとるや、手繰り寄せてその水月に膝を叩き込む。
〈Salamander! Grenade Q.E.D!〉
その体勢を固定させたまま、手早くドライバーとレンズを操作、装填するや、張り付けた脚部は赫奕と光輝を放ち、爆炎が至近で爆ぜた。衝撃で上下二つに裂けたスプリガンの身体が萎んで粒子に再転換されていく。
「和灯さん!」
それを空のレンズに吸い上げつつ、レフは鞭を投げてよこす。
難なくそれをキャッチした晶斗は、モウラの六本腕に跳ね飛ばされたことを契機として身を離し、靴底で土や砂利を削りつつドライバーのその把手付近にセットした。
〈オーバーオール・ライカン・メタルイリュージョン〉
これで幕引きだ。そう口の中で唱えつつ、バーリツールを大きく左右にしならせる。
踊る軌道の数々は、そのまま偃月の形を取りながら残留し、滞空する。
やがてその数が出そろった頃合いに、ワットの剛腕一振り、それを合図として固定されていた月光は八雲目がけて飛んでいく。
逃げるか防ぐか。その一瞬の逡巡が命取り。
彼が慌てて自らの正面に展開した蜘蛛の巣を、あるいはその鋭利さで突破し、あるいは変則的な動作ですり抜けながら、だが最終的にはいずれも、翻った八雲の背へと集中し、ことごとくが命中して連鎖的な爆発を引き起こす。
「日に二度敗けるぅ~!?」
情けない悲鳴とともに転がった八雲からは、ついに蜘蛛のコスチュームが解かれた。
さながらフィルムが経年劣化で朽ちるがごとく、ぼろぼろと色を喪って剥離していき、残ったのは痩せぎすの青年ひとり。
そしてそんな彼の前に、なお武装したままのライダーたちは屹立した。
「……彼の父親に、会ったのかい」
だがレフがまず質問したのはそのことで、問うた相手は晶斗だった。
「あぁ」と鷹揚に頷くと、軽い苦悶の嘆息を漏らしつつ、
「霧街郁弥は、この息子みたいに生ぬるい男じゃない。こんなところで彼の話を聞いてないで、事務所に戻って対策を」
そんな口上で逃げつつ、足早にその場を去ろうとしたレフを手首を、晶斗は掴んだ。
「まだこいつには、訊くべきことが山ほどある……そうだよな?」
半ば脅すようにそう言った彼に、探偵はそのマスクを伏せて背けた。
そんなレフの様子を、じっと目を丸くして見つめていた八雲は、
「お前、変わったよな」
と、素朴な感想をこぼした。
「前は、そんなんじゃなかったろ」
「どういう意味だ」
「言葉通りだが?」
敗けたにも関わらず、まるでそれに拘っていないかのような、掴みどころのない青年だったが、彼もまた気まずそうにバリバリと首の後ろを指で掻きつつ、
「やりづれーんだよな……ったく」
と毒づいた。
だからそれは、どういう意図の発言かと。
重ねて問わんとした、晶斗の脚が本能的にブレーキをかけた。
自分たちの外周から、風が舞い込んで来た。
何かが、近づいてきている。そのための流れの変化だった。
冬の風。冷たい風。否、死すら想起させる、禍つ風。
それを感じ取ったレフも、八雲も、晶斗に先んじてその風の源を目で辿り、そして一様に言葉を喪った。
山の入り口から、ゆるやかな、だが自らの黒い感情を噛みしめるかのような確かで重い足取りで、一人の青年がやってきていた。彼が、その死風を伴ってきたのだと、追従した晶斗も察した。
黒いベストを着た、八雲よりもいささか年下ぐらいの、少年の面影を残す若い男。
だがそこに幼さを感じさせないのは、目元の欝々とした闇がゆえだろう。
「ようやっと、見つけたわ……!」
乱暴な関西弁とともに、胸元よりぶら下げた濃いピンクのトイカメラを握りしめた。
――否、それはピンクに非ず。マゼンタ。
撮影機具ではなく――ドライバー。
「この日を、待っていた……! 最強の力を得て、悪魔を破壊するその時を……っ」
それを引きちぎり、ストラップを地面に投げ捨て、
「まさ、か、君は……っ、君が、どうして……っ」
仮面ライダーシャルロックが退いた。
まだ何も力を行使していない、若者の姿を見、怨嗟に満ちたその声を聴いただけで。
青年は、ズボンに引っかけていたレンズを取り出した。
髑髏の横顔を模したディスプレイが大きくひび割れを起こし、その紫のフレームも擦り切れて、ところどころ歪みが生じている。
だが一切の躊躇なく、カメラを模したそのドライバーの正面にセットした。
〈レイス〉
死霊の名を冠するその呼称を低く呟き、レンズが紫焔を帯びる。類似機と同様、腹の前にそれを据えると、骨を鳴らすような音とともに、黒鋼のベルトが彼の腰を絡めとる。
〈フォトンファウンドライバー〉
晶斗たちに、いやレフひとりに見せつけるように、みずからの左肩口あたりへ右掌を彷徨わせる。
その指を折りたたみつつ、逆の左手でシャッターに当たるボタンを、切る。
「変……身……!」
――その掛け声さえもが、黒い。
〈シャット・オン〉
まるで写真のネガのように、灰色の3Dモデルのパーツが彼の左右に展開する。
そして実際の物質となってを得つつ組み合わさり、黒いその素体に張り付いていく。
〈仮面・ライダー・フォード・ススス・スカル・リベンジャー〉
ベルトから、ノイズ混じりに淡々と合成音声で告げられた、ライダーとしての固有名。
その姿はまるで、渡世人かマリアッチのようだった。
その身を隠す長いマント。異様に長い鍔を持つ帽子型の黒い頭部。それらに挟まれて、髑髏を象るマスクが顔を覆う。
顔の上から何条もの亀裂が入った、マゼンタの骸骨。その隙間から不気味なダークグリーンの瞳が覗き、変身者の想念に衝き動かされるかのように、鬼火が宿る。
「――誰だ、あれ」
別に今更新手が出現しようとも、驚くまい。だが、尋常ならざるその気配に、さしもの晶斗もそれだけ問うのが精一杯だった。
その足下で、らしくもなく口元を引き締めながら、呻くように、八雲は答えた。
「あいつは、