仮面ライダーシャルロック   作:大島海峡

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3.あれが、和灯千里

 この時、和灯千里が海を超えて古巣に帰還したのは、霧街郁弥に求められてのことだった。

 相談事がある、という彼から持ちかけられて、二つ返事で招きに応じた千里は、ロクな説明も聞かないまま、エレベーターで最上階へ。

 郁弥ら一部の人間が持つ上位権限を使ってのみ開かれるその空間は、責任者の潔癖性が表れているかのように、他よりも白く、洗練されていて、通路の長さやレイアウトの一区画を切り取って見ても合理的で、かつ千里に言わせれば、

(面白味に欠ける)

 ようなものだった。

 枝分かれしているモニタールームや検査機関を素通りして直進すると、その階層の中心に至る。

 

 分厚く、巨大な強化ガラスの槽。それが円筒のように部屋の真芯に鎮座する。

 その手前に、一人の青年が陣取っている。

 やや幼さが横顔と挙動に残る彼は、巨大なビーカーがごときその円筒を、まるで水族館の魚を囃し立てるように指で小突いていた。

 

 その様子に苛立ったように、郁弥は

「八雲」

 と彼の名らしき音を発した。

「それには、軽々しく近づくなと言ったはずだ」

「平気だよ、どーせコイツ、なんも反応しねーもん」

 注意されても、その振る舞いを改めるような素振りがなかった彼だったが、郁弥がそれ以上の言葉なく睨んでいることに気がつくと、こそこそと退散していった。

 

 小さくなっていく背にため息を吐きながら、

「……倅だ」

 と、本人のいなくなったところで紹介した。

「妻にばかり任せていたら、甘ったれに育ってしまってな。少しは身の危険を覚えれば多少はマシになるかとフェアリー技術のモニターとして連れて来たんだが……あのザマだ」

「いやいや、なかなか愉快そうなヤツじゃないの。俺んとこなんか、前にウチに帰ったら水ぶっ掛けられて追い返されたからな?」

「……それでも、近くに来てるんだから寄ってやれ」

 

 まぁ良い、と脱線しそうな話を正し、あらためて二人は並んで、そのガラスの柱の内にあるものを視た。

 収められているのは、部屋だ。

 

 最低限の、生理的活動が保障されている。だが、そこに一切の潤いも救いもない。人としての尊厳は、無いに等しいその空間に、一人黒髪の若者が座り込んでいる。

 

 やや丈の余る白いパジャマに薄い身体を押し包み、細い手足を重ねて座り、長い睫毛を伏せている。

 

「…………おいおい」

 さしもの千里もしばし閉口して後、咎めるような目線を友へと振り向ける。

「いつからこの会社は人攫いまでするようになったんだ?」

 

「人聞きの悪いことを言うな」

 と、その反応を承知していたかのような調子で郁弥は応じた。

「これから説明する」

 

〜〜〜

 

「お前が騙されたのなら、見てくれはまず成功といったところか」

 続いて裏手の控え室に案内された千里は、郁弥の言葉に怪訝な目線を返した。

 

「あれは、有機性生体パーツで製造されたアンドロイド……まぁ要するに、人造人間だ」

 

 あまりに現実感のないことを大真面目に口にするので、郁弥が自身が淹れたコーヒーを手渡すのを、千里は取り落としそうになった。

 

「自分でも、バカなことを言ってると思っている」

「機器類製造企業が、なんだってそんなモン作ってんだよ……今更な気もするけど」

「上からの意向でな。『ある財団から技術提供があったので、それをフェアリーの容れ物として使い、生物兵器を作成しろ』とさ」

「生物兵器だぁ?」

 

 またしても飛び出て来た荒唐無稽な言葉に吊られて、千里の語尾も上ずったものとなる。

 

「そう身構えるな、兵器と言っても、潜入工作員のようなものだ。敵の勢力圏内に潜り込ませ、単身でもって電子機器などを麻痺させ情報を混乱させる。それが役割らしい」

 

 テーブルの上に、郁弥が資料を滑らせるのを、千里は掴んでざっと目を通した。

 

 ジャバウォックフェアリー。千里が所属していた時から構想自体はあったモデルではある。

 特殊なパルスをもって機器類に影響を及ぼし、ありとあらゆるネットワークにも介入できる。

 その特性を使えるヒューマノイド型兵器を、上層部は、その裏にいる『財団』とやらは、求めているらしい。

 

「……で、お前はそれに納得してんの、顧問さんよ」

 非難めいた調子で目を尖らせる千里に、薄くほろ苦く、友は笑い返した。

「そんなもの、都合の良い肩書きってだけだよ。俺は、今でもただの雇われ技術者だ。たまたま、大学時代の論文が認められただけのな。クライアントに口出し出来ると思うか?」

「あー、そーいやそうだったか。でもお前、俺が居た頃からほとんど専属みたいなもんじゃなかった? 今じゃ、お前無くしてプロジェクトは進まない。スタッフだって、お前の言うことちゃんと聞くだろ……ビビりながら、だけどな」

「何処かの誰かに慣れない役割押し付けられたら、嫌でもそうなる……恨むぞ」

「ハハハ、今じゃすっかり立場が逆だよな」

 

 互いに毒気のある言葉を、友誼で笑い流した。

 

「でもよ、郁弥」

 千里は不敵な面持ちで、マグカップを掲げてみせた。

「どんだけ無茶言われようとも、お前の芯はブレさせんなよ。もしそれを脅かすようなヤツが現れたのなら、お前は戦って良いんだ」

 そう言ってさらに容器を押し出すのを、しばし無言で見遣りながら、

「家族も仕事も放り出してフラフラしてるヤツに言われてもな」

 などと毒づきつつも、微笑とともに自らにも淹れていたコーヒーのカップを軽く打ち重ねた。

 

「おいおい、これでも熟慮に熟慮を重ねたうえで、ベストを選んでるだけなんだけど? で、お前はそのフラフラしてるハンパ者を呼び戻して、何をさせたい訳だ?」

知恵(チカラ)を借りたい」

 臆面もなく恥じることもなく、真っ直ぐに自身らの非力を認めるように、郁弥は言った。

 

「開発を進めていった結果、一応の形にはすることが出来た。が、肝心の中身は、見ての通りだ」

 

 モニターに多角的に映る、若者としか見えない人造生体。だがそこには、決定的に人間的な挙動が欠落している。

 刑務所の老服役者でも、もう少し躍動をするだろうに。

 

「脳波脈拍共に正常値。能力を併用すれば、検問も容易にパスするだろう。が、反応が極めて鈍い。ほぼ歩く死体のようなものだ。単純な受け答えは出来るが、最低限の会話さえ続かない。あれでは到底人に紛れて活動することなど、出来そうにもない」

「だから、常識だとか社会性を身につけさせろって?」

「……ゾンビからせめて案内ロボット程度に出来るぐらいはな」

 ふむ、と千里は苦い汁をすする。

 

「魂や知性は何処に宿るものか。毎度おなじみの命題だな、どう思う? 郁弥」

「今更そんな哲学をする気もない……が、お前の言わんとしていることは理解できる」

 

 郁弥は気難しげに眉根を寄せた。

 

「肉体の方に問題がないにも関わらず、自我の成熟が認められない。となれば、内蔵されているジャバウォックの方に、人間的な反応を学習させるほかない。元より、アレにはそれを可能にするポテンシャルがある。実際にここまでの応答は、ジャバウォック側の反応だろうしな……しかし」

「しかし?」

「いや、なんでもない。続けさせてくれ」

 

 言葉を濁した郁弥だったが、彼の危惧しているであろうところは科学者の端くれとして、なんとなく千里にも察せられた。

 

「それはこちらも案の一つとして出てはいた。だが問題は、どうやってその覚醒を促すかだ、如何なる刺激も試したが、期待した数値が出ないというのが現状でな」

「如何なる刺激? 数値だぁ? なぁーに、寝ぼけたこと言ってんだ、お前」

 

 カップを適当なキャビネットの上に置いて、千里は口端を吊り上げた。

 

「こんなモニターだとかガラス越しに相手隠し見て、機械や防護服を通してしか世話しないってのに、いったい何が理解できるってんだ。調査研究の基本は、フィールドワークだ。自分の脚で歩み寄って、目で見て、耳で聴いて、肌で感じてナンボだろうが」

 

 そう豪胆に言い放つや、彼は出口へ向かう。

 おい、と郁弥が咎めるのを、手を振って、

 

「軍事用てのは胸クソ悪いけど、まぁフェアリーと対話できるってのは願ったりだ。受けてやるよ、お前の依頼」

 と宣って退室した。

 

 ~~~

 

 千里に入れ替わり、少し遅れて八雲が飛び込んで来た。

 

「あ、あのおじさん、ガラスの中に無理やり入ろうとしてんだけど!? 良いのかよ!」

 声を裏返らせて言う我が子に、ため息まじりに郁弥は

「あぁなっては誰が何を言おうと無駄だ、通してやれ」

 と告げた。

 その許可を受けてか待てずか。モニターの向こうでは、黒髪の人造人間と、旧友が対面を果たしている。

 

 わずかに首を傾けて反応を示すジャバウォックと手前で、まるで部族の酋長と会話するような調子で、どっかりと腰を下ろして、

 

「よう」

 と、他と等しく気軽げに挨拶する。

 

「あれが、和灯千里なのだからな」

 さまざまな感情を包括して、郁弥は呟いた。

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